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第二百四十七話 第二幕

「マスターからの言伝(ことづて)です。『あいつがいる』と」 


 カオルの指示に従い、無事に任務を(まっと)うしたルル。

 気落ちしている様に見えるのは、当然カオルと離れてしまったから。


「....わかった。全員聞いていたな? 街門を開けろ!! 防壁の外へ降りるぞ!! 壁を背に周囲の警戒を強めろ!!」


 即座にフル回転するヴァルカンの頭脳。

 カオルが言う『あいつ』とは、間違いなくあの魔族の事。

 空を飛び、姿を消せる奴と対峙するなら、防壁上に留まるよりも、降りて壁を背に死角を少なくする事を選んだ方が良い。

 導き出した答えは、まさしく指揮官足りる才能。


 一瞬、宮殿に避難した領民達の姿が浮かんだが――あそこには人形(ドール)達が居る。

 カオルの勅命で彼の地を護る人形(ドール)達は、物理的に人の力でどうにかできる存在ではない。

 それはヴァルカン自身が身に染みて理解している。

 なにせ、愛するカオルの面影を持つ人形(ドール)達に、度重(たびかさ)なるセクハラを仕掛け、手痛い仕打ちを受けていたから。

 どこまでも『残念美人』街道を突き進むヴァルカンは、そろそろ性犯罪者として逮捕した方が良いのではないか。

 セクハラを覗き見ていたファノメネルとカルアが、「やはり信仰は尊きものですね」と、遠い目をして話し合っていたのが印象的だ。


「それじゃぁ~...おねぇちゃんに続け~♪」


 ムードメーカーのカルアが場の雰囲気を和ます。


 別にふざけて言っている訳ではない。

 カルアだって理解している。

 ただ――あの時の光景が思い出されてしまっただけ。

 ヴァルカンとエルミアが軽傷を負い、義妹のエリーが重傷を負ったあの光景が。


 《魔法箱(アイテムボックス)》を出現させて、今は亡き両親の形見、長杖(ロングロッド)を取り出し(いだ)く。

 優しい"おねぇちゃん"であろうとし続けるカルアも、所詮1人の女性だ。

 寂しいと思う感情もあれば、恐怖も感じる。

 それでも皆の不安を少しでも和らげたい。

 自分は、模範的な敬虔(けいけん)な信者とかけ離れているかもしれない。

 でも、だからこそ治癒術師として最前線で活躍し続けた両親の様に、命を賭ける者達に安心を与えたい。


(絶対に、おねぇちゃんがみんなを守るんだから...)


 カオルから贈られた防御(アミナ)のサークレットにそっと触れ、小さな勇気を絞り出す。

 そうして移動を始めたヴァルカンやヘルナに続き、カルアが一歩踏み出したところで、たわわに実った2つの果実(むね)が、バインと大きく揺れた。


 それは――無い乳同盟のエリーとサラにとって、開戦の合図。


 「ぐぬぬ」と呻り、震える2人。

 武者震いではなく悔しくて。

 家族一どころか、領内一の豊乳カルア。

 しかも大きいくせに垂れてない。

 わざわざ修練後、宮殿にある露天風呂へは行かず警護団詰め所にある浴場で、何度2人で語り合ったか。

 傷を舐め合い、辛酸を舐めた。

 その結果、カオルから「胸の大きさに貴賎(きせん)はないよ?」と言質(げんち)は取れた。


『それでもやっぱり男は大きい胸が好きなのよ!!』


 他でもない、元聖騎士のルイーゼ達と冒険者のヘルナの言葉。

 実際、ルイーゼ達は浴場を覗かれ、ヘルナだけでなく、アガータ、イザベラも同様の被害に遭っていた。

 被害者だからこそ、言葉の重みが違う。

 故にエリーとサラは欠かさない。

 毎日のバストアップ体操を。 


((絶対大きくしてやるんだから....))


 2人が纏う尋常ならざる雰囲気。

 やる気を漲らせたエリーとサラの両名を、先行するヴァルカンが横目でチラリと見やり(がんばれよ)と応援(エール)を贈る。

 ヴァルカンは知らない。

 2人のやる気が戦闘とまったく違う方向へ向いている事を。


 そうして外壁で組まれた陣形は、治癒術師のカルアを中心に展開され、左右前方にヴァルカンとエリー。

 カルアを挟んで弓術士のエルミアとセリーヌ。

 その周囲を残りの警護団員ヘルナ達で取り囲む。

 まさしく戦法、八陣が一つ、"鶴翼(かくよく)の陣"であった。


(さて、あいつが1人ならばこの陣形で良いが....)


 数的に有利な状況下で選ばれる戦法。故に弱点がある。

 元々ゴブリンの大軍勢を相手にしていたのだから、戦略的に陣形など無用の長物(しろもの)だった。

 だが、それも広域殲滅魔法と一対多の戦闘において、最も力を発揮する切札(カオル)のおかげで数の有利は覆る。

 だからこそ戦術家のヴァルカンの出番なのだが――


「見付けた!! 上空よ!!」


 先天的な理由(モノ)か、種族的な理由(モノ)か。

 暗闇の中でも遠目が利くエリーが叫ぶ。


 月の明かりが雲に隠れ、合間に見えたその場所に、確かに『あいつ』は浮かんでいた。

 忌々しくも、(きら)びやかで長い白髪に赤い双眸(そうぼう)

 身に纏うは、黒く薄いドレスが一枚。

 背中からコウモリのような羽が生え、細く長い尻尾はヘビのように蠢いている。


「各自警戒を怠るな!!」


 初めて見せるヴァルカンの緊張。

 それだけの相手なのだと、全員が理解する。

 張り詰めた雰囲気の中、誰かがギリリと歯噛みした音がやけに大きく聞こえた。




















吸血鬼(アスワン)!!」


 カオルが叫ぶ。

 大事な家族を傷付けた相手の名を。

 そして全身の血が沸騰したかの様な錯覚を覚え、怒りで全てを壊してしまいたい衝動に駆られた。


「ウフフフ」


 アスワンは嗤う。

 自分に向けられた憎悪の感情が嬉しくて。

 思惑通りに事は運んだ。

 演目も決まっている。

 舞台の幕も上がった。


 アスワンは、アルバシュタイン城でカオルと出会った時から、入念に準備していた。

 【カムーン王国】ではゴブリンの大軍団を結成させ、周囲の村々を襲い供物を喰らわせ。

 さらに、カオルの拠り所――以前住んでいた家――を消す為に山すら焼いてみせた。

 そして、遠く【イシュタル王国】で暗躍し、もう間もなく宣戦布告が成される。


 【イシュタル王国】対【カムーン王国】


 永年の敵対国家が戦争をするのだ。

 どれ程の血が流れ、怨み辛みが渦巻くだろうか。

 世界を憎むアスワンにとって、どれだけ愉楽のひと時に浸れる事か。

 "禁断の魔導具"も授けた。

 さぞ美しい哀歌(エレギーア)を奏で、演目に華を添えることだろう。


 それもこれも全て愛しいカオルの為。


 (カオル)が主役で(アスワン)がヒロイン。

 このくだらない世界で、やっと見つけた愛しい人。

 可笑しくて可笑しくて仕方がない。

 だから、アスワンは――嗤う。


「...何がおかしい」


 アスワンの嗤い声で、カオルの中の何かが弾けた。


 胸の音素文字(ルーン)が熱を持つ。


 計り知れないほどの力が身体から溢れ、膨大な熱量を浴びた地面の血溜まりが煙を上げる。

 ソレは魔力の様でいて魔力ではなく、気の様でいて気ではない。

 人の身で発してはいけない暴流(ぼうりゅう)の波に、小さな身体が変化を遂げる。


 耳のすぐ近く。頭頂骨(とうちょうこつ)から左右対称に1本の白い角が、黒髪を掻き分け伸び始める。

 明らかに人の形をした人ではないナニカ。

 やがて白角は顳顬(こめかみ)の上部まで成長し止った。


「ウフフフ...本当に良いわ....それでこそ、私のカオ――」


 愉悦混じりに話し始めたアスワンの言葉が遮られる。

 なぜなら、光速よりも更に速い速度で移動したカオルが、アスワンの頭蓋骨を砕いたから。


「....さすがは吸血鬼。死なないのか」


 血塗れた拳が物語る。

 暴力の権化が侵した所業を。


 カオルに殴られ頭部を失ったアスワンは、撫で斬られた森林部から、ヴァルカン達が視認出来る平原へ吹き飛ばされていた。


「...フフ...素敵よ? カオル」


 首から顎へ。やがて鼻へと、みるみるうちに自己修復を始めたアスワン。

 予想外のカオルの強さ。

 アスワンが知るカオルは、魔種を与えその姿を魔獣(ジャバウォック)に変えた、ディアーヌの兄、【アルバシュタイン公国】元大公のダニオ・ド・ファムを一撃で屠れる程度だったはず。


 それが今やどうだ。


 光速の更に上。

 目にも留まらぬ、気配すら感じぬ速度。

 神速の動きを以て、自らの頭部を瞬時に破壊できるだけの力を持っているではないか。


 生まれ出でて300と余年。

 見た事も無い強者を前に膨れ上がる激情を、アスワンは押さえられない。


(やっぱり彼は主役。私と共に並び立てるだけの名優。その力は本当に素敵。一緒に世界を壊しましょう? 無理矢理"吸血鬼(ワタシ)"という存在を作った、憎きこの世界を)


 赤い瞳に光が灯る。

 復讐という名の欲望の明かりが。

 故にカオルへ賛辞を送ろう。

 容易く世界を破壊できるカオルとの邂逅(かいこう)は、アスワンにとって希望の兆しであるのだから。


 そして、その様子を見ていたヴァルカン達は、変貌したカオルの姿と放たれる覇気を前に、萎縮し、戦慄し、固唾を呑んで見守る。

 助力する事すら戸惑われた。

 まして、横槍など出来るはずがない。

 再び激突するこの光景(ふたり)は、現実なのか幻なのか。


 姿を霧へ変化させ、霧散したアスワン。

 消えたと思えた次の瞬間、カオルに捕まれ腕を()ぎ取られる。

 吹き出す血が、()ぎ取られた部位が、黒煙に包まれ消えて行く。

 確かなダメージを与えていても、すぐに自己修復してしまい、アスワンは愉快な笑みを浮かべていた。


 そうして十数回目の交戦を終え、カオルとアスワンは睨み合う。


「....しぶといな...不死者(アスワン)

「ええ....吸血鬼だもの....」


 お互いに疲労している様子はない。


 地獄の戦場は血臭が充満している。

 《渦雷轟(テスラ)》で焼かれ、炭化した骸もアチコチに撃ち捨てたままの状態。

 目だけでなく嗅覚も鋭いエリーは、血臭に顔を歪める事すらできずに2人の戦闘から目を離せられない。


 今や、ヴァルカン達はただの傍観者。


 人の身にして人では無い(カオル)

 魔物や魔獣を従える魔族(アスワン)

 人外の化物を前に、自分達は何を理解し、何が出来ようか。


 ただ1人。聖剣デュランダルの化身、ルルだけが、カオルが何を使ったのか明確に理解していた。


(アレは、《竜化(ドラゴンアラギ)》。

 『風竜王ヴイーヴル』と『土竜王クエレブレ』の力――音素文字(ルーン)――を並列起動させて、竜の因子を呼び醒ましたのですね。

 ですが....マスター。その不完全な力には、代償が.....)


 ルルの心配を余所に、再びカオルとアスワンの激戦が始まる。

 戦闘力は明らかにカオルの方が上。

 にも関わらず、不死のアスワンは嗤い続ける。

 やがて羽と両腕を失ったアスワンは、演目を更なる高みに上げる為、大袈裟に演出した。


「ウフフ....おいでなさい? 《異界(ムンド・)(オース)》」


 禁断の魔法が使われた。


 ルルの想像通り《異界(ムンド・)(オース)》は、黒き鏡をその場に出現させる。

 それに伴い周囲の状況がガラリと変わる。

 月夜の空に暗雲垂れ込め、蒼雷が幾重も奔る。

 都合5つの魔鏡が現れ、そこから這い出してきたのは――






















「なっ!? 這地竜(ベヒモス)...だと!?」


 師匠が叫ぶ。

 魔鏡を割り、現れ出でた魔獣の姿に心底驚いた声で。


 そしてボクは――ボクの"最悪な予想"は当たってしまった。


 朝、ルルが語った【マーショヴァル王国】から始まった一連の出来事。

 ボクが、なぜこの世界へ(いざな)われたのか。

 風竜との出会いや、師匠と出会えた偶然。

 石柱に象られた人型の手の大きさ。

 全部、なにもかもが仕組まれていた。


 ボクは...ただの道化に過ぎなかった。


 必死に足掻いてもがいてきたつもりでも、この世界を造ったヤツの(てのひら)の上で踊らされていただけなんだ。


 ...悔しい。


 ボクが出会った全ての人が、作り物だったなんて....

 師匠や、エリーや、カルアや、エルミアや、フランにアイナも、アーニャも...


 大切な人が居るんだ。

 大事にしたい人が沢山居るんだ。


 だから――"そんなこと"、絶対に認めるものか!!


 ボクへ向けてくれた優しさや、家族への愛情も、(ニセ)(モノ)だなんて言わせない。

 だからボクは許さない。


 お前を必ず引き摺り降ろしてやる!!


 ボクのこの手で筋書きを替えてみせる....

 

「寄越せ」


 ボクに渦巻く全ての狂気を。

 ボクの持ち得る全ての怒りを。


「よこせ」


 ボクに従う全ての者へ。

 ボクが愛する全ての人へ。


「ヨコセッ!!」


 そうしてボクの目の前に、神をも斬り裂く存在が示現(じげん)した。

 白漆石木目太刀拵えの、各所に銀線細工(フィリグリー)が施された直刃二重刃紋の太刀。


 それは――『天羽(あめのは)(ばきり)』。


 風竜がボクに託した神刀。

 この世ならざる場所から"ボクの為に"堕ちてきた、ボクの身体をもう一度殺す太刀。


「....邪魔だ」


 師匠に這地竜(ベヒモス)と呼ばれた、サイの魔獣。

 鼻部(びぶ)から突き出た角に、青褐(あおかち)色の毛皮。

 蒼電を帯び、ボクの行く手を遮る。


 上級竜種らしいけど、だからどうした。


 だいたい、ベヒモス――Behemoth――なんておかしい。

 既に火竜王バハムート――Bahamut――が居るんだ。

 ヘブライ語とアラビア語の読み方の違いだけで、同一の存在。

 という事は、この世界の魔法名がラテン語、イタリア語、ギリシャ語、日本語とかごちゃ混ぜだって事が、"作為的に行われている"っていう証拠じゃないか。


 大方、『心善き神』と(かた)ったあいつ等のせいだ。

 欺瞞(ぎまん)を押し付け、ボクの生きる世界(ばしょ)をこれ以上弄繰り回されて堪るもんか。


 示現(じげん)した白太刀を掴み取る。


 ミシリと鳴ったボクの手。

 指も、手も、足も割れ、亀裂が沢山入ってる。

 これはボクが未熟だったから。

 怒りに身を任せ、不完全な《竜化(ドラゴンアラギ)》を使った結果。

 もうすぐ四肢は砕けるだろう。

 しばらくは元に戻らない。

 それがボクの代価であり代償。


 でも、後悔は無いかな。

 だって、一時的だけど、大好きな風竜と土竜と同格に成れたんだもん。


「ハァァァァ!!」


 気合を入れただけで空気が震え、叫べば最上級竜種の咆哮(ブレス)が放てる。

 それが今のボクの力で仮初めの依代(よりしろ)

 だから、全力で屠る。

 這地竜(ベヒモス)なんてゴミクズを。


 神速を以って肉薄し、降り落ちた蒼雷を片手で引き千切り、天羽(あめのは)(ばきり)を振り降ろせば簡単に頭は刈れる。

 4体に数を減らした這地竜(ベヒモス)が慌てて口腔から咆哮(ブレス)を放つも、上位の存在であるボクに届くはずもない。

 避けて撃ち消し容易く殺す。

 ときに斬り捨て、ときに殴り砕き、ときに()ぎ取る。

 そうして5体の這地竜(ベヒモス)を倒し、ボクは委ねた。


「喰らい尽くせ!! ノワール!!」


 アスワンの影から、もう1人のボクが姿を現す。


 それは本来ボクの枷。

 ボクという異端(イレギュラー)を止める為に作り出した存在。

 魂を別ち、同格の力を持つ。

 今のあの子なら....間違い無く不死者(アスワン)を...()れる。


「ウフフ...なにを言って――っ!?」


 口角が裂け、大口を開けた黒豹(ブラックパンサー)が、アスワンを一飲みに喰らい噛み砕く。

 バリボリと聞こえる骨の音。

 グチャグチャと聞こえた肉の音。

 不死の肉体を持っていても、魂までもが不滅な訳ではない。

 だから、《竜化(ドラゴンアラギ)》した今のボクと同じ存在のノワールなら、できるはず、

 やがて咀嚼音も消え、黒豹(ブラックパンサー)は黒い繭へ姿を変えた。


 やっぱり"それが"正解だった。


 ノワールと同期させた思考が教えてくれる。

 アスワンの力と知識。

 それに記憶の断片がボクにも流れ込んでくる。

 壮絶な過去と世界を憎む心。

 なぜ自分が生まれたのか。

 アスワンは全てに辟易して、全てを壊そうと企んでいた。



 そして――今現在も進行中。



 これからやらなければならない事が沢山あるのに、さらに増えてしまった。

 それも早急になんとかしないと、また戦争が起きる。

 あの【アルバシュタイン王国】を越える凄惨な戦争が。


「マスター!」


 思考に囚われ限界を超えたボクは、四肢が崩れ倒れかけていた。

 篭手(ガントレット)と、ブーツ。脱着式の四肢装備が転がる。

 手にしていた天羽(あめのは)(ばきり)が地面に突き刺さり、大事な指輪と腕輪も落ちてしまう。

 そこへ後ろからルルが抱き留めて支え、顔を覗けば涙が溢れてた。


「ごめんね? ルル。心配しないで大丈夫だよ? ちょっと無茶しただけだか――」

「心配しないでなんて言わないでください!! ルルがどれほどマスターを想っているか!! ルルには...マスターしか...いないのです...だから...」


 ああ、そうか。

 そうだよね。

 ルルはずっとボクを探して彷徨っていたんだ。

 そして、やっと出会えて...不安にさせちゃったんだね。


「心配してくれてありがとう。とっても嬉しいよ。だけど、一つだけ質問してもいいかな?」

「...なんでしょうか?」


 聞いておかなくちゃいけない。

 ボクの予想は当たってる。

 だから、その裏付けが欲しい。

 足りないピースを埋める為に。


「ルルは、聖剣デュランダルとして産まれる前の記憶を持ってる?」

「...いいえ、ございません。ルルは生まれた時からルルでした。それ以前の記憶など持ち合わせていません」


 やっぱりそうか。

 ついでに聞いてみよう。

 ずっと怯えていたコイツにも。


「じゃぁ、カラドボルグは?」

(....ねぇよ。って言うか、何回か抜こうとしやがっただろ!? あんな力――《竜化(ドラゴンアラギ)》――で振るわれたら、ポッキリ逝っちまうかんな!?)


 本当に面白いよね。

 雷剣カラドボルグなんて勇ましい名前で、見た目が豪華なくせに、こんなに怯えてるんだよ?

 戦闘中何回か抜こうとしたら、鞘から出ようとしないんだもん。


 おかげでちょっと冷静になれたけど。


「ふ~ん...『殺さない勇気』とか(のたま)ってた雷剣カラドボルグ様は、とんだ臆病者だったんですねぇ?」


 せっかくなので(イジ)ッてあげよう。

 肉体的にも精神的にもかなり疲れた。

 時間の猶予はそれ程無いけど、アスワンを(くら)ったノワールは、まだ繭のままで安定してないし。


(なっ!? お、俺が臆病者だと!?)

「うん。違うのかな? もし違うって言うなら、もう一度試してみる?」


 ルルが不安気な表情を見せたから、ウィンクひとつ(冗談だよ♪)って教えておいた。

 しばらくは使えない力だし、それにこれから――


(...ユルシテクダサイ)


 低姿勢で謝罪された。

 折られたくはないもんね。


「う~ん...ボクの言う事を"なんでも"聞いてくれるなら、許してあげよう」


 この先、カラドボルグの力は必要になる。

 それだけじゃない。

 風竜から贈られた、『聖剣アスカロン』『聖槍ガエボルグ』『雷槌ミョルニル』『聖盾イージス』の力も。

 《魔法箱(アイテムボックス)》の中で死蔵してる魔法武器達も。

 無尽蔵に魔力が放てるこの子達の力の根源は、"アレ"だから。


(いや、とっくに雷滓(らいし)までマスターに捧げてるんだけど...) 

「あっ...そうだったね....じゃぁ、これからもよろしくって事で」

(おう!! 任せろマスター!!)


 よしよしこれで良い。

 ルルはボクとずっと一緒に居てくれるから問題ない。

 あとはノワールが――


「カオルちゃん!!」

「わっ!?」


 ルルからガバッと取り上げられる。

 声の主はもちろんカルア。

 おっきい胸で圧迫されて、正直苦しい。

 手足が無いから逃げたくても自力じゃ無理だし、誰かに助けを...


「大丈夫か!? カオル!!」


 カルアから引っ手繰る様に、今度は師匠がボクを持ち上げる。

 息苦しさから逃れられ、安堵の溜息を吐いた時、怒られた。


「まったく!! なんて無謀な事をしたんだ!! 相手は魔族だけではなく、這地竜(ベヒモス)だぞ!? 咆哮(ブレス)ひとつで山をも砕き、纏う蒼雷は何者も近付けさせない。

 それになんだ!! あの姿は!! 翼が生えてやってきたと思えば、今度は禍々しい角なんて生やして!! 私がどれほど心配して不安だったか!! おい!? 聞いてるのか!!」


 捲くし立てる様に師匠が胸の内を吐露する。

 グシャグシャの顔で、身体を震わせて。


 駆け寄って来たエリーもエルミアも同じ気持ちだったみたい。


 悲しそうな顔でボクの袖を掴んでる。

 大粒の涙が流れてるけど、今のボクは拭ってあげる事ができない。

 だって、両手が無いから。


「ごめんなさい。だけど...まだ終わってないんです。やらなければいけない事が残ってます」

「そんな身体で何ができるのよ!! これ以上...私に心配なんてさせたら...許さないんだから...」

「そうです。エリーの言う通り、今のカオル様に何ができると言うのですか!? 手足を失い自由に動く事すらままならないのです。急ぎ霊薬(エリクシール)の準備を――」


 エリーはやっぱりエリーだね。

 こんな時でもツンデレで、怒ってるくせに心配性で。


 だけど、ね?


 エルミア。

 髪を食べてはいけないと、散々言ったと思うんだ。

 だから、ヤメテクダサイ。


「...霊薬の必要は無いよ。ボクはこれから儀式をする。数日は眠る事になるけど、必ず目覚めるから。その間――ボクの身体を任せるね?」

「何を言ってるんだ....儀式...だと? そんな身体で何をするつもりだ!!」

「師匠。いいえ、ローゼ。ボクは貴女を愛してる。この世界へ来てから、ずっとボクの傍で見守っていた貴女を。だから、これからも愛し続けたい。

 儀式は、ボクにしかできない、ボクの為にある試練。今は多くを語れないけど、あとでちゃんと説明するから...逝かせて...」


 師匠の――ローゼの顔を見詰め、ボクはそう話した。

 今もノワールから沢山の情報が送られてきている。


 師匠の"ヴァルカン"という名は偽名だ。


 本当の名前はローゼ。

 気高く美しい赤い花。

 身体から香るこの匂いの正体は、薔薇だろう。

 美しさ――優しさ――の中に、棘――面倒臭がり――を持ち合わせてるなんて、花の名前を体現している。


「....ローゼという名前がよくわからないが、カオルの意思は伝わった。責任を持ってカオルの身体任せろ」


 さらにきつく抱き締めてくれたローゼ。

 赤い騎士服の上からでもよくわかる。

 ポワンポワンで柔らかい双丘(むね)

 カルアはポヨンポヨンだし、エルミアはムニムニだ。

 エリーとフランは丁度手に納まる感じ。

 アーニャとアイナは今後に期待だね♪


 なんて、陶酔をしている間にノワールは目覚めた。


 黒い繭にゆっくりと亀裂が入り、やがて卵を割るように姿を見せる。

 長い白髪に白磁色の肌。

 歳の頃は、14~16歳。

 一糸纏わぬ女の子。

 なにより赤い双眸が、アスワンを捕食した事を物語っている。


「おかえり、ノワール」

「ただいま、カオル」


 ノワールも理解してる。

 この世界へ来る前、寝ていたボクを殺したのは――ノワールだ。


「ノワール...だと? この姿は、『ego(えご)黒書(こくしょ)』で見たアイツじゃないか!!」

「そうよ!! カオルを散々痛めつけたアイツよ!!」

「カオルちゃんに近づかないで!! おねぇちゃんが許しませんよ!!」

「....どういう事ですか...カオル様。以前、ノワールはカオル様の使い魔だと言っていたはずです」


 あー、うん。全部あってる。

 『ego(えご)黒書(こくしょ)』の中で現れたあいつは、ボクが一番怖いと思った相手だし、ノワールはついこの前創り出した使い魔だ。

 まぁでも、姿は自由に変えられる液状生命体(スライム)だから、特に問題とするなら――やっぱり髪と瞳の色かな。


「えっと、時間が無いので後でまとめて説明するね。ノワール? やっちゃって」

「ええ、まかせて」


 そう言いノワールは、突き立つ天羽(あめのは)(ばきり)を手に取り、その刃でボクの身体を突き刺した。




 動きの速さに着いていけず、ヴァルカン達の悲鳴が周囲に響き渡る。

 ただ――不敵に嗤ったノワールが、最後にカオルと口付け合った。


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