第二百八十八話 天使の息抜き
日付も変わり6月の第三週火曜日。
悪事なのか善事なのかは見る者の立ち位置で変わるだろうが、【エルヴィント帝国】の北西に位置する【都市バーウィック】の騒乱は一応の治まりをみせた。
暗躍していた辺境伯のセルジル・ア・カーリンと長男は病死。
家令に従士と同様に突発的な不幸に見舞われ、次代の当主は次男のデルバリーが継ぐ事となる。
温室育ちの世辞に疎い16歳。寄り子の男爵家から嫁いだ第二婦人の息子だが、見た目が可愛く第一婦人も溺愛している。
それはもう実子の長男を蔑ろにするくらいの可愛がり様だ。
継母と実母が有能故に、悪巧みしていた当主や重臣が居なくなろうとも何も問題は無い。
むしろ諸手を上げて喜ぶ可能性すらある。
なにせ軟禁されていたから。
屋敷の離れに小さな家を建設し、そこで3人仲良く暮らしていた。
慎ましいながらも幸せな家庭。デルバリーは『目に入れても痛くない』と2人は豪語する。
デルバリーの身に一抹の不安は残るが....ガンバレ。
母親から受ける親愛は甘い。ボクもお母様が大好きだ。お父様も大好きだよ?
まぁ...近親婚も認められるこの世界だ。
帝国の法的にも大丈夫。
【都市バーウィック】の今後を頼んだぞ?
各ギルドへ魔法具も貸さないし、飛空艇の航路からも外す。
"今まで通り"ガンバレ。
恨むなら【ババル共和国】を恨むといいよ? あと、父親と腹違いの長男。寄り子の男爵家もだね。
さて、危険な魔導具は全て火事場泥棒ではなく鹵獲した。
暗示の魔導具とかやね?
あとは偽物の魔剣や聖剣もだ。
実戦にも使える装飾過多な儀礼用の剣らしいけど....雑な作りをしていてルル達守護勇士一同が大変ご立腹である。
纏めると『ふざけるな!』だそうです。気持ちはわかる。メリッサが打った剣と比べるのすらバカらしい。
【ババル共和国】産なんだってさ。コレを言葉巧みに魔導具を使い暗示で....騙されたんだろうねぇ....
病死したユーイコブ達の金策はコレだね。他の元老院議員を金で買収していた収入源だ。
詐欺としか思えない。そもそもナマクラ過ぎて下級の醜悪鬼相手でも斬れないし叩き潰すのも無理だろう。
折れるはず。ポッキリと。投擲して逃げる感じか? 魔剣や聖剣を投げていいのか?
どうでもいいか。高値で売り付けられた商人やら貴族は『良い勉強をした』と納得しなさい。見る目が無かった。不運だね。
帝都在住の元武閥法衣貴族を陥れる為に色々証拠も用意した。
ちょっと遊んでから帰国して、近衛騎士の気闘術を見たら追い詰めに行く予定だ。
なに、まだ日付が変わったばかり。
上級の地下迷宮があると聞けば行きたくもなる。
冒険者じゃないけど、鬱憤が溜まってる。
ストレスは身体の発育上よろしくない。
まぁ...アレだよ。
成長しないけど、暴れたいだけだよ!
もちろん、ルルとグレーテルとソフィアとフラウも一緒だ!
あ、マリアさんも視てます。
ボクの特製スフィアを通して、盗撮盗聴をなされております。
ええ、犯罪ですね? 向こうの世界では。
だけどボクは許可したので、ただの撮影係りです。法的に問題はありません。近親婚と同様です。
ノワールも許可しました。何をって?
それは――
「還りなさい!」
「ていやー!」
「オーッホッホッホッホ!!」
「....ふふ...良く斬れる」
上級の上と呼ばれる『パテーマの地下迷宮』。
別名"腐海"。や、"受難"。
死霊系の魔物や魔獣が多く出没し、どこから出てるかわからない薄霧が地下迷宮内を包み込む。
故に視界が悪く物音を立てずに近づいて来る悪霊、死霊、青死霊などが驚異的な強さを誇る。
が、ノワールが許可し《天使化》を使用して本来の天使の姿に戻った"守護勇士"改めボクの"守護天使"は、完全武装の《心を高く掲げよ》まで使って絶賛大暴れ中です。
いやぁ....早いねぇ....そして綺麗な翼だねぇ....
ルルは6対12枚の翼だし、グレーテルは3対6枚の翼で、ソフィアは5対10枚。何故かソフィアより階位のひとつ低いフラウも5対10枚の翼だったり...まぁどうでもいいか。
光輝く天使は美しい。そして攻略速度もおかしい。
つい先週ローゼ達と往復3日掛かって『クレイズルの地下迷宮』最下層50層の地下迷宮攻略をしたのに、1時間足らずで下層67階層に到達しました。
原因は彼女達の移動速度と、ボクの聖魔法。
《浄化》は一体ごとに使う必要があるから面倒臭い。
なので上位版。古式の広域魔法陣すら必要としない、広範囲の《魂の平安》で悪霊君達は掻き消える。
まぁ死して死霊、悪霊化した人達もこれで輪廻転生するだろう。
魔石が落ちれば天然の魔物やね。
という訳で、聖魔法行使時はノワールも影へ退避しそれ以外はみんなと『撃滅!』。
ハンナの口癖だねぇ....それにしてもフラウが物凄く楽しそうでなによりだ。
『肉的なナニカ』が腐肉ですまんね? 次に『オクルトゥスの地下迷宮』へ行くから我慢しておくれ?
外でエルザも待ってるし、今しばらくの辛抱だ。
そして....その獲物はボクのモノだ!!
「シッ!!」
全力全開で守護天使すら置き去りに、神速の一剣一刀の剣撃刀撃が巨躯を誇る死骨へ叩き込まれる。
相対する相手は腐敗竜。
斑に残る腐肉に竜皮。黄色い瞳も赤く染まり、元は属性竜の中級程度か?
骨肉のみだが体躯30mを越えている。
おそらく上級の『パテーマの地下迷宮』でここまで最深部に近づいた者は居なかったのだろう。
あらゆる文献を盗み見してるマリアがこっそり教えてくれた。
「グッゥゥゥ.....」
「生前に出会いたかったよ。でも、また戦ろう? 迷宮産のドラゴンよ」
明滅する赤い瞳が答えた気がする。
ボクは竜人だからね。同じ竜の想いはわかるさ。素材、ありがたく貰うよ? また産まれたら逢おう! そして素材をおくれ!
「お兄様はバカね?」
「なんだとぅ!?」
「生存本能しか持たない魔物よ? 気持ちが通じ合うはずなんて無いもの」
「ノワール。いや妹よ。こういうのは雰囲気が大事なんだよ?」
「ふふふ...必死で"また"釈明して...可愛いわ。私」
「むぅ!」
「マスターずるいです」
「グレーテルもー!」
「そうですわ! 竜種は歯応えがありますに! マスターばっかりずるいのですわ!」
「...フラウも斬りたかった」
「はいはい。次の地下迷宮をお楽しみにね? あと、竜種はやらぬ! ボクの獲物だー! 竜人だぞー!? ガオー!!」
「ふふふ...可愛いんだから」
「はい。マスターは可愛いです」
「優しいよー!」
「ミカエルジジィに爪の垢を煎じて飲ませて差し上げますわ! オーッホッホッホ!」
「次の地下迷宮.....楽しみ♪」
うむうむ! 皆楽しげで何よりじゃ! フラウの期待が凄いけど...ま、まぁ大丈夫かな?
で、最深部の80階層の迷宮主が....
「首無し騎士とも呼ばれる甲冑を纏った亡霊騎士」
「虐騎士よ」
「....70階層の階層主、腐敗竜の方が格上です」
「ムニャムニャ」
「マスター? 次ですわ」
「うん...次行く」
「あー...そうだね。《浄化》っと」
浄化の光りで消え行く虐騎士。
何も出来ずにさようなら。
迷宮核よ?
70層と80層のボスを入れ替えようね?
また遊びに来る事があるかもしれない。わかった? じゃないと壊すよ? いいね?
「さーて、色々ゲットしたし次だー!」
「「「「「はーい!」」」」」
「ふふふ...楽しそうね? お兄様」
「まぁね~♪ ほい、"帰還石"っと!」
バシュ~っとキッカリ5秒かけて『パテーマの地下迷宮』から脱出。
攻略所要時間、1時間半。過去最短記録にして、塗り替えられるのは全力のボクかノワールくらい。
まぁ宝箱はどっさりあったし、戦利品も多い。
微妙な物もあるけど....古代魔法文明の遺産だからね。そのうちなにかに使うさ。
ってことで――
「お待たせエルザ!」
「おう! 待ったぜ! マスター!」
『オクルトゥスの地下迷宮』の入り口。
洞窟の前でやる気を漲らせる女勇者風の完全武装姿のエルザ。
最近は女らしさを覚え、衣服で強調された胸も少しだけ恥じらいを見せる程度に落ち着き....
いやぁ...性欲の目覚めはまだまだだけど、可愛いモノや綺麗なモノは何度見てもいいね。
ローゼとか家族もそうだし、ルル達守護天使もまた...やっぱりみんな家族やね?
「そう思わない? ノワール」
「そうね。私はお兄様さえ一緒なら、それで満足よ?」
「そっか♪ でも、みんなで家族。ボクはそれが一番だよ」
「はい。ルルは悠久の時をマスターと共に過ごします」
「グレーテルもー!」
「ワタクシもですわ!」
「...フラウも」
「おう! 俺もだぜ!」
「マリアもです」
「うんうん! これからもよろしくね!」
「「「「「「はい! マイマスター!」」」」」」
「ふふふ...懐かれてるわね? 私」
「みんなで家族だからね♪ よーし! 行こうか!」
エルザを加えた7人と、常時展開中のスフィアに映るマリアの合計8人。
建国宣言前の竜王国は、警護団のルイーゼ達と人形。暗部の薊達も居るから心配無用。
マリアが結界を張ってるしね。守護竜4頭も居る。
ローゼ達は安心して眠っている。【ヤマヌイ国】の姫君、光希と【エルヴィント帝国】の皇女フロリアが、なにやら不穏な空気で見詰め合っていたらしい。
大方ボクへの恋慕が関係しているだろう。そんな事は些事なので投げ捨てて、今を楽しもう!
守護天使が活き活きとしてるからね! ボクもノワールも楽しいのだ!
しかし、ノワールの戦い方は残忍だねぇ...
《常闇触手》で捕まえて心臓を黒刀、濡れ鴉で一突きか。
打刀じゃなくて、薊達みたいな直刀にすればよかったかな? まぁ本人がそうして欲しいならお願いしてくるか。
ルルの剣撃もかなり素晴らしい。
例えるならローゼをより洗練させた動きとでも表せばいいかな?
淀みない動きで最小限の力を使い聖剣カリバーンで急所を切断。
型通りの動きは付け焼刃のボクと真逆だね。
そんなルルの配下だったグレーテルも同様。
小柄な身体に似合わず等身大の聖剣アスカロンを縦横無尽に奔らせる。まるで手足の様。
同じ大剣使いのエリーが好敵手に選ぶ訳だ。戦闘方法がまったく同じだよ。
ソフィアは『華麗』の一言かな?
突きに特化した聖槍ガエボルグ。泉流槍術なんて目じゃないくらいの流麗な動き。
総合的に階位が上のルルに敵わないけど、速さは一番かも?
ボクとノワールは例外として。
フラウは『微笑』か。
口元に薄っすらと笑みを浮かべて、巨大な死神の大鎌で獲物を刈り取る。
例のごとく20階層に居た階層主の牛頭鬼。
天駆けるフラウの手により天井近くまで死神の大鎌の刃で首を引き摺られて両断された。
正直、カッコ良かったね!
長い銀髪を靡かせて、蒼いコルセットドレス姿の冷酷なエロスが血の滴る死神の大鎌を抱えてるんだもの。
あ、ミノ君――牛頭鬼――は《魔法箱》へ仕舞いました。
最後にエルザ。
いやぁ....女勇者だ。
黄金色の剣身を持つ雷剣カラドボルグと左手に騎士盾。
白い騎士服に篭手と腰当と脛当を張り付けて、疾駆する姿は....もしかしたら雷の勇者ラエドを擬えているのかもしれない。
頼れる背中だよ。今は亡き勇者ラエド。
エルザが居る限り、ラエドの軌跡はけして消えない。
輪廻転生の輪の中で、もう再誕しているかもしれないね?
当時のキミに出会えないけど、今世や来世のキミと出会えるはずだ。
その"いつか"を楽しみにしていよう。
ボクは長い時を生きるのだから。
「っていうか、エルザ! 暴食人鬼の皮はなめして使うんだからボロボロにするな!」
「ああ!? 俺はコイツが一番憎いんだよ!! 知ってっか!? ラエドが倒した魔王はな! 暴食人王鬼なんだぜ!」
「「....」」
はい? 暴食人王鬼? 魔王が?
遥かな昔【カムーン王国】に現れた魔王は悪魔族――突然変異の人間。魔族なんて"この世界"に居ない――と呼ばれ名をロドス。
ちなみにエリーシャの先祖を救い、ロドスを即殺したのはウェヌスだ。
真実の鏡を設置し、後世で魔剣ソウルイーターを封印したのも。
で、暴食人鬼の王が魔王だと?
「どう思う? ノワール」
「弱かったんじゃないかしら?」
「"どっち"が?」
「"どっちも"よ?」
「ふむ....」
「お、オイ! やめろよ! ラエドは必死で――」
「いや、貶したり蔑む意味じゃなくて、昔の魔物って今と比べて弱かったんだな、と」
「そうね..."どちらも発達した"という事かしら?」
「なんだそういう意味か。驚かせるなよ!」
「ああ、ごめん。エルザの背中を見てラエドが尊敬できる人物だってわかるから、そんな心配は必要無いよ」
「お、俺の背中を見てたのか!?」
「うん。カッコ良かったよ? 勇者っぽくて頼れる感じ?」
「そ、そうか...お、俺を『頼れる』のか...ま、マスターは....」
ふむ。女子の様に頬を染めおってからに...全身返り血で真っ赤だけどね! 全員赤黒いけどね!
「お兄様? 勘違いしているみたいよ?」
「別に良いんじゃない? みんな頼れる存在だし。
フラウも牛頭鬼を倒した時カッコ良かったし、ルルとグレーテルは洗練された動きがかなり心に響いた。
ソフィアは速いね。刺突の瞬間、目がキリッってなるのが中々....ノワールは言うまでも無いね。ボクの半身だもの」
「ま、マスター...」
「ムニャ」
「オーッホッホッホ! とーぜんですわ!」
「...ふふ...嬉しい」
「あら? マスター? 誰か忘れていませんか?」
「マリアは可愛いからそのままでいいの。それにマリアが戦う時はゼウスを降ろす時だ。それまでボクを視ていて。至らないところがあるなら指摘してほしい」
「はい。マスターからの願いをマリアは承諾いたしました」
「うんうん♪ よろしくね♪」
「回っているわね? は・ぐ・る・ま♪」
「そうだね」
「否定しないのね?」
「彼女達はボクの家族だからね。どんな形の未来があるのか、ボクはアポロンの予言を使わないで受け入れるよ」
「そう....お兄様?」
「うん?」
「ずっとノワールは傍に居るわ」
「そうだね。ボクの愛する半身」
「ふふふ....素敵よ? お兄様」
「ありがとう。さーて、まだ46階層だ! パパッと攻略して帰ろう!」
「「「「「「お任せ下さい! マイマスター!」」」」」」
いやぁ....大収穫だね!
鉄――錆びてるので鋳潰します――もいっぱい獲れたし、魔導具も沢山だ!
櫛を通すと髪が綺麗になる魔導具は――《浄化》に良く似た魔術文字が刻まれてるね。
でもノワールも使えるから、やっぱりちょっと違うか。
《火の魔法剣》を刻まれた魔宝石付きの魔剣モドキは...使用回数が限られてるね。
内包する魔力を使い果たす砕けるのか。命を預ける武器なのに。使用者を置き去りとかどういう事?
"こんな代物を家族に持たせられない"ね。
もっと良い物を作ろう。エリーが猛省して座学を勉強し終えたらだけど。
魔闘技術はもうしばらく先かなぁ....まぁ猶予はあるしまだ平気か。
帰ったら記念に何か作って贈ろう。ルル達守護勇士の一同に。
もちろんボクとノワールにもね。
「ほほぅ? 心配はしていなかったが、ルル達と地下迷宮攻略か?」
「しかも一晩で2つも!?」
「おねぇちゃんは寂しいわぁ...」
「カオル様? ご説明を」
「ご、ご主人様!! 私は心配してました!!」
「アイナも!!」
日の出と共に帰国したボク達を迎えてくれたローゼ達。
どうやら不満があるようで....
「う~ん...職務に忠実なルル達は、息抜きが必要だと思う。お休みだってあまり無かったし、ボクに隠れて"日光浴"をしていた人に注意される謂れは無いはずだ」
「....確かに」
「うっ....」
「お、おねぇちゃんは何の事だかわからないわぁ...」
「.....」
「わ、私は侍女としてメイドの仕事を....」
「アイナも!」
「ふむ....じゃぁフランとアイナにお休みをあげよう。これからアーシェラ達と帝都へ行くから、"刺激的なデート"でもしようか?」
「ほ、本当ですか!?」
「行く!」
「なんだと!?」
「ちょ、ちょっと! ズルイわよ!」
「おねぇちゃんも行きたーい!」
「私もです!」
「"日光浴"」
「「「「ウッ...」」」」
まったく...地下迷宮ならこの前一緒に行ったくせに....
「と言う訳で、フランとアイナは着替えて準備。ボクはその間にルルと近衛騎士達を見てくるよ。護衛は当然ノワールと――」
「アレやんだろ? だったら、今度は着いてくからな?」
「そうだね。じゃぁエルザ。ルル達は休むなりルイーゼ達の相手をするなり自由にしてていいよ? でも、何かあったら――」
「お任せ下さい。マイマスター」
「グレーテルもー!」
「ですわ!」
「...任せて」
頼もしいねぇ...守護勇士達は。
「ローゼ? エリー?」
「なんだ?」
「なによ」
「メイド服、とっても可愛いよ♪」
「「バッ!?」」
「あはは♪ それじゃ、行ってきます♪」




