第二百六十八話 這い寄るモノ
「グヘヘ...さぁ脱ぐのじゃ」
「いやよ!」
「さぁさぁさぁ!」
「キャー」
なんて一幕は無く、普通にメルとカイの再採寸――以前計った時より体型が変わっていそうだった――を終えドレスとタキシードを用意しました。
本当は質素な装いで結婚式を行ない、お互いに首飾りを贈り合う物らしいです。
だけどね?
今現在メルは香月伯爵家の家令で、カイは家令補佐な訳だ。
故に、質素なんてお家の汚点を残す訳にはいかない。
質素が悪い訳じゃない。そんな事はわかってる。清貧を重んじるという言葉の意味も理解している。
"武士は食わねど高楊枝"なんて言葉も残っているくらいなんだからね。
まぁ気位の問題だと思うけど。宗教的な意味ではない。
さてさて、どこぞの年齢12歳の次期国王陛下の謀略により、日曜日に【オナイユの街】で結婚式が行なわれる事になった。
なぜなら、いつまで経っても結婚できない2人の背中を押す必要があったから。
婚約しているにも関わらず、2人は中々結婚しない。
理由はそんな暇が無いから。忙しいのだ。
【聖騎士教会】からポーションの売り上げ云々。
御用商のラメル商会から、シャンプーやリンス、新作コースターの売り上げ云々。
侍女達や護衛団員の給料計算云々。
学校運営の書類仕事や雑務に追われ、ヘタをすれば自宅兼第二執務室に丸一日缶詰めなんてザラになってしまう。
若い男女が2人きり。婚約もしている。たまに地下室でアレコレしている。仲が良い事は素晴らしい。
たとえ、カイの身体にバラ鞭の痕が残っていようとも。
カイの首に首輪の痕が残っていようとも。
カイが身奇麗にし忘れ低温蝋燭がパリパリに着いていても。
2人は立派な仲良しだ。
だからと言って、いつまでも婚約者のままではいけない。
なにせ成人。エリーの幼馴染の16歳。
なので、ボクは決断した!
「いや、昨日から何をブツブツ言ってるんだ? カオル」
「疲れてるんじゃないの? "こんなもの"を造ってたんだし」
「そうねぇ....それじゃぁ、おねぇちゃんが癒してあげるわぁ♪」
「カルア姉様がされるのでしたら、私も...」
「ルルはマスターの護衛。だからコレは必要」
「グレーテルもー!」
「俺はやらねぇからな!?」
勝手な事を言う家族達と守護勇士3名。
そしてエリーよ? "こんなもの"とか言ってるけど、昨日乗せたら大はしゃぎしたのは他でもないエリーじゃよ?
なにせ新造航空戦艦"香月夜"は、いまや光学迷彩――もとい、魔科学迷彩を纏っていて、人はおろか魔物や魔獣にも気付かれずに運行しているのだ!
元々世界樹の結界だからねぇ...魔物や魔獣は寄って来ないだろうね。
そしてクッツクナー!
なに気に太股を撫でてるのはノワールだなー!?
好き勝手しおってからに....
「カオルさん? もうすぐ到着なのですよ? ポッ」
「ソウミタイダネー」
樹精霊こと、航空管制操舵指揮官"竜樹"。
彼女? を紹介する時にひと悶着あった。
なにせ突然我が家のエルフ達が跪いたのだ。
まぁ理由はわかる。なにせ世界樹本人だからね。正確には分身...? つまり、意思を伝える存在だ。
変態ダケドナー。
接岸、着陸なんて必要なく、香月夜から円形浮遊型魔法具で降りるボク達。
主役2人は連れてきていない!
今日は、"明日"取り行われる結婚式の準備に来たからだ!
人員はローゼ、エリー、カルア、エルミア、ルル、グレーテル、エルザに加え、ボクとノワール。ついでに護衛兼雑務役に人形を4人。
警護団員のみんなとかフラン達も来たがったけど、それは"明後日"の本番にしてもらった。
なにせ多い!
警護団員9名に、侍女が4人に、【ヤマヌイ国】の関係者が8人に、生徒が29人。
そこに家族も含めて総勢沢山!
事前準備に全員連れてくるとか、さすがに無理だ!
なので、結婚式は2回する。
1回目は【オナイユの街】で。家族達と嫌だけどメルとカイの知己、冒険者ギルドのイライザとレーダ。レジーナもついでに拾って来る。
2回目は【水の王都ソーレトルーナ】でみんなを集めて執り行なう。
むしろ2回目の方は盛大に。【聖騎士教会】からファノメネル枢機卿御自ら夫婦の誓いをしてくださるそうだ。『教皇はさすがに許して下さい』と言われた。ネコだし。
王国民を集めてお祭り騒ぎをする予定。まだ異性に恐怖を覚えている生徒が多いからね。
ボクは平気なくせして。いや、思考なんて読んでない事にしているのでした。ワスレルヨー。
スタッと音も無く無事に着地成功!
もちろん門番役の【エルヴィント帝国】所属の兵士さんや、徴税官。【聖騎士教会】所属の聖騎士さんは茫然。
『エ? どこから来たの? 上から? どうやって?』みたいな困惑顔が実に楽しい!
そうだよー...これだよー....驚く顔が見たくて香月夜を造ったんだよー....
なんて、そんな訳はない。
造り急いでいたのは事実だけど、たった1日で完成したのは風竜のおかげ。
未来を予知し、邪龍ニーズヘッグの力を取り込めたから。
でなきゃ最低でも1週間――いや、4日くらいはかかっただろう。
自慢でも謙遜でもなく、ボクの中には風竜と土竜の力が宿っているからね。
竜人になったのは、ついこの前の《竜化》後だけど。
「こんにちはー! 聖騎士団長のレンバルトさんを呼んでいただけますか? あ、ボクは香月カオル。【オナイユの街】だと、"黒髪の巫女"の方が有名ですよね?」
なにせ"黒髪の巫女"の二つ名は、ココで産まれたからね~....
レジーナが屋台の看板に適当な名前を書いたからだけど。
しかし許す! 3日間に渡るクレープ屋台という戦場を駆け抜けた戦友だからだ!
「く、くく、く」
「く?」
「黒巫女様だー!!」
そう叫んで、ダーっと走り去る聖騎士。
ガッチャガッチャ鳴る全身鉄鎧が実に五月蝿い。
ある意味尊敬だけどね? 物凄く重いんだよ...あの鎧....鋼鉄製だし、全身.....
というか、色々な意味で暑くない?
香月夜から降りて来た瞬間、アッツって思ったんだけど....
「ん? ああ、そういう事か」
「なんだ? カオル」
「いや、暑いなぁって思ったら、香月夜は竜樹で制御された空間だし、ボクの領地はマリアの結界とかで"常に一定の温度"に調整されてるのを思い出しただけだよ」
「....そんな事してたのか?」
「全然気付かなかったわ...」
「おねぇちゃんは、なんとなくわかってたわよぉ~♪ "色々"濃かったものぉ~♪」
「確かにカルア姉様の言う通りですね...そうですよね? カオル様?」
「エッ...あ、うん。ソウダネー」
やはり気付いていたか...地脈に龍脈と、各種精霊の加護。
そりゃ気付かない方がおかしいか。
まぁ、ローゼはそれだけ稽古に集中してたんだろうし? エリーは気付かなくても問題無いから。魔術師じゃないもの。
その辺も改善しないとね~♪
"魔法使い"として、戦闘技術をそのうち教えてあげよう。
魔闘技術だけどね♪
しばらくして、白地に青を基調とした騎士服姿の男性が馬に乗って駆けて来た。
彼こそまさしく"聖騎士"!!
【聖都アスティエール】で小者臭を撒き散らしていたエンリケとかいうヤツとは比べ物にならないくらいカッコイイ!
共に戦場を駆け抜け――集団戦だったから個人の実力はわからないけど――お酒を酌み交わし....飲み比べで大暴れしてぶちのめしたのはボクだ....
なんだろう...会うの気まずくない?
いや、記憶は無いけどローゼの記憶に残ってたし....
ワスレヨウ!! ボクはまだ子供!! たとえ帝国や王国で許可されていても、ボクは飲まない!! 造るけど!!
【ヤマヌイ国】の職人気質な酒蔵の杜氏さんと約束したのだ!! 『美味いのができたら持って来い』と!!
だから、いつか持って行こう!
人形君達にぶん投げていたけど、美味しくできた大吟醸"月の香"を!!
「ハァハァ...カオル殿! いえ、香月伯爵!」
「お、お久しぶりです。レンバルトさん」
息を切らせて下馬したレンバルトさん。
醜態を晒していた事実に、ちょっと目を合わせ難い。
けれどそこはローゼが居る!
頼れる師匠なのだから!
「ヴァルカン殿もお久しぶりです!」
「ああ...いや、今はローゼと名乗っている。そう呼んでくれ」
「そうなのですか? わかりました。ではローゼ殿と呼ばせていただきましょう」
「そうしてくれ」
やっぱり頼りになるねぇ...ローゼは...
抱き着いとく? むしろちゅーしちゃう?
いやいや、エリー達にもしちゃおうか?
なにせ婚約者だ! 将来の王妃だ! 責任は取るから問題ナーシ!
では、さっそく――
「何考えてるかわかんないけど、カオル? ココに来た目的忘れてるんじゃないでしょうね?」
「...ハイ」
最近のエリーさんは鋭いのです。
ツンデレは変わらずです。でも、たまにカルアの様なエルミアの様な....そんな雰囲気を纏うのです...
「えーっと...レンバルトさん? いえ、レンバルト! ボクこと、香月カオル伯爵は【エルヴィント帝国】皇帝アーシェラ・ル・ネージュ陛下及び、【聖騎士教会】教皇アブリル様より、2日間限定の【オナイユの街】所属執政官を拝命した事をここに宣言する!!」
「ははは....はぁ!?」
「「「なんだって!?」」」
「これが命令書だー!」
ババーンと羊皮紙を2枚取り出しレンバルト以下聖騎士達と徴税官、兵士に見せる。
根回しは迅速に! 権力はこの為にある! 誰もボクに逆らえないのだー! 2日間だけの限定的な所轄地だけど。
「ほ、ほほ、本物!?」
「うむ! 帝国印も、教会印も押印されてる! ついでに署名もね! なので、今日から2日間【オナイユの街】はボクが仕切る!」
フフフ....効果は絶大だ!
なんでもできるんじゃよ? 課税、免税、その他諸々。
その気になれば、難癖付けて商人を叩き出したり、同じく街人をポイできちゃう。
しかも帝国領の【オナイユの街】に駐屯してる【聖騎士教会】の面々も同様なのだ!
だからこその、2カ国執政官。
【カムーン王国】の命令書と任命書も一応あるけどねぇ...行商さんが来てるはずだから、必要かもしれないし。
ま、大した事はしないけど。せいぜいゴミ共の掃除と、明日のカイとメルの挙式の準備だ。
ついでにカイとメルのご両親に挨拶して、引き抜き。
冒険者ギルドで事務仕事してるみたいだしねぇ。
あと....逢いたい人達も居るし....
「カオルって...悪役みたいよね」
「エリーちゃん? カオルちゃんをそんな風に見てたのかしら? おねぇちゃん悲しいわ...」
「そんなわけないでしょ!? なんか言い方が気になっただけよ...わ、私はカオル一筋なんだもん...」
「素直にしてればいいのですが...まったくエリーは....」
エリーはツンデレだから良いのじゃよ?
そしてやっぱりこういうのが女性の会話だよ!
武技談議とか、生徒の過去を抉るのとか、そういうのは違うんだよ!
ちなみに、悪役に成るつもりはありません。
調和が大事なんじゃよ~♪
軍事力はあるけどねぇ~♪
相互利益の下で成り立つ関係が好ましいと思うのじゃよ~♪
「と言う訳で、掃除を始める。ルル! グレーテル! エルザ!」
「「「ハッ!!」」」
気だるげなグレーテルですらやる気をみせて、シュパっと【オナイユの街】を駆け回る。
レンバルトに指示し、連れて来た犯罪者を拘束からの尋問。
喋らなければ守護勇士の出番か、最悪ボクの出番。
そして、ローゼ達に明かせない秘密もある。
それは我欲に塗れ他者を陥れる穢れた瞳。"濁った目"の殺人者共の呪殺。
肉体的にも精神的にも。
魂を刈り取り輪廻転生なんてさせてやらない。
暗黒魔法の《魂の投獄》で永遠の苦しみを与える。
家族が居ようが関係無い。
心筋梗塞や脳梗塞。原因不明の衰弱死。
自らの魂に刻まれた悪逆非道な行ない。
殺された者の怨念がそうさせる。
むしろ感謝して欲しい。
ノワールはボクだけど、ボクと違い人を殺せる。
身体の原型を留めていられないほどに、容易く壊せるんだよ?
なのに、残してあげてるんだから。
現に向こうの世界でボクを殺したのはノワールだ。
ノワールが穢れればボクも穢れる。
でもいいんだ。2人で血塗られた茨の道を歩くのも。
ローゼ達には笑っていて欲しいから。
その笑顔が護れるならば、ボクはどれだけ穢れても構わない。
薊達の様な存在をボクは作らない。
代わりにボクが成ればいい。
それが導き出した答え。
軽蔑されるなんてわかってる。
だから言わないし、教えない。秘匿する。
マリアとフラウの"特秘ルーム"も、家族ですら入れない理由。
あの場所では千里眼による監視だけじゃなく、"大老樹珠"で各国の情報を盗んでる。
各種ギルドで若樹珠を使いギルド員の登録をすれば、即座に情報が送られる。
ギルド長が、"自国内のギルド員の情報"を老樹珠でいつでも閲覧、検索が可能?
誰がソレを作ったと思ってるの?
世界中の人口分布図を作成し、在野に眠る稀なる能力保持者の情報を集めたりしてる。
悪辣? 卑劣? なんとでも言えばいい。
ボクが歩む道は覇道。
表向きは"調和"を望む。"秩序"も守ろう。
ボクが死した後、なんと呼ばれるか。
"竜王"? "英雄王"? "飽色王"? "愛慾王"?
全てが明るみに出れば、そんな生易しい名前で後世に語り継がれる事はないだろう。
ボクならこう呼ぶね。
"覇王"と。
だから、秘密。
「マスター。任務完了しました」
「ご苦労様」
聖騎士団の詰め所隣にある訓練場で、拘束された罪人達が並ぶ。
その数125人。
軽犯罪者がほとんどだ。
窃盗、恐喝、虚偽申告に強姦など。
彼等彼女等は帝国法に法り罰せられる。帝国領だからね。
罪の重さにより、罰金に罰則、強制労働。もちろん犯罪奴隷として鉱山なり農地なりへ数年間の奴隷生活。
秩序を守る上で必要なんだ。
『奴隷を無くしたい』と言ったボクが、奴隷を作る。
なんて因果なんだろうね? なんだかちょっと気分が悪い。
そして、突発的な"病死者"は13人。
治療所に駆け込んできたけど、回復魔法で"病気"は治らない。
"不治の病"という名の"呪い"はね?
ボクに『治して欲しい』と懇願した者も居た。
泣き叫び嗚咽を漏らして。
バカだよね? それはボクがやった事なのに。
だから遠ざけた。
他でもないルルと、グレーテルと、エルザが。
彼女達は知っているから。
ボクがどれだけ憎いと思っているか。
表面上笑顔を張り付かせているけど、内心憎悪が渦巻いている事を。
全てわかっていて傍に居てくれる。
それが受胎させた時に彼女達と交わした"決め事"だから。
「いやぁ...流石ですね! 執政官殿!」
「いえいえ。流石なのは皇帝陛下とレンバルトでしょう。【オナイユの街】は、思った以上に治安が良い」
「いやいや私などは...」
「そんなに謙遜しなくていいと思いますよ」
人口凡そ2万人にしては、少ないと思う。
帝都は50万人も居るんだ。
同じ様に掃除すれば、10倍は下らないだろうね?
もちろん、掃除するけど。
罪人の処分をレンバルトと帝国兵士に任せ、ボク達はカイとメルのご両親に会いに行った。
終始何か言いたげの家族達。
でも何も言わない。勘付いているのかもしれないけど、今のボクはちょっとおかしいから....
黙っていてくれるなら、それに甘えるよ。
ボクはきっと壊れているんだろうね? 人として。
「こんにちはー」
木製の両開き扉を人形が開けて中へ入る。
2日前に"黒衣の使者カルロ"としてやってきたばかりの冒険者ギルドオナイユ支部。
設置したのはもちろん若樹珠と、老樹珠。
老樹珠は、第3級までしかランクアップできない仕様にしてある。あと閲覧、検索も限定的。
準2級から先――中級者以上のランクアップは各国のギルド本部でしかできない。
そうする事で、ギルド本部長の利益に成るからね。
なにせ、自国内の強者の情報を得られるんだ。顔も合わせる事になるし。
悪辣だと思うけど、まぁいいんじゃないかな?
騎士の叙爵とか、その他の就任とかに憧れる平民が多いみたいだから。
簡単に言うと、娯楽が無さ過ぎるんだよね。
まぁ、アーシェラが"武術大会"なんてものを思い付いた理由なんだろうけど。
「これは執政官様! エリー様に剣聖様方も!」
低姿勢なホビットのヤーム。
昨日も含めて、何度か顔を合わせて話した事もある。
そして、今まで以上に低姿勢な理由が執政官という立場と伯爵という地位。
ちなみに準2級の冒険者エリーが様付けなのも、公にボクの婚約者と知れ渡っているから。
「ヤームさん――じゃなくて、冒険者ギルドオナイユ"支部長"ヤーム。本日、ボクの来訪理由は既に本部長エドアルドより聞き及んでいるね?」
「は、はい! 存じ上げております! 2階の一室に一席設けてありますので、ご案内いたします!」
例のごとく併設された食堂に押し遣られた冒険者達。
表層意識をスラっと読み上げ、どうやら概ね好意的なようだ。
そりゃ、"黒髪の巫女"として称えられた場所だからね。
元剣聖のローゼより、エリーに注目してる人が多い。
つい4ヶ月前は駆け出しの冒険者だったし。
それが今じゃ中級と言われる準2級冒険者だ。
憧れとちょっと嫉妬してしまうのは仕方が無い。
しかしやらんぞ! エリーはボクのモノだ!
階段を上り"元買取官"のヤームに案内される。
彼は昨日、急遽オナイユ支部長の席を任命された。
以前まで支部長は空席で、事務員長的にヤームが取り仕切っていた。
なぜなら本部が近いから、オナイユ支部もエドアルドが兼任していたのだ。
そこでボクが提案し、ヤームを支部長に推薦した。
元々買取りから各種雑務をこなしていた人だしね。
特に波風は立たなかったよ。
むしろエドアルドさんは上機嫌だった。
そんなに魔法鞄が嬉しかったのか。
ここ【オナイユの街】は内々に特地と呼ばれ、帝国領なのに領主や執政官が存在しない。
まぁ、試験的に【聖騎士教会】と同盟国の【カムーン王国】と通交渉を行なう拠点として造られたそうだからね。
複雑な国の事情に雁字搦めなんだと思う。
そうして設けてもらった一室に、カイとメルの両親は居た。
人間の男性ハーヴェイと、女性のルーシーン。
兎人族の男性ジャクシスと、女性のエリアンナ。
カイは父親似で、メルは母親似かな?
どちらも温厚そうで、言葉の端々から性格がわかる。
ただ――どう説明していいのかわからないけど、なんとも尻に敷いて敷かれて、カイとメルの関係とソックリなんだけど....
「うちの愚息がお世話になっております」
「いえいえ、カイは十分責務を果たしてくれていますよ」
「あんな甲斐性無しがメルちゃんと結婚だなんて...」
「ルーシー? カイ君は一生懸命な子だもの。私達は心配してないわよ?」
「そうだな。メルはカイ君をずっと想っていたからな」
「わかってはいたんだけどなぁ...だが、うちのカイは俺に似て尻が――」
「アナタ? 香月伯爵様の前ですよ?」
「イタタッ!? いや、すまない! わかったって!」
「仲睦まじいですね~♪」
「ハハハ! 本当にな!」
「ええ本当に。アナタも発言に気を付けてくださいね?」
「わ、わかっているぞ? うん」
う~む...やっぱりアレかなぁ...ローゼが居るから、同じ様に強い女性が集まるんだろうか?
むしろ男が弱いのかな? 将来に一抹の不安が!!
「まぁまぁ、そのへんで。あまり見せ付けられてしまうと、ボクも婚約者に手を出してしまいそうになりますから♪」
「「「「っ!?」」」」
エッ...なにその反応? もしかして手を出しちゃいけないの!? 子供産んでくれるって言ってたじゃん!?
「ハハハ...まさかあのエリーちゃんが香月伯爵様に嫁ぐとはなぁ...」
「そうねぇ...いっつもうちの子達と野原を駆けていたのにねぇ...」
「でも、綺麗になったわねぇ? 胸も成長したみたいだもの」
「確かになぁ...泥塗れで、『冒険者になるの!』なんて3人で言ってたのがなぁ...」
「ちょ、ちょっと! ルーシーお姉ちゃんとアンナお姉ちゃんは何言ってるのよ!
あと、変な目で見ないでよね! おじさん達!!」
....お姉ちゃん? ルーシーンさんとエリアンナさんが?
いや、30ちょい過ぎの年齢だからそうなの?
むしろ本能的にそう感じた?
なにせ怒るとさっきみたいに笑顔で抓ってたし...
「あら~♪ おねぇちゃんもカオルちゃんに嫁ぐのよぉ~♪」
「もちろん存じ上げております。カルア様」
「はい。いつもお世話になって...」
「ええ、まったくです。カルア様は治癒術師として多大な貢献をされた方ですもの。冒険者ギルドオナイユ支部の職員を代表して感謝を」
「本当に。カルア様も益々お綺麗に...イテッ」
「アナタ?」
「スマン」
....カルアは"様"付けか。貴重な治癒術師だしね~。
冒険者ギルドとしては、お世話になりっぱなしだよね~。
怪我なんて日常茶飯事だし? っていうか、教会に併設された治療所も近いし?
だいたい27歳まで独身だったんだから、きっとモテて――
「カルアはボクのモノだよ!?」
「...何を突然言い始めたんだ? カオル」
「そうよ! おねぇちゃんだけ贔屓するつもりね! 許さないんだから!」
「もう~♪ カオルちゃんったら~♪ おねぇちゃん嬉しいわぁ~♪」
「カオル様? 説明を要求します。どういう事ですか?」
つい口に出た発言により、ボクは窮地に立たされた。
そしてグレーテルは壁に凭れて眠っている。
ルルは素知らぬ顔で目を合わせない。
エルザなんかヤームと世間話してるし...
そうか! 人形君達が居るじゃないか!
ボクの知識を与え作られた彼女達なら、きっとボクを護って――
「「「「....」」」」
無言...だと....
話せるようになったのに、無言だと....!?
ああ、そうか。
街核が無いから【王都ソーレトルーナ】か、航空戦艦香月夜の中じゃないとマナが足りないのか。
ぐぬぬ....なんという失策! "策士策に溺れる"とは、この事を――
「どういう事なのよ! カオル!」
「...みんなを好き過ぎて、独り占めしたくなっただけだよ。エリーも他の冒険者から人気が出て来て、焦ってたんだと思う。
ローゼだって元剣聖だし、エルミアなんてエルフの王女様だ。嫉妬したんだ。ごめんね?」
本音を打ち明け俯く。
9割本音で1割り演技。
前髪で表情を隠し肩を落とす。
陰湿な子を演じ欺いてみせる。
さすれば自然と....
「ま、まったくカオルは...」
「しょ..しょうがないんだから...もうっ!」
「カオルちゃんったらぁ~♪」
「そういう事でしたら....」
椅子に座るボクを取り囲み、慰めるつもりが自己欲求を満たすローゼ達。
抱き付き胸を押し付け、頬擦りながら髪を舐めたのはエルミアだな!?
太股を揉んでるのはローゼとカルアだろう!
エリーは胸が大きくなったからって押し付けるなー!
あと、エルザ! 聞こえてるぞ! なにが『やっぱマスターは魔性だわ。理解できねぇ』だ! 悪いかこの堕天使めー!
「....みんなありがとう。さて、本題に入らせていただきます」
ポカーンとしてたカイとメルのご両親達に『これはいつものスキンシップなんです』と説明し、本題へ。
『結婚式の準備は、全て当家が行ないます。なんでしたら、ご両親の服も用意しましょうか?』的な話題から、引継ぎが済み次第冒険者ギルドを退職。
もちろん後釜も考えてある。
今年成人する孤児達の中で、事務仕事に向いている子を斡旋するのだ。
引退を考えていた冒険者が後釜を狙って居たみたいだけど、そこはボクの圧力で封殺。
なにせ、若い子の方がいい。
永く働けばそれだけ慣れるし自然と仕事も早くなる。
壮年の冒険者には、帝都の予備校で先生職を案内しておいた。ヤーム経由で。
あと、ご両親はカイとメルの家臣として雇用する事。ボクにとっての陪臣やね。
帝都の屋敷を住居兼仕事場として使ってもらう。
昨夜のうちにコッソリと改築してあるからね。
"領事館"として相応しい建物になったよ?
ひと騒動あったらしいけど、アーシェラの糾弾は右から左へ聞き流した。
『前に言ってた美容に利く植物性オイルを開発したんですけど、今度来た時に施術しませんか?』
なんて言葉にコロっと騙されたり。
オレリーお義母様の全身を撫でながら《聖治癒》を使ってみたら若返ったり。
皺も消えて肌質も髪質も視力さえも良くなり、遠目だとフランとソックリで見間違えるほどだった。
もちろん"治験"なので【聖騎士教会】へ申告済み。
『無闇やたらと使用しない事』を条件にされた。
当然だろう。魂の寿命は変わらないのに、エルフと同じ"不老"だ。
シヴがアブリルに与えた神力と同じ効果。
温泉の効能と偽っておく事にした。
公に出来ない事が増えて行く....
さて脱線もこれくらいにして――カイとメルのご両親の服はボクが用意する事になった。急遽決まった事だし、準備しようにも時間が足りないとの事――冒険者ギルドを後にする。
そして、ボクがどうしても今日やらなければいけないこと。話さなければいけない人の下へ向かった。
それがドワーフの鍛冶師レギン親方とその弟。
家族を自らが打った武器で殺害され、二度と武器を作らなくなった人。
ボクが同様の恐怖を抱いた原因で、克服は難しい。
金物屋のシルさん。どうか、ボクの想いが届きますように....




