第二百八十六話 まさかの?
近衛騎士達に無拍子打ちを会得させ、基礎体術も教えた。
夜明け前からの修練なので、食事がてら休憩も挟みなんとか彼等はしがみ付いてる。
何度か宿舎――近衛騎士の宿泊施設に新設した――の温泉へ入れさせ疲労回復。
それでもまだお昼過ぎ。
仕事を頼んだ守護勇士の面々も戻って来たから報告させつつルルとソフィアに老師役を押し付ける。
ソフィアには、『昨日と同じ事をしたら....わかっているな?』と脅す事を忘れてはいけない。
『でででで、ですわ!』と物凄くうろたえていた。『捨てられる!?』的に受け取ったみたい。可愛いヤツめ!
まぁアルバート達は自分の間合いを完全に把握させ、体捌きと技を磨けば武術大会で高順位を獲れるはずだ。
冒険者も第2級までしか出場資格はない。アポロンの予言と観測役のマリアも同意見。
剣術はわからないけど、槍術ならコンラウスも10位以内は確実。
という訳で彼等は心配無い。ボクは次の行動を起こす。
まずはルルとソフィアが調べたドワーフ三姉妹の件。
彼女達を買おうとしていたブリュノ・セイ・オーブリー子爵。
あの時、土竜が彼女達をココへ連れて来なかったらたぶん殺されてた。
ボクも中から見てたけどね。奴隷市場の様子は。
そして、彼女達が人間だと偽られていた原因。
亡き父親が高名な彫金師で、"とある物"を所持していた可能性があったから。
たぶん、メリッサは気付いたんだと思う。だから勧誘に熱心だった。そして彼女達も『メリッサなら』と受け入れた。
メリッサは人柄も腕も良いからね。それにこの地に居る限り彼女達が危険に晒される事は無い。ボクが護る。
さて、ブリュノ子爵は小者だ。いや子飼いと呼ぶべきかな? この場合は。
裏で糸を引いているヤツが居る。
セルジル・ア・カーリン辺境伯。
ボクの領地の遥か北方で周囲の領地持ち貴族を纏めてるヤツだね。
やっぱり腐っていたか。マリアから聞いて知ってたけど。
【ババル共和国】の元老院議員と内通して、相当色々やってるみたい。
禁輸品の密輸入出は当たり前。領民のやり取り――人身売買――も当然。罪状をあげたらきりがない。
そして、今まさに彼の地へ帝都ギルド本部所属の冒険者が集まってる。
大手クラン"蒼き流星"と"蒼き虚空"。
準1級冒険者合わせて7名。総数は100人を越える。
エドアルドが『地下迷宮に遠征へ』なんて嘘だった。
もちろん私兵も沢山居る。周辺諸侯の寄り親、辺境伯だからね。
ヤツが治める【都市バーウィック】は人口凡そ10万。
帝都の5分の1。【オナイユの街】の3倍以上。
毎月行方不明者が数名出てもわからないだろう。
ふむ.....どうやって――の前に聞いてみるか。
「授業中にごめんね? アーニャ」
「「「「か、カオル様!?」」」」
おや光希達も一緒だったか...って教師に雇ってたんだった。
働かざる者食うべからずなのだ!
「ちょっと、アトラとアダラとアンゲイアに話しがあるんだ。借りてってもいい?」
「あの...どちらへ?」
「隣の教室で。すぐに話しは終わるよ」
「...わかりました」
「ありがと。って訳で3人共ちょっと来てくれるかな?」
「「「はいっ!!」」」
元気がいいねぇ...あまり学校に近づきたくなかったんだけど....
嫁に出すつもりが嫁に来るつもりだからね...
何を言っているかわからないかもしれないが、そういう事だ!
引き戸をガラガラっと開けてお隣で話し合い。
ドワーフ三姉妹は目を輝かせているところ申し訳ないけど、ちょっと辛い話しをするのだよ。
「単刀直入に聞くね? 3人のお父様、アウルヴァングルさんは著名な彫金師だった?」
「お父さんは確かに彫金仕事をしてました」
「でも、著名...そこまで有名だったかどうかは...」
「細工は綺麗でした。私達の自慢のお父さんです」
ふむ...家族だから知らないのかな?
実際、【ババル共和国】の田舎【エイム村】で、ひっそりと暮らしていたのが彼女達一家だ。
税金が払えなくて家族に売られた犬人族のイレイミーもそうだけど。
「辛い事を聞くね? ご両親は病気で亡くなったんだよね?」
「...はい。流行り病だと治癒術師様が」
「日に日に手足の先から血が――」
「そっか! ありがとう話してくれて。最後にひとつだけいいかな?」
「はい」
ごめんね。でも、ご両親の死因が判明したよ。
「"宝器槌"って聞いた事ある?」
「「「宝器槌?」」」
「うん。槌の形をしてると思うんだけど....」
「槌...」
「あ、お爺ちゃんが作ってくれた木の玩具?」
「でもただの木槌だよ?」
「お父さんは大事にしてたから...」
「毎日祈ってたね...」
「うん...懐かしいね...」
「そうだね...でも、アレは玩具だよ?」
「そうだけど...」
「お父さんが呑み過ぎた日とか、アダラお姉ちゃんが放り投げて――」
「な、なんで今言うの!? カオル様の前で!!」
「アンはお父さんの鏨を壊して――」
「アトラお姉ちゃん!?」
「誰だったかなぁ...『寒いー』とか言ってお湯を桶に溜めて全裸で――」
「アダラ!?」
仲良しだねー.....そして玩具の木槌かぁ....
どういう経路を辿って"宝器槌"なんて名前が付いたんだか。
大方どこぞの貴族やら商人やらが面白おかしく脚色して話した結果、セルジル辺境伯の耳に届いたんでしょ?
で、使いを出したけどアウルヴァングル夫妻はそんな名前の物を知らなかった。
【ババル共和国】でアウルヴァングルさんの細工した金属工芸品は重宝されていた。一部の貴族の間で著名人だった訳だ。遠く【カムーン王国】のメリッサが知るくらいに。
交渉に難色を示したと勘違いして、『だったら殺して手に入れよう』と考え暗殺者を雇い毒殺した。じっくりと時間を掛けて水銀中毒にして。
『日に日に手足の先から血が』出た。匙状爪でしょ? 中毒症状だよ。目にも斑点とか白濁があったはずだ。
そしてアウルヴァングル夫妻は死に、アトラ達は身寄りも無く奴隷商に売られた。
家捜しても目的の代物は見付からず、唯一の手掛かり。行方知れずになったアトラ達を慌てて探した結果、帝都の奴隷市にそれらしき子供を見つけたのが寄り子で子飼いのブリュノ子爵。
アトラ達は人間と勘違いされていたからね。ドワーフの娘を探していたセルジル辺境伯に見付からなかったのもそれが理由だろう。
彼女達がココに来てから1ヶ月くらいだ。当時アウルヴァングル夫妻を診察した治癒術師も誰だかわかるはず。
腐ってるなぁ...【ババル共和国】周辺は。一瞬で消すか? 異界の神なりの力で。
「お兄様? それは、ダ・メ・よ?」
「「「ひっ!?」」」
ま~たニョッキリ来たかぁ...ノワール。
驚くから止めなさい。それと自然にヒッツクナー!
「"そういう事"は怨念にやらせてあげなさい?」
「はぁ...そうだね。他にも大勢居そうだし」
「そうよ? わかればいいのよ? お兄様」
兄想いの妹め。ありがとう。魂が穢れ始めていたよ。
「...あの....カオル様?」
「うん?」
「そちらの女性は....」
「顔が似てるので....」
「私はノワールよ? アナタ達は触れた事があるでしょう? 私の身体に」
「「「ふぇ!?」」」
「はいはい。からかわないの」
「ふふふ...お兄様ったら...ヤキモチね?」
「ソウダネー」
「照れてるのね? 可愛いわ。私」
「照れてないやい! ハナレロー!」
妹か姉かどっちかにしろー! 両方とかズルイぞー!
「ノワール...」
「黒豹の!?」
「嘘!?」
みんな同じ反応するねぇ....
そりゃ驚くか。元は液状生命体だし。今や黒豹じゃなくて白狼だし。
だから、しな垂れ掛かるなー! 胸を押し付けるなー! ヤメロー!
「ふふふ....またよ? お兄様」
「マタネー」
「地面に消えた....」
「すごい....」
「ちょっと可愛かったのが憎い...」
「胸の方が....」
「巨乳....憎い....」
「そういえば...エリー様とフランチェスカ様の胸が大きく?」
「...好きな人に揉んで貰うと大きくなると聞いた事が」
「つまり、カオル様が?」
な、なんだ!? 揉んだ事はあるけど、成長したのは身柱を魔力込めからの突きで...
期待した目で見るなー! 目が、目がー!
「アーニャー!?」
「お呼びですか! カオル様!」
飛んできてくれるなんて素敵!
車椅子じゃないとまだ辛いはずなのに!
「話しは終わったよ。ありがとうね? 3人共」
「「「.....」」」
「戻りましょうね? アトラ! アダラ! アンゲイア!」
「「「はい...」」」
おぉぅ...カッコイイ教師だ....やるなアーニャ。
ちょっとトキメイタヨ?
ふむ。帝都に居る法衣貴族のブリュノ子爵はアルバート達の礎決定として、セルジル辺境伯周辺をどうしてやろうかね?
ノワールパワー――《常闇触手》――を使うと【イシュタル王国】並の大惨事だからなぁ....
アーシェラ任命の特務執政官は無理だ。辺境伯の地位はかなり高い。同じ伯爵のボクより断然ね。まぁ来週建国するからボクは国王だけど。
そうなると....剣騎の出番なんだよねぇ....【カムーン王国】と同じく、貴族に対し物申す事が出来る存在。
しかもグローリエルなんかは選帝侯の御四家、フェルト公爵家の現当主だ。次期皇帝は彼女か、アラン財務卿の娘クロエ・レ・デュル宮廷魔術師。アーシェラは数十年死なないと思うから孫の代だろう。
だがここで問題が。
頼れる剣騎グローリエル・ラ・フェルト公爵は、ボクに嫁ぐ気でいます。婚儀を賭けた決闘で負けたにも関わらず、です。
ここでボクが『ちょっと辺境伯張り倒すから手伝ってくれる?』なんて言おうものなら『お返しは身体だろ?』みたいな返答が確実なのだ。
未来はそうなる可能性があるけど、今は慎重に動かないと不味い。建国宣言前だからね。
【カムーン王国】の第2王女エメ・ア・カムーンとの婚約を秘密にしているのはそういった理由があるからだ。
ボクは帝国の版図を切り取る。故に帝国の要人と婚約していない。アホ貴族に付け入る隙を与えない為だね。
アホでバカでマヌケな無能者は口達者だったりする。元武閥の法衣貴族とか。アルバート達が苦労している原因。
う~ん....どうしようかねぇ....
「なぁマスター? 俺を連れてってくれよ」
ボクが命じた仕事を終え戻ったエルザ。
ここはマリアの部屋こと、王宮の"特秘ルーム"。
壁一面にウィンドウが沢山表示されて、要所を表示し調査中。
エルザの発言に首を振るマリアは、ボクと同じ考えか。
「連れて行きたいけど、今回はダメ」
「なんでだよ!! ちゃんと調べてきただろう!?」
「うん。エルザは仕事をこなした。だから貴重な情報をボクは得る事ができた。でも――」
「雷の勇者ラエドの石像を破壊し、『過去の偉人に縋り付くな人民達よ』と声高に叫んだ者は元老院議員のユーイコブです」
「ムニャ...そのユーイコブとセルジルが繋がってるんだよ~?」
「わぁってるよ! だから俺が!」
「『ぶった斬ってやる』って? それはダメ。ボクは"そんなヤツのせいで"エルザの剣を穢したくない」
「俺は魔剣だぜ? とっくの昔に――」
「ラエドは『誰も殺せない優しいヤツだった』。エルザが自分で口にした言葉だ。忘れたなんて言わせないよ?」
悔しそうに唇を噛み拳を握るエルザ。
彼女がどれほどラエドを想い力を貸していたのか。ボクは"読んで"知ってる。
だから行かせてはいけない。間違い無くエルザが壊れるから。
「ここで視ている事は許可しよう。エルザの想いはノワールが叶える」
「ええ。任せなさい? 相当怨念も溜まっているでしょうね?」
「うん。"あの魔導具"を使い人々を騙し欺き扇動したんだから」
「同じ物が【カムーン王国】でも使われています」
「歌姫だね」
ボクは知らない人物。セシリア達から聞いた事のある存在。
首に下げた魔導具は、古の魔法《魅了》とよく似た魔術文字が刻まれた聖遺物。
"暗示の魔導具"。
発動させて話せば、聞く者の心へ無意識のうちに"ある観念"を与えるような刺激を植え付ける。
さぞ心地良く聞こえるだろうね? どんな思想であろうとも。
歌姫は歌に想いを乗せてるんだろう。今の所『害がある』とは思えないけど。
「だけどよ...酷過ぎるだろう!? ラエドは国の為に魔王を倒した優しいヤツだったんだぜ!? 仲間だってラエドを庇って死んだんだ!!
だからラエドは必死になって戦争を止めて....あんまりじゃねぇか....」
「そうだね。ボクもそう思う。過去の栄光と決別し、発言力を得る為に勇者の像を壊したユーイコブ。人気取りに使った訳だ」
「最低の人間ね」
「クソッ!!」
だから腐ってるんだよ。そして取り巻きも腐ってる。【ババル共和国】から帰還中のフラウが通信用魔導具で情報を送って来てボク達は知った。
小国や部落の集合体。それが【ババル共和国】。国民から代表が選ばれ政治を行なう。その為にサポート役の元老院がある。
なのに、定期的に元首が交代するから元老院の方が発言力が大きい。先の戦争で元老院の下僕だった将軍ジョゼフが良い例だ。
開戦の合図も名乗りもせずに【エルヴィント帝国】へ攻撃したんだから。そして返り討ちにしたのがボクと家族達。
衆愚政治以外の何物でもない。将軍代理のユーグは善い人だったんだけどね。あの人が元首に成ればいいのに。もちろん元老院を解体してから。
いや、共和国である必要は無いんだ。帝国領に....そういう訳にいかないか。血で血を洗う戦争になるだけだ。
はぁ....今週はずっと暗躍し続けるみたいだねぇ....【ヤマヌイ国】の件もあるし。
古代魔法文明時代から脈々と受け継がれる悪意の傍流、異端者か。
ボクの方こそ、この世界の異端者じゃないかな?
なんて――思わないよ、ノワール。
「ふふふ...お兄様ったら、私をからかったのかしら?」
「そんなつもりはないよ。ボクの半身」
「そう...私の半身」
「オイ!! マスター!? 俺をからか――」
「エルザの想いはボクが持って行く。だからココで視てればいいんだよ」
「そうね。カオルとしての私に任せなさい」
「なんだよ....2人して....急に抱き付くんじゃねぇよ.....慰めるなよ....う...うぅ..うぅぅぅぅ......」
いくらでも泣けばいいよ。ボクとノワールで受け止めてあげるから。
エルザも大切な家族なんだよ? マリアもグレーテルも想いは同じ。
みんな一緒なんだから甘えなさい。支えてあげるからね?
「そうか。行くのか」
「うん。行って来る」
フラウも戻り、守護勇士は全員帰還。ルルとソフィアも近衛騎士の修練を終え、彼等は宿舎でお休み中。
明日の朝もう一度『気闘術の流れを読めば問題無いはずです』とルルから合格の言葉も出た。
まぁ、ヒャッハー状態の剣騎セストとレイチェルには及ばないものの、対人の武術大会なら軽く上位に入れるはずだ。
それで、ボクはこれからセルジル辺境伯領で暗躍する事を打ち明けた。
もちろんローゼ達だけじゃなく、フランやアイナにも。
フランは震えてたけど、オレリーお義母様は流石迎賓館で永年侍女長を勤めただけあり眉一つ動かさない。
直接的じゃなくても多くの人を殺しに行く。
どんな言葉で着飾り取り繕ったとしても、その事実は変わらない。
けれど、死者の怨念を叶える為でもある。
今すぐ誰かがやらなければ不幸な想いをする人は増えて行く。
まして、【都市バーウィック】は多くの冒険者や傭兵、私兵を集め蜂起しようと目論んでいるのだから。
理由はボクのせいなんだけどね。
欲しいんだよ。ボクが持つ全てを。
魔科学の産物に高貴な身分の女性達。
彼の地は【ババル共和国】に近いから、若樹珠系の魔法具を一切置いていない。腐ってるって知っていたから尚更にね。
そして【エルフの里】の王女なんて、攫っただけでどれほどの恩恵を得られるか計り知れない。
ゼウスと同じだ。未知なる存在。
セルジルはエルミアを欲した。容姿も綺麗で【エルフの里】から産出されるエルフ作の調度品は独特の風合いを持ち、貴族の間で評判らしい。
【カムーン王国】や【エルヴィント帝国】両方でね。
神秘の国。【エルフの里】はそんな呼ばれ方をしているそうだよ。
「カオル様...私の為に....」
「エルミアの為だけじゃない。エルザの為でもあるし、みんなの為でもある。あの子達にとっては仇討ちだ」
「その...私も一緒に――」
「ダメだよ。今回は隠密行動に長けた者だけで行く必要があるから。エリーは戦い方も目立つし、他の準1級冒険者に顔を見られると不味い。
その為にボクは"この身体"と"仮面"を着けて行くんだから」
『蜃気楼の丸薬』で青年カルロの姿へ。仮面は魔法具で適当に作った。身に着ければ顎と口元以外は隠れてしまう。
髪は丸見えだけど纏めて縛ったから平気だろう。フード付きのコートも羽織る。なにより....暗闇に隠れるなら漆黒髪は丁度良いからね。
いつかのローゼの言葉通りだ。ボクは暗殺者に向いている。
「ご、ご主人様!」
「ん!」
「ごめんね? 未来の夫がこんな男で。けれどボクとマリアの予想だと――」
「武術大会中に攻めて来るじゃろうな」
良く見える目と良く聞こえる耳を持つアーシェラ。
こっそり帝都の警戒レベルを3割増しにしていたり、選帝侯同士で領地から迎撃要員を準備していたり....
抜け目の無い女狐だよね? だから元武閥の法衣貴族は"どうとでもできる"。
『内通していた!?』『まさか帝都から援助を!?』『とうとう元武閥の飼い犬達も我慢が...』なんてね?
でっち上げる訳だ。これ幸いとばかりに難癖付けて、鬱陶しい法衣貴族を強制排除。
爵位が高ければ高いほど罪を重くし、当主は斬首か病死。貴族家は改易か降爵? 降格か? 有能な人材なら温情を持って酷使と言う名の飼い殺しかな?
もちろん全て内密に処理される。
他国の賓客を招いて武術大会を盛大に行なうんだ。
帝国の弱味と成り得る事は秘密裏に闇の中へ。
だからたった20名の近衛騎士を連れてボクの下へやって来た。
「お母様!?」
「リア? これがカオルの道よ。帝国の領土を切り取り、カオルは国を興すの。当然快く思わない人は居るわ。
今回は少し事情が違うのだけれどね? でも....これだけで済まないのも事実よ」
「【ババル共和国】は封殺する。魔法具も一切貸与しない。"飛空艇"の航行先からも外す。半年もしない内に国民は移民を始めるだろうね。
事実上の崩壊だ。元々小国や部落の集まりだし問題は無い。
"文明退化"。"文明留滞"。この世界で民主制はまだ早かったんだよ。実際、封建制の国家が一番安定している。例外もあるけど」
「【イシュタル王国】じゃの」
「うん。暴君のせいで20万人もの命が失われた。彼の国は、ただでさえ砂漠地帯で首都以外に住める場所は無いのにね。
田畑が無いから地下迷宮に依存している。でも繁栄出来ていた。そのままでいいんだよ。【聖騎士教会】の援助もあるんだから」
「....はい。必要最低限ですけれど、教会から定期的に物資を輸送しています。これからも変わらないでしょう」
聖職者として言いたい事はあるはず。
人が死ぬんだ。掲げる教義に反する行為。
ファノメネルの本音は『和睦できるものなら...』ってところかな。
それは無理な相談。遥か北方とはいえ、セルジルはボクの領土に侵入しようと画策してる。
当然未然に防ぐのが領主としての勤め。一歩も立ち入れるつもりは無い。
建国宣言と同時に帝領と王領は壁で区切り別ける。
竜王国も選定するんだよ。王国民も、国土に立ち入れる者も。
フフフ...ボクの愛する人が住む場所だ。心善い人しか住めないし入れない。
この世のゴミ共をぶち殺し、ボクの楽園を創り上げる。
ハハハ...楽しい毎日を暮らすんだ。大切で大事な宝物を愛でて...
だから殺そう。濁った目をしたゴミクズは生きる価値などありはしな――
「お兄様!!」
「痛ぇな...ころす――ぞ.......え?」
「ダメよ? お兄様。"こちら側"へ来てはいけないの」
「....ボクは今...何を」
「いいえ。悪いのは私なの。お兄様は何も悪くないわ」
「ノワール?」
なんだ? ボクは、"なんで引き摺られた"?
「ごめんなさい。私が我が侭だったの」
「ノワールの我が侭?」
「ええ。私は....ノワールは、楔を打つ事が怖かったのよ?」
「なんで? 必要な事なんだよ?」
「わかっているわ。けれどね? 怖いの。どうしようもないほどに怖くて仕方がないのよ? お兄様」
わからない。魔神の力を暴走させない為の楔を、なぜノワールが恐れる必要があるのか。
ずっとアイナから女神アルテミスの力を吸わなかったのは怖かったから?
そんな心配はいらないはずだ。現に今まで普通に接していたじゃないか。
「そうよ? 私は普通に接して"触れていた"。そうする事で正気を保てたの。だから、お兄様が引き摺られたのは私のせいなのよ」
「なんでそんな事を?」
「今の私はゼウスにとって未知の存在よ。魔神だもの」
「そうだね。筋書きから外れた存在だ」
「そこに女神の力を取り込めば....どうなるかわかるかしら?」
「ん? 引き摺られずに定着するだろうね。ある意味聖魔混合じゃない? 魔剣ソウルイーターとは違った意味だけど」
アヤツは二面性があったダメな子だからね。永遠に死蔵&封印中だ。
「そうね。女神の残滓に魔神の力。太陽神アポロンの"予言"では、どうでるのかしらね?」
「....エッ!? 嘘だ!?」
「本当よ? 私はカオルでカオルは私。同じ予言に辿り着いたみたいね?」
液状生命体でしょ!? 白狼でしょ!? そんな事ありえるの!?
「ふふふ....ありえるわよ? お兄様♪」
「イヤイヤイヤイヤ!! 声弾ませないでよ!? エッ...そうなの!?」
「ええ♪ きっとそうなるわ♪」
「ヒッツクナー!」
「....カオル? どういうことだ?」
「説明しなさいよね! 心配するでしょ!!」
「カオルちゃん? 何を隠しているのかしらぁ~?」
「カオル様? 何故視線を逸らすのですか?」
「ご主人様!! フランチェスカはご主人様の婚約者でメイドです!! ちょっと怖かったですけど...ご主人様の帰りを待つ妻ですから!! なんでも言って下さい!」
「むぅ!! アイナも!! ご主人大好き!!」
「ありゃまぁ....フランも言うようになったもんだねぇ....母親として嬉しいよぉ...」
「おかーさん!」
「....魔神? 女神? 太陽神アポロン? ゼウス? 魔剣ソウルイーター?」
「お母様....」
なんだこの状況は。そしてつい口走ったけど、アーシェラとリアに聞かれた!?
ファノメネルは遠くへ行ってしまった。物理的にも精神的にも。逃げたな!?
「あー....つまり、ボクの暴言はノワールが原因で、そのノワールはアイナから力を吸うと"ボクを好き過ぎて"――」
「カオルの子供が産めるのよ♪」
「「「「「「「エェェェェ!?」」」」」」」




