第二百四十六話 第一幕
夕陽が沈む。
【ソーレトルーナの街】が、宵闇に包まれた。
夜の訪れと共に、街灯の明かりがぽつりぽつりと灯り始める。
全てカオルお手製の魔導具で、遠目に見ると蛍火に思える。
そんな中――一際輝く物体が存在していた。
「みんな、無事だね?」
神々しいばかりの純白の両翼を背に生やし、物体――カオル――は、家族達を見渡す。
第3防壁の上で奮戦していた彼女達は、その姿に啞然とし、元聖騎士のジャンヌとセリーヌが跪いて祈りを捧げた。
「え? あ....かおる...か?」
暗闇という環境がカオルの存在を引き立てたのだろう。
神秘的な光輝く翼を持つその人物を、一瞬"天使"と見間違えた。
「はい、師匠。貴女の大好きなカオルですよ♪」
抱き抱えていたカルアを降ろし、カオルは周囲を観察する。
茫然自失状態な事は一先ず置いておき、ヴァルカン達に疲労の色は特に見えない。
むしろ、即座に篭城を選んだヴァルカンを、今すぐ褒め称えたい。
しかし――1人だけ怪我をしていた事実に顔を蒼白とする。
それはもちろん....
「エルミア!? また、こんなになるまで弓を射続けて...」
【カムーン王国】の王立騎士学校へ留学する前の話し。
カオルは、エリーやカルアに贈り物をした。
それは、"疾風のブーツ"に、"防御のサークレット"と後に命名された魔導具。
そしてもちろん、エルミアにも贈り物を――
「申し訳ございません。つい...はしゃいでしまいました」
白漆器の様に艶やかな肌で、細く長く美しいエルミアの手。
その右手の爪が数枚割れて、血が滲んでいる。
カオルがエルミアに贈った代物は、実母アグラリアン王妃より授かった風の魔弓の改造。
元々1射出につき、1矢放てる風の魔弓だったのだが、カオルの魔改造により、任意で複数の矢を番える事ができる。
貴重な魔弓故に自分の魔力を消費する必要は無いが、その分扱いが難しく、使用者に負担を強いてしまう。
じゅうぶん危険性と運用方法をカオルとエルミアの2人で相談していた。
にも関わらず――
「....気を付けるんだよ? エルミアの身体は、ボクのモノでもあるんだからね?」
エルミアにとって嬉しい事を言いながら、カオルはエルミアの手を取り「《治癒》」と唱える。
周囲をふわりと優しい風が凪、エルミアの右手は治療された。
しかし、カオルの姿――天使――に茫然としていたヴァルカン達は、ようやく気が付く。
戦闘が開始されてから、エルミアがずっと静かだった理由を。
それは、カオルに治療して貰う為に"たった今、このタイミングで"、わざと爪を割ったのだ。
もちろん弓術士として責務は全うしていた。
精霊魔法を行使し、使役した木々――《妖精樹木》――は、見事にゴブリン軍の東翼を押し止めてみせた。
遠い親戚――血の繋がりのあるカルアと同じく、エルミアもまた....強かであった。
「ありがとうございます、カオル様。それで....そのお姿はいったい?」
「これ? これはね、ルルとボクが『合体』したんだよ♪」
『合体』
所謂、超合金ロボなど合体系の玩具の存在を知らないエルミア達。
言葉の響きが妙にいやらしく感じてしまう。
せめてカオルが『同化』と説明しておけば良いものの....
案の定、家族4人からキツイ状況説明を求められた。
「がったいとはなんだ!! カオルきゅん!!」
「なによ!? どういう事よ!! 説明しなさいよね!!」
「カオルちゃ~ん? エッチな事じゃないわよねぇ~?」
「カオル様? 正直に話して下さい。まさか....浮気ですか!? そうなのですか!?」
鬼気迫る物言いのヴァルカン、エリー、カルア、エルミアの4人。
ヘルナ達、アマゾネスの4人は呆れ、周囲の警戒をする事で現実逃避を決め込む。
そして、信心深いジャンヌとセリーヌは、今尚カオルを崇め祈りを捧げる。
「えっと、みんなが何言ってるかわからないんだけど....」
カオルが色恋に疎い事は、誰もが知っている。
なにせ若干12歳の子供。
『合体』という言葉の意味を説明しろと言われても――
そこで、ふと妙案が浮かぶ。
「ああ、この姿は合成獣みたいなものですよ」
太古の昔、この世界で栄えた魔法文明後期。
色々な動物を交配合させて、激変する環境変化に適応出来るよう、試験的に合成獣が作られた。
そこで開発され、今や野に放たれた魔獣として有名なキマイラ。
ライオンの頭と、山羊の胴体、毒蛇の尻尾。
上位の魔獣に分類され、難度の高い地下迷宮を踏破する上級冒険者くらいしか滅多にお目に掛かる事はない。
しかし、幸か不幸かこの世界の例外と出会い、ヴァルカン達も都合2度、対峙又は見かけた事がある。
「なるほど...アレか....」
「【アルバシュタイン公国】でカオルが倒したっていう...」
「あら? そうだったのねぇ~♪ おねぇちゃん、安心したわぁ♪」
「カオル様は、ルルを取り込んだのですか?」
納得する3人。
エルミアの質問に、カオルは「いつでも戻れるから心配しないでいいよ?」と答えた。
「それじゃ、あとはボクが倒しますね♪」
早期解決を望むカオルは、この場を指揮していたヴァルカンへ確認する。
ルイーゼ達から受け取った――取り上げた――矢筒の束を《魔法箱》から取り出し、その場に置いて。
「いや...カオルの力は信用しているが...倒せるのか?」
既に広域殲滅魔法――《渦雷轟》――により、平原部のゴブリン達は殲滅している。
攻城兵器――破城槌――も見事に破壊し尽された。
残っているのは森林部に隠れる残党。
だが、あれだけの規模の大軍勢だ。
日も落ちた今、暗闇の中で蠢く赤い瞳は遠目からでもよくわかる。
その数――平原部に居た数倍以上。
さすがのカオルも、木々に隠れる魔物を相手に、そう何度も《渦雷轟》を撃てるとは思えない。
だからこその心配。
あの時――【アルバシュタイン公国】で起きた戦闘とは勝手が違う。
せめて森林部ではなく平野部であれば、ここまで心配する必要はないのだが。
「問題ありません。ただ...ごめんね? エルミア。少し樹を斬っちゃう事になるけど...いいかな?」
自然を愛する妖精種。
本来森を守護し、無闇に自然を破壊する事などけしてしない。
当然、エルフ王リングウェウの息女、王女エルミアも望まないが、今は戦時下。
カオルの気遣いに相貌を崩し、首を振って肯定した。
「今は仕方のない事だと理解しています。それに、カオル様ならばあの子達を無駄にするなんて思っていません。
柱や扉。建材だけでなく、家具として利用するはずです。むしろ、"私のカオル様"が、手ずから主伐されるのですから、羨ましいくらいです」
無事にエルミアの承諾も得たが....ちょっと色々問題が。
ヴァルカン達も気付き、面白くない。
「な・に・が、"私のカオル様"だ!! カオルは私達のだ!!」
「そうよ!! "みんな平等に"って決めたでしょ!?」
「エルミアちゃ~ん? おねぇちゃん、そんな子に育てた覚えないわよぉ?」
憤慨するヴァルカン達。
婚約者なのだから当然の事。
もしもこの場にフランチェスカやアイナが居たら、同じ様に怒っただろう。
だが、若干名誤った事を言っている。
まずはカルア。
彼女が言っているのは、エルミアがヤンデレ化している事について。
カオルに主伐される事が羨ましいとか、どうかしてるとしか言い様がない。
そしてエリー。
"みんな平等に"とは、婚約者はもちろん、【エルヴィント帝国】の皇女フロリアや、【アルバシュタイン公国】の女王ディアーヌなどが参加する、『香月カオル乙女の会』で取り決めた話し。
もちろん、カオルは知らない。
だから――
「ねぇねぇ、エリー? "みんな平等に"って何の事?」
両翼をたたみ、ズイッとエリーへ近づくカオル。
半眼の目がかなり怖い。
光溢れる翼を持っているが、もしや堕天使ではなかろうか。
今のカオルはおぞましい何かを纏っていた。
「え!? えーっと....ち、違うのよ!! ほら、カオルってば、アレじゃない? 可愛いし、カッコイイし...すぐ浮気するし....だ、だから....ね?」
しどろもどろなエリー。
「可愛い」はさて置き、「カッコイイ」というフレーズは正直嬉しい。
だけど、「浮気」は....思い当たる事案が多過ぎて、カオルも無言になってしまう。
なにせ、留学すると言い【カムーン王国】で色々している。
剣聖フェイも、退任後は自領へ引き入れる算段であるし、勝手に従者――フェリス――を1人雇っている。
状況によるだろうが、第2王女エメも将来は受け入れる可能性があるのだから、カオルとしては何とも言えない。
過去と決別し、心の強さを求めて留学したはずなのに、カオルはいったい何をしに行ったのか。
いずれひと騒動あるのは確実。
でも今は――
「あー...うん。カッコイイって言ってくれて、嬉しいよ♪ ありがとうエリー♪」
誤魔化す事にした。
それはもう満面の笑みで。
「い、いいのよ? ほ、ホントにカオルはカッコイイし....ゴニョゴニョ」
カオルに頬を撫でられ、エリーは照れる。
必殺技――王子様スマイル――とまではいかないが、カオルの笑顔に勝てはしない。
そもそもエリーはカオルが好きだ。
その相乗効果に抗える術は存在しなかった。
「という訳で、サクッと倒して来ますね♪」
篭城戦は続いている。
だというのに、カオル達が繰り広げているのは、ただの恋の鞘当て。
危機感をまったく感じていない光景を(人としてどうなの?)と、周囲警戒――現実逃避――していたヘルナ達は、頭を抱え悩みに悩む。
「あ、おい! カオル!」
「ちょっと待ちなさいよ!」
小言を続けようとしたヴァルカンとエリーを置き去りに、カオルは飛び立つ。
向かうは戦場。
自分の領地へ土足で踏み込んだ愚か者を退治しに。
そして――大事な人を守る為。
月明かりの中、カオルが降り立った場所は平原であった。
いや、普通の平原ではない。
周囲に血臭を放つ、まさに地獄。
焼かれ、焦げれ、炭化したゴブリンの骸。
カオルが放った《渦雷轟》は、まさしく幾万の雷撃で全てを焦がした。
(とりあえず....)
自身の戦果も、今はただの邪魔者。
既に、骸山の向こうからゴブリン軍の第二陣は進軍を始めている。
見るも無残な同胞達を、足蹴に突き進む彼等に同情の余地など存在しない。
カオルの意思は決まった。
ならばと、左腰に帯剣していた聖剣――デュランダル――を引き抜き、力を解放する。
「ハァァァァァァッ!!」
それは、ありえない出来事だった。
小さな子供が剣を水平に払う。
単純に表現するならそれだけの事だが、規模がおかしい。
突如として伸縮――デュランダルの特殊性能《可変》で大きく――した薄い露草色の聖剣が、魔力を吸って黄金色に輝く。
その長さ200m以上。
それがカオルを中心として弧を描き、やがて元の大きさに戻った。
「「「「「「ブォオオオオオオオオオオオオオ」」」」」」
恐ろしい数の断末魔。
都合よく同胞の仇が姿を見せた。
そう思い、上官のゴブリンキングが捲くし立て、ゴブリンジェネラルやゴブリンソルジャー、変異種のホブゴブリンまでもが群がるように獲物へ襲い掛かろうと森から姿を出す。
だが――結果は、無駄な死体を増やしただけ。
自分達は、人種を犯し産まれる下劣な猪頭鬼とは違う。
誇り高き醜悪鬼。
魔素から生まれ、誇りを持っている。
だというのに、たかだか翼の生えた人間の子供に、容易く命を刈り取られた。
絶望という名の恐怖が伝播するのに、そう時間はかからなかった。
「グガァアアアアアアアアア!!」
その時だった。
ゴブリンキングよりもさらに上位の魔物。
『ゴブリンハイロード』が雄叫びを上げたのは。
彼は告げる。
なんと浅ましき事か。
たかが供物に何を怯える。
我々は醜悪鬼。
今日まで、どれだけの数の供物を喰らってきたのだ。
お前達は、ただ我の為に物欲を満たせ。
それが唯一の存在理由なのだから。
「「「「「「フゴォオオオオ!!」」」」」」
ゴブリン達も答える。
我等は崇高な魔物。
もっと食す。
もっと殺す。
もっと奪う。
恐怖諸共喰らってやる、と。
ただ――それは叶う事のない願望であった。
「シッ!」
純白の両翼を靡かせ、飛翔してきた天使の巨大な黄金の剣撃――《雷の魔法剣》――を前に、全ての命が絶たれる。
都合3度目の攻撃は、下級種のゴブリンに耐えられる代物ではない。
身を隠す木々は断ち切れ、手にした槍や剣は鉄製のはずなのに音も無く斬り裂かれる。
身を守る為の防具も意味を成さず、なぎ倒される木々の音。
逃げる場所も姿を隠す場所も無く、許されたのは悲鳴を上げる事。
配下のゴブリンソルジャーも、ゴブリンジェネラルも、ゴブリンキングも――そして、王の中の王『ゴブリンハイロード』すらも死を迎える。
悪夢の始まりは轟音の雷。
悪夢の終わりは黄金の剣。
大軍勢を率い、300以上の供物を食し、遠く【カムーン王国】のエトムント・ロ・ボーデ騎士爵領から"あの方"の魔鏡でこの地へ赴いたというのに、終わりは実に呆気ないモノであった。
一方、その光景を見ていたヴァルカン達婚約者4人は――
(....いや、おかしいだろう)
(なに....アレ....)
(カオルちゃんが天使ちゃん♪)
(さすがはカオル様です)
絶句し思い思い感慨に耽っていた。
そして、ヘルナ達アマゾネス4人は――
(うそでしょ!?)
(アレはあかんで....)
(ご当主様かっこええわぁ)
(はぁ...抱かれたい...)
ヘルナは驚き、アガータは呆れ、イザベラは惚れ直し、毒舌家のサラは不穏な雰囲気を纏っている。
だが、【聖騎士教会】の主神シヴを崇拝していた元聖騎士のジャンヌとセリーヌは、完全に改宗された。
(主神、カオル様。御身に宿る聖なる御力は、輝かしき黄金色の眩い光を放ち、我等信徒を希望という楽園へ導いて下さることでしょう)
(ああ、神よ。御身の完全なる御力の前に、悪しき者共は朽ち倒され、御業をもって全てを無に帰せしこと、感謝いたします)
三者三様どころか、十者十様の想いを胸に、ただただカオルの偉業を目の当たりにする。
もう、なんと表現すれば良いのかわからず、ひとつだけヴァルカンはカオルの言葉を思い出した。
(そういえば....カオルは言っていたな....『ボクは今、この世界を滅ぼす事もできる』と...)
その言葉の意味を、ようやく理解する。
むしろ、カオルがその気になれば直接手を下す必要などない。
土魔法の《不死乃土塊》で膨大な量のゴーレムを作り出し、各国へ派兵させれば良いだけ。
それはカオル本人も口にしている。
ただし、その結果世界が滅びる事も予想できた。
(カオルは....)
ヴァルカンの脳裏に不安が渦巻く。
カオルの性格を熟知しているからこそ、もしも運命の天秤が負の感情へ傾いてしまったら――カオルは"魔王"と呼ばれる可能性もありえる。
例えば、カオルの存在を快く思わない連中が、ヴァルカン達のいずれかの命を奪ったとしたら、間違い無くカオルは壊れる。
復讐は復讐を生み、憎悪の連鎖は止まらない。
そうなれば、憎しみの感情は世界へ向く。
それは――世界の破滅を意味するのではないか?
たった3度の交戦で、下級とはいえ十万以上の大軍勢を屠れる力をカオルは持っている。
それも余力を持って、だ。
見たところ《渦雷轟》を1度、規模の違いはあるが《雷の魔法剣》を2度。
本気を出していない事など、誰の目にも明らか。
(これは、本当に早く――家族の中で一番危険が付きまとう冒険者の――エリーをなんとか――一人前の冒険者に――しないと、世界が終わる)
ヴァルカンの心積もりは決まった。
この戦闘が終わったら、エリーをとことん扱こう。
自身と警護団員のルイーゼ達が居るから、フランチェスカやアイナなど、この領地から普段出る事の無い連中は安心だ。
だが、エリーは違う。
自ら「第1級冒険者に成る」と公言している。
今はまだ第2級冒険者だが、エリーは強い意思を見せ、ヴァルカンの稽古後、自主修練を欠かさずに行う。
だからこそ、つい数ヶ月前まで駆け出しの冒険者だったエリーが、今や中級冒険者にまで成長した。
(必ずやり遂げるヤツだ)と、ヴァルカンが思うのも当然。
「...エリー」
「...なによ」
「あとで....話しがある...」
カオルの桁違いの強さに啞然としていたエリーへ、ヴァルカンは告げる。
ただならぬ雰囲気を肌に感じ、エリーは「わかったわ」とだけ答え、視線も交わさずカオルを見続けた。
(....っと)
デュランダルに付いた血糊を振り払い、鞘に戻したカオル。
周囲――超範囲――に転がるゴブリンの屍と、薙ぎ倒された木々を見えない魔法の糸――《魔透糸》――で一息に手繰り寄せ、《魔法箱》へ収納していた。
(なんか、無駄におっきいゴブリンだなぁ)
大口を開けた《魔法箱》へ、上下2つに分断された『ゴブリンハイロード』が仕舞われる。
身形はかなり上等で、金細工の施された装飾品の数々。
腕輪や首飾り、特に頭の飾りは武者鎧の兜に付いている前立物を彷彿とさせた。
(こんなに目立つ格好して...「狙って下さい」って言ってるようなものだよね?)
戦国時代の日本では、己の武と存在を誇示する為に付けられた物であり、名のある武将は挙って意匠を凝らした物を選んだ。
そして――『ゴブリンハイロード』もソレにあやかった訳ではないが、同じ様に目立つ事を望んだ。
(さてと、ルル?)
聖剣デュランダルには4つの特殊な性能が備わっている。
まず1つ目、所持する事で身体が軽くなる《速度強化》。
もう2つ目、変幻自在に大きさを伸縮する事ができる《可変》。
もう3つ目、ルル自身を転移で送れる《転送》。
最後に、デュランダルの化身ルルと同化し、その力の全てを発揮できる光翼を背に生やす《覚醒》。
雷剣カラドボルグ曰く、「遭逢者は特別」だそうだ。
もっとも、カラドボルグは聖剣の類ではないのだが。
(....マスター、お呼びでしょうか?)
《覚醒》し、絶賛同化中の2人。
魂が溶け合った状態なので、会話は口にしなくても可能である。
やろうと思えば一方的に主のカオルは遮断できるが、その必要もないだろう。
そして、一瞬ルルが躊躇った理由はもちろん――
(《覚醒》を解除するから、師匠達に言伝を頼みたいんだ。『あいつがいる』って言えばわかるから)
案の定、ルルにとって喜ばしくない話だった。
なにせカオルとの目合ひが終わってしまう。
男女間の行為と意味は違うが、ルルに唯一与えられた至福の時間を名残惜しいと思うのは当然。
(....畏まりました)
そうしてカオルから分離したルルは、《転送》を使用して姿を消す。
最後に見せた横顔が物悲しそうだった事を、朴念仁のカオルが気付く事はなかった。
そこへ――
「ウフフフ.....」
女性の微笑が静かに響く。
その声色は妖艶でいて、喜びに満ちている。
そして、カオルが声の主に辿り着き、見上げた中空に"あいつ"がいた。




