第二百九十七話 ローレライ
当面新規投稿を控えさせていただきます。
代わりに過去分の加筆修正をさせていただこうかと考えています。
ご期待いただいている方へ謝罪を。申し訳ございません。
う~む....困ったねぇ....
日も昇った翌日の土曜日。今日は【エルフの里】へリングウェウお義父様とアグラリアンお義母様を迎えに行く日。
エルミアとも約束し、お昼頃に迎えに行くんだけど――
「落石で立ち往生してしまっているらしくて」
「ふむ」
ファノメネルと王宮の面会室で相談中。
当然2人きりではなくシヴとウェヌスも居る。影の中にノワールも。
エルミアは時間までエリーと座学。フェイが悔しそうにしながらローゼへ猛特訓を願い出た一幕もあった。
頼れるローゼは先日と打って変わって快く引き受けてたよ。親友らしくて素敵です。
エリーシャ母娘の3人は、『散歩に行きたいのぉ~♪』とか言いつつ馬車を勝手に持ち出して【ソーレトルーナの街】を巡る旅に出た。
第3防壁と第4防壁の間が広大だからね。散歩の領域ではない。護衛にソフィアとルイーゼ達警護団員5名が騎馬して着いてるから安心。
そもそもエイネちゃん30歳とリリアナ、ジョジットがちょっと強い。曖昧ですまぬ....なんとなく雰囲気からわかる感じ。
あとは猛特訓組と、薬師の八千代と紅葉を手伝う志乃に雛とか....平穏な日常。
薊達に和装、洋装用の下着類も渡した。採寸しに行った人形の気配に気付かなかったみたいで驚いてたね。
学校は午前中お休み。生徒達は筋肉痛らしいです。踊りすぎたね? 楽しかったからいいか。
それで話しを戻すと、【カムーン王国】の王都から【ソーレトルーナの街】へ向かっていた【聖騎士教会】所属の治癒術師5名と聖騎士20名が山道の落石により通せんぼされているんだって。
実際話しを聞いてスフィアで確認。街道の通り道にある山道が崩落し、なんとか人は通れるけど馬も馬車も通れない。
引き返して近くの【トナティアの街】から老樹珠でファノメネルに通信を寄越した。
「時間あるし、連れてこようか? 街道も直せるし」
「....よろしいのですか?」
「昼までに戻れば問題無いよ」
【エルフの里】まで香月夜であっという間の距離だからね。
「では、お願いします」
「はーい――なんで着いて来るのかな?」
「せっかくですし、私も飛空艇に乗ってみたいですから」
「....本当にそれだけの理由だろうな!?」
「カオル? 大丈夫。怖くないわ」
「ええ。平気よ? ファノメネルは無害だもの」
「余計に怪しいぞ!!」
「カオルさん? 敬虔なる信徒である私が何かすると思っているのですか?」
グッと迫るファノメネル。目は確かに清らか。佇まいも女性らしくカルアと同じ包容力もある。
頭の回転だって速く頼れる存在。ただし問題がひとつ。彼女は本気でボクを狙ってる。
「カルアを連れて行く!」
「もちろん構いませんよ? 私は彼女達が心配なのです」
「いや、【トナティアの街】は普通に治安良かったよ? 司祭のセオドニーも善人だったし」
そもそも彼の地のギルドは小さく、【聖騎士教会】の礼拝所も簡素で街と呼んでいい代物か微妙だったくらい。
当然ボクが老樹珠等を設置しに行ったから覚えてる。
なにせ、彼の地の領主は知り合いも知り合い。友人の赤火騎士団長のアドルファス・ラ・レムル伯爵その人。
今は叔父のバスルド・ラ・アッハが代理で治めてる。すぐ近くにある【都市モトトス】の衛星都市的な役割を担うのが【トナティアの街】だから。
アレだよ。各種ギルド支部はあるけど仕事が無くて、【都市モトトス】へ出稼ぎに行ってるんだよ。それでたまに家族が住む【トナティアの街】へ帰る。
転勤で僻地に飛ばされたお父さんみたいなものだよ。大号泣モノだね!!
「お兄様? 乗合馬車で半日も掛からない距離なのだけれど?」
「ノワール...わかってないね。12時間あれば成田からドイツのフランクフルトまで行ける距離だよ? 僻地じゃないけど海外へ単身赴任のお父さんは大変なんだよ!」
「....バカなの? お兄様」
「エッ!?」
ボク、バカだったの!?
「そもそも飛行機と乗合馬車を比べている時点でバカよ?」
「なんだとぅ!?」
「駿馬ならもっと早く帰れるでしょう?」
「ノワール。かつて超音速旅客機コンコルドという代物があってね? ソヤツは乗客の定員が100人と少なく運賃も割高だったけれど巡航速度マッハ2.04を――」
「カオルさん? 何のお話をしているんですか?」
「え? だからコンコルドが如何に素晴らしい乗り物だったかという話しを....」
「ふふふ....自分の知識に熱中して当初の論点を忘れるところなんて、お父様ソックリね? お兄様♪」
「ガーン!!」
やっぱり似てるのかぁ....嬉しいけれど悲しい思い出が....
アレはお父様の系列会社が外資系のMergers and Acquisitions――合併買収――を受けた時の話し。
当時はとある西の加盟国のひとつが経営破綻をして――
「お兄様? 行くわよ?」
「ハイ」
完全にノワールはお母様です。ボクは逆らえない感じです。おかしいなぁ...ボクと同じ魂を別つ人格のはずなんだけどなぁ...
猛特訓を見守るカルアを連れて、飛空艇は【ソーレトルーナの街】を飛び立った。
『治癒術師が居なくなるからポーションとかで代用してね?』なんて心配をしたらフェイが回復魔法使えるんだってさ。
知らなかったよ! 教えてくれればいいのに! そして随分ボロボロだね!? ナニをドウしたらそんなボロ雑巾に....
「必死に....追い付きたいんです....」
「ああ。フェイはやるヤツだ。心配するな」
「ヴァル!」
「今はローゼだ」
「....おのれ姫ェ」
「ククク!! 未来の王妃だぞ?」
「ガルルル!!」
なんてやり取りを見て安心しました。
親友2人は仲良いなぁ...ボクの親友カイは酷使されてるからね! 同じく親友のメルに!
ガンバレ肉体労働....何が入ってるのかわからない木箱の山を学校の倉庫へ必死に運んでいました。
たぶん教材です。特に布地は重いからねぇ...手押し車があるのに使わせないメルは流石だよ。ある意味猛特訓かな? 夜の方の。
「お兄様? 毒され過ぎよ?」
「ハイ」
どうやら新婚さんにエロス方面へ引き摺られているようです。
気を付けないと思考を読んでしまうノワールさんに怒られてしまいます。
最近は過度な家族のスキンシップも止められるのです。
完全にお母様です。結婚するまで許されないみたいです。そのくせ自分は甘えて来ます。
「ふふふ....可愛いわ。私」
「ヤメロー! ズルイゾー! カルアタスケテー!」
「任せてカオルちゃん♪」
ポフンと顔にカルアの胸が押し付けられて、ノワールと板挟みの二重苦に....
「プハッ!? 殺す気かー! 圧殺かー! 窒息死かー!」
「も~う♪ 照れてるのね? カオルちゃんったらぁ~♪」
「私の胸でもいいのよ? お兄様♪」
「なんでしたら私もどうぞ?」
「やっぱりそういう魂胆だったんだな!? ファノメネルめ!」
「「「ふふふふふ」」」
うわ~ん! この組み合わせはダメなヤツだー! ソフィアとエルザより全然ダメな感じがするよー!
せめてローゼかエリーかエルミアかルル辺りが居ないとどうしようもない。
ハッ!? 頼れるマリアが居るじゃないか!! ボクを『大好き』と言ってくれた彼女なら――
「マスター!」
「マリア!!」
「録画中です。続きをどうぞ」
そうきたかぁ...もうボクの承諾無しに録画しちゃうのかぁ...
マリアの後ろで流れてる映像、昨夜の夜会のだよね? しかもマリアとボクが踊ってた時の。
なにその嬉しそうな顔。ボクも笑顔だしどういうこと? 自棄になってたから覚えてないんだけど。
そのウィンドウの外枠に書かれてる『マスターとの愛の証 其の参の2』ってなに? 其の壱と弐が気になるんだけど。
「ふふふ...は・ぐ――」
「言わせるものかー!」
「可愛いわぁ♪ カオルちゃん♪」
「とってもね♪」
「ファノメネル様はそれ以上近付かないでくださいね?」
「....カルア? 私はカルアを実の娘だと思っているの。つまりカオルさんとカルアが婚姻を結べばカオルさんは息子も同然なのよ?」
「それはぁ....おねぇちゃんも嬉しいけどぉ....」
「別に取るつもりはないの。ただね? 母子のスキンシップは大事よ?」
「う、う~ん....」
「騙されるなカルア! シヴかウェヌスの入れ知恵だよ!」
「チッ」
舌打ちした!? あのファノメネルが!? ということはボクの言葉は正解だったという訳だ!
やっぱり騙された!! あの清らかな瞳は偽物やったんやー! うわーん!
かくして飛空艇は崩落現場へ辿り着き、ボクは逃げるように《飛翔術》で飛び《建築創造》で山道を整地。
原因はなんだろうな~? と山頂へ行けば小翼竜の巣が! ご馳走様です! 光苔もゲットだ! 既に栽培始めてるけど....
ここで呑気に戻ればさっきの二の舞確実なので、飛空艇のマストの頭頂部へ退避。
フフフ...ここまで来れるのはノワールくらいだろう。さらに足場がポール部分しか無いからボクは安全なのだ! 最高の作戦――
「本当に甘いんだから....お兄様♪」
「《常闇触手》を足場にするな! ずるいぞ!」
「ふふふ....お兄様もやろうとしていたでしょう? 【カムーン王国】で♪」
「結局ブレンダに止められてやらなかったじゃないか!」
「あら? 私なら気にせずやるわよ? だって魔神だもの♪」
「ムムムム」
ここは兄としてガツンと言うべきだと思うんだ!
『妹よ間違っているぞ!』と。
「ふふふ....」
「....」
でも言えない。言い返されるってわかってるから。
口喧嘩で勝てる相手じゃない。ゼウスには抗うけれど、ノワールに抗えると思えない。
お父様もお母様と喧嘩した時こんな感じだったのだろうか?
いや、喧嘩にすらならなかった記憶しかないや。
お母様は凄いからなぁ....そしてこの世界も女系が強いなぁ....
「「「「「ふぁ、ファノメネル枢機卿!?」」」」」
「皆さん無事でなによりです」
【トナティアの街】へ辿り着いたボク達。突然の飛空艇来訪に大騒ぎ。
領主代理のバスルドも家臣を引き連れ駆け付けた。
当然ボクは帝国貴族として挨拶を交わし、街道復旧工事のお礼に特産品のジャガイモを沢山貰った。
そしてお返しに――本来はいらないけどアドルファスにお世話になったので――斧嘴鶏を5羽と獲り立ての小翼竜2頭を差し上げた。
喜んでたよ? 腰を抜かしたから《治癒》で治療してあげたけど。
「わ、わわ、小翼竜を2頭も!?」
「うん。皮や鱗、牙や角なんかも素材に使えるしお肉も食べると美味しいよ?」
好んで小翼竜を狩ろうとする愚か者は居ない。なにせ群れから逸れた固体ならまだしも、ヤツラは集団で襲って来る。
過去にローゼから怒られもしたけど、魔術師相手ならば空飛び火を吐く蜥蜴だ。こっちは《飛翔術》も《風の障壁》もあるからね。
吐炎が終わった瞬間に刈り取れば終わる。今回は認識外の超範囲から《魔透糸》で絞め殺した。無傷だね! やったー!
「と言う訳でアドルファスによろしくね~♪」
「は、はい! なにから何までありがとうございますぞ!」
「どういたしまして――」
馬車をノワールが影へ呑み込み5頭の馬を甲板に乗せて、総勢29名の乗員は【トナティアの街】を飛び去る。
見えなくなるまで手を振り続けてくれたバスルドと家臣達。出番の無かったセオドニー司祭も街人も善い人ばかりで大いに結構。
ピックアップした治癒術師の中にはカルアの知り合いも居るらしく、和やかな会話が。
聖騎士達も出会った頃のルイーゼ達並に強いかな? つまり微妙。
まぁ、ボクの街で猛特訓しながらのんびり過ごすといいよ? 一応【聖騎士教会】の保養地だし。
「まさかカルアに先を越されるなんて思わなかったわぁ」
「うふふ~♪ ローレライちゃんより先だったのぉ♪」
なぬ!? ローレライだと!? 西洋の妖怪で美しい歌声を聴いた船乗りを惑わすあの存在か!?
「そんなはずないでしょう? お兄様」
「ダヨネー...どう見ても普通のエルフだものねぇー...」
「それでカルア? あの可愛い子が?」
「そうよぉ~♪ ねぇカオルちゃん♪」
「ん? ああ、初めまして【聖騎士教会】のみなさん。ボクの名前は香月カオル。【聖騎士教会】では、"黒髪の巫女"と言った方が有名かもしれませんね?」
「こちらこそ初めまして。カルアの旧友、ローレライと申しますわ」
「私はヘンリリーです。よろしくお願いします。香月伯爵様」
「わ、私はウィネリーです」
「わ、私はウェジェニーです」
「イプシリアですわ」
ふむふむ...覚えるの面倒だな...イタッ!?
「お兄様? レディに対して失礼よ?」
「ハイ」
ノワールさんに怒られました。チャウネン...ボクが関わると余計な展開に巻き込まれるから程々の距離感で接しようと思ったんやで?
これ以上増えたらどないするんでしかし! 変な関西弁モドキに....アマゾネスやねぇ....
「えーっと...聖騎士のみなさんは....」
「はい! この隊を率いる隊長のメロディアと申します!」
「副長に任命されましたアンジットです!」
「シャノーラです――」
20人全員に挨拶されました。記憶力は良いボクです。名前を覚えるのは簡単ですが、やはり一線を引こうと心に決めました。
サラッと読んで核心したんです。この人達は全員独身で『あわよくばカルアと同じく』なんて考えてやがります。
もっとさぁ....早く気付くべきだったんだよねぇ....
ルイーゼ達女性聖騎士の境遇と、この女性達を招集したのがファノメネルだって事に。
そりゃ男に混じって魔物やらの脅威から都市なり街なりを守っていたんだからさ。同僚の男に"好意を持つ"か"敵意を持つ"かの二択な訳だよ。
実際ルイーゼ達もお風呂とか着替えを『覗かれました』って発言してたし。
元冒険者のヘルナ達も同様だ。昔男女混合のパーティを組んで襲われそうになって撃退したとか。
だから女性だけのクラン、『暁の女豹』を立ち上げた。
まぁ男側の意見を言わせて貰えば、いつ死ぬかわからない状況下で生存本能的に性欲が増して襲ってしまう可能性もありえると思う。
それはいけない事だとわかっていても"つい"なんて事が起きるから、法があって尊厳を自分で守る訳だね。男の名誉が一番傷付く。
女性は肉体的にも精神的にも世間的にも傷付くから男が悪い。まったく逆のパターンもあるけど。そこは同様だよ。理性を失くした本人が悪い。
「ふふふ....ソレは"この状況の事"を言っているのかしら?」
「もちろんそうだ! ボクは襲われている!」
「カオルちゃんったらぁ♪」
独占欲を剥き出しのノワールとカルア。
見せ付ける様にボクの身体に纏わり付いて、ローレライ達が羨ましそうに見てる。
服の隙間を狙って手を入れてくるな! 首元を舐めるな! 公開プレイか!? ボクは逆が好いぞ!
だからって脱ごうとするなノワール! 助けて馬君!
「「「「「ブルル」」」」」
甲板の馬君5頭の間に逃げ込みなんとか凌ぐ――
「イタタッ!? 懐くのはわかるけど、一斉に5方向から頭を擦り付けるなー!」
「「「「「ヒヒーン!」」」」」
やはり馬君は懐くけれど言う事を利かないのね?
こうなれば必殺! 背中に乗せろーい!
「ヤホーイ!」
「ふふふ...可愛いんだから。私」
「そうねぇ♪」
「まったくね♪」
「見た目は女の子なのに....」
「こんなに立派な乗り物をお持ちで....」
「つまりお金持ちで....」
「爵位持ちの伯爵様」
「超優良物件よねぇ♪」
「これはなんとしてでも既成事実を...」
「ルイーゼとルイーズが家臣に召し抱えて貰えたんだもの」
「私達だって....ねぇ?」
「聖騎士に未練はあるけど....」
「あんなむさい男共と居るよりは....」
「だんっぜんマシよね!!」
「あいつ等変態」
「そもそも団長が――」
物凄い毒舌だね? 家臣は考えてあげてもいいけど【聖騎士教会】から人材が放出されて大変な事になりそうだよ?
まぁ、【聖都アスティエール】が無事なら信徒は何も言わないだろう。
そもそも教皇がずっとボクの【ソーレトルーナの街】に住み着いてる。帰る気は無い。
ファノメネルも老樹珠があるから聖都と各地の教会支部へ連絡取れるしこれまで以上に居座るつもりだ。
頼れる人材だよ? 『ボクにさえ恋慕していなければ』と、但し書きが付くけど。
未来の王都ソレルナ――家臣一同から生徒達もそう呼び始めた――が見えて来た辺りで彼女達が慌て始める。
第4防壁と第3防壁は高いからね。水晶宮を見て騒然。とても伯爵領にある街とは思えない。
一応簡潔に説明を述べて納得させた。
建国する旨はまだ内緒で、ファノメネルが『カオルさんは特別なんですよ』でどうにかこうにか。
第3防壁まで入れる権限を持つ魔宝石付きの"銀の腕輪"をセシリア達と同じく彼女達に与えた。
魔宝石に三度驚き『カオルさんですからね』で事態を収拾。
彼女達の仕事場兼保養所の礼拝堂と治療所と詰め所と住居へ着艇。
後はファノメネルとカルアに任せてボクとノワールはエルミアと合流。
座学を覚えていたエリーの頭から煙が出てる様に見えた。知恵熱かな?
必要ないかもしれないけど念の為に《治癒》を掛けておく。
飛空艇の消費燃料を見て早期に改良が必要と判断。燃費が悪いなぁ....大型化したら【カムーン王国】から【エルヴィント帝国】間で拳大の魔宝石は1、2個消費されるだろう。
つまり、片道最大で200万シルド掛かる。100人乗りで1人2万シルドの計算だね。
妥当と言えば妥当だけど、その他経費も計算に入れると....4万シルドは欲しいところ。
発着場の管理に乗務員。怪しい輩を移動させない為の監視員も必要だし、最悪《魔除動像》を各飛空艇に配置してしまおうか?
悪意に反応するから便利な半面、重いし怖い。魔物と勘違いされかねない。
まぁ乗りたくない人は乗らなくてもいい。"今まで通り"時間を掛けて荷馬車に揺られ各種入街税なりを払えばよろしい。
領地持ちの貴族達は上空侵犯する事になるから各国経由でそれなりにお金を――払いません。
"上空侵犯"という概念がこの世界には無い。貴重な魔術師が《飛翔術》で飛ぶのと同様だ。
それでも何らかの処置はするけどね。将来的に往来の宿場町が寂れて潰れたとか問題になりかねないし。
補給と称して停泊してもいい。なんなら専用の飛空艇を建造して、富裕層向けに大陸一周旅行を企画。温泉しか名物が無い【アンエ村】の活性化に繋がるかも? 冒険者のキルシとブリス達も喜びそうだ。
"将来"を考えればきりがないね。出来る事やりたい事は山ほどあるし、逆に出来無い事やらなければいけない事も沢山ある。
まずはゆっくり地歩を固めて行こう。ノワールにも注意されたばかりだからね。
ボクはひとつの事に熱中すると周りが見えなくなってしまう。
その為にノワールを含めて家族が居る。マリアもずっと視て聞いていてくれる。
ちょっと相手の全てを把握したい"ストーカー型"のヤンデレさんだけど問題はない....と思う。
"依存型"の家族も居るし....ノワールは"妄想型"かな? 恐ろしい....
「ふふふ...可愛いわ。私」
「ソウデスカ」
「カオル様? ノワールが邪魔です。"2人だけ"で【エルフの里】へ行くと約束したはずです」
「ハイ。ノワール?」
「ええ...またよ? お兄様」
「マタネー」
頬に口付けて影へ消えるノワール。エルミアは満足したみたいだけどノワールはそこに居るよ?
竜樹も居るしアクイラも....
「.....」
「キュルル」
遠いねぇ....エルミアの放つ『近付くな』オーラに負けたのね?
ボクは目を合わせていません! 胸を凝視しています! 身長的にも目線はばっちりです!
おそらく眼光鋭く弓術士のエルミアは目で射抜いたのです。竜樹とアクイラを。
自分だけのモノにしたい"独占型"と呼ぶのでしょうか? それとも、邪魔者全てを遠ざける"排除型"?
どっちにしても恐ろしい事に変わりはないか。
本来の香月夜ならばとっくに【エルフの里】へ到着しているはずの時間。
だというのにボクとエルミアは香月夜内に存在する森林を2人で連れ立って歩いています。
ようするに散歩と言う名のデートだね? 森を愛する種族のエルフと森林浴をしている訳だ。
いやぁ、ここ最近忙しかったからこうしたのんびりな時間は嬉しい。
エルミアも微笑しっぱなしで上機嫌だ。
「ん~! はぁ....空気が澄んでて気持ち良いね♪」
「はい♪ 2人だけですから♪」
いえノワールが影に...無粋か。止めておこう。
女性と2人きりの時に他の女性の話をするのはマナー違反だ!
「今は――ここ最近はさ。ボクも忙しくて世界中を飛び回ってるからみんなと家族の時間を取れない。
目的があってボクにしかできない事だっていうのも重々承知してる。そのせいでみんなに迷惑を掛けてるのも理解してる。
でも、一時だって家族の事を忘れた時は無いから安心して欲しい。全てが片付いたら以前の様にみんなで出掛けよう?
長い時間が掛かる。我が侭だって知ってる。だから――」
「カオル様? 無理に言葉を紡がれなくても大丈夫ですから。私も、ローゼ達もわかっています。
カオル様が叶えたい夢も知っているんです。ただ、今だけは忘れませんか? 1分でも2分でも良いのです。この穏やかな一瞬を過ごしませんか?」
ボクが何故こんな事を言い始めたのかエルミアはすぐに気付いた。
間が持たなかった訳じゃなく、話しておいた方がいいかな? 程度に思った事を。
彼女達が居なければ、支えてくれる存在が居なくなってしまえば、ボクは自我を保つ事など出来はしない。
『わかっているから大丈夫』
見透かされてしまったね。ボクの弱さと臆病さを。
「....ありがとう」
「はい♪ あちらへ行きませんか? お花畑があるんですよ?」
「あっ....エーデルワイス?」
「ええ♪ とても小さな白い花。けれど存在感があってしっかりと大地に根を張る強い花。まるで――」
「『ボクみたい』だって?」
「うふふ♪ その通りです♪」
嬉しい事を言ってくれるね?
ドイツ語で、edel weiß――高貴な白だって。
スイスの国花。ボクが好んで【竜王国】の国色に認定したのはエーデルワイスの白い苞葉を見たから。
大元は【エルヴィント帝国】で名誉男爵位を賜った時に雪花勲章をアーシェラから贈られた事が起因している。
高山に咲く西洋薄雪草。花言葉は純潔。アハハ♪ 一番遠い存在かもしれないね? なにせ婚約者が7人、愛人が1人確定している身だ。
薬草としても重宝されたエーデルワイス。神聖視する時代もあり、自然種は激減し険しい頂へ取りに行き亡くなった人達も多かった。
故にこう呼ばれ彫刻や絵画のモチーフにされた。
『アルプスの植物ローレライ』
ボクは人を惹き付け惑わす存在なのかもしれない。
女性も、そして男性も。
ボクへ思慕や恋慕する相手は数多い。
見た目がお母様似で女性的だからか。
性格がお父様似で優柔不断だからか。
王として即位すると決めた時から愛想を振り撒く事を止めている。
それでも女性は集まるし、国民として"集めてる"。
神聖、純潔、穢れの無い存在。
ボクはこの眼下に広がる花々と同じなのだろうか?
18世紀末から19世紀前半のヨーロッパで"ロマン主義"と呼ばれた時代。
神秘的な物に憧れエーデルワイスは『不死、不滅のシンボル』として祝典や祭事、個人の恋愛で多く使われた。
なるほど。今のボクと類似点が多過ぎるね。
人を寄せ付ける魅力。騙し欺き誑す行い。高位神であるボクは死なないし、消えない。
絶対神ゼウスですら求める未知の力を内包し、抗える力がある。
ゼウスは何がしたかったんだろうね?
一度手に入れた風竜という未知を動力に、ボクを滑車へ乗せて線路を走らせた。
思惑通りにボクは線路を走り、必然と運命を乗り合わせ土竜の力も手に入れた。
精霊王すら従えて、あとは火竜と契約し、ゼウスが創り出したレヴィアタン――水竜と契約すれば最後の日を迎えるだけだ。
その後この世界を壊して当代のゼウスの座をお父様へ譲り....未知を調べてどうするんだろう?
知りたい気持ちや他の世界へ絶望した気持ちは理解できる。ボクも知識欲があるし、思惑から外れて子供達が殺し合いをすれば悲しくもなる。
だからってボクやロキの家族を巻き込んだ事は許せない。けど――ゼウスの本当の目的って何? 未知を調べた後、彼は何をするつもり?
「....結局、直接会わなきゃわからないか」
「カオル様?」
「え? ああ...なんでもないよ♪ 綺麗なお花畑だね♪」
「はい♪ ずっとお傍に居りますよ?」
「うん。エルミアには丈夫な赤ちゃんを沢山産んでもらわないといけないからね! リングウェウお義父様とアグラリアンお義母様にも約束したし!」
「そうですね♪ 次代のエルフ王を産まなければいけません♪」
「愛してるよ? エルミア」
「私もです。カオル様」
答えの出ない自問を頭の片隅へ追い遣り、ボクはエルミアと口付ける。
整った綺麗な顔。ちょっと切れ長の目が閉じて行き重なる唇を少し開けて迎え入れる。
積極的なエルミアの舌がボクの中へ差し入れられて絡み合い――自然と身体も寄せ合っていた。
愛し愛され支えてくれる大切な女性。
ローゼとまでは言わないけれど、ちょっと残念美人な一面もある。人前で髪をハムハムしちゃうからね。
でも――好きなんだ。ボクはこの女性が好きで愛していきたい。だから生きて? ボクはいつも傍に居るから。
エルミアとのちょっとした逢瀬も終わり、【エルフの里】へ帰郷した。
ボクの第二の故郷でいいのかな? 『おかえりなさい』って迎えてくれるから。
初めて名付けたミーリエルも――つい先日会ったばかりだった!? 大きくなってるはずがない!!
新鮮な海魚を持参したら『まだ以前の物が....今手分けして干物に....』とアグラリアンお義母様からご申告が。
やはり数十トン単位で持ち込むのは止めようと心に誓い、数日分の鮮魚をエルフの民に配った。
供給過多なので困惑してたけど喜んでたよ? 一応練り物の作り方を教えて『冬場は鍋にでも』と説明した。かまぼことかつみれやね。
ただね? 今は6月で世界樹の恩恵を強く受ける【エルフの里】は年中気候が安定していて雪なんて降らない。
老年のエルフも見た目は20代前半の不老だ。顎が弱って硬い物を噛めないなんて事もあるはずもなく....微妙だね!
まぁいいさ。料理のレパートリーとして取り入れてください。酒の肴に丁度良いし。大吟醸『月の香』も飲みなされ。
「って訳でリングウェウ王とアグラリアン王妃、侍女の3人は香月カオルがお預かりします!」
「はい! 行ってらっしゃいませ!」
「リングウェウ王! 外交を頼みましたぞ!」
「王妃様も手綱をしっかりお願いします!!」
「任せなさい♪」
「我の立場はいったい....」
多くの民が見送る中、リングウェウお義父様はどこか悲しげでした。
付き添いの侍女さん方の視線も相変わらずで、許さないのね? 覗きの犯罪者を。
でも当時のリングウェウお義父様はまだ10歳前後で――
「カオル様?」
「ハイ」
エルミアとの約束通り航空戦艦"香月夜"の内部を視察させ、変態な樹精霊竜樹に跪いたリングウェウお義父様を《睡眠》で眠らせ個室のベットへ《魔透帯》で運び入れる。
アグラリアンお義母様と事前に話し合いも通していて満面の笑みで頭を撫でられました。
なんとなく怖かったのでエルミアとアグラリアンお義母様に抱き付き、影から這い出たノワールに挟まれサンドイッチ状態に。
そこへ竜樹も混ざってはしゃぐボク達。
アクイラがファルフと飛んできて『仲間に入れて』としつこく――
「効くねぇ!! カオル君? つまみはまだかな?」
「『月の香』とな。銘酒じゃのぅ」
「フォムフォム」
「.....世界樹の守護はどうした。精霊王」
「いやぁ。それがね? もう脅威に成り得る存在は居ないから、世界樹だけの結界で十分なんだよね?」
「ワシ等はおまけみたいなものじゃしのぅ。ウンディーネも帰ってこんし」
「フォムフォム。樹精霊がそこに居るしの。ホレ? その『ウィンドウ』とやらを見ればわかるじゃろう?」
イフリートに言われた通り司令官室のウィンドウを覗けば世界樹が光り輝き見送っていた。
そして意思を伝える存在の竜樹も....
「イフリートの言う通りなのです。ポッ」
「ああそうですか」
「か、香月夜もありますし。ポッ」
「第二の世界樹って訳ね。竜樹だけど」
「は、はい。どちらかが在ればこの世界は安定なんです。ポッ」
「だろうね。世界樹の種子で造られた航空戦艦だからね」
「こ、子供ですね? わ、私とカオルさんの....ポッ」
「ちがーう! ボクはそんな如何わしい事をしていない! 潔白だ!」
「て、照れてるんですね? ポッ」
「カオル様? ご説明を」
「カオルさん? どういう事かしら?」
エルフの王妃と王女に詰め寄られ、ボクは経緯を説明。『血を注いで造った』と話し釈明は受け入れられた。
もっとも、ボクに造った記憶は無いんだが....《竜化》したのか? 完全体の?
「ふふふ...使ってみればいいんじゃないかしら? お兄様」
「いやー...ルルと《覚醒》した姿ならまだしも、竜人のみの角と翼と尻尾が生えてる姿はまだ見せられないかなぁ...教えてはいるけど」
「あら? とっても綺麗なのに残念ね?」
「エルザが『禍々しい』とか呼んでたよ? あと、ノワールも《竜化》できるんじゃないの?」
「ふふふ...私は竜血こそ流れているけれど、白狼化で限界なのよ? 魔神の力の方が強いもの」
「アレも相当不思議な力だからねぇ。物理法則無視してるし」
「でも綺麗でしょう? 白いワ・タ・シ♪」
「否定できない自分が憎い。モフモフ感が最高でした....」
「可愛いんだから。私」
なんてノワールとやりとりしつつ【ソーレトルーナの街】へ帰還。いや帰艦か。
眠るリングウェウお義父様はそのまま第2防壁内の迎賓館特設入り口から入館し、ある種の軟禁生活へ。
面会は親族と連れてきた侍女3名のみ。可愛そうだけど何時病気が発病するかわからない。
ローゼやエリー達家族を含めて家臣一同と光希達3人。朱花の紫苑達にもアグラリアンお義母様を紹介し、決定された。
特にエリーシャ。散歩と称した旅路帰りに丁度出くわしたので挨拶したら、アグラリアンお義母様が一言。
「絶対に迎賓館から出してはいけません。国際問題になります」
エリーシャ達が泊まっているのも同じ迎賓館だけど、入り口も違うし内部で繋がっていない。
窓も羽目殺しで開かないから出入り口はひとつだけ。通風孔はいっぱいあるよ? 人が通れる広さじゃないけど。暖炉もありません。サンタさんが困ります。ごめんなさい。
という訳でリングウェウお義父様は軟禁されました。出入り口に華奢に見えて屈強な人形が交代制で控えて居ます。内側からは開きません。ドアノブすらない。
ま、まぁ? 3階部分までは移動できるし各部屋から外は見れる。
かな~り遠いけどルイーゼ達の修練場も見渡せるし、アグラリアンお義母様と侍女さんも居るから時間潰しはいくらでも出来るだろう。
双眼鏡でも作って渡そうか? いや、病状が悪化する恐れがある。そして片棒を担いだボクが叱責される恐れも....
ごめんなさい! リングウェウお義父様! やはり女系が強いです! ボクには無理です!
今のこの地に、男性はボクとカイとオルブライトとアストンしかいないんです。
女性は100人越えたんです! 人形を含めると2倍以上です! お互い頑張りましょう!? おとこーファイオー!




