第三十二話 魔鏡
2016.9.13に、加筆・修正いたしました。
夕食も終えた午後20時。ひと騒動もあったけれどボクは師匠を見付けて合流。
ボクが作ったポトフを寸胴鍋ごと盗んだ様です。配給所に居た人達が困っていました。
言ってくれればいつでも作るのに....
レンバルトさんから召集が掛かり大きな天幕へ。
肉体的なダメージを負うチョップは心苦しい気持ちですが師匠へお見舞いしておきました。ダメージは無さそうです。ボクが勝てる相手ではありません。
本陣はど真ん中。近くにボクと師匠用の小さな天幕もあります。
召集された主要な人物。
【聖騎士教会】から聖騎士団長のレンバルトさん。
【エルヴィント帝国】から近衛騎士団副長のレオンハルトさん。
冒険者ギルドオナイユ支部からヤームさん。
あとはボクと師匠。肩書きは【カムーン王国】の元剣聖。この中で一番の権力を持っています。寸胴鍋を盗みましたけれど。
ボクは師匠のついで。『弟子だからな』だって。居る必要があるのかな? と思い気やさっそく出番です。
人数分の紅茶を淹れて差し出す。
各々の席の前へ置いて行き――何故かレオンハルトさんにカップを直接受け取られついでに手を触られた。
怪しい....この人は出会った時からなにやら不穏な雰囲気。
笑顔で避けて師匠を盾に姿を隠す。熱い視線が恐ろしい....
「それでは軍議を始める。まず、ヴァルカン殿に感謝を。おかげで【オナイユの街】に程近い場所で、猪頭鬼王に始まり緑巨人までもが出現した事がわかりました」
「そうだな」
「はっきり言って異常事態だ」
「間違いない」
「確かに街の近くでこれほど多くの魔物が出現する事はあまり無いな」
「そ、そうですね!」
レンバルトさんに続き師匠が相槌を入れる。レオンハルトさんとヤームさんも同意。
ところで猪頭鬼王と緑巨人を倒したのはボクなんですが....まぁ師匠のおかげだから聞き流します。横槍はしません。
「その為に大遠征軍を結成した。ありえない事が起きている。本来、森の奥は魔素が濃く魔物などが発生しやすい場所だ。
我々が駐屯する【オナイユの街】――ひいては【エルヴィント帝国】は未だに手付かずの森、『死の森』や『魔物の森』、『魔境』と呼ばれる場所がいくつも存在する。
だが、ここの森はどちらかというと穏やかな森だった。魔物もせいぜい醜悪鬼や猪頭鬼といった下級の奴等だ」
コクリと頷く一同。ボクも一応同じ様に。『魔境』ってなんだろう?
「それが猪頭鬼王と緑巨人の出現....これは予想だが...."魔鏡"が持ち込まれた可能性を示唆している」
「ま、まま、魔鏡!?」
素っ頓狂な声を上げたヤームさん。思わず椅子からずり落ちるくらいに驚いてた。
ボクは初めて聞く名前に首を捻る。同じ『まきょう』なのに何が違うのだろう? 境と鏡? 何かあるんですか?
「ああ、悪いがカオルに説明させてくれて。皆の再確認に役立つだろう」
「わかりました」
「俺様も問題ない」
「は、はい!」
そうして優しい師匠が教えてくれる。
魔境は森の奥深くに存在する濃い魔素溜まりで地下迷宮が地上に現れた様な代物。木々も魔素に侵蝕されてされて不思議な成長を遂げている。
魔鏡は大きな鏡で魔素を集めるらしい。時には魔鏡から魔物が這い出る事もあるんだとか。
そして魔鏡を『持ち込んだ』存在。
"魔族"と呼ばれる人に仇名す人外の化物が暗躍している。過去に1体の魔族によって国が滅んだ。今では誰も近付けない大魔境で、開拓して人が住むのは不可能。
過去に何度も冒険者ギルドから"それらしきモノ"を『見掛けた』と情報が上がり各国は調査隊や先遣隊を送りこんだ。
結果、ほぼ惨敗を喫して逃げ延びた者から伝聞が広がった。それがここ2~3百年のお話。
そのとんでもない魔族が魔鏡を持ち込んだかもしれない。
「魔鏡は魔族にしか作り出す事は出来ないと云われている。これが何を意味しているかわかるな?」
「魔族が魔物を増やそうとしている....という事ですね?」
「正解だ」
満足顔で頭を撫でてくれた師匠。
レンバルトさん達も頷き補足説明。
「今までに確認されている魔族は1体だけです。蝙蝠の様な羽を生やし尻尾があるとか」
「前回姿を目撃された場所は50年ほど昔に【カムーン王国】の【ヤーム村】近くじゃなかったか?」
「わ、私の村ではありませんからね!?」
「ハハハ! 良くある名前だからな!」
「師匠のお家も【イーム村】です」
「カオル? "私達の家"だ」
「....はい」
お優しい師匠はそんな事を言って場を和ませて下さいます。
首元を撫で撫でしなければ最高でした。
「魔鏡だけが見付かる事は多い。叩き割り、産まれ集まる魔物を討伐する」
「その為の俺様達って訳だ」
パチンとウィンクしてくるレオンハルトさん。
再び師匠を盾に回避! 益々怪しい.....
「明日は魔境へ進軍する。聖騎士が近衛騎士の指揮を取る事はできない。逆も同じだ」
「ああ。レンバルト殿も行くんだ。俺様も行くぜ?」
「ハハハ! これは頼もしい! ではそのように」
「そうだな。ヤーム? 本陣を頼んだぞ?」
「は、はい!! ギルドから手練れを集めて来ましたからお任せ下さい!!」
「まぁ...下級の魔物相手ならあいつらで十分対処できるだろう。大物が出ない限りな....」
「師匠? 不吉ですよ?」
「いや...カオルもわかるだろう? 疼く感覚だ」
「そう...ですね...」
培った経験則から感じる予感。
元剣聖と黒髪の巫女の言葉に危機感を増したレンバルトさん達は、『警戒を十分に』するようヤームさんに言い付ける。
終始オロオロしていたヤームさんも確約し遅れて到着する第二陣へ早馬を出した。
冒険者を増員するそうです。中級の冒険者パーティが明日の朝【オナイユの街】へ帰って来るとかなんとか。
「ところで師匠? 報酬って出るんですか?」
「なんだ? 各騎士団は毎月給金が出ている。戦場で命を落とせば家族へ弔慰金も支払われるぞ?」
「いえ、ボクと師匠は?」
「私は前以て受け取っている。聖騎士達の訓練を指導した分と合わせてな」
「ボクは?」
「冒険者ギルドから報酬が出ます!」
「カオルは冒険者じゃないから出ないがな?」
ガーン!! オーブン基金は資金繰りに困難しています!!
大猪君の毛皮は高く売れました!! なめしてもらおうと加工屋さんに持ち込んだら『売ってくれ!!』と店主さんに叫ばれたのです。
なんでも状態も良く剥ぎ取りの手際も最高で、洗浄まで済ませていたから一級品相当だそうです。
手足の付け根からウナーっと剥いで《浄化》で一発! 師匠に言えない金額を定時されて即了承。
カルアさん用の腕輪を作る為に銀のインゴットを少量レギン親方から買っても十分の一以下の値段でした。
そして!! ボクは大遠征軍で稼げると思っていたのです!!
あとちょっとでオーブンが買えます!! 中古の一番安い金貨20枚の物です!! 日本円で二千万円します!! グランドピアノを買う感覚です!!
家に某ドイツ製の五千万円を越えるピアノがありました。お父様がお母様に贈った物です。懐かしいな....
「あー...カオル? よく聞いてくれ。集団戦なんて中々経験できるものじゃない。カオルの修練に最高の環境だろう?」
「.....」
自分は有給、ボクは無給。
家計を預かるはずのボクにお金が支払われた旨を秘密にしていた師匠。
これはチョップのひとつも――ハッ!? 外套を仕立て直したお金はそこから捻出を!? ま、まったく師匠は....
モジモジテレテレなボクを尻目に軍議は進み、いつの間にか終わっていた。
師匠に手を引かれて宛がわれた天幕へ。
着替えてムギュッと抱き付き《浄化》でお洗濯。
師匠の胸を枕に熟睡できました。良い匂いがして安眠できるのです。薔薇の良い香り。
翌朝。体調は良好気分は最高。おかげさまで快眠できました。
天気も快晴で太陽が眩しいです。
慌しく騎士さん達が入念に準備をしています。
武具の手入れと軽食を摂取。二本の突剣を帯剣し、突槍を装備した近衛騎士さん。
聖騎士さんは全身鉄鎧姿で大剣やら片手長剣やら斧槍やらと、得意な得物をそれぞれ装備。
対魔に慣れた聖騎士さんならではの光景です。
そんな人達を眺めながらボクと師匠は朝食中。
《魔法箱》から取り出したベーグルサンドと温い紅茶を入れた水嚢が2つ。
師匠はベーグルサンドを気に入り『美味しいぞ?』と称賛の言葉を下さいました。
作り置きしていた甲斐があります。こっそり師匠の水嚢に少量のウィスキーが入っています。景気付けというやつですね。
戦国時代の武将達は、出陣式でゲン担ぎをしたそうです。必勝祈願の"三献の儀式"。
『打ち勝って喜ぶ』を意味する"打ちアワビ"、"勝ち栗"、"昆布"の三品を食す。
さすがのボクもそれらを用意する事はできませんでした。そもそも海の幸が売っていなかったのです。
海は多いのに不思議です。海水から作られるミネラルたっぷりの白塩は売っているんですけどね?
すぐに師匠も気付き笑顔を向けてくれた。美人さんなんです。黙っていれば。
「ヴァルカン殿! 我等聖騎士は右翼を担当します」
「俺様達は左翼を」
「そうか。わかった」
レンバルトさんとレオンハルトさん。
師匠はそれだけ言い残ったベーグルサンドを口へ押し込む。
羨ましそうに2人が見ていたのでお裾分け。
「がんばってください!」
応援を忘れてはいけません。これからボク達は戦場へ行くのです。
魔境と呼ばれる魔物が誕生する危険な場所。ボクと師匠の予感が正しければ"ナニカ"があるはず。
心のどこかがざわつき疼く。ドラゴンゴーレム並の危険が待っている。そんな警鐘が鳴ってます。
レンバルトさん達が点呼を開始。お留守番の冒険者もヤームさんが指揮。
小さなホビットだけどいざという時頼れる人。身長はボクよりちょっと高い。羨ましい....
「私達の出番無いの!?」
「話しをちゃんと聞いて!! ここの防衛が仕事よ!!」
「ふぁぁ...」
キャイキャイ騒ぐエリーをメルが窘める。カイは眠そうに欠伸を掻いて片手剣を磨いていた。
緊張感の無い3人。周囲の冒険者もそんな感じ。
前線で戦う訳ではないからかな? 50名近い騎士さんが全滅しない限りカイ達は無事だと思う。
でもなんだろう? やっぱりイヤーな予感が頭を離れない。
師匠も感じているからボクを離さないで傍に居てくれる。
と思い気や――
「師匠? ボク達は何をするんですか?」
「私とカオルは中央に布陣する。一番危険だぞ?」
「へっ!?」
ファオーンと法螺貝の音に聞こえるファンファーレ。
両翼の騎士団が進軍を開始。
ボクは師匠の言葉に啞然。何故一番危険な場所へ連れてきたんですか?
「ハハハ!! ここなら集団戦が両方見れて便利だからな!! カオル? これも修練だ!!」
危険を感じた予感はコレじゃないでしょうか?
命懸けの修練なんてしたくないんですけれど....むしろ、ソレは修練ではなく実戦ではないですか?
さてはわかっていて言いましたね? お見通しですよ? 師匠。
「貴女の為に勝利を!!」
抜剣した突剣を掲げそんなバカな事を宣うレオンハルトさん。
視線はボクを捕らえて離さない。周囲の近衛騎士団員も同じ仕草で苦笑い。
ボクも苦笑いを返して森を進む。
「ハァァァ!!」
「とりゃー!!」
「喰らえ!!」
方々から聞こえる戦闘音。
打ち付け合った金属が甲高い音を奏で続いて鈍い音が木霊する。
「カオル? 見てみろ」
師匠に言われ目を向けて見れば聖騎士さんが連携を。
二列に並び前衛が長方大盾で防御を堅め、猪頭鬼の武器を弾いて押し返す。
倒れた猪頭鬼へ後衛がすかさず長方大盾の隙間から突槍で突き殺す。
10名ほどが固まりそういった戦闘を行い、レンバルトさん率いる十数名は遊撃。
得物もバラバラだけど連携が上手い。長柄の斧槍使いが5名で牽制。大剣使いが止めを刺す。
レンバルトさんの指揮能力が高いと思います。
ボクは師匠の下で学びましたけれど、連携をした事はありません。
せいぜい師匠と猪頭鬼の拠点を潰したくらいです。
「レンバルトは合理的な戦術を好むからな。ああして囮を使い遊撃が戦果を齎す」
「なるほどです」
「近衛騎士を見ると面白いぞ?」
「はい」
一方のレオンハルトさん率いる近衛騎士団。
二列に並んだ隊列は同じだけど運用方法がまったく違う。
第一列が突剣を使い攻撃をいなして反撃。"削る"。
もちろん隙があれば突き刺して殺しているけど、基本的にダメージを蓄積させて弱らせる。
疲労してきたところで第二列と交代し同じ事を繰り返し。
殲滅速度は聖騎士団の方が速い。けれど対人ならば近衛騎士のやり方の方が安全。時間稼ぎもできる。
豪快な聖騎士団。優雅な近衛騎士。連携の取り方も独特で勉強になります。
「対魔と対人。戦術がまったく違うだろう?」
「はい。警護の為に戦うなら近衛騎士さんが正しいと思います」
「ああ。時間稼ぎをすれば、すぐに応援も駆け付けて来るだろう。近衛騎士は皇帝直属の騎士だ。帝城を護るのが本来の役割だからな」
ふむふむ。警護対象を護り続ける義務があるから勝手に死ねないという事ですね?
大変なお仕事です。レオンハルトさんは変人ですけど。
「っと、カオル?」
「わかっています」
索敵範囲に反応。真っ直ぐボク達目掛けて突き進む固体が凡そ20体。
師匠が走り始めボクも追随。
視界に現れた醜悪鬼。瞬く間に会敵からの戦闘へなだれ込み、師匠の居合いで醜悪鬼が2体同時に崩れ落ちる。
相変わらず強過ぎです。ボクも負けていられない。
同様に鞘を奔らせ一閃。醜悪鬼を両断に成功し勢いを殺さず回転乱舞。
5体の醜悪鬼が巻き込まれて絶命。その間に師匠は10体の醜悪鬼を瞬殺。どうやったのですか.....
残りの3体を相手に師匠は踊る。
振り上げた棍棒を避けて蹴り付け腕を掴んで放り投げる。
仲間が飛んで来て逃げ遅れた醜悪鬼が下敷きに。
大慌てで逃げて来た1体をボクが斬り殺し師匠も遊びを止めて貫いた。
「師匠? 今血糊を――」
「いや、魔力は温存しておけ。私もそうする。それとカオルはアイツの手当てを頼む」
見れば近衛騎士の一人が負傷して倒れてる。
診察からの《治癒》。左脚の大腿部が骨折してた。
聞けば『猪頭鬼が吹き飛んで来て巻き込まれた』との事で、犯人はレオンハルトさん。
『やる気が漲り過ぎておかしくなった』と近衛騎士さん方から小言が漏れる。
にこやかな笑顔で師匠が引っ叩き正気に戻った。
「俺様は何を!?」
「さっさと謝れ」
「....すまなかった」
「いいですよ、副長。おかげで黒巫女様に治して頂けました」
「なんだと!? 俺様も怪我を――」
「ワザと負傷するなら、野営地へ戻って他の治癒術師の方に治療して貰って下さいね?」
「すみませんでした!!」
平身低頭の謝罪を受け入れ行軍再開。
レンバルトさんを含め聖騎士さんと近衛騎士さんが笑っていました。
居場所悪げなレオンハルトさんがこっそり近づいて来たので師匠の下へ避難。
やっぱり怪しい....
索敵範囲に魔物を感じず小休止。
後続の第二陣も到着し、斥候に慣れた冒険者が先行。
他の冒険者とギルド職員さんが討伐部位やら素材に使えそうな状態の良い魔物を解体して本陣へ持ち帰る。
『金だ! ヒャッホー!』と叫んだ冒険者に『ヤームに尻の毛まで毟られるぞ?』と注意してたギルド職員さんが印象的です。
レンバルトさんが『まさか最初の犠牲者が冒険者になるとはな?』と脅して彼は縮み上がってました。可哀想に....
簡単な軍議を行ないこのまま進軍する事に。
被害が軽微で武具も冒険者達が新しい物を持って来てくれた。兵站は重要ですから。
しばらく進み数度の会敵。下級の魔物ばかりで難なく撃破。怪我人すら出ていない。
師匠も『当然だな』の一言。
ただ――森を進むにつれて薄暗くなり、木々も大きさを増していく。
足下の根が幾重にも重なり歩き難い。騎士達の呼吸音がやけに大きく聞こえ、不穏なくらい静か。
心がざわつく。なんだか全身を舐め回されている様な視線。
思わず師匠の腕にしがみ付き、只ならぬ気配を感じた。
「ししょ――」
見上げた師匠の顔は強張っていて口角が上がっていた。
嗤ってる。この状況下で師匠は楽しんでいる。
その理由にボクは気付けた。
「フフフ....」
巨木からゆっくりと降りる女性。
白い髪に赤い瞳。白い肌を隠す事無く大胆な黒いドレス。
背中に蝙蝠の様な羽が生え、細長い尻尾が蛇の様に蠢く。
スローモーションかと思える程にゆっくりと着地した彼女。
これが"魔族"?
「やっと来たのね?」
「何者だ!!」
蔑んだ視線。彼女はボク達をゴミだと思っている。
でもなんだろう....軽蔑の奥に隠された感情。悲愴?
表情から読み取れない。瞳の奥に何かを隠して――
「誰に口を利いているのかしら? なに? たったこれだけなの? つまらないわ。幕もあがらないもの」
高圧的な態度。女性特有の高い声に怨念でも篭っているかの様に聞こえる。
聞くだけで心が噛み砕かれる。そんな感覚。
「魔鏡はどこだ?」
「あら? 殺る気なの? フフフ.....アハハハハハハ!!!!」
「喧しいぞ」
「いいわ...アナタ....とてもいい....フフフ....退屈していたところよ? さぁ!! 始めましょう!!」
レンバルトさんに続き師匠が話す。彼女は師匠を見て大袈裟に喜び、戦闘の火蓋は切って落とされた。
「「なっ!?」」
索敵を怠っていたはずがない。そのはずなのに突如現れた緑巨人が20体以上。
醜悪鬼も、猪頭鬼も、暴食人鬼すら居る。
どこからやって来た!? 索敵範囲にこんな気配は無かったはずなのに!!
「カオル? "アレ"が一番やばい」
小声で師匠が教えてくれた"アレ"。
ライオンの頭と山羊の胴体。尻尾に毒蛇を持つ合成獣。
5m越えの暴食人鬼が小さく見える体躯10m以上。
凶悪極まりない魔物を従え、彼女は浮かび上がり微笑する。
「「ウッ!?」」
恐怖に囚われ嘔吐する騎士達。青白い顔を見下ろされ、彼等は呑まれてしまっている。
いけない。このままじゃ全滅する。士気が落ちればそれだけ魔物の益が増える。
勇気を出して! ボクも震えるな! 大丈夫! ここには頼れる存在が居るんだから!
「騎士達よ!! 騎士の誓いを思い出せ!! 我等が護る者の為!! 死力を尽くせ!!」
「「「「「オォォォォォォォォ!!!!」」」」」
師匠の鼓舞に自身を取り戻した騎士達。
ザッと陣形を組んで各所で激戦が繰り広げられる。
レンバルトさん率いる遊撃隊が大物の緑巨人を翻弄しつつ牽制。
醜悪鬼と猪頭鬼はレオンハルトさん達が引き付け離す。
猛威を奮う暴食人鬼に長方大盾を持つ聖騎士さんが吹き飛ばされて――
「ふざけんな!!」
雨霰と振り落ちる突槍。仲間を殺され激高した聖騎士さん。
ボクも師匠に続いて投げナイフを投擲。《風の魔法剣》を発動させて暴食人鬼の心臓を爆散。
散弾はそのまま奥に佇む緑巨人を巻き込んで多大な戦果を....
死んじゃった...聖騎士さんが死んじゃった.....
「行くぞカオル!」
「...はい!」
師匠に胸倉を捕まれ引き摺られる。
『悲しむヒマなんてこの場に無い』『これ以上の被害を出したくないならさっさと倒せ』
目がそうボクに伝えたんです。
「ハァァァァ!!」
「シッ!」
師匠は合成獣目掛けて疾駆。一番の脅威があいつだと判断。
ならばボクは師匠を邪魔する魔物達を排除。師匠が全力を出せるように力を温存させるんだ!
「グッ...」
「レンバルトォォォ!!」
緑巨人の攻撃を防ぎきれず片膝を突いたレンバルトさん。
遊撃隊の聖騎士さんが慌ててフォローに回り斧槍で緑巨人の頭を両断する。
まさしく死闘。
多勢に無勢な状況。けれど士気はこちらが高い。
長方大盾で叩き付け援護に近衛騎士が突剣で突き殺す。
大物相手は長柄部隊が。引き寄せ木の根で転ばせ弓矢が放たれる。
斥候役の冒険者さんが来てくれた。コレで優位に立ち回れる。
鋼鉄の散弾を都合二度放ち師匠はついに合成獣の下へ。
燃え盛る白刃刀の刃。
あらん限りの力を使い師匠の戦闘も開始される。
ボクは近付く邪魔者をひたすら排除。
醜悪鬼も猪頭鬼も殺してやる。
また一人倒れた....うぅ....
「ハァァアアアアアアアア!!!!」
「グルァァアアアアア!!!!」
師匠と合成獣の咆哮が重なる。
鬣部分に《火の魔法剣》は効果が無い。
かといって他の部分を狙えば合成獣は立ち位置を変えて鬣で相殺。
毒蛇が金切り声を上げ威嚇する。
せめて広ければボクも魔法で援護ができるのに....混戦状態じゃ禄に魔法も使えない。
「邪魔をするなー!」
「ガッ!?」
最後の暴食人鬼を蹴り付ける。当然そのまま斬り上げ首を半分斬った。
けれど死なない。口から吐血し睨み付けられ――
「シッ!!」
曲剣と短剣で切りながら両肩を一周。
ようやく首が落ちて巨体を倒す。周囲を索敵し聖騎士さんも近衛騎士さんもこれでなんとか凌いで――
「アハハハハハハ!!」
笑い声が響き渡る。
戦況はこちらが優勢。もうすぐ合成獣以外の魔物は駆逐される。
冒険者さんも参戦してくれた。それなのに....彼女の存在をすっかり忘れていた。
「楽しい余興だったわ.....死になさい....」
「「「「「なんだと!?」」」」」
彼女が片手を掲げ中空に巨大な鏡が浮かぶ。
禍々しい造形の灰色の鏡面。これが魔鏡。
「フフフ....さようなら」
霧の様に姿を消した彼女。気配も遠のき感じない。
そして同時に鏡に亀裂が奔りナニカが映り込む。
翼膜が、鱗が、尻尾が、牙が見え――爬虫類を思わせる黄金色の瞳が明滅した。
ボクは知ってる。ボクの家族に良く似てる。
お前はまさか.....
「ドラゴン!?」
師匠が叫び鏡が割れた。
そいつは鏡から這い出て巨躯を現す。
体躯20mを越え赤い鱗に口腔から炎を奔らせる。
周囲を一瞥し『グルル』と嘶く。
風竜と全然違う。こいつはボク達を敵だと認識して睨んでいた。
「グォォォオオオオオオオオオオ!!!!」
ドラゴンの咆哮に身体が震える。
合成獣と対峙していた師匠は動けず交戦中。聖騎士さんや近衛騎士さんが援軍に入るも鋼鉄製の武器では傷一つ付けられない。
「カオル!! 追え!! アイツは街へ向かった!!」
旋風を巻き起こし飛び立つドラゴン。
師匠がボクへ命令を下す。だけど動けない。
感じた事の無い強い敵意と殺意。
間違い無くボクを殺そうとした。
まって。
『街へ向かった』? 【オナイユの街】へ?
あそこには戦えない人達が住んでるんだ。
善い人が大勢居る。それをお前は殺すの?
その力で――風竜と同じドラゴンの力でお前は殺すのか!!
やめて! やめてよ....風竜は優しいんだ....ボクの家族でボクを助けてくれた大事な....
「うああああああ!!!!」
《飛翔術》で暴風を纏い空へ舞い上がる。
させない。絶対にさせてやるものか。
ドラゴンを...風竜を憎しみの対象になんてさせちゃいけないんだ!!
全身に通う血が沸騰する感覚。
産まれて初めて感じた怒り。ボクはお前を殺す。殺して殺して殺し尽くしてやる。
「やめろぉぉぉおおおお!!」
紅蓮の炎を吐き散らし、ドラゴンは本陣を急襲していた。
地上から迎撃する冒険者が焼かれて殺される。
天幕から上がる火の手が無残に焼かれた人型を曝け出す。
その場所には仲間が居るんだ! ふざけるな!
ギリギリと悲鳴を上げる曲剣。
対するドラゴンは牙を押し付けボクと対峙。
斬れない。《風の魔法剣》を発動させているのに全然斬れない。
「舐めるな!!」
全力で膝蹴り頭が浮く。その瞬間に目を目掛けて投擲。投げナイフが突き刺さりドラゴンは悲鳴を上げて翼を羽ばたく。
効いてる。硬いのは骨部か!! それならいくらでも殺りようがある!!
変幻自在に《飛翔術》で飛び柔らかそうな部位を斬り付ける。
片翼の翼膜を破り姿勢制御を困難に。さっさと落ちろ!! 風竜に遠く及ばないドラゴンめ!!
「疾きこと風の如く。見えざる刃で全てを斬り裂け――」
《疾風刃》の詠唱途中で吐き出された火炎を浴びた。
壮絶な熱さと威力に押し切られ墜落。
何度も転がり立ち木にぶち当たり止ったけれど....
「ぐ、ぅ....」
火蜥蜴の革と白銀製の鎧のおかげでなんとか軽度の火傷と鈍痛で済んだ。
油断していた。いや、頭に血が上り過ぎて冷静さを欠いていた。
次は無い。師匠の教えを思い出し、お前なんか倒してやる!!
再び《飛翔術》で空へ。身体中から悲鳴が聞こえる。
むしろ怨嗟。死んでしまった人達の悲しい叫びが聞こえるんだ!
「巻き起こりしは風の渦! 舞い上がりしは竜巻! 《風竜嵐》」
巨体を錐揉み状態へ竜巻で持ち込み風に紛れて接近。
偉大な風竜の力は龍燐を剥ぎ取りドラゴン――中級竜種の属性竜、火炎竜の弱点を剥き出しに。
落ち着いて対処すればいい。怒りの感情に押し流されちゃダメだ。
ボクは風竜の契約者。下位のお前なんかに負けるはずが無い。
「ハァァァァァァ!!」
左上腕を暴風で引き裂かれ、それでもボクは《雷の魔法剣》を曲剣へ発動。
雷鳴響く魔法剣。金色の刃が火炎竜目掛けて振り下ろされる。
けれど爪でかち合い鍔迫り合い。力で負けるなんてわかってる。それでもボクは押し切らなければいけない。
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
全力全開の一撃で片翼を斬られ遂に落ちる火炎竜。
後を追ってさらに攻撃。火を吐く蜥蜴にしてやられてたまるものか。
「グガァァァァァァアアア!!」
渾身の一撃。火炎の咆哮。
大地で対峙した火炎竜が唯一の遠距離武器でボクを焼く。
当然わかってる。ボクは《風の障壁》を張り、待った。
お前を殺す瞬間を。
「輝かしき金色の閃光よ!! 《雷光線》」
吐炎が終わった刹那。矢継ぎ早に魔法を唱え雷線で焼き殺す。
龍燐も無ければ傷付けられた外皮で防ぐ事もできない。
お前の――お前達のせいで何人死んだ!! ボクは救えたはずの命を救えなかった!! ボクが躊躇いさえしなければ!!
雷線も終わり残された尻尾と下半身。上体を持ち上げたからそうなったんだろう。
フラフラする。魔力の使い過ぎで魔力減少。ドラゴンゴーレム以来の魔力消費。
師匠は大丈夫かな? 心配しなくても平気だよね。ボクの師匠は強い人。合成獣なんて倒しちゃう――
「カオル!! カオル!!」
誰かが呼んでる声が聞こえる。誰? ボクを呼ぶのは誰?
「起きてくれ!! 頼む!! じゃないと....エリーが....エリーが....」
エリー? ああ、ツンデレのエリーだね?
猫人族の女性でカルアさんの義妹さん。
冒険者のくせに目利きもできなくて、鋳造品の片手剣を誇らしげに見せちゃう。
料理も苦手。ジャガイモの皮剥きができなくてボクが手伝った。
可愛い子ですよ? 軍馬君みたいに人懐っこくて。
カルアさんも『大事な義妹なのぉ』って言ってました。
家族ですからね。ボクも家族が大事です。
それで? エリーがどうしたの?
「頼むよ!! 起きてくれよ!! カオル!!」
「....声が大きいよ。カイ」
「カオル!?」
バラバラになりそうな身体の痛み。左腕は動きもしない。筋肉が切れちゃった? 痛みを通り越すとこんな感覚なんだ。
喉もイガイガする。火炎を吸い込んじゃったかも。思考が纏まらないよ。魔力減少のせいかな?
「エリーがどうしたの?」
「あ、ああ....すぐに来てくれ!!」
「うん...」
カイの肩を借りて起き上がる。
全身に奔る痛みが現実だと教えてくれる。
絶え間なく駆ける人達は冒険者さんとギルド職員さん。
今朝も見送ってくれた人達だよ。
その骸は――亡くなってしまったんですね。ボクがもっと早く行動できれば被害を抑えられたかもしれないのに。
「え....」
カイが連れて来てくれた場所。野戦治療所の片隅で、メルが必死にエリーの名を叫んでる。
左半身に重度の火傷。右の胸とお腹部分に木片が突き刺さりなんとか生きている状態。
時折肺から逆流した血が口から吐血して....今すぐ死んでもおかしくない。
「なん....で.....」
「ドラゴンが飛んで来た時に天幕に居たの。突然でわからなくて逃げ遅れて....気が付いたらエリーとはぐれてて....それで...見付けた時にはもう.....」
両手で顔を覆い隠し大粒の涙を流すメル。
カイもグシャグシャの顔で泣き腫らした目をしている。
ボクが意識を失っている間、懸命にカイ達も戦っていたんだ。
頑張ったね。周りを見ればわかるよ。
痛々しい姿の人達が、こちらを見て泣いてくれているんだもん。
「治癒術師の人は?」
「もう魔力が無くて....」
「エリーだけ....エリーだけ治癒できないんだ....俺がもっと早く2人を見付けていたら!!」
「それは違うよ。カイが頑張ったから他の人は助かった。助からなかった命もあるけど、それでもカイはよくやったと思う。
エリーはたまたまだよ。たまたまだったからこうして....」
カイの憤りも理解できる。不条理で悔しい。ボクだってそうだ。でも...ボクを連れて来てくれた事に感謝するよ。
「ねぇエリー? 逝っちゃうの? ボクは逝ってほしくないよ? いつもみたいに大口叩いてよ。『私に任せなさいよ!』って」
触れると冷たいエリーの身体。血が失われているからだろう。
お願いだから逝かないで? ボクはキミと一緒に居れて楽しかったんだ。
カイとメルもそう。3人仲良しの幼馴染。ちょっとカイが鈍感バカだけどボクは初めて"友人"と呼べる存在に出会えたと思った。
だからね? 帰っておいで? ボクが――ボクが連れ戻してあげるから。
「エリー!!!!」
魔力が足りない? そんなことはどうでもいい。
風竜? お願い。ボクに力を貸して。なんだってするから。ボクの命を捧げてもいいから!!
ボクは失いたくないんだ!! 友人を、友を、仲間を。だから!! お願いだよ!!
「....我紡ぐは死出の言葉」
「そ、そんな!? い、いけません!! 誰か止めて下さい!!」
「我が命我が魂を糧に」
「な、なにが起きるんだ!?」
「アレは禁呪です!! 【聖騎士教会】で高位の治癒術師が伝承していた魔法です!! 高位の治癒術師と一緒に失われたはずなのに...それを何故黒髪の巫女様が知って――」
「彼の者に全てを捧げここに命を砕く事を了承せし」
ありがとう風竜。教えてくれたんだね? これでエリーを助けるよ。
「《生愛》」
ボクの生命力を魔力に変えて、エリーの身体を修復する。
火傷を癒し木片も取り払い創傷すらも消え去って、元の可愛いエリーの姿へ。
失った血も戻ったね? 本当によかった。
ごめんなさい、師匠。ボクは先に逝きます。
『家族』と呼んでくれて嬉しかったです。
2年以上も貴女の傍に居れて毎日が楽しかった。
願わくば、一目師匠の姿を――
「カオル!?」
ああ....逢えた。
最後までありがとう風竜。師匠は....やっぱり.....びじん....さんです.....




