第二百七十五話 突入 クレイズルの地下迷宮(ダンジョン)
はてさてボクの"猛特訓"に喰らい付いた総勢13名の自称門下生。
個々の才能も開花し、いまや屈指の実力を持っている...はずだ。
なにせボクがローゼを基準に考えるからわかり難い。
突出して強いのはエリーとエルミアの2人。
エルミアは精霊魔法に風の魔弓持ちだしね。
むしろエリーの才能はちょっと嫉妬してしまうくらいだよ。
努力家だから下地があったと思っておこう。
今なら単身で中級の属性竜に勝てるかなぁ?
「ん~...フラン!」
「正解です! ご主人様!」
「ん!」
"猛特訓"から丸一日後の火曜日の夜。
参加者は全員泥の様に眠っている。そして薊達や光希達も途中で参加したりしなかったり。
まぁいいのだ。たとえ光希がローゼ並の実力者だとわかっても。千影と天音が泉流槍術の使い手で、ボクが蹴散らしてやったとしても。
『泣きの1本』とか言う手合わせを繰り返してもいい。楽しかったし。
そして若返ったオレリーお義母様とフランの見分け方がようやく出来るようにも成った。
決めては猫耳の頂点が薄っすら薄いのがオレリーお義母様で、髪の毛と同じ色なのがフランだ。
「じゃぁお風呂入ろうか。3人で」
「は、はい...」
「ん!」
恥ずかしがるフランはとてもいい....ドS心がウズウズと....
「お兄様? お手伝いをしたのに私を仲間外れにするなんて、つれないんじゃないかしら?」
「...わかったよ。ノワールも家族だもんね」
「わかればいいのよ? お兄様」
「あぅあぅ」
「むー!」
まぁまぁむくれるのは止めよう。4人で入ればいいじゃないか。
なにせ温泉だ! 宮殿の露天風呂はまんま温泉に成ったんだ!
家族なんだから一緒に入ろう! 家族風呂は最高だから!
「はぁぁぁぁ.....」
人をダメにするひんやり気持ち良い黒豹のノワールも凄かったけど、この温泉はとても良い。
神のボクは身体的に疲れはしないけど、精神的には疲れる。
だからこうした休息は必要なんじゃよ。
おじぃちゃんは思うのじゃ。
"猛特訓"中に出て来たおにぎり。中身が沢庵ってどういう事かと。それは副菜じゃろう?
お味噌汁にどうしてレタスを入れる? いや、そういう人も居るかもしれんが。
焼き飯にジャガイモを何故入れた? どこから来たのさ炭水化物の合体技。
点滴用に生理食塩水を作らせたらアルコール臭がした。バカなのか? 殺す気か?
そうそう香月夜の中にゴムの木があった。これでラテックスとか作れるように....そんな事は些事か。服にも使おう。ゴムだゴム。
ところでさっきから胸を押し付けてくる3人娘は何を考えておるのかのぅ?
フランはアレか? 大きくなったから嬉しいのかの?
アイナは幼女だからのぅ...ボクもたいしてかわらないが。
問題はノワールか。身長に似合わず大きな胸をしおってからに...
しかしまったく性欲は湧かんのじゃよ。
なにせ12歳の子供じゃからの。まだまだこれからじゃ。
父性は目覚めたかもしれん。グレーテルが我が子に見えてきた。作ったのが自分だからかの?
「ご、ご主人様...お身体を洗わせていただきましゅ!」
「アイナも!」
「あら? それじゃ私も洗ってあげるわよ? お兄様」
「あ、うん」
頼まれれば弱いのじゃよ。このおじじは。
そして随分と念入りに洗うのぅ。さすがにヘチマたわし君もそろそろ寿命かもしれぬ。
買い換えるか....いや、化学繊維で泡立てネットでも作ろうか....
石油があればポリエステルが簡単に――いや、アレルギーとか出るかもしれないからやめておこう。天然素材が豊富だし。ゴムも気を付けよう。
糸とかも困ってないしなぁ...蚕のでっかいヤツから大量に取れるし。紡ぐのが面倒だけどそこは魔法でどうとでも....そもそも帝都で売ってるしなぁ。
それにしても永くない? いつまで洗うの? そしてノワールはなぜヘチマたわしを使わないで素肌でチャレンジしてるの? 変態だよ? やめなさい。
「どれどれ。今度はおじじが洗って――」
「ほぅ? カオルが洗ってくれるのか」
「約束したでしょ! なんで先に入ってるのよ!」
「おねぇちゃんも洗って欲しいわぁ♪」
「私もです。カオル様」
「えっと...私もお願いしようかな...」
「いいんでしょうか? あ、あの私も....」
えーっと....みんな来ちゃった!? ディアーヌにアーニャまで!?
まぁ想定内だから大丈夫。ふふふ...ヘチマたわし君よ....ボクの剣と成るがよい!
「とーう!」
《魔透帯》でヘチマたわし君を操作し、全員くまなく身体の隅々まで洗ったった!
悲鳴が聞こえるけど知らぬ! 『洗って欲しい』って言われたから洗ったまでだ!
ボクは何も悪い事はしていない! なにせ家族だ! まだ家族じゃない2人も居るけど、将来的に家族になるだろう!
アーニャは愛人とか言ってたし! ディアーヌはお互い想い合ってるはずだ! だから問題はない!
う~ん...どうしてこうなった。
眼前の光景。ロイクと名乗るエルフの男性24歳。場所は【エルヴィント帝国】の帝都冒険者ギルド本部の真横に併設された訓練場。
そこでロイクは地に伏して倒れ、相対していたエリーは困惑顔。
ボク達はただ、超高難度採取? 狩猟? クエスト"不死鳥の尾"をエリー名義で受けに来ただけ。
無理矢理捻じ込んだ"師範制度"を利用し、エリーをボクとローゼ、カルアとエルミアを雇った事にして、ついでに月末に開催される武術大会の申請でもしようかと話していた。
そこへ本部長のエドアルドさんが『元剣聖殿と英雄のカオルさんがご一緒だと軋轢を産む可能性が....ですので、エリーさんの実力を示していただけませんとポイントは....そもそも不死鳥なんて居るんですか? クエストボードに数百年も張られた帝国からの依頼で』とかなんとか言ってきた。
だからエリーが格上の準1級冒険者ロイクと模擬戦をする事になったんだけど....
「一撃だったな」
「そうだねぇ...」
「エリーちゃん強いわぁ♪」
「しかも小手調べでしたよ?」
「だな...」
「というか、アレ...エリーが覚えた6連撃の初手だったよ?」
「準1級って....」
「いや、前衛職ではなかった可能性もあるぞ?」
「どうなんですか? エドアルドさん」
茫然自失も良い所で、観戦していた冒険者や職員一同一言も話せない。
なにせ2ランクも上の相手を即殺だ。いや殺して無いけど。
きっと『どれくらい強いのかな~?』とか思っていたに違いない。
だが、エリーは"猛特訓"を潜り抜けた猛者である。
ローゼにはまだまだ届かないけどね。
ちなみに、エリーよりエルミアの方が強い。
精霊魔法持ちで近接格闘弓術を使える。実質多対一の戦闘だもん。まだまだエリーには荷が重い。
で、コレどうするの?
もうエリーは準1級でいいんじゃない?
っていうか、ローゼとか第1級じゃない?
元剣聖だから政治的に無理なんだけど。
「おーい! エドアルドさーん!」
「.....ハッ!?」
「お? 戻ったな」
「そうねぇ♪」
「それで、ロイクは前衛職なのですか?」
「は、はい! "ジョブ"は戦士です」
「...冒険者の質が落ちたか?」
「ボクはあまり冒険者を知らないからなぁ...」
「おねぇちゃんは治療所に来る人しか知らないもの~...」
「私も【エルフの里】の者しか....」
ダメダメなボク達である。
平均的な強さがわからない。
なので基準はローゼだ。ボクの師匠だし。
ヘルナ達も元冒険者だ。しかし未熟なので数に入れない。
やっぱりおかしかったのかなぁ....
「で? もうエリーの実力はわかっただろう? "師範制度"の利用とクエストを受注して行くぞ?」
「わ、わかりました。ち、ちなみにですが....カオルさん?」
「うん?」
「エリーさんはどれくらい強いんですか?」
「ん~...」
『どれくらい』かぁ...
ボクとノワールを筆頭に、守護勇士6人。ローゼ、光希、エルミアの順だから....
「うちの領地で12番目くらい?」
「だいたいそれくらいだな」
「そうねぇ...エリーちゃんも頑張ってるんだけどねぇ...」
「動きが大雑把ですからね。ローゼに似て」
「まぁ弟子だからな」
「ボクも弟子なんだけどね?」
「いや...卒業だろう....心の中で思っていてくれ。それだけで嬉しいからな」
「ローゼ...」
「カオルきゅん...」
「イチャイチャするんじゃないわよ!」
お? おかえりエリー。
「ぜんっぜん手応えが無かったんだけど!?」
「そりゃ、あれだけカオル達に扱かれればな」
「ローゼも息が上がってましたからね」
「そうねぇ...」
「私はまだまだだと自覚してるからな。剣の腕もカオルに抜かれていたし...な...」
「ん~...でも実戦経験はローゼの方が上だし、型も綺麗だよ?」
「カオルきゅん...」
「だー! イチャイチャするんじゃないっての!」
「12番目...エリーさんが12番目....準2級冒険者なのに....準1級のロイクを一瞬で? 私も見えなかった速度で? ははははは....」
あ、エドアルドさんが壊れた。どうしよう?
「まぁクエストは今受けた。この通りエリーは実力を見せた。問題無いだろう」
「ソウダネー」
「私は納得いってないんだけど?」
「エリーちゃん? これ以上は止めてあげるのも女らしさよ?」
「そうなの? おねぇちゃん」
「そうですよ? エリー。彼等の自尊心が傷付いてしまいます」
「「「「ごふっ!?」」」」
いや、エルミアの一言で傷付いたと思うよ?
どうでもいいけど。
「じゃぁそんな訳で行こうか」
「そうだな」
「そうね」
「うんうん♪」
「行きましょう」
サラバ冒険者諸君! 修練に励んでおくれ!
そしてエリー並の強さを持っておくれ! 特にロイク! アンタ弱すぎだよ....
その後一応家族会議を行ない今回の武術大会へ参加しない事に決まった。
色々やばそうな雰囲気なので。むしろ、上限が第2級冒険者までの参加資格だそうで....エリーが優勝してしまう。
人は何かを遣り遂げるとモチベーションが下がる。だから、不参加。エリーには、もっと上の高みに登って欲しいからね。
せめてローゼと同じ景色を....そう遠くない未来だと思う。
「やって来たよ! クレイズルの地下迷宮!」
【竜王国】領の南端。魔境を2つ越えた先にソレはある。
古代は神聖な建物だったその場所も、今では見る影も無く風化し脆い。
辛うじて地下へと続く階段が残り、石材がそれらしく原型を....留めきれていなかった。
「移動が楽過ぎて感慨は無いな」
「確かにそうね...」
「おねぇちゃんは楽が出来て嬉しいわぁ♪」
「香月夜は神聖な乗り物ですからね」
まぁね~♪ 世界樹の種子に竜血を注いで作られた航空戦艦だからねぇ♪
亜音速で飛ぶし? 中身快適だし? 住める環境もあるし? ちょっと口煩い航空管制操舵指揮官"竜樹"が居るだけだし?
記憶には無いけどね! 主砲と副砲の出番はあるんだろうか...なぜ作ったボク....
さて、みんなの装備を確認しておこう。
まずローゼ。
武器は、腰に帯びた対照的な色の黒曜石鋼製"黒狂気刀"と、白銀製の刀身にこっそり神鉄金属コーティングされた"白炎刀"。フラマがレギン親方の銘と被っているけど気にしない。特許はない! ポーションにはある!
黒曜短刀も懐に隠してある。
防具は、ボク特製の赤い騎士服に白銀の糸をふんだんに裏打ちされてる。そして左腕に勝者の篭手。
《魔装 勝者》を使用すれば、指先と腕甲から上腕甲に掛けて白銀の防具が展開される。
魔力調整と制御の魔宝石が付いてる。
次にエリー。
武器は、背中に黒鉄曜大剣と、腰に白銀突剣。腰後ろに黒曜短剣も装備してる。
防具は、白銀軽鎧に火属性魔法が使える火篭手。魔力を溜めておける貴重な――いまや魔法具があるので微妙だけど内緒――魔宝石と、足が速くなる魔宝石付きの疾風のブーツ。
特製の魔法袋も持たせてある。非常食とか野営道具とか色々入れてね♪
次にカルア。
武器は、神鉄金属コーティングした長杖と黒曜短突剣。ご両親の形見だそうなので、コーティングして強度を増し増しにしておいた。前に錫杖とかあげなかったっけ? まぁいいけど。
防具は、防御の冠と、白銀の糸を使った聖女の法衣。3つの魔宝石が付き、魔力調整と制御、《聖結界が使用可能。法衣はどうしても"聖女"と名付けたかったそうだ。"ジョブ"に出たからかね?
次にエルミア。
武器は、風の魔弓。腰に白銀突剣と黒曜短剣を帯剣してる。
防具は、白銀弓鎧。名付けもカルアと一緒にした。身体の左半身に軽装鎧が付いてる感じだね。
あとは...白銀の腕輪に耐毒とか、緊急時に《多重障壁》とか発動するけど...後者は内緒だ。絶体絶命にならない限り発動しないし。
ちなみに、オルトロスの革製コートも各自《魔法箱》なり、魔法袋に持たせた。
暑いからねぇ....深層は。不死鳥が居るし? 火喰い鳥だし?
ついでにボクの装備は――
「なぁカオル?」
「うん?」
「その格好で行くのか?」
「そのつもりだよ?」
「...そうか」
ルル達がお気に入りの"ミリロリ"姿。
長い黒髪を首後ろと腰後ろで纏め、ホルターネックの黒いワンピース。
その上から薄手だが軍服らしい白のコートを羽織って、胸元の銀鎖で留めている。
もちろん縁取りもワンピースに合わせて黒だし、ボタンも銀細工だ。
武器は、左腰に帯びた桜花と聖剣デュランダル。背後ろに黒曜短剣。以上!
身軽に見えるじゃろう?
しかーし! 《聖闘衣》で創造した服は、文字通り戦闘着なのだ!
鎧が無い? 作った防具が泣いてるぞ? いいえ! あの子達はいずれアイナに譲るつもりだから大丈夫!
アイナが本気で剣術を始めたんじゃよ..."猛特訓"を見て感化されたらしい....いいんだけどさ。
という訳で、ボクに鎧は不要。創造すれば魔力で作れるし。そもそも等身大の薄い皮膜状に障壁張ってるし。
ノワールクラスじゃないとボクは倒せないし? 今日は付き添いみたいなものだし...《雷化》で一瞬で踏破できちゃうし...
「さぁ! 行こうか!」
「カオルがやる気なのが気になるが....まぁいいか」
「そうね...私もちょっとワクワクしてる」
「おねぇちゃんも~♪」
「このメンバーは...懐かしいですね。【アルバシュタイン公国】と【ババル共和国】の戦乱を思い出します」
「1000対6の偉業だな」
「アレはエリーの目の良さとエルミアの弓の腕前。ローゼとボクが前衛で押し留められたからなんとかなったけど....」
「まだ気に病んでるのか?」
「もう! ウジウジするんじゃないわよ!」
「おねぇちゃんが慰めてあげるわぁ~♪」
「ええ、髪はお任せ下さい」
「いや...舐めないでくれるかな? そしてこっそりお揃いのリボンを結ぶなー!」
「カオル様がいけないのです。昨日《魔法箱》の整理をしている時に、私が盗んだ事を気付かないのですから...」
「気付いてたよ! お揃いの花飾りの付いた白いリボンだもん!」
「はい。ですから、私も黒のリボンを着けて来ましたよ? お揃いですね」
エ...慰めてくれてたんじゃないの? もしかして計画犯? イインダケドネ...
「「「ぐぬぬ...」」」
「ん? 欲しいの? でもローゼもエリーも纏める程髪が長くないし、カルアは髪留め使ってるよ?」
「そうなんだが....」
「長いと視界の邪魔になるんだもん...」
「おねぇちゃんは、後でカオルちゃんに髪留め作ってもらうからいいわぁ♪」
「それくらいいつでも作るよ?」
「あらあら~♪」
「「ぐぬぬ」」
別に髪くらい伸ばせばいいのに...慣れると邪魔に感じないよ? 水気を吸うと重いけど。
そんな他愛もない家族の会話を続けながら、クレイズルの地下迷宮へ進入! 侵入ではない。ボクの領地だ。
グローリエル直伝の《光球》を使い――《迷宮光球》とでも呼べばいいのかな?――薄暗い洞窟を明るく照らす。
薄汚れた天井や壁に地面。石畳の風化もかなり深刻で、踏めば脆く砂状になったり。そして当然魔物や魔獣も出たり。
難易度は一応上級だけど、上の中くらい? 土竜の住処『フムスの地下迷宮』は上の特上? らしい。光希達がそんな事を言っていた。曖昧すぎてよくわかない
あの場所は【ヤマヌイ国】内だからねぇ...ボクは気付かないうちに領土へ侵入していた訳だ! 今更だけど。
「ヤァ!」
壁走りからの上段斬り。エリーの黒鉄曜大剣が大蝙蝠を3匹纏めて叩き斬る。
そして残りの大蝙蝠は、エルミアが風の魔弓から《風の矢》を一射5発で的確に貫き落とす。
かと思えば、ローゼが白炎刀で抜刀術<疾風烈刃>――ローゼも知らない技だった。ちょっと良い気分――を斑豹目掛けて放ち、飛ぶ斬撃が見事に首を斬り裂く。
懐かしい光景で、手持ち無沙汰。
治癒術師のカルアは後衛のエルミアの傍で温存。そしてボクが手出しをすると一瞬で終わる。
故にヒマ。こうしてカルアと手を繋いで散歩状態で、倒された魔物や魔獣は《魔透糸》で引き寄せ《魔法箱》の中へ。
ティルとフェイに初めて会った名も無き地下迷宮もこんな感じだった。
あの時はグローリエルも居たから尚更だ。
しかしヒマである。
エリーは冒険者らしく活き活きと活躍中。
ローゼも対魔だと戦闘大好きエルフだから同様。
エルミアは弓術士だ。目もエリーほどではないけど良いし、獲物を見つけた瞬間に《風の矢》は射出されてる。
いよいよもって何をしよう? ノワールは影の中で護衛中だし、ルルはいつでも《転送》可能。
ボクの王国民は今日も通常通り励んで居る事だろう。
ボク....来る意味があったのだろうか?
「オイ! エリー! その技は地下迷宮で使うな!」
「ちょっと試してみたかったんだもん!」
「気持ちはわかりますがやめなさい」
「はーい」
うむうむ。<雷鳴剣>は音が凄いからのぅ...ボクも《雷蝶撃》を使って怒られたもんじゃよ...
「ねぇローゼ?」
「なんだ?」
「火魔犬って、こんなに弱かったの?」
「いや...エリーがそう感じるのは、それだけ強くなったからだ」
「そうなんだ....」
まぁ所詮火を吐く犬じゃからのぅ。
しかし群れを成して襲って来るのじゃ。
気を抜くでないぞ?
「うっわ...えげつないわね...エルミア」
「さすがはハイエルフだな」
「この程度は余裕と言うものですよ?」
石畳の隙間、地面から伸びた草の蔓。ソレが火魔犬の足を絡め獲り、口まで縛る。
無詠唱で発動させた精霊魔法の《妖精草》。
確かに火を吐く事もできず無残に斬られ射られ可愛そうだけど....まぁ魔獣だし。
皮はなめして、肉は挽肉にして発酵からの畑の肥料かな。
骨も砕いて粘土に混ぜれば白磁器とかに使えるし。あ、魔石も忘れずに。
「う~ん....もう5階層かぁ....」
順調すぎる順調。探索開始から30分で5階層へ辿り着く。
ローゼ曰く『こんなもんじゃないか?』らしい。
エリーはそもそも地下迷宮探索なんてしていなかった。もっぱら魔境の入り口近くで狩りとか、【オナイユの街】で簡単なお使いクエストしか受けた事は無い。
実際、今回が2度目の地下迷宮。
「治癒術師のカルアがヒマなのはとっても良い事なんだけど、ボクもヒマなんだよねぇ...」
「あら~♪ おねぇちゃんと手を繋いでいればいいのよぉ~♪」
「いや、ずっと繋いでるから」
「うふふ~♪」
こんな感じ。エリーは"猛特訓"で覚えた剣技を惜しげも無く試している。
黒鉄曜大剣で<十文字斬り>はカッコよかった。さすが大剣は派手だね。
しかし緑巨人が4つ斬りに...皮をなめせば革鎧とかに使えるのに...部位が減ってもったいないなぁ。
『成り立ての中級冒険者に丁度良い装備さね』ってメリッサが言っていたんだよ?
実際ボクもメリッサから買って使ってた。アイナにあげたけど。
はてさて、クレイズルの地下迷宮に出てくる魔物や魔獣は基本的に2種類。
亜人種と鳥獣種と識別された者達だ。
亜人種は人の形を成した魔物やね。知能はあるけど人としての知能は無い。せいぜい犬猫の群生体ってところかな?
強さも固体事に違う。例えば同じ蜥蜴人でも、変異種の亜種も居るし得意な武器も違う。
かつてこの地で死した冒険者の物だったかもしれない鉄製品の剣とか槍とか。
天然武器のネイチャーウェポン。石槍とか、ただの木....棍棒とか?
まぁ特級・一級品の武器防具を持つローゼ達に敵うわけはない。個としての実力も高いしね。
度々ローゼが『強さに慢心するんじゃないぞ!』とエリーを注意してる。
実に師匠らしい。ボクも何度も言われ続けた言葉だ。
エリーもわかってるから大丈夫。なにせ"猛特訓"で扱きまくったから。
上を見れば強者はいくらでも居る。その分下を見れば有象無象も多いけど。
精神論的な話しだね。そしてとても重要な事。だからローゼが口をすっぱくするくらい口にする。
驕った態度をした瞬間にボクが叩きのめすけどね。婚約者で家族だけどそれはいけないから。
人は油断すると死んでしまう。呆気なく簡単に。だから、ソレはダメ。自分もそうだからね。
「ふむぅ。ぴったり2時間で20階層の階層主まで辿り着いたねぇ」
「そうだな」
「ぜんっぜん疲れてないんだけど...あれだけ動いたのに....」
「あらあら♪ エリーちゃんが頼もしいわぁ♪」
「体力があったからこそでしょう。そしてカオル様のおかげです」
「そうね! カオル? ありがと!」
「どういたしまして♪ でも、実際に頑張ったのは自分自身だよ。忘れないようにしてね?」
「とーぜんでしょ! 慢心もしない。いつかグレーテルを倒してみせるわ!」
好敵手にグレーテルを選んだか...まぁ見た目は確かに大剣使いだ。ちっこいけど。
「それで例のごとく牛頭鬼か」
「任せて! 今の私なら一撃よ!」
「まぁエリーが準3級冒険者にランクアップしたのは、アイツを単独で倒したからだからな」
「そうねぇ」
ほほぅ? 前にあげた鉄鎧がボロボロだったのはその為か。
頑張ってたんだねぇ...当時のエリーだときつかっただろうに。
そして3度目の地下迷宮だったか。
「ん~...悪いけど、エリー? こいつはボクが倒すよ」
「なんでよ!?」
「いや、素材が必要なんだ。メリッサにも頼まれてるし」
革鎧とか、角で武器とか作るらしいからね。丸々無傷で欲しいのだ。
「エリーが黒鉄曜大剣で斬るともったいないからね」
「そうなの? それじゃぁ任せるわ」
「うんうん」
って訳で、《魔透糸》を伸ばし首を絞めあげる。
突然の呼吸困難にのた打ち回る体躯3m程の牛頭鬼。大暴れ後しばらくして沈黙。絞殺やね。切り落とすともったいないし。
「「「....」」」
「ほい終了」
《魔法箱》へ引き摺り込んで、ついでに大型の戦斧もゲット! 鉄が貯まるねぇ...良い事だ!
「私は絶対にカオルを怒らせないと誓う」
「私もよ」
「おねぇちゃんも...」
「私も...です」
不評だった? でも一番楽だし無傷で素材を獲るのに適しているのだ。
《雷光線》とか《土槍》で頭蓋骨を貫いてもいいんだけど....
《雷衝撃》は人くらいの大きさじゃないと効果が薄いし、地味だし?
脳障害を受けた野獣なんて、なんでも壊して暴れるだろうからね。だからこれで正解。
「それじゃ行こうか? 30階層で小休止しよう。体力が残ってても精神的な疲労は蓄積されてる。もちろん身体にも」
「ああ、そうだな」
「わかったわ」
「は~い♪」
「そうですね」
なんとな~く重い雰囲気。"猛特訓"でボクが本気を出していたとでも思っていたのかね?
神力、竜人の力を除いた人間としてのボクだけでも、誰にも負けるつもりは無いよ?
神や天使、最上級竜種には勝てないんだけどねぇ~....
 




