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閑話 カイ、決意新たに


 【ソーレトルーナの街】

 【エルヴィント帝国】の首都である帝都よりほど近い場所にあり、肥沃な大地の中に突如として出現した街である。

 そこを治めるのは、若干12歳にして伯爵の位を叙爵(じょしゃく)された、香月カオルと言う名の少年。

 見た目は美少女と見紛うばかりの美貌を持ち、伝説と言われるドラゴンの契約者。

 (かのじょ)が初めて頭角を現したのは、とある討伐軍。

 【エルヴィント帝国】の国内に存在する【オナイユの街】にて、【聖騎士教会】の聖騎士及び兵士達が、街周辺の魔境に異変を感じた。

 そこで初の試みとなる【エルヴィント帝国】所属の近衛騎士と、【聖騎士教会】所属の聖騎士達が、合同で遠征軍を組織した。

 しかし、本来対人に赴きを置いて修練していた近衛騎士と、魔物や魔獣を狩る事で都市や街を守護していた聖騎士達とでは、戦闘方法も違えば勝手も違う。

 だからこそ、偶然【オナイユの街】を訪れていた、【カムーン王国】所属の元剣聖ヴァルカンに依頼し、遠征軍の協力を得たのである。

 そしてヴァルカンと共に任務に付いたのが、弟子にして後の伯爵、香月カオルと言う訳だ。


 近衛騎士、聖騎士、元剣聖と、国も違えば立場も違う者達の前に、現れたのは1人の魔族。

 白い髪に赤い双眸。

 コウモリの如き羽を生やし、討伐軍の前で『魔鏡』を出現させた。

 それは、見る者に絶望を植え付けた。

 『魔鏡』とは、この世成らざる場所に繋がる異形の代物。

 現に、『魔鏡』を使用した魔族――後に吸血鬼アスワンと名乗る――は、夥しい数の魔物や魔獣を召喚し、果ては合成魔獣のキマイラまでもを出現させた。

 通常では考えられない程の戦力を前に、奮戦を続けていた近衛騎士も、聖騎士も、焦燥感に苛まれ心挫ける者が多数居た。

 魔族は、駄目押しの中級竜種ドラゴンを召喚し、彼等の命は風前の灯火と化していた――のだが、2人の人物。

 ヴァルカンとカオルにより、九死に一生を得る。

 ヴァルカンがキマイラと対峙し、カオルは飛び立ったドラゴンを追い掛け、たった1人でそれを屠ったのだ。

 だが、犠牲が多かった。

 近衛騎士に聖騎士、さらに行軍にあたり協力してくれた冒険者達にも、被害は甚大を極め、命を失った者が多数出てしまった。

 かく言うカオルも、友人エリーを救うためにその命を砕く結果となり、エリーの義姉カルアの協力が無ければ、今頃は命を落としていたかもしれない。


 紆余曲折(うよきょくせつ)ありエルフの王女エルミアの協力を得て、カオルは無事に目を覚ます。

 誰もが歓喜し、【エルヴィント帝国】をドラゴンの脅威から救ったカオルは、皇帝アーシェラに召喚される。

 元剣聖のヴァルカン。

 新米冒険者のエリー。

 エルフの王女エルミア。

 ひょんなことから3人を連れたカオルは、皇帝アーシェラと謁見し、皇女フロリアや剣騎グローリエル、宮廷魔術師筆頭兼魔術学院長アゥストリ達と出会い、1代限りの名誉男爵を拝命する。


 そこからが、本当の香月カオルの物語の始まりであった。


 世界に蔓延る奴隷文化に触れ、アイナという兎耳族の少女を買い、知己であった迎賓館のメイド長――後のオレリー義母――の娘フランチェスカを雇い、順風満帆な奔り出しをしたかに思えた。

 あの、忌まわしき魔導書(グリモア)さえなければ。

 魔力量の底上げを謀ったカオルは、アベラルド公爵並びに魔族にして吸血鬼アスワンの策略により、『ego(えご)黒書(こくしょ)』に囚われる。

 絶望の中何度も偽物の家族の手に掛かったカオル。

 カオルを救ったのは、家族であり、また、別れる事になった『風竜王ヴイーヴル』。

 大三全世界の狭間に送られた風竜。

 カオルは未だ風竜を救う手立てを見つけてはいない。


 そして、不幸は続き戦争が起きた。


 【エルヴィント帝国】では数十年振りとなる、人対人の戦争。

 【ババル共和国】と【アルバシュタイン公国】の戦争である。

 ことは魔族が【アルバシュタイン公国】を乗っ取った事から始まり、迎え撃った【ババル共和国】が暴走した事で、【エルヴィント帝国】も巻き込まれてしまった。

 だが、ここでもカオルは活躍する。

 アーシェラの私兵、蒼犬のルチア、ルーチェの力を借り、カオル、ヴァルカン、カルア、エリー、エルミア、グローリエルの6人は、【ババル共和国】軍1000人の兵を退けたのだ。

 戦場となった【アベール古戦場】では、その戦いの爪跡が今も深く刻み込まれている。

 そして、事はそれだけでは終わらない。

 魔族により蹂躙された【アルバシュタイン公国】へ、カオル達一行は潜入した。

 直援は【エルヴィント帝国】の近衛騎士大隊。

 先陣を切るのは剣騎セストとレイチェル。

 追随するのは近衛騎士団長レオンハルトと副長アルバート。

 潜入した【アルバシュタイン公国】で、カオルは1人のダークエルフと出会う。

 それは、人知れず死に行くはずだった女王ディアーヌ。

 現大公ダニオ・ド・ファムの実妹にして、アスワンにより崩れ行く【アルバシュタイン公国】の最後の王族。

 先祖返りという忌まわしきダークエルフとして生を受けたディアーヌに、希望を与えたのは他ならぬカオルであった。

 そこで、近衛騎士大隊へと向かう15000の魔物の群れと相対したカオルは、またも偉業を成し遂げる。

 たった1人で、15000の魔物を退けたのだ。


 その結果香月カオル男爵は陞爵(しょうしゃく)され、今の地位、香月カオル伯爵を拝命する。

 救国の英雄と成ったカオルは、奴隷文化を撤廃しようと奔走した。

 下賜された自領を開拓し、【ソーレトルーナの街】を建設。

 そこを拠点に、戦争により親を失った少女を領民として迎え入れ、家事や裁縫という花嫁修業を開始した。

 教師役には自身が気に入り纏う白い騎士服の作り手、アナスタシアを迎え、フランチェスカの実母オレリーまでもを自領へと招いた。

 そして、兼ねてより計画していた奴隷少女を購入し、今も生徒数を増やしている。

 


 室内に、パタンと本を閉じる音が響き渡る。

 本を手にしていたのは1人の人間(ヒューム)

 婚約者である兎耳族のメルが家令として仕える事になり、彼もまた家令補佐として従事している。

 ここは、【ソーレトルーナの街】第1防壁内。

 堅牢な石造りの家屋に、豪華な家具が設えられた第二執務室。

 最近では、宮殿に用意された第一執務室ではなく、ここを利用していた。


「....やっぱカオルはすげぇな」


 尊敬とも言える感情を胸に秘めているのは、家令補佐のカイ。

 元々は新米冒険者のエリーの幼馴染で、【オナイユの街】の近くの森でカオルに出会わなければ、可分とも言えるこの現状には、遠く縁が無かったはずである。

 しかしカオルは、友人であるメルとカイに自領の家令職を勧めた。

 それは、同情や哀れみといったものではない。

 彼等ならばできると、カオルは信じていたからだ。


「俺も、がんばらねぇとな」


 両親共に冒険者ギルドで働くカイは、市井の出自である。

 本来、伯爵家の家令を勤める事など天地がひっくり返ってもありえる話ではない。

 だからこそ、カイとメルは懸命に勤めを果たしていた。

 苦手な算術も書類仕事も、弱音を吐かずにやって来れたのは、愛するメルと、自分を信頼してくれるカオルの為。

 夜な夜なメルから調教されてしまっていても、できる事は一生懸命がんばろうと決めている。


 そこへ、扉を叩く音が聞こえた。


「ん?誰だ?」


 メルは今、御用商から受け取った書類とシャンプー等の売り上げを持って宮殿へ行っているはずだ。

 出かけてからまだそんなに時間は経っていないから、メルであるはずはない。

 忘れ物でもしたのか?と思いつつ、来訪者を迎えに扉を開くと、そこには黒髪の少女が立っていた。


「ああ、よかった。メルに聞いたらカイは家に居るって言われてね。はいこれ。疲れた時に飲んでね」


 朗らかな笑みを称える少女。

 それは、カイが仕える香月伯爵家の当主、カオルであった。


「え?あ、あんがと。って、なんだこれ?」


「ポーションだよ♪カイの為に特別に作った物だから、市販品より効果が高いんだ」


 カオルから告げられたポーションという名前。

 それは、古代に失われた魔法薬である。

 体力を回復するような代物ではないが、怪我や傷、それに微量の解毒作用がある。

 疲れた身体にそれほど効果は期待できないけれど、身体に溜まった疲労くらいは打ち消してくれるはずだ。


「これを俺に、か?」


「うん♪なんだかカイが疲れてそうだったからね♪」


 カイの身を心配したカオルが、わざわざ拵えてくれた。

 その事にカイは感激し、また、最近【聖騎士教会】で売り出した高価なポーションを自分へ譲ってくれた事に感謝した。


「あ、ありがとう」


「別にこれくらい、いいんだよ♪あまり根を詰めないでね?それじゃ、ボクは行くから」


 ポーションの詰まった箱を受け取り、立ち去って行くカオルの背中を見詰める。

 同性だとわかってはいるものの、ついついカオルのお尻を見てしまうのは、人の業の深さ故か。


「俺、もっとがんばらないとな....」


 夜空を見上げ溜息を吐く。

 矮小な自分に嫌気が差しても、期待には答えたいと決意を新たにした。



 そこへ....



「カ~イ~?」


 恐怖の大王が降臨した。


「め、メル!?」


「今、カオルのお尻見てたでしょ~?」


 この場にいないはずのメルの登場に、カイの背中に一筋の汗が流れる。

 まさかカオルのお尻へ視線を向けていたところを見られるなんて、思ってもいなかった。


「ち、ちげぇよ!!み、見てねぇよ!?」


「そんな誤魔化したって、私にはわかるんだからね!!」


 悪鬼羅刹のごとく怒りの業火を纏ったメルに、カイは慌てて弁明しながら逃げ回る。

 今日も【ソーレトルーナの街】は、平穏無事に日が暮れていくのだった。


「逃げるなー!!」


「ひぃ!?」


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