第二百六十二話 暗躍
季節は春を過ぎ、6月の第1週水曜日の朝。
今日も今日とて快晴である。
なにせ太陽神アポロンが居るのだから、当然なのだ。
そして――目覚めてもボクの部屋の窓は無かった。もちろん扉も。
いつの間にか追加された2台のキングサイズの大きなベットで眠る家族達に、やはり修理費用を請求するべきではないだろうか?
涎も垂らして、なんと無防備な寝顔か!
そして色気がヤバイ約3名。
ローゼと、カルアと、エルミアは、どうにかならないものか...
まぁそんな日常はさて置いて、和服ロリィタ、通称"和ロリ"にチャレンジしてみた。
白地に牡丹の花咲く反物で、振袖に赤い帯を少し洋風にアレンジ。
スカートも可愛らしくフリルをふんだんに使用して、まさしく和ロリである。
ちなみに、ゴシック要素は一切ない。
柄と色彩の調和こそ、和ロリの真髄だと自認している。
便利だよね~《聖闘衣》....堕落してしまいそうだ。
たとえ、サラの胸が大きくなった件をエリーと、アイナと、フランに咎められようと!
体躯20mのドラゴンが巣作りを始めてみんなが慌てて説明要求してこようと!
治療済みの薊達から装備更新の具申――胸がきついそうだ。あと暗器の隠し場所に困ったらしい――を受けようと!
【聖騎士教会】に所属する治癒術師のカルアや、ファノメネル枢機卿から『《聖治癒》ってなんですか!?』と言われようと!
アブリルとグレーテルに、ボク手作りマグロの燻製を横取りされようと!
ボクは、何も悪くない!!
という訳で、即座に謝罪会見をし内容説明。
アイナはまだ若すぎるので、『大きくなったら』と年齢の話で誤魔化す。
当然納得のいかないエリーと何故かフランは、サラと同じく魔力を込めて身柱を突いたらやっぱりちょっと胸が成長した。
喜んでるみたいだからいいけど、コレヤバクナイ? 新しい下着をいくつか進呈したら、恥ずかしそうにしてた。
まぁ、そんな稚拙な問題は投げ捨てて、シロ、クロ、アカ、アオの幼竜達は『この地の守護竜』という事で納得してもらう。
もちろん食事はいらないし、たまに海で遊ぶくらいだから心配する必要もない。
薊達の忍び装束と鎖帷子はシュパパっと《製作欲求》と、《魔透糸》で作り直しておいた。
正確には、上位互換だ。
なにせ、こっそり鎖帷子に白銀を混ぜておいた。重さですぐに気付くだろうけど。
で――《聖治癒》だけど...超大変だった。
まずシヴも知らない。ウェヌスは魔法なんてまったくわからない。唯一ボクの動向を監視していたロキも、原理は謎だそうだ。
まぁ、『古代魔法で、《治癒》の強化版。膨大な魔力量が必要なんじゃよ?』という事にしておいた。
尚、多用すると【聖騎士教会】からクレームが入るそうです。
ソリャソウダー。マグロをカエセー。
さて、メリッサのお店を"第3防壁内"のメインストリートから一番目立つ一等地に移築した。
もちろん2軒続きで持って来たから、《建築創造》で合体させて。
外観も景観を損なわないように周りと同じ色に染め、さらに2階建てから3階建てに。
メリッサが『こりゃ立派なもんになっちまって...腕が鳴るってもんさね!』と、さっそく武具の作成を始めた。
ちなみに、鋼鉄のインゴットを数百キロ単位でメリッサのお店の新造"地下室"ヘ預けてある。
売り上げの何割りかは貰う予定だけど、当面はお客さんなんて来ない。
でも、物凄く賑わう事になるから安心しててね?
ついでに――ま~たバカな本を出版しようと画策していた、冒険者ギルド【ソーレトルーナ】支部所属のイライザとレーダ。
もういい加減うんざりなので、この機会にノワールにお願いして、第2防壁内から第3防壁のメリッサのお店近くへ《影呑》で建物ごと移築した。地下の冷凍庫ごと、ね♪
影の空間に呑み込まれて泣きべそかいてたから、しばらくは大丈夫だと思うけど...あの2人のボクを題材にして小説を書く癖はなんとかできないものか...
まぁ、どうでもいいか。
さてさて、オレリーお義母様がフェリスを超絶指導してたりするけど、見なかった事にして...
光希達3人は、何故かアーニャと仲良くなり、学校の授業を手伝ってくれるみたいだ。
ボクとしては、オレリーお義母様も了解してるしいいんだけど...
覗き見してびっくり! 多彩な光希!
さすが一国の姫君ともなると、なんでもできるんだね~...エルミアとローゼもそれぞれ得意分野があるし?
意外と千影と天音も家事スキルが高くて驚いたけど、やっぱり"武人"より主婦の方が似合ってると思うよ? 割烹着も似合ってるし。
あとは光希がボクの"和ロリ"姿にインスピレーションを刺激され何かに目覚めたそうだ。
まぁそれは追々わかるとして...
なぜボクがこんなに急速展開を説明しているかというと――
「いやぁ....まさかこれほど広く大きくできるとは...」
眼前に聳え立つ透明度の無い青い水晶。
宮殿を背後から丸呑みにし、明らかにお城の様相を呈している。
なによりも【王都ソーレトルーナ】のアチコチからニョッキリ青水晶が伸び出ていたり、地殻変動で海底が隆起し領地が広がったり?
ついでに珊瑚を取ってみたり...あらたな銀鉱脈が見付かったり?
その関係で第4防壁を作ってみたり?
様々な副産物を経て、我が王国は着々と大きくなっている!
そして命名しよう! 王宮名、"水晶宮"と!!
まぁそのせいでまたみんなから叱責されたんだけどね....
徹頭徹尾ボクは悪くない!
なので再び謝罪会見を行なった。
チャウネン...目が血走ってて怖かったねん....
「と言う訳で、マリアの仕事場はここだ!」
水晶宮の上階の一室。
半円球のホールを貸し与えた。
もちろん、"魔科学"で作り出した色々な魔改造品の魔導具も一緒に設置してある。
「ありがとうございます。マスター」
「使い方は意識に直接叩き込んだからわかると思う。あとは習熟度をあげておくれ?」
「はい。頑張らせていただきます」
「うんうん! よろしくね!」
周囲に浮かぶ膨大な数のウィンドウ。
そこに映る領土内の各所。
所謂監視モニターなんだけど、ここは司令室でもあるのだ。
馬鹿な事を考えて侵入する輩も居るし?
実際、累計数十人をゴーレムが叩き出した事もある。
人形の報告によれば、いずれも冒険者だったそうだけど、どこぞの組織か貴族に雇われたか...
まぁ、軽い骨折と身包み剥いでポイしたみたいだし問題ないだろう。
そうそう人形!
ついに話始めたんじゃよ!
『おかえりなさいませ。我が君』とか。
『ローゼ様のセクハラをなんとかしてください』とか。
『新しい調理器具が欲しいです。鍛造品の物を是非』とか。
拘りがあって、実に可愛げがあるんじゃよ!
ローゼは扱かれてる真っ最中だから、それで許して欲しいのじゃよ?
エリーと警護団員の"稽古"のついでにルルとグレーテルが、ね?
なにせ疲れを知らぬ身体やからね。
グレーテルは終始眠そうだけど。
でもって、フラウはマリアの補佐に付けて、ソフィアとエルザの両名はボクの護衛だ。
若干面倒な人物を押し付けられた気がしないでもないけど...気のせいだよね?
それで、まぁ...早急に事を進めた理由。
アーシェラ様に対して一種のポーズであると同時に、この地に宿る"地脈"の力を増す必要があったから。
むしろこれから世界樹にお願いして、"龍脈"を繋げてもらおうと思ってる。あと"世界樹の種子"も欲しい。
魔法を発動させる時に使用される"マナ"。
人形達や守護竜が活動できるのは、"マナ"を無意識に食べてるから。
エーテル体と呼ばれる存在も同様に"マナ"が必要不可欠だ。
だけど、"マナ"の根源は世界樹で、同時に"マナは魔素"でもある。
この世界にとっての必要悪は、魔物や魔獣。
そう、駄女神と、精霊王。偽りの竜王が定めた。
それは人々が争わないようにする為に考え出された苦肉の策だったのだけれど、結果的に人は戦争を望んでしまった。
そういう生き物だから。
「それで、ファノメネル? 提案があるんだけど?」
「...嫌な予感しかしないのですけれど?」
ここは宮殿の談話室ではなく、王宮の応接間。
増員した人形達が紅茶を淹れて壁際に待機し、豪華なソファとローテーブルを挟んでファノメネルと対話している。
「いやいや、【聖騎士教会】にとって良い話だから」
「そうなのですか?」
「うんうん。実はね? 治癒術師を派遣して欲しいんだ」
「派遣...ですか?」
「表向きはね? もちろん、治療所と礼拝堂は第3防壁内に新築してあげる。ボクが費用を負担してね」
魔法で造れるからね♪ 実費なんてほとんどかからない。
「それは...嬉しいのですが、何故そんな事を?」
「いや、治癒術師の人も休息は必要だと思うんだ。日々酷使されてるし? ようするに【聖騎士教会】の保養所にどうかなって思って?」
「保養所....つまり――」
「察しが早くて嬉しいよ♪ ファノメネルみたいに、激務に追われて疲れてる女性に安らぎを与えたいんだ。
ほら? ごはんも美味しいでしょ? しかも"温泉"も沸いたし? 美容術もあるし? というか、今のココって"マナが濃く"て魔術師にとって天国みたいな物で、もしかしたら魔力量も上げられる可能性もあるんだ」
"温泉"を沸かせたのはボクだけどね♪
あと、"マナが濃い"理由は、"迷宮核"の改良品、"街核"の恩恵だ。
古の昔――魔法文明以後――、攻撃できるだけの魔力を持つ人が"魔術師"で、ただの魔法を使える人を"魔法使い"と呼んだ。
そして、"魔法使い"の女性を"魔女"と呼ぶんだけど、ボクはソレを【カムーン王国】の王都で眠っていた本で知った。
魔法陣について。
使い魔について。
箒及び杖について。
魔術、妖術、幻術、呪術について。
賢者について。
本の内容はそれらについて書かれていただけだけど、どうやらボクは天羽々斬を呑み込んだ事で真理の徒に至ったらしい。
ま、賢者だね。神だけど。
「研鑽を積むのに、最高の環境じゃないかな? ついでに聖堂の管理はカルアがするから問題無いし、ファノメネルの仕事はウェヌスも手伝ってくれるって」
強制的にそう仕向けたんだけどね。
無料飯食らいは許されぬ。
「そんな好条件....対価に何を支払えばいいのか...」
「ん? この件に関して、対価を要求しないよ。"ボクの国"では、【聖騎士教会】が掲げる"教義"に賛同し、国策として推奨しようと思ってる」
『魔物や魔獣から向けられる脅威を命を賭して護る』
『国家間で戦争が起きた時に、調和を以って話し合いで解決させる』
その2つが【聖騎士教会】の掲げる教義だからね。
ボクがウェヌスよりシヴを快く思っているのはソレが理由。
ウェヌスは、ちょっとアホな子だから。有能なんだけど。
「...カオルさんが敬虔な信徒だったなんて」
「いや、それは無い。ボクが神だから」
「そうでした....それでも、嬉しく思ってしまうんです....」
「泣かないで? ファノメネルには、いつもお世話になってるんだから。ありがとうね? 助言してくれたり、力を貸してくれたり」
「カオルさん...」
「それに、さ? ファノメネルにも女性の幸せを掴んで欲しいんだよね? 不老のエルフとはいえ、子供の一人も欲しいでしょ?
そうそう、まだ先になるけど学校の子達に"大お見合い会"を計画しててね? よかったらそこにファノメネルも――」
「いいえ。その必要はございません。私の想い人は既に居るのですから」
おー! それは知らなかった...いや待て....天羽々斬が定着してきているとは言え、《雷化》を使わなくても表層の思考は読めるゾ...
「うん。"そのお話"はローゼ達を交えてしようか!」
「....ええ、そういたします♪」
ヤメロー! なんでボクを選ぶんだー! もうすぐ四十じゃろうー?
こんな子供相手に何を考えてるんだー!
そうして【聖騎士教会】とも契約を結び、ようやく【エルヴィント帝国】の帝都へ向かう事が出来た。
フフフ....ここからが本日の正念場なのじゃよ!
例のごとく、帝都の南門近くに鷲獅子姿のファルフで着地して、ボクと、エルミア、ソフィアと、エルザの計4人で帝都を練り歩く。
帝国貴族のボクは入街税なんて掛からないし、護衛のソフィアとエルザも同様。
エルミアは監視で着いて来た。
放っておくとボクが『次々に愛人を作るから』だってさ。
『信用しろー!』と言い返したいところだけど、思い当たる節が多過ぎて反論できない。
なので仕方が無いのじゃよ。全部ボクの日頃の行ないが悪いのじゃ。
でもって、エルザの"魔眼"とソフィアの"聖眼"が大活躍して、数十人の悪人を即効で捕まえ憲兵へ差し出された。
罪状は色々。
拐かしに、金品の強奪。殺人を犯した者も居た。
ようするに犯罪者だ。
彼女達の目にはソレが見える。
ボクの目と同じ様に、ね。
「香月伯爵様! ご協力感謝いたします!」
「いえいえ、任務ご苦労様です」
第三憲兵隊隊長と名乗る犬人族の男性オーギュスタン。
濃い紫色の制服姿に槍を掲げて敬礼してみせてくれた。
あと、『可愛いなぁ』とかオモウナー!
まぁ...証拠は適当にでっち上げたりしたし、指名手配されてたバカも居るし問題はないだろう。
むしろ、人口50万人にしては犯罪者が少ない気もする。
アーシェラ様の政策のおかげかね?
もっとも...藪を突けばまだまだ出てきそうだから、定期的に掃除は必要かもしれない。
帝国中を、ね。
「こんにちはー! レジーナ居る~?」
帝都の南部、商業地区の一画にあるエドモンド商会の食堂。
メルを通して定期的に手紙が送られ、【オナイユの街】で黒猫通りのミント亭を経営していた店主のエドモンドさんは、念願叶ってついに商会を興したそうだ。
クレープ屋台の加盟店化とか、帝都に食堂第二号店を進出させたりとか、結構な額を稼いでいるらしい。
ボクも何品か新作料理を教えたりしてるしね~。
「あら? カオル! 来てくれたのね!」
ワッサワッサと尻尾を振って、ボクに抱き着こうとしてエルミアに阻まれた犬人族の女性レジーナ。
彼女はボクの戦友で、クレープ屋台という戦場を共に駆け抜けたのじゃよ。
「久しぶり~...でもないか。2週間ぶり?」
「3週間ぶりじゃないかな?」
「それくらいか!」
「そうね~...って、そうよ! カイとメルは元気にしてるの!? 手紙くらいしかやり取りしてないんだけど!」
「元気だよー? メルは特に活き活きとしてたねぇ...」
今朝会った時、カイは目の下に隈を作っていたけどね。
もしや一晩中...オシオキを....
ま、仲が良い事は良い事だ!
今はボクが渡した"魔科学導具"を必死に使いこなそうと努力してるだろうしね~♪
「それで..."集まってる?"」
「うん! まさかカオルが"会合"するなんて思ってなかったよ~」
「ん~...ちょっとした商談なんだよね~」
「そかー! ま、案内するよ~♪」
「おねがいねー!」
軽い挨拶をして、レジーナに先導され2階の豪華客室へ。
そこで待っていたのは帝都在住の商業ギルド長ケイシーと、鍛冶ギルド長キャメロンと、冒険者ギルド長エドアルド。
朝にノワールにお願いして、3人へ書簡を届けるお使いを頼んだ。
妖艶にしな垂れかかり『お兄様ったら...妹使いが荒いんだから...』なんて言ってたノワールは、絶対ボクを弟だと思ってる。
あと、引っ付くな! ローゼ達に怒られたんだからな!
「ご無沙汰してます。ケイシーさん、キャメロンさん。エドアルドさんは、この前ぶりかな? 急にお呼びだてしてすみません」
シュタっと席を立ち出迎えてくれた3人。
ホビットのケイシーさん。老練の鍛冶師ドワーフのキャメロンさん。"蒼麗"の二つ名持ちの元冒険者、人間のエドアルドさんは何度も顔を合わせている。
「いやいや! 香月伯爵からの招待状ですからな!」
「左様左様! 雑事なんぞワシの部下に放り投げておきましたわい!」
「...私は結構忙しいんですけどね」
だろうねぇ。冒険者ギルドの予備校なんて作ったし。
エドアルドさんは忙しいだろう。
「そういえば、"塾"は順調ですか?」
ボクが以前孤児院へ赴いた際に提案し、アーシェラ様の了解を得て造ったのが、冒険者予備校と塾だ。
歳若い成人前の子供達を入学させて勉強を教える。
もちろん、識字率を上げる為だったり、算術を教えたり、交渉術を覚えたり....未熟な知識で駆け出しとも言えない初心冒険者の死亡率を下げる為に。
建物を築いたのもボクで、後は3人へぶん投げた。
喜ばれたから良いんだけどね~♪
「ええ、まだ師弟として雇い入れる段階ではありませんが...なかなかどうして粒揃いですな!」
「中には鍛冶師の後進も育っておって、ワシの弟子達も慌てておりますぞ!」
「確かに、登録したての冒険者が"行方知れず"になる確率は減りましたね」
「そうですか。それはよかった」
敢えて"行方知れず"と語るエドアルドさん。
"未帰還者"と言わないだけマシか。死亡と同義だしね....
「さて、さっそくですけど本題に入らせてもらいますね」
椅子に腰掛けレジーナに給仕をしてもらい席を外させる。
レジーナだけじゃなく、エドアルドさん達も忙しい身だからね。
エルミアがちゃっかりボクの隣に座ったり、その両脇をソフィアとエルザが護衛して威圧感を出しているけど、そんな必要はないんじゃよ?
ボクは、"商談"をしに来ただけだから。
「まず、コレを見て下さい」
《魔法箱》から、一枚革で拵えた2つのバッグとポーチを取り出し見せる。
どこにでもある品物だけど、"中身"が違う。
ボク作成の魔導具――ではなく、"魔法具"。
空間魔法《魔法箱》の劣化版。
メッセンジャーバッグは上限500キロまで収納可能で、収納物は時間が止まらず劣化する。
レッグポーチは上限100キロまで収納可能であとは同じ。
どちらも米粒大の魔宝石を使用してあるけれど、"魔術師じゃなくても使用できる"。
なにせ、誰もが大小の違いはあっても魔力を持って産まれるのだから。
"魔法使い"の素養は、みんなが持っているんじゃよ?
「なんですか? 普通の鞄?」
「いや、ちいせぇけど魔宝石が付いてらぁ」
「...なんですか? これは」
「こっちが"魔法鞄"で、小さい方が"魔法袋"です。まぁ実際に使ってみればわかりますよ」
と言いつつ、"魔法鞄"をもう2つ取り出し、3人へ手渡す。
そのままだと使えないので"契約"を行なってもらった。
「血でも唾液でもいいので、その小さい魔宝石に垂らすなり舐めてみて下さい」
「こう...ですか?」
「どれどれ」
「....っ」
舐めた2人に、短剣で指を刺して血を垂らしたエドアルドさん。
《魔透糸》経由で《治癒》を使って癒したら、ちょっと驚いてた。
まぁ、ボクにかかれば――どうでもいいか。
「さてみなさん、お持ちの荷物を"中へ入れて"みてください」
訝しみながらも言われた通り手荷物を仕舞う3人。
そしてその効果に驚き固まる。
なにせ、3人は魔術師じゃない。
《魔法箱》を使えるはずがないからだ。
「ま、待ってください! なんですかこれは!?」
「...ワシもついに魔法が」
「カオルさん? まさか....」
魔法に目覚めたと勘違いしたキャメロンさん。顔に似合わず可愛い名前。
そして、エドアルドさんは鋭いねぇ...その通りだよ?
「ソレは、"誰にでも使える魔法具"です。ただし、制限もあります。一人一つだけしか使用できません。
魔法鞄に登録されたみなさんは、他の魔法鞄や魔法袋、まして空間魔法の《魔法箱》なんて使用できません。そもそも、"魔術師じゃない"ですからね♪
それと、魔法鞄は上限500キロまでの収納力。魔法袋は上限100キロまで。内容物の時間も止まりませんし、登録者本人にしか使えません。
さて質問です。ボクはコレを大量生産し、販売しようとしています。もちろん――商業ギルドを経由して、ですけどね?
画期的な収納方法。今まで荷馬車に積んで各地へ移動販売していた行商人は、"身軽に、より多くの物資"を運搬可能になる訳です。
希少な魔術師を必要とせずに、ね? その結果、どうなると思いますか?」
意地の悪い問題だ。
そんな事をすればどうなるか?
誰にだって想像付くだろう。
「...流通の改革」
「ああ...鉄材を運ぶ人足が楽にならぁ...木材も石材もな...」
「確かに。ですが冒険者にも利になります。今まで重くて持ち運べなく捨てていた討伐部位を、持ち帰れるのですから。
つまり――総合的に経済の活性化が起きる」
「大正解です♪ ですが...まだ足りない」
「足りない?」
「ええ。こんな物もあるんです」
ドカッとテーブルに置いた鋼鉄製の代物。
上部が漏斗の形で中心にポッカリ穴が開き、下部の室に拳大の扉が付いている。
大きさ50cmの正六面体で、特殊な性能を秘めている。
「なんですか? コレは」
「炉、か?」
「...なんでしょう?」
「コレは、ボクが作りました。名前はありません。そして――コレを見た事ありませんか?」
小指の爪先程の黒い石。
川原にでも在りそうな代物だけど、かなり違う。
「ああ、アレですね。下級の魔物に埋まっている...」
「そうなのか? ワシは知らんが」
「ケイシーさんの言う通りの物ですね。ただ、何も使いようのない物ですよ? 実際、討伐部位でも無いですし」
「ええ、コレは何にも使い道がありません。"このまま"ではね? でもこうしてこの中に入れて"錬成"すると――」
ポフンと煙音が鳴り、室の扉を開けばあら不思議! 拳大の黒い魔宝石の完成なのだ!
「え?」
「....魔宝石を作った...のか?」
「私にもそう見えました」
「そうです。先ほどの粒石は、下級の魔物"醜悪鬼"から取り出した代物です。
名前を"魔石"。この大きさの魔宝石を作るのに、だいたい4~5万匹分は必要ですけどね?
もちろん、他の魔物や一部の純粋な魔素から産まれる魔獣にも"魔石"は内包されています。エドアルドさんは知ってると思いますが」
「そんな!? 上級の魔物や魔獣から取れる魔宝石を、下級の魔物...それも醜悪鬼からも作れると言うのですか!?」
さすがエドアルドさん。うろたえてるし、先を読んでるねぇ。
「その通りですよ? そして、この"装置"も、"誰にでも"使えます。まぁ管理は"冒険者ギルド"でするといいでしょうね?
なにせ今まで無価値だった代物が、買取りできるようになるんですから。それに――"鍛冶ギルド"にも恩恵があるでしょう?」
「...確かにそうじゃな」
「ま、待って下さい! なぜ鍛冶ギルドに恩恵が?」
「なんじゃ? わからんのか。まぁええじゃろう。答えは"炉"じゃ」
「キャメロンさんの言う通りですよ。【エルヴィント帝国】では普通ですけど、他国では違います。帝国では鉄鋼業に魔宝石を使っているんです。薪の代わりに、ね?」
「うむ! 帝国は魔境や地下迷宮が多いからな! 壊れた聖遺物やらからも魔宝石は取れるしの」
「いやいやいや! 商業ギルドにも恩恵はありますとも! 水周りに室内灯、家屋分だけでも沢山要りますからね!
帝国側の公共工事が優先されていて、裕福な貴族様も順番待ちの状態で...」
ほうほう? それは良い事を聞いたよ? フフフ....暗躍し放題じゃないか...
「さて、この装置を各国の冒険者ギルドへ設置して、魔宝石を量産させるのがボクの目的です。間違い無く経済は活性化されるでしょうね?
だけど――まだまだ足りない」
これはほんの序章なんじゃよ。
膨大な量の物資を手軽に持てる。
魔宝石を作り出せる事で、お金も回る。
でもそれじゃぁ、今までよりも多少潤うだけで『国力が上がる』とは言えない。
だからコレが必要。
「今は模型ですけどね? 近いうちに実物をお見せしますよ」
そうして《魔法箱》から取り出した木と鉄製の模型。
プロペラが付いて帆を広げた船。
所謂、飛空艇だ。
「なんと!?」
「う、浮いてるじゃと!?」
「まさか...そんな.....」
「コレの販売はできませんが、人を乗せて各国の主要都市へ移動が可能です。もちろん、空を飛んで。荷馬車よりも早く人材、物資の運搬が可能になります。
まぁ、高額の運賃を払ってもらいますけどね? そして【聖騎士教会】、【イシュタル王国】、【カムーン王国】とは、既に内応の約束を取り付けています。
【エルヴィント帝国】はこれから交渉します。それと、いずれ復興を遂げた【アルバシュタイン公国】とも、ね?」
アーシェラ様も、ディアーヌも断れないからね~♪
【ヤマヌイ国】と【ババル共和国】は知らん!
特に後者は、なんか小国と部落の集まりらしいし...正直交渉が面倒だ!
元首のデュドネ・シ・フェルもなんか嫌いだし。いちいち言動と仕草が芝居臭いんだよね!
「....カオルさん?」
「なんですか? エドアルドさん?」
考えは読めてるんだけどね~♪ ぶっちゃけ茶番だ。
「何をするつもりですか?」
「悪辣な事をするつもりはありませんよ? ボクはただ――国を興そうかと思いまして」




