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第三十三話 カオルのために

2016.9.16に、加筆・修正いたしました。

 カオルが倒れ、はや3日。

 カルアは伝書鳩を【聖騎士教会】の総本山、【聖都アスティエール】へ向けて飛ばしファノメネル枢機卿から【エルフの里】について情報を得た。

 その間に私は出来得る限りの準備に追われる。

 武具の手入れに始まり往復の食料の確保。聖騎士に頼み軍馬も借りて準備は着々を進んでいる。


「ヴァルカン殿....」

「レンバルトか」


 野営地の撤収を終えた聖騎士団と近衛騎士。冒険者も【オナイユの街】へ帰還し事の顛末を話した。

 目覚めぬカオルを見て何も言えないレンバルト。ニコル司教も同様で、街全体が喪に服している。


 犠牲が多かった。


 騎士17名。冒険者14名の尊い命が失われた。

 魔族と会敵し、合成獣(キマイラ)火炎竜(ファイアドラゴン)に襲われたにしては少ないだろう。

 だが、人が死んだ。大遠征軍を集結させて万全を喫していたというのに。

 戦術目標を見誤った結果。私達は魔鏡だけが脅威だと思っていた。

 まさか火炎竜(ファイアドラゴン)が現れるなんて思ってもいない。


 竜種は格が違う。在野の魔物の中で一番の脅威。

 地下迷宮(ダンジョン)で上級の冒険者が命を落とす原因のひとつは、欲に目が眩んで竜種を狙うからだ。

 竜燐に皮に骨と肉。もしも倒せたら素材だけで一生遊んで暮らせる。

 だから無謀な挑戦をして返り討ちに会い命を落とす。

 毎年何人の冒険者が死んでいるかわかるか?

 社交界で見栄を張る為に、大金をつぎ込み私兵を雇って派兵する、愚かな貴族が何人居るかわかるか?

 私は散々見て来た。何人もの愚かな者達を。

 おとぎ話の存在。だからこそ価値がある。そして"もしも"竜種の居場所を見つける事ができたら?

 愚か者は同じ事を繰り返す。

 だから私は剣聖の座を――


「ヴァルカン? エリーちゃん達がカオルちゃんの『お見舞いをしたい』って」


 レンバルトが帰りニコル司教も職務に戻った。

 そこへカルアがやって来て懇願される。

 カオルが自らの命を糧に救った者。

 私との約束まで破りカオルは"友人"を助けた。


「....ああ。わかった」


 複雑な感情が渦巻く。コレは嫉妬か? カオルが私ではなく友人を選んだから。

 いいや、違う。カオルは『嬉しかった』と風竜に告げたんだ。

 初めての友人。おそらくカオルが生きてきた環境は苛酷だったんだろう。

 一緒に暮らしていてわからないはずがない。

 カオルの口から両親以外の名前が出た事なんて、ただの一度も無いのだからな。


「あの、元剣聖様....」

「ヴァルカンでいい」

「....ヴァルカン様。わ、私のせいでカオルが――」

「その話しはするな。カオルがそうしたかったからしたまでの事。エリー? お前が気に病む必要はない」


 震えるエリーをカルアが抱き留める。

 続いてカイとメルが姿を見せてベットで眠るカオルへ視線を落とす。 

 生気の抜けた顔。触れれば冷たく時折鼓動が脈打つ。

 『仮死状態』と風竜は呼んでいた。"生きている"。カオルはまだ生きている。


「カオルは...」

「助かる....んですよね?」


 重い口を開いた2人。私とカルアは頷き答える。

 『カオルは必ず助ける』と。


「お前達。カオルはな? たとえ自分が犠牲になろうと友人を護る優しい子だ。

 安心しろ。カオルは死なない。絶対に死なない。だから『自分のせいだ』と悔やむな」


 涙を流す3人。今にも自殺しかねない。"それ"はダメだ。何の為にカオルが身を犠牲にしたのか考えろ。

 カオルの想いを受け取り、強く生きるのがお前達に託された試練。

 随分と重い荷物を背負わせたものだ。そうだろう? カオル。


「大丈夫よ? エリーちゃん。おねぇちゃんに任せておけばいいの。カオルちゃんはエリーちゃんの泣く姿なんて見たくないはずよ?」

「お、おねぇちゃん....う、うわぁぁぁぁん!!」


 エリーがカルアの胸で叫ぶ。

 何も出来ない自分。恩を返せない歯痒さ。

 そうした感情に押し潰され、泣く事で自我の均等を保つ。

 わかるぞ? 私も同じ気持ちだ。けれど、私達にはまだ希望がある。

 風竜がカオルの命を繋ぎ止めている限り、カオルは死なない。そしてカオルを取り戻す為の手段もわかった。

 だから待ってろ。もう一度カオルに会わせてやる。私もカオルを怒らないといけないからな。勝手に約束を破り独りで逝こうなんて、私が許すはずがないだろう?










 ファノメネル枢機卿からの返信。

 読んで得た内容に確信が持てない。


『大変でしたね? 【聖騎士教会】が把握している【エルフの里】の場所は不確かな物です。詳細は同封の地図を見ればわかります。

 里を出たその時から、私達エルフは故郷を捨てた事になります。【エルフの里】、ひいてはエルフの王族の方々が私達を受け入れてくださるかどうか....同じエルフのカルアなら言わなくてもわかるでしょう?

 そして霊薬エリクシール。王族のみに伝わる回復薬。私は効能まで知り得ません。ですが――私も祈りましょう。どうか愛する人が助かりますように』


「....どう思う?」

「ファノメネル様がわからないなら、誰にもわからないとおねぇちゃんは思うのぉ」


 出立の前日。カルアと2人で相談。

 カオルが眠る部屋の隣でお互いの意見をぶつけ合う。


「地図は――ふむ。凡その位置だが近いな」

「そうねぇ....」


 【オナイユの街】の南側。【カムーン王国】の国境からもすぐ近い。

 巨大な森林地帯の"何処か"。わからない理由は"入れないから"。


「おそらく結界の類だろうな」

「ええ。神聖な土地だものぉ」

「霊薬エリクシールは間違い無くカオルを救う物だ。あの風竜が直々に言ったくらいだからな」

「おねぇちゃんもそう思うわぁ」


 初めて出会った最上級竜種。化物以外に形容し難い存在。

 アレと戦い勝つ事は不可能。契約者のカオルも無理だ。そもそも加護を得ている時点で格が違う。

 その風竜が霊薬エリクシールさえ手に入れればカオルを救えると託した。

 問題は――


「いつまでカオルがあの状態を保てるのか、か....」


 仮死状態。いつ止まってもおかしくない心臓。


 『それまで我がカオルを護り続けよう』


 言葉の意味はその通りだろう。しかし期限があるはず。

 私達に姿を見せた訳に理由がないと言いきれない。


「治癒術師としての意見は?」

「....全然わからないの。『禁呪を使えば砂の様に消える』。それ以外に記述は残されていなかったわぁ」


 カルアが取り出した一冊の手記。

 亡きご両親が認めた物。

 読ませて貰ったがさっぱりわからん。そもそも色々な言語が混在していて理解不能だ。

 カルア曰く『精霊文字なのよぉ?』だそうだ。

 魔工技師や錬金術師ならば読み解けるかもしれないが、武芸と戦術のみに特化した私に文官の真似事などできはしない。

 剣聖時代も報告書を適当にでっち上げてフェイとロリババァに怒られていたな。


「まぁいい。明日の朝出発だ。本当に着いてくるつもりか?」

「当然よぉ♪ おねぇちゃんもカオルちゃんが心配だものぉ♪」

「仕事はどうするつもりだ?」

「ニコル司教様から、ちゃ~んと許可も頂けたわぁ♪」


 それでいいのか? と思う反面心強い。

 【エルフの里】へ確実に辿り着くかわからない。

 人手が多いに越した事は無いし、カルアは私と同じエルフだ。

 他種族ならば確実にエルフの王族も嫌悪するだろうからな。

 神聖な森。【エルフの里】。必ず霊薬エリクシールを手に入れなければ。











 エリーが待つ我が家へ帰ったカルア。

 終始カオルと『添い寝したい』と喧しかったが追い返した。


 今夜は特別な夜。

 私とカオルだけの時間。


「眠っているカオルも可愛いぞ?」


 漆黒の髪を撫でて抱き寄せる。

 死者の様に冷たい身体。

 身動きひとつしないカオル。

 悪戯しても嫌がらない。照れてもくれない。語り掛けてくれもしない。

 思い返せば2年以上カオルとこうして一緒だったな。

 手掴みで料理を食べるとカオルは怒って、酒ばかり飲んでいてまたカオルに怒られ。

 『師匠の身体が心配なんです』なんて嬉しい事を言ってくれた。


 楽しかった。幸せだった。まだまだ物足りない。これから先もずっとカオルの傍に居たい。


 だからな? 早く目を覚ませ。私は此処に居る。

 カオルのすぐ近くでずっと見守る。

 騎士としての矜持を投げ出した身だが、私はカオルに全てを捧げよう。

 ちっぽけで汚れた誇りだが、カオルは受け取ってくれるか?

 血塗れて穢れた魂だが、カオルの傍に居てもいいか?

 私はな? カオルが居ないと生きていけないんだ。

 世界中の誰よりも、私はカオルを愛している。

 今此処に永遠の誓いを――


「ンッ」


 眠るカオルへ口付け私は決意した。

 カオルが死ぬその時は、私も死のうと。

 勝手に逝くなよ? 私の家族。

 また呼んでくれ。『師匠』って。そしていつの日か『ヴァル』と....

 微笑み合って暮らそう。今まで通り愛すべき2人で。











 明けて1月第4週水曜日。

 カオルの身体をエリーとニコル司教に託しカルアと【オナイユの街】を出発。

 命を賭して街を救ったカオルの事を2人は快く引き受けてくれた。

 喪に服しているはずの街民達も見送りに来た。

 中でも聖騎士達は同胞を殺されて辛いはずなのに『お願いします』と敬礼をして。

 わかっているさ。私も辛い。だから安心しろ。

 カオルは必ず目を覚ます。一番の功労者がいつまでも寝ている訳にいかないだろう?


 だがな! レオンハルト! 貴様は指一本カオルに触れさせん!

 何度来ても同じ事だ! 魂胆がミエミエだ!


『言っておくがカオルは渡さん』

『黒巫女様に直接言われない限り諦めません!!』


 私利私欲全開で面会を断り続けた。

 カオルの身体を託したエリーとニコル司教、レンバルトを含めた聖騎士達も同様だ。


 "レオンハルトをカオルに近づけさせない"。


 アイツの目は獲物を狙う鷹だ。

 全員がわかった。カオルを狙っている事なんてな。

 まぁそのレオンハルトも皇帝から直々に帰還命令が下り帝都に戻ったが――


「ねぇ? ヴァルカン?」

「なんだ? というか、いつのまに呼び捨てになった?」


 あの一件以来、馴れ馴れしいというか親しいというか....嫌いじゃないがな。


「あら~? おねぇちゃんとヴァルカンは"カオルちゃんを巡って"戦う好敵手(ライバル)だもの。それに2人旅なんだから気を使うのもおかしいと思うのぉ♪」


 本性を現したな!? さては昨夜カオルきゅんと添い寝できなくて悔しいのか?

 だが渡さん!! そんな正論なんて跳ね除けてくれる!!


「ふんっ!! カオルは私の嫁だ!! 渡さんからな!!」

「あらあら♪ 私だってカオルちゃんとキスしたんだから♪」

「なんだと!? あんなのはノーカンだ!!」


 寝込みを襲ったくせに何をほざいてる。

 私なんて『大好き』と言われて口付け合った仲なんだぞ!!

 舌だってねちっこく....その....あれだ.....気持ち良かった.....


 普段は隠している女性としての私が羞恥に顔を赤く染める。

 なにせ凄かった....思い出しただけで恥ずかしい.....

 まるで百戦錬磨の猛者の様に私の口内を蹂躙したカオルきゅんだ。

 あまりの気持ち良さに気をやってしまうくらいだったんだからな....


「....ヴァルカン?」


 私が急に顔を赤くしたからか、カルアは不審そうにこちらを見ていた。

 責められるのも癪なので話題を変える。


「それで? 【エルフの里】までどれくらいかかるんだ?」

「そうねぇ....軍馬を借りられたからぁ....」


 カルアが地図を見て唸る。


「4日くらいかしら?」

「ならば軍馬を適度に休めて、私達が休み無く行けば2日だな」

「ええ、そうね。そうしましょう」


ふむ? 私は鍛えてあるし大丈夫だがカルアは平気なのか?


「おねぇちゃんは平気よぉ♪ おねぇちゃんですもの♪」


 なんだその意味のわからない自信は。


「それに...早く帰らないと、カオルちゃんが......」

「カオルがなんだ!? まさか容体が関係あるのか!?」

「カオルちゃんが....エリーちゃんに取られちゃうかもしれないのよ!」


 は? 意味がわからないんだが....


「どういうことだ?」

「エリーちゃんが責任を感じて、カオルちゃんと添い遂げるって言ってたのぉ!!」


 そい...とげ....る?


「なぁにぃぃぃ!? ちょっとまて!! カオルが"男"だと教えたのか!?」


 カオルの性別を知るのは私とカルアだけだ。

 【イーム村】でも誰一人カオルの性別に気付いた者はいない。

 私がそう仕向けた。『不憫な娘』と宣伝し、あの容姿から誰も疑わなかった。

 それは【オナイユの街】でも同様。カオルきゅんは可愛いからな。

 『黒髪の巫女』と呼ばれる原因も姿形が美少女だからだろう。

 治療上仕方なくカルアにカオルの性別を明かす結果になった。アレはしょうがない。カオルの背中に傷痕を残す訳にいかなかった。

 その結果カルアがカオルに纏わり着く様になってしまったが....事故だと思おう。そもそもカオルきゅんは私が大好きだ。カルアに靡くと思えん。


「いいえ、違うわ。『同性でもいい』って....」


 なん...だ...と!?

 つまり女性同士でも良いと?


 いや、いやな? 私もカオルと初めて会った時『可愛い女の子』だと思ったさ。

 一ヶ月近く同じ屋根の下で暮らしていても気付かないくらい。

 私も困惑したものだ。『そっちの趣味か?』と勘違いもした。

 もういいんじゃないか? 私は『同性愛でもいいか』と決心を固めようなんてな?


 だがよく考えろ。


 子を成せん。同性愛はいかん。私は踏み止まり現在に到る。

 普通にカオルきゅんがカワユイ男の子だったから問題は無かった。

 生産的だ。子も成せる。あの可憐なカオルきゅんと私の子だ。

 私に似て気の強い子。カオルきゅんに似て美形だろう。まぁ私も美形だからな。自画自賛ではなく周囲がそう認識している。間違いない。


「や、やばいな....」

「そうなのぉ....」


 何がヤバイって――


「カオルちゃんの貞操が....」

「いやいや。私もそこに思い至ったが...まさか寝込みを襲うなん...て....」

「......」

「カルアの義妹に、そんな貞操観念があるはずないな!!」

「うふふ♪」

「やっぱりか!? ああああああ!! 早く行くぞ!?」


 馬の腹を蹴り、一路【エルフの里】へ駆け始めた。


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