第二百七十九話 勇往邁進
さて、強引にエリーを"準1級冒険者"のランクアップ試験に捻じ込んだ。
筆記試験が無くてよかったよ。エリーはその辺に疎いからね。あとで座学を教えよう。
帝都冒険者ギルドに併設された訓練場。そこにボクとエリー。先日エリーに敗れた準1級冒険者のロイク。
大柄なドワーフの男性ジェルマンも準1級冒険者だ。
遠巻きに冒険者や帝国民の観衆も居るし、近衛騎士達にも観照させてる。見るだけでも彼等の勉強にもなるからね。
そして、アーシェラとアルバート、パトリスの3人は2階の窓から覗いてる。ローゼ達家族も。
ついでに護衛はルルを呼んだ。何も起きないけど家族は心配だ。『過保護だぞ?』ってローゼに注意されたけど、心配なものは心配だ。
ルルも実質2日振りくらい? に、会えて嬉しそうだったし。
《転送》で突然現れてアーシェラ達が慌てた一幕もあったり。
まぁその辺はどうでもいいね。冒険者の彼等彼女等に危機感と意欲を持って貰おう。志しを高く持つのは良い事だ。
「さて、突然の召集で驚いたかもしれないけど、ボクは臨時の冒険者指導教官だ。アーシェラ様とエドアルドに頼まれてね?
『我が帝国は繁栄し続けねばならぬ!』アーシェラ様はそう言っていたよ?」
「ええ。皇帝陛下直々のお言葉です」
うんうん。合わせてくれて助かるよ。エドアルド。
さっきまで気絶したりうろたえていたのが嘘みたいだ。
敬称は付けないけどね! 減滅したんじゃよ...
「冒険者は本来国に属し仕える者じゃない。だけど強い冒険者を多く抱える事でその地の冒険者ギルドは大きな利益を得る事ができる。
もちろん冒険者本人にとっても利益があるよね? 上級と呼ばれる準1級冒険者の2人は特に理解しているはずだ。
なにせ、無料で住居を斡旋されてる。生きる上で必要不可欠な、衣食住の内ひとつを提供されてるんだから誰もが憧れるだろう。
地位と名声だね? でも、それだけ頼りにされてる証でもある。難易度の高いクエストを請けたり命の危険と常に隣合わせの人生だ。
それは自分が選び望んだ道。だから必死でクエストをこなす。仲間に頼り頼られより多くの素材を持ち返る義務がある。冒険者ですらないボクが言うのもおかしな話しだけどね」
「いえ、それが冒険者ですから。カオルさんは正しい事を述べていますよ」
「ああ....俺が必死で縋り付いてる地位だ。仲間も協力してくれてるからな。でなきゃ俺みたいなヤツが準1級冒険者なんて成れねぇだろうよ」
ふむふむ。ジェルマンは己をわかっておるのぅ。実に良い。
しかしロイクよ....エリーを見て怯えるな....ボクの大事な婚約者なのだよ?
「それでよ? ああ、口が悪いのは勘弁してくれ。俺はそういう形式ばった事が苦手でよ。俺達を招集した理由はなんだ?」
「うん。ボクも言葉使いは気にしないから普段通りでいいよ。というか、ボクも普通に話すから。ジェルマンとロイクを呼んだ理由は"自分達がどれだけ強い"か再確認してもらう為だよ。
ついでにボクのエリーが"どれだけ強いか"見てもらう。ランクアップ試験も兼ねてるんだ。今のエリーは準2級冒険者。だけど――」
「一昨日私が負けましたからね...エリーさんに....」
やっと口を開いたかロイクよ。
お前は弱過ぎなのだよ。
「間違いありません。私が立会いました」
「そうだね。ボクも見ていた。ロイクは慢心していたかもしれない。なにせエリーは2ランクも格下の相手だから。本来の実力を出す事も出来ず一撃で伸された」
「いえアレは....」
本気だったんだよね? わかるよそれくらい。
そして速さに付いて行けずに倒された。
木剣じゃなかったら死んでいた。だから恐れ寝込んだ。
「俺も聞いてるけどよ....マジだったか....こう言っちゃなんだが、ロイクは強いと思ってたんだがな....」
「私も自信はあったんですけどね....粉々に砕かれましたよ....」
「だろうね。だから今日召集した。多くの仲間が見てる。2人を尊敬してる者も居る。無様な醜態を晒せない状況だ」
「....追い詰める気か?」
「違うよ? ボクは準1級冒険者の2人に強くあって欲しい。現在第1級冒険者は空位だ。故に準1級のジェルマンとロイクを称え目指す者達が多いだろう。
なにせ手が届くところに居る。力という意味じゃなくて、語り合えるという意味でね?
2人の性格はエドアルドから聞いた。『気さくで話し掛けやすい』って評判みたいだね。だから大勢の冒険者から慕われてる。
"クランに所属していない"という理由もあるかもしれない。人は群れを作るとその中で間歇してしまう。集団心理だね」
「難しい事は俺にはさっぱりだ」
「....言いたい事は伝わりました」
ほむ。難しすぎたかな?
「簡単に言おう! 2人は大勢の仲間から信頼されている! だから気高い志しを持ち続けてほしい! たとえ泥水を啜ろうとも、血反吐を吐こうとも、誰よりも強い意思を持ち続けてくれ!
故に今からジェルマンとロイクに"本物の強さ"を見せる! 他でもない英雄と謳われたボクがね!」
「"本物の強さ"か...」
「英雄....」
「という訳でエリー? ボクが立ち合ってあげる。全力を出していいよ? ボクは手加減するけどね? じゃないと――」
「わかってるわよ! どうなるかなんて! だいたい話しが長いのよ! カオル! ソフィアみたい!」
なんだって....ボクがソフィアみたいだとぅ!?
『ミカエルジジィなんてぶっ殺してやりますわ!』とか言うソフィアとボクが同じだと!?
ソンナバカナーー!!
「....エリーよ。どうやらほんのちょっぴり本気を出してしまうかもしれない」
「無理だからね!? 私がカオルに敵うはずないでしょ!?」
「大丈夫大丈夫。魔法は使わないから」
「魔法無しでもとんでもなく強いでしょ!?」
「平気平気。昨日狩った火山竜くらいしか実力出さないから」
「だから、無理だって言ってるの!」
「「「『昨日狩った火山竜!?』」」」
「フハハハハ!! さぁエリー!! 立ち合うよ~?」
「いやぁぁぁああ!!」
フフフ....逃がさないよ? エリー.....
「ヤァ!」
なんだかんだ言いつつ本気で攻めるエリー。
武器も防具も本物だ。
そしてボクも当然本物。
エリーの得意とする壁走り――からの<龍尾返し>。竜の尾が左右交互から振られる様に、黒鉄曜大剣がエリーの背後から遅れて2連撃をボクへ放つ。
当然教えたボクは動作で読めるし、難なく<木の葉返し>でカウンター。
初撃を桜花でいなし、2撃目をデュランダルで受け流しからの腹部へ<柄打ち>。
吹き飛ばされつつ姿勢制御。黒鉄曜大剣を地面に突き刺し止まるエリー。
白銀製の防具じゃなきゃ今ので重傷。まぁ、威力は通っているから表面的に打撲か悪くて内出血してるかもね? 臓器にも。
でも、《魔透糸》経由で《治癒》を常時掛けてあるから治療は終わってる。その程度診なくてもわかるし。
う~む...やっぱり過保護かな?
「こんのぉ!!」
地を駆け縦横無尽に<五月雨突き>。
ローゼ曰く『エリーの突きは脅威だな。大剣で槍術を使うとは...』だそうで、確かに凄いと思う。
突剣ならまだしも、幅広な黒鉄曜大剣の切っ先が幾重にも鋭く突き出されるのだ。
余程の反射神経をしてないと避けられないだろうし、剣で受けるのは難しいだろう。
「ふむ。エリー? 重心がまた利き腕側に寄ってるよ?」
「なんで当たらないのよぉ!!」
それは的であるボクが小さいからだ!
成長しないらしい....牛乳君よ....加護をおくれ....
「これでーーーどうよ!」
素早く飛び上がり身体を回転させて黒鉄曜大剣を振り下ろす。
<回転斬り>らしいけど、飛び上がった瞬間にボクはもう居ない。
刀術の<飛鳥>と同じだ。逃げればいい。だって今のエリーは空中で移動する術を持っていないんだから。
ドーン! と、盛大な音が鳴り響き、地面は抉れ砂埃が舞い上がる。
視界不良の中嗅覚からボクの位置を見つけ出したエリーは、地下迷宮で1回しか使わせてもらえなかった奥義<雷鳴剣>を繰り出す。
雷鳴響くその後に、常人ならば討ち切られていただろう。高速の水平斬り。
でもボクには届かない。
右手の桜花で刀術<柳>を使い受け流してしまったから。
「う~ん...まだまだだねぇ....」
「ムキィ!!」
お? また『ムキィ』だ。悔しい時だけ出るのだろうか?
発動理由が謎だ。
「ほらほら? 続けるよ?」
「せめて一撃入れてやるわよ!」
「うんうん♪ その意気だ♪」
雷鳴音で斬り裂かれた砂埃。とっくの昔に観衆は啞然としてる。
ローゼ達は笑っていたけど、アーシェラが面白い顔で硬直してた。
ボクとエリーの立ち合いは続く。
エリーの<十文字斬り>も避けてすり抜け時に打ち返す。
軸足がブレて転ぶエリー。決して揺るがぬ強い意思。
立ち上がり構え何度も繰り返し技だけに頼らず時折『お?』と、目を見張る斬撃もしてきた。
でも、<残像剣>はやっぱり微妙だ。"猛特訓"の時も使ってたけど....正直遅い。
的が増えれば消せばいい。
一剣一刀を鞘に収め、連打の空圧<徒手空拳>で封殺。
本体のエリーにも当たり、苦痛に顔が歪む。
治癒魔法を掛けているから肉体的なダメージは残らない。
精神的にキツイだろう。でも諦めない。それがエリー。
だからボクも手を休めない。
<無刀取り>でエリーから黒鉄曜大剣を取り上げ素手での交戦。
殴り蹴る。エリーの特徴は後の先を取るローゼと違い、ボクに似ていて先の先――つまり我慢ができない。
飛び回り駆け回る。ローゼみたいにジッと相手の様子を窺い待ち構えるのが苦手なんだ。
だからエルミアの言う通り『大雑把』。ローゼも確かにそうだけど、経験値が圧倒的に違うからね。
派手な大技を好むしまだまだ"修行"が足りないかな? 肉体的にも精神的にも。
ボクも同じだけどね~♪
「タァ!!」
右手から放つ<早打ち>を、<柔義>で受け流し裏拳でカウンター。
バッチリ顎を捉えるも、ボクは寸止め。
つい口元を緩めてしまいエリーがムッとした表情。
その顔もまた可愛い♪
「シッ!」
「ヤァ!」
同時に掛け声同時に攻撃。技まで同じで格闘術が奥義<六禍閃>。
6連撃が見事に打ち合い共に後ずさる。これがローゼ辺りだとボクが押し負ける。なにせ体格差が激しいからね。ローゼは一撃が重いのだ。
「エリー! 気を張って!」
「エ? キャッ!?」
ゼロ距離からの<寸勁>がエリーの身体を打ちあげる。
さらに奥義<虎乱>を発動させ、気で出来た虎がエリーを襲う。もちろん威力は加減して。
「ちょっと! 痛いでしょ!」
「あはは♪ ちゃんと治癒魔法は掛け続けてあげたでしょ?」
「そうだけど...っていうか、ぜんっぜん勝てる気がしないんだけど!?」
「そりゃまぁねぇ...」
悪いけど一生勝てないと思うよ?
でもグレーテルを好敵手に選んだエリーだから、もしかしたらもあるかも?
「さて、冒険者達よ! これが準1級冒険者足る力量だ!
見ただろう? けして折れぬ心の剣。不屈の精神。地べたを這いずり回ろうとも、彼女はけして挫けなかった。
ボクはそれらの確固たる意思をジェルマンとロイクも持っていると信じている!
現に皆が慕っていた! 準1級冒険者から先は上級と呼ばれ憧れる存在だ!
今日の彼女を見てどう思った? 『妬ましい』と思ったか? 違うだろう? 『羨ましい』と思っただろう?
それはボクの指導を羨むのではなく、彼女が気高い冒険者だから『羨ましい』と思ったのだ!
彼女を自分に置き変えて考えればいい。全ての攻撃をいなされ手の届かない相手とわかっていても挫けない。
何故なら自分は冒険者だからだ! 身命を賭し、自らの願いを叶える為に邁進する。それが冒険者。
地道なクエストの積み重ね。時には命の危険も顧みない。でもそれは自分が選び望んだ道。その道を冒険し、どこへ辿り着くのか....誰にもわかりはしないだろう。
でも忘れないでほしい! 自分の道を一人で歩いているのかどうかを!
隣を見ればわかるだろう? 何がある? 誰が居る? 他でもない仲間だ!
困難ならば共に支え手を取り合えばいい。陥れようとする輩が居るかもしれない。だがそんな者に決して幸福など訪れない。
当然だ! そんな鈍足な者など置いて行かれる! 過酷な道で険しい道だ!
冒険者達よ! 自分の目指す道を今一度自分に問いてくれ! そうすれば自ずと答えが出る。
何がしたい? 何が欲しい? 金か? 地位か? 名誉か? 愛する人か?
答えは決まっている。"全て"だ! 故に冒険者! 何者にも縛られず、気高き志しを持つ! そしていつか手に入れる!
たったひとつの命を賭けて、『いつか必ず』と願い続けろ!
そして前を向け! 辛いならば仲間を頼れ! 苦しいならば助けを求めろ! その為の冒険者ギルドだ!
何の為に集まった! 何の為に登録した! 冒険者に成り願いを叶える為だ!
さぁ立ち上がれ! 俯くな! 声を上げろ! 一言でいい。『勇往邁進』」
「「「「「『勇往邁進』」」」」」
「声が小さい!」
「「「「「『勇往邁進』!!!!」」」」」
「そうだ! 恐れる事なく勇ましく突き進め! それが冒険者だ!!」
「「「「「ウオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」」
うむうむ。良い言葉じゃのぅ。ついおじぃちゃん化してしまうくらいじゃよ。
それにしても素直な者が多いのぅ。良い事じゃ。
建物に反響してちと耳に煩いがのぅ。まぁよい。
ところで、家族は何故苦笑いしておるんじゃろうのぅ?
エリーや? そう逃げるでない。怪我もしたじゃろう?
安心せい。じっくりと診てくれよう。じゃからの? 今宵は共に風呂に入ろうぞ?
フォッフォッフォッフォ.....
「.....カオルは弁舌が上手いのぅ」
「いや...どうみても洗脳の類だと思うんだが....」
「カオルちゃんカッコイイわぁ♪」
「饒舌ではありますね。煽り方も中々...」
「マスターですから何も問題はありません」
「(話し始めが騎士の誓いじゃないか?)」
「(私もそう思いました)」
「聞こえておるぞ?」
「「失礼しました!」」
ボクにも聞こえておるぞー?
「まぁまぁエリー。何も逃げなくてもいいでしょ?」
「い、嫌よ! 私今汗臭いから...」
「エリー...可愛い....」
「か、かわいいとか...ば、バッカじゃないの!」
「エリー!!」
「キャァ!? ちょっとカオル!!」
愛いヤツなんじゃよー!




