第二百九十二話 ヤマヌイ国
「随分お楽しみだったみたいだな? カオル」
「そうよぉー! おねぇちゃんプンプンなんだからねぇ~!」
「全然納得いってないし、楽しんでもないよ。もっと沢山言いたい事はあった。やっぱり女性の身体を傷付けるのは良く無い事だもん。
だけど――薊と香澄と小夏と早苗と柚の故郷だから、アレ以上強く言えなかった。彼等にも言い分はあるからね。
【ヤマヌイ国】の最北の地で住まなければならない理由が」
【風牙の里】を離れ、香月夜からローゼとカルアとグレーテルを降ろし光希達の乗る飛空艇へ場所を移す。
ルルがホッと安心したような顔をして傍に寄って来たから頭を撫でておいた。
彼女も心配してくれる。この地に"あんな者"が居るから。
「主君、ありがとうございます。秘伝書まで授けて頂き....」
「薊がお礼を言う必要はないよ。ボクがそうしたかっただけ。それに"猛特訓"の内容を簡素化して書いた物だからそこまで重要な物でもないし」
「それでも.....里の者を代表して感謝を。多くの恵みと幸福を与えて下さりありがとうございます」
「我等からもです。ありがとうございます」
「「「「「永久の忠誠を香月カオル様へ捧げます」」」」」
示し合わせた様に語る5人。ローゼとカルアも笑って頷いてくれた。
ボクとローゼに故郷は無いからね。異世界からゼウスの筋書きに巻き込まれたボクと、滅びてしまった国の王女。
運命と言う名の必然で出会い、ボク等は恋をした。
恋愛モノに良くある話しで、悲恋にするつもりはない。
大恋愛して添い遂げる。その為に今を生きて新しく筋書きを書き続けてる。
ボク達の未来を予言しない。その方が何倍も楽しめる。何が起きるのわからない感覚。ドキドキしてワクワクしてボクは幸せだよ?
だから急がず進もう。危険だって楽しんでやる。大切な人を護りながら、ボクとノワールで導き歩こう。
そう想わない? ボクの半身。
(同じ意見よ? でもね? ひとつだけお兄様と私は違うわ)
そうなの?
(ええ。私は"お兄様さえ居れば"それでいいの)
う~ん....ソレは危険な考えだね。もしもボクが家族を『いらない』と言ったら、ノワールは消してしまう可能性がある訳だ。
(その通りよ? だから気を付けなさい。お兄様は引き摺られてしまった過去があるのだもの)
....一度引き摺られた魂は。二度と元には戻れない?
(そこまで言っていないわ。ただ――離さないで。いつまでもずっと抱き留めて)
わかった。ボクは二度と離さないよ。取り戻した風竜の事も。
(いいわ。カオル。とてもいい。愛しているわ....私)
ボクも愛してるよ? 大事な半身、ノワール。
「....またノワールと内緒話しか?」
「ずるいわ!」
「マスター? 何を話していたのですか?」
「ムニャムニャ」
「ん? ああ、兄妹の話しだよ。それで、光希? アレが"明城"でいいんだよね?」
「はい! カオル様も城下町を訪れた事があると聞いていますけれど?」
「寂れた食事処を再建したとか...」
「カオル様の作るごはんは美味しいですから....」
「そんなこともあったね。お土産に浴衣を欲しくて」
「ああ、アレか。たまに寝間着にしているな」
「おねぇちゃんも~♪」
懐かしいねぇ。土竜に会った帰りに寄ったんだよね。みんな喜んでたよ♪ 浴衣♪
「....もしかして、お金を稼ぐ為に?」
「姫様? 優しいカオル様は放っておけなくて――」
「そうだよ? 【ヤマヌイ国】の通貨を持っていなくてね。売り上げの半分を貰う約束で働いたんだ。すっごく人気が出て楽しかったねぇ」
「....あの、カオル様? 人気が出るのは当然ですよ? そんな漆黒髪の者が商いをすれば」
「エッ!? お金を稼ぐ為に働いたのですか!?」
「うん。でも、街中で同じ様な黒い髪の人を何人も見かけたよ? 光希みたいに黒紅色じゃなかったけど」
「....アレは染料で染めているのです。樹液から作る物なんですけど」
「光沢の出ない紛い物ですね。それでも【ヤマヌイ国】の者にとって黒髪は憧れですから」
ふむ。そんなものなのね。【エルヴィント帝国】も【カムーン王国】も髪を染めるなんて文化は無かったからなぁ...
錬金術の『毛髪の丸薬』を普及させたら物凄い事になりそうだね。持続しないし髪は痛むから微妙だけど。ローゼとかが物凄く怒ってたっけ。エルミアは同じ髪色で喜んでた。
「黒髪がねぇ...そういえば、お城で他国の通貨も両替してくれるって聞いたけど本当?」
「はい。表向き【ヤマヌイ国】は鎖国していますけれど、利に聡い商人は他国へ売りに出掛けますから」
「反物を売り歩き、他国産の品を割高で売るのが商人ですね」
「そっか。確かに反物は珍しいし色々使えて重宝するからね」
「服だけではなく、小物にもできます。カオル様にいただいた巾着袋の様に」
いや、そんな見せびらかせるように魔法袋を出さなくていいから。
匂い袋みたいに小さいし。そしてローゼとカルアは何故悔しがる!? 《魔法箱》の魔宝石あげたでしょ? 出来合い物だけど。
突如飛来してきた飛空艇。
お城も城下町もてんやわんやの大騒ぎ。
そんな些事はポイして天守閣に着艇。数十名の忍び――御庭番だそうです。頭は鞍馬って名乗る人物――を《雷衝撃》で気絶させて城内へ侵入。
まるで空賊やね! 羽付き帽子のキャプテンハットと髑髏マークの眼帯を用意すればよかった! 雰囲気出るよ! いや...今から《聖闘衣》で創造すれば....
「カオル? 何を考えてるんだ?」
「あらあら~♪」
「「「.....」」」
「ん? 登場シーンをこう...派手に演出しようかと...」
「これ以上派手にするつもりか?」
「可愛いわぁ♪ カオルちゃんったら~♪」
「誰も怪我させてないよ? そもそも上空警戒を怠ったこの人達が悪い! 国主を護る立場なら、如何なる状況も予想し行動するべきだ!
ボクが心無い人間だったらあっという間に制圧されて国を乗っ取られるよ! だからこれは勉強! 今後この様な事態がおきない様に最善を尽くすだろうね!」
フハハハ!! 正論なのだ!! ぐうの音もでないだろう!!
「おかしいな...私は正しい事を言ったつもりなのだが....私が間違ってるのか?」
「おねぇちゃんは、カオルちゃんが正しいと思うの~♪」
「マスターのする事ですから間違いなどありません」
「グレーテルもー! いっぱい寝たー!」
うむうむ。正論なのじゃよ。そしてようやく起きたか! グレーテルよ!
どれどれ....頭を撫でて進ぜよう.....フォッフォッフォッフォ。
「まぁとりあえず靴を脱ごうか? 城内は土足厳禁なんだよ?」
「そうなのか。わかった」
「はーい♪」
「畏まりました」
「グレーテルも!」
「ふむ。我が国の作法に通じておるのか。しかしこうも容易く侵入を許すとは思わなかったな」
「お、お父上様!」
配下の武人を引き連れて姿を見せた壮年の男性。
身形もそれなりに豪華な着物で、羽織りの家紋も"鳳凰の丸"。
黒紅色の髪が光希と同じ。だけど髷を結っている訳ではない。
普通の髪型でちょっとイケメン。両脇で殺気を放つ御仁もまた....隙は無いけどいまいちかな?
というか、2人は見た事がある。
あの地下迷宮で千影達と一緒に居た人だ。
隻眼の老人と千影と天音の父親。老中平利成と守護方御側御用人泉猛。
あとの1人は....なんだか随分偉そうだ。
「まぁいいか。この場合はボクから名乗るべきだろうね。ボクの名前は香月カオル。こっちの男装の麗人は婚約者のローゼ。隣の聖女も婚約者のカルア。
あとは家臣のルルとグレーテル。飛空艇の中に朱花の薊、香澄、小夏、早苗、柚の5名を待機させてる。彼女達はボクの直臣として雇った」
「ローゼだ。カオルの剣の師匠をしていた」
「カルアです。【聖騎士教会】所属の司祭。そして治癒術師をしております」
「ルル。カオル様をお護りする大役を仰せ付かっています」
「グレーテルだよー!」
「....なるほど。武人として一桁も二桁も"格"が違うの。我は国主鳳光輝。そこな光希の父親じゃ」
「我こそは天下に名高き東嘉兵衛! 東流刀術の――」
「国主より自己主張が強すぎ黙れ」
バチッと《雷衝撃》で沈黙。仕える主より偉そうとかどういうことだ。バカなのか?
「.....」
「次!」
「ワシは老中平利成。あの時は世話になったの」
「うん。主を立てる人は善い人だ。地下迷宮の一件は気にしてないから大丈夫だよ」
「左様か? ならばよかったのぅ。ついでに感謝じゃな。コヤツは大老なんじゃがいつも偉そうで胸がスッとしたわい」
「....無能者なんだから任を解いちゃえば? なんなら罪状を今すぐ作るけど?」
「ほほぅ?」
「来週の頭にボクは国を興す。各国と内応は取り付けてるし逆らえない事情もある。武力だけではなく、恩を売ってるからね?
そしてその次期国王に対し礼を失した。家柄だけで大老なんて大任に着いてる無能者を排除するには十分じゃないかな?」
「ふむ...光希?」
「私は何もお伝えしておりません。カオル様は聡いお方ですから....」
「そうか...ではそのようにするかの。少々耳障りじゃったしな」
「ああ、殺さないでね? 誰かの配下に付けて一生扱き使って」
「....情け容赦無いのぅ」
「(千影? 天音? いつもああなのか?)」
「(はい。父様)」
「(カオル様はお優しいですから....)」
聞こえてるぞー? そこの父娘3人よ。
ローゼとカルアも笑うなー! ノワールもだー!
真面目なルルを見なさい! グレーテルはいけません....またうっつらうつらと船を漕ぎ始めました....よく寝るのぅ...
(お兄様?)
ん? どうしたのノワール? 嗤っていたんじゃ...
(ふふふ...千影と天音の父親を予言するといいわ? 面白いわよ?)
そうやってボクの神力を勝手に使って....
どれどれ....
「ほぅ...泉猛よ」
「応っ!?」
「驚かなくていいよ。ただ、予言しておこうかと思って」
「よ、予言?」
「うん。奥方が身篭ってるよ。それも"待望の男の子"」
「「「なんと!?」」」
「んっとね。"黒髪の巫女"の予言だから確実だよ。香澄と天音も逢いに行っておいで」
「ほ、本当なのですね!?」
「男の子...弟が!?」
「マジカ!?」
「嘘偽り無いと宣言します。明日の朝までココにご厄介になるつもりだから早く行きなさい。一月以上逢ってないんでしょ? 咲さんに」
「母様の名前を知っていたのですか!?」
「天音は言ってませんよ!?」
「お、オイオイ....なんだ!? どうなってやがる!? マジカ!?」
「落ち着け猛。とにかく女御のところへ行ってやれ。千影と天音もだ」
「お、応ッ!!」
「「はい! 利成様ありがとうございます!」」
大慌てで天守閣から降り自家の屋敷へ向かう3人父娘。
慌しいけどいいね! 産まれるのはずっと先だけど。来年の4~5月予定だよ。
太陽神アポロンの予言なので確実です。ノワールは多用し過ぎだよ? 魔神の力とボクの力。それに女神アルテミスの力を。
「ふむ...光希よ?」
「カオル様の予言は外れません。巫女としての才能は私を遥かに凌ぎます」
「クックック...獅子もが恐れる"大太刀の猛"がうろたえておったのぅ」
「まぁ男で巫女っていうのもおかしな話しなんだけどね。普通は神職とか巫覡とか呼ぶんだけど」
「【聖騎士教会】の通り名が黒巫女だからな」
「そうねぇ~♪ でもカオルちゃんにぴったりな呼び名なのぉ~♪」
犯人はレジーナだよ。クレープ屋台で名付けたんだから。
そして巫女ではない。神だ! 神意を世俗の人々に伝えることを役割とするのが巫女だね。教皇のアブリルとか。
「本当ならお説教したいところだけど....光希に免じてやめておこう。代わりに一席設けてよ。あと、今日泊まるから」
「説教の件は想像付くが....ふむ。やはり一筋縄ではいかんようじゃな」
「左様ですな。次期国王がご訪問されたのですからな。相応の対応は必要かと」
「まぁね。飛空艇を横付けしたボクが言うのもなんだけど、顔を立てておかないとね。ついでに御庭番の指導もしてあげるよ。【風牙の里】でもやってきたし」
「「なんと!?」」
「って訳で、朱花を城内へ入れてもいいかな?」
「うむ。どうせ戦力で敵わぬとわかりきっておるからの」
「ですな。カオル殿だけで【ヤマヌイ国】は滅ぼせるでしょう」
「そうだね」
そうして済し崩し的に明城の裏手、曲輪の先にある離れで一晩泊まる事に。
しかも国主の奥さん。正妻の藤香と光輝の住まいだそうで....いいのかね? 危機管理的な問題とか....いや物凄く広いからボクはいいんだけど。
「なに、密談するのにこの上ない場所じゃからの」
「そうですね♪ それにしても可愛らしい殿方ですね? 光希?」
「はい。お母上様。カオル様はとても可愛らしく優しい方です」
「まぁカオルが可愛いのは同意するが、いいのか? 私とカルアが同席しても」
「おねぇちゃんも...ソレが心配なのぉ....」
「ハハハ! 何も問題など無かろう。聞けばローゼは亡き【マーショヴァル王国】の姫君だとか。カルアも【エルフの里】の王家の傍流。
永年鎖国しておる【ヤマヌイ国】にとって、久方振りの国賓に間違いはなかろうて」
「そうですね♪ 私、エルフの方を初めて見ましたけれど...尖った耳以外は私達と変わらないのですね♪」
「はい! 他にも毛深いドワーフの方や背の小さなホビットの方も居るのですよ! 獣人の方は特に優れた能力をお持ちで、猫人族のエリーさんはとても聴覚と視覚に優れていて――」
馴染んでるなぁ....ローゼとカルア。まぁ護衛にルルとグレーテルが居るし平気だろう。
で、部屋の片隅からチラ見してくる光希の兄、光羅はちょっと雰囲気変わった?
前に地下迷宮で会った時は我が侭放題で愚鈍なパーティリーダーだったけど、今は実直そうな真面目青年っぽいよ?
ノワールも『(文に秀でた才能を持っているんじゃないかしら?)』なんてお褒めの言葉を...珍しい。
「っ!!」
「片側に重心を置き過ぎだ! 一芸に秀でるのはいいけど身体全体のバランスを均等に保つのを忘れるな! また右足に偏ってるぞ!」
かくしてボクは【風牙の里】と同じく御庭番の忍者と光輝の家臣――武家の武士らしい――を"猛特訓"中。
守護方御側御用人の泉家に連なり表向きの護衛役、右京と左近を苛め抜く。
もちろん御庭番の頭鞍馬と部下も全員。はっきり言うとそこそこ強い。
それこそ【エルヴィント帝国】のアルバート達や【カムーン王国】の騎士団長に匹敵する実力。
今朝"猛特訓"したから【風牙の里】の現役忍者の方がもう少し強いかな?
「旋棍か....」
"ト"型の格闘武器。突く、叩く、防ぐだけではなく関節技や捕縛術と便利な代物だ。
他の得物も隠し持ってるし携帯するのに便利な武器だろう。
しかし、動きが雑だ。鋭利な刃物じゃないから相手に獲られる事も踏まえて戦わないと...
「これ見よがしにクルクル回すな! 遠心力を利用して殴る時だけにしろ!」
「はい!」
「それと、間合いを広げる為にもっと足技を使え! 牽制の役割も担えて一石二鳥だ!」
ビシバシと肉体的に虐める。
精神的にもキツイだろうが、ガンバレ! 体格差のある相手にいいようにされるのは辛いだろう?
悔しいと思うならボクから一本取ってみろ! 不可能だけどね!
「躊躇わずに急所を狙うのは素晴らしい。だが、次の一手を常に考えて行動しろ! 刀が折れたらどうする? 多対一ならどうなるかわかるな?」
「わかります!」
「では、頭を使え! わからないなら身体で覚えろ! 身を挺して国主を護ったあと、お前達が死ねば次は誰が国主を護る!?
国主を護り自分も護り生き抜いてみせろ! それが主に仕える者の使命で定めだ!」
「「「「「応っ!!」」」」」
いやぁ...精強だねぇ...【ヤマヌイ国】の武士は。忍者も。
あとは指揮官か....光羅は文官決定だしねぇ...そうなると自動的に....
「利成っちゃんが戦場の采配を握らないとだねぇ」
「としなっちゃんとは...これまた面妖な....」
「高々48歳で隠居するつもりもないでしょ?」
「そうじゃが....」
「平気平気。後継に猛が居るし、男の子も産まれるんだ。やる気は十分だと思うよ?」
「ふむ....それは名案なんじゃが...としなっちゃんをやめてくれぬかの?」
「エー!! 可愛いじゃん? なんなら片目治してあげようか? 『男の傷は誇りの表れ』とか世迷い言を言うなら別だけど」
「....治るのかの?」
「治るよ? 薊達朱花を見たでしょ?」
「いやまぁ...今も見ておるが....本当にアレが精鋭足る精鋭の朱花なのかの?」
ボクの手伝いを買って出た薊達5人。
バッタバッタと――バッタは嫌いだ!――御庭番と武士を薙ぎ倒す。
もちろん防具も着けてるし武器は木刀とかだ。常時治療はしてるけど....大丈夫か? 木刀で武者鎧が裂けたんだが....
「という訳で、てい!」
利成の左目へ《聖治癒》を発動!
柔らかな光りが灯り風が吹き、アッという間に治療は完了!
カルアに目配せしたら微笑んで返してくれた。怒ってなかった! ボクは許された!
「眼帯取って見ると良いよ? そーっとね? 最初は光が辛いから」
「う、うむ....どれど...レッ!?」
柳生十兵衛っぽい刀の鍔を眼帯代わりに――史実では眼帯なんてしてなかったみたい――していた利成の左目。
治療前は、おそらく鋭利な物で顔を斬られて傷付き、瞳その物が失われたであろう。
それが今や元通りに。右目と同じく少し茶色い瞳が光りを浴びて収縮する。
「....見えるぞ!」
「うん。瞳孔も開くし問題なさそうだね。顔の傷はどうする?」
「治してもらい無粋とわかっておるが、そのままでも良いじゃろうか? 己の未熟さを戒める為に取っておきたいのじゃよ」
「わかった。立派だね?」
「いや、ワシなどまだまだじゃ。お栴はずっと気にしておったからの...」
ふむ。奥さんの話しだね? マリアが調べて早速送って来てくれたよ。
2人の連れ合う原因――運命かな?――に成った出来事。
薬草を摘みに出掛けたお栴が魔獣に襲われ、偶然出くわした利成が助けた。
ただ、お栴を庇った時の引っ掻き傷が利成の左目を奪い....ちょっとしたラブロマンスなんだけど....
おかしいな。ボクとローゼ達の出会いにそういった要素がひとつも無いような....
せいぜいエリーか? 命を救ったし。あとはなし崩し的に....やっぱり節操なしか!
「....利成の目が治った様に見えるのじゃが?」
「アレがカオル様の御力です。薊達を癒したのは他でもなくカオル様ご自身です」
「まぁ!? まるで神のごとき癒し手ね」
「「「.....」」」
「ムニャムニャ」
ローゼ達は沈黙してるねぇ。グレーテルは寝てるけど。
光希達にボクが太陽神アポロンだと明かしていないからね。
家族と【聖騎士教会】の極一部。それとアーシェラにリアしか知らない事だ。
明かすつもりもないし。ボクは禁忌を犯し子供を産む。そうすれば神力も失われるんだし。
「右京! 左近!」
「「こちらに!」」
「武術書を与える。よく熟読し学び教え広めろ」
「「畏まりました!」」
「鞍馬!」
「ハッ!!」
「秘伝書を与える。御庭番として今後も影から国主の一族を護り"生きろ"」
「御意!!」
「それから全員にもう一度告げる! 武士道とは死ぬ事ではない! 愛し慕う者を護り生き抜く事だ! 己が死するその刹那まで、決して忘れるな!」
「「「「「応ッ!!!!」」」」」
うんうん♪ 従順じゃのう♪
「思った以上に大器じゃな」
「本当に♪ 光希? わかっていますね?」
「はい! お子は必ず!」
「はぁ...増えていくな....」
「そうねぇ....」
「マスターですから」
「ムニャムニャ」
聞こえてるよー? 光希はこのまま残らず着いて来るのね? 家も用意したけどさ。
生徒も心を開いてるからいいんだけど....しっかし、本当にボクは節操なしだねぇ...
どう思う? ノワール。
「そうね。お兄様の好きにすればいいんじゃないかしら? 私はずっとお兄様の傍に居るだけよ♪」
「のそっと普通に出て来られても....本気でボクの子を孕むつもりなのね?」
「ええ♪ 禁断の愛ほど燃えるモノは無いでしょう?」
「ん~...性欲がまだなのでなんとも言えないかな...」
「ふふふ....可愛いんだから。私」
「....女子が影から出て来たな」
「....そうね。見間違いではなさそうよ?」
「彼女はノワールと言いカオル様の半身だそうです。本人は妹と公言していますけど...どう見てもカオル様に恋慕しているかと....」
「事実だから手に負えん。しかも実力もあるからな」
「おねぇちゃんは悔しいわぁ...」
「ルルでも勝てませんから...」
「ムニャムニャ」
「う、美しい! 是非我の嫁に――」
「あら? ふふふ....私はカオルにしか興味が無いの。いい加減カオルの面影を追い掛けるのは止めた方がいいわよ? 衆道は禁止されているのでしょう?」
「「光羅」」
「兄上様....」
「カオルは私の嫁だからな。渡さんぞ?」
「おねぇちゃんもカオルちゃんを渡さないわぁ!」
「マスターはルルのマスターです」
「ムニャ...グレーテルもー! ムニャムニャ」
やっと口を開いたと思ったら腐男子か....ノワールの顔はボクと似てるから....
そしてノワールはボク以外に身体をけして触らせようとしないからね。
その辺は貞淑でお母様に似てるよ。というか、お母様なんじゃないかとここ最近――
「ふふふ...それは無いわ? 私ではお母様に敵わないもの」
「だよねぇ...あのお父様を手玉に取ってたもんね...」
「ええ...言い寄る女性はひどい目に遭っていたわ....」
「あ、電話の件?」
「そうよ? 取引先からなにから....ふふふ.....手段を選ばないところなんて尊敬よね?」
「お父様似のボクに同意を求められても困るんだけど....」
「あら? だから私は寛容でしょう? ローゼ達を許しているんだから」
「....なんだかいつの間にかボクがノワールに許しを得ているみたいな状況に驚きなんだけど!?」
「ふふふ....困り顔のカオルも可愛いわ♪」
「可愛くないやい! ハーナーレーロー!」
「ふふふ....ダーメ♪」
「ムカァ! 今日という今日は許さないゾ!」
「いいわよ? 相手になってあげる♪」
「シッ!」
戦闘のスイッチ入れてその場で回転からの桜花を引き抜き<柄打ち>。
ノワールもまったく同じ動作で濡れ鴉を抜いて打ち付け合い逆回転に鍔迫り合い。
つい嗤うボクとノワール。
身長も同じで力量も同じ。
全力のボクの相手はノワールしかできない。
だから自然と口角も上がるし嬉々とした表情を引き出される。
互いに<寸勁>を発動させて撃ち合わせ、後方に吹き飛びさらに跳躍。
ノワールが刺突の構えをみせ次の動作は神速の特攻だろう。
ならばボクは――
「「ハァァァァァァァ!!!!」」
迫る有色透明の切っ先目掛け剣術<渦潮>で巻き取り打ち上げる。
黒刀を落とさず上方へ向かう遠心力を利用し蹴り上げるノワールに、肘打ちで足裏を迎撃。
再び振り下ろされる黒刀を桜花で受け流し左回し蹴り。
ノワールが一瞬ニコっと嗤い、次の瞬間影から手が伸び身体を押さえ付けた。
「《常闇触手》!?」
「ふふふ...」
まさか魔法を使うとは....だからって負けない!
風、雷、土属性の《多重障壁》を展開し触手を吹き飛ばして左手から<練気拳>。
一瞬で練り上げた気がノワールの身体を捕らえるも《闇の障壁》で遮られて不発に終わる。
中空に浮かぶ幾つもの《重力球》がノワールの背後からボクを目掛けて放たれ《多重障壁》が割れていく。
同時詠唱した《雷鳴刃》と《雷蝶撃》をノワールへ。
落雷と衝撃波を浴びたノワールの姿が砂埃に塗れ見失う。
むしろ次の一手は読めている。
案の定ボクの背後から急所を狙って黒刀が突き出された。
最後の一枚の障壁が割れ、あわやとした瞬間に奥義<八重桜>。
目にも留まらぬ8つの斬撃。一瞬光った様に見えるのは、光速の斬撃故に光りを斬り裂くから。
「さすがね? お兄様」
「よく言うよ。刺突で相殺したくせに」
通常ならありえない事もノワールは遣って退ける。
まさか槍術の<五月雨突き>で的確に8つの斬撃を凌ぎ切るとは....
「<グローランス>よ?」
「漢字の方が覚えやすくてね」
「私もよ? お兄様♪」
「まぁ兄妹だからねぇ」
「ふふふ....」
戦いながらそんな会話をしてみたり。ボクとノワールの交戦は続く。
神速の動きで背後を取り、<花影>を放てば<柳>で受け流され、お返しと2連撃の<燕返し>。
絶好の機会と2連撃を避けて懐へ掻い潜りカウンター技の<鏡心>で居合い技。
鞘を奔る愛刀桜花。斬撃を回避できないと読んだノワールは黒刀を盾代わりに受けて――黒曜石鋼製の刀身がひび割れる。
やはり純粋な神鉄金属に今のボク技量をプラスすると耐えられないのか....う~ん....魔鉄金属コーティングでもしてみるかね?
「....お兄様? ひどいんじゃないかしら?」
「いやぁ....直すけど....強度がなぁ....ノワール用になんか良い素材ないかなぁ....」
魔神だから神鉄金属は持てない。鉄へ神力を当てた神聖な物だ。
かと言って魔鉄金属は鉄に魔力を当てただけの代物で、神鉄金属より強度が劣る。
黒曜石に精霊の力で作られた黒曜石鋼が割れるとなると....うぅむ。
白銀も、精霊金属も、木目模様鋼も一長一短あるしなぁ....そもそも黒曜石鋼の方が硬度と靭性は高い。
「とりあえず応急修理をして....」
《製作欲求》でササっと直しやっぱり悩む。
魔神足るノワール専用の武器素材。鉄にノワールの神力を注いでも作られるのはボクと同じ神鉄金属。
同じ魂を別つ存在だから当然なんだけど....天羽々斬がもう1本あれば....
「ってそうだよ! アイツの存在!」
「...そうね。持っているかもしれないわね」
「さすがノワール! そういうことだ!」
「ふふふ....妹想いなんだから♪」
「いや...家族想いにしておかない?」
「照れているのね? 可愛いわ。私」
「クッツクナー! ヤメロー!」
「利成? 見えたか?」
「いえ...目を治していただきましたが、追いきれませんでしたな」
「速いという概念を超越されているのかと」
「うむ。我は当の昔に耄碌した身じゃが....これがドラゴンの契約者なのじゃな....」
「何を言ってるんだ? カオルは魔法以外でドラゴンの力を使っていないぞ?」
「そうねぇ♪ カッコイイわぁ♪ カオルちゃん♪」
「....では、純粋な体捌きだと言うのか?」
「あそこの領域まで行くと同じ様に見えるかもしれないが、私程度でも――これくらいの速さは出せるものだ」
「....(ゴクリ)」
「『あの弟子にしてこの師匠あり』ですな....」
「はい....御庭番を預かる者として恥ずかしく思います...」
「まぁ修練次第だ。私もまだまだ成長途中だからな。カオルが居る頂は遠い。秘伝書を授かったのだろう? そっちは武術書を」
「「「ハッ!」」」
「カオルは私と違い論理的に物事を教えるのが上手いからな。よく読み、日々の稽古を続けるといいさ。ああ、保管には気を付けろよ? それと教える者も選べ。"何があるか"わからないからな」
「「「御意ッ!!」」」
「ふむ....さすがカオルの師匠じゃな」
「そうね♪ キリッとして驚いてしまったわ♪」
「...悔しいですけど私ではローゼに敵いませんから」
「光希が『悔しい』と思うなら成長できるって事だよ? ボクの場合は、ローゼの背中に早く追い着きたくて毎日必死でしがみ付いてただけだし」
「カオルきゅん!」
「ローゼ!」
「おねぇちゃんも~♪」
「では、ルルもです」
「グレーテルもー!」
「ふふふ...私もよ? お兄様♪」
なんか師匠が頼れる教師モードだったから抱き付いたらみんなくっついた!
家族だからいっか! とーう!




