第二話 狭間
2016.5.28、加筆・修正いたしました。
カオルが『白い手の少女』に殺され、次に目覚めたのは何も無い、真っ白な空間だった。
前も後ろもわからず、息が詰まるような部屋だったが、息苦しいわけではない。
思い出されるのは、抵抗虚しくベットの上で何者かに首を締められた事。
殺された事は間違いない。
なぜなら、ここはカオルの部屋ではないのだから。
ただ白いだけの空間は、立ち上がろうとしたカオルのバランス感覚を狂わせた。
なんとか現状把握に努めようと思案を始める。
(...ここはどこ? あの時....ボクは....死んだんだよね....)
死ぬ間際に見たあの光景を思い浮かべ、恐怖から心臓が鼓動を速める。
首に絡みつく白い手。
自身を見て嗤う唇。
そして――なんとも言えぬ輝きを見せた紅い瞳。
現実なのか虚像なのか....その答えは――
「ここがどこだかわからず、とまどっているのね?」
不意に響いた声色に、カオルは思わず身体を震わせた。
どこから聞こえた声なのか。
そう思い周囲に目を配ると、摩訶不思議な黒い霧が渦を巻いて現れる。
それは白い空間の中でコントラストを際立たせ、あっという間にカオルの眼前で人の姿を象った。
子供のカオルよりは長身で、なだらかな曲線を描くそのシルエットは、人間で言う女性のそれ。
普通に考えれば恐ろしいはずの人影なのだが、なぜかカオルに嫌悪感や恐怖といった類の感情は沸きあがらない。
むしろ、見た事があるような――見慣れた――そんな既視感を覚えた。
「...あなたは....誰ですか?」
精一杯の勇気を振り絞り、カオルはそう告げる。
現在進行形で対人恐怖症を悪化させているカオルにしては、かなり頑張った。
むしろ、この状況下で声を出せた事を誇れる程。
「私の事はどうでもよいのです。それよりも、ここがどこだか気になりませんか?」
カオルの問いには答えず、人影はゆっくりと近づきカオルの顔を覗きこんだ。
もちろん、表情などはわからない。
なにせ、全身真っ黒なシルエット姿なのだから。
「あの....」
どうしていいかわからず、カオルは硬直した。
両親の死後、永い間他人と接するような機会は極力避けてきたのだ。
「フフフ♪ ここは狭間。アナタの悲しい現世は終わりを告げて、新しい世界へと旅立つのよ♪」
楽しそうに声を弾ませ、人影はそっとカオルの頬を撫でる。
それは...カオルを愛してくれたあの人と同じ仕草で。
(なん....で....? この感じ....お母様....?)
1年半前に突如として別れる事となった大切な人。
人影がとった行動は、まさに亡き母親とまったく同じであった。
「さぁ! 旅立ちの時です! アナタは選ばれたのです!」
カオルの感情など意にも介さず、人影は楽しそうに話しを続ける。
「楽しい世界! ステキでしょう? ワクワクするでしょう?」
嬉しそうに語る人影は、一喜一憂しながらクルクルと回り出す。
まるで、踊りながら歌っている様に。
突然こんなところへ連れてこられたカオルには、理解できないことばかり。
「い、いったい何を言っているんですか? ボクは死んだのですか?」
慌てふためくカオルを微笑ましげに見詰めながら、新しいおもちゃを手に入れた子供のように語り出す。
「死んでいる? ええ、そうね。ある意味死んでいるのでしょうね? アナタは選ばれたのですよ....この私に」
(...選ばれた? だめだ、まったく意味がわからないよ)
「ボクは、誰にも選ばれてなんかいません」
頭を左右に振り、はっきりと否定の意思を告げる。
「アナタに拒否権はありません。私が選んだ、楽しい世界へと旅立つことは、もう決定なのですから♪」
(どういうこと!? この人は、いったい何を言っているの!?)
その後も、わけのわからない話を一方的にしゃべり続けるが、混乱したカオルの頭では、まるで理解できなかった。
「理解できなくて当然です。理解する必要もありません。さぁ!! 楽しい世界で生きてください、私の愛しいカオルちゃん...」
人影が最後にそう告げると、再びカオルの意識は闇へ落ちる。
薄れてゆくカオルの身体を、黒い人影が嬉しそう眺めていた。
「.....行かせてよかったのか?」
カオルの姿が消えた後。
いつのまにか、黒い人影は2つに増えていた。
1つは女性のシルエット。
もう1つは男性のシルエット。
「ええ、カオルちゃんには....あの子には、家族が必要ですから.....」
女性はそう言うと、無いはずの目から涙を溢す。
先ほどまでの楽しげな雰囲気など、まったく感じさせない。
『愛しい人を見送った』
そんな眼差しをしている違いない。
「....そうか」
寄り添う様に重なる2つの影。
まるで、長年連れ添った夫婦が肩を重ねているようだ。
「悪いな、付き合わせて」
「さっきから、否定的な意見が多いですよ....あなた」
女性にそう言われ、男性は頭を掻いた。
「そうだな...カオルなら...きっと.....」
「ええ♪ 私達の大切な子ですから♪」
より一層近づく2つの影。
「ところで、なんであんなに演技臭かったんだ?」
姿形は一先ず置いておき、かなり良い雰囲気だったのだが.....男性のその一言で、空間に亀裂が走る。
(なぜこうも空気が読めないのか)と。
案の定、女性はワナワナと震え出し、やがて....
「....遺言は....ありますか?」
目に見える恐怖に、男性はうろたえる。
それもそのはず、女性の周囲には禍々しい波動が沸きあがっていて...
「い、いや! あのな? へ、平和的に話し合おうじゃない、か...?」
(虎の尾を踏んでしまった)と、その時ようやく気付いた男性は、大慌てで取り繕い、謝罪を繰り返した。
だが、時既に遅く――女性は左手を大きく振りかぶり、そのまま平手で男性の頬を――
「ゆるしま....せんっ!」
パーンという破裂音と共に、空間が歪む。
あまりにも強い衝撃に崩れ落ちた男性。
頭から地面――空白の空間に地面という概念が通用するのかはわからないが――に着地し、錐揉み3回転後にパタリと倒れた。
それを見て満足気に頷く女性は....送り出したカオルの事を少し心配していた。
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