第二百五十八話 駄女神な真実
さーて、無事に身体も取り戻したし、動かしたい気分だ!
アレだね! 新しい武器とか手に入れた時の高揚感? 試し斬りしたい気分?
今のボクはなんでもできるよー!
ささっと新魔法、《聖闘衣》で純白のワンピースドレス姿に変身し、バラバラに置いてあった白銀製の軽装鎧一式を《魔法箱》へ。
白い騎士服は返り血やらなんやらで汚れていたので、《浄化》を使ってサラリと洗濯!
《浄化》の開発者もこんな使い方をされると思っていなかっただろう。
本来の役割は文字通り浄化だ。
死して彷徨う呪われた哀れな魂を救う代物。
【カムーン王国】の離宮に封じられていた野心家のバターフィールド。
彼は強い野心を持ち、そのせいで毒殺されて超越者へ変貌した。
そして、そのバターフィールドを《浄化》したのが他でもないボク。
でもさ? 洗濯に便利なんだよ? もちろんちゃんと手洗いした方がいいのはわかってるけど――人間は欲深いから楽をしたいんじゃよ~♪
他の人は棚に上げるんじゃよ~~♪
「よっし! おいで、ルル!」
チェストの上に置いてあった、聖剣デュランダル。
薄い露草色の曇り1つ無い剣身に、豪華な装飾の施された鍔や柄頭。
そしてローゼのアイデアで拵えた白銀製の鞘。
「お呼びでしょうか? マスター」
「うん! 呼んだ!」
「...ご無事で、本当によかったです」
ルルの唐紅色の瞳が滲む。
可愛い童顔で、透き通る様に青く短い髪を持つルルは、ボクを探し続けた遭逢者。
ボクを愛し、ボクに全てを委ねた存在。
でも――中身は違うんだよ。
今のボクは何でも知ってる。
だから教えてあげる。
キミの中身が何であるのか、を。
「ルル?」
「はい」
「ルルは、聖剣デュランダルの化身として生まれる前の記憶を『覚えていない』って言ってたよね?」
「その通りです。ルルにその記憶はございません」
「うん。これからもずっとボクの傍に居てくれる?」
「当然です。ルルの全てはマスターの物。永久の愛を、永久の誓いを、マスターの為に....」
「ありがとう」
「...ルルが持つ唯一の欲望は、マスターの傍に居る事なのです。だから――」
胸の内に秘めた想いを打ち明け、ルルは語る。
跪き、涙を流し、自分に残された欲望の正体。
それは、ボクとの逢瀬。肉体的な繋がりではなく、精神的な繋がり。
《覚醒》で重なり合った魂の時間が、至福のひと時。
『だからどうか永遠にお傍へ』と、ルルは言ってくれたんだ。
「うん。ボクに来世は無いかもしれない。ボクは禁忌を犯し子供を作るから。だけど――」
ルルに触れ、そっと口付ける。
柔らかく、あまり体温を感じられないルルの唇。
驚いた顔をして、また涙を流したから拭ってあげた。
ルルの想いに、ボクは答えたい。ずっと傍に居てほしい。
この世界で数千年の時を彷徨い続けていた彼女だから。
「目覚めなさい。熾天使、"ガブリエル"」
「――っ!!」
明滅するルルの身体。
眩しくて目を閉じてもボクにはわかる。
キミがなぜこの世界へ堕ちたのか。
それは、今、この時、ボクに逢うためだったんだよ。
「...ま、マスター!?」
「思い出した?」
「は、はい! で、ですけれど...そんな...そんな事って!!」
「驚く事は無いよ? 心配しなくてもいい。ルルはこれまで通り、ルルだから。たとえ光輝く6対12枚の翼を持っていても、ルルは――ルルだよ?」
ルルの背に生やした12枚の光輝く翼。
上位天使第一位の存在で、神の思考を、神の意思を理解し、生命の樹――"この世界"では世界樹を護らなければいけなかった。
だけど、それも"ヤツ"の筋書きから外れた未知の存在。
"精霊王"と"竜王"によって書き換えられた。
だから、目的を失ったルルは彷徨う羽目になったんだ。
当時、"邪神"と呼ばれたボクによって。
「マスター!? る、ルルは..ま、マスターを...」
「落ち着いて? ルル? ボクは代替わりを経て、生まれ変わったんだ。だから、もう敵対する相手じゃない。"そんなこと"、ルルにはわかるよね?」
「は、はい....では、本当に...?」
「うん。ボクは香月カオルであると同時に――」
「太陽神...アポロン様....」
ルルから前世の記憶と言う名の呪縛を取り払い、ついでに雷剣カラドボルグも解き放った。
どうやら自分の存在に納得がいかないみたいで、終始ご機嫌斜め。
そりゃ、ルルは上位天使第一位の存在だし、カラドボルグ――中位第五位の力天使から見れば絶望するのはわかるけど...
「いつまでむくれてるつもり?」
(...むくれてんじゃねぇよ。ただよ...特別だとは思ってたけどよ...クッソ!)
「マスターに対する不敬は許しません」
(わわ! わかったから! 天使で、聖剣を持つなよ!)
デュランダルの柄に手を掛けたルル。
その剣も、当時のボクが作り出した物で、全て"ヤツ"の筋書き通りだったのだろう。
(それにしても、俺が"バルバトス"だったなんてなぁ....)
「それは仕方が無いんじゃない? 堕天使だし」
(雷関係ねぇじゃんか! なんだよ...雷剣とか呼ばれてた俺の立場は...『雷の勇者』になんて言えばいいんだよ...)
「あはは♪ それは"そういう風に"ボクが作ったからねぇ♪ 彼も、カラドボルグに逢えて幸せだったと思うよ?」
(クッソ!)
そう、"魔武器"も"聖武器"も、ボクと"彼女"が作った代物だ。
邪神 対 心善き神との決戦。
この世界で確かに行なわれた悪行。
そして先代のアポロンが堕落してまで護りたかった世界。
まさか神が世襲制だなんて、誰も思わないだろうね。
それに――居るんだよ? まだ。
禁忌を犯し、子を成して死んだ神と、なんとか"この世界"を繁栄させようとして失敗した駄女神が。
「ソロモン王に封印された72柱の悪魔の一人。それがバルバトスだよ? "ボクが居た世界"では、ね」
(カッコイイけどよぉ...)
やっぱり納得できないカラドボルグ。
ルルの存在も、そしてボクが持つ"聖武器"達も気に入らないんだろう。
「それで、なんだけど」
ボクはひとつの提案を始める。
もちろん、カラドボルグ――バルバトス――だけじゃなく、他の天使や堕天使達にも後で。
彼等――じゃなくて、彼女達の力が必要なんだ。
この先、ボクが絶対神...."ゼウス"を降ろすのに。
(んな事ができんのか!?)
「ボクが誰だかわかってて言ってるなら、折るけど?」
(スミマセンデシタ!)
本当に、カラドボルグと話してると飽きないよ。
だから与えてあげる。
ルルと同じ器を。
(でもよ? いいのか? 俺が裏切るとか...考えねぇのかよ...)
「うん。信用してる。堕天使だからって理由で、ボクはカラドボルグを卑下したりしないよ。ボクの先代だって堕落したんだ。それに――『雷滓まで捧げる』と言ってくれたからね」
一瞬、カラドボルグの剣身が光、やがて戻る。
ボクの言葉で何を思い、何を感じたのか。
申し訳無いけどボクには"読めて"しまうんだ。
だからね? ありがとう。
「さてと、話も佳境に入ってきたけど、その前にどうしても話しておかなきゃいけないと思うんだ」
「マスター? 突然何を...」
(壊れたのか?)
「いやいや、壊れてないから。ボク、玩具じゃないから。そう思わない? 女神ロキ」
本棚の影から、小さな――本当に小さな少女が姿を見せる。
緑色の燐光を纏い、ボクをずっと助けてくれていた存在。
そして、ずっと見続けていた"風の精霊"。
ボクに戦う術を教えてくれたのは、ローゼだけじゃない。
彼女も――ロキもそうなんだ。
「ああ、力を使い果たして、話す事も――心を読む事もできないんだね?」
「(コクン)」
「待ってて? 今話せる様にしてあげるから」
想いを込め手を掲げただけで、神力を発揮できる。
他の駄女神も気付いているだろうけど、どうでもいい。
あとでしっかりお説教だ!
「こんにちは。ロキ?」
「....カオルは....俺の事を憎んでるんじゃないのかよ」
「憎む? ボクがロキを?」
「だってそうだろう!? 俺は....俺は...俺はずっとカオルを――」
「うん。監視していたんだよね? でもそれはゼウスの命令だから、ロキは仕方なく受け入れた。そして、受け入れきれなかったから今こうしてボクの下に来てくれたんでしょ?」
ボクの返答に押し黙り、ロキはガタガタと震える。
彼女には、もう人の心を読む神力は残っていない。
あるのはただの精霊としての力。
それも紛い物で、ボクの為に彼女は力を使い果たしてしまった。
武器を作るのも、防具を作るのも、ボクが【アベール古戦場】で死者の魂を輪廻転生させるために願ったから、彼女は――ロキは残り僅かな神力を使ってまで叶えてくれた。
「だから、ボクはロキを怨んだりしない。憎みもしない。むしろ感謝しているんだ。ボクをずっと護ってくれていたからね」
「...カオルは...なんでそんなに優しく居られるんだよ」
「あはは♪ そんなこと、ボクを見続けてきたロキなら、わかりきってるはずじゃないかな?」
「それでも俺は...自分を許せない....」
「じゃぁさ? ボクが許してあげる。ロキがたとえ――愛する人の傍に居る為に、何度も、何度も世界を再創造して、その度に愛する人を壊していたとしても、ボクがロキを許してあげる。
だから、さ? もう、ゼウスの呪縛に囚われなくてもいいんだよ? 女神としての仕事も、全部放棄してボクに押し付ければいい。ボクは全部受け止めてあげるから。
なんなら――"ボクの世界"で幸せを願ってもいい。ロキはもう十分に禊を済ませた。だから、新しい恋をしてもボクは良いと思う。
失われた彼の魂も、ロキの子供も、きっとそう望んでいる。俯かないで? 泣かないで? そんな悲しい顔を、彼も子供も見たくないはずだよ?」
優しく抱き寄せ包み込む。
小さな身体になんて重い過去なのか。
ボクには想像も着かない壮絶な想いを、ロキは乗り越えてきたんだと思う。
だから立ち止まらないで前を向こう?
ボクのお父様もお母様も、きっとそう言ってくれるはずだから。
「おれは...おれ、は....ゆるされるのか?」
「うん。ボクが許す。次代のお父様と、お母様の息子、アポロンがロキを許すよ」
「う....ウワァァァァァ!!!!」
子供の様に泣きじゃくるロキ。
ボクは彼女の思考から、この先に起きる天界の思惑を覗き見た。
当代のゼウスが何をしようとしているのか。
それは、この世界でボクを神に顕現させ、三千大千世界を見守る神の1柱に仕立て上げるという代物。
そしてボクのお父様とお母様は、神の種子を持ち、自らは神位を退く。
何千億年も絶対神として君臨し続けたゼウスが、ようやく見つけた後釜。
それがお父様で、お母様はついで。
それにしてもレトって....最高位の女神ヘラに嫉妬されて追い回されるんだよ?
まぁ、お母様ならヘラすら手玉に取るだろうけど。
お父様が次代のゼウスかぁ....
色々な女性に手を出すゼウスに、お父様が選ばれるなんてねぇ....
まさしく、ボ...ク....やん?
アレ? この世界って、天界と地上世界の縮図みたいになってない!?
エッ!? ボクのこの先の未来は...修羅場やん!?
「マスター?」
「...ん? ああ、ルル? 元の姿に戻ったの?」
「はい。そんなことより...そろそろ限界かと...」
「何が?」
「扉が、です」
ルルの発言と同時に、ボクの部屋の扉が弾け飛ぶ。
壁にも亀裂がいくつか入り、飛んで行った扉はそのまま窓を打ち抜き落ちて行った。
「かぁぁおぉぉるぅぅぅぅ.....」
「ハァハァハァ...も、元に戻ったなら教えなさいよね!」
「おねぇちゃん、心配したんだから!」
「カオル様? その精霊とはどういう関係ですか? 先の女といい...浮気ですか?」
「あ、あははは....」
見れば部屋の入り口に押し掛ける家族達が。
そそくさとロキを取り上げたルルに、沈黙を守るカラドボルグ。
ボクの先行きは不安だらけで、さぁどうしよう?
ま、どうにでもなるさー!
どうにでもなると思っていた時期が、ボクにもありました。
"必殺! 王子様スマイル!"で、なんとかできると思っていました。
しかし、女性は男性が考える以上に嫉妬深く疑り深い生き物で、ボクは今正座をさせられ猛反省中です。
そりゃね? 10人近い見知らぬ女性を連れて来れば怒られる事なんてわかっていたさ。
だけどね? それは仕方なかった側面もあるし、そもそも光希達は自力でボクの領地を目指して旅をしていた訳で。
いずれここに来ちゃうじゃん?
いくら自領内を立ち入り禁止にしてゴーレムを配置していても、光希ほどの手練れと薊達くノ一が居たら無理ってものだよ。
千影と天音はよくわからん! 演武は派手だったけど、なんか戦闘に向いてない感じだし。
ああいう人は奥さんとして、お家を護る事に専念すれば良いと思うよ?
なんか嫌々"武人"を演じているみたいだし?
最低限自分を護れる強さがあれば、それでいいんじゃよ?
「....懲りてないようだな? カオル」
「そうね! オシオキ続行ね!」
「おねぇちゃんも、心を鬼にしてカオルちゃんの為を思ってるんだからね!」
「カオル様? 髪がなぜ伸びているのか説明を。それに、あの雌豚共の説明を!」
「いや、エルミア? 雌豚なんて言っちゃダメだから。リングウェウお義父様と、アグラリアンお義母様に言い付けるよ?」
「ですが!」
「わかってるから。ボクが全部悪いのは。とりあえず、場所を移そうか? それと、ボクの部屋の扉と窓を壊した件は、弁償させるからね?
だいたい、みんなちゃんと働いてたんだろうね? カルアは司祭の勉強どうなってるの? エリーは強くなった? エルミアは学校の手伝いちゃんとしてるの?
ローゼは警護団員のみんなと修練してるの? 働かないで怠惰な生活をしてるなら、ボクは怒るよ?
なに? 甘えてるの? 一日三食昼寝付きで、おやつも出てきて全部ボクが用意した環境だよね? ねぇ、何か言ってみたら?」
捲くし立てる様に責任転換を行なう。
もちろん、みんなの思考は丸見えで、サボっていたのはばれている。
屋上で日光浴とか....ボクもしたかったよ!
「わ、私達はちゃんと働いていたぞ!」
「ブッブー! 嘘吐いたってバレバレでーす! ほら! 行くよ? ここじゃ狭いし、みんなに話さないといけないこともあるし。着いて来て」
そうして反論の余地すら与えず、1階の食堂へ場所を移す。
途中でネコ化の止まらないアブリルと苦労人のファノメネルを拾ってきたけど――メルとカイは見当たらなかった。
人数分の紅茶を淹れたイルゼ達の思考を読むに...どうやらフェリスのお尻に見惚れたカイを、メルは家へ連れ去ったらしい。
今頃地下室で折檻を受けているだろう。
自業自得なんじゃよ? カイ。
「さって、どこから話そうか...」
話す事は沢山ある。
ローゼの名前の由来に出自。
【イシュタル王国】で起きた政変。
ルルの存在に、アイナとボクが何であるか。
だけど――やっぱり最初から全部打ち明けるべきだろう。
「まず、"この世界"の歴史から話そうか。知ってる人も居るだろうけど、この世界を造った絶対神は本当に無能でバカな"ヤツ"なんだ。
今から凡そ8千年前、"ヤツ"は数多の世界を造り終え、そしてこの世界も創造した。土塊から自らの子供を作りあげ、その子供は2人の男女だった。
"ボクの世界"ではアダムとイブと呼ばれ、2人は禁断の果実を喰らい肉欲を知った。
そして2人は目合い子を生し、子が子を産み、やがて巨大な国が生まれる。
聞いた事があるよね? 太古の昔に栄華を極めた"魔法文明"。それがこの世界の始まり。そして――もっとも愚かな行為を行ない悲惨な末路を迎えた王国。
始めは、小さな集落だった。だけど、やがて人が増え"魔法"という異能を持ち得たからこそ急速に成長し、腐り始めた。
その理由。それは、彼等彼女等が人間だったから。
人間は欲深く、自我が強い。生存本能のままに生きる動物とは違う。そこに異能の力が加わり、急成長を遂げた魔法文明はやがて資源を枯渇させてしまう。
水も、食料も、鉱石も、何もかもが足りなくなったんだ。増え過ぎてしまったからね。需要と供給のバランスが崩れれば、経済は崩壊してしまう。
そんな事、人間もわかっていたはずなのに....だけど、止められなかった。
そして...同胞同士で物資を奪い合う戦争を始めた。
今の時代で起きる戦争なんて、比べ物にならないくらいの大戦だ。
なにせ、当時の人間は全員"魔術師"として産まれていたから。
大地諸共大魔法で同胞を焼き払い、高度に発達した"魔法文明"は、多くの魔導具を作り出した。
本来は農工業に使われていた魔導具が、あっという間に変貌したんだ。殺戮兵器として、ね」
紅茶を啜り一息吐く。
永い話は、まだ序盤ですらない。
本当に、沢山の事を伝えなければ。
ボクの傍に居るという事は、危険を伴うという事だから。
「"魔法文明"の末期。ついに人間は"禁断の魔導具"を誕生させる。
それはとても不完全な代物で、失敗作だった。
巨大な黒い甲冑姿で内部に無数の棘を持ち、"魔術師を生贄に捧げ"敵も味方も何もかもを壊し続ける。
ソレは、"魔導甲冑"と後に呼ばれ、"生贄が死なない限り"動き続けた。
そして、吸血鬼のアスワンが【イシュタル王国】のドゥシャンに渡した物。
だから、ボクはノワールの身体を借りてソレを壊しに行ったんだよ?
他の誰にもできない。ボクにしかできない事だから」
「...それでカオルさんが【聖騎士教会】に【イシュタル王国】の援助を頼んだのですね?」
「そうだよ? ファノメネル。もちろん、オダンを新国王に据えたのもボクだ。彼は優しいし、強いから。今の【イシュタル王国】で、国王の器として彼よりも相応しい人物をボクは知らない」
「そう...だったんですね....」
「うん。話を戻すよ?
"魔法文明"の末期。いや末世と呼んだ方が的確かもしれない。その世紀に、とうとう天界から神が降りてきたんだ。
堕落し、"邪神"と呼ばれた存在と、堕天使達が...ね。
邪神が光臨した目的。それは人間の救済だった。
それなのに、邪神の後に降りて来た神と天使が、邪神と戦い始めてしまった」
「待て! なぜ人間を救いに来た神が、"邪神"なんて呼ばれているんだ? 私が知っている史実では――」
「ローゼが知る史実は、みんなも昔話として聞いた事があるかもしれない。だけど、それは歪曲されて伝えられた物。いや、"そうせざるを得なかった"。というところかな? そうだろう? 女神シヴ。女神ウェヌス。いい加減出て来たらどうだ?」
アブリルとカルアを見詰め、ボクは静かに待った。
『心善き神』と謀り、真実を捻じ曲げたのはこいつ等だ。
中に居るんだろう? さっさと出て来いよ。
「....いつ気付いたのかしら?」
「昨夜、かな。ノワールがアスワンを喰らった時に、ウェヌスの情報があったから。シヴに気付いたのはついさっき。ボクが、"神として目覚めた"時だね」
「そう....」
いつか見た教会の石像。
シヴはその女性像に酷似していて、ウェヌスはあの地下迷宮で出会ったときのままの格好。
神が歳を取るはずもないのだから当然だ。
そうして2人が登場し、場は騒然となる。
なにせアブリルの身体をすり抜けてきた相手は、自身が崇める主神。
【聖騎士教会】の影の創設者。永年見守り続け、年に一度だけ豊穣祭の時にご神託を授ける。
それが女神シヴの役目。
完全にウェヌスは空気だけどね~。
「ほ、ほほ、本物のシヴ様!?」
「にゃにゃ!? 聞き覚えのある声にゃ!!」
まぁアブリルは聞き覚えがあるだろうね~。
年に一回の豊穣祭で、ご神託を直接受けていたんだから。
それにしても綺麗な金髪だ。
ボクが知る神話では、ロキが悪戯でシヴの髪を切り取っちゃうんだよね~。
なんとなーく気持ちはわかるけど、やっぱりローゼの髪の方が好きかな?
身内贔屓かもしれないけど。
「本物よ? いつも聞いているわ。あなた達信徒の祈りを。でもね? 『豊穣の実り』や『平和を願う』のは良いのだけれど、『胸が大きくなりたい』とか、『恋の成就』を私に願わないでほしいのだけれど?
そういうのはウェヌスにしなさい? 彼女は"愛と美の女神"なんだもの」
「いや、ウェヌスはダメだよ。天界でも、節操無く男性神を誑かす悪女なんだから」
「カオル? それは先代の話よ? 私は処女神なのよ? でも――そうね。カオルが相手なら、私もやぶさかではないのだけれど?」
「ナイナイ。ソレハナイ。アフロディーテと呼ばれたウェヌスに手を出す事だけは、ナイ」
まったく嫌な女神だよ。
本気でボクを狙ってるとか、そんな事を考えるのはヤメロー!
脳内でボクを陵辱スルナー!
お前もだ! シヴ!
「で、親和性の高かったカルアに取り憑いてボクの傍に居たって訳だ?」
「ええ。あの地下迷宮で別れた時から、ね♪」
いや、ウィンクいらないから。
無駄に大きい胸を強調するな!
カルアの方が大きいんだぞ!
「さて、話を戻すよ。
『心善き神』と謀ったこの駄女神達と一緒に、もう1柱の神が天界から降りて来たんだ。
それが、ボクの先代"太陽神アポロン"。彼は絶対神ゼウスの息子で、"特別な命"を受けていた。
まず、堕落した邪神の抹殺。これはシヴやウェヌス達も合同で行なった。そう仕向けられたから。
そして壮絶な戦闘の末に邪神を倒した後、アポロンは気付いてしまう。
『自分達こそが"悪"なのではないか』ってね」
「その通りよ。だから彼は――堕ちたの」
「うん。だけど、ただ堕ちた訳じゃない。戦争で生き残り、天界に帰る力も失った天使達に、新たな力を与えた。そして、堕落し、堕天使達をも救ってみせた」
「女神ヴァルカンの力を得て、ね」
一斉に殺到する視線。
ローゼも思っていなかったであろう。
自分が神の名を騙り、生きていた事を。
だけど違うんだ。
ローゼは偽りの存在じゃない。
ローゼは、ボクと....
「わ、私は女神なんかじゃないからな!」
「ヴァルをどこからどう見て女神なんて....」
「おねぇちゃんは、ウェヌス様に似てるから女神かも~♪」
「カルア姉様...空気を読んでください...」
「あはは♪ いつも通りのみんなでよかったよ♪ だけど――うん。ローゼ? 教えてあげる。君の本当の名前と真実を」
「ローゼ? そういえば、カオルは昨夜からずっとその名前で私を呼んでいたな」
「そうだよ。ヴァルカンは偽名。本当の名前は、ローゼ・ハトラ・マーショヴァル。亡国【マーショヴァル王国】のお姫様なんだよ。
そして、ローゼは....女神ヴァルカン。ヘファイストスとも呼ばれた火と鍛冶の女神の末裔」
それが真実。
"この世界"は歪に歪んでいる。
急造された世界だから仕方がない。
"ボクが産まれた世界"とは、時間軸がずれているんだから。
「...私が、女神の末裔? 姫...だと?」
「うん。覚えているはずだよ。ローゼは6歳以前の記憶が無い事を。両親も覚えていない。
なぜなら――時の魔法によって、眠らされていたんだ。約300年の間、ね」
それが精一杯だったのだと思う。
当時のアーロン・ハトラ・マーショヴァル国王。ローゼのお父様が、叔父の開発した吸血鬼の危機を察し、『ローゼだけでも』と逃がした。
そして永い年月の間に忘れてしまった。大好きな両親の事も。王国の事も。
引き摺られた。いや、計画通りだったんだろう? ゼウスの。
「...なんで...カオルがソレを知っているんだ...私は...一度も話した事など」
「そうだね。ボクは今まで聞いた事も無かった。聞く機会はあったけど、ボクは聞かないでいた。だってローゼもそうしていてくれたから。
ボクの両親が殺された事を、ローゼは薄々気付いていたみたいだから」
「それ...は...だが!」
「今は信じられないかもしれない。わからないかもしれない。
だけど、立ち止まらないで。悩むならボクも一緒に悩むから。前を向いて欲しいから。
ボクが憧れ、愛した人に、悲しい顔はして欲しくないから。だから――ボクの傍にずっと居て?」
椅子から立ち上がりローゼの下へ。
不安と戸惑い。何を信じたらいいのかわからない。
そんな想いを胸に、だけどやっぱりローゼは強くて。
ボクの願いに、泣いて、笑ってくれた。
やっぱり――美しいよ。
「...カオル」
「なに? ローゼ」
「私がカオルと出会ったのは...」
「必然だったんだよ」
「そう、か....」
言いたい事、聞きたい事、その全てを呑み込んで、ローゼはボクを抱き締めてくれた。
そして言ってくれたんだ。
「愛してる」
「ボクも、愛してるよ」
「それじゃぁ、続きを話そうか」
ローゼと抱き合ってしばらくして、ボクは話を再開した。
ボクの手を握って離さないローゼは、なんだか子供みたいで可愛らしい。
綺麗で可愛いとかズルイと思うよ?
「カオル? 私が話すわ。彼の――アポロンの末路を」
「...そうだね。実際に見た、シヴが話した方が良いと思う」
そうしてシヴは語る。
自らの行ないを悔いたアポロンが、ヴァルカンの鍛冶の神力を借りて天使や堕天使を武器に造り替えた事を。
そのせいでアポロンの神力が全て失われ、命を落とした事を。
そして、彼の願いをシヴ達が引き継いだ事を。
「私達に出来る事は限られていたの。だから、"精霊王"と"竜王"の力を借りて、妖精族・獣人族を生み出したのよ」
「それも、人間を基に創ってしまった。いや、それ以外に手段が無かった。絶対神ゼウスに抗う事なんて、君達にはできなかったから」
「...その通りよ。その結果――世界はまた、戦争を始めたわ」
「でもね? 私達も頑張ったのよ?」
「【聖騎士教会】を創設し、"教義"を作った。それにウェヌスが影で動いてくれたものね」
「そうなのよ?」
「言い訳がましい」
ピシャリと言い切る。
駄女神はどこまで行っても駄女神だ。
「あ、あのな? カオル...その...女神ヴァルカンは何で死んだんだ?」
モジモジするローゼ。
はっきり言おう!
超可愛い...
これはチューするしかないと思うんだ!
ボク、男の子だもの!
「ローゼ...」
「か、カオル...」
「だー! いいから話を続けなさいよね! 重要な話なんでしょ!?」
まさかの伏兵エリーによって、ボクとローゼの逢瀬は阻まれる。
ちょっとくらいよいではないか?
おじぃちゃんはチューしたいんじゃよ?
なんなら、エリーでも良いんじゃよ?
もう、どんとこーい!
「しょうがないなぁ...エリーもしたいんだね? それじゃ――」
「カオル様? お話を進めてください。"わかりましたね?"」
「あ、ハイ」
冷酷な視線で有無を言わさず肯定させられたボク。
エルミアを怒らせてはいけないんじゃよ。
「むぅ。それで女神ヴァルカンが死んだ理由だったね? それは、"禁忌を犯した"からだよ」
「禁忌?」
「うん。"この世界"へ降りて来た神々は、神力の回復ができない。それは即ち自壊を意味する。
邪神と戦い天界へも戻れず、残された神々はアポロンの願いを叶える為に尽力した。
だけど、そうしなかった神も居たんだ。いや、そうせざるを得なかったのかもしれない。
全部、絶対神ゼウスの描いた思惑通りだったんだろうからね。
そして、ヴァルカンが犯した禁忌――それは子供を産む事だったんだよ」
シヴとウェヌスも頷いて答える。
自分達はゼウスに逆らえない。
因果を操る程の力を持つゼウスは、全てに置いて絶対なんだ。
「それで私が末裔、なのか?」
「うん。ちなみに、アイナもそうだよ?」
「「「「えっ!?」」」」
みんなも知らないその事実。
だけど、本当にそうなんだ。
彼女は先代アポロンの妹。
「アイナの先祖は、女神アルテミス。アポロンの妹なんだ」
「そう、ね」
「やっぱりわかっていたのね?」
「そりゃ、アイナは不思議な力を持っていたからね。ボクの存在にすぐ気付くし、それに――なんか覚えて無いけどお酒を飲むと、ボクは暴走するみたいだし? それもアイナが居れば平気だったみたいだし?
というか、ボク...散々ローゼ達に酷い事してるね!? あー...せ、責任は取るから安心して、ね?」
まだ天羽々斬を取り込んでから時間はあまり経過していない。
だから無意識にみんなの意識を読み取ってしまうんだけど...
なにあの濃厚なキス....
ボク、子供なのに....
立派な大人――キス魔――になってた!
「いや...まぁ...なんだ....嫌じゃなかったし....な?」
「わ、私も...その...嬉しかったし?」
「おねぇちゃんも! ちゃ~んと、結婚してくれるなら問題ないわぁ~♪」
「カオル様? ご安心ください。次代のエルフ王は必ず産んでみせます」
「みんなが許してくれるならいいけど....」
ヤバイネー。本当にこの身体もヤバイネー。
シルフには感謝だよー。
『世界樹の雫』のおかげで、もう酔う事も無いし、あの惨劇は起きない。
ノワールがエロスな原因も理解できたよ。
デモ、ホントヨカッター。
「だが...いいのか? アイナは妹なのだろう?」
「ん? 正確には、先代アポロンの妹で、末裔だから何も問題はないよ?
それに、アイナが持つアルテミスの力は、ノワールが喰らうからね~」
そうしなければいけない理由もある。
今のノワールは云わば魔神だ。
暗黒魔法に死霊魔法。
ボクに使えない数々の禁呪を使え、因果から外れた存在。
いつ暴走してもおかしくない力を宿し、実際ボクも呑み込まれそうになった。
だから、楔は必要なんだ。
神と言う名の楔がね。
「そんな事もできるのか...」
「そんな事もできるから、神なんだよ?」
「本当にカオルが...神に?」
「うん。気付くタイミングは沢山あった。まずはボクが持つ不思議な力。お父様から譲り受けた『香月本家の嫡子』として、ボクの体内――霊体って呼んだ方がいいかもしれないけど、そこに神の種子が埋め込まれていたんだ。
その種子は、宿しているだけで力を持っていた。
ローゼは不思議に思った事ない? ボクが"見て"、"理解"しただけで何でも出来てしまう事を」
「それはわかっていたな。カオルは教えればなんでも器用にこなすし、鍛冶も戦闘術も簡単に覚えてしまって...正直、今じゃ到底太刀打ちできないだろうな」
「ん~...剣術だけは、まだまだローゼの領域に達していないとボクは思うんだけどね~」
「いや、カオルはそう言うが...」
「あ! 思い出した! ローゼ! ボクはローゼにチョップしないといけないんだ!」
「な、なんだいきなり!?」
「いきなりじゃないよ! なんで戦闘技術とか、奥義とか知らないのさ! 天然で覚えてそれをボクに教えてたな!」
「そ、それは仕方がないだろう!? (技名とか面倒臭いし)」
「聞こえてるよ! ていっ!」
「アイタッ!!」
まったく! なんて『残念美人』なんだろうね!
反省してないとか...もう!
「ま、その件は後でじっくりエリーを交えて話し合うとして、みんな不思議に思った事ない?」
「エ? 私も怒られるの?」
「いや、エリーは『第1級冒険者に成る』んだから、ちゃんと強くならないと。それにみんなも最低限自分を護れるだけの強さを持ってもらわないといけないからね」
「あ、そういうこと」
「おねぇちゃんは強いわよぉ~♪」
「...カオル様が指導してくださるのですか?」
「ん~...エルミアはそうだね~。なんたって、ボクは太陽神アポロンだからね♪」
知性と道徳。律法に秩序。音楽に弓矢と、医療、予言、家畜を司る多面性の男性神。
それがアポロンだからね~♪
なんでもできちゃうんじゃよ?
「で、ボクのもうひとつの不思議な力だけど――ボク、雨に降られた事がないんだよね」
「そういえば....」
「たしかにそう...ね」
「ん~...おねぇちゃん、わかんない」
「ですが、【エルヴィント帝国】は温暖な気候と言いますし、山間に雨が振り、平野部が雨に降られるのは稀な事と聞きましたが?」
「いや、カオルが帝国に来たのは半年ちょっと前だ。それまでの2年以上は、【カムーン王国】に住んでいた。だから――ん? たしかに"雨は"降っていなかったな。雪は降ったが」
「うん。ボクもそこが不思議だったんだ。なんで?」
この中で知りえるだろう人物。
それはシヴか、ウェヌスか、ずっとルルに抱き抱えられているロキか。
「...カオルが異世界から転移してきて、まだ身体に力が順応してなかったからだよ」
「なるほどね~...教えてくれてありがと! ロキ!」
「べ、別に...そんくらいいつでも...カオルの為だし...」
つ、ツンデレおねぇさん...だと...!?
ローゼとエリーを足して2で割った感じか!
なにその良いとこ取りな感じ!
いやいや、早まってはいけない。
そんなロキを"欲しい"とか...ゼウスみたいになっちゃうから!
節操無しになっちゃうからー!
「...ねぇ? 精霊がしゃべったんだけど?」
「奇遇だなエリー。私にも聞こえたぞ?」
「おねぇちゃんも...」
「...精霊王...ではないですね」
「ああ、その子は女神ロキ。シヴもウェヌスも知らない存在。だって、この"閉ざされた世界"で現在の天界の情報なんて得られないからね~」
ロキが産まれたのは、シヴやウェヌス。この世界へ降りた神々の後だ。
「また女神か!」
「なんだか信仰心とか無くすわね」
「お、おねぇちゃんはシヴ様を信仰してるわよぉ!」
「カルア姉様? さきほどウェヌス様と似てるとかどうとか...」
的確なツッコミを入れるエルミア。
さすがだけどカルアが涙目だから許してあげて。
内心、ちゃんとシヴを信仰してるから。
駄女神だけどね!
「さってと、歴史の時間はこれで終わり。次はこれからの話をしようか」
そうしてボクはまた語る。
ゼウスに抗う術と、ボクが想い描く未来を。




