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第二十三話 聖なる巫女?

2016.7.24に、加筆・修正いたしました。


 薄暗い部屋。

 目を覚ましたカオルはベットの上で横たわる。


(どこだろう? 知らない天井だ)


 フラフラする頭を押さえ、カオルは身を起こし辺りを見回す。

 壁に本棚が備え付けられ、丸いテーブルも意匠を凝らした高級な代物。

 赤い絨毯敷きがなんとも言えない雰囲気を醸し出し、宿屋の黒猫通りのミント亭では無い事だけは確かだった。


(あっ...)


 ふと気付く。

 ベット脇の椅子に座り、ヴァルカンが寝息を立てていた事に。


 コッソリ近づき頬に触れる。

 柔らかくしっとりとした肌。

 寝ているからか体温も高い。

 金色の髪がカオルの手へ零れ落ち、ちょっとこそばゆい。

 ヴァルカンの温もりを感じながら、目を瞑った。


「カオル?」


 声が聞こえる。

 カオルを護り支えてくれるあの人の声が。


「...おはようございます。師匠」


 目を開けばそこに宝石が2つ。

 薄青いサファイアが、カオルの瞳を覗き込む。


 そして――カオルはわかってしまう。


 ヴァルカンが自分を心配していた事を。

 だから微笑んで見せた。

 安心させる為に。


「ああ、おはよう。カオル」


 そっと宝物に触れるヴァルカンは、カオルを優しく抱き包む。

 カオルは自分の身体をヴァルカンに預け、抱き返す。


 2人は、2年以上もの間家族として暮らしてきた。


 両親と別れ、大切な者を失ったカオル。

 害意を恐れて引き篭もり、ある日突然『暗闇の白い手』に命を奪われた。

 そして――訳のわからない空間へ誘われ、黒い人型の(もや)と出会い、この世界へやってくる。

 そこで出会った風竜とヴァルカン。

 1匹と1人のおかげで、こうして今を生きている。


「師匠? ボクは、倒れたんですね?」

「...そうだ。魔力の使い過ぎでな。心配したんだぞ?」


 お互いの耳元で交わされる会話。


 妖精種(エルフ)のヴァルカンは尖った耳を揺らし、カオルの頭を小突く。

 (怒ってるんだぞ)と態度に表しているものの、カオルの無事を喜んでいる。


「ごめんなさい。それで、あの子は...無事なんですか?」

「ああ。カオルのおかげでな。偉かったぞ」


 心配して、怒って、褒めて。

 忙しく巡る感情を押さえず、ヴァルカンは本音を語る。


「だがな? まだ回復魔法を覚えたばかりなのだから、あまり無理をするな」

「はい...」


 お互いの温もりを交換し、ヴァルカンはカオルの頭を撫でる。

 薄っすらと目元が赤いのは、涙を流していたからだろう。


「失礼しますよ」


 扉を叩き姿を見せた2人の人物。

 【聖騎士教会】より【オナイユの街】支部を任された司教のニコルと、治癒術師のカルアであった。


「カオルちゃん!」

「わっ!?」


 急ぎ足でカオルの下へ駆け付け抱き締めるカルア。

 ヴァルカンはムッとし反対側から抱き付き張り合う。

 4つの双丘(むね)に圧迫されて、カオルは苦しくもがく。


 ニコルが「やれやれ」と言いながらヴァルカンとカルアを引っぺがし、カオルを救った。


「カオルさん。貴女にお話しなければいけないことがあります」


 真剣なニコル。

 救ったと見せかけて怒っていた。


「貴女が行った行為は大変すばらしい事です。ですが、そのために貴女は命を失いかけたのですよ? 治癒術師は貴重です。1人の為に貴女が死ぬようなことがあれば、数多くの人を救う機会が失われます」


 至極真っ当な話し。

 命賭けで1人を救うならば、より多くの人を救うべき。

 それが治癒術師としての務めであり、本分。


「私が話している内容はひどいことなのでしょう。神は全てを救いなさいとおっしゃるはずです。ですが、貴女はまだ若い。ここで死んでしまっては――」

「司教殿。カオルは十分理解している。どうかそのへんで許してくれないだろうか?」


 嫌味と面倒臭さを合わせて告げる。

 ヴァルカンは【聖騎士教会】の信徒ではない。

 なので信仰云々はどうでもいい。


「....わかりました」

「ニコル司教様。お心遣い感謝いたします」


 もう少し叱りたい気持ちをグッと堪え、ニコルは折れる。

 即座にカルアがフォローするも、ニコルはヴァルカンを苦手に思った。


「カオルさん? 貴女の治癒術師としての才能は類稀なるものです。回復魔法を行使する際は、気を付けるのですよ?」

「はい。ニコル司教様。ありがとうございます」

「いえいえ、良いのです。今日はここでゆっくりお休みください。カルアさん? 食事のお世話をお願いします」


 複雑な心境でニコルはそう言い部屋を後にする。

 あの苦手なヴァルカンと行動を共にするカオルは、ニコルの言う通り類稀なる才能を持っているかもしれない。


「さて、せっかくだ。好意に甘えるとするか」

「それじゃ、おねぇちゃんが腕によりをかけてごはんを作ってあげるからね♪」


 カルアも出て行きパタンと扉が閉じる。


 カオルはヴァルカンと手を繋ぎ、しばらくの間ベットの上で触れ合っていた。





















 翌朝、朝食を終えたカオル達。

 ヴァルカンは聖騎士団の詰め所へ剣の指導に向かい、カルアは治癒術師の仕事がお休みらしく、カオルの手伝いを申し出た。


「あの...カルアさん?」

「なぁに?」

「いえ...なんでみなさんボクに手を振ってるんでしょうか?」


 朝の大通り。

 道行く人や、立ち話をしている人。

 中でもお年寄りは年甲斐もなく大きく手を振り、何故か拝む者まで存在していた。


「なんでかしらねぇ~♪」


 本当は知っている。

 だけどわざわざ教える必要はない。

 カルアはこの状況を楽しんでいて、カオルに好意を寄せているのだから。


「カオルちゃんはお店を始めたのね~?」

「はい。2、3日の間だけですけど、宿屋の方にお願いしてお店を出させていただいたんです」

「そうなのね~♪ カオルちゃんのごはんは美味しいから、きっとみんなメロメロね~♪」


 歳を重ねるとは、かくも恐ろしい。

 「メロメロ」という単語にジェネレーションギャップを感じ、カオルは苦笑いを浮かべる。


 ほどなくして屋台に辿り着いたカオルとカルア。

 店先にレジーナが立っていて、2人を出迎えた。


「カオル!」

「レジーナ! 昨日はごめんね? 下拵えもしてくれたんだ...ありがとう」


 屋台の調理場を見やればそこに沢山のペール缶が積まれ、各種フルーツが刻んで置いてある。

 おそらく(早朝から準備をしてくれていたのかな?)と、カオルが気付くのは容易だった。

 

「何言ってるの! いいのよ! それより、街中カオルの噂で持ちきりよ!」


 圧倒される勢いで興奮した様子のレジーナ。


 カオルはようやく思い当たる。

 なぜ沢山の人が自分に手を振っていたのかと。


「....どういう噂?」

「それが色々あってね! "メイド服を着た黒髪の美少女"が、とんでもなく"美味しい食べ物を売ってる"っていうのから、馬に轢かれて瀕死の子供を一瞬で治した高位の治癒術師"黒髪の巫女様"っていうのまで尾ひれがついてすっごいのよ!」


 茫然。

 一部を除いて全て事実。

 クレープの販売も回復魔法を使ったのも間違いない。

 問題は、美少女と巫女。

 カオルは見た目女の子でも、中身も外身も男の子だ。


(ああああああああ! なんでそんなに目立ってるの!? なんか、おじぃちゃんおばぁちゃんがこっち見て拝んでるし!

 ちがうよ!? ボク、男だからね!? なに巫女とか呼んでるの!? やめて!! その慈悲を請う様な目で見ないで!!)


 信仰の恐ろしさを目の当たりにし、カオルが慌てる。

 カルアは楽しそうに笑っていた。


「あれ? カルアじゃない。今日はどうしたの?」

「カオルちゃんのお手伝いにね♪」

「2人は知り合いだったのですね...」


 これから確実に忙しいのに、既にカオルは燃え尽きている。

 それでもなんとか会話に参加し、平常心を保てているのはヴァルカンの修練のおかげか。


「そそ! 宿屋は...ほら、冒険者の人とか泊まりにくるでしょ? 怪我すれば治療所に行くんだし、その繋がりでね」

「そうね♪ レジーナの所にはお世話になってるの♪」

「それより驚いちゃった! なるほどね~....カルアの知り合いなら、カオルが治癒術師ってのも信じられるね」

「ええ♪ ええ♪ そうでしょうそうでしょう♪ カオルちゃんには、おねぇちゃんが"直接"回復魔法を教えたんだもの♪」

「そうなの!? さっすがカルアね!!」


 私の手柄と言わんばかりに、カルアはカオルに抱き付き大喜び。

 そしてレジーナはわかってしまう。

 (面食(めんく)いカルアが、カオルに好意を寄せてるんだろうなぁ)と。 


「と、とりあえず、開店しましょうか...」


 カルアの魔乳を退け、カオルは屋台へ逃げ込んだ。

 1mmも残念そうに見えないカルアは何を考え、レジーナは距離感に難儀する。


「うわぁ....ねぇレジーナ? これ、一人でやったの?」

「そんなわけないじゃん。宿屋の従業員総出で仕込みしたよ?」


 厚手の布地を開き、目に飛び込んできたペール缶の山々。

 オレンジやイチゴ等の、沢山の果物が均等に大きさを揃えられている。

 種や渋皮を丁寧に処理されている事から、やはりあの膨大な調味料を有する料理人の手腕はかなり高い。


(ありがたいけど、ボクも負けないからね!)


 妙な対抗心を胸にするカオル。

 負けられない戦がある。

 家族の笑顔を護る大切な料理(いくさ)が。


「レジーナ? ありがとっ!!」

「いいのよ!」


 エッヘン! というようにレジーナは胸を張る。

 しかし悲しいかな、豊乳魔乳のカルアの前でそんな薄い胸を張られても何も感動はしない。

 むしろカルアがレジーナの肩を叩き、慰めた。

 レジーナはその意味を気付かなかったけれど。


「ねぇ? カオルちゃん? これどんな食べ物になるのかしら?」

「これはクレープっていうパンケーキの一種です。焼き菓子とパンの中間みたいな食べ物ですね。実際に作るので、試食してください」


 そう言いレンガ作りのコンロへ火を入れる。

 フライパンを置いて熱したら、サラッと生地を敷いて真円の形に。

 昨日散々作ったからか、あっという間に出来上がった。


「んーー! 今日のも美味しい!!」


 三等分に切り分けたクレープ。

 レジーナは昨日の感動を思い出し、耳も尻尾も盛大に揺らす。

 カオルも齧り満足顔。

 オレンジの酸味とホイップクリームの甘味。

 同時にレタスやお肉を巻いて創作料理を――


(ん~...でもタコス屋さんがあったし、差別化の意味でこの路線を続けた方がいいかな?)


 若干思考が商人寄りに。

 『マイオーブンが欲しい』と子供らしい一面を見せるカオルを、ヴァルカンは好んでいた。


「これは美味しいわ! ああ、でも沢山食べたら太ってしまうわね.....」


 カルアにもクレープは受けた。

 ただ、ホイップクリームの山を愛おしそうに見詰めるのはいただけない。

 カオルがボソリと「(ホイップは食べ過ぎると気持ち悪くなるのに...)」なんて呟いていた。


「さて、それでは開店しましょうか」

「あいさー!」

「おねぇちゃんにおまかせー!」


 なんとも頼り甲斐のある戦友達。

 さっそく開店したカオルのクレープ屋は、レジーナの手腕――呼び込み――で長蛇の列。

 カオルが生地焼きを担当し、カルアが各種果物とホイップクリームを掛け巻き続ける。


「お買い上げありがとうございます」

「ヘヘ..."うまそう"だな!」


 カオルが直接手渡し、猫人族の青年が代金と交換する。

 一瞬カオルの手を握ったのはもちろんワザと。

 意味有り気な"うまそう"という発言に、カオルも張り付かせた笑顔が引き攣る。


(変態め....ボクの手を握って何が嬉しいんだか....いい加減セクハラで訴えますよ?)


 何度も何度も手を洗い、カオルはクレープを作っては売る。

 中には親子連れで買いに来てくれた気さくな者も居たが――一番多かったのは、お年寄り。 


「ありがたやありがたや」


 まるで何かのご利益でもあるかのように、カオルから受け取ったクレープを大事そうに抱えて帰る。

 最後に拝む事を忘れないものだから、カオルはどうしたらいいのかわからない。

 そうしてしばらく屋台を続け、先日並んで買えなかった者はレジーナの案内で約束通り優先して販売した。


「ふぁ、ファンです!!」

「....ありがとうございます」


 昨日とまったく同じ姿の人間(ヒューム)の青年。

 濃い紫色の制服に帯剣した格好は、【オナイユの街】の憲兵。

 普段は奥手なのかカオルに声を掛け、精一杯の勇気を振り絞る。

 だが、カオルはアイドルではない。

 ファンなんて欲しくもないし、そもそも男の子。

 同性から変な告白をされて嬉しくもなく、愛想笑いで事なきを得た。


(ちゃんとお仕事してくれないかな!?)


 ネットリと触られた左手を洗いながら、カオルは心で毒を吐く。

 そうでもしないとやってられない現状。


 そして、とうとう恐れていた事が....


 時間は昼を過ぎ列も途絶えない。

 なのに宿屋の従業員があれだけ用意してくれた食材が、全て底を突いた。


「カオル! 私、ちょっと買い物行って来る!」

「おねがい!!」


 超速で駆けるレジーナ。

 彼女はどうしてもカオルの屋台で儲けを出さなければいけない。

 それは宿屋の店主エドモンドと交わした約束で、3日間の売り上げの1割を自分の物にできるというもの。

 稼げる時に稼ぐ。

 それがエドモンドの遠縁として、宿屋に奉公している理由だから。


(おー! レジーナはやる気だねぇ...)


 疲労した両腕をカルアに治療され、軽く準備運動を始めたカオル。

 レジーナのやる気に応えたい。

 彼女は戦友で、今日は応援(カルア)まで居る。


 そうしてレジーナが持ち帰った食材を前に仕込みを始めた時――


「....師匠、何してるんですか?」


 見つけてしまった。

 いや、普通に視界に入る形でヴァルカンが居た。


「い、いや...なんだ...ちょっと気になってな? ほ、ほら! 客も連れてきたんだゾ?」


 挙動不審なヴァルカン。

 見ればきちんと列に並び、ヴァルカンを先頭にビシッと並ぶ人達が。

 おそらく全身鉄鎧(フルアーマー)を脱いだのであろう聖騎士達。

 布地に革を縫合し、部分的に連なる鎖帷子(チェインメイル)

 カオルと視線が合うと見事な敬礼をし、明らかに周囲から浮いていた。


「はぁ...」


 溜息を吐けばどっと疲れが襲って来る。

 ヴァルカンが何を考えているのか理解できない。

 そして視界の隅でクレープ屋体の列に並ぶ者達に食べ物を売り歩く人の姿が見える。

 (クレ)(ープ)を買う人に他の料理を売るとは、商魂逞しい商人だろう。


「いいじゃないか! 私はカオルの師匠だぞ! ついでに今はお客様だ! さぁ! 接待するんだ! 濃密に頼むぞ!」

(....師匠は頭がおかしくなっちゃったんじゃないかな?)

「デュフ。メイド服のカオルきゅん」


 変質者のヴァルカンに抱き締められ、益々疲労が蓄積する。

 肉体的にも精神的にもカオルは疲れ、為すがままに身を委ねた。


「カオルちゃん! おねぇちゃんも!」


 変態は変態を呼ぶ。

 ヴァルカンに次いでカルアも登場し、カオルの身体を弄ぶ。

 周囲の視線がカオルから変態2人へ向けられ、やがて興味から羨望へと変わる。

 「(あんな可愛い美少女を抱き締められて羨ましい)」と、十数人が言葉を漏らした。


「はいはーい! おしまーい! ほらカオル? さっさと仕込んで売りまくるよ!!」


 戦友は友を助けた。


「レジーナ隊長....」


 思わず涙が零れる。


 多大に金銭欲が混ざっているが、レジーナはカオルが必要である。

 だからヴァルカンとカルアを押し遣り、カオルを救う。

 

 そうして生ぬるい握手を交わし調理に戻った。


 あとに残されたヴァルカンとカルア。

 そして周囲でそんなやりとりを見ていた者達は、なんだかよくわからない雰囲気に包まれていた。




















 仕込みも終わり販売を再開したカオルのクレープ屋台。

 ヴァルカンも買い「美味い!」と叫び、聖騎士達も顔を綻ばせながら買い食いする。

 強いて挙げるならば、彼等も男だったという点。

 カオルから直接手渡されたクレープを受け取りながら握手をしていた。

 そして頬を染めて初心さを全開にしていたのは――そういう意味だろう。


(う~ん....これはもうクレープ職人と言っていいんじゃないかな?)


 嫌な事は全て忘れ、カオルはひたすらクレープを作る。

 ある意味没頭、ある意味無心。

 無我の境地に至った気持ちで、カオルはクレープに血潮を注ぐ。


「おわったぁ...」

「おつかれさま~...」

「大変だったわねぇ♪」


 列も途絶え西日も射した。

 3人は気だるい感じと身体の疲労をなんとか気力で支え、店仕舞いを始める。

 するとそこへ....


「あ、あの!」


 1人の人間(ヒューム)の女性が声を掛ける。

 (クレープを買いに来たのかな?)と一瞬思うが、どうも様子が違う。

 どこか畏まった印象を受け、女性は突然頭を下げた。


「昨日は本当にありがとうございました!」


 カオルに思い当たる節はない。

 むしろ、会った事もないはずなので、なぜ感謝されたのか。

 不思議がるカオルへ、カルアがそっと耳打ちした。


「カオルちゃんが治してあげた子供の母親よ」

(ああ、なるほど)


 ようやく合点がいったカオル。

 思い出せば確かに見た事があるような...

 あの時は泣いていたから今と雰囲気が違うのか。


「いいえ、気にしないでください。お子さんは無事ですか?」

「はい。おかげさまで怪我も治り今は家で療養しています」

「そうですか。早く元気になるといいですね」


 自分の行ないは無駄ではなかった。

 そう思い、ホッと胸を撫で下ろす。


「あの、それでこれを....」


 数枚の銀貨を取り出し、カオルへ渡そうとする。

 お礼のつもりだろうがそれは――


「いいえ、受け取れません。ボクは未熟な治癒術師です。依頼されたわけでもないのですから、受け取る事は出来ません」


 きっぱりと断る。

 カオルは隠れて私腹を肥やす為にカルアから回復魔法を教えて貰ったのではない。

 もしも万が一大切な人が怪我をした時、助けられなかったら自分を怨んでしまう。

 既に1度別れを経験しているから。

 大切で愛してくれた両親を、カオルは失ってしまった。


「そうだ。少しお待ちいただけますか?」


 残った食材でクレープを2つ作る。


「お子さんと召し上がってください。そして早く元気になることが、ボクへのお礼だと思ってください」


 カオルはそう付け加えた。

 母親はどうしたらいいのかわからない。

 お礼の為に人伝にカオルの事を聞き、子供の容体が落ち着いた今を狙って訪ねて来た。

 それが、お金はいらない。早く元気になることがお礼だと言う。

 カオルの優しさに触れ、涙を流してしまった。


「カオルさんのご好意です。受け取っていただけませんか?」


 カルアが諭した。

 母親はクレープを受け取り「本当にありがとうございます」と何度も頭を下げて帰って行く。

 その様子を手を振りながら見送ったカオル。

 カルアは嬉しく思い、カオルの頭を撫でた


「カオルちゃんは....偉いね」

「いいえ。偉いなんて事はありません。ただ――ボクは我が侭で見捨てられないんですよ」

「そうかしら?」

「はい。それと...治癒術師って...辛いですね...」


 どんな気持ちで呟いたのか。

 カオルのおかげで子供の命は助かった。

 だけど――もしもカオルの力が及ばなければ、子供は命を落としただろう。

 その結果を想像し、カオルが「辛い」と言ったならば....


「そうね。辛いお仕事ね」


 自分の過去を振り返り、救えなかった命を思い出す。

 カオルは治癒術師としての適正を持っている。

 おそらく――自分よりも確かなモノを。






 屋台の片付けも終わり、帰路に着く。

 レジーナが数回後ろを振り返り、建物の影から今日も数名カオルの護衛らしき人影を見付けほくそ笑む。


「どうしたの? レジーナ」

「なんでもないよー」


 レジーナは敢えて言わない。

 だが、カオルは当初から気付いていた。

 自分の周囲を音も無く忍び歩き、敵意を感じない視線の数に。

 凡そ5名の聖騎士と2名の憲兵の姿を。


「そういえば、カルアさんは帰らなくていいんですか?」


 わかっていて敢えて無視するカオル。

 "あんな出来事"があったのだから、ヴァルカンが自分を護る為に何かしたのだろう。

 聖騎士団員の修練はそういった対価を得ているはずで、あとはたぶん――カオルが他人と触れ合う機会を設けている。


「あら~? お昼ごはんも食べずにお手伝いしたのに、カオルちゃんはご馳走してくれないのかしら?」

「すみません。お手伝いありがとうございました。夕食をごちそうさせていただきます」

「ええ、ごちそうされます♪」


 今日一番の功労者はカルア。

 休日を一日潰して手伝いを申し出てくれた。

 お礼をしない訳にはいかない。

 たとえカオルに胸を押し付けていても。


「おう! ご苦労さん! 待ってたぜ! 今日は宴会だ!」


 ガハハ笑いのエドモンド。

 今日も黒猫通りのミント亭は大盛況で、売り上げは目玉が飛び出るほどに稼いでいる。

 むしろ、両隣の同業から羨ましがられる始末。

 笑いが止まらないとは、まさに今のエドモンドの事を言うのだろう。


 疲れ果てて口数の少ないレジーナと、カルアに胸を押し付けられるカオル。

 この後大宴会で念願の相手と出会うのだが、それは次のお話。


更新遅くてすみません。

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