第二百四十七話 第二幕
「マスターからの言伝です。『あいつがいる』と」
カオルの指示に従い、無事に任務を全うしたルル。
気落ちしている様に見えるのは、当然カオルと離れてしまったから。
「....わかった。全員聞いていたな? 街門を開けろ!! 防壁の外へ降りるぞ!! 壁を背に周囲の警戒を強めろ!!」
即座にフル回転するヴァルカンの頭脳。
カオルが言う『あいつ』とは、間違いなくあの魔族の事。
空を飛び、姿を消せる奴と対峙するなら、防壁上に留まるよりも、降りて壁を背に死角を少なくする事を選んだ方が良い。
導き出した答えは、まさしく指揮官足りる才能。
一瞬、宮殿に避難した領民達の姿が浮かんだが――あそこには人形達が居る。
カオルの勅命で彼の地を護る人形達は、物理的に人の力でどうにかできる存在ではない。
それはヴァルカン自身が身に染みて理解している。
なにせ、愛するカオルの面影を持つ人形達に、度重なるセクハラを仕掛け、手痛い仕打ちを受けていたから。
どこまでも『残念美人』街道を突き進むヴァルカンは、そろそろ性犯罪者として逮捕した方が良いのではないか。
セクハラを覗き見ていたファノメネルとカルアが、「やはり信仰は尊きものですね」と、遠い目をして話し合っていたのが印象的だ。
「それじゃぁ~...おねぇちゃんに続け~♪」
ムードメーカーのカルアが場の雰囲気を和ます。
別にふざけて言っている訳ではない。
カルアだって理解している。
ただ――あの時の光景が思い出されてしまっただけ。
ヴァルカンとエルミアが軽傷を負い、義妹のエリーが重傷を負ったあの光景が。
《魔法箱》を出現させて、今は亡き両親の形見、長杖を取り出し抱く。
優しい"おねぇちゃん"であろうとし続けるカルアも、所詮1人の女性だ。
寂しいと思う感情もあれば、恐怖も感じる。
それでも皆の不安を少しでも和らげたい。
自分は、模範的な敬虔な信者とかけ離れているかもしれない。
でも、だからこそ治癒術師として最前線で活躍し続けた両親の様に、命を賭ける者達に安心を与えたい。
(絶対に、おねぇちゃんがみんなを守るんだから...)
カオルから贈られた防御のサークレットにそっと触れ、小さな勇気を絞り出す。
そうして移動を始めたヴァルカンやヘルナに続き、カルアが一歩踏み出したところで、たわわに実った2つの果実が、バインと大きく揺れた。
それは――無い乳同盟のエリーとサラにとって、開戦の合図。
「ぐぬぬ」と呻り、震える2人。
武者震いではなく悔しくて。
家族一どころか、領内一の豊乳カルア。
しかも大きいくせに垂れてない。
わざわざ修練後、宮殿にある露天風呂へは行かず警護団詰め所にある浴場で、何度2人で語り合ったか。
傷を舐め合い、辛酸を舐めた。
その結果、カオルから「胸の大きさに貴賎はないよ?」と言質は取れた。
『それでもやっぱり男は大きい胸が好きなのよ!!』
他でもない、元聖騎士のルイーゼ達と冒険者のヘルナの言葉。
実際、ルイーゼ達は浴場を覗かれ、ヘルナだけでなく、アガータ、イザベラも同様の被害に遭っていた。
被害者だからこそ、言葉の重みが違う。
故にエリーとサラは欠かさない。
毎日のバストアップ体操を。
((絶対大きくしてやるんだから....))
2人が纏う尋常ならざる雰囲気。
やる気を漲らせたエリーとサラの両名を、先行するヴァルカンが横目でチラリと見やり(がんばれよ)と応援を贈る。
ヴァルカンは知らない。
2人のやる気が戦闘とまったく違う方向へ向いている事を。
そうして外壁で組まれた陣形は、治癒術師のカルアを中心に展開され、左右前方にヴァルカンとエリー。
カルアを挟んで弓術士のエルミアとセリーヌ。
その周囲を残りの警護団員ヘルナ達で取り囲む。
まさしく戦法、八陣が一つ、"鶴翼の陣"であった。
(さて、あいつが1人ならばこの陣形で良いが....)
数的に有利な状況下で選ばれる戦法。故に弱点がある。
元々ゴブリンの大軍勢を相手にしていたのだから、戦略的に陣形など無用の長物だった。
だが、それも広域殲滅魔法と一対多の戦闘において、最も力を発揮する切札のおかげで数の有利は覆る。
だからこそ戦術家のヴァルカンの出番なのだが――
「見付けた!! 上空よ!!」
先天的な理由か、種族的な理由か。
暗闇の中でも遠目が利くエリーが叫ぶ。
月の明かりが雲に隠れ、合間に見えたその場所に、確かに『あいつ』は浮かんでいた。
忌々しくも、煌びやかで長い白髪に赤い双眸。
身に纏うは、黒く薄いドレスが一枚。
背中からコウモリのような羽が生え、細く長い尻尾はヘビのように蠢いている。
「各自警戒を怠るな!!」
初めて見せるヴァルカンの緊張。
それだけの相手なのだと、全員が理解する。
張り詰めた雰囲気の中、誰かがギリリと歯噛みした音がやけに大きく聞こえた。
「吸血鬼!!」
カオルが叫ぶ。
大事な家族を傷付けた相手の名を。
そして全身の血が沸騰したかの様な錯覚を覚え、怒りで全てを壊してしまいたい衝動に駆られた。
「ウフフフ」
アスワンは嗤う。
自分に向けられた憎悪の感情が嬉しくて。
思惑通りに事は運んだ。
演目も決まっている。
舞台の幕も上がった。
アスワンは、アルバシュタイン城でカオルと出会った時から、入念に準備していた。
【カムーン王国】ではゴブリンの大軍団を結成させ、周囲の村々を襲い供物を喰らわせ。
さらに、カオルの拠り所――以前住んでいた家――を消す為に山すら焼いてみせた。
そして、遠く【イシュタル王国】で暗躍し、もう間もなく宣戦布告が成される。
【イシュタル王国】対【カムーン王国】
永年の敵対国家が戦争をするのだ。
どれ程の血が流れ、怨み辛みが渦巻くだろうか。
世界を憎むアスワンにとって、どれだけ愉楽のひと時に浸れる事か。
"禁断の魔導具"も授けた。
さぞ美しい哀歌を奏で、演目に華を添えることだろう。
それもこれも全て愛しいカオルの為。
彼が主役で私がヒロイン。
このくだらない世界で、やっと見つけた愛しい人。
可笑しくて可笑しくて仕方がない。
だから、アスワンは――嗤う。
「...何がおかしい」
アスワンの嗤い声で、カオルの中の何かが弾けた。
胸の音素文字が熱を持つ。
計り知れないほどの力が身体から溢れ、膨大な熱量を浴びた地面の血溜まりが煙を上げる。
ソレは魔力の様でいて魔力ではなく、気の様でいて気ではない。
人の身で発してはいけない暴流の波に、小さな身体が変化を遂げる。
耳のすぐ近く。頭頂骨から左右対称に1本の白い角が、黒髪を掻き分け伸び始める。
明らかに人の形をした人ではないナニカ。
やがて白角は顳顬の上部まで成長し止った。
「ウフフフ...本当に良いわ....それでこそ、私のカオ――」
愉悦混じりに話し始めたアスワンの言葉が遮られる。
なぜなら、光速よりも更に速い速度で移動したカオルが、アスワンの頭蓋骨を砕いたから。
「....さすがは吸血鬼。死なないのか」
血塗れた拳が物語る。
暴力の権化が侵した所業を。
カオルに殴られ頭部を失ったアスワンは、撫で斬られた森林部から、ヴァルカン達が視認出来る平原へ吹き飛ばされていた。
「...フフ...素敵よ? カオル」
首から顎へ。やがて鼻へと、みるみるうちに自己修復を始めたアスワン。
予想外のカオルの強さ。
アスワンが知るカオルは、魔種を与えその姿を魔獣に変えた、ディアーヌの兄、【アルバシュタイン公国】元大公のダニオ・ド・ファムを一撃で屠れる程度だったはず。
それが今やどうだ。
光速の更に上。
目にも留まらぬ、気配すら感じぬ速度。
神速の動きを以て、自らの頭部を瞬時に破壊できるだけの力を持っているではないか。
生まれ出でて300と余年。
見た事も無い強者を前に膨れ上がる激情を、アスワンは押さえられない。
(やっぱり彼は主役。私と共に並び立てるだけの名優。その力は本当に素敵。一緒に世界を壊しましょう? 無理矢理"吸血鬼"という存在を作った、憎きこの世界を)
赤い瞳に光が灯る。
復讐という名の欲望の明かりが。
故にカオルへ賛辞を送ろう。
容易く世界を破壊できるカオルとの邂逅は、アスワンにとって希望の兆しであるのだから。
そして、その様子を見ていたヴァルカン達は、変貌したカオルの姿と放たれる覇気を前に、萎縮し、戦慄し、固唾を呑んで見守る。
助力する事すら戸惑われた。
まして、横槍など出来るはずがない。
再び激突するこの光景は、現実なのか幻なのか。
姿を霧へ変化させ、霧散したアスワン。
消えたと思えた次の瞬間、カオルに捕まれ腕を捥ぎ取られる。
吹き出す血が、捥ぎ取られた部位が、黒煙に包まれ消えて行く。
確かなダメージを与えていても、すぐに自己修復してしまい、アスワンは愉快な笑みを浮かべていた。
そうして十数回目の交戦を終え、カオルとアスワンは睨み合う。
「....しぶといな...不死者」
「ええ....吸血鬼だもの....」
お互いに疲労している様子はない。
地獄の戦場は血臭が充満している。
《渦雷轟》で焼かれ、炭化した骸もアチコチに撃ち捨てたままの状態。
目だけでなく嗅覚も鋭いエリーは、血臭に顔を歪める事すらできずに2人の戦闘から目を離せられない。
今や、ヴァルカン達はただの傍観者。
人の身にして人では無い者。
魔物や魔獣を従える魔族。
人外の化物を前に、自分達は何を理解し、何が出来ようか。
ただ1人。聖剣デュランダルの化身、ルルだけが、カオルが何を使ったのか明確に理解していた。
(アレは、《竜化》。
『風竜王ヴイーヴル』と『土竜王クエレブレ』の力――音素文字――を並列起動させて、竜の因子を呼び醒ましたのですね。
ですが....マスター。その不完全な力には、代償が.....)
ルルの心配を余所に、再びカオルとアスワンの激戦が始まる。
戦闘力は明らかにカオルの方が上。
にも関わらず、不死のアスワンは嗤い続ける。
やがて羽と両腕を失ったアスワンは、演目を更なる高みに上げる為、大袈裟に演出した。
「ウフフ....おいでなさい? 《異界の口》」
禁断の魔法が使われた。
ルルの想像通り《異界の口》は、黒き鏡をその場に出現させる。
それに伴い周囲の状況がガラリと変わる。
月夜の空に暗雲垂れ込め、蒼雷が幾重も奔る。
都合5つの魔鏡が現れ、そこから這い出してきたのは――
「なっ!? 這地竜...だと!?」
師匠が叫ぶ。
魔鏡を割り、現れ出でた魔獣の姿に心底驚いた声で。
そしてボクは――ボクの"最悪な予想"は当たってしまった。
朝、ルルが語った【マーショヴァル王国】から始まった一連の出来事。
ボクが、なぜこの世界へ誘われたのか。
風竜との出会いや、師匠と出会えた偶然。
石柱に象られた人型の手の大きさ。
全部、なにもかもが仕組まれていた。
ボクは...ただの道化に過ぎなかった。
必死に足掻いてもがいてきたつもりでも、この世界を造ったヤツの掌の上で踊らされていただけなんだ。
...悔しい。
ボクが出会った全ての人が、作り物だったなんて....
師匠や、エリーや、カルアや、エルミアや、フランにアイナも、アーニャも...
大切な人が居るんだ。
大事にしたい人が沢山居るんだ。
だから――"そんなこと"、絶対に認めるものか!!
ボクへ向けてくれた優しさや、家族への愛情も、紛い物だなんて言わせない。
だからボクは許さない。
お前を必ず引き摺り降ろしてやる!!
ボクのこの手で筋書きを替えてみせる....
「寄越せ」
ボクに渦巻く全ての狂気を。
ボクの持ち得る全ての怒りを。
「よこせ」
ボクに従う全ての者へ。
ボクが愛する全ての人へ。
「ヨコセッ!!」
そうしてボクの目の前に、神をも斬り裂く存在が示現した。
白漆石木目太刀拵えの、各所に銀線細工が施された直刃二重刃紋の太刀。
それは――『天羽々斬』。
風竜がボクに託した神刀。
この世ならざる場所から"ボクの為に"堕ちてきた、ボクの身体をもう一度殺す太刀。
「....邪魔だ」
師匠に這地竜と呼ばれた、サイの魔獣。
鼻部から突き出た角に、青褐色の毛皮。
蒼電を帯び、ボクの行く手を遮る。
上級竜種らしいけど、だからどうした。
だいたい、ベヒモス――Behemoth――なんておかしい。
既に火竜王バハムート――Bahamut――が居るんだ。
ヘブライ語とアラビア語の読み方の違いだけで、同一の存在。
という事は、この世界の魔法名がラテン語、イタリア語、ギリシャ語、日本語とかごちゃ混ぜだって事が、"作為的に行われている"っていう証拠じゃないか。
大方、『心善き神』と騙ったあいつ等のせいだ。
欺瞞を押し付け、ボクの生きる世界をこれ以上弄繰り回されて堪るもんか。
示現した白太刀を掴み取る。
ミシリと鳴ったボクの手。
指も、手も、足も割れ、亀裂が沢山入ってる。
これはボクが未熟だったから。
怒りに身を任せ、不完全な《竜化》を使った結果。
もうすぐ四肢は砕けるだろう。
しばらくは元に戻らない。
それがボクの代価であり代償。
でも、後悔は無いかな。
だって、一時的だけど、大好きな風竜と土竜と同格に成れたんだもん。
「ハァァァァ!!」
気合を入れただけで空気が震え、叫べば最上級竜種の咆哮が放てる。
それが今のボクの力で仮初めの依代。
だから、全力で屠る。
這地竜なんてゴミクズを。
神速を以って肉薄し、降り落ちた蒼雷を片手で引き千切り、天羽々斬を振り降ろせば簡単に頭は刈れる。
4体に数を減らした這地竜が慌てて口腔から咆哮を放つも、上位の存在であるボクに届くはずもない。
避けて撃ち消し容易く殺す。
ときに斬り捨て、ときに殴り砕き、ときに捥ぎ取る。
そうして5体の這地竜を倒し、ボクは委ねた。
「喰らい尽くせ!! ノワール!!」
アスワンの影から、もう1人のボクが姿を現す。
それは本来ボクの枷。
ボクという異端を止める為に作り出した存在。
魂を別ち、同格の力を持つ。
今のあの子なら....間違い無く不死者を...殺れる。
「ウフフ...なにを言って――っ!?」
口角が裂け、大口を開けた黒豹が、アスワンを一飲みに喰らい噛み砕く。
バリボリと聞こえる骨の音。
グチャグチャと聞こえた肉の音。
不死の肉体を持っていても、魂までもが不滅な訳ではない。
だから、《竜化》した今のボクと同じ存在のノワールなら、できるはず、
やがて咀嚼音も消え、黒豹は黒い繭へ姿を変えた。
やっぱり"それが"正解だった。
ノワールと同期させた思考が教えてくれる。
アスワンの力と知識。
それに記憶の断片がボクにも流れ込んでくる。
壮絶な過去と世界を憎む心。
なぜ自分が生まれたのか。
アスワンは全てに辟易して、全てを壊そうと企んでいた。
そして――今現在も進行中。
これからやらなければならない事が沢山あるのに、さらに増えてしまった。
それも早急になんとかしないと、また戦争が起きる。
あの【アルバシュタイン王国】を越える凄惨な戦争が。
「マスター!」
思考に囚われ限界を超えたボクは、四肢が崩れ倒れかけていた。
篭手と、ブーツ。脱着式の四肢装備が転がる。
手にしていた天羽々斬が地面に突き刺さり、大事な指輪と腕輪も落ちてしまう。
そこへ後ろからルルが抱き留めて支え、顔を覗けば涙が溢れてた。
「ごめんね? ルル。心配しないで大丈夫だよ? ちょっと無茶しただけだか――」
「心配しないでなんて言わないでください!! ルルがどれほどマスターを想っているか!! ルルには...マスターしか...いないのです...だから...」
ああ、そうか。
そうだよね。
ルルはずっとボクを探して彷徨っていたんだ。
そして、やっと出会えて...不安にさせちゃったんだね。
「心配してくれてありがとう。とっても嬉しいよ。だけど、一つだけ質問してもいいかな?」
「...なんでしょうか?」
聞いておかなくちゃいけない。
ボクの予想は当たってる。
だから、その裏付けが欲しい。
足りないピースを埋める為に。
「ルルは、聖剣デュランダルとして産まれる前の記憶を持ってる?」
「...いいえ、ございません。ルルは生まれた時からルルでした。それ以前の記憶など持ち合わせていません」
やっぱりそうか。
ついでに聞いてみよう。
ずっと怯えていたコイツにも。
「じゃぁ、カラドボルグは?」
(....ねぇよ。って言うか、何回か抜こうとしやがっただろ!? あんな力――《竜化》――で振るわれたら、ポッキリ逝っちまうかんな!?)
本当に面白いよね。
雷剣カラドボルグなんて勇ましい名前で、見た目が豪華なくせに、こんなに怯えてるんだよ?
戦闘中何回か抜こうとしたら、鞘から出ようとしないんだもん。
おかげでちょっと冷静になれたけど。
「ふ~ん...『殺さない勇気』とか宣ってた雷剣カラドボルグ様は、とんだ臆病者だったんですねぇ?」
せっかくなので弄ッてあげよう。
肉体的にも精神的にもかなり疲れた。
時間の猶予はそれ程無いけど、アスワンを喰ったノワールは、まだ繭のままで安定してないし。
(なっ!? お、俺が臆病者だと!?)
「うん。違うのかな? もし違うって言うなら、もう一度試してみる?」
ルルが不安気な表情を見せたから、ウィンクひとつ(冗談だよ♪)って教えておいた。
しばらくは使えない力だし、それにこれから――
(...ユルシテクダサイ)
低姿勢で謝罪された。
折られたくはないもんね。
「う~ん...ボクの言う事を"なんでも"聞いてくれるなら、許してあげよう」
この先、カラドボルグの力は必要になる。
それだけじゃない。
風竜から贈られた、『聖剣アスカロン』『聖槍ガエボルグ』『雷槌ミョルニル』『聖盾イージス』の力も。
《魔法箱》の中で死蔵してる魔法武器達も。
無尽蔵に魔力が放てるこの子達の力の根源は、"アレ"だから。
(いや、とっくに雷滓までマスターに捧げてるんだけど...)
「あっ...そうだったね....じゃぁ、これからもよろしくって事で」
(おう!! 任せろマスター!!)
よしよしこれで良い。
ルルはボクとずっと一緒に居てくれるから問題ない。
あとはノワールが――
「カオルちゃん!!」
「わっ!?」
ルルからガバッと取り上げられる。
声の主はもちろんカルア。
おっきい胸で圧迫されて、正直苦しい。
手足が無いから逃げたくても自力じゃ無理だし、誰かに助けを...
「大丈夫か!? カオル!!」
カルアから引っ手繰る様に、今度は師匠がボクを持ち上げる。
息苦しさから逃れられ、安堵の溜息を吐いた時、怒られた。
「まったく!! なんて無謀な事をしたんだ!! 相手は魔族だけではなく、這地竜だぞ!? 咆哮ひとつで山をも砕き、纏う蒼雷は何者も近付けさせない。
それになんだ!! あの姿は!! 翼が生えてやってきたと思えば、今度は禍々しい角なんて生やして!! 私がどれほど心配して不安だったか!! おい!? 聞いてるのか!!」
捲くし立てる様に師匠が胸の内を吐露する。
グシャグシャの顔で、身体を震わせて。
駆け寄って来たエリーもエルミアも同じ気持ちだったみたい。
悲しそうな顔でボクの袖を掴んでる。
大粒の涙が流れてるけど、今のボクは拭ってあげる事ができない。
だって、両手が無いから。
「ごめんなさい。だけど...まだ終わってないんです。やらなければいけない事が残ってます」
「そんな身体で何ができるのよ!! これ以上...私に心配なんてさせたら...許さないんだから...」
「そうです。エリーの言う通り、今のカオル様に何ができると言うのですか!? 手足を失い自由に動く事すらままならないのです。急ぎ霊薬の準備を――」
エリーはやっぱりエリーだね。
こんな時でもツンデレで、怒ってるくせに心配性で。
だけど、ね?
エルミア。
髪を食べてはいけないと、散々言ったと思うんだ。
だから、ヤメテクダサイ。
「...霊薬の必要は無いよ。ボクはこれから儀式をする。数日は眠る事になるけど、必ず目覚めるから。その間――ボクの身体を任せるね?」
「何を言ってるんだ....儀式...だと? そんな身体で何をするつもりだ!!」
「師匠。いいえ、ローゼ。ボクは貴女を愛してる。この世界へ来てから、ずっとボクの傍で見守っていた貴女を。だから、これからも愛し続けたい。
儀式は、ボクにしかできない、ボクの為にある試練。今は多くを語れないけど、あとでちゃんと説明するから...逝かせて...」
師匠の――ローゼの顔を見詰め、ボクはそう話した。
今もノワールから沢山の情報が送られてきている。
師匠の"ヴァルカン"という名は偽名だ。
本当の名前はローゼ。
気高く美しい赤い花。
身体から香るこの匂いの正体は、薔薇だろう。
美しさ――優しさ――の中に、棘――面倒臭がり――を持ち合わせてるなんて、花の名前を体現している。
「....ローゼという名前がよくわからないが、カオルの意思は伝わった。責任を持ってカオルの身体任せろ」
さらにきつく抱き締めてくれたローゼ。
赤い騎士服の上からでもよくわかる。
ポワンポワンで柔らかい双丘。
カルアはポヨンポヨンだし、エルミアはムニムニだ。
エリーとフランは丁度手に納まる感じ。
アーニャとアイナは今後に期待だね♪
なんて、陶酔をしている間にノワールは目覚めた。
黒い繭にゆっくりと亀裂が入り、やがて卵を割るように姿を見せる。
長い白髪に白磁色の肌。
歳の頃は、14~16歳。
一糸纏わぬ女の子。
なにより赤い双眸が、アスワンを捕食した事を物語っている。
「おかえり、ノワール」
「ただいま、カオル」
ノワールも理解してる。
この世界へ来る前、寝ていたボクを殺したのは――ノワールだ。
「ノワール...だと? この姿は、『egoの黒書』で見たアイツじゃないか!!」
「そうよ!! カオルを散々痛めつけたアイツよ!!」
「カオルちゃんに近づかないで!! おねぇちゃんが許しませんよ!!」
「....どういう事ですか...カオル様。以前、ノワールはカオル様の使い魔だと言っていたはずです」
あー、うん。全部あってる。
『egoの黒書』の中で現れたあいつは、ボクが一番怖いと思った相手だし、ノワールはついこの前創り出した使い魔だ。
まぁでも、姿は自由に変えられる液状生命体だから、特に問題とするなら――やっぱり髪と瞳の色かな。
「えっと、時間が無いので後でまとめて説明するね。ノワール? やっちゃって」
「ええ、まかせて」
そう言いノワールは、突き立つ天羽々斬を手に取り、その刃でボクの身体を突き刺した。
動きの速さに着いていけず、ヴァルカン達の悲鳴が周囲に響き渡る。
ただ――不敵に嗤ったノワールが、最後にカオルと口付け合った。




