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第二百五十二話 第七幕

 【イシュタル王国】で起きた政変は収束に向かう。

 暴君ドゥシャン・エ・イシュタルが死に、新国王オダン・エ・イシュタルが名を次いで即位した。

 だが、内乱の傷痕は大きく、王国民の半数が帰らぬ人と為り国力が傾いてしまう。

 唯一の救いは王国の雛型が出来ていて、復興するという点だろう。

 新興王国であれば、家臣団の任命から各種雑事に時間もかかり、人手が足りない状況に陥る。

 その点、半減したとはいえ20万人近い国民が居る。

 長所短所、そして代々続く貴族家も存在していて容易に再建できると思っていたのだけれど....


「お前等はバカか? 無能すぎて話しに為らない」


 呆れるくらい能力が低い。


 貴族家でも、文閥の文官はまだマシだった。

 食料の確保と要救護者の指示も見事で、囚われていた各種ギルドの職員も手助けに回り、【聖騎士教会】の司祭ブノワもオダンを認め、治癒術師が治療所を解放してくれている。


 問題は、武閥の武官と全てを纏める"宰相"だ。


「ですから再三申し上げている通り、減った兵士を増やさなければ防備が不完全であると...」

「人が亡くなって必要人員が減ったのは、お前達の怠慢だ。重鎮のお前達が愚王を諌めなかった結果、無駄に国民を殺したからだろうが。

 それなのに、悲しむ時間すら与えず兵役に出せだと? これ以上ふざけた事を言うなら、お前達も壊してやろうか?」


 年上だろうが関係無い。

 宰相ヨゼフ・ヌ・ラパン以下、軍務大臣マレク・ド・レイム、将軍ヴィート・ク・モル達を全員正座させて修練場で説教している。


 もちろん、遠目で見守る観衆――国民達の前で。


 役職こそ在れ、職権も地位も剥奪済み。

 なぜなら自分達が無能だったから。

 今後、最低限の給金――貴族年金――のみで生活し、所有していた財貨は全て王国で没収。戦死者達の家族へ弔慰金(ちょういきん)として当てられる。

 もちろん、文閥の貴族も全員。


「だいたい、防壁と市街地の警邏。あとはオダンに直属の護衛を着けるだけで十分だろうが。お前達は生かせて貰えるだけありがたいと思え」


 愚王の臣下は愚鈍だった。

 あんな馬鹿げた作戦を思い付く辺り、そうなんじゃないかと思ったけど、まったくその通りだったよ。


「ですが――」

「ああ、もういい。お前達じゃ話しにならない。いいか? よく聞け? 【イシュタル王国】の政変なんて、とっくに【カムーン王国】にばれてるんだよ。

 このままくだらない話しで時間を費やせば、いつ【イシュタル王国】が乗っ取られるかわからない。簡単な事だろう? 兵士の練度が違いすぎる。今更有象無象の兵士の人数を増やして何が出来る。

 だから、ボクが【カムーン王国】へ行って話しを着ける必要があるのに、お前達みたいな無能が居ると、ボクは安心してオダンに全てを任せられない」


 黙して語らず成り行きに任せるオダン。

 なんだかこれじゃボクが【イシュタル王国】を支配してるみたいだ。

 いらないけどね!


「それは...」

「しかしですな...」


 ボクの指摘に歯切れの悪い無能達。

 さすがの千影や天音も呆れて何も言えず、光希は何故か嬉しそうで、ルチアとルーチェは何で無能に混じって正座しているんだろうね?


「(というか、本物の香月カオルなんですかね? どう見たっておかしくないですか? マレク様)」 

「....」


 ボソリと呟いたヴィート。

 マレクが眉を顰め口をへの字に曲げる。

 当然ボクに聞こえないはずもなく。


「この状況でいい根性してるな? ヴィート。ボクが本物かどうかだって?」

「ウッ....で、ですがおかしいでしょう!? 英雄香月カオルと言えば男の子じゃないですか! それなのに、それなのに! 大事なアレが付いて無いとか、胸がボインボインだなんて納得できないですよ! 私は美少年が好――」


 愚鈍で無能は同性愛者だった。

 何が「ボインボイン」なのか意味不明。

 そもそも無能に納得する必要なんてない。


 だから、黙って、言う事を、聞け!


「ゴフッ!?」


 鳩尾に蹴りを叩き込んで黙らせた。

 うざくてキモイとか救いようの無い変態だ。

 少しはローゼ達を――あれも変態か。

 大丈夫かな...ボクの身体....


「この身体は仮初めのモノだ。本体は治療中。アスワンを倒すのに力を使ったからな」

「「「なっ!?」」」

「いちいち騒ぐな。光希? 今回の【イシュタル王国】の件で、【ヤマヌイ国】が動く事は無いな?」

「ええ、もちろんです。カオル様。むしろ、避難民を数十名匿っています。カオル様と敵対なんてしたくはありませんから」


 ニコリと微笑む和服美人。


 なんと言うか...光希は侮れない感じ。

 ボクと出会う前の話しだっていうのに、ボクの性格を理解して動いていたんだ。


 さすが――だけど、そんな事でボクは光希を好きにはならないよ。


「だそうだ。【ヤマヌイ国】にも言いたい事があるし、あとで行かないと...ああ! 面倒臭い!」


 ローゼに似たのか、思考パターンが単純化してる。

 負の感情に引き摺られてる可能性は捨てきれないけど、とにかくやる事が多過ぎて身体が足りない。


「うふふ♪ カオル様は本当に甘い御方♪」

「姫様のおっしゃる通りかと。このような不逞(ふてい)(やから)斯様(かよう)にも情けを掛けられるとは」

「そうですね! 千影姉様!」

「ボクは甘くもないし、情けを掛けてる訳でもないよ。ただ、オダンはボクの盟友で、死んでしまった人達の未練を叶えてあげたいだけ。それ以上でもそれ以下でもない」


 約束したからね。

 今もあの子達は見ているはずだ。

 この国の行く末を。


「ああ、そうか。オダン? ボクが居なくても問題ない。あの子達がまだ居るから」

「....っ!?」


 オダンも気付いた。

 無残に殺されたあの子達の魂は、まだ彼の地に存在している。

 ならば、あの子達に任せておこう。

 それだけの力はあるはずだから。


「という事で、当面の問題は解決した。お前達に見えないだろうが、無念な思いで死んで行った王国民はまだこの地に存在している。無駄な事を考えてると、呪い殺されるぞ?」

「「「ひぃ!?」」」 


 ヨゼフの胸倉を掴み上げ、嗤ってやった。

 『濁った目』ではないが、見ていたはずだ。

 あの死者達が自らの仇を取る様を。


「さて次か....」


 《魔法箱(アイテムボックス)》から通信用の魔導具を取り出し、繋げた相手はうちのペット――教皇アブリル――。

 ではなく、ファノメネル枢機卿だ。


「か、カオルさん!? 無事なのですね!!」

「ああ、ファノメネル? あのさ、【イシュタル王国】が政乱で半壊したんだ。それで、【聖騎士教会】の"教義を以って"復興に手助けしてほしいんだけど」

「ハヒャ!?」

「あはは♪ なにその可愛い声♪ と言う訳で、食料とかの物資と教会関係者の補充をお願いしたい。ブノワ司祭とか治癒術師も生き残ってるけど、怪我人も多いし野戦治療所みたいなものですぐに気が参っちゃうと思う。ポーションがあればそれも必要かな」


 突然交わされる会話に、茫然とする無能達。

 ルチアとルーチェは通信用の魔導具の存在を知っているから驚きはしないけど、いつまで正座してるのかな?

 何か悪いことをしたなら、早めに白状した方がいいよ?


「――わ、わかりました。【聖騎士教会】の枢機卿として、"教義を以って"救いを差し伸べましょう」

「うん♪ よろしくね♪ ところで、ボクの身体どうなってる?」


 それが一番心配だった。

 なにせノワールが宿っているけど、無防備なんだ。

 信じているけどローゼ達はたまに暴走するから、悪戯なんて....してないよね?


「え? ええ。それは大丈夫ですよ? 今はカオルさんの自室へ運んであります。私、初めて見ました。あんな"白い繭"」


 おー! ノワールが吸血鬼(アスワン)を呑み込んだ時と同じ様に、ボクも繭に成ったんだ。

 それなら安心できるね♪

 いや、ローゼ達は信じてるけど。


「それよりも、ジャンヌとセリーヌがおかしな事を言うのです。カオルさんが"天使"で"神"だと。どういう意味でしょうか?」

「あー...戻ったら話すよ。話が長くなるし」

「そうですか...わかりました。先程の件はお任せ下さい」

「うん! よろしくね~!」


 サクサクっと【聖騎士教会】の援助も取り付け、次は【エルヴィント帝国】のアーシェラ様に。

 もっとも、後で直接行って"色々"するけど。


「カオルか!! 何をしておった!! 連絡しようにも一向に繋がらんし、ヴァルカンの説明は要領を得んし! 昨夜の一件はなんじゃ!! カオルの領地で何があったのか説明するのじゃ!!」


 まさかの大変お冠でした。


 そりゃ、ボクの領地は帝都から近いしねぇ。

 あれだけ派手に大立ち回りを演じて《渦雷轟(テスラ)》をぶっ放せば異変も気付くよねぇ。

 這地竜(ベヒモス)が出現した時も、なんか『暗雲立ち込め蒼雷云々』ローゼが言ってたし。


 今頃アゥストリとかグローリエル辺りがアーシェラ様に命令されて、領地に向かってるかも。

 まぁ、白い繭のボクを見ればわかるでしょ。

 戦場跡地に醜悪鬼(ゴブリン)達の血池もあるし。

 常識人のカルアとかが説明するだろうし?


「う~ん...たぶん明日くらいに登城して説明しますよ。今は本体が動かせないから、仮初めの身体で活動してるので」

「は? 突然何を言うておるのじゃ...というか、本当にカオルなのかの? 声が違うようじゃが...」

「えっと、説明が面倒なので待っててください。あと、中身は本人ですよ。アーシェラ義母様?」

「バッ!?」


 いつぞやと同じ様にからかってみた。

 

「....なんじゃ。ようやく"リアを娶る気に成った"という事じゃな?」

「いえ、まだまったく。リアは親しい友人の一人で、ボクの想いが恋愛的な意味なのか、まだわかりませんよ。

 それに――家格が合わないでしょう? 伯爵位のボクと、皇女であるリアじゃ」

「ぐぬぬ....」


 揚げ足を取ろうとしても無駄ですよ?

 まったく、策士はこんな時でも策士なんだから。


「ああ、そうそう。エリーと、フランと、アイナの養女の件ですけど、骨を折っていただいて何ですが必要ありません。お心遣いには感謝します」

「なんじゃと!? それこそ家格はどうするつもりじゃ!! 実子ではない公爵家の養女であれば、降嫁しても問題はなかろう!!」

「世間一般ではそうなんでしょうね? だけど――まぁ、その辺も改めてお話します。それで本題なんですけど....」


 ボクは話した。

 包み隠さず【イシュタル王国】で起きた政変の全てを。

 途中オダンに確認しつつ相槌を打ちながら。

 そうしてしばらくして、"ボクのお願い"は聞きいれられる。


「...つまり、【イシュタル王国】へ派兵するな。という事じゃな?」

「掻い摘んで言えばそうですね」

「はぁ....まったく、とんでもない事をするのぅ」

「あはは♪ 時間が無かったので♪」

「良いじゃろう。(わらわ)とて、遠地を欲しがる理由もないからの。まして、砂漠地帯じゃ」

「でしょうね。アーシェラ様ならそう言うと思ってました」

「まんまとカオルの掌で(もてあそ)ばれた訳じゃ。責任は取って貰うとするかの?」

「ん~...アーシェラ様を妻にするのは、ちょっと大変かなぁ」

「バッ!? そういう意味ではないのじゃ!!」

「あはは♪ 冗談ですよ♪ 半分は、ね?」

「なっ!?」


 してやったり。

 いっつも利用されて来たからね。

 これくらいの意趣返しはしてもいいと思う。


「....もうよい。それで、じゃ。エリーシャへ"この件"を話してあるのかの?」

「いいえ、これから直接話しに行きます。"色々と"やる事があるので」

「わかったのじゃ。(わらわ)からは何も言わぬと約束しよう。じゃが――もうよいか。既に済んだ事じゃの。オダンよ。そこに()るの?」

「いるヮゥ」

「話したのはカオルが開いた園遊会以来じゃの。【イシュタル王国】の新国王オダン・エ・イシュタルよ。カオルの信頼を裏切るでないぞ」

「わかったヮゥ」


 サラっと交わされたアーシェラ様とオダンのやり取り。

 【エルヴィント帝国】は【イシュタル王国】の新国王としてオダンを認め、侵略はしないと言外に言っている。

 コレがどれだけ重要な事なのか。

 その場に居た誰もが理解する。

 平伏し地面に頭を擦り付ける国民と無能達。

 見た事も無い通信用の魔導具に困惑していたけど、"ボク"という確かな存在で納得しただろう。

 英雄の名は伊達じゃないからね。

 ボクは望んでないけど。


「あ、そうだ。ルチアとルーチェが居ますけど、どうします? ボクが預かりましょうか?」

「ふむ...そうじゃの。連れ帰るまで、カオルの手駒にでもして使うといいのじゃ」

「わかりました。で、他の密偵はどうします?」

「ん? 妾は蒼犬の2人以外に密偵なんぞ放っておらんぞ?」


 おや? ボクの認識ではそれらしき人が十数人居るんだけどな。

 アーシェラ様じゃ無いって事は、それはつまり――


「そうでしたかぁ。では、そちらはボクが対処しておきますね♪ では、アーシェラ様。また」

「うむ」


 通信を終えて、さっそく狙いを定める。

 ボクとアーシェラ様の会話を聞いて、急ぎ身を隠して逃げた相手に。


 そして《常闇触手(ダークテンタクル)》を使おうと思ったのだけど...


「我等にお任せ下さい」


 気配を消して姿を隠していた(あざみ)達。

 ボクの意図を察して姿を見せ、跪いて許しを請う。

 自身満々そうだったから任せる事にして、顎で指し示し手際良く散って行った。

 ルチアとルーチェも慌てて。


 ん~...予想だと、【カムーン王国】の密偵かなぁ。それか【ババル共和国】。

 だけど、遠いからなぁ...今から2カ国も国境を越えるなんて難しいと思うよ。

 特に後者の場合は【カムーン王国】が国境付近に張り巡らせた関所で躓くはず。


「ふむ。やっぱり【カムーン王国】側だったかぁ」


 薊達くノ一にズルズルと引き摺られてやって来た13名の人物。

 残念ながら、多種多様な種族の中に、垂れ耳ワンコのヘザーは居なかった。 

 あの耳は良い物だ。

 肌触りが良くて、フェイさん並の幸福感が――


「カオル様?」

「ん? ああ、ごめん。ちょっとヘザーの耳の感触を思い出してた」

「「「っ!?」」」


 あらま....簡単に動揺を見せちゃって。

 バレバレだよ? 密偵失格だよ?

 そしてオダンは、なぜボクに耳を近づけているのかな?

 孤高の天狼族が尻尾を振るんじゃありません!


 ルチアとルーチェも――

 いや、これはこれで中々肌触りが...


「ああ...カオル様が私の耳を...」

「む、胸が! こ、こんなに大きい...クッ...」

「おぉぅ!? ご、ごめんね? つい近くにあったから」


 これはいけない。

 犬人族の耳はボクをダメにする代物だ。

 むしろ同性のルチアにまで手を――あ、今は肉体的には異性だっけ?

 なんだかよくわかんなくなっちゃった。


「とりあえず、武器の類は取り上げてくれる?」

「「ハイ!!」」

「「「「「御意!!」」」」」


 元気があってよろしい!

 なんて、ボク、おじぃちゃんみたいだね。


「ほむほむ....いっぱい持ってるねぇ...」


 さすがは【カムーン王国】の暗部。

 出るは出るは小型の武器が。

 投擲用のナイフに、毒物らしき薬瓶。

 角手(かくて)と呼ばれるメリケンサックとか、ちょっと感動。

 巾着袋の中身は――目潰し用の粉?

 砂漠地帯でそれはまた微妙な....


「そうそう、ブーツとかにも飛びナイフがあると思う。あと、髪と口の中に毒針とかもね~」

「「「っ!?」」」


 いや、バレバレだから。

 暗器の隠し場所なんて誰にでもわかるよ。


「あ、腕に細い糸を巻いてたりするし、ベルトも剥ぎ取っちゃって。っていうか、全裸にしちゃおうか?」

「「「ご、ごめんなさい!! 全部出します!!」」」


 むぅ。密偵としては二流以下だね。

 敵地に乗り込むくらいの気概があるなら、全裸くらい平気だろうに。

 色気で誘惑したり、あの手この手の汚い手段を用いるからこそ活躍できるんじゃないかな?

 ボクには無意味だけど。


「おー! 何この鋼糸(こうし)? 白銀(ミスリル)じゃないよね?」

「カオルヮゥ。それは、斑蜘蛛(まだらくも)の鋼糸だヮゥ」

「ほほー! さすがオダンは物知りだね!」


 数少ない第1級冒険者。

 というか、オダン以外出会った事は無い。

 【エルヴィント帝国】にも昔は居たらしいけど、今は隠居してるって聞くし、【カムーン王国】では――居るのかな? 知らないけど。


「カオル様。斑蜘蛛(まだらくも)でしたら、【ヤマヌイ国】の魔境にも()りますよ」

「そうなんだ~...それってさ、もしかしてコレじゃない?」


 《魔法箱(アイテムボックス)》から、もそっと取り出した斑点模様の大蜘蛛。

 アスワンの根城に巣を作ってて、ボクを見付けて襲い掛かってきたから倒した魔物。

 まぁ他にもいっぱい居るけど。

 人工の地下迷宮(ダンジョン)なんて、アスワンと"偽りの竜王"くらいしか造ろうなんて思わないからね。


「こ、これです! さすがはカオル様! 魔境の(ぬし)を倒してしまうなんて!」

「姫様のおっしゃる通りかと!」

「それにしても、大きいです!」


 そりゃ本体が5m越えで、脚を伸ばせば2倍近くの大きさがあるからね。

 あとで糸袋を開けて鋼糸を確保しておかないと。

 丈夫な服ができると思うんだ。


「ま、いいや。君達はヘザーの部下でいいんだよね? 暗部のみなさん?」


 斑蜘蛛(まだらくも)を仕舞い笑顔を作る。

 軽い尋問なら"どれだけ相手が不敵か"と思わせ恐怖させればいいだけだ。

 ノワールの身体でも、読心術程度はできるしね。


「ち、違いま――」

「嘘はだめだよ?」


 口を開いたリーダー格的な猫人族の男性へ向かい、即座に否定する。

 二流以下の密偵がボクを騙せると思ってるなんて腹立たしいし。


「まず、言い吃音(ども)った。次に、一瞬視線を逸らせた。それと、不自然に左手の人差し指だけが曲がった。

 あとは...緊張してるからだろうけど、汗が凄いね? それ、暑いからだけじゃないよね?

 なんなら拷問でもしてあげようか? ボク結構得意なんだ♪ 両手の指先に釘を刺して蝋燭を垂らす。そうするとジワジワと熱さが身体に伝わり多くの血液が流れて寒くなるんだよ?

 不思議でしょ? 火で炙られて熱いはずなのに、身体は寒気を感じるんだ。他にも身体の皮を剥いで血管を傷付けない様に筋肉だけを削ぎ落としたり――」

「そ、そうです!! ヘザーは我々の隊長であります!! ど、どうか! どうかお許しを!!」

「早いよ! これから良い所だったのに! 拷問の仕方なんて何億通りもあるんだよ? ねぇ! 薊!」

「はい。ですが、私個人と致しましてはジワジワ系よりもガツンとアッサリ系が好きでございます」

「なるほど! 指一本づつ潰すんだね? それもいいけど、動脈と静脈を腕から直接繋いで足先から壊死させるのも中々良いと思うんだ!」

「それはなかなか...素敵でございます」

「だよねだよね! 回復魔法があるんだから、何度も、何度も、何度も壊すのもいいね! いやぁ、薊ならわかってくれると思ったよ!」

「ふふふ....カオル様とは趣味が合いそうで嬉しい限りでございます」

 

 盛り上がるボクと薊。

 香澄(かすみ)小夏(こなつ)早苗(さなえ)(ゆず)の、くノ一達も同意してくれたけど、何この周囲の視線。

 そんなに怖がらなくて良いと思うんだけど。

 ルチアとルーチェも引いてるし、どういう事?


「カオルヮゥ...」

「オダン? ボク、何かおかしな事言った?」

「捕虜にそんな卑劣な事をしちゃだめヮゥ」

「エー....」


 ボクが居た世界では常套手段なのに。

 自白剤があればそんな必要もないけど。

 むしろ、見せしめの為に必要じゃないかな?

 『濁った目』をしたゴミなんて、人権すら与えないんだから。


「う~ん...オダンは優しいからなぁ。仕方が無い。自白したし許してあげよう。オダンに感謝するといいよ?」

「は、はい! オダン様! ありがとうございます! ほんとうに...ほんどうに、あ"りがどうございまず」

「いいゎぅ。カオルも、本気じゃなかったヮゥ」

「あれ? ばれてました?」

「カオルがそんな事できるはずがないヮゥ」


 あらま。バレバレだったみたいだ。

 まぁ...ボクの家族に手を出すような輩が居たら、問答無用でやるけどね。

 死にたくても死ねない程度に壊してみせるよ。


「お? 丁度いい所にブノワ司祭!」


 宮殿の一室で軟禁されていた【聖騎士教会】所属の聖職者。

 階級が低い事からわかる通り、【聖騎士教会】側もあまり【イシュタル王国】を快く思っていない。

 過去の歴史上仕方が無いのだけれどね。


「はぁはぁ...いやはや、寄る年波には勝てませんな」


 と言うわりに元気な老人。

 人間(ヒューム)で齢52歳。市井の出らしく、権力に固執していないらしい。

 ファノメネルは良い人材を派遣してると思うよ?

 なにせ、軟禁中でも兵士や各種ギルドの職員達に主神シヴの偉大さを説いていたみたいだから。


「ハハハ! まだまだ若い者には負けておれませんよ? ブノワ司祭」


 遅れてやって来たこれまた老人。

 人間(ヒューム)で齢53歳。財務を取り仕切る大臣で、名前をジスラン・モ・エトルって言うらしい。

 ちょっとぽっちゃりしてるし、老人と呼ぶにはまだまだ早いと思う年齢だけど、何故か2人はそういう設定みたい。


「それで、食料はどうでした?」

「行軍の準備をしておりましたからな。兵糧は多めに民から徴収しておりました。しばらくの間はそれで持つかと思います」


 申し訳なさそうに民衆へ視線を移すジスラン。

 正直文閥のこの人達の方が宰相に向いてると思う。

 だけど、オダンにも考えがあるみたいで、今まで通りの人事で執政を取り行うんだって。

 ボクなら武閥を即効で解体して冒険者を雇うけど。


「そうですか。まぁ、オダンが国王ですからね。ボクからは何も言いませんよ」

「いやぁ、やはり黒巫女様は器が大きいですな!」

「うむうむ!」

「「ハハハ!!」」


 うんウザイ。

 けど、使える人物だと思う。

 少なくともヨゼフやマレクよりはよっぽどね。

 ヴィートは論外だよ。変態め。


「はぁ...本当に貴方々の様な常識的な人が生き残ってよかったですよ。ボクなら、こんな無能な武官は即刻切り捨ててますから」

「「「ひっ!?」」」

「いやいや、ヨゼフ宰相もマレク軍務大臣も、愛国心は誰よりも強いですからな。あまり虐めないでくだされ」

「ジスランさんがそう言うなら...」

「おぉ! 何、次に何か問題を起こせば、我等とてどうなるか理解しておりますからな。ところで、奇遇にもうちの孫娘が今年12歳でしてな。よければ英雄の香月伯に――」

「いやいや! 私の10歳の曾孫を是非に――」


 なんだろう。この場の空気を読まない自称老人2名は。

 ボクの拷問話し以上に周囲がドン引きなんだけど。

 オダン? 大変だろうけど、ガンバッテ。


「お気持ちは嬉しいですが、ボクの婚約者は決まっているんですよ。なので、そういった見合い話はオダンへどうぞ? もっとも――天狼族のオダンに見合う女性が居るかどうかわかりませんけどね」


 微笑んで逸らし《魔法箱(アイテムボックス)》からロープを取り出す。

 ルチアと薊達に指示し、ヘザーの部下を巻き上げる。


「それじゃ、しばらくは内政と喪に服しておとなしくしててください。あと、約束通り"奴隷の文化の撤廃"と、現状の奴隷は全て"一時的に"オダンに所有権があるという事で。オダン? その腕輪は即位の記念に贈るよ。いちおう聖遺物(アーティファクト)だからね」

「わかったヮゥ...カオル? ありがとうヮゥ」

「どういたしまして♪ それじゃ、みんな行こうか!」


 影から赤黒2頭のドラゴンを呼び出し、簀巻きの暗部達を吊り上げ飛ぶ。

 ボクとルチア、ルーチェの3人は、鷲獅子(グリフォン)姿のファルフに乗った。


「クワァ!」

「うん。よろしくね? この身体はノワールだけど、中身はボクだよ」


 さすがファルフ。

 一発でボクと見抜き、嬉しそうに鳴いた。


「で、光希達はどうする? ボクの客人として来るなら乗せるけど?」

「「「行きます!!」」」


 即答だった。

 総勢11人か。鷲獅子(グリフォン)姿なら平気だし、ま、いっか。


「シーラ!! そこに居るのばれてるから!! 例の話し、一月後に迎えに来るから決めておいて!! あと、シーラは確定だから!!」

「なんでや!?」


 瓦礫の影から慌てて姿を見せたアマゾネスの女性。

 サラを『無乳』と卑下し、ボクが光希達を解放軍(レジスタンス)のアジトで匿うように言ったのに無視したダメダメ冒険者。

 だから、強制的にボクの下で扱き使う。

 ふふふ....忙殺だけはされないように気を付けるといいよ?


「って事だから、オダン! 【イシュタル王国】の国民達よ! また一月後に会おう!」


 大空へ舞う2頭のドラゴンと1頭の魔獣。


 ボクは一度だけ『オムニスの地下迷宮(ダンジョン)』へ視線を送り心の中で呟いた。


(待ってろよ..."偽り"の火竜王バハムート....)


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