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第二百九十三話 前編 八俣遠呂智

 いやぁ....良い所だねぇ....【ヤマヌイ国】。

 夕飯に出て来た五膳は『さすが』の一言だよ! 『料理番を呼べ!』なんて言わずに普通に会いに行きました。美味しかったし見た目が最高だったのです。特に笹切りの細工加減が....さすがやね? 国主同伴で恐縮しっぱなしだったけど。

 檜風呂も満喫したし、布団もフカフカだし、本物の畳みは最高だ! 土足じゃないのがいいねぇ...

 王宮の私室を土足厳禁にしてしまおうか.....いっその事光希達の家みたいに和室を造るか....


「ねぇねぇ光輝~?」

「慣れなれしいのぅ。嫌ではないが」

「そうね♪ 可愛い子供だもの♪」

「はい! カオル様は可愛らしいですから!」

「.....」


 翌日の朝。木曜日。朝食を取りつつ相談事。

 昨夜は知り合いの杜氏、佐藤伝助(さとうでんすけ)を呼んで約束通り大吟醸『月の香』を渡した。

 本来はボクが出向くべきなんだけど、飛空艇の一件と漆黒髪のボクが城下町へ降りるのは『不味い』と忠告されたので呼んで貰った。

 『やはりお忍びで城下に....流石の一品ですな』と合格点をいただけました! やったね♪ 途中から人形(ドール)にぶん投げてた日本酒造りだけど!

 光輝も『美味い』って言ってたし、【竜王国(ドラグーン)】の王族に伝わる秘伝の酒として今後は活躍してくれるだろう。贈答品やね。


「鎖国してる原因ってコイツでしょ?」


 特性スフィアを起動し画像を検索。

 マリアが偶然見付けたその画像には、多数の頭を持つ1体のドラゴンが映っている。

 そう、【風牙の里】の遥か北方。魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する大魔境の樹海だ!


「....これが例の魔科学なるもので、映っているのは紛れも無く――」

「"八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)"だよね?」


 古事記に記される伝説の怪物。本来は山神または水神なんて云われて崇められたりもしている。

 高天原を追放された須佐之男命(スサノオノミコト)が、大山津見神の子の足名椎命(アシナヅチ)手名椎命(テナヅチ)の最後の娘、櫛名田比売(クシナダヒメ)を救う為に倒した怪物。

 そして使われた剣が天羽(あめのは)(ばきり)八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)の尾から天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)が出てくる訳だ。

 しかも天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)はボクの先祖が正しければヤマトタケルノミコトが熊襲征討等で使用した。

 何の因果かわからないけど、"香月(こうづき)"に縁があるんだね。何せ熊襲(くまそ)退治に(こう)があり香月君の号を許され、香月荘などの荘園(しょうえん)を得たんだから。


「伝承通りなんじゃな」

「コイツが居るから【ヤマヌイ国】は鎖国し動けない。正確には"動かない"かな? 他国と公式に交渉なり条約なりを結べば、いつか戦争に発展しかねないから。

 そうなれば迎え撃つ為に派兵しなければいけない。すると...コイツが背後からガブリと襲って来る訳だ。たまったもんじゃないよね?」

「うむ。じゃから【ヤマヌイ国】は表向き他国と交渉事を起こさぬ。商人は別じゃがな」

「まぁね。アレくらいの規模ならいつでも止められるし。それで? 八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)がこの地を狙う理由は?」

「....良いじゃろう。"勾玉(まがたま)"じゃ」

「勾玉?」

「そうじゃ。コレじゃの」


 そうして懐から取り出した巾着袋。

 中から琥珀色の"C"の字型の勾玉を掲げた。


「鳳一族に伝わる家宝でな。持つ者を選び『この地から離してはならぬ』と代々語り継がれておる。いつから在るのかも不明じゃが...」

「触ってみてもいい?」

「構わぬが...触れられるのは当代の国主のみじゃぞ? 我もいずれは光羅に譲るつもりじゃ。その時光羅が触れられる様に成るじゃろうからの」

「ふ~ん....」


 いぶかしみつつ突いてみる。そして触れた瞬間人差し指を通して全身に"想い"が駆け巡る。

 1人の男性が女性に贈った感謝の言葉。『ありがとう』の中に全ての想いを込めて。


「カオル? 大丈夫か?」

「ローゼ.....」


 この想いは彼女へ贈られた感謝。

 先代のアポロンが残した想いが結晶化し、この地に留まり見守り続けていた。

 【マーショヴァル王国】に一番近いこの【ヤマヌイ国】から。

 女神ヴァルカンへ向けて。


「『ありがとう』って。アポロンがヴァルカンへ」

「そうか....」


 止まらない涙。溢れる想い。

 先代のアポロンから受け継いだ感謝を末裔のローゼへ伝える。

 ローゼはそっと抱き締めボクを包みこんでくれた。

 全てを明かし全てを知るローゼ。

 まさかこんな形で触れる機会があるなんて思わなかった。

 先代のアポロン。キミの想いはボクが確かに受け継いだよ。

 だから安心して眠って。ボクの傍にローゼが居る。

 キミが想い願った感謝は、ちゃんとヴァルカンに届いたから。






















 勾玉がどういう物か説明し、これからもこの地から離さぬように頼んだ。

 『そんな重要な物だったのか』と光輝も驚き、光羅は確かに約束した。『必ず離さず受け継ぎます』と。

 彼は文に秀でた才能を持っているからね。ノワールの言葉を昨夜伝え困惑していた。それでも国主の一族に間違いはないのだから、すぐに決意を新たに今後は政事を積極的に手助けするそうだ。

 光輝と藤香も喜んでた。『あの光羅がまた変わった』ってね。


「こっちが通信用の魔導具。光希にも持たせたからいつでも会話が可能になるよ。

 それと若樹珠(ウッドパール)老樹珠(グランドウッドパール)苗樹珠(サプリングパール)は街の出入り口に設置して人の出入りを監視できるから便利だね。

 あとペンダントトップは光希がデザインした扇型だけど...これでいい? 鋭利な部分は丸みを帯びてるから刺さらないように工夫してある」

「いや...使い方はわかりやすく書かれた説明書があるが....」

「まぁまぁ♪ コレを光希が考えたのね?」

「はい! カオル様と光希の合作なんです!」

「デザインしただけで合作とか言われても....」

「魂胆が透けて見えてるぞ?」

「カオルちゃんは渡さないんだからね!」

「そうではなくてじゃな。どれもこれも国宝級じゃぞ? 容易く貸し出して良いのか?」

「うん。他の国でも早くて先々週くらいから導入させてる魔法具だからね。【ヤマヌイ国】でも必要でしょ? それに天職がわかれば今後に役立つし、他国へ訪問する時の身分証としてこれ以上に安心できる身元確かな物は無いから」

「ふむ....それは確かにそうじゃな...」


 実際に光希を登録して証明させた。

 名前鳳光希、年齢17歳、二つ名豊穣の巫女、ジョブは、姫・白巫女・魔闘士、出身地【ヤマヌイ国】。

 白巫女ってなんぞ!? 魔闘士ってなに!?

 なんて驚いたけど、スフィアで検索して判明。

 舞いや祈祷の類を行なう者で、神の声を聞く事が出来るらしい。邪神の場合は黒巫女だそうだ。

 ボクの黒髪の巫女っていったい....まぁいいか。邪神はいないし黒巫女がジョブに出る事はない。

 魔闘士はそのままだね。光希は鉄扇を主武器に近接格闘するから。微妙な東方魔法(イースタンマジック)も使えるし。

 昨夜会った(さく)とか名乗る陰陽師も微妙だったなぁ...呪符を大事そうに桐の箱から取り出して『急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)』と....

 可愛らしい狐っぽい式神が氷の雨を....《氷棘雨(ひおどろう)》らしいです。後方からチマチマ攻撃するみたいです。

 弓矢でよくないかな? 一撃必殺が魔術師の役目だと思うんだけど....

 ボクとローゼは最前線で戦いながらだから役目がちょっと違う。というか、ボクを頭数に入れない方がいいか。どっちもできるし。

 

若樹珠(ウッドパール)の管理は昨日会った右近と左近でいいんじゃない? 無役なんでしょ?」

「うむ。御側御用人の泉家の傍流じゃからの。丁度良いか」

「我と歳も近いですからな!」


 嬉々とした表情の光羅。

 理由は物凄く単純で、ペンダントに表示されたジョブ。

 名前鳳光羅、年齢20歳、二つ名はなし、ジョブは、若・祈祷師・算術士、出身地【ヤマヌイ国】。

 要するに、武家政権じゃなく国主の一族は代々神職な者達だったという訳だ。

 ちなみにスフィアの解析によると、祈祷師=巫女→神主→宮司 だそうです。

 試しに父親の光輝を登録したらジョブに宮司って出たよ。同時に国主と大将軍と数学者も....征夷と付いたら幕府だったね?

 まぁ国家として運営維持できてるからなんでもいいよ。ごちゃ混ぜだよ。片手間ゼウスのせいだよ。

 じゃなきゃ八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)なんて居るものかー! いや、アレはノワールの為にやって来た可能性も....ボクの天羽(あめのは)(ばきり)と同じ様に....

 う~む...筋書きから外れた存在のノワールの為にやって来たとなると色々怪しい....

 せめて文献の類でも残っていればよかったんだけど、何も無いんだよね。

 お(せん)の日記みたいに残っていれば、利成っちゃんとの馴れ初めとかわかるのに。

 盗み見したのはマリアです。ボクではありません。あしからず。


「さて、八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)はこれからボク達が倒して来るからその後は光輝の采配だね。開国するならいつでも相談に乗るよ? 飛空艇の航路に入れてもいい。

 もちろんその為の備えも必要だから準備はゆっくりね? あとコレは贈り物だ」


 光希が持つ匂い袋に近い大きさの巾着袋。特製で上限500キロまで入れられる魔法袋(マジックポーチ)

 和装の帯に良く使われる生地、糸錦から超高等技術の賜物の綴れ織りなど。

 雅な糸錦は藤香に喜ばれ、綴れ織りを見て触れた光輝と光羅が凍り付いた。

 なにせ、普通に織るとそこまでの質感はでないからね。ザラザラと砂のような感触程、高価な物とされている。

 《魔透糸(マジックラルテイロ)》と異世界の知識を持つボクにしか作れない高価な品だ。


「こ、ここ、コレを織ったのは?」

「ボクだね」

「....ち、父上!?」

「もう何が出てきても驚く事はないじゃろう。八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)を頼む。開国は家臣と話し合い決めるとするかの」

「そうですね♪ 綺麗な織物だこと♪」

「お母上様とお揃いです♪」

「なぁカオル? 私とカルアにも....いや....」

「《魔法箱(アイテムボックス)》持ってるから魔法袋(マジックポーチ)使えないって何度も言ったよね?」

「そうなんだが....」

「おねぇちゃんはコレを貰ったものぉ♪」


 約束通りカルアに髪留めを送った。それも珊瑚の超高級品。

 カルアの瞳、ラピスラズリに合わせて瑠璃色の珊瑚を探すの大変だったよ。


「ん~....それじゃぁ帰ったら耳飾りでも贈ろうか? エルミアと同じ左耳の上に付ける様なの」

「本当か!?」

「うん。銀線細工(フィリグリー)かなぁ....ローゼの金色の髪に映える感じの考えておくね?」

「ああ! なんだ...カオルはそうやって私を篭絡していくつもりなんだな?」

「エー? とっくに篭絡してるしされてるよ?」

「か、カオルきゅん!」

「マスター? 守護勇士一同の地下迷宮(ダンジョン)踏破記念品もお忘れなく」

「ハイ!」


 ルルさんがおっかないのです。ローゼがスキンシップしようとボクに近付いたら、グイッと間に挟まって来たのです。

 おそらく....マリアが関与している可能性が考えられます。

 早く帰って記念品を作らねば....ブローチ的な物なら黒い騎士服に今後も沢山付けれるかな? ピンバッチでもいいし。


「じゃそろそろ行くよ。何かあればいつでも光希に連絡すればいい。着いて来る気みたいだし?」

「はい! どこまでもご一緒します!」

「鳳家の娘として見届けるといいよ。丁度護衛も来たみたいだ」


 ドタドタと廊下を歩く複数の足音。

 豪快な歩き方は猛だろう。それに続く3人の女性らしき軽い足音は――


「「カオル様!」」


「間に合ったか...」

「まったくアナタは!」

「初めましてですね? 泉咲さん。ボクは香月カオル。千影と天音の2人には、ボクの学校で教育者をしていただいていますよ」

「これはご丁寧に...」


 国主の御所まで立ち入れる身分は、さすが御側御用人といったところかな?

 普通は家臣の家族も立ち入れないはずなんだけど....光輝と藤香を見るに普段から来てるみたいか。それだけ心を置いてる証拠なんだろう。


「それで、あの....本当に私が(おのこ)を身篭っているんでしょうか? 実感が湧かないのですが」

「でしょうね? でも、ココ痛いでしょう?」

「っ!?」


 下腹部痛を認識できるように押してあげる。

 確実に着床している証拠で、この後ゆっくりと時間をかけて大きくなっていく。

 もちろん安静にする必要があるし、腹痛、子宮外妊娠、附属器炎、卵巣腫瘍茎捻転、虫垂炎、膀胱炎、尿路結石と、様々な問題が起きる可能性がある。

 そこでボクとノワールの出番。


「ノワール?」

「まったく...お兄様はお人好しね?」

「せっかく出産の加護があるんだから使わないともったいないでしょ?」

「ふふふ....そんなお兄様も好きよ?」

「はいはい。咲さん? お腹触りますね?」

「エッ!? は、はい....」


 ノワールと2人で優しく触れる。

 女神アルテミスの残滓を取り込んだノワールは多産をもたらす出産の守護神でもある。

 そこに聖魔法に秀でるボク本来の力を添えれば安産間違いなしなのだ。

 そのうち医療技術も発達するし、逆子とか合併症の危険は無くなって行くだろう。


「うん。安産祈願みたいなものですよ。これで間違い無く来年の春頃に泉家の世継ぎが産まれます。

 天音もお姉ちゃんになるんだね♪ 千影はもっとお姉ちゃんらしくしてないと、弟が天音にべったりなんて事になっちゃうかもよ?」

「それじゃ本当に男の子が!?」

「お姉ちゃん...私もお姉ちゃん....」

「マジカ!?」

「漆黒髪のお方が言われるのですから本当なのでしょう....アナタ! コレまで以上にしっかりしてくださいね!」

「お、応! 任せとけ!」

「あはは♪ ステキな家族ですね♪」

「そうね? お兄様?」

「ああ、そうだな!」

「うふふ♪」

「マスターと家族です」

「グレーテルもー!」


 何故にボクを取り囲む? ここは泉家を褒め称える場面では? 感動のワンシーンを返せ! ノワールはヒッツクナー! ヤメロー!


「光希? 頑張るのですよ?」

「はい! お母上様!」

「光羅は...そろそろ許婚を決める時かのぅ」

「そうですね....」

「.....」





















 はてさて明城(みょうじょう)を後にし飛空艇の中へ。

 『無用な竹林がある』と聞いてノワールに《影呑(テネブラエビベレ)》してもらったり、魔法袋(マジックポーチ)のお礼に和楽器を沢山貰ったり♪

 光希が琴を魔法袋(マジックポーチ)に仕舞ってたから悔しかったんじゃよ....太陽神アポロンは竪琴(リラ)を使っていたみたいだけど、ボクは何でも弾けるし吹けるし叩ける。

 お母様が何でも出来た人だからね。幼い頃に教わったんだよ。だからノワールも出来る。知識と記憶を共有する妹だから。

 それで、咲が身重になるまで千影と天音は変わらず光希の護衛。光希の方が強いけどそれに触れてはいけない。

 彼女達も学校の教師補佐役として活躍してくれているからね。アーニャも喜んでる。

 おかげでオレリーお義母様も手隙になる事が多く、侍女の教育に熱心だ。

 なにせ国を興せば侍女長。王家の家事一切を取り仕切る重役。いずれフランが後を継ぐけどね。

 学校はアーニャ任せ。オレリーお義母様は相談役ってところかな?


 特製スフィアでそんな話しを生徒のアブリルから聞きつつメルに建国後の法律云々の草案も相談。

 概ね先立って纏めた内容で問題なさそう。各国の良いとこ取りだし、異世界の法律も混ぜてある。

 完全なる統治なんて不可能。故に『解釈をどうするか』という詰めの作業だね。

 晴れて王国民と成れた者に小冊子を配ろう。エルミアの達筆な文字を複製して。

 挿絵なんかも入れてみようかね? お父様が上手だった人物画とか。

 う~む...書くなら風竜かな? いや幼竜を書くか。守護竜だし。

 布告版も作るか。常設のウィンドウなら目立つし訪れた女性も魔科学がどれだけすごい代物か理解しやすいだろう。

 中空辺りに複数浮かべて....今週のオススメ! みたいにお店の宣伝を週代わりで....メリッサ作の刀剣とかも表示して.....

 普通の街中にある宣伝広告やね。こっちの世界では見ないけど。

 王様って素晴らしい! やりたい放題やー! 宝石箱やー!


「ふふふ...可愛いんだから。(カオル)

「はいはい。ソウダネー」


 白い無地の反物を着物にして裏地を赤一色に。帯は黒く白い羽織にエーデルワイスの国章を入れ、赤いスカートとサイハイソックス姿の"和ロリ"なボクに対し、黒い羽織りに赤いスカート姿のノワール。

 金糸で飾ったボクに対しこれまた銀糸で飾ったノワール。正反対の双子の様に対抗意識を燃やすのはいかがな物かと....


「楽しみだわ♪ 私のか・た・な♪」

「やっぱり直刀がいいの?」

「ええ♪ ふふふ....作ってくれるのでしょう? お兄様♪」

「言われれば作るけど....二本差しまで同じとか....」

「あら? お兄様は一剣一刀でしょう? 私は二刀よ?」

「まぁそうだけど....」


 なんでもお揃いにしたいらしい。嬉しいけれどペアルックのようで....


「「ぐぬぬ」」


 当然ローゼ達は面白くない。物理的にノワールを倒せないから仕方がないのだけど。


「ん?」

「....どうした? カオル」

「なにかしらぁ?」

「お兄様!」

「うん! 先に行って来る! 竜樹(りゅうじゅ)、操舵は任せた!」

「も、もう突然なんですから。ポッ」

「おい!? どうしたん――」


 ローゼに答える時間も惜しく《雷化(グロムアラギ)》で降り落ちる雷鳴。

 雷速で辿り着いた【風牙の里】で、ボクが感じた嫌な予感は的中した。


「....」


 地面に横たわる1人の女性を前に咽び泣く忍び達。

 伊左衛門も梅吉も昨日会った全ての風牙衆がそこに居る。

 そして横たわる黒装束の女性は、紛れもなく朱花の1人。

 読んで知る名を紫苑。34歳独身で、ボクを脳内で蹂躙してた変態。

 何があったのかも理解した。


「「「「か、カオル様!?」」」」


「悪いが退いてくれ。邪魔だ」

「は、はい....」


 心音も聞えない。明らかに息を引き取った後。

 荷造りの最中に誤って毒牙の粉を吸い込んでしまった。

 そして永年蓄積されていた毒の許容量を越え彼女は.....


「ボクのモノがそう簡単に死ねると思うなよ....帰って来い!!」


 心臓目掛け《雷衝撃(グロムイムプルスス)》で電気ショックを与えながら《聖治癒(リブリサナティオ)》を発動。

 心肺停止からの蘇生率は、1分で97%、2分で90%、5分で20%。

 紫苑はまだ2分も経ってない。大丈夫。まだ間に合う。

 当代の太陽神アポロンの名において、勝手に死なせてやるものか!


「帰って来い!! 紫苑!! 朱花は全員ボクのモノだ!! 勝手に死んでいなくなるつもりか!? ボクは、絶対に、許さないからな!!」


 口腔から入れた《魔透糸(マジックラルテイロ)》で気道を確保。

 肺はまだ動かないけど――心臓が脈動を取り戻した! あとは毒素を中和して....


「ンッ!」


 無理矢理ハイポーションを口移しで飲ませる。

 開いた口腔は嚥下する必要も無く肺にも入らず胃に落ちた。

 そして.....


「っはぁ!!」


「「「「「なんと!?」」」」」


 呼吸も荒くボクの腕の中で上半身を起こした紫苑。

 一瞬茫然とし周囲を見渡してボクへ視線を移す。

 名前通り紫色の艶やかな髪に黒い瞳。

 目鼻立ちも整い美形の一言。

 《魔法箱(アイテムボックス)》から作り置きの赤い和服を取り出し身を包む。

 顔だけじゃなく身体も癒した。薊達と同じ様に元の綺麗な身体だ。

 若々しくてとても34歳に見えない。


「間に合って本当によかった」

「エッ!? あの...私....」

「い、生き神様じゃ...」

「生き神様じゃ!!」


「「「「「生き神様!!!!!」」」」」


「うっさい! 少し黙れ!」


 ボクがどれだけ怖い想いをしたか....間に合わなかったら紫苑は死んでいた。

 浅はかだった。浅慮だった。昨日朱花の全員を読んで平気だと勘違いしてた。

 そうじゃない、違うんだ。この子達は体内にいつ爆発するかわからない爆弾を抱えて生きている。

 耐毒の為に幼い頃から毒に慣れさせ、その結果短命で齢30を越えると老年と呼ばれる。

 人間(ヒューム)の寿命が70~80歳のこの世界で、半分以下の時間しか過ごせない。

 甘かった。ボクの甘さが彼女を危険に晒した。あの時予感を感じていなければ....紫苑は.....


「ふ、震えて....泣いておられるのですか?」

「うっさい! 心配したんだから当然だ!」

「私如きの為に....」

「『如き』とか言うな! 朱花が今までどれだけ辛い目に遭って来たか紫苑だってわかってるだろ!」

「はい...ですが、私達の為に涙を流して下さったのは...カオル様が初めてです....」

「朱花はボクのモノだ! 勝手に死ぬなんて許さない! 我が侭だなんて百も承知だ! それでも.....逝く時くらい見送らせてよ....」


 こんなに怖いなんて想ってなかった。

 いや、忘れていたんだ。

 お父様とお母様が逝った時だって感じてたはず。ソレをボクは逃避する事で誤魔化してた。

 出会って2日目だ。けれど、ボクは朱花がどういうものか知ってる。

 薊達が傍に居たからわかってた。身を切り里の為に尽くしていた彼女達を。ボクは知っていたのに....


「お兄様?」

「グスッ...なんだよ。ノワールも何か言うつもりか」

「いいえ。ただ....そうね。"やりすぎ"よ?」

「なにを――」


 見上げればそこに風牙衆が跪き、各々涙を流して仲間と抱き合い熱き抱擁を。

 そしてボクの周囲に朱花の面々が集まり、なにやら不穏な雰囲気で....


「私達の為に泣いて下さるなんて.....」

「手遅れだと思った紫苑も息を吹き返して....」

「こんなに強く求められたら....」

「捨てたはずの女として....」

「ココが疼いて....」

「カオル様のモノとか嬉しいです...」

「それにあんな一瞬で身体も元に戻るなんて....」

「あ、愛妾の座ならいけるかもって....薊も言ってたし....」

「は、はしたないですけど...朱花は生娘の集まりで...」

「房中術の心得はありますから....」

「身体を治していただければ...」

「夜伽の相手でも....」


「「「「「いかがでしょうか!?」」」」」


 ....感傷に浸るヒマも無いのね。薊達と同じ言葉を言いやがって。

 房中術って相手を篭絡させる為のとんでもない忍術だろうに。







 発情した朱花をノワールが一喝して宥め1人1人小屋の中で身体を治療する。

 体内の毒素は丁寧に《聖治癒(リブリサナティオ)》で散らして消した。

 緊急用のハイポーションはやっぱり必要だと再確認。即効性に優れているからね。

 薊達を除き、計38名の朱花の女性を癒し終え、白銀(ミスリル)の腕輪と新しく服も与えた。

 【ヤマヌイ国】で『白い和服は死に装束』なんて言い出す輩も居るから統一した赤い和服を縫製。

 【竜王国(ドラグーン)】の国色(ナショナルカラー)は白だからそのうち見慣れるだろう。

 実際、薊達の忍び装束は黒と白だ。帯紐に赤を使ったりしてるけど。


 『生き神様』発言は即座に撤回。ボクは【聖騎士教会】所属の高位治癒術師。そういう風に納得させる。

 でなければ次から次に『治療してくれ!』とか言い出す愚か者が増えてしまう。

 そのうち『霊験あらたかなカオル神様の...』なんてふざけた事を言い出したら制裁しよう。再起不能なくらい追い詰めてな。


 それでだ。上限100キロまで持てる魔法袋(マジックポーチ)を朱花全員に渡し荷造りさせた。

 ボクにとっては帰りだけど、彼女達にとっては初の外国へ渡航。

 もちろん飛空艇に乗れる人数はギリギリ。なので、八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)を倒した後に《睡眠(ソムヌス)》で眠らせ香月夜(カグヤ)で運搬予定。

 本来和服は身体のラインを凹凸させること無く直線的なのが美しいと称される。故にサラシを巻いたりして女性は頑張る訳だ。

 で、紫苑も紅葉も八千代も志乃も雛も....頑張った。けど、ダメっぽい。

 はっきり言おう! 胸が大きい....ヤマヌイ撫子は豊かな胸をお持ちです。


 治療後、さっそく独身現役男性忍者達が粉を掛けに来て玉砕。


 今まで女性として扱って来なかったしっぺ返しだね。自業自得だ。

 ついでに無謀にもノワールへ言い寄った男性2人は、しばらくの間影に呑まれ.....帰って来た時に顔面蒼白で産まれたての小鹿のようにプルプルと....オソロシヤー!

 ま、身から出た錆だ。受け入れなさい。女性は産まれてから死するその時まで、一生女性で『美しく在りたい』と願う人が多いのだから。


「って訳で、八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)退治に行くから見届け役を出せ」


「「「「「なんと!?」」」」」


「いや驚いてる時間無いから。外で家族が待ってるから。怒ってるから。ハヤクシロー!」


 なにせ着信が鳴りっ放しなのだ。相手はローゼだったりカルアだったりルルだったり.....

 話し途中で飛んできたから大激怒間違いなし! 最悪弁解の余地も無く説教が...ハワワワワ....


「よし! 梅吉っちゃんと、巌ノ助、円蔵に喜一で決定! ああ、護衛は付けないから自己防衛くらいしなよ? じゃないと死ぬから」

「ワシか!?」

「俺もか!?」

「...これは誉れ!」

「...柚にいい様にされるのは勘弁ならん」


 根に持つねぇ...喜一も柚も。どんな稽古をしてたんだか。


「それじゃ準備して行くぞー!」


「「「「御意!!」」」」


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