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第二百五十五話 終幕


 大講堂で繰り広げられる、筋書きありきの寸劇の少し前。

 王都に幼竜のクロと、アカを連れて行こうとしたボクは、ブレンダの懇願に負けて影に戻した。

 せっかくボクお手製の派手な演出をしようと思ったのに、『それをやったら怪我人続出じゃ!』と泣きながら怒られてしまう。


「むぅ....」


 大変遺憾である。

 《常闇触手(ダークテンタクル)》で階段を作って、王城までの道をクロとアカに先導してもらおうと思っていたのに、ダメだって言うんだよ?

 これ以上無いくらいの派手なパフォーマンスだと思ったのに。


「あの...カオル様? 先ほどの姿へ戻られないのですか?」

「この身体はボクの物じゃないから、疲れるしもうやんない!」


 薊が言うボクの本来の姿は、あの一瞬しかできなかった。

 むしろ、なんだか物凄く気疲れしたからもう嫌だ。

 ノワールは、よく液状生命体(スライム)から黒豹(ブラックパンサー)に変身できるよね?

 やっぱり、本物の身体じゃないから無理なのかなぁ。


「そんな...あれほど美しい漆黒髪でしたのに...」

「はい...綺麗でした...」

「むぅ。そんなに見たいなら、今度見せるよ。明日くらいには、本体に戻れるだろうし」


 何がそんなに良いのか...

 いや、お父様とお母様からいただいた身体だから、褒められるのは嬉しいよ?


 だけどさ!


 ボクは派手に登場したかった訳だよ!

 せっかくエリーシャに一泡吹かせるチャンスなのに...

 あの間延びした話し方がどう変化するか、聞いてみたいよね?


「いつまでむくれておるのじゃ! まったく...カオルは本当に子供よのぅ」

「ブー! その子供に欲情したくせに!」

「じゃから、アレはカオルのせいじゃと何度も言うておるじゃろう!?」

「責任転換はよくないってお父様が言ってたもん!」

「グッ....ゥ」


 ボクのお父様とお母様が殺された事をブレンダは知っているから、何も言えない。

 ちょっと卑怯だったけど、ボクの楽しみを邪魔したんだから、これくらいは良いと思うんだ。


「あ、そうそう。光希と、千影と、天音にお願いがあるんだけど?」

「はい。カオル様の願いならば全てお叶えいたします」

「姫様? せめて、先に内容を聞いてからにしていただけますと...」

「でもでも、千影姉様? カオル様からお願いされた事を断れないと思うですよ?」

「それは...そうだけど....」


 なんというか、千影は苦労性だね?

 フェイとか、アゥストリとか、ファノメネルとか...みんな大変だもんね。

 まぁ、そんな大した事をお願いするんじゃないけど。


「えっとね~...【カムーン王国】でボクに防具の作り方を教えてくれている先生が居るんだけど、その引き抜きをお願いしたいんだ。

 彼女の名前はメリッサ。ボクの師匠の師匠? みたいな感じで、腕は確かなんだよ?」

「なんじゃと!? カオル! メリッサを引き抜くつもりか!?」

「うん。うちの領地で働いて貰おうと思って。ほら、ボクの師匠も居るし? 鍛冶師は必要だし? メリッサは有能だし?」

「め、メリッサは、王都でも5本の指に入る凄腕の鍛冶師じゃぞ!? それを他国に引き抜くなど、ワシが許さ――」

「はい残念。【カムーン王国】は、ボクに返しきれない大恩があるから、王権を発動しようとしても無駄なんだよ~♪」

「なん...じゃ...と!?」

「そだね~...まず、アバーテ・ヌ・ボローン騎士爵領で発生した大規模な山火事。エトムント・ロ・ボーデ騎士爵領で大発生した、凡そ10万の醜悪鬼(ゴブリン)の大軍団。そして、【イシュタル王国】の政乱の鎮圧。

 その全てをボクが鎮めたんだけど――【カムーン王国】は、褒美として何が払えるかな~? 土地もいらないし、爵位もいらない。まして金銭なんて払えない。その気に為れば、事を公言して最悪――王国を乗っ取る事だってできるだろうね~?

 なにせ、ボクは英雄だし? 財力も、その辺の小国の国家予算くらい持ってるし? あはは♪ 悪行を続けたら"魔王"とかに認定されるかもね?」


 全部本当。

 ポーションの売り上げは毎月入ってくるし、先払いで【聖騎士教会】の国家予算四分の一は渡された。

 その為の特許(パテント)なんだからね。

 それにこの先"色々"創るし、"ボクの国"は文明の最先端を行く。

 地球すらも比べ物にならないほど高度に発達した、"魔科学文明"に、ね。


「"あの"山火事を鎮めたのはカオルじゃったのか...?」

「ん? ああ、見に行ったんだね? "氷原"を」

「っ!? では....本当に....」

「そうだよ~? 今言ったじゃん♪」


 随分疑り深いね?

 やっぱり見た目は若いホビットだけど、中身は歳相応なのかな?

 そんな事口に出したら怖いけど。


「お、恐れながら...ご主人様? ご質問があるのですけれどよろしいでしょうか?」

「何かな? 香澄」

「凡そ10万の醜悪鬼(ゴブリン)と仰いましたが、群れを率いていたのは....まさか....」

醜悪鬼王(ゴブリンキング)が4体。それと――醜悪鬼始皇帝(ゴブリンハイロード)が1体。だね~」

「アバババッ!?」

「あはは♪ なにその慌て方♪ 面白いね♪」


 う~ん...なんか可愛い。

 頑なに頭巾を脱いでくれないから、表情はわからないんだよね。

 とりあえず、頭を撫でておこう!


「ひゃぁ...」

「あっ! ズルイよ! 香澄!」

「わ、我等如きが、貴きご主人様に触れていただこうだなんて! 私だって撫でて欲しいのに....」

「あ、あの! ご、ご主人ひゃま! 早苗も撫でていただきとうございます...」

「柚も!」

「はいはい♪ 順番ね♪」


 忠義の誓い? とか言う謎の儀式を経て、薊達はボクの家臣になった。

 いや、ボクが無理矢理従えたんだけど、なんかボクの本当の姿を見たらそういう話しに...

 なんでも、"漆黒髪"と呼ばれる【ヤマヌイ国】の純血は、高貴な身分の証なんだって。

 そういえば、以前【ヤマヌイ国】で食堂を開いた時、屋台のおじさんからそんな『純血云々』聞いたような聞かなかったような...

 酒蔵の杜氏(とうじ)さんも『お忍びか?』とかんなんとか言ってたような...やけに親切だったし。


「お、お前達! なんてそんな羨ま――ゴホン! けしからぬ事を!」

「...草ごときがカオル様に触れるなど」

「ひ、姫様落ち着いてくださいませ!」

「光希? 次に"草ごとき"なんて口走ったら、ここで置いて行くから。それに二度とボクはキミと会わないから」

「で、ですが!」

「二度も言わせるなよ? ボクは、そういう(さげす)んだ言葉と態度が嫌いだ。香澄も、小夏も、早苗も、柚も、今まで身命を賭して【ヤマヌイ国】に仕えていたんだぞ? それを(ないがし)ろにするなんて、ボクは許さないからな。もちろん、薊もね」


 撫でて欲しそうにしてた薊。

 だけど、どこか一線を引こうとしていたから、無理矢理頭を撫でておいた。

 そして、ルチアとルーチェも....撫でて欲しいならそう言えばいいのに。


「またカオルの悪癖(あくへき)が始まったのじゃ。まったく、とんだ女誑(おんなたら)しじゃのぅ」

「その女誑しに誑された、ブレンダがそういう事言うかな?」

「わ、ワシは誑されてなどおらんぞ!」

「ふ~ん...じゃぁ、もう"あの姿"には成らなくていいのかな?」

「そ、ソレとコレとは話しは別じゃ!」

「何がどう別の話しなんだろうね~? どう思う? ルーチェ」

「ふわぁ....カオル様が全て正しいですぅ...」

「る、ルーチェ!? ふ、不敬だぞ....他国とは言え、ブレンダ様は剣聖で....」

「兄様? そんな蕩けた顔をして、説得力ありませんよ」

「こ、これは....男の(さが)で...」


 ルチアよ...そんなに胸が好きなのか...

 だけど、この身体はノワールの物だから諦めなさい。

 むしろ液状生命体(スライム)に欲情するとか、人の道を外れてしまうよ?


「まぁ、光希と、千影と、天音も、ボクの"言う事利いてくれる"なら、撫でてあげるよ?」

「「「利きます――っ!?」」」

「あ...」


 やっちゃったー!?

 つい聞いてしまったよ...

 本格的に"神格化"が始まってるね...

 どうしよう?


「あー....ごめん。苦しいと思うけど、すぐに治るから...」

「ハァッ...い、今のはいったい...」

「一瞬息が詰まりました...」

「あ、天音もです」

「なんじゃ? カオルが何かしたのかの?」

「ん~っと...」


 なんて答えようか?

 神の誓いだから、答えると従わざるを得ない?

 そんな説明、誰が信じるんだか...


「ああ、言葉に宿る不可思議な力。言霊(ことだま)みたいなものだよ?」


 そんなものがあるのか知らないけどね~。

 言葉の圧力ならわかるけど。

 エルミアとか、たまに無言の圧力が....

 アレは怖いよね。


「なぜ疑問系で聞いているのかわからぬが、要するに、言葉に力があるのじゃな?」

「うん、そうそう。そんな感じ♪」

「話し方が軽いのぅ」

「あはは♪ "そうしていないと"ボクが正気じゃ居られないからね~♪」

「...."禁呪"の弊害、か?」

「まぁそうだね。あと、そもそもこの身体がボクの物じゃないから」

「ノワールの物、なのじゃろう? 大丈夫なんじゃろうな? その...カオルの身体に何かある、などと...そういう事はないのじゃろうな?」

「うん。大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう。ブレンダ」

「はぁ...もう良い。カオルの好きにすると良いのじゃ。ワシにはどうにもできんじゃろうからな」

「エヘヘ♪ 優しいね♪」

「まったく...手に負えんのぅ...」


 なんだかんだ言って面倒見の良いブレンダ。

 だからボクは甘えてるんだよ?

 それに――本当にこうしておどけていないと呑み込まれそうなんだ。

 膨大に膨れ上がった憎悪の感情と、全てを壊して嗤いたい衝動に。


「って訳で、光希達も後で頭撫でてあげるね~♪」

「はい♪」

「いえ、そんなはしたない...」

「ちかげねぇさまぁ? とっくに接吻も済ませてるのにぃ、なにを恥ずかしがっておられるのですかぁ?」

「あ、アレは...記憶に無いし....」


 ふむ...どうも救命行為の口移しは、接吻らしい。

 じゃぁどうやって飲ませたらいいんだろうね?

 (チューブ)で流し込めって?

 一分一秒を争う緊急事態に?

 ゴムも無いのにそんな事を言ったら、救急救命士さんから怒られるよ?


「ああ、ブレンダ? 迷惑ついでにお願いがあるんだけど」

「なんじゃ? 少しは迷惑だと感じておったのか」

「そりゃまぁね~。好き勝手してるし。それでお願いなんだけど、【イシュタル王国】で、人間(ヒューム)至上主義と奴隷制度の撤廃を宣言してきたんだけど、それを【カムーン王国】でもやりたいんだ」

「また...はた迷惑な事を...」

「いいじゃん? 完全な奴隷制度を無くす訳じゃ無くて、犯罪奴隷はそのままでいいから。ただ――人攫いとか、不慮の借金とかで身売りされてしまった人を助けたいだけだから。それならいいでしょ?」

「う~む....根付いた文化を易々と変える事は難しいが...」

「その辺はエリーシャにやってもらうよ~♪ なにせ大恩があるし? それで、前者の人間(ヒューム)至上主義はなんとかならないかな?」

「そっちならば...女王陛下も難儀しておったからのぅ。【エルヴィント帝国】の様に改革は進めておるが...ふむ。そうじゃの。丁度良い機会かもしれぬの?」

「おー? 何か秘策があるの?」

「うむ。実はの――」





















 そうしてブレンダの提案で、ボクはコッソリと【カムーン王国】の王都に潜入し、暗躍した。

 法衣貴族のセリオ・ラ・パニル侯爵家と、リエト・ロ・ターニ侯爵家に《影移動(テネブラエムダールセ)》で進入し、アレコレ家捜しをして色々なヤバイ代物を探し出す。

 その間、光希達にはメリッサの説得を頼み、ボク名義の書簡も認めた。

 で、王城の大講堂でボクが描いた筋書き通りに事は運んで今に至るのだけど――


「ふ~ん...宰相ねぇ...モグモグ」

「そうなのぉ~♪」


 半円状の大講堂。

 その中心にエリーシャが座し、見下ろす形で王都に住まう貴族達が並んで座っている。


 なにやらボクを凝視しているけど、このクッキーはボクの物だからあげないよ!

 フランと、アイナと、3人で作ったんだからね!


「前の――なんだっけ? ティルを暗殺しようとした人」

「オルランドちゃんねぇ~♪ 有能だったんだけどぉ~...」

「そう? 有能な人がクーデターなんて起こさないと思うよ?」


 自前の紅茶を啜りひと心地着く。

 お気に入りのヌワラエリヤの葉の紅茶。

 さわやかな香りに、紅茶のしっかりとした味わいが口内へ広がる。

 高いけど、美味しいよね♪


「あの..カオルさん? せめて、お菓子と紅茶は止めて欲しいのですが...」

「フェイはそうやって真面目そうにみせて、本当はボクに構ってほしいんでしょ? まったく、可愛いワンコなんだから♪」

「エ? あ、ちょっと!? み、耳を触っては...クッ...あ、あああ....」

「相変わらず触り心地が絶品だね♪」

「あらあら♪ すっかりフェイちゃんは、カオルちゃんのモノねぇ♪」

「へ、陛下!? た、たすけ...ふぁ...」

「フフフ...魔性のワンコめぇ...」


 本当にフェイの犬耳は良い物だ!

 もうあれだね? ケモナーだね?

 いいんじゃよ? ボクはそれでもいいんじゃよ?


「っと、お遊びはこれくらいにして。エリーシャの中で宰相候補は決まってるんでしょ?」

「そうなのぉ~...だけどねぇ....みんなが認めてくれるかどうかぁ...」


 いや、女王なんだから、王権なり強権を発揮しちゃえばいいじゃん。

 現状、ボクの中でエリーシャの評価はそれほど高くないし。

 このままだと、国が傾くよ?

 特に――これからボクが行なう世界変革の波に乗れないと、本当に消えて無くなるんだから。


「ま、その言い方だと大方想像付くけどね~...そこの猫人族の青年と、ホビットの彼、でしょ?」

「せいか~い♪」

「「エェ!?」」


 まさか自分達だと思わずに、驚いてみせる2人。

 身形は周囲の貴族よりも大人し目で、注目を浴びて縮こまる。


 だけど――うん、ボクは良いと思うよ?

 さっき連れて行かれた侯爵よりはよっぽど有能そうだし。


「そうだねぇ...2人は貴族じゃないんでしょ?」

「そ、そんな!? 恐れ多いですよ!」

「は、はい! 私みたいな市井の出自の有象無象が貴族様だなんて」

「随分と卑屈だねぇ...」


 本当に、この世界は身分が重要視されるよね。

 血統で何もかも未来が決まるなんて事、有り得ないのに。


「じゃぁさ、エリーシャ? こうしたらどうかな?」


 そうしてある提案を始める。


 彼等に何かしらの文勲(ぶんくん)を上げさせ、貴族に叙勲(じょくん)する。

 身体付きを見たところ文官みたいだし、エリーシャが認めるくらいには有能なんだろう。

 ボクもそう思ったし。


「そうねぇ~...」

「ああ、周囲の――って言うか、この場に居る貴族は、ほとんどが法衣貴族なんでしょ? その反発が気になるなら"なんとでもできる"よ。

 だって、貴族なんて叩けばいくらでも埃が出るものなんだから。"さっきの2人"みたいな末路は死んでも嫌だよね?

 それにさ? あの2人が抜けたって事は...なんだっけ? 内務大臣と、外務大臣? の(ポスト)が空席なんだし、門閥の貴族にはチャンスじゃない? 能力次第で出世できるんだから」


 ボクの言葉で目の色を白黒変える貴族達。


 そして自分の言葉とは思えない巧みな話術。

 永い歴史を持つ貴族ほど、余所に知られたらまずい事の一つや二つはあるものだ。

 現に、セリオと、リエトの2人は、ボクがちょっと調べただけであれだけの罪状が出てきた。

 むしろ、あんな確証物を手元に置いてるとか、アホだよね?


「大体、法衣貴族も可愛そうだと思うんだよね? 戦時下なら武勲をあげられるからまだ良いけど、平時は貴族年金だけで生活するとかさ。冠婚葬祭で毎年どれだけお金がかかると思ってるの?

 見栄も必要だし、寄り親の寄り親とか苦労してるんじゃない? 末端の寄り子なんて、爵位があっても役職が無いとか、下手したら商人の方が良い生活してるかもよ?

 まぁ、それも――もうすぐボクが興す事業で多少は潤うと思うけどね♪」


 彼等のフォローもしっかり入れて、ちょっとした希望を持たせる。

 普段のボクなら絶対に思い付かない悪辣な事も、"この身体"なら難なくこなせてちょっと怖い。

 間違った事を言っていないだけマシなんだけど....引き摺られるってやっぱり恐ろしいね。


「あの...ブレンダさん? この子、本当にカオルさん、なんですよね?」

「うむ。信じられんが間違い無くそうじゃ。良く回る舌じゃがの」

「でもぉ~...言ってる事は正しいしぃ~...そうねぇ~...」


 ひと仕事――ルチアとルーチェをヴェストリ外務卿の下へ案内し、光希と、千影と、天音の3人をメリッサのお店へ連れて行き、薊達はコッソリ諜報活動中――を終えて戻ってきたブレンダ。

 良く回る舌って...まぁ、かなり饒舌だけど。


「それじゃぁ~...決めたわ♪ 第46代【カムーン王国】女王エリーシャ・ア・カムーンの名において、事務次官のエウセビオ、並びに政務次官のバスコの両名を、1年間の宰相見習いとします! その間に文勲をあげる事! これは厳命です!」


 立ち上がり威厳を見せたエリーシャ。


 よくわからない役職をでっち上げ、正直ボクには威厳を感じられない。

 だって、おばちゃ――お姉さんが"メッ"てしてるだけなんだもん。

 一瞬睨まれたのは内緒だ!


「「我が才は、王国の為、女王の為、民の為に振るわれる」」

「....頼みましたよ。2人共」

「「ハッ!!」」


 おぉぅ...エリーシャから貫禄が...

 ボクが不遜な事を考えてたからだろう。

 そして、そんな『どう? わかった?』みたいな目で見なくてもいいよ?

 わかったから!


「と、ところで女王陛下?」

「なぁにぃ~?」

「こちらの女性は、いったいどなたで....」


 ん? ああ、ボクか。

 おぉ!? これは演出チャンスだね!? 

 マカセロー!


 ササッと《魔法箱(アイテムボックス)》へティーセットを仕舞い、クルリとターン。

 その瞬間に、ハートカットネック――首元を開いて胸を強調――の、エンパイアライン――胸下からストンとシルクの下地に総レース仕上げ――の黒ドレスに着替え、髪は巻き巻きツインテールに三角のレースを巻き込んで、さらに赤い薔薇のコサージュを片方に挿す。

 一瞬で《魔闘衣(メアプグナクロス)》を使い変身したボクに度肝を抜かれ、エリーシャですらはしたなく口を開いていた。


「...ご就任おめでとうございます。大変な役職でしょうが、どうかボクの"隣人"エリーシャを支えてあげてください。

 そうそう、ボクの名前でしたね? 故あってこの様な姿をしていますけれど、ボクは――香月カオル。【エルヴィント帝国】の伯爵位を賜り、つい先ほど【カムーン王国】の名誉男爵位を返上いたしました」


 ドレスの裾を摘み上げ、片足を引いてカテーシー――最上級の挨拶――をしたボク。

 さぞ見事な変貌に驚いた事だろう。

 だって....


「「「「エエエエエエエエエッ!?」」」」


 こんなに大盛況なんだもの?




















 大講堂で披露されたボクの喜劇も幕が下りる。

 大勢の貴族から賛辞を送られ――自分達が言いたかった本音を、ボクが散々口にしたから――なんとも気恥ずかしい気分。

 エウセビオとバスコには、"宰相見習い"なんて取って付けた様な役職に見合うだけの評価を、頑張って得て欲しい。

 それと、内務大臣、財務大臣の空席(ポスト)争いが水面下で行なわれていたみたい。

 血眼になってお互いの権利や地位を主張していた貴族の醜い姿が印象的だ。

 何人かの貴族がボクに後ろ盾を頼んで来たけど――名誉男爵位も返上したし、そもそも他国の貴族なのでやんわりとお断りして、ブレンダとフェイに押し付けておいた。

 まったく油断ならない相手だよね?

 そういう貴族同士のやりとりは本当に苦手だよ。


「で、ボクは急いでるんだけど?」

「あらあら♪ "色々"と、聞きたい事があるんだものぉ~♪」

「そうです! 主様! なんですか!? その姿は!!」

「ん!」


 大講堂を離れ、【カムーン王国】の王城の一室へ場所を移したボク達。

 ここ最近、平日はここで朝食を取っていたりして馴染みの部屋ではあるんだけど...

 問題は、エリーシャと、ティルと、エメに捕まった事。

 壁に控える侍女のエイネと、ボクが雇ったフェリスがなんとも形容し難い表情で...

 フェリスが以前発していた『神様』に、ボクは成ってしまったんだよねぇ。


「まぁいいか。ボクから提示するのは、4つ。

 1つ、犯罪奴隷以外の全ての奴隷の解放。

 2つ、人間(ヒューム)至上主義の撤廃。

 3つ、"ボクの国"と【カムーン王国】の流通条約及び、相互不可侵条約の締結。

 4つ、【イシュタル王国】と【カムーン王国】の講和条約の締結」


 本当はもっと細かく色々あるんだけど、まぁ大筋はこんなものかな?

 傲慢で不遜な子供を演じて欺かないといけないし?


「あら~♪ カオルちゃんは無理難題を言うのねぇ~♪」

「そうかな? 山火事も、10万の醜面鬼(ゴブリン)も、敵対国家【イシュタル王国】の派兵も退けて、ついさっきバカな侯爵家を2つ潰すのを手伝ったのに?」

「ん~...そうねぇ~....」

「本当に無理難題ならそれでいいよ? ボクは――最後の外交カードを切るだけだから」


 そう、ボクにはまだまだ手段がある。

 武力によって従わせてもいいし、なんなら経済的に【カムーン王国】を乗っ取る事も可能だ。

 なにせ、ボクがやろうとしている"画期的な流通方法"は、世界の経済を脅かせるだけの力を持っているから。


 もしも【カムーン王国】が提案に乗らなければ?


 それだけで文明の停滞が起き、取り残される。

 国民の多くが移民を始め、国力も傾き手に負えない。

 即ち、王国の崩壊だ。


「...そうなのね。香月カオルは、"そこまでしようと"しているのね?」


 ボクが提示した内容の意味を察し、エリーシャが普段見せない顔をした。

 隣のティルとエメの2人もただ事ではない雰囲気に呑み込まれ、顔を強張らせる。


「うん。ボクがやらないといけない事だからね。いや、やりたい事でそれが"使命"だったのかもしれないけど」


 前に会った女神ウェヌス。

 『心善き神』の1柱で、彼女が言っていた『使命』とは、神として顕現するという代物だったのだろう。

 だから、ボクの家――『香月本家の嫡子』は、神の種子(シード)を持って産まれた。

 お母様が教えてくれた『神様(ギフ)からの贈物(テッド)』という意味は、まさしくその通り。

 そして風竜が贈った天羽(あめのは)(ばきり)に宿る神気を取り込み、ボクは発芽した。

 次代の神として。


「わかりました。香月カオルの提示した内容を呑みましょう。ただし――」

「今すぐじゃなくていいよ。時間が掛かるのは百も承知だから。でも、4つ目だけはなるべく早くしてくれると嬉しいな♪」

「そう...本当に何もかもわかっているのね...」

「うん。ボクは、香月カオルだからね♪」


 微笑み合って手を握る。

 口頭だけど約束は約束だ。

 なにせ相手に選択の余地は無いのだから。


「ま、安心していいよ? エメの面倒はボクが看るから」

「あらあら♪ それは頼もしいわ♪」

「お、お母様!? それはどういう事ですか!?」

「あら~? 聞いていてわからなかったのかしら?」

「まぁ、ティルは若いからね」

「主様の方が若いではないですか!?」

「うん。ボク12歳だし?」

「私だって15歳です! 3つしか違わないです!」

「そんな事を言ったら、エメは10歳でボクと2つしか違わないよ?」

「ウッ...で、でも!」

「というか、話の内容を理解してる?」


 なぜか年齢の話に固執するティル。

 ボクとエリーシャが何の話をしていたかわかっているんだろうか?


「ティルちゃん? カオルちゃんはね? 国を興そうとしているのよ?」

「そうなのですか!?」


 わかってなかったか....

 大丈夫かな? 次代の【カムーン王国】の女王は。


「かみ――ご主人様は国王に成られるのですか!?」


 オマエモカ。


「フェリス...なんでわからないの? ちゃんと言ったよ? "ボクの国"と【カムーン王国】の流通条約及び、相互不可侵条約の締結って」

「「あっ!」」

「『あっ!』じゃないよ! エメはちゃんとわかってたのに!」

「(コクン)」

「ほら!」


 まったく、本当に大丈夫かね? 【カムーン王国】は。

 まだ、エリーシャが若いからいいけど、いい加減ティルは政務のひとつも始めた方がいいんじゃないかな!?

 本当に国が傾くよ!?


「はぁ...何の為に、ボクが名誉男爵位を返上したのかもわかってなかったんだね」

「うぅ...」

「ティルちゃんは、これから勉強していけばいいのよぉ~♪」

「そうやってエリーシャが甘やかすからティルが成長しないんじゃない?」

「あらあら~♪ ティルちゃんは可愛いんだものぉ~♪」

「まだそれでいいけどね。今日明日でどうこうなる話でもないし。とりあえず、エメ? 政略結婚になるけど、ボクと婚約してくれるかな?」

「ん!」

「うん。ありがとう。もっとも――エメが成人した時に、気持ちが変わっていたら白紙に戻すから、そのつもりでいてね?」

「わかった!」


 本当に可愛い子だなぁ。

 アイナソックリだし。

 ああ、でも....ローゼ達に怒られるだろうなぁ。

 ま、いいか! どうにでもなれ~!


「あ、主様! なんでエメは良くて私はダメなんですか!」

「ん? まず、ボクは主様じゃないから。フェリスのご主人様ではあるけどね?」

「ハヒャ!?」

「あはは♪ おかしな声♪」

「はぐらかさないでください! なんで私じゃないんですか!?」

「それはね?」

「それは?」

「――なんとなく?」

「な ん で す か そ れ は ー !!」


 可笑しな子だなぁ、ティルは。

 そんなの決まってるのに。

 ティルが第一王女だからだよ。

 子種だけとか訳のわからない事を言ってたけど、そんな事をしたら――


 アレ? ソレも有り得るのか...


 【アルバシュタイン公国】の女王ディアーヌとも子供を設けるだろうし、【エルフの里】の王女エルミアとの間にも子供を作るし。

 もしかしたら【エルヴィント帝国】の皇女リアとも?

 というか、選帝公のグローリエルと、クロエとも?

 【ヤマヌイ国】の光希とも?

 これにティルを加えたら....ボクの子供世代は、世界征服できるんじゃない?

 あ、これはマズイフラグだ....


「そうそう、王立騎士学校はしばらく休学するね?」

「露骨に話題を変えましたね?」

「気のせいじゃないかな? ティル?」

「もういいです....(夜這いでもなんでもして、絶対に主様の子供作りますから)」


 いや、小声でもこの距離なら聞こえてるから。

 夜這いとか...それは悪手過ぎるよ。


「あらあら♪ まだ通う意思はあるのね~♪」

「うん。せっかくエリーシャと、アーシェラ様が骨を折ってくれたからね~」


 本当はファノメネルもだけど。


「それは嬉しいわ~♪」

「あの、ご主人様? なぜ女王陛下には様付けでなく、皇帝陛下にだけ様付けなのでしょうか?」

「ん~? だって、ボクはまだ"一応"帝国貴族だからね~♪ 準備ができたら爵位も返上するし、帝国の版図を切り取らないといけないんだよ?

 根回しとか、面倒事が沢山あるねぇ...」


 考えると面倒臭い。

 まずは各ギルドを手中に収め、あとは【エルヴィント帝国】の貴族連中の弱味を握って...

 ボクと同じように謀反を起こす輩を徹底的に排除しないと....

 せっかく【エルヴィント帝国】は【カムーン王国】よりも落ち着いているんだから。

 内乱とか起きてほしくないし。

 まぁ、"英雄"が役立つだろう。

 それに――ローゼとか、カルアとか、エルミアの力もあるしね。

 なんとかなるさー!


「とりあえず、今度"婚約指輪"を作ってくるよ。それと、ボクが国を興すまで内密にしててね?」

「(コクン)」

「うん。よろしくね♪」

「あらあら♪ よかったわねぇ~♪ カオルちゃん? 私にも作ってくれてもいいのよ~?」

「いや、なんでエリーシャの分が必要なのさ」

「あら~? 未亡人だもの♪ いいのよ? 私がカオルちゃんの子供を産んでも♪」

「お、お母様!?」

「あらあら♪ 良くある話しだもの♪」


 いや、そういう話しはいくつか知ってるけど、さすがに年齢が...


「...エリーシャっていくつ?」

「カオルちゃん? 女性に年齢を聞くのは失礼なのよ?」

「うん。それはわかってるけど、不思議に思って....」


 だって、ハリアーシュが40歳になるかどうかくらいの年齢だよ?

 実弟の前エイブラハム王がそれより下なんだから....

 ティルが15歳なんだし....

 成人年齢15歳だし?

 最低でも31歳くらい...?

 若いね...カルアと4つしか違わないのに、2人の子持ち....

 いや、15歳差で婚約してるボクもボクだけど...


「えっ...エリーシャと子作りもありえるの...」

「そうよぉ~♪」

「お母様!?」

「もう! それならぁ~♪ うふふ~♪ 私と~♪ ティルちゃんと~♪ エメちゃんの~♪ 3人一緒でもいいのよぉ~♪」

「名案です! お母様!」


 あ、アホな子の考え方だ。

 よかったー。おかげで落ち着けた。

 さすがに国同士の強い繋がりの為に婚姻とか、子供の婚約とか色々必要なのはわかるけど、何が嬉しくて母子姉妹と子供を設けなきゃいけないのか。

 ナイナイ。それはナイ。


「うん、保留だね! エメとだけ婚約! けってーい!」

「(コクン)」


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