第二百四十九話 第四幕
切りが悪いところで次話へ続きます。すみませぬ。
「ふむふむ。家臣団の中にも、現状を嘆き解放軍に協力している人がいるのですね?」
「そうだヮゥ」
「代表格...というか、主導しているのが、ヨゼフ・ヌ・ラパン宰相と、マレク・ド・レイム軍務大臣だと」
「んヮゥ」
「...なんでさっさとクーデター起こさないんですか」
オダンさんと並んで地下道を歩きながら、【イシュタル王国】の状況を聞いていた。
この地下道は旧首都の成れの果てで、3層だったり場所によっては4層あるみたい。
なぜこんな歪な建築をされているかと言うと、吹き込む大砂に首都が飲み込まれているのが原因なんだって。
まぁ、砂漠地帯なんだから当然なんだろうけど、それより気になるのはさっきの話題。
家臣団の宰相と軍務大臣以下同格クラスの貴族達が、解放軍に協力しているという事。
全員重鎮なんだから、さっさとクーデター起こせばいいんじゃないかな?
なんて、負の感情に引き摺られていたボクの考え。
もちろんそれはいけない。
「死者が増えるヮゥ」
うん。オダンさんの言う通り。
今すぐ発起すれば、徴兵、軍属させられた家族同士で戦わなければいけない状況になってしまう。
ただでさえ大勢の人が亡くなったり、国境を越えて他国へ亡命しているんだ。
【カムーン王国】だってそうだし、もしかしたら【ヤマヌイ国】にも...
道中で魔物や魔獣に襲われて亡くなった方も沢山居たはずだ。
全部アスワンの謀略通り。
だけど、それだけじゃない。
暴君ドゥシャンの欲望。
人間至上主義が、そもそもの原因。
全ての種族の根源となった人種。
それが人間であり、かつて世界を支配していた古代魔法文明人。
未だ真理の途に至らぬボクだけど、もしかしたら『心善き神々』は、人間の遺伝子を基に各種族を作り出したんじゃないかと思う。
妖精種に、人間と精霊の力を与え。
獣人種に、人間と各種獣の力を与え。
そして――唯一神や絶対神と呼ばれる"ヤツ"が作り出した人間を残した。
考えられる理由はただひとつ。
抗う術を、持っていなかったから。
だからって、ボクは許さない。
古代魔法文明の末期。『心善き神々』は、殺し合う同胞――人間達――を嘆くばかりで手を差し伸べようとしなかった。
だから、一部の良識ある神。堕天し、『邪神』と呼ばれた神々が奮起したからこそ、ようやく『心善き神々』が重い腰をあげたのだから。
"悪"というのは、その人の観点と立場次第で認識が違う。
例えば、今回の【イシュタル王国】の政変。
暴君からこの地を救い、正常な国政へ戻す。
そうすれば、ボク達 反乱軍は正義で、ドゥシャンは悪だ。
でも、逆の立場ならどうか?
ボクがドゥシャンならば、国王の決定に従い他国へ派兵する。
それも、肥沃な大地を持たない国家に潤いを与える為に。
この場合だと、反乱軍が悪で、ボクが正義。
戦争に善悪なんて関係無い。
要は、"どれだけの対価を支払い利益を得る"か。
直接的な武力による戦争じゃなくてもいい。
政治的な戦争だってある。
周辺各国を抱き入れて補給路を絶ち、敵国を干上がらせてしまえばいい。
そして、あとからこちらに有利な条件を突き付ければ勝ちだ。
考えられる手段なんて、いくらでもあるんだから。
『心善き神々』が悪なのか、『邪神達』が正義なのか。
ボクに判断できないけど、ただ――許せない。
それに、この国に根強く残る悪しき風習――人間至上主義――のツケを【イシュタル王国】は、今払っているんじゃないかと思う。
「それで、王国軍の第1軍が出陣してから、各所で内応を取り付けた反乱軍が首都で暴れ、その隙に宮殿へ潜入し制圧しよう...と?」
「そうだヮゥ」
だめだ。この作戦の立案者が誰だかわからないけど、愚策としか言い様がない。
第1軍って、徴兵された義勇兵だか民兵がほとんどだよね?
元々王国で商いとかしてた一般市民だよね!?
【カムーン王国】の兵士に殺されに行くようなものだよ!?
切り捨て――見捨てるつもり!?
剣聖のブレンダだって、フェイだって居るし、騎士団長のアドルファスとか、そこそこ強いんだからね?
「...誰ですか。そんなバカな作戦を立てたのは」
「第1軍の将軍、ヴィート・ク・モルだヮゥ。ヤツはマレク・ド・レイム軍務大臣の腹心だヮゥ」
ああ、そうですか。
この国の軍務はバカばっかりですか。
そりゃ国が傾く訳だ。
アハハハ....笑うしかないね?
「はぁ...」
気が付けば、何度も何度も溜息を吐いていた。
確実にこの国は、破滅へ向けてカウントダウンが始まっている。
エリーシャ女王が愚鈍なはずがない。
【カムーン王国】も【イシュタル王国】の変事に気付いているだろうし、国境周辺に王国軍を駐屯させているはずだ。
それも、練度の高い精強な軍隊を。
オダンさんの話しによれば、あと1週間もしない内に第1軍が出陣するらしい。
という事は、あと数日間ボクはこのまま何もせずに指を咥えて見ていろと?
残念ながら、ボクにそんな時間は無いんですよ。
「オダンさん」
立ち止まり尋ねる。
彼にこの国の行く末を任せられるかどうかを。
「貴方の決意を知りたい。【イシュタル王国】の為に、暴君ドゥシャンを倒し、安寧と秩序を生涯望むと誓えますか?」
ボクは説いている。
オダンさんの資格と人生を賭ける事が出来るかどうかを。
優しい人だから心配はしていない。
だけど――国を繁栄維持させる為に、時として辛い決断を下さなければいけない場合もある。
ボクだって理解してる。
でも、ティルを死地へ追い遣り、試したエリーシャ女王は間違ってると思う。
「カオルヮゥ...」
ジッとボクを見詰め、オダンさんは悩み...最後にコクンと頷いてくれた。
自分の覚悟。自分の決意。王国の為に何が出来るのか。そして、今自分が何をするべきか。
オダンさんの中で複雑な感情が渦巻いたはず。
それでもボクの期待に応じ頷いてくれた。
だから――ボクは彼の期待に答えたい!!
「わかりました。オダンさんの決意に敬意を。そして、香月カオルの名において、この国の健やかなる繁栄を祈ります」
力強く握手を交わしたボクとオダンさん。
彼は今からボクの戦友。
志を共にし、ボクの助力でオダンさんは王に即位する。
【イシュタル王国】で唯一の第1級冒険者。知名度は誰よりも高い。
実力だってある。問題は寡黙だというただ一点。
だけど、そんな稚拙な事はどうとでも出来る。
無能な宰相辺りに呪いでもかけて、扱き使ってやればいい。
「さすが、私の旦那様です。惚れ惚れする程の凛々しさ。そして熱い友情。私、ときめいてしまいました」
「姫様のおっしゃる通りかと。主君の願いに答えたオダン殿も、さすがは武人。同じ武を志す者として感服いたしました」
「ち、千影姉様...天音は...いけない子かもしれないです。愛妾という立場なのに姫様を差し置いて、主君の寵愛を一身に受けたいと思ってしまいました...」
「いいのよ? 天音。正室の私が狭量だと思っているのですか? 安心しなさい。旦那様の御寵愛は、等しく全ての妻へ与えられますから」
「ひめさまぁ...」
こ・の・こ・た・ち・はっ!! なんで着いて来てるのかな!?
反乱軍のアジトに置いてきたはずじゃなかったかな!?
ねぇ!? なんで!? 抜け出してきたの!?
シーラとかいうアマゾネスの冒険者を見張りに置いてきたはずなんだけど!?
まったく役に立たないね!?
サラに告げ口だけじゃ許さないよ!!
「...はいはい。輿入れ云々は保留にしたはずです。邪魔ですから戻りましょうね~?」
両手で大袈裟にシッシッってやってやりましたとも。
それでもくじけないのはさすが一国の姫君ですね?
だけど、本当に邪魔だから。
【ヤマヌイ国】の姫君が他国の反乱に手を貸したなんてばれたら国際問題だよ?
ねぇ、わかってるの?
「問題ございません。国を出た今、光希は香月家に輿入れしたも同然なのですから」
「その通りです。もちろん我等姉妹も姫様に従うのみでございます」
なに...もう、修羅場確定なの?
ボク、死んじゃうかもしれない...
「はいはい。保留ね、ほ・りゅ・う。それに――着いて来るなら覚悟するんだね。ボクのこの身体は、本体と違ってやり過ぎてしまうから」
「それはどういう...」
「オダンさん? いきますよ!」
光希の質問を無視して、ボクとオダンさんは地下道を抜けた。
頭を過ぎる謀略の数々。
間違い無く負の感情に引き摺られてる。
本当に気をしっかり持たないと。
このままでは、何もかも壊してしまいそうだ。
大通りのど真ん中を連れ立って歩く。
各所で鳴り響く警鐘が、王国中に緊急事態を告げている。
むしろ、たった一人の侵略者に対し、"何もできず"に泣き叫んでいた。
なにせ――首都全域から"数十万もの黒い触手"が生えて兵士を攻撃しているのだから。
「へぇ~...それじゃぁ、今は首都から出れないんだ?」
「ええ、旦那様。入街は可能なのですけれど」
「住民を閉じ込める、云わば牢獄ですね」
別にほんわかしている訳ではない。
あくまで情報収集している。
現状ボクがアスワンから引き出した役に立つ情報は、アスワンがドゥシャンを唆し、【カムーン王国】へ嗾けた事と、"禁断の魔導具"を1機預けた事だけ。
だから光希や、千影、天音の3人から色々聞いている。
オダンさんは黙して語らず、たまに相槌を打って答えてくれていた。
「あの...主君? この黒くて長くて太くて野太いモノはいったい...?」
天高く伸びて兵士を引き摺り回している"モノ"。
もちろんボクの――というか、ノワールの魔法。
暗黒魔法《常闇触手》。
世界各国から"禁呪"に指定されている恐ろしい魔法だからこそ、今使うべきだと思う。
もっとも、ボクの場合は『捕まえて』、『振り回して』、『混乱させて』、『気絶させて』いるだけで無害だけど。
本気で使えば串刺しで即殺。
それも超広域を目視する必要もなく。
ま、本体でもできるけどね。
アゥストリ考案の《魔透帯》の改良版、《魔透糸》――見えない魔法の糸――で絡め取れば終わり。
糸だからここまで大規模にやると――制御が面倒で、たぶん人体くらい切断できそうだからやらないけど。
むしろ雷属性の魔法《雷衝撃》で脳だけを感電させた方が楽。
【カムーン王国】の一件でかなり魔力の調整も上手くなったし、今なら後遺症の問題もないかな。
「もちろん、ボクの魔法だよ。この触手は、一方的に触れる事はできるけど、相手からは触れられない。
それに、こうして《闇の障壁》を常時展開してなければ、ボク達にも攻撃してくるんだよ?
どうかな? ボクが怖いでしょ? だから、輿入れなんてバカな考えは――」
「さすがは旦那様です♪ 私、旦那様の強さに惚れ惚れいたしました♪」
「姫様のおっしゃる通りかと。やはり、私程度の武人では主君に敵いません」
「わ、私は...ちょっとカッコイイなって....思います...」
なんでこの子達は平然としているんだろうね?
オダンさんなんて、使った瞬間にちょっと驚いてたんだけど...
耳ピクピクしてたし。
「はぁ...まぁ、いいよ。"まだ"誰も殺してないし」
そう、ボクは"まだ"誰も殺してない。
でもこれから殺さなきゃいけない。
ボクの手を汚すのではなく、最悪の手段で。
地下道を抜け大通りを練り歩いたボク達5人。
兵士達が泣き叫び、まさしく阿鼻叫喚。
基本的に気絶させているけど、運悪く骨折くらいしてる人が居るかも。
目的は首都の防衛機能の麻痺だから、自分達が犯した所業の罰として甘んじて受けて欲しい。
もちろんそれは派兵の準備をしていた軍属の兵舎や厩舎――馬に、ラクダに、なんか変なダチョウみたいのもいた――なんかも含まれていて。
保身に長けたバカな貴族が大慌てで荷造りしてたりしてたけど....従者に持たせたお金やら貴金属品やらが盛大に撒き散らされていた。
ボクが《常闇触手》で従者諸共吊り上げたからだけど。
「オダンさん? 《火の障壁》使えますよね? 何分継続できますか?」
決闘の時にオダンさんの力量は理解している。
ボクと同じ魔法剣士だって事も、ローゼと同じ火属性の魔法が得意だって事も。
「...5分ヮゥ」
やっぱり。あの時はボクを試していたんだ。
まぁ、<剣技>は本気だったけど、魔法は手を抜いてたのがバレバレだったしね。
「じゃぁ、光希達とここで待機しててください。それと、この腕輪をお貸ししますね?」
《魔法箱》から、アスワンの拠点から奪ってきた戦利品のひとつを取り出す。
赤い魔宝石を填められた銀製の腕輪。銘を支配の腕輪と名付けられたこの腕輪は、魔法の制御に特化している。
付与術師のボクはとっくに作れる代物だけど、聖遺物のひとつだったりする。
蒐集家の土竜辺りに言わせたら『微妙だな』って一蹴されそうだけど。
「ソレを使えば継続時間が倍くらいにはなります」
「わかったヮゥ」
「ああ、それと千影か天音。その小柄を貸し――」
「どうぞ!! 主君!!」
ボクの言葉の途中で、千影がぐいっと近づく。
その手には、打刀から抜いた小柄が握られ、刃がボクへ向けられていた。
「....ありがとう」
お礼を言いつつ受け取ったけど、うん。怖かった。
なんだろう...髪を切ってくれる時のエルミアみたいな雰囲気――殺気?――を感じたよ。
そうしてボクはオダンさんに光希達を任せ――"彼等の願いを叶える"。
やってきた場所は【首都アクバラナ】の北東。
宮殿からは遠く、もちろん明かりが灯る貴族達が住む場所からも遠い。
元は貧民街と呼ばれ、今は建物も崩され地面が深く掘り下げられている。
一部地下通路と同じ石壁が垣間見え、そこに数えたくもない沢山の"モノ"がうず高く積み上げられていた。
「憎悪が満せしその魂。我は汝を愛しく想おう。故にその願いを叶えよ。《這い擦る死者》」
唱えた魔法は死霊魔法。
眼下に広がる無数の屍を使役するために。
この人達は殺されたから。
自らの欲望を優先し、犯し、弄り、全てを奪った。あの『濁った目』の愚か共に。
だから、ボクの力で復讐させる。
我が侭だってわかってる。
だけど...ボクにはそれくらいしかしてあげられないから。
それが、今のボクにできるせめてもの葬送。
「行っておいで? 自分の仇を、自分で取るんだ」
死して腐敗した肉体。
砂漠地帯という蒸発量の多い気候も相まって、彼等彼女等の身体は腐敗が進んでいる。
ぶちまけた内臓を引き摺り、目玉が転がり死臭を放つ腐乱人。
中には肉も削げ落ち死骨人化している個体や、その身を焼かれ骨すら残らず彷徨える死霊まで居た。
そうして彼等彼女等が向かった先で復讐はなされる。
咎人の虚しい叫び。
「助けて!!」
「許して!!」
「やめてくれ!!」
「なぜ俺がこんな目に!?」
全部自業自得。
自らの業の深さを今更悔いても遅い。
同じ台詞を言われたはずだ。
それなのにお前達は奪った。
家族を、仲間を、同じ人種を。
だと言うのに、お前達だけがのうのうと生き続けるなんておこがましい。
本当に、今更悔いても遅いんだよ。
歯牙で噛み砕かれ、剛力で引き千切られ、呪い殺されろ。
「ハハ...クフ....キャハハハハハ!!」
嗤いが止まらない。
腕を捥がれ太股を食い千切られた愚か者が、「だずげでだずげで」とバカのひとつ覚えのように叫んでる。
そうしている間に、怨念の腐乱人が喉を喰い破り赤黒い血が首から溢れ出す。
本当に愚かだ。
"そんな目"さえしていなければ生きて居られただろうに、欲望に溺れた結果がコレだ。
「ギャハハハハハハ!!」
死ね!! 死ね!! 死ね!! 『濁った目』を持つ愚か者は、一人残らず死んでしまえ!!
何をしている?
お前達にも"視える"だろう?
そうだ。"あの目"だ。
我欲に塗れ他者を陥れる穢れた瞳。
わかるだろう?
さぁ、殺してこい。
そうしないと、お前達と同じ者達が次々と生まれ、ボクの両親みたいに――
「ぐ、ぅ...いい加減にしろよ...」
負の感情に引き摺られ、ついに呑み込まれたボクは、自分の言葉で正気に戻れた。
"いつかまた逢える"お父様とお母様の姿が浮かび上がり、ボクは抗える。
もう呑み込まれる訳にはいかない。
そうしなければ、あの子達は本当に魔物として彼の地に括られてしまう。
だからボクは戦う。
ずっとボクの中で囁いていた。
『この世の全てを壊してしまえ』と。
「いっ....た...い...な..ぁ...」
右手に突き刺した小柄から、夥しい量の血液が流れ落ちては消えていく。
不死者を取り込んだからって痛覚が無くなる訳じゃない。
痛いものは痛い!!
でも、こうでもしてないと呑み込まれてしまう。
ボクが持つ憎悪の感情に。
そんなカオルの様子をオダンが張った《火の障壁》の中から3人の女性が見守っていた。




