第二百五十七話 帰ってきたけど...
無事にメリッサの引き入れも完了して、泉姉妹の2人をエーファと、イーナに紹介して素っ頓狂な声をあげて、光希はフェリスとなんだが険悪な雰囲気で...
そして終始無言のルチアとルーチェがなんだか涙目で....
なにがあったの?
「ヴェストリ公爵様に『【イシュタル王国】から無事に帰還したから』と、祝い酒を...」
「お酒苦手なんです。それなのに、『駆け付け三杯が基本だ! ガハハ!』と無理矢理...」
「あんな強いお酒を...うっぷ」
「兄様が身体を張って助けてくれたんですけど...それでも三杯は...うぅ」
あの髭もじゃドワーフ親父め....
こんないたいけな双子の兄妹になんて事を!
おじぃちゃん――この数時間で一気に歳を取った気分――は許さないんじゃよ!
「そうかー...そうねー....まぁ、これ飲んでみるといいよ?」
《魔法箱》から2本の試験管を取り出し手渡す。
秘蔵――公に出すと【聖騎士教会】が潰れる――の青いハイポーションだ。
なんでも、普通のポーション以上に解毒作用があるらしい。
酒毒にも効くはずなのだ。
「...これ以上飲み物はちょっと」
「わ、私も...」
「まぁまぁ! 飲んでみればわかるよ~♪ それとも、アレかな? 口移しをご希望かな?」
顔を近づけウィンクひとつ。
妖しく舌なめずりをすればそれで――
って! だからなんで勝手にそういう思考に行くのさ!
「「是非に!」」
「冗談だから」
即撃墜。
もちろん全ての犯人はボクだ!
....ごめんなさい。
「はいはーい! 飲んじゃおうねぇ~♪」
うっぷうっぷ言いながら、なんとかハイポーションを飲み干した2人。
それからしばらく――10秒くらい? で、効果も現れあら不思議! 元気を取り戻したのだ!
「...気持ち悪いの治った!」
「...私も!?」
「それはよかったよかった♪」
良い事なのか悪い事なのか...わからないけど呑み過ぎには注意だねぇ~。
「で、光希? 千影達はどこへ行ったの?」
「彼女達は演武をしに外へ...ところで、カオル様?」
「演武をしにって...街中でなにしてんの...で、なに?」
「この女中は?」
女中って...
まぁそういう文化だとわかってたけどね!
江戸時代的なアレでしょ?
「ボクの身の回りのお世話をさせてる、侍女のフェリスだよ」
「はい。私は、ご主人様に仕える使用人。朝の目覚めから、寝屋で目を閉じるまで、ご主人様の全てのお世話をするのが使命でございま――」
「ボクより早く起きた事なんてないよね! このダメイド!」
「ハァン!!」
躾けは必要だね!
ご褒美かもしれないけど!
「まぁ、そんな感じの仕事をさせてるよ。掃除とかね」
「...わかりました。(伽係ですね)」
いや、"どっちの意味"で伽係なんて呟いたのかね?
ボクが病気した時の看病役なら許そう。
違う意味なら、ソレハナイ。
ボク、ハヤクカエリタイ。
「それで、メリッサ? いつ引っ越す?」
「ん? そうさねぇ」
「今すぐでもいいんだよ?」
「...そんな事ができるのさね?」
「できるのさね!」
「真似してんじゃないよ!」
「イタッ!?」
怒られた! 両親にもぶたれた事がな――普通にあった。
特にお母様...ボクが小食なのを知ってるくせに『い~っぱい食べないと大きくなれないわよ~』とか言いながら、膨大な量のチャーハンを大皿に乗せて...
アレは普通、みんなで取り分けて食べる物なのに....
おかげでお父様のお腹がポッコリしてたっけ。
懐かしいなぁ...
「ご、ごご、ご主人様に手を上げるとは! なんて不敬な!」
「ああ、いいのいいの。メリッサはボクの先生だから」
「ですが!」
こんな時だけ使用人なフェリス。
でも本当にいいんだ。
こうしてボクを叱ってくれる存在は貴重なんだから。
それに――防具作りの先生だしね。
師匠はローゼ1人だけなのだよ。
「それで...ああ、そういえば、お隣さんって引っ越したんだっけ?」
「そうさね~...『帝国で一旗上げる』なんて言って出てったさね」
「それじゃ、空き家なんだよね?」
「そうさね? それがどうしたのさね?」
「じゃぁ――」
せっかくだから、"ソレも"持って行こう。
なんたってメリッサのお店と同じ造りをしてるんだ。
新しく建てるより、くっ付けちゃった方が後々良いよね♪
という訳で、善は急げとルチアとルーチェにお使いを頼み、あれよあれよと言う間に先日対面した鍛冶ギルドの職員キャリーと、商業ギルドの職員アキッレーオと名乗る猫人族の男性を連れてきてもらった。
「メリッサ...行っちゃうの?」
「泣くんじゃないさね! 女の涙は、結婚するまで取っとくと良いさね!」
メリッサのお店の外で、美しき友情劇を見せるキャリーとメリッサ。
喰ってかかったフェリスですらも貰い泣きし、光希は口元を鉄扇で隠す。
そして千影達は――本当に演武をしていた。
薙刀から繰り出される<五月雨突き>からの<なぎ払い>。
かと思えば、イーナが「これぞ<大車輪>!」とか叫び、槍中央部を持って、手を交差させクルクル回す。
いつの間にやら人垣が出来、一種の興行みたいにヤンヤヤンヤと大騒ぎ。
天音とエーファの2人がちゃっかり"御捻り"をせしめ、しめしめとほくそ笑む。
ボクは、どうしたらいいのだろう?
何この無法地帯。
アキッレーオが滝の汗を流してドン引きなんだけど。
いや、ボクもドン引きだけどね!
「ハッ!? と、土地の購入でしたよね!?」
「いえ、上物だけでいいんです。土地は要りません。メリッサの土地は――いらないみたいなので、上物の購入資金に当てていいそうです」
「そ、そうですか? わ、わかりました」
早くこの場から逃げ出したいだろうアキッレーオ。
そそくさと計算を始めているけど...ソレ、算盤?
片手大の四角い木枠に数珠繋ぎの石目。
まさかこの世界の算術に、掛け算や割り算が無いなんて事は無い...よね?
暗算...できないの?
「で、出ました。移設費用その他諸々含めて――」
「いや、移設はボクがやるので、単純に土地単価と家屋の値段を相殺してください」
「...はい?」
「だから、ここ近辺の土地単価がその程度なら、上物の家屋の値段と相殺できるでしょ?」
「それは...そうですが...」
「なので、メリッサの土地の売値と、隣の家の家屋分で金銭は発生しないじゃないですか」
アキッレーオ....メリッサの工房兼商店は、確かに貴族街からも、平民街からも、商店街からも遠いし、正直商いに向いている土地ではないのだ。
そして...土地価格表をそんなおおっぴらに見せていいのか?
計算している最中に丸見えだったのだよ....無能か!?
土地の価格変動とか、不動産投資で儲けるのは普通なんだよ!?
商業ギルドの職員でしょ!?
管理がずさん過ぎるよ!
あと...ボクの学校の識字率と算術はあとでちゃんと調べておこう...
いや、アーニャとオレリーお義母様に限ってそんな事は無いと信じたいけど...
「はいはーい! 契約完了~♪」
抱き合うキャリーとメリッサを強引に引っぺがして、契約書にサインをさせた。
アキッレーオがボソボソ呟いていたけど、お前は無能だ!
甲と乙の区別もできんのか!
おじぃちゃんは泣いてしまうゾ!
「それじゃ行こうか? 薊!」
「ハッ!」
するっと観衆の死角から姿を見せた5人のくノ一。
場にそぐわぬ忍者の登場に、またも大騒ぎを始める王国民。
仕事はどうした、仕事は。
「メリッサも行くよー?」
「わかったさね! 身体に気を付けるさね? キャリー」
「うん...ぜったい、絶対また会おうね!」
「もちろんさね」
まさか同性愛じゃないよね?
何この恋人同士の別れみたいな雰囲気...
ヴェストリ外務卿大丈夫かなぁ...
応援してるよ...
「ファルフ!」
「クワァ!」
悔しくも、『心善き神』ウェヌスから贈られた赤いガーネットの魔宝石。
そこに刻まれた召喚魔法により呼び出された鷲獅子姿のファルフ。
嘴を撫でれば嬉しそうに目を細め、なんとも愛くるしい仕草。
そして、周囲は静寂に包まれた。
「さ、光希達も乗って! フェリスも!」
有無も言わさずファルフに乗せられたフェリス、メリッサ、光希、千影、天音に薊達5人。
ここにルチアとルーチェ、それにボクは定員オーバー。
なので、やっぱりこの子達の出番。
「出ておいで? クロ! アカ!」
地面からのそりと姿を現す赤と黒の幼竜2頭。
体躯20mはさすがに迫力があり、啞然としていた観衆達が大急ぎで逃げ始める。
「グルル」と嘶いているのは、ただ遊んで欲しいからなんだけど...わかるわけないか。
「ルチアとルーチェは、アカに乗せてもらって!」
「「エッ!?」」
「いいから早く! 背中のトゲトゲには気を付けてね! 刺さるから!」
フフフ...既に試したんじゃよ...お尻に刺さったのは痛かった....
そうしてボクは次に魔法を発動させる。
「《影呑》」
《影移動》の上位版とも呼ぶべき魔法。
クロとアカが忍ぶ影の空間。
正確には裏の空間?
ま、どっちでもいいけど――そういうもの。
ソレを使いメリッサのお店と隣家を丸呑みに。
後に残る更地をニンマリ見詰め、ボクはクロの頭に飛び乗る。
「じゃぁ行こうか!」
王国民50万人が暮らす王都。
その上空を優雅に飛ぶ2頭と1羽。
最後にエーファとイーナに感謝を告げて、ボクはようやく帰路に着いた。
領地に帰る道すがら、何度か休憩を挟んでようやく...本当にようやく帰ってきた。
途中でルチアとルーチェが涙目で懇願し、ボクが死蔵している色々な革をメリッサが加工しアカの背中に鞍らしきものを拵えたり。
ソレを嫌がるアカを必死で説得したり。
やっぱり竜騎兵なんて夢物語だと悟ったり。
クロは頭の上にボクが乗っても嫌がらないのに....なんでだろうね?
「ボクは帰ってきた!」
眼下に広がる3つの防壁。
外周部分の第三防壁内に、いくつかの石畳が敷かれた大通り。
そこに並んだ屋台と商店。
青空市をしたのが2日前とはまったく思えない。
そして、第二防壁内から特別な空間。
ボクが選んだ人しか入れないその場所に、警護団詰め所と更地の修練場。
隣に忌々しい――イライザとレーダが居る――冒険者ギルドが建っており、ちょっと離れたところに迎賓館。
南と東に植林した果樹園もあったりする。
そして、なんと言っても第一防壁内。
学校があって、畑もあって、日本庭園風の庭がある宮殿。
当初の予定では、西洋風のエルヴィント城を建てるつもりが、何故かヴェルサイユ宮殿が出来てしまった不思議な家。
それでも中身は快適だから、いいんじゃよ!
「これが...ご主人様のお住まい...」
「わ、私には"伯爵"という階級がわからないのですが...こんなに大きな...町を....」
「ち、千影姉様? これは町ではなく、お城ではないでしょうか?」
「こりゃたまげたさね....防壁があんなに高いなんて....考えられないさね...」
「...(お父上様。光希は、必ずカオル様とのお子を成してみせます!)」
「る、ルーチェ?」
「に、兄様? なんだか街が大きくなっているような」
「お、俺もそう思ってたところだ....」
何を驚いているんだかわからないけど、街とはこんなものだ!
むしろ、ボクが本体に戻ればさらに大きくするよ!
アーシェラ様が悔しがるくらいに、ね....フフフ....
「ご主人!」
「アイナ!」
宮殿前に着地したボク達を迎えてくれたアイナ。
やはり匂いでわかるのか!?
なんて、本当は違う事をボクは知っているけど。
「...大きい」
「ん? ああ、ノワールの身体だから」
ここでも胸をモニュっと揉まれた。
大丈夫。アイナも大きくなるよ!
むしろ大きかろうが小さかろうが、胸なんて授乳できればそれでいいのだ!
赤子にお乳をあげなされ?
「「「「「「お帰りなさいませ。ご主人様」」」」」」
ずらっと並んだ侍女のメイド。
オレリーお義母様を筆頭に、メイド長のフランと、イルゼ、ヒルデ、ナターリエ、サビナの6人。
その後ろに人形達が総勢数十名。
なんとも壮観な光景だけど、クロとアカの姿に顔が引き攣ってるのがバレバレだ。
「ただいま! みんな!」
グッタリしたルチアとルーチェを降ろし、急造の鞍も外してアカとクロを影に戻す。
疲れもしなければ、食事も必要ない幼竜だけど、産まれて間もないのだから休息は必要だ。
「ありがとう」って感謝を告げれば「グルル」と嘶き、今後このドラゴンはボクの国の"守護竜"に成るんだしそれなりの扱いをしないとね?
もうすぐ仲間も増やすから、楽しみに待ってて!
「光希達も降りちゃって~」
鷲獅子姿のファルフから光希、千影、天音、薊達くノ一5人と、メリッサ、フェリスの10名も降ろし、ファルフの嘴を撫でてやる。
さすがにファルフにはきつかったのか、ちょっと疲れていたみたい。
アカとクロと"良く似た"存在のはずだけど、限界ギリギリの乗員数で疲れたか。
【イシュタル王国】と【カムーン王国】間では、ボクも乗せてもらってたしね。
ゆっくり休むといいんじゃよ?
「あとで怪鳥を食べようね~」
「クワァ!」
「うんうん♪」
約束は守らねばならぬのじゃよ!
「....それで、カオル? なんだこの女達は」
「う、浮気ね! そうなのね!? 私という者がありながら!」
「おねぇちゃんは悲しいわぁ~」
「カオル様? 説明していただけるのですよね?」
"いつも通り"のローゼ達。
ボクが光希達を連れて来た事に怒ってた。
だけどね?
ボクにも作戦はあるのじゃよ!
「メリッサ? ほらほら、師匠だよ~♪」
「久しぶりじゃないさね! ヴァル!」
「め、メリッサ!? な、なな、なんで来たんだ!?」
「なんでじゃないさね! カオルに頼まれて、鍛冶師としてわたしゃここに住むのさね!」
「なんだとー!?」
しめしめ...これで上手くはぐらかせるね♪
「さてっと、紹介するね? ボクの婚約者のカルアと、エリーと、エルミア。それに今は侍女姿だけど、フランとアイナ。
こちらの淑女はフランの実母で、将来ボクのお義母様になる、オレリー義母様。
あとは当家で雇っているメイドの4人に――お? 来たね♪」
カチャカチャと最小限の音を鳴らし、行軍してきたルイーゼ達9名の護衛団。
昨夜はローゼと、エリーと、エルミアも含めて大活躍だったから、ここはひとつ大袈裟に。
「我が領地を守護する、華麗なる兵士! 名乗りをあげよ!」
「ハッ!! 我が身は主神カオル様を護る盾にして剣! 名をルイーゼ!」
「同じく、実妹のルイーズ!」
「同じく、ジャンヌ!」
「同じく、シャル!」
「同じく、セリーヌ!」
「えっと...同じく? ヘルナ」
「なんやこれ...ま、ええか。アガータや」
「イザベラやで。なんなんこれ?」
「....サラ」
うん...ボクもこれは予想してなかったよ...
なんか騎士の誓いみたいな...主神カオルって、まだ続いてたのか...
まぁ、"本物の神"だけどさ。
「あと...お? 来た来た♪ この子が当家の家令、メルね? そんでもって、こっちの人間の青年が、家令補佐のカイ。2人は婚約者同士で、近々挙式予定」
「...初めまして。香月伯爵家の家令を勤めております、メルと申します」
「か、カイだ...です」
おぉぅ....メルはさすがだけどカイよ....
メルのひと睨みでそんなに怯えるなんて...尻に敷かれておるのぅ。
おじぃちゃんも気を付けるんじゃよ...
「で、あそこでメリッサと話してるのが、ボクの婚約者で師匠でもある。元ヴァルカンって名乗ってた人。本当の名前はローゼって言うんだ」
そう、本当の名前はローゼ。
気高く美しい薔薇。
元の身体に戻ったら、全てを語ろう。
だから、黙っておけよ? "ウェヌス"。
「カオルちゃん? ローゼっていったい――」
「その話しはあとでね? さて、ボクが連れてきた子達の自己紹介をしようか?」
何か聞きた気な一同を言い含めて、光希達に促す。
全部は後で話すんだよ? カルア?
「皆々様、初めまして。私の名前は【ヤマヌイ国】国主、鳳光輝が一子。鳳光希と申します。
これに控えるは、私の配下。守護方御側御用人、泉猛が実娘の泉千影と、妹の天音」
「よろしくお頼み申す!」
「よろしくお願いします」
さすが一国の姫君。
優雅で洗練された物言いと仕草。
だけどね?
千影はなんでそんなに片肘張った"武人"を演じているのかな?
天音を見てごらん?
普通の女の子だよ?
「それと――」
「ああ、こっちの"黒尽くめ"の彼女達は、ボクの家臣として雇ったから。他にも数十人居るみたいだし、そのうち連れてくるよ」
薊達くノ一は、ボクの"言う事を利く"という神力を経て、"忠義の誓い"を行ない主を鞍替えした。
そんなに簡単に主を変えて良いのかと思うけど、ボクの"漆黒髪"は現在の【ヤマヌイ国】を治める国主よりも力がある証拠なんだって。
ここでも『血統が優先されるのか!』なんて怒りたくもなったけど、まぁ彼女達の生い立ちを考えれば受け入れられなくもない。
こんな肉体改造を施すなんて、"この世界の神として顕現した"ボクは許せないからね。
だから、受け入れるよ。
風牙衆くノ一部隊? の"朱花全員"を。
「ま、当面は光希の護衛をさせる。だけど――ボクの領地で暮らす人に害を為せば....わかってるね?」
「「「「「御意!」」」」」
「うんうん♪ そのつもりでね~♪」
その後は個々に自己紹介をさせ、フランとオレリーお義母様に人形達を伴わせ、光希達は迎賓館へ連れて行かれた。
時間的にお昼も過ぎてるし、昼食とお風呂でも入ってのんびりするといいよ?
エルフの王女エルミアが、無言で光希と張り合ってたけど、そんな不毛な戦いはいらない。
エルミアはボクの婚約者なんだから、どっしり構えておけばいいんだよ。
そしてボクは――
「まっゆまゆだねぇ...」
宮殿の自室で"白い繭"と対面していた。
「ノワール? まだー?」
声をかけるが反応無し。
ピクリとも動かず蚕の繭状態のボクの身体は、意識の同期もまだできない。
領地に帰ってきたのはいいけれど、ボクはまだ引き摺られ続けている。
だから、一刻も早く元の身体に戻りたいんだけど。
「むぅ...困った!」
色々聞いてくる家族や、ファノメネルを締め出し、ボクは自室に引き篭もった。
ローゼはメリッサに捕まりながーい昔話から逃れられなかったし、ファノメネルはボクを見て『こんな娘が欲しかったです』とか訳のわからない事を言っていた。
ノワールはボクの家族で魂を別つ分身。
妹...みたいなものかな?
兄妹なんて居た事無いけど。
(フフフ...カオルがお兄様なんて、素敵ね?)
突然脳内に響くどこか懐かしい声色。
それもそのはず、ボクの声だ!
「ノワール起きてたんじゃん!」
(もちろんそうよ? 気付かなかったの? お兄様?)
ウガー! なんて妹だよ!
兄と認めるなら、手玉に取るなんて止めなさい!
(それは無理な話よ? だって――私はカオルなんだもの?)
「ああ、そうだね! ノワールはカオルで、カオルがノワールだもんね!」
まったくもって誰に似たんだか...
(それはお母様じゃないかしら? 覚えていない? 湖畔の別荘で...)
「いや、覚えてるから。お父様に、物凄い量の荷物を持たせて歩かせた話しでしょ!」
(そうよ? 覚えてるじゃない)
「当たり前だよ! 記憶も共有してるんだから!」
(ふふふ...本当に可愛いわ...私)
むぅ! 一方的にボクの思考を読まれて腹立たしい!
こうやって考えてるのも読まれてるけど、それでもずるいよ!
(あら? ずるいのはカオルもそうでしょう?)
「ソウダネー」
(考える事を放棄しても無駄よ? だって、情報報告は全部"こちら"へ流れて来るのだもの)
「ああ! もう! 自分の身体が憎たらしいよ!」
(ふふふ...でも....この身体も辛い物よ?)
「わかってるよ! 自分の身体だもん!」
(そうね。だから――入って来なさい? いいえ、"入れて"あげましょうか?)
「...なんでそうやってわざと卑猥に言うのかな!?」
(あら? 嫌いじゃないでしょう? "そういう"知識もあるんだもの)
「そりゃあるけど...」
(医療知識。服飾の為の勉強。それだけかしら?)
「むぅ!」
(ふふふ...本当に可愛いわ...私)
言い返せない自分が憎い!
そりゃ、ボクもいつかはお父様とお母様みたいに子供を作って幸せになりたいから"そういう"知識もあるけど...
「むぅ....」
(ほらやっぱり。隠し事なんて、できないのよ? 私達には)
「っていうか、さ。もう数日かかるんじゃなかったの? 天羽々斬を取り込むのに」
(それはもう終わったわ。だって、不死者を取り込むのと大差無いもの)
「....じゃぁ、意識の同期ができなかったのって」
(私が意図的にしてた。ってことよ?)
むぁあああ!!
なんで早く教えてくれないのさ!!
おかげでどんなにボクが苦労したか!!
ララノア学長とかどうするの!?
ねぇ! あの人、ファノメネルくらい年上なんだよ!?
(あら? いいじゃない。囲ってしまえば)
「気軽に言うなー!」
(ふふふ....そのうちカオルはこう呼ばれるわ。『飽色王』って。それとも『愛慾王』の方が良いかしら?)
「どっちも同じ意味だよ!」
(否定しないのね? それに、もう無理よ? 運命の歯車は、とっくに回っているんだもの。私達が抗う前に、ね)
ノワールの言う通り、ボク達に逃れる術は無い。
だから筋書きを変えて、新しい未来を描かないといけないんだけど....
「はいはい。わかったよ! もう! せっかくドラゴンが居るんだし、ボクの国はそっち系の名前にしようと思ってたのに....」
(あら? 表向きはそれでいいじゃない。内情は色に溺れるでしょうけど、ね?)
「ソウダネー」
(現実逃避しようとしても無駄よ? カオルは男性なんだもの)
「それじゃぁ、ノワールも女性に目覚めるの? 子供も出来ないのに?」
(それは無いわね....カオルなら良いわよ?)
「何が悲しくて、自分とそういう行為をしなきゃいけないのさ...」
(ふふふ....本当に可愛いわ...私)
自分の分身とは思えないんだけど?
え? なに? ノワールはナンナノ?
なんでボクはノワールに手玉に取られてるの?
ねぇ! なんで!
(なんでかしら、ねぇ? さぁおいでなさい? 私も――この身体は辛いのよ? カオルと同じ様に)
そうして繭が開き、ノワールはボクを受け入れる。
妹とか言ってたけど、どう考えてもボクの方が弟だ。
なんなのさ! この包容力! お母様みたいじゃないか!
「うっわ...何この身体....」
ノワールから返してもらったボクの身体は、とてつもない力を宿していた。
今は《魔装 騎士》の白銀製軽装鎧と白い騎士服も脱ぎ捨て、全裸の状態。
姿見に映した身体の変化。
肩口の長さに切り揃えた筈の漆黒髪も、腰まで長い元の長さに。
白磁の様に白い肌。身長は変わらず150cmに届くかどうか。
お父様とお母様譲りの中性的――やや女性より――の顔の作りは健在で、要するに....見た目に髪以外の変化は一切無い!
ただ、内包する力が増えている。
それは魔力なんて代物だけではなく、まさしく神力。
光溢れる力の根源が身体の隅々まで行き亘っていて...
え? これって...事象改変も可能なんじゃないの?
あれかな? 一気に世界を変貌させられちゃうんじゃないかな?
「ふふふ..."そんな事"をしたら、"ヤツ"が降りて来るわよ?」
いやらしく口元に手を当て、嗤って見せるノワール。
姿が少女なのに――なんかやらしい!
「わかってるよ! 時間は有限だけど、まだ全然あるし、これからゆっくり準備する! ノワールにも手伝ってもらうからね!」
「ええ。それはもちろん。だって、私はカオルなんだもの」
そんな事を言いながら妖艶に嗤うノワールは....やっぱりボクとは違う存在に感じるよ?
「ま、いいや。ノワールも疲れただろうし、しばらく休んでていいよ? あ、メリッサのお店を影から出す時は手伝ってね?」
「わかったわ。やっと休めるわね...本当に、カオルの身体は辛かったわ」
「いや、ボクもノワールの身体は辛かったから」
「そうね。私達は相反する存在だもの。でも、"その痛み"。私は少し――嬉しかったのよ?」
なんて事言うんだろうね!?
なに? マゾなの? ボクはサドだから、ノワールは"そっち側"なの!?
聞きたくも無かったよ!
「ああ、帝都にある屋敷の工房とか修練場も、こっちに持って来ちゃおう。その時もよろしくね?」
「ふふふ...そうやって誤魔化して...照れてるのね? 可愛いわよ?」
「ソウダネー」
「もう! 本当に可愛いんだから...それじゃぁ...私は眠るわ...おやすみなさい? カオル」
「うん...おやすみ、ノワール。ありがとうね?」
蠱惑的に嗤い影に消えるノワール。
ボクは本当に感謝してるんだよ?
だから、ゆっくりと精神を休めて....ね。




