第二百七十一話 コレを挙式とは呼ばない
う~む....目が覚めたら小川の近くでみんなが寝てた。
しかも食い散らかした食事の跡もある。
そしてローゼが何故か簀巻きにされてる。
ボクの記憶にはまったく覚えが無い。
ノワールが言うには『お兄様はずっと眠っていたのよ?』だって。
あと『今日は人の記憶を読んではダメよ? わかったわね? お兄様? じゃないと....ふふふ』とか、なんか怖いんだけど。
何か隠そうとしてる? ばればれなんだけど....
まぁ...ノワールがそう言うなら従っておこう。
なにせ全員泥だらけだ。
何らかのアクシデントがあって、暴れたんだろう。
読んではいけない何かがある。そしてソレはボクにとって有害なんだ。
だからノワールが忠告した。ボクが覚えていない理由でもある。
兄想いの可愛い妹だからね~。怒らせると超怖いけど。そんな事は些事だ!
って訳で、ササッと竜樹を取り囲む様に円形状の雛壇――5段もあるよ!――を建てた。もちろん、居住区として。
いやぁ...大きいねぇ....内部は様々な大きさの部屋で仕切られてたり、上階へ続く階段もあったり....
最上部は司令官室として、大業に仕上げてみた!
航空管制操舵指揮官こと、変態な樹精霊竜樹専用の部屋だ。物凄く広い!
『愛の巣ですね? ポッ』とか言ってたけど無視だ! 司令官室だもの! そんな如何わしい部屋ではない!
魔科学技術で常設のウィンドウも表示してある。
巨大な壁一面のスクリーンやね。外の景色が常に見える。慣れるまでちょっと気持ち悪かったのは内緒だ....
そしてまだ日は昇っていない。
つまり――今日は日曜日で3時課....朝の9時からメルとカイの結婚式を執り行なう....らしい。
『らしい』というのは、ボクの記憶だとカイとメルの2人に、『フォッフォッフォ』と笑っていた記憶しかないのだ!
竜樹ってなんぞ!? 航空戦艦"香月夜"って設計図の段階だったと思うんだけど!? そして執政官って...ボク何したの!?
もちろん、その辺はノワールが説明してくれた。変態の樹精霊も。
なにせ目の前に6枚の羊皮紙があるんだ。
2日間限定の【オナイユの街】を自由に出来る特務執政官。
【エルヴィント帝国】と、【聖騎士教会】と、【カムーン王国】と...それぞれ皇帝、教皇、女王の王国印と署名入りで。
いくらボクでも命令書と任命書を偽造したとは思えない。
そんな事をしたら戦争だもん。だからソレは無い。
ノワールは、ボクを眠らせて身体を奪い『ちょっと街の掃除をしただけよ? お兄様は疲れていたのだもの...ふふふ...とても気持ちがよかったわ? その"痛み"』とかなんとか...
やっぱりドMか!? 眠らせたって...暗黒魔法の《悪夢》使ったの!? ひどくない!?
まぁ嘘なんだろうけど。ボクの半身なんだからわかるよ、それくらい。
なので、この一件は無かった事にする。
だって時間無いし~? 夜明け前とはいえ、9時から【オナイユの街】でカイとメルの結婚式だし~?
準備に大急がしだし? 服も作らなきゃいけないし? 現在進行形で作ってるけど。
なんか、カイとメルのご両親の分も作る必要があるそうで...採寸したの誰さ?
「私でございます。我が君」
「そかそか! ありがとうね~♪」
人形君かぁ...どうりで...ボクと同じ採寸の仕方だと思ったんだよ。
そしてしゃべれるのね!? 香月夜の中で!? いいんだけどさ...くそぅ....香月夜のロールアウト式典――新造船の進水式みたいなもの――とか出たかったよ....
「ふふふ...お兄様? ソレはまだよ?」
「なんだとぅ!?」
「忙しかったもの...2日目の結婚式と合同でしたらどうかしら?」
「ほむほむ...じゃぁそうしよう!」
なんだか知らないけど、カイとメルの結婚式は2日やるらしいし?
【オナイユの街】で今日の9時から。
【水の王都ソーレトルーナ】で明日。
ま、いいんじゃないかな? 大人数で【オナイユの街】に押しかけるのもなんだし。
なにせ地味に多いからねぇ...国民は50人足らずだけど、家臣団が....人形なんてとっくに100人越えてるし...ゴーレムとか3000体越えて....
まぁゴーレムはいいか。意思は無いし。それを言ったら人形もだけど...やっぱり学習能力があるからかねぇ...個体差が出て来て人格形成されてきてる....
魂は無いけどね! ボクと命運を共にする仲間って事で! 広義で家族だ! だって、ボクの知識を与えたし? ノワールだってそんな感じだし!
「ありがとうございます。我が君」
「うぅん! これからもよろしくね~♪」
「もちろんでございます。我が君」
「ふふふ....可愛いわ...私」
「引っ付くなー!」
侮れないなぁ...ノワールは。
と言う訳で、香月夜は今、亜音速の速さで【水の王都ソーレトルーナ】へ帰還している。
なにせ巨体だし。亜音速という造語を用いているのにも理由がある。
音速は、秒速約340m。
この巨体でそれだけの速さを出せば衝撃波で大地が削れる。
そして周囲に都市や街があれば? 当然消える。それは大虐殺だ。
なので亜音速。それでもマッハ1――だいたい280~420m/s――に相当する。
十分速いし、衝撃波は出るだろう。そこで世界樹の出番。周囲の空間に干渉し、空気の断層を一種の真空状態へ変換する。
じゃないと巨大な化物が世界を破滅させてしまうからね。
竜樹も『風情は必要だと思うのですよ。ポッ』とか言ってたし。
だから、船より早く、飛行機並の速度で飛行している訳だ。
本気を出して速度を上げれば....天使の軍団を挽肉に出来るんじゃないだろうか?
主兵装いらなくない? 副兵装使う機会あるの?
何50cmの主砲とか作ってるの? 電磁加速魔法砲とかバカなの? 《雷光線》を流用しただけじゃん。
まぁいいか。きっと造った時のボクは玩具感覚で造ったんだろうし。
覚えてないんだけどね! 記憶をカエセー!
時間にして凡そ10分ちょっと――これでものんびり飛んだ――。
そして帰ってきたよ! 我が祖国! ココで産まれた訳じゃないけどね。
さっそくメルとカイを収容と言う名の拉致をして。
疲れていた? 寝てなさそう? 早朝だし? なので、聖魔法の《睡眠》で眠らせて香月夜の一室へポイした。
ちゃんとベットの上にね? 2人揃って。大丈夫結婚する2人だから。道徳的に問題は無い。
あと、何故かノワールが冒険者ギルドソーレトルーナ支部のイライザとレーダも『連れて行きましょう?』と言うので、寝ている2人へさらに《睡眠》を重ね掛けして拉致。
まぁ....カイとメルの知己だろうし? 友人かどうかは知らん! ボクはイライザとレーダを酷使すると決めたので、友人ではない! 知人ではある! あと、ちょっと怨んでる! 新作の本を出す気なんだもの...ボクを題材とした....ぐぬぬ....
フランとアイナは明日参列するから良いそうだ。
ちなみに、フランだと思って抱き付いたらオレリーお義母様だった! 物凄く若返ってる!? なんで!?
「あらやだ! カオルちゃんったら! こんな未亡人も貰ってくれるのね!」
「お母さん!?」
「メッ!」
なんて事もあったり....ノワールがこっそり教えてくれたけど、《聖治癒》で治験したんだって。ボクが。
それで若返ったそうだ。表向きは湧いた温泉の効能らしい。ボク...ナニシテルノ?
まぁいい! これからは気を付けよう! 物凄く近づかないとオレリーお義母様とフランは見分けが付かないからね!
後姿はソックリだ! オレリーお義母様...50歳近いんだよ?
ファノメネルとか、ブレンダとか、ララノア学長よりも年上なんだよ?
ボクのお母様より年上に手を出すとか....お母様が知ったらなんて言うか...喜びそうで怖いけどね!
なので、全て放置! 時間の猶予はまだまだあるんだ! このまま行くと、世界の半分の女性が嫁ぎに来てしまう可能性が....
ワスレヨウ! ボクハワスレタ! ナーニモシーラーナーイ。
王宮の上階。特秘ルームに居るマリアとフラウに近況を報告させ、概ね良好。
あとは、【ババル共和国】と【ヤマヌイ国】に若樹珠系を設置して情報を集めれば大陸中の人材の情報が手に入る。
一部怪しい空白地帯もあるけど...そこはマリアが千里眼とかで探索してるから任せた。
そのうち向こうから接触して来るはずだしね? ボクが行ってもいいけど。1人見かけた事もあるし。
それと....ノワールが『秘匿している情報を家族に打ち明けなさい』って強く言ってた。
やっぱり、昨日の記憶が曖昧なのってソレが理由? でも、軽蔑されると思うんだ。
在野に眠る類稀なる能力――天職の持ち主を見つけ出し、各国の武閥なり文閥なりの要人に斡旋する。
そうすれば国力は上がるし、本人達の意思次第だけど財を成せるだろう。もちろん悪意があっての事じゃない。
幸せな家庭を築くとか、趣味にお金を使えるとか....
ボクが考えた一番手っ取り速い方法がコレだったんだ。恩を各国と各ギルドに売りたかったって理由もあるけどね。
でも――うん。話してみるよ。他でもないボクの半身、ノワールがそう言うのなら。
「マスター?」
「うん?」
「ご立派な決断だと思います」
「ルルもです。マスター」
「グレーテルもー!」
「...マスター立派」
「俺もそう思うぜ?」
「ワタクシもですわ! 家族なのですから! 隠し事なんてする必要ないのですわ! だいたい、あのジジィがしっかりしていればこんな――」
マリアも、ルルも、グレーテルも、フラウも、エルザも...ありがとう。
あと、嬉しいけどソフィアは話しが永いよ? 置いて行くね?
と言う訳で、ルルと、グレーテルと、エルザが護衛で付いてくる。
マリア達はお留守番だけど、明日は参加。
この地から離れられない事情もあるしね。
ボクがマリアに課した鎖かもしれないけど。マリアは笑顔で受け入れてくれる。
大切な王都を守護する為に結界を張り続ける。
マリアだけじゃなく、地脈や龍脈の力も使ってね。
「ありがとう、マリア」
「いいんですよ。マスター」
「フラウもありがとうね?」
「...平気。マスターの幸せが、私の幸せ」
「その通りです。ルル達の幸せは、マスターが幸せになる事なのです」
「そうだよ~?」
「おう! だからよ! 泣くなよ!」
「うん....うん....」
「ジジィのせいでワタクシがどれだけ辛い――あら? どうなされたのです? マスター」
本当にソフィアも面白いなぁ...
「なんでもないよ! みんな大好きだよ!」
だからみんなに抱き付いた。大事な家族の一員だもん。
ボクの天使。ボクの家臣の守護勇士。
それにもうすぐ1人増えるしね♪
大変だと思うけど待ってて? 魔剣ソウルイーター君。
夜も明け、朝日が昇り始める。
侍女の鏡と言うべきオレリーお義母様達だからこそ早起きしてたけど、普通は今頃の時間に起きるものだ。
現に、メルもカイも、イライザもレーダも眠っていた。後者は惰眠を貪っていた気がしないでもないが。
そして、【オナイユの街】へトンボ帰りしたボク達は、【エルヴィント帝国】の帝都に寄り、戦友レジーナを攫った。物理的に。
「エッ!? なに!? なんなの!?」
「ククク...さぁ眠るがいい....《睡眠》」
「きゃっ――」
なんてことをした。
大丈夫。置手紙はしておいたし、エドモンド商会の本店――【オナイユの街】にある、黒猫通りのミント亭だ――へ使いに行った事にしてあるから。
眠らせたのは香月夜の秘密を知られない為だ。
みんな寝てるのもその理由。
なにせ艦内の空間は異空間だ。広いし、自然もあるし、超落ち着く....
第二の国? ボク、2つの国の王様かもしれない!
それで、だ。今回の主役2人の衣装も何故か用意してあり――縫製から間違い無くボクが作った。デザインもボクだ。間違えるはずが無い――2人のご両親の分の服もさっき作った。
なので、家族分の主役よりも目立たない大人し目のシックなドレスを作っているんだけど....
「カオルきゅん!」
「カオルよ!」
「カオルちゃん♪」
「カオル様!」
目が覚めてから、無茶苦茶やりたい放題にボクを弄ぶローゼ達。
いつもより過剰なスキンシップに後ずさったり。
顔中舐め回されたり髪も同様。
胸を押し付けたりエリーなんか服を脱ごうとしたり大変で....
ボクは昨日何をしたー!?
「我が君? 生地が歪んでいます。お気をつけて下さいませ」
「ハイ」
意識が集中できなくて、まさかの人形君から指摘される。
守護勇士の面々は黒い軍服で参加するかいいのだ。普段からそうだし。
だからローゼ達用のドレスが必要なんだけど、邪魔されてそれどころじゃない!
《魔透糸》で買い置きの糸を操るのは簡単だ! 普段は!
でも密着されて息が出来なくなったり、身体中を撫で回されればさすがに無理だ!
「みんな落ち着いて。ドレスが縫えないから」
「そんなものはどうでもいい! これはオシオキなんだぞ! カオルきゅん!」
「そうよ! わかったらとっとと脱ぎなさいよね!」
「もう~♪ カオルちゃんったら~♪ 恥ずかしいのねぇ~♪」
「お任せ下さい、カオル様。すぐに脱がせて差し上げます....おかしいですね? 脱がせられません」
「いや、何故脱がそうと思ったのかわからないし、オシオキの意味もわからないから....ヤメロー!」
変態だよ! 変態! ルルよ! 守護勇士の出番だよ!? ヘルプミー!
「.....」
無言かーい! ま、脱げないからいいんだけどね。
《聖闘衣》で纏った衣服は、本人じゃないと脱げないのだ!
魔力で具現化させて着てる衣服だし。
どうにかこうにか落ち着かせ――散々やって満足したらしい――シックなドレスを作り出した。
【竜王国】の国色は白。
だけど、ソレを使用すると主役よりも目立ってしまう。
なので、今回は青や赤、黄、緑の暗い色――深緑とかやね――を基調にする。さりげなく金糸や銀糸で刺繍してる。伯爵家の婚約者だし。
問題はローゼだ。剣聖の赤い騎士服を頑なに脱がない。
だから似ている騎士服を用意した。ちょっと豪華な騎士服だね。
ボクは"ミリロリ"の白い軍服。前に【カムーン王国】で着てたヤツ。
ルル達とローゼに合わせた感じ。スカートダケドネー。
どうやら女装は止められないみたいです。ズボンを履くと膝が赤く....おのれローゼめ....責任は取って貰うからなー!
「ニコル司教様! レンバルトさん! ....じゃなくて、ニコル司教。レンバルト」
【オナイユの街】へやって来た――戻って来た?――ボク達。
立場上、今のボクは執政官でこの街の一番偉い人らしい。覚えてないけど。
メル達はさっき起こしてそれぞれ縁のあるところへ向かわせた。
もちろん、人形やエルザを護衛に付けて。
危機管理は重要だからね。何があるかわからないし。黒髪の巫女と呼ばれるようになったのだって、暴れ馬が原因だし。
しかもカイとメルは今日の主役で、ボクの重臣だ。邪な考えを持つ輩に狙われる可能性もある。
だからエルザを付けた。人形も複数。
グレーテルにも任せようとしたんだけど、眠いらしいからルルと一緒にボク達の傍で護衛中。
ルルに『あまり甘やかさないで下さい』と苦言を言われたけど...グレーテルはちっこくて可愛いからついつい甘やかせちゃうんだよね。
「これは執政官様。おはようございます」
「おはようございます。執政官殿」
「おはようございます! それで、カイとメルの挙式なんですけど....」
世間一般の結婚式は、その地の教会で執り行なう。もしも教会が無ければ礼拝堂もどきで夫婦の誓いを行ない首飾りを贈りあって終わり。
ありがたーいお話を教会関係者――司教や司祭などが居なければ、最悪治癒術師が代行――がパラパラっと語って終わり。
主神シヴが如何に素晴らしい女神かと、経典の一節を朗読するんだって。
まぁ教義を言うのが普通らしい。ボクも教義には賛同してる。
しかし、そんな簡素な挙式をボクは許さない!
昨日? カルア達が礼拝堂を掃除したらしいけど、足りない。
見てみろ! 天井が煤けているじゃないか! 蝋燭の煤が原因だろう!
ステンドグラスも端っこに曇りが! 石畳だって黒ずんでる! 扉もそうだ! 木製だから黒カビが生えてるし、許すまじ!
真鍮製の各種家材もそうだし、銀製の蝋燭立ても磨きが足りない!
家事マスターのボクとして、全て許容できないものばかり!
だから使った! 聖魔法の《浄化》を! だって楽をしたい人間なんだもの! 時間があればちゃんと掃除するよ? 綺麗になって行く様子が楽しいのだ。
「こ、これは見事な...」
「さ、ささ、流石は執政官殿ですね....」
キラッキラの室内。
さすがに新品同様とは呼べないけれど、とても美しい。
チェスト等の調度品は、光沢そのままに綺麗にしたしこれで挙式の準備も完了!
なんて、許さない!
披露宴をしないだとぅ!?
美味しいごはんが出て来ないだとぅ!?
こういう時こそ、祝宴が必要なのだ! 祝い酒はこういう時に飲む物だ! ボクは飲まぬ! 子供だ! ローゼ達は少し飲むじゃろうけどのぅ...飲み過ぎたら止めるがの?
なので、強権を発動させた。
「フハハハハ!!」
【オナイユの街】の中心に建つ教会。併設された治療所。隣には聖騎士団の詰め所もある。
教会前の大通りを会場に見立て、《建築創造》で大量のテーブルと椅子を作る。
【エルヴィント帝国】の国色の青いテーブルクロスを敷き、料理の品々はあとで《魔法箱》から出す。
出来立ての方が美味しいからね?
そして、大通りに入れないように聖騎士や帝国所属の兵士が封鎖し、街人達を通せんぼ。
はっきり言おう!
超迷惑だと!
でもいいんじゃよ?
怪我人もあらかた無料で治療してあげたし。"黒髪の巫女"が直々に治療したんじゃ。物凄く喜ばれたんじゃよ。男女問わずにね?
ちゃんと香月カオル名義で【聖騎士教会】にお布施はしてある。かなり多目に。
どうせポーションの売り上げの方が多いから、微塵にも懐は痛くない!
まぁ....ぶっちゃけ、今日飲食店を営業している商人さんは泣くだろうけどね....
なにせ大盤振る舞いするからね!
無料飯なのだ! 食べ放題なのだ! 足りなかったらご厄介になるよ! 飲食店の店主達よ!
「...カオル? いや....なんでもないぞ」
「はぁ...呆れるわ...ホント...」
「でもぉ...そこがカオルちゃんの良い所なのよねぇ♪」
「そうですね、カルア姉様」
キコエナイサー。
「ははははは.....はぁ」
「...ニコル司教...お気持ちはお察ししますよ」
「「「.....」」」
いやぁ....教会関係者の視線が痛いです。
元カルアの同僚の治癒術師さん達も、なんとも言えない表情で....
今日だけだしさ? いいじゃん? さっき『握手してください!』とか言ってたじゃん? 『カルアが羨ましぃ!!』とか羨んでたじゃん?
まぁ聖母...聖女? カルアは『うふふ』笑いで受け流してたけど。
ローゼとフェイの関係とは違っていたんじゃよ。
あの2人は優劣を本気で決めようとするからね。だから親友で好敵手なんだろうけど。
「では、首飾りの交換を」
「メル。今までありがとう。そしてこれからもよろしくな」
「カイ。私とっても嬉しい。これからもずっと一緒に居てね」
お互いに首飾りを交換し、ぎこちない動作で身に付ける2人。
ご両親も涙を流し2人を祝う。
たとえ2人の服があまりにも豪華でも。
たとえご両親が上等な服に驚こうとも。
たとえ首飾りを作ったのがボクだとしても。
これは挙式だ。
リンゴーンと鐘が鳴らないとか。
バージンロードを歩かないとか。
花束贈呈が無いとか。
ライスシャワーが無いとか。
ブーケトスが無いとか。
ニコル司教のありがたーいご高説が一瞬で終わるとか。
誓いの口付けが無いとか。
許せるかぁぁぁぁぁああ!!
なので、明日はボクが仕切ります。
いいえ、ファノメネルは言い含めます。シヴにも伝えます。
これは挙式ではありません。
ただの首飾りの交換だ!
そんなもの、日常的にやる事だ!
好きな人に物を贈るなんて、当たり前だ! 普通にやるでしょ!?
高価な品物じゃなくてもいいんだよ! 野原で摘んだ花でもいいんだよ!
それを...こともあろうに挙式だとぅ!?
ボクは、断じて、コレを、挙式と、呼ばない!!
「なんだろうな? 祝いの席なのに、カオルからただならぬオーラが出てるんだが?」
「グスッ...ホントね....もうっ! せっかくのカイとメルの結婚式なのに!」
「おねぇちゃん感動して涙が止まらないのぉ」
「私もです。良いですね....これが結婚式なのですね...」
ハハン! 明日の"本番"で大号泣すればいいのさ!
コレは云わば前座だ! ご両親の前で『結婚しました』って報告しただけだ!
明日を楽しみにしてるがいいさー!
「さて、本日ボクの親友にして重臣でもある、家令のメルと家令補佐のカイが婚姻を結んだ事をここに祝いたい。
皆も是非祝って欲しい! 日頃の疲れもあるだろう! 鬱憤も溜まっているだろう!
故に今日は思い存分飲んで食べて騒いでくれ! ただし、過度な騒ぎは即座に制圧するからな? って事で、かんぱーい!」
「「「「かんぱーい!」」」」
ガチャ~ンとグラスを打ち合わせる住民達。
もちろん主賓席にはカイとメル。そしてご両親も座っている。
貸し切り状態の大通りは、多くの人でごった返す。
テーブル凡そ500! 椅子があるのは主賓席近くだけ!
南門からジグザグにテーブルが並び、黒猫通りのミント亭も大損害! なはずもなく、店主のエドモンドさんは出店を開いてる。しかも各所にいっぱい。
『稼がせて貰うさ! ガハハ!』と、恰幅の良いお腹を叩いていた。
小金を稼ぐ気ですぞ? まぁテーブル以外の料理は有料だし、後で『腹痛だ。治療費を請求する』とか、『飲み過ぎて頭が..』とか、難癖付けられないように宣言もした。
後者は自分のせいだろう!? 自重しろー!
料理はボクが作ったり人形が作ったりした物がほとんどで、材料費なんて毎日ゴーレムが過剰に食料を獲って来るから問題無い。
むしろ余っていた肉を大放出できてよかった。
食料庫の整理もしたかったしね....冷蔵冷凍用の魔法具作った記憶が無いんだけど...というか、部屋が《魔法箱》化してて焦ったんだけど....ボクが作ったんだよね? オソロシヤー。
お酒は買った。倉庫ごと。
【オナイユの街】にも貢献しておかなきゃいけないしね? エドモンド商会経由だから、あのお腹に貯まると思う。
「いや~...ヒック! うちの愚息がなぁ...ヒック!」
「アナタ? 飲み過ぎですよ?」
「ルーシー? 良いじゃないの。おめでたい席だもの」
「そうだな...俺のメルが嫁に行っちまったな...」
「アナタ...」
「えー...正確には、メルの下へカイが婿入りするんですけどね? ほら、カイは家令補佐だから」
「それが丁度良いのですよ? 香月伯爵様」
「ええ。うちのカイは頼りないところがありますからね? この人に似て」
「んだとぅ!? 俺のどこが...ヒック!」
「アナタ?」
「しゅみません!」
....女系が強いなぁ....ローゼの周りは。いや、ボクの周りか。将来が心配です!
「レンバルトさん!? お酒を飲むなんていけませんよ!?」
「いえいえ、ニコル司教。これはノンアルコールです。問題はございません」
「そ、それでも....」
「まぁまぁ! 執政官殿も言っておられたではないですか。日頃の鬱憤も、疲れも、祝って騒げと!
聖職者として日々忙しいニコル司教も、胸の内に色々と貯まっているはずです。だからこそ、祝いましょう!」
「そ、そうですね。主神シヴ様も一日くらいは許して下さる事でしょうし...で、では」
「「かんぱーい!」」
いや...普通に飲んでよ。なにその『許しを得ました』みたいな会話は。
というか、そのシヴはお酒も飲むし、なんでも食べるよ?
"清貧"なんて言葉から一番遠い存在だよ? ウェヌスもそうだけど!
温泉を満喫しながら、ボクの大事な大吟醸"月の香"をお盆に浮かべて一杯やってやがりましたからね! 激怒しましたとも!
「お? なんだ? カイはいっちょ前に緊張しっぱなしか?」
「あ、当たり前だろ!? お、落ちつかねぇよ...こんな場所...」
「カ~イ~? 香月伯爵家の家令補佐なんだからね! これくらいで動じないでよ! カオル様の迷惑になるんだからね!」
「流石はメルね! そうよカイ! 緊張なんて...あのノワールに比べたら....」
「呼んだかしら?」
「「ひっ!?」」
影からスラリと伸び出たノワール。
ずっとボクの影に居たんだけどね。
むしろ黒いドレスは止めなさい! 一応不吉だから!
「ちょいちょいおいでノワールよ」
「あら? なにかしら? お兄様」
「とーう」
コツンと額を合わせて送り込む。
まぁ、魔法は全てイメージが大事だからね。
要領を掴めばすぐ出来るだろう。なにせボクの半身だし。
「...お兄様。"そういうこと"ね?」
「"そういうこと"だよ」
次の瞬間。影に消えたノワールが再び姿を現す。過剰なレースの付いた青いドレス姿で。
「どうかしら?」
「可愛いと思うよ?」
「ふふふ...嬉しいわ。私」
なんて事は無い。《聖闘衣》でボクが白以外の服が着れるんだから、《魔闘衣》でも同じ事が出来るだけだ。
だからソレを教えた。知識を直接脳に流し込んでね。
「ちょ、ちょっとカオル! 何よ今の!」
「ずるいぞ! ノワールだけ贔屓するつもりか!」
「おねぇちゃんも悲しいわぁ」
「カオル様? 今、ノワールと口付けをしませんでしたか? ご説明を」
遠目ならまだしも、なぜ近くで見てて額を合わせただけなのに口付けした事になっているのかどうか。
なんだか自分で考えてておかしな言葉に...もしかして動揺しているというのか!? このボクがノワール相手に!?
そんなまさか....半身にそんな感情を!?
「ふふふ...可愛いわ...私」
「嬉しくないやい! ハナレロー!」
「あら? 照れてるのね?」
「カオルを離せ!」
「そうよ! 離れなさいよね!」
「...ねぇカイ? ノワールって黒豹じゃなかった?」
「ああ...俺もそう記憶してる....ってイテェ!?」
「今お尻見てたでしょ! わかるんだからね!」
「見てねぇよ!?」
「ハハハハ...ヒック! カイは俺に似て尻が好――」
「アーナーター?」
「しゅみません!」
おー! なんだこの混沌....でも面白いからいいや♪
エルザも自分語りしてるし、ルルもグレーテルの給仕――いや、アレは介護か? まぁいいか。
ローゼ達も楽しそうだ。もちろん主役のカイとメルも。
おめでとう2人共。これからもよろしくね?
2人の子供なら、きっと元気な子が産まれるだろうね?
ボクもいーっぱい作るから、子供同士で仲良く遊んで貰おう。
その前に、やらなければいけない事は沢山あるし。
まずは、お逢いします。やっと、ですね?
レギン親方。シルさん。
大切な話しがあるんです。
だから――聞いて下さい。




