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第四話 残念美人

2016.5.28に、加筆・修正いたしました。

「師匠! また朝からお酒を飲んでいたんですか!?」


 良く晴れた日の朝。

 朝食を作ろうと、2階の寝室から1階へと降りて来たカオルが目にしたのは、ヴァルカンのだらしない姿だった。

 居間にある暖炉の前のソファに寝転がりながら、酒瓶片手に怠惰(たいだ)な格好をしているヴァルカン。

 黙っていれば女神の様に美しいその姿も、ダボダボのチュニックを着てだらしのない格好ならばその面影すらもなくなっている。

 思わずカオルが(しか)るのも当然だろう。


 ソファの周りには、空になった酒瓶がゴロゴロ転がっている様子から、昨夜からずっと飲み続けているのは間違いない。

 師匠ことヴァルカンとの出会いから1ヶ月、この世界の右も左もわからないカオルは、この師匠の(もと)で養われていた。


「カオル、酒は私の栄養源だ。うまい酒を飲んでやりたい事をする。それが私の生きがいなんだ」


 大笑いしながらそんな"ダメ人間宣言"をするのが、カオルが師として(あお)ぐ人物。

 あの暗い部屋で出会い、この工房へ連れてこられてからというもの、カオルはヴァルカンから色々な事を学んでいた。

 聞くところによると、ヴァルカンはエルフという種族らしい。

 尖った耳に見目麗しい姿。

 ある一定の年齢まで成長すると、まるで時が止まったかのように死ぬまで姿は変わらない。

 そして他の種族との最大の違いがあるのだが、それはいずれわかるだろう。


 この世界には、さまざまな種族が居て、基本的には差別することも無く共存している。

 もっとも、カオルはまだヴァルカン以外の種族に会った事はないのだが。


(エルフって、もっと高貴なイメージだったんだけど.....みんなこんなダメ人間なのかな?)


 カオルは、ソファで横たわるヴァルカンを見下ろしながら、溜息をひとつ吐いた。



 そんなヴァルカンだが、昔は王都でも誉れ高き『剣聖』と呼ばれる、騎士・剣士だったらしい。

 お城勤(しろづと)めに疲れ、今はここ【イーム村】という場所で引き篭もりながら、場末(ばすえ)の鍛冶師をしている。

 だが、ヴァルカンが作り出す作品は、どれもこれもキレイで、まるで夜空に輝く星のように(きらめ)いていた。

 そしてなにより、工房で作業をしているヴァルカンの姿は、女神が絵画から抜け出して来たかのような美しさがあった。

 そんなヴァルカンを尊敬――いや、心酔し、カオルは師匠と呼んでいる。


(またこんなに飲んで....身体を壊しでもしたら、泣きますからね...)


 空いた酒瓶を片付けながら、カオルは内心ぼやいていた。

 チラリと横目で見やったヴァルカンの姿は、誰も居ないのに1人で乾杯をし、盛大に笑い続けている。


(はぁ...)


 あの時――カオルがヴァルカンと出会った時、カオルは風竜とは違う運命を感じた。

 それが、後に一目惚れであったのだが、お子様なカオルが当然気付くはずもなく...











 ヴァルカンの住むこの国は【カムーン王国】と呼ばれ、王都は人口50万人の大都市である。

 主産業として小麦と製鉄を隣国へ輸出している。

 国境付近に連なる山脈には鉱山も多く、王都近くの河川(かせん)まで、質の良い砂鉄がよく取れるという。

 鉄鋼業が盛んな国ということもあり、王都には腕の良い鍛冶職人が多い。

 ヴァルカンはそこで鍛冶を教わり、今はそれで食いつないでいた。


「いつか勉強に行くといい」


 そうヴァルカンからカオルは言われたが、それよりもヴァルカンおすすめの宮廷料理の方がカオルには魅力的だったようだ。


 そしてここ【イーム村】

 『王都直轄地』と名が付いてはいるが、ただ耕作面積が多いだけのそれほど重要な土地ではない。

 【イーム村】は、主に小麦を作り生計を立てている。

 他に目ぼしい物といえば....【カムーン王国】の、兵士訓練施設があるくらいだろうか?

 もっとも、下級下士官など、王国騎士隊から左遷された上官が数人居るだけなのだが。

 さきほども説明した通り、重要拠点ではない。

 なにせ、【イーム村】から王都までは、馬車で5日もかかる距離なのだ。

 王都で何か緊急事態が起こっても、すぐに対応出来る訳がない。

 もっとも、緊急招集されるまでもなく、王都の兵は強者(つわもの)揃いで精強なのだが。

 


 ヴァルカンとカオルが住むこの家は山の中腹にあり、【イーム村】までは歩いて5時間程の距離がある。

 この世界の時間は日本とほとんど同じで、懐中時計の様な物を皆が持っている。

 とは言うものの、高価なので裕福な人間しか持って居ないが....

 時間がわからない時は、村の【聖騎士教会】が時間を知らせる鐘を鳴らしてくれるので、それを目安にするといいそうだ。


 朝からカオルが懸命に掃除をするこの家は、住居の隣に踏鞴場(たたらば)と工房が併設され、ヴァルカンの性格を体現(たいげん)したように、雑踏(ざっとう)としていてお世辞にも清潔とは言えない空間であった。

 あの地下迷宮(ダンジョン)の最奥でヴァルカンに拾われ、カオルが最初にしたことは言うまでもなく掃除だ。

 おそらくヴァルカンの辞書に、整理整頓(せいりせいとん)という言葉は無いのであろう。

 この家へ案内された初日。カオルはあまりの汚さにイライラしたものだ。

 ヴァルカンから許可を貰い、家中ひっくり返したようにピカピカに磨き上げたのは言うまでもない。


「おーーー!! これはすごいな!! カオルにこんな才能があったとは....拾ってきたのは大正解だったな!!」


 なんて悪びれた様子もなく、こんな感想を述べたヴァルカンを見て、当然カオルは呆れた。


 ヴァルカンは黙っていればすっっっごい美人だ。

 身長も高く、エルフ特有の整った顔立ちはまるでモデルのようだ。


 だが、口を開けばおっさんだ。


 面倒見もよく、博識なのもすばらしい。

 だが、中身はおっさんなのだ。

 カオルが『残念美人』と名付けるのも頷ける。


「カオル、私は君について何も知らないし、知ろうとも思わない。だが私の家に来たんだ、これからは家族として扱うからな?」


 地下迷宮(ダンジョン)で拾われてから、ヴァルカンと初めて交わした約束。

 それは、カオルが失ってしまった大切な家族(もの)

 心の底から求めて止まない家族愛を、ヴァルカンは当然の様にカオルへ与えた。

 

 カオルは本当に嬉しかった。

 カオルの周りに居た親族(おとな)達は、汚く淀んだ『濁った目』をしていた。

 それなのに、ヴァルカンはとても綺麗な青色の目をしていたから。

 吸い込まれるような美しい瞳の持ち主に、いつの間にかカオルは警戒心を解いていた。


(ボクもいつか、こんな綺麗な目になりたい)


 幼いカオルには、ヴァルカンがとても綺麗に見えた。


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