第三十四話 エルフの里
ヴァルカン視点でお話しは進みます。
2016.9.17に、加筆・修正いたしました。
「ハァァァァ!!」
「エーイ!」
【エルフの里】へ向かう往路。野宿をしていた私とカルアは数回目の夜襲を受けて応戦。
下級の猪頭鬼が2~30体程度で難なく撃破。
女を攫う奴等にとって、私とカルアは良い獲物に見えたのだろう。
問題はカルアだ。
『おねぇちゃんパワー』とかいう不思議な力を使い、両親の形見の長杖で撲殺。
とても【オナイユの街】で専属の治癒術師をしていたとは思えない。
乗馬もこなすし、戦闘も可能。その上回復魔法の使い手。現役の冒険者でも十分通用する素養。
何者なんだ? こいつは。
「....なぁカルア?」
「なにかしらぁ?」
血塗れた木製の長杖を磨き、微笑むエルフ。
私よりも3つ年上の27歳。青い法衣の返り血はこの際置いておこう。私も似た様な物だ。
「お前...なんでそんなに強いんだ?」
義妹のエリーは剣士だった。木製の円盾に鋼鉄製の片手剣。
カオルが鋼鉄の腕甲を贈っていたが、他の装備は革製の軽装防具。
【聖騎士教会】の聖職者に準じる治癒術師が刃物を持てない事は知っている。
アレは生活用品と違い"殺める道具"だ。
故に片手棍棒や連接棍棒。朝星棒なんて代物がある。私にはこちらの方がよっぽど"殺める道具"に思えるのだが。
「おねぇちゃんの両親はねぇ? 最前線で治療する治癒術師だったのよ? 当然魔物に襲われる事もあるわぁ。
だからおねぇちゃんは教わって覚えたのぉ♪ 魔力のきれた治癒術師なんて、ただの人よぉ?」
「なるほどな....」
カルアの両親は余程の御仁だったのだろうな。
『最前線』。カオルと同じ軍隊に随行する貴重な存在。いつ死ぬかもわからない戦場で、負傷者の治療をしていた訳か。
今回の大遠征軍ではカオルがその役を担った。混戦状態で終盤は戦力に数えざるを得なかったがな。
合成獣さえ居なければ被害を抑えられたかもしれない。
むしろ私とカオルだけならば被害は無かった。
聖騎士団と近衛騎士の"訓練"という側面があったからこそ、あの被害が出た。
現にカオルは単独で火炎竜を倒した。人死にを見て動揺さえしていなければ無傷で倒せたはずだ。
醜悪鬼、猪頭鬼、暴食人鬼、緑巨人。
どれもたいして強くない。聖騎士が長方大盾ごと屠られていたが、カオルは投擲ひとつで殺してみせた。
カオルは確実に強く成っている。合成獣も共同で倒せば早かった。
だが、私があの場でしたかった事。
カオルに命の重さとそれぞれの騎士達に教訓を示したかった。
人は脆弱で脆い。恐怖の感情に呑み込まれ、彼等は士気を下げた。それがどんなに危険な事か、彼等自身が一番わかってるはずだ。
私は嫌というほど見てきた。内乱の続く【カムーン王国】で。
【エルヴィント帝国】が改革に成功した様に、【カムーン王国】も改革できればよかったのだが....私には無理だった。
見栄と面子。『沽券に関わる』と私欲に支配され、地方領主は独占欲の塊。重税に次ぐ重税で民達は多く死に、結果蜂起した。
年端もいかない子供達が、親と同じ様に農具を武器に突貫する。
正規兵に武術の心得など持たない者達が敵うはずがない。まして、碌に飯も食えない状況。あの子達は痩せ細り、今にも死にそうな状態。
蹂躙したんだ。王国民を。自領の民を。
剣聖として女王陛下の言葉を伝えても、あいつらは耳を貸さなかった。
『エイブラハム国王陛下亡き後、おこぼれで王位を継いだエリーシャ女王なぞ我は知らん!!』
皆、口を揃えてそう言う。
わかっていた。わかっていて私は剣聖を拝命した。だから殺した。
無能な者達を剣聖の勤めとして殺して殺して殺し周った。
そしていつしか私は穢れる事に恐怖を覚え、剣聖の座を辞した。あのままでは誰彼構わず殺してしまう殺人鬼――魔物に落ちていただろう。
「....ヴァルカン?」
名を呼ばれ、沈んでいた思考が浮き上がる。
自戒している時ではない。
私は私を必要としてくれるカオルを救う為に生きている。
だから後ろへ振り返る暇は無いんだ。
穢れたこの手を、カオルは『綺麗ですよ?』と言ってくれた。
嬉しかったんだぞ? 傍にカオルが居るだけで私は幸せだ。"もっと"を欲しがる悪い女だがな?
それもお互い様だろう? カオルは約束を破り、先に逝こうとしたのだからな。
「なんでもない。少し眠れ。その後交代だ」
「そうね」
何か聞きたげなカルア。気を使いそれ以上言わなかった。
悪いな。そしてありがとう。
カオルの傍に居ないだけで、私の心は荒んでしまうみたいだ。
大丈夫。必ず霊薬エリクシールを持ち帰り、私はカオルを救ってみせる。
だから待っていてくれ? 私のカオル。
交互に眠り日の出と共に目的地へ。
広大な森林地帯。伝承では"始まりの樹"――世界樹が存在すると云われる場所。
外部からはけして見えないその大樹は、一種の結界に護られていると聞く。
妖精種のエルフ誕生の地。私やカルアの祖先を辿れば、必ずこの地に辿り着く。
精霊の加護を強く受け、不老の身体に生来の魔力。後者は個人差があり誰もが治癒術師や魔術師として誕生する訳では無い。
カルアと私は運が良かった。ただそれだけの事。
産まれた瞬間に決まる運命――いや、宿命か。他者との決定的な差が生じるのだからな。
「この森の何処かに【エルフの里】が在るのだな....」
「そのはずなのぉ...」
3頭の軍馬を放し荷物を降ろす。
呼べば来る様に調教されている賢い馬だ。
お前もカオルが心配なのか? 一時とは云えカオルを乗せたのはお前だ。
そうか。ああ、任せておけ。必ず取り戻すさ。
「行くか」
「ええ♪」
手荷物以外の荷物を隠し、私とカルアは森へ立ち入る。
清らかな風が凪、木漏れ日が神聖な雰囲気を醸し出す。もちろん比喩的な意味ではなく、此処は神聖な土地。
魔物や魔獣と呼ばれる魔に属する者など存在しない。でなければ馬を放すはずがない。
肉食獣すら居ない場所。安全で心穏やかに過ごせる。私達エルフの故郷。
「地図によると....」
ファノメネル枢機卿が送って寄越した地図。目星に成りそうな物は3つ。
なだらかな丘と、小さな山。そして巨石。
何れかが手掛かりに違いない。外界と遮断している結界の通り道。
さて? 本命はどれか。
「おねぇちゃんは巨石に一票ね♪」
「奇遇だな? 私もそうだ」
「エルフだものぉ♪」
「まぁそういうことだな」
大地の結晶。つまり石。精霊が齎す加護の集合体。
四大精霊王の一王が『土の精霊王ノーム』。
他の2ヶ所は違うだろう。
何故なら穏やかな風は何処にでも吹いている。
水場も地図に記載されていない。
まして森の中に火に纏わる代物なんて無いのだから。
地図通りに巨石を目指す。
歩き慣れたと錯覚するのは先祖の血か?
とても心地良い。晴れやかでいて、穏やかな気持ち。
故郷か。
私は両親の記憶も無ければ産まれた国も知らない。
目覚めた時は森の中で白い棺で眠っていた。
何も覚えていない。自分が誰かもわからない。
今でも思い出す。夢にさえ出てくる。
這いずり回り生き延びた時の事を。
森を抜け、砂漠を抜けて気が付くと【カムーン王国】の【城塞都市アヌブルグ】に居た。
幸い私は天賦の才を持っていた。人攫いや不逞の輩。愚か者達を屠れる力。6歳の私が、だ。
年齢も曖昧だがな。周りを見てそう判断した。
あれから沢山の嫌なモノを見た。
狩った獲物を捨て値で値切ろうとした商人。『エルフだから』と『娼館で働かないか?』なんて誘うバカ者。
当然ヤームじゃないが『穴の毛まで毟って』やったがな。
そうして日銭を稼いでやっと王都の王立騎士学校へ入学できた。
フェイともそこで会ったんだったな。共同部屋であいつは生真面目で面倒臭いヤツだった。
まぁ、小煩い小言のおかげで私も無事に卒業できたのだが。
「ヴァルカン? アレが巨石じゃないかしらぁ?」
歩くこと2時間半。懐中時計を取り出し時間を確認。
カオルもこうしてよく時間を気にしていたな。
『師匠? 時計を見せて下さい』なんて言って近づいて来てな。
無防備なカオルきゅんはカワユイ。それはもう食べてしまいたいくらいにな。
実際食べたというか食べられたというか....お互いの"ハジメテ"は済ませたんだ。
お、起きたらまたしないといけないな? そ、そのく、口付けを――
「聞いてないのかしらぁ?」
「....いや、聞いているぞ? 地図通りだな。アレが巨石だ」
カオルきゅんとの逢瀬を名残惜しく思いつつ、視線を移す。
見れば小高い山のごとく鎮座する大岩。
半分なのか数分の一なのかわからないが、天辺まで駆け登れそうな巨石が在る。
カルアと正反対に周囲を一周。
何か手掛かりを探さなければいけない。
在る筈だ。【エルフの里】へ通じる結界の綻びが。
でなければ里に住む民達すらも出入りができない。
まぁ、出る場合は里を捨てる事になるのだろうが。
「はぁ....無いな」
「おねぇちゃんも特に変わったところは――あっ!!」
お互いに半週してかち合った場所。
小動物のリスが駆け登った巨石の一角になにやら刻まれた文字を発見。
「なんだコレは? 私には読めん」
「....精霊文字よぉ? でも、おねぇちゃんにも読めないわぁ」
長い年月を経て風化したのだろう。
刻まれた文字は所々が欠けていて解読不能な状態。
カルア曰く『高度な精霊文字でおねぇちゃんにも読めないのぉ』だそうだ。
手詰まりか? いや、他に何かあるはずだ! 私達に時間の猶予はない! いつまでもカオルをあのままにしておけない。その時だった。
「風の精霊ちゃん?」
緑色の小さな姿。片手大の大きさで、いつもカオルに姿を見せる精霊。
カオルがよく言っていた。
『困った事があると手助けしてくれる』と。
「....助けてくれるのか?」
「(コクン)」
「ヴァルカン!? その子とお話できるの!?」
「話しはできない。だが、こいつはカオルの近くによく居た。だから――」
説明途中で悪戯好きな風の精霊がカルアの鞄へ侵入。
中から1冊の手記を取り出しページを捲る。
そうして『ココ!』と言わんばかりに指差し姿を消した。
「カルア? なんて書いてあるんだ?」
「えっと~....これはおねぇちゃんの家に伝わる言葉みたいでぇ~....」
解読しながら呻るカルア。
しばらくして詠い始めた。
「青枯色に染まる刻、赤朽葉の襲を纏いし勇ましき剛柔の者に我らが力を与えん」
透き通る調べ。身体の奥深くまで浸透するその声に私の心臓は鼓動を速める。
何故だかわからない。誰かが私を包み込む様な感覚。
お前は誰だ? 私と似ている? 意味がわからん。
「見て!!」
「....なんだ!? 何が起きている!?」
つい先ほどまで青々と生い茂る木々だった。
それがまるで泣いているかの様に枝葉を揺らし枯れ落ちる。
そして私を包んでいた感覚も途切れ、後に残った落葉樹。
周囲一帯全ての樹が枯れてしまった。
「....誰だ!!」
不意に感じた視線。
私の索敵範囲に入って来た闖入者。
気配を殺さず敢えてそうしたのか?
堂々としたものだ!
「お前達こそ何者だ」
銀髪で青い瞳。尖った耳は私と同じエルフだからだろう。
佇まいに気品が溢れる。まさかとは思うが――王族か?
「私は【カムーン王国】の元剣聖ヴァルカンだ。【エルフの里】に用があり此処へ来た」
「【聖騎士教会】所属の治癒術師カルアです」
名乗り観察。上等な黒い布地に革の防具。
帯剣した突剣の飾りが豪華過ぎる。
背中に背負った黒いモノ。まさかとは思うが....魔弓か?
腕甲が弓術士ならではの造形。
どうやらアタリらしいな。
「......」
無言で私達を同様に観察。
カルアの柔和な笑みを真似てみる。
相手がカオルならもう少し自然に笑えるのだが....難しいな。
なにせ目の前に居る王族らしき女は目付きが鋭い。しかも無表情が上手い。
立ち居振る舞いも悩む姿勢も洗練されている。まさかとは思うが...王女じゃないだろうな?
「着いて来なさい」
クルリと半回転し歩き始める彼女。
隙を見せた理由は私達に敵意が無いと理解したからか? 無防備だ。
案内されるままに着いて行く。
木々の隙間を縫う様に歩く。おそらく張ってある結界は"手順通りに進まないと通り抜けられない"。
似た様なモノを私は知っている。
【カムーン王国】の王都から程近い地下迷宮。『フレミトゥスの地下迷宮』や、カオルと出会った『スペースの地下迷宮』と似ている。
しばらくそうして歩いていると、辺りが白く薄い朝靄のように曇り始める。
やはり私の考えは正しかった。結界とはそういった類のモノか。
「これは....」
「びっくりねぇ....」
通り抜けた先に在った物。
巨大な大樹。一部が刳り抜かれて屋敷が佇む。
その道すがら藁葺きの家屋が並び住民は全てエルフ。
私達と同じエルフのみが住んでいる。
外界の文明よりも数代遅れ、王都や帝都、地方の都市や街に比べて村に近い。
住んでいる者達の衣服もそうだ。麻や木綿。毛皮など、自然から収穫できる物だけを使った質素な物。
家屋も土壁で脆い。石造りな建物は屋敷がひとつだけ。
これが【エルフの里】。私の祖先が暮らした故郷。
「入りなさい」
すれ違うエルフ達の興味無さげな視線。
ただ日々を過ごしている。そんな印象を強く受ける。
一言で『活気が無い』。『生きる事がつまらない』と云わんばかりだ。
案内された屋敷。外見よりも内部は広く見え、漆喰らしき白い壁が外壁とのコントラストで豪華に見える。
天井から吊り下がるシャンデリア。木製と鹿かナニカの角で拵えたのだろう。
そして屋敷の1階中央部に大きなホール。
威厳の在る顔付きでいて端整な顔立ち。
身形はここに来る間に見かけた者達と比べる事がおこがましい程上等な代物。
もう一人も同様だ。
「よく来た。我が現エルフ王リングウェウ」
「私は王妃アグラリアンです」
漂う雰囲気がエリーシャ女王陛下とまったく同じ。
ズシンと胸を打つ重い声。涼やかな声色の癒される声。
このお二人がエルフの王族。ならば――
「ご拝謁を賜り感謝します。私の名前はヴァルカン。【カムーン王国】で剣聖を勤めておりました」
「同じくお会い出来て光栄でございます。私は【聖騎士教会】に所属する治癒術師のカルアです」
跪いて口上を述べる。
労いの言葉を頂き本題を語った。
「....ふむ」
「あなた?」
「そうだな。カルアと申したか?」
「はい」
「失われし精霊の言の葉を紡いだそうだな」
「あの四小節は私の両親が残した手記に記載されていたものです」
ジッとカルアを見詰めるエルフ王と王妃。
近くに此処まで案内してくれた彼女も居る。
王妃と同じ髪の色。やはり間違いなさそうだ。
「すまぬがもう一度読み聞かせてくれぬか?」
「はい」
手記を取り出し深呼吸。
どうやらカルアも緊張しているようだ。
まぁ人の事を言えた義理でもないがな。
お二人が纏う覇気は王族のソレだ。
当代の皇帝も同じだ。
「青枯色に染まる刻、赤朽葉の襲を纏いし勇ましき剛柔の者に我らが力を与えん」
カルアが詠い目を閉じる。
数瞬悩み重々しく口を開いた。
「間違いなさそうだな」
「そうね」
「カルアよ。そなた家族は居るか?」
「はい、義理の妹が居ります」
「ふむ....両親はどうした?」
「両親は.....義妹を引き取った後に治癒術師として戦地へ赴き亡くなりました」
「....そうか。辛い事を聞いてすまなかった」
「いいえ。今は幸せでございますから」
顔を上げて笑みを零すカルア。複雑な感情が渦巻いた事だろう。
私は記憶が無いから同情はできないが.....悲しむ心を持っている。
なんとなくだがわかるぞ? カオルもきっと同じだ。
「『幸せ』か....」
「はい」
「単刀直入に言おう。カルア? そなたは我と同じ王族に連なる家系だ」
は? 何を突拍子も無い事を突然言い始めたんだ!?
カルアが王族の家系!? あのカルアだぞ!?
眠るカオルきゅんに口付けちゃうような強かな女だ!!
確かに気品はある。所作も一般的に見れば分不相応だ。
だが、それは治癒術師の家系だからであって、けして王族とかそういうのは関係ないんじゃないか!?
「そう....なのですか?」
「うむ。そなたの祖先が外界へ赴いた時に【エルフの里】と袂を別れた。十数代以上前の王家の話し。証拠は先に詠った言の葉だ」
「.....おねぇちゃんはエルフ王家の傍流なのね?」
「その通りだ。かと言って今更我に何が出来る訳でも無い。【エルフの里】を出る意味は理解していよう?」
「そう...ですね...」
「だけどね? カルアの血に私達と同じ血が流れている事は事実なのよ? だから私は言わせて欲しいわ。"おかえりなさい"」
カルアを抱き締め涙を流す王妃。エルフ王も――リングウェウ王も沈痛な面持ちで目を閉じた。
事実なのか? そしてカルアは紛れもなくエルフ王家の血筋。"もしも"があるならば王女か。むっ.....何故か悔しい。
「ありがとうございます。"ただいま帰りました"」
「ええ。おかえりなさい」
静かな時を過ごしややあってリングウェウ王は語る。
私の予想を遥かに超えた話しを。
「ヴァルカン」
「ハッ!」
「先ほどカルアが紡いだ言の葉は、そなたの事だ」
「....」
「驚くのは当然だ。しかし事実。『青枯色に染まる刻』とは、植物が青いまま急にしおれて枯れるという意味だ。"世界が不安定になる"ということだ。
次に『赤朽葉の襲を纏いし勇ましき剛柔の者とは、そなたの服の色。そして"そなた自身"を示している」
むむ? 剣聖の赤い騎士服と勇ましき剛柔?
勇気があり強くて優しいだと? そんなに褒めても何も出ないぞコノヤロー♪
「誠ですか?」
「我は事実を述べたまでの事。して? 霊薬エリクシールを所望する理由は聞いていなかったな。訳を申せ」
「はい。私の――いえ、私達の大切な者が死に掛けております。"とある者"から霊薬エリクシールがあれば治せると云われて【エルフの里】を訪れました」
「ふむ。"とある者"か....」
「お願いです! 私の大事な――大事なカオルちゃんを助けて!!」
カルアが懇願し私も続く。
リングウェウ王とアグラリアン王妃が見詰め合い、視線で会話を始める。
どうでもいいがカルア? お前自分がエルフの王家の傍流だとわかってから敬語を使ってないな? まぁ私には関係無い話しなんだが....
「それほど素晴らしい娘なのか...」
「なんて健気な....」
"一部"私達の欲望を混ぜてカオルの人物像を話した。
他者の為に命を賭ける少女。齢12歳で多くの者から慕われ『黒巫女様』と二つ名まで着けられて。
近接戦闘技能は私に劣るものの、遠くない未来に抜かれるだろう。
家事も万能。なんでもできる。愛くるしい姿を見れば誰もが惹かれる。
性別を偽った理由は私とカルアの独占欲。他の女が近付く可能性を極力排除したかった。
カオルきゅんは超可愛いからな。私が育てた!! 2年以上も掛けて"私好みの美少年"に!!
「それと....」
「まだ何かあるというのか!?」
同情だけで人は動かない。更なるモノが必要だ。
それは対価。エルフの王族のみに伝わる霊薬エリクシールを得る代わりに、お二人にカオルとの縁を結ばせる。
なにせカオルは人間なのに精霊の姿が見える。むしろ対話も可能かもしれない。
あの時私達の前に現れた風の精霊。アイツが居なければカルアが言の葉を紡ぐ事は無かったかもしれない。
「カルアも知っている事ですが――カオルは"ドラゴンと契約"をしています」
「まさか!?」
「ほ、本当なのですか!?」
「そんな....ありえません!!」
リングウェウ王とアグラリアン王妃に続いて声を荒げた彼女。
まぁ正体はわかっている。王女だろう? 隠している訳ではなさそうだがな。
なにせこの場に居るのは私を含めて5人だけだ。
王族に仕える者達が姿を見せない。大方彼女が遠ざけた。普通茶の一杯も出すのが礼儀じゃないか? いや、喉が渇いただけなんだがな。
「『ドラゴンの契約者』は最上級竜種の四竜王様から加護を得た存在です! 伝承は数多く残されていますけれど、かつて竜王様から直接契約を得た者など存在しないはずです!」
「事実です。そうだな? カルア」
「おねぇちゃんは知っているわぁ♪ カオルちゃんの左胸に音素文字が刻まれているのぉ♪」
「その通りです。そして私達に霊薬エリクシールを持って来るように言ったのが――」
「風竜ちゃんよ♪」
饒舌な王女にも驚いたが、カルア? 遠慮せずに普段通りの話し方をする度胸が凄いな?
やはり自分が王族の血を引いている事で気が大きくなったか? ずるいぞ?
私だけ敬意を払って敬語だというのに.....疲れるんだからな!?
「風竜....まさか"風竜王ヴイーヴル様"!?」
「あ、会ったというのか!?」
「まぁまぁ♪」
.....そういえば風竜はそんな名前だったな。
古代聖典の一節に、『暴風を纏いし偉大なる風の竜王。その名をヴイーヴル』とかなんとか。
政乱の世に勇者へ剣を託したとか、啓示を述べたとか.....うぅむ。これはフェイの言う通り勉強しておくんだったな。
そもそも歴史の授業は眠くなるのがいけない。教師が読み上げ生徒が書き写す。写本だろう? 聞き取りをさせて書かす教育方針がおかしい。
そんなものは個人で閲覧させて書かせろ。無駄な時間だ。解釈の違いで歴史が狂うぞ? やはりララノア学長の教育が悪いんだな。うんうん。
「それとぉ♪ カオルちゃんはたぶん~♪」
っと。過去を振り返っている場合ではなさそうだ。
カルア? お前も気付いていたか。
「おそらくカオルは"この世界の住人"ではありません。遠く"異世界"からこの世界へ迷い込んだ可能性があります」
「そうねぇ♪ カオルちゃんが作る料理は見た事も聞いた事も無いものぉ♪」
「「『異世界』!?」」
「"魔界"や"天界"から来たと言うのですか!?」
「わかりません。ですが、『どちらか?』と聞かれるならば間違いなく天界でしょう」
「カオルちゃんは人間だものぉ♪」
「はい。それにカオルは精霊を見る事ができます。おそらく対話も可能かと」
「『ドラゴンの契約者』にして、『異界の住人』。『人間が精霊の姿を見れる』だけでなく、『対話まで可能』だと言うのだな?」
リングウェウ王の問いに頷いて答える。
カルアも補足し困惑が広まる。
最後の手札もきった。あとはどう出るかだ。
半ば賭けになってしまったが答えは出ている。
"ドラゴンの契約"。"精霊と対話できる"。この2つだけで精霊に愛される私達は逆らえない。
なぜなら妖精種のエルフは精霊の加護を得て不老の肉体を持つのだから。
「....何としてでも助けなくてはいけません」
「我も同意だ」
「お父様! お母様! 私も同じです!」
遂に地が出たな? 王女よ。
だがよかった。これでカオルは助かる。
あの笑顔がまた見れる。『師匠』と呼んでくれるカオル。
可愛い愛しの"私の"カオル。
「「ありがとうございます!!」」
カルアと声が重なりホールに響く。
見ればカルアは大粒の涙を流し、気付けば私も泣いていた。
よかった...本当によかった....
「エルミア? 霊薬を渡す。共に着いて行き見届けなさい」
「そうね」
「わかりました」
.....ん? 『共に着いて行き見届けなさい』?
「カルア?」
「ヴァルカン?」
「どうやら」
「そういうことみたいねぇ」
リングウェウ王に随行して出て行った彼女――王女エルミア。
残ったアグラリアン王妃の笑顔が怖いぞ?
押し付ける気だな? 元剣聖の私がこの手の厄介事に気付かないはずがないだろう?
数多の面倒事をフェイに押し付けてきた私だ!! "やる側の考え"も"やられる側の考え"もわかる!!
今回私達は"やられる側"だ!! しかも断れない!! 霊薬エリクシールをカオルに与えるまでな!!
「あの子は私達の娘。名をエルミアと言います」
「そうですか」
「驚かないのですね?」
「此処へ案内された時からわかっていましたので」
「おねぇちゃんもなんとな~くそうなんじゃないかなぁ? って思っていたのぉ」
「カルアは縁戚ですからね。血が反応したのでしょう。そしてヴァルカンは....培って来た経験かしら?」
「....はい。気品と立ち居振る舞いが仕えていた【カムーン王国】の王家の方々と似ていました」
「身体から溢れるオーラねぇ♪ おねぇちゃんもあるのかしらぁ♪」
「カルアは私と似ていますから....あるかもしれませんね♪」
「あらあら~♪」
なんだこの相手をするだけで疲れる2人は。私の天敵か? 間延びした声を聞くとエリーシャ女王陛下を思い出す....ヤメテクレ。
「...2人に頼みがあるのです」
「『エルミア様を連れて行け』とおっしゃるのですね?」
「ええ♪ あの子は【エルフの里】から出た事がありません。森に狩猟へ出掛ける事はあるのです。腕前も里随一。けしてあなた達2人の迷惑にならないでしょう」
「ですが王女様を連れ出すのは何かと問題が――」
「いいえ。ヴァルカンとカルアが居ます。そして目覚めたカオルさん。少しの間で良いのです。外界を知らないあの子の見聞を広めてください。
【エルフの里】を見たでしょう? 皆"やる気"を持っていません。このまま衰退の一途を辿るというのならば、せめてあの子だけでも外を見て欲しい。
親の身勝手ですね? けれど私とあの人はずっと悩んで生きてきました。精霊王様方も千年以上姿をお見せになられません。
藁にも縋る想いで....どうか引き受けてくださいませんか?」
有無を言わさぬ力強い眼力。
王女のエルミアとソックリだ。そして話しながら近づき圧迫――いや脅迫か?
私とカルアの手を"掴み"離さない。鍛えている私はいいが、カルアは痛がってるぞ?
どうやら断る事は不可能か。嫌な予感しかしないんだが....
「私達でよければ」
「は、はい...」
パッと花咲く笑顔で手を離したアグラリアン王妃。
大急ぎで自分に回復魔法を使ったカルアは折れたのか? 違うな。打撲か。
王妃と王女が同じ性格だとしたら....マズイ....カオルきゅんに余計な虫が....
ただでさえエリーが邪魔だというのに....カルアも邪魔だがな!!
「まぁ嬉しい♪ それでは頼みましたよ? ヴァルカン? カルア?」
「お、お任せ下さい...」
「はぃぃ....」
押し負けた私達。リングウェウ王と王女エルミアが戻って来るもすぐに面倒事だと気が付いた。
世間知らずなお姫様。これは本気で厄介だぞ.....