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第二百五十話 第五幕


 いったい何が起きているのか理解できなかった。

 主君の強さは、天音からも父様からも聞いていた。


 忘れもしないあの日、若様――(おおとり)光羅(こうら)――から、老中(ろうじゅう)(たいら)利成(としなり)様と御側御用人(おそばごようにん)の父様――(いずみ)(たける)――へ命が下った。


 『今日こそ20層まで行くのだ!! 大恐狼(ダイアウルフ)の毛皮を持ち帰り、父上に認めて貰うのだ!!』


(また発作が起きたのね....)


 私は正直そう思った。

 今まで、何度となく『フムスの地下迷宮(ダンジョン)』へ挑戦してきた。

 それも若様を大将に平様と父様、陰陽師(おんみょうじ)――魔術師――の(さく)様を連れて。

 もちろん守護方(しゅごがた)の御側御用人を勤める父様が行かれるのだから、実子の私と天音も供をしなければいけない。

 それが職務で職責だから。


 でも――若様に人を率いる力量が無い事なんて、散々敗退していて理解していた。


 そもそも武闘派の家系に産まれた私達や、永年老中職を勤める平様は、たとえ高難度の『フムスの地下迷宮(ダンジョン)』であろうと30階層以上踏破している。

 それなのに若様が指揮すると無謀な作戦が多く、無駄な行動で罠にかかりやすい。

 たぶん、閉鎖的な環境のせいだと思う。

 私が産まれた【ヤマヌイ国】は、他国との国交を閉ざし、表向き鎖国している。

 だから戦場(いくさば)なんて国内の小競り合いくらいのもので、各地に派遣した有能な代官があっさりと治めてしまう。

 若様の出番がないから経験を積めないし、こんなに傲慢に育ってしまった。


 その結果、家臣の負担が増える。


 そんな悪循環を打破すべく、国主様が若様に武人として経験を積ませようとしているのだけれど――


「おお!! 見てみよ!! こんなところに宝箱があるではないか!!」

「お、お待ち下さい! 若様! これ見よがしに置いてあるなど、罠以外の何物でも――」

「ええぃ!! うるさいうるさい!! こんなもの、開けてみねばわからぬではないか!!」


 朔様の忠言(ちゅうげん)を無視して、若様の独断で私達は罠に落ちる。

 罠は、16階層中の魔物や魔獣を誘き寄せる代物だった。


「クッ!! 朔!! 若をお護りしろっ!! 猛と、千影と、天音は、ワシと共に防御陣を敷く!!」

(おう)っ!」

「「はいっ!!」」


 また失敗。

 若様は、本当に才能も無ければ運も無い。

 おまけに傲慢で家臣の言葉に耳を貸さない。

 だからいつも敗退する。


 『個々の力が強くても、指揮する者が愚鈍であれば、武人の真価は発揮されない』


 幼い頃に父様から教えられた言葉。

 私もまったくその通りだと思う。


 迫り来る火蜥蜴(サラマンダー)の大軍。

 その後ろに巨体を震わす単眼巨人(サイクロプス)の姿も見える。

 当然私達は、全力で迎撃した。

 私と天音は薙刀を振るい、平様と父様は槍や大太刀で。

 そこに朔様の式神――呪符魔法――が《氷棘雨(ひおどろう)》を降らせ、戦闘を優位に展開していた。


 だけど――いくら私達が武闘派と言えど、武器や防具も磨耗するし、捌ききれない数の魔物や魔獣に襲われてしまえば、数の暴力の前に屈してしまう。


「きゃあ!!」


 情けなくも武人にあるまじき悲鳴を上げた私。

 たかが火を吐く赤い鱗の蜥蜴ごときに後れを取り、私の左脚は食い千切られた。


「千影!!」


 あまりの激痛に視界が歪み、全身に寒気を感じる。

 蜥蜴は私の左脚を丸飲みし、返り血を浴びて嗤った気がした。


 本当に...若様は愚かだ。


 不敬なんて百も承知。

 だけど、父様の忠告を何度も無視し、撤退もせず朔様を酷使するから無駄に魔力を浪費する。

 式神が使えなければ、陰陽師の朔様なんて非力な人。

 自力で戦えないから式神を使っているのだもの。

 それなのにあんなに無茶させて。


 その結果、私が犠牲になるの。


 私はね? 父様....私は...千影は...武人よりも...母様みたいに父様の帰りを待つ主婦になりたかったのです。

 でも、それは叶わぬ夢で、女しか産まれなかったから私と天音の2人が父様の補佐をしようって。

 そう決めたのに――やっぱり諦めきれなくて....


 数瞬の走馬灯が流れ、私が最後に見た光景は、父様が火蜥蜴(サラマンダー)へ大太刀を振りかぶる姿だった。












 私は死んでしまった。

 同時に不甲斐ない自分に嫌気もさして....

 父様と天音に申し訳なくて...

 母様も怒ってしまうって、そう思っていた。

 それが――


「ち、千影姉様!!」

「千影!!」


 目が覚めたら、私は『フムスの地下迷宮(ダンジョン)』の入り口に戻っていた。

 それも父様におんぶされて。


「あの...私はいったい....」


 一瞬、黄泉の国へ迷い込んだのかと思ってしまう。

 だって、私が生きているはずがない。

 脚を食い千切られてあんなにも出血していたのだから。

 それに...確か意識を失って...それから何が起こったの?


「よかった...千影...本当に無事でよかった...」

「千影姉様...」


 父様に降ろされ、泣き縋る天音を抱き締める。

 そして、私が気絶した後何が起きたのか事細かに説明してくれた。


「...それでは、その少女が私を助けてくださったのですね?」

「うむ。朔が言うには、高級な薬湯の類だろうとな」

「は、はい! それもかなり高価な代物だと思います! 傷口に塗るのではなく、体内に取り込むだけで血が止まったんですよ!? あ、あんな物、見た事も聞いた事もありませんよ!」


 いつも若様に振り回されてオドオドした態度の朔様。

 それなのに、考えられないくらい興奮していた。

 それだけ私が飲んだ薬湯が凄い効能なのだろうけど――私、そんな物を飲んだ記憶が無いの。


「ハハハッ!! まぁ、女子(おなご)同士で口移しだったからな!! 初めての接吻(せっぷん)相手が同性とは、千影は同性愛に――」

「ちちさまぁ? かぁさまに言い付けて良いでしょうかぁ?」

「ま、まてっ!? 天音!? そ、そんな事をしたら殺される!!」

「クククッ...あの獅子もが恐れる"大太刀の猛"が、今ではすっかり女房の尻に敷かれておるのぅ」

「利成!? てめぇ....仕方がねぇだろ!? うちは女ばっかり3人も居るんだぞ!? 男独りがどんなに辛いか...」


 やっぱりこれは夢じゃない。

 天音の暖かさも、父様と平様のおどけたやりとりも、ぜんぶ...全部本物。


 って! ちょっと待って!? 私、接吻したの!? それも同性と!?


「そ、それにしても! 凄かったですね! あの回復魔法!」

「うむ。【聖騎士教会】の治癒術師じゃろうが――ちと"奇妙"ではあるのぅ」

「あの...平様? "奇妙"とはいったい?」

「それがのぅ。身形から察するに他国の者であるのは確かなんじゃが、武器が解せん」

「ああ、ありゃ打刀だな。それも神鉄の類の」

「であるな。そうでなければ、あれだけ打ち合うて折れんはずがなかろうて」


 打刀...それなら私も天音も愛用してる。

 だけど、もしかして――


「うむ。千影が今予想した通りじゃろう。おそらく、大昔に【カムーン王国】へ亡命した同胞の子孫じゃろう。相次ぐ戦乱に辟易としておった者達が多かったと聞くしの」

「そうだな。だけど、よ? あの若さであれだけの使い手だ。<刀術>も然ることながら、魔法まで使っていたじゃねぇか。それに...」

「髪、じゃの?」


 え? 髪? どういう事?


「....ああ。あの漆黒髪。ありゃ、間違いなく"うちの国の純血"だ。それも――」

「国主である、我が一族よりも濃い血筋のな」

「若様!?」


 いつもの傲慢な態度なんて微塵も見せず、若様はどこか落ち着いている。

 それに父様の話しが本当なら、その少女は国主様の傍流。

 それも、脈々と受け継がれる(おおとり)一族よりも高位の。


「猛の娘よ。この度は本当にすまなかった。我が不甲斐ないばかりに、お主を殺してしまうところであった」

「と、とんでもございません! 守護方御側御用人、泉猛が長女千影は、若様を護る責務がございますので!」

「いや、その気概は嬉しく思う。だが、違うのだ。これまでの我は浅慮で傲慢であった。あの娘に諭され、身に染みて良く理解した。皆の者。相済(あいす)まぬ」


 あの若様が頭を下げた。

 それも家臣の私達に。


 変わった....平様ですら手を焼いていた若様が、お変わりに成られた。


「老中、平利成よ」

「ハッ!」

「急ぎ城へ戻るぞ。(くさ)を使いあの娘の素性(すじょう)を調べるのだ」

「心得ました! ....ですが、若?」

「うむ?」

「もしやとは思いますが...あの娘に惚れた。なんて事は無かろうですな?」


 急ぎ跪いた私達の視線が若様に集中する。

 若様はそれはもうわかりやすいくらいに動揺して、顔を真っ赤に染めていた。






 そして――一週間後。


 諜報を終えた草が齎した情報。

 他国では羊皮紙と呼ばれる和紙代わりの書の内容に、若様は肩を落としてうな垂れた。


「ほほぅ...西方【エルヴィント帝国】の伯爵、香月カオルとな」


 国主(こくしゅ)(おおとり)光輝(こうき)様。御自(おんみずか)ら朔様を除く当事者の私達を招集し、ご説明下さった。


 曰く、【カムーン王国】の元剣聖――侍大将的な存在らしい――の愛弟子にして竜殺し。

 【聖騎士教会】に所属する治癒術師で、内々に"黒巫女様"と呼ばれ慕われる。

 他国間の戦争へ介入し、1千人対6人の戦力差を覆し、さらに単身で1万5千の魔物や魔獣の大軍を撃破。

 その栄誉を授かり伯爵位を拝命。

 広大な領地を持つ大貴族にして、年齢は僅か12歳。

 特徴はやはりあの漆黒の髪。

 添えられた姿絵には、可愛らしい容姿が描かれていて。

 ただ――羊皮紙を拝見させていただいた私も未だに信じられないのだけど.....


「男性、なのですか」

「そのようじゃの」


 つい口を突いて出た言葉に、国主様が答えた。

 この場で私程度の身分に発言権など許されない。

 にも関わらずお答え下さった事に恐縮しながらやっぱり納得できない。


 だって、こんなに可愛らしいのに男だなんて...それに、私の唇を奪ったなんて...責任を取って貰わなきゃ!!


「その...なんじゃ。光羅(こうら)よ。そう落ち込むでない」

「ですが父上!!」


 若様は、余程この子に恋慕していたみたい。

 気持ちはわかる。わかるけど...【ヤマヌイ国】で衆道(しゅうどう)――男性同士の恋愛――は許されない。

 特に官職を持つ身分以上の人間は。

 まして、若様は次代の国主様だから。


「お父上様」


 鈴と響く声色。

 見上げればそこに豪奢な着物で着飾られた姫様のお姿が。

 恐れ多くも鳳一族の方々は、黒紅(くろべに)色の髪を持っておられる。

 純血を尊ぶ【ヤマヌイ国】で黒色の髪が如何に重要視されるか。

 民草――国民の末端――の誰もが知っている話し。


「なんじゃ? 光希よ」

「こちらの香月姓(こうづきせい)を名乗る殿方なのですけれど、出自(しゅつじ)が【ヤマヌイ国】とあります。過去の文献を調べましても【ヤマヌイ国】に香月姓を名乗る人物はおりません。どう思われますか?」

「ふむ....」


 姫様は時世(じせい)にお詳しい。

 (かんなぎ)と称され、歴代の中でも屈指の才能をお持ち。

 とは言え、実際に神の依代(よりしろ)に成られた事はないのだけれど。

 民草は、年に一度の豊穣祭でそのお姿を拝見する。

 姫様の"御神楽(みかぐら)の舞い"は、とても悠然でいて神秘的だと評判を博している。


「どう思う? 平よ」

「ハッ! 真意の程は図りかねますが――実はこんな噂を耳にしまして」


 平様のお話に、私は自分の耳を疑った。


 なんでも、つい先日城下町の寂れた食事処で、長い漆黒髪の少女が巫女服姿で働いていたらしい。

 それも見た事も無い調理方法で料理を作り、食べた事も無い美味しい料理を。

 おかげでその食事処は大繁盛し、今でも惜しげもなく通う町人が後を絶たない。

 まさか探し人がこんな近くに居たなんて、誰も予想していなかった。


「それはまことか?」

「はい。ワシも実際にその店へ赴き女将(おかみ)と話したのですが、どうやら真実のようですな」


 国主様まで押し黙り、皆黙考する。


 少なくとも香月カオルと名乗る人物は、確かに【ヤマヌイ国】へ入国していた。

 ただ、その一件以降誰も姿を見た者がおらずどこへ消えたかも不明。

 益々怪しいと思ってしまうのは、私だけじゃないと思う。


「お父上様。私は――光希は思うのです。これは好機ではないか、と」


 どうしたものかと悩む中、姫様が提案した。

 私はまたも自分の耳を疑う。

 だって....


「なるほどの。確かに光希の言う通りじゃな。若くして才能を持ち、他国とはいえ高貴な身分を許されておる。

 出自について謀っている可能性もあるが、我等よりも濃い血筋なのは間違いないであろう。

 ならば――光希の輿入れ先として、これほどまでに相応しい者はおるまいて」

「はい。それに、どうやら私もこの殿方へ好意を抱いてしまったようでございます」


 可憐な姫様が恥ずかしそうに畳の上へ"の"の字を描く。

 その隣で若様が羨ましそうに涙を浮かべていたけど――衆道(しゅうどう)はいけないのですよ?

 子も()せませんし。


「それと、千影と天音も私と同じ想いのようですし」

「「エッ!?」」


 姫様に促され、私と天音をお互いを見やる。

 血の繋がった姉妹の私達は、お互いの気持ちなんて手に取るようにわかってしまう。

 だって、私も天音も顔に熱を持っていたから。


「ハハハ!! よかったなぁ? 猛。お前の娘御もようやく嫁入りだな?」

「てめぇ...利成....嬉しいけどよ。でも、姫が輿入れするんだ。良くて千影と天音は(めかけ)じゃねぇか」

「父様!! 天音は妾で十分でございます!! それに、千影姉様は接吻を済ませてますので...」

「まぁ!? それは急ぎ婚儀の準備をしなければいけないですわね♪ 忠義を尽くし、お父上様を支え続ける泉家の2人ならば、私は何も文句はございませんよ?」

「ひ、ひめさまぁ...」

「良いのですよ? 天音。あなた達は立派な泉家の世継ぎを生み、お父君を安心させてあげなさい」

「姫...そこまで....お心遣い、かたじけない!!」


 私を置いて事は進む。

 国主様と平様が年甲斐もなく笑い、姫様と天音は喜んで涙を流す。

 若様がたそがれていたけど、誰も声をかけなかった。

 

「時間が解決してくれるじゃろうて」


 国主様がボソリと呟いていたのを私は逃がさず聞いてしまった。






 そして――他の家臣にも内密にし、姫様と私と天音の3人は【ヤマヌイ国】を出発した。

 表向きは逐電(ちくでん)した事になってるけど、姫様にそんな事はできない。

 だって、国主鳳一族の直系なのだもの。


「姫様。長旅になります。疲れた時は無理をせず、すぐに言ってくださいませ」

「千影? 安心しなさい。私は幼い頃より馬術も嗜んでいるのですから」

「そうですよ? 千影姉様。姫様の遠乗り姿は、『疾風迅雷だ!』って、(ちまた)で有名じゃないですか」


 姉の気遣いを知っていておどける天音は、蠱惑的だと思う。

 私だって知っている。

 姫様が文武両道に秀でた才能をお持ちで、そのせいで若様が嫉妬していた事なんて。

 むしろ、色恋の意味でも嫉妬していそうで怖い。

 恋慕していた相手が同性だったのだからどうしようもないけど。


「それにしても...まさか護衛に風牙(ふうが)一族の者を動員されるとは...国主様はかなり本気ですね」


 馬を走らせる私の視界ギリギリで、姿をなんとか捉えられるかどうかの動きを見せる者達。

 この者達は国主様を影から支える隠密集団。

 一般的に草と呼ばれ、諜報活動に秀でた才能を持っている。

 中でも風牙一族はひとつ頭を抜きに出ていた。

 表の守護方が父様達武人ならば、裏の隠密方が忍者の彼等彼女等だ。


「千影姉様? もしかして見えてるんですか? 私にはアレが無いとわからないですけど」


 天音がアレと呼んだのは、私達に先行して草が倒した魔物や魔獣。

 急所を一突きにされて屠られた姿を見るに、やはり風牙一族の手際は天晴れの一言。


「天音はもう少し修練を積む必要があるようですね? 10名のくノ一――女性だけの忍者――が見えないなんて」


 10名!?

 私でも4~5人がやっと見えるかどうかなのに、姫様の目には10名のくノ一が見えてるなんて...

 護衛の私達が姫様に武人として劣るなんて、父様に知られたら怒られてしまう。


「ところで、千影と天音はもう少し言葉使いを何とかできないのですか?」

「そう言われましても...」


 出発するまでの約一月、私と天音は父様と母様の下を離れ、姫様の身の回りのお世話をさせられていた。

 むしろ内密に事を運ぶ為仕方がないのだけれど。

 その時、姫様が急に提案されたのが言葉使い。


『ねぇ? 千影と天音は、2人きりの時と私が居る時とで言葉使いが違うのはどうしてかしら?

 これから私達は同じ夫の下へ輿入れするのです。だから、私が居る時も同じ様に接して欲しいのですけれど?』


 正直に言えば嬉しい。

 だけど、私達と姫様では身分が違う。

 国主様の実娘の姫様と、家臣の娘の私達では立場というものが...


「気遣いは嬉しく思います。でもね? せめて公の場以外では親しく接してくれないかしら? ...私も...千影と天音と同じ様に、心細く感じる事もあるのですよ」


 ボソリと弱音を零した姫様。

 私と天音は理解する。

 姫様も同じなんだ。

 【ヤマヌイ国】を初めて出て、見ず知らずの土地へ行くのだから心細くなるのも当然で。

 だから、私達に本音を話してくれた。


 それに――公の場以外ならいいわよね?


 私だってずっと姫様と話してみたかった。

 同い年の17歳で、武芸については父様から沢山言われ続けて生きてきた。


『姫はなんでも器用にこなすぞ? 千影も天音も、もう少し姫を見習って広い視野で物事を見ると良いな』


 あの父様に褒められた姫様を悔しく思った事もある。

 でもそれ以上に同性として羨ましく思った。

 容姿も雅で芸事にも通じて、修練中に何度か聴いた琴の音色が姫様のものだと教えられた時なんて、完全に勝てないと気付いた。

 それに天音も私と同じ気持ちだった。


『やっぱり私達は姉妹だよね♪』


 私もそう思いたいけど、天音は最近ちょっと違うと思うよ? 


「...姫様がそうおっしゃるのでしたら」

「私も千影姉様がそう言うなら」

「あまり変わってない様に聞こえるのだけれど?」

「いくらなんでも、急には無理でございます。時間をください」

「そう...それなら私は待ちましょう」


 心持ち姫様の顔も晴れやかになった気がする。

 今までと違う憧れの方に近づけた。そんな気分がした。


「ご歓談中に申し訳ございません。姫君? 前方より数十名の者達がこちらへ接触しようとしております。身形からおそらく【イシュタル王国】の者かと思われますが、いかがいたしましょう?」


 駆ける馬と同じ速度で走るくノ一。

 全身を黒の布服で統一し、鎖帷子が袖口から見える。

 気配を察知するのに少しかかった私は、やはり武人としてまだまだ未熟。


「そうですか。一度馬を止めます。敵意は感じられましたか?」

「いいえ。どうやら手痛い目に遭ったらしく、満身創痍かと。風牙衆(ふうがしゅう)くノ一部隊、"朱花(しゅか)"の私達ならば、容易く屠れます」


 "朱花(しゅか)"!?

 国主様はそんな手練れを姫様に着けていたのね。

 そりゃ私にどうにかできるような相手じゃない。


「敵意が無いのでしたら、一度話を聞いてみます。何か怪しい動きをするようでしたら――差配は任せます」

「御意!」


 スッと闇に姿を消したくノ一。

 気配の"入"と"出"も見事で、私は心の中で(さすが)と称賛を送る。

 やがて【イシュタル王国】の民と思われる集団と相対し、様々な情報を知る事となった。







「ですが姫様? よろしかったのですか?」

「ええ。彼の者達がそのまま城へ向かえば、命の保証をできませんから」


 再び馬を走らせ、向かう先は大陸南にある【イシュタル王国】。

 どうやら政変が起き、内乱が続いているらしい。

 と言うのも、落ち延びて来た難民曰く『国王が乱心し、国民を徴兵しているんだ! おそらく、【カムーン王国】へ派兵するつもりかもしれない』との事。


「千影姉様? これでカオル様に早く逢えるかもしれませんね?」

「いや、そういう話しではなくて」


 私が危惧してるのは、くノ一の半数を難民に随行させた件。

 姫様の護衛が一気に減れば、それだけ危険も増すのだから。


「千影殿? ご安心下さい。我等5名は朱花(しゅか)の中でも精鋭中の精鋭。それに――天下に名高き"大太刀の猛"殿がご息女も着いて居られるのですから」


 姿を隠す事を止め、5人のくノ一が私達と共に直走る。

 話し掛けてきたのは、名を(あざみ)と言い、風牙衆の長の孫娘に当たるそうで。

 他に香澄(かすみ)と、小夏(こなつ)と、早苗(さなえ)と、(ゆず)と、(ひな)の計5名。


 父様を褒められるのは嬉しいけど、私と天音に期待しないで欲しいのだけど。


「やはり、天啓かもしれませんね」

「姫様?」

「いえ、旦那様の経歴を見るに、争い事がある場所へ必ず現れてお治めされていらっしゃいます。つまり、あの難民達を手厚く保護する事で私達は旦那様の覚えも良くなるのですよ」


 あ...なるほど。

 香月カオル様が噂通りお優しい方ならば、姫様の株も上がる。

 その為に貴重な護衛の半分を難民に随行させたのね。

 その分私と天音に負担が掛かるけど。


「ところで...姫様? なぜ"旦那様"とお呼びに?」

「千影こそなにを言っているのですか? お父上様からも強く懇願されたではありませんか。『必ず純血の子を孕んで戻れ』なんて、兄様が号泣しておりましたね♪」


 いえ、その場に私如きが立ち会える身分ではなかったのですけれど...

 『孕んで戻れ』とはまた...国主様らしいというか何と言うか...

 若様...衆道はいけません。


「ちなみに、我等風牙の長からも下知(げち)されておりまして...『姫君の夫君が望まれるのならば、その身を差し出し子を生せ』と...」


 なんだか色々透けて見えて来た気がする。

 通りでくノ一の中の精鋭、風牙の朱花が出てくるはずね。

 私と天音と同じで、【ヤマヌイ国】の純血は薄れてしまった。

 ご先祖様は近親交配を重ねて血族の血統を重んじ、ヤマヌイの象徴――艶やかな黒髪――を守られたけど...

 失策だったとしか言えない。

 だって、国主様の一族は辛うじて黒紅(くろべに)色の髪色だけれど、重鎮以下家臣団は皆黒とはほど遠い髪色になってしまったのだから。


「あのぅ...姫様が"旦那様"とお呼びになるのでしたら、私と千影姉様は"主君"とお呼びした方がいいですよね?」

「確かにそうだけど....」


 現在、私と天音は姫様の直臣。

 恐れ多い話だけど、そう国主様から御下知(おげち)された。


 本当にどうなるのかな。

 いいえ、香月カオル様は、どんな人なんだろう。




















 あれから凡そ2週間。

 【イシュタル王国】に潜伏して、第1級冒険者のオダン殿と知己にも成れた。

 そして予想よりも早く私達は"あの方"と巡り会えたのだけど――


「なんて...こと...」


 姫様がうろたえる。

 もちろん私も天音も同じ気持ち。

 だって、私達が目の当たりにした光景は、常識を逸していたんだもの。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」


 言葉に出来ない声を上げて、有象無象の屍が歩く。

 辺りに蔓延する死臭に鼻を摘み、ただただ茫然と眺める事しか出来ない。


「姫様...これは....」

「わかりません。旦那様が魔法を使われたのでしょうけれど....でもこれは....」

「死霊魔法ヮゥ」

「知っているのですか!? オダンさん!!」


 博識な姫様にもわからない事を、オダン殿は知っていた。


 主君が使われた魔法は、死者を従える禁断の魔術。

 特にこの世に未練を強く残した者は魔物として再誕するそうだけど....


「では、今の主君がその超越者(リッチ)という魔物だと?」

「違うヮゥ....アレは....死霊魔法使(ネクロマンサー)いだヮゥ」

「そんな!? では、主君は【イシュタル王国】の民を皆殺しにしようとして――」

「千影姉様!! アレを見てください!!」


 天音に教えられ私は見た。


 死者に怯え姿を隠す者達には目もくれず、死者は目的を持って動いている。

 そして死者が向かったその先で、自らの(かたき)を貪り食う様を。


「まさか...仇討(あだう)ちをさせている...?」

「そうね。私もそう思います。旦那様の目的は、たぶん千影の言う通りなのでしょう」


 そんな事が実際にできるのかどうか。

 私ごときにはわからない。

 だけど、たぶんそうなんだと思う。

 だって――


「カオルヮゥ」

「はい。旦那様のあの姿を見て、【イシュタル王国】を滅ぼそうとしているなんて思えません」

「千影姉様....」


 ああ...主君....

 そんなに悲しそうな顔をしないでください。

 貴方様の涙は、とても気高く美しいものです。

 だからどうか....泣かないで....


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