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第二百三十八話 1週間振りの帰郷


 朝日も昇らぬ宵闇の中。

 大好きな人に会えると興奮したボクは、お風呂をあがって2時間程仮眠をした後に置手紙をして【カムーン王国】を後にした。

 ベットの上でぐっすり眠るフェリスの顔は、なぜかとても幸せそうであった。

 「変態め」と呟いたのは言うまでもなく。












 今は《雷化》の魔法を使い無事に【ソーレトルーナの街】へ降り立ったところ。

 とは言うものの、雷撃音でみんなを起こしてしまう可能性があったので、近くの森の広場に着地し《飛翔術》で飛んできたんだけどね。

 上空から見たボクの街は、等間隔に並んだ街灯――帝都にある魔宝石を使った照明――が街の通りを明るく照らしていて実に幻想的だ。

 ボクが不在の間にエルミアが頑張ってくれたみたいで、計画通りに開発が進められていた。

 それは、第2防壁内の南と西に林檎(リンゴ)葡萄(ブドウ)の農園を作ってもらうという計画。

 運良くボクの領地の山脈に、自生していた果樹林があったのだ。

 それをエルミアの精霊魔法でここまで運んでもらって植林したという訳。

 普通なら突然の環境変化で枯れてしまう可能性も高いけど、ここはボクの領地であり魔法の恩恵が高い場所。

 前に突き立てた錫杖こと、『成長(アドレスケレ)の魔導具』があればそんな事はありえない。

 田畑だろうが水田だろうが、連作障害すら起きなくなるのだから。

 本当に魔法ってずるいよね。


 そんな説明はさて置いて、見慣れない者がもう1つ。

 第2防壁内に建築したルイーゼ達の住居兼仕事場。

 警護団詰め所の脇に移設した厩舎の中に、以前購入した軍馬や荷馬達に並んで、真っ白な体躯の神々しい馬が居る。

 ボクの見間違いじゃなければ、あの頭に生えているのは角だよね?


 首を傾げながら近づくボクに、馬達が「お帰りなさい」と言わんばかりに嘶き始める。

 ボクが未だに馬に乗れない理由は、異常に馬に好かれているという事。

 近づくだけで嬉しそうに顔を擦り付けて来るし、背中に跨ろうものなら言う事も聞かずに走り始めてしまうのだ。

 

「えっと....初めまして、だよね。ボクはカオルって言うんだ」


 軍馬や荷馬の頭を順番に撫でながら、その白い馬に近づく。

 ボクが本で得た知識では、その馬はユニコーンという存在のはずだ。


「「......」」


 沈黙が重い。そりゃ、話せる訳がないよね。

 話しかけたボクに対して、他の馬達と同じ様に興味深そうに視線を送って来る。

 円らな瞳がボクを見据え、恐る恐る手を伸ばして鬣に触れてみた。


 おとぎ話なんかでは、純潔の乙女以外に身体を触れさせたりしないものだけど、このユニコーンは嫌がる事なくボクに身体を預けてくれた。

 触り心地の良い絹の様になめらかな鬣。

 撫でる度にサラサラと手から零れ落ち、あたかもボクの愛する師匠(めがみ)の髪の様だ。


「う~ん....なんでユニコーンがここに居るんだろう?」


 誰かが答えてくれる訳でもないのに、ボクはボソリとそう呟く。

 ユニコーンはボクが危害を加える存在ではないと感じ取ったらしく、もっと撫でろと頭を擡げてきた。


 しばらくの間ユニコーンの鬣の感触を楽しみつつ、夜も明けていないこんな時間に来た理由を思い出す。

 今日は待ちに待った日曜日。

 きっと学校の生徒達も楽しみにしているはず。

 それは――


 ユニコーンを含めた馬達と別れを告げ、第3防壁へと場所を移したボクは、早速実行に移した。


堅牢(けんろう)なる土塊(つちくれ)よ!堅守(けんしゅ)たる壁よ!我が前に現れ()でよ!『アエディフィキウム』」


 唱えたのは土魔法。

 作り出すのは沢山の住居。

 生徒達が楽しみにし、【ソーレトルーナの街】へ初めて来るであろうものを迎え入れる場所。

 

「よし♪こんな感じでいいかな♪」


 地面が脈打ち出来上がった建物達の前で、その出来に自慢気に胸を反らす。

 ボクが作ったのは、今日来る青空市の商隊が商いをする場所。

 所謂、壁の無い屋台群だ。


 第3防壁区画から第2防壁へと続く道に、左右対称で沢山の屋台が軒を連ねている。

 その後ろにはついでとばかりに商店兼住居までもを作ってみた。

 これは、いずれ迎え入れるつもりの住民達が使えばいいだろう。

 男性を住まわせるかどうかはまだ悩んでいるけど、第3防壁内だけなら....う~ん。

 せめて夫婦とか?

 それと、商店だけじゃなくて、第3防壁の北西南を農地にして、農家さんとか呼ぶのもいいかもしれない。

 現状は足りない食材は帝都で買って来ているし、宮殿や学校がある第1防壁内の畑の収穫だけで賄えているから問題はない。

 無いんだけど....

 専属でお米とか作ってくれる人は欲しいかも。

 野菜や果物に比べてお米作りは手間隙がかかるからなぁ....


 無事に目的を果たしたボクは、もう一度ユニコーンに会いに行った。

 どうやら他の馬達と同様にボクに懐いてくれたみたいで、嬉しそうに嘶きながら迎え入れてくれる。

 それにしても、真っ白だ。

 こげ茶や黒色の馬が元々居たから、ユニコーンの白さが際立っている。

 同じウマ科?だからか、仲が良さそうで実に良い事だ。

 どこから来たのか、なんでここに居るのかまったくわからないけど、ここを気に入ってくれているならそれでいいか。





















 たっぷりと馬達と遊んで堪能したボクは、寝惚け眼で起き出して来たヘルナ、アガータ、イザベラ、サラの4人と警護団詰め所前で出会い、朝の挨拶を交わす。

 朝の警邏というか巡回に出掛けるところだったみたいで、挨拶したボクの事を、夢の中の登場人物だと思ったみたいだ。

 とりあえず寝惚けたまま巡回に行って怪我をしたら困るので、4人の頭にチョップをお見舞いして目を覚ましておいた。

 『蜃気楼(シムラクルム)の丸薬』の効果もとっくにきれて子供の姿に戻ったボクだと、ジャンプするか《飛翔術》でも使わないと背の高い4人の頭にチョップができない。

 早く成長したいものだ。

 毎日飲んでる牛乳効果はまだない。

 本当に効くのかな?


 目の覚めた4人に帰還を喜ばれ、「朝食はルイーズ達も呼んでみんなで食べよう」と提案した。

 ボクから警護団に誘っておいて、ヘルナ達とはあまり話す機会が無かったにも関わらず、彼女達はボクに心酔?してくれている。

 たぶん、贈った武器や防具のおかげだろう。

 元々冒険者だからか、ヘルナ達が帯びている白銀(ミスリル)製の武器は手入れが行き届いている。

 (スケイル)(アーマー)がちょっと草臥れているから、毎日修練をかかしていないのだろう。

 きっと、ボクが不在の間も師匠が稽古してくれているんだね。

 補修用と交換用に(スケイル)(アーマー)を量産した方がいいかも。

 

 ヘルナ達4人に付き添われ、宮殿まで送ってもらう。

 ボクは断ったんだけど、「主を守るのは、家臣として当然です!!」って押し切られてしまった。

 正式には、ヘルナ達はカイとメルの家臣――ボクにとっては陪臣――だったはずなんだけど....

 ま、どうでもいいか。

 給料払ってるのボクだし。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」


「ご主人、おかえり!!」


 ヘルナ達と宮殿前で別れ玄関へ入ると、さすがはメイドと言わんばかりにフランとアイナが出迎えてくれた。

 馬達と遊んで時間を潰したといっても、まだ朝日が昇り始めた時間なのによくボクが来た事に気付いたものだ。

 その事を2人に聞いてみた。


「アイナが気付いて教えてくれたんです」


「そうなの?」


「ん!」


 どうやらそういう事らしい。

 もしかしたら、アイナにはボク発見器でも付いているんじゃないだろうか?

 いつもと変わらずボクの胸に顔を擦り付けて来るアイナは、もしかしたら尋常ではない何かを持っているのかもしれない。

 ボクにしか働かないんだったら、どうでもいいんだけど。


 フランとアイナに「朝食は警護団のみんなも一緒に取る」と伝え、朝食の用意をお願いした。

 その間にまだ寝ている師匠達を起こす事にしたんだけど.....


「おじゃまします....」


 コソコソと師匠の私室へ忍びこんで、ベットで眠る師匠の顔を見詰める。


 枕の上に流れる金色の髪。

 女性らしい長めの睫毛に閉じられた瞳。

 スッと通った鼻筋に、端整な顔立ち。

 シーツ越しでもわかる、艶美な身体のシルエット。

 あの時と――2人だけで過ごしたあの時と、何一つ変わらない美しさ。

 何よりも、誰よりも美しいボクの師匠は、静かに寝息を立てて眠っている。

 まるで、王子様の目覚めの口付けを待つお姫様の様に。


 いけない事とわかっていても、そうせずにはいられない。

 眠る師匠に顔を近づけ、プクリと膨らんだ唇に口付ける。

 自分が王子様だなんて思っていない。

 ただ、愛しい人にそうしたかったから。

 お姫様なんて呼ぶにはおこがましい程、師匠の美貌は美しい。

 ボクにとってはまるで女神。

 天より舞い降り、ボクが生涯傍に居たいと思った相手。

 ボクは、存在全てをこの女性に捧げる。



 だって、誰よりも愛しているから。



「んっ....」


 どれだけの間、口付け合っていただろうか。

 唇から感じる師匠の体温が、ボクの体温と溶け合うくらい長い時間をかけて、師匠はようやく目を覚ました。

 

 見開かれたサファイアの瞳。

 見ているだけで吸い込まれそうな錯覚を覚える。

 離した唇から温度が下がり、震える手で師匠の頬を優しく撫でる。

 肌理細かやかな肌は、何度も撫でたくなる程にしっとりとしていた。


「おはようございます、師匠」


 最愛の人へ向けて微笑む。

 胸の奥から沸き上がる、この愛情と言う名の濁流を、どうしたら師匠に伝えられるだろうか。

 知って欲しい。

 理解して欲しい。

 そして、抱き締めて欲しい。


 たった....本当にたったの1週間離れただけで、ボクの心は乾いて淀んでしまった。

 ボクは、この人が、師匠が居ないとダメなんだ。

 強がってみても、大人ぶってみても、所詮ボクは12歳の子供。

 この世界へ来ても――うぅん。

 あの忌まわしい大人達から逃げ続けていたボクは、師匠に――ヴァルカンに出会えて救われた。

 ぶっきら棒で、男口調で、だらしがなくて、お酒好きで、どうしようもない人だけど。

 ボクにとってその全てが......愛おしい。

 だから、ずっと――ずっとずっとこうしていたい。


 「お帰り」と言う言葉を遮り、もう一度口付けを交わす。

 舌を挿し入れ絡ませて、逃がさないとばかりに絡ませあった。

 

「んっ!?ハッ....んんっ!!」


 師匠の苦悶が聞こえる。

 だけど、この高ぶった気持ちを抑えられない。

 会えなかった時間を、傍に居られなかった時間を取り戻す様に、ボクは師匠と口付け合った。





















「これ美味しいね♪」


 宮殿の1階にある食堂で、家族みんなと護衛団。

 それに教皇のアブリルや枢機卿のファノメネル。

 先週雇ったばかりのイルゼ、ヒルダ、ナターリエ、サビナの4人のメイド達も加えて、楽しい朝食の時間を過ごしていた。


 あの後、快楽に身を任せてしまったボクと師匠は、ようやく理性が働いてなんとか唇を離す事ができた。

 師匠はまた眠ってしまったから、カルアやエリー、それにエルミアとアーニャを同じ様に起こしたんだけど、みんな終わった後寝てしまったんだよね。

 キスって体力使うのかな?

 ボクは平気なんだけど....


「ご主人!!アーン!!」


「あーん」


 いつもの様にボクの膝の上に座ったアイナ。

 お互いに食べさせ合いっこをしている様を、オレリーお義母様が微笑ましそうに見詰めている。

 みんなボクとアイナのこの姿に慣れてしまったのか、微笑ましそうに慈愛の満ちた瞳で、食事をしながらチラチラ視線を送る。

 

 今朝の献立はかなり気合を入れて作ったみたいで、胡桃や干し葡萄の白パンに、青物の葉野菜サラダや、各種オードブル。

 何より嬉しいのは、オレリーお義母様作のコーンポタージュスープ。

 前に迎賓館でいただいたものだけど、いつかフランと結婚した時に、是非伝えて欲しいものだ。

 そうしたら、フラン作のコーンポタージュスープが食べられるしね。


「カオル!!アイナばっかりずるいぞ!!あ、朝はあんなに激しかったくせに!!」


 食事を続けていた師匠が突然立ち上がり、拳を握ってワナワナ震え始めた。

 激しかったのは認めるけど、アイナとこうして食事をするのはいつものことじゃないかな?

 さては、師匠もあーんをして欲しいんだね?

 して欲しいならして欲しいって、そう言えばいいのに。


「師匠?あーん」


「かおるきゅん!!!!」


 予想は正しかったみたいで、案の定パンを千切って差し出すと、師匠は泣きながらパンに貪りついた。

 ハグハグ言いながら食べるのは可愛い。

 それはいいんだけど、ボクの指を舐め回すのは止めて欲しいよ?

 師匠の涎で指がベチャベチャに....


「ちょっとカオル!!次は私の番よ!!」


 いや、エリーにもするけど待って欲しい。

 とりあえずこの指を拭かないと。


「カオルちゃん♪エリーちゃんの次は、おねぇちゃんが予約するわ♪」


「では、カルア姉様の次は私です」


 だから順番にするから待ってって!!

 先に指を拭かないとベチャベチャなんだって!!


 アイテム箱からハンカチを取り出し指を拭っている間、なぜかエリーとカルアとエルミアが並んで待っていた。

 ふと、この師匠の涎塗れの指を自分で舐め取ろうかなんて思ってしまったボクは、変態なのかもしれない。


「.....フラン?」


「なぁに?お母さん」


「カオル様はいつもこうなの?」


「えっと....たまに、かな?」


 給仕する為に控えていたオレリーお義母様とフラン。

 前まではフランも一緒に食事をしていたのだけど、オレリーお義母様から注意されて、正式に結婚するまで食事を共にできなくなった。

 それでも特別な時――バーベキューとか――は一緒に食事できるからいいんだけどね。

 ちなみにアイナは.....子供だからって理由で許可されている。

 そんな事を言い出したら、食事中にあーんをしているのはどうなんだって話しなんだけど。

 

「そう....フラン。エルミア様の後ろに並んで来なさい。それと、アナスタシアさんも誘うのですよ?」


「えっ!?いいの!?お母さん」


「特別です。いいですか?確かに私達は他の奥様に比べて身分が低いです。ですが、だからこそこういったカオル様のお慈悲をいただける時は、遠慮してはいけません。

 女は度胸!!少しくらいずるく生きなきゃ、伯爵様のご寵愛を独り占めできないからね!!さ、行っておいで!!」


「うん!!」


 オレリーお義母様に発破を掛けられたフランが、チラチラこちらを覗き見て挙動不審のアーニャを誘い、エルミアの後ろに並び始めた。

 全部聞こえていたボクは、居場所なさげに照れながら、オレリーお義母様に微笑みを送る。

 やっぱりここはとても安らぐ。

 みんな本当に善い人だから。


「ファノメネル、放すのにゃ!!私も並んでアーンをしてもらうのにゃ!!」


「いけません猊下!!教皇としての威厳を取り戻すと約束したではありませんか!!」


「それは明日からがんばるのにゃ!!だから、後生だから放して欲しいのにゃーーー!!」


 アブリルとファノメネルは.....放っておこう。

 別に食べさせてあげでもいいんだけど、せっかくファノメネルが頑張っているんだし。

 ネコ化が止まるかは――神のみが知る感じか。





















 和やかな和気藹々とした朝食を終えて、生徒達を迎えに行く。

 今日はルイーゼ達警護団もみんな一緒に行動し、総勢――50人くらいで行商の到着を待った。


「ご当主様?この建物郡はなんでしょうか?」

 

 今朝出来立ての屋台と建物を見据え、家令のメルが質問してくる。

 隣では、ちょっと痩せて頬がこけたカイが、ボーっと虚ろな瞳で書類の束を捲っていた。


「これは今朝造ったんだ。そのうち領民を募集しようかと思ってね」


「....そうですか。では、そのように手配しておきます」


 目も悪くないはずなのにフランと同じ様なメガネを掛けて、メルは自信ありげにメガネの位置を直す。

 カイが溜息を吐いていたけど――大丈夫だよね?

 後で濃縮したハイポーションでも贈っておこう。

 死ぬなカイ!!

 メルとの子供を楽しみにしているよ!!


 暇潰しじゃないけどユニコーンの事を訪ねてみたら、どうやらエルミアの知り合いみたいでエルフの里から追って来たんだそうだ。

 《雷化》の使えるボクならあっという間だけど、馬の脚で――って馬でいいのかな?ユニコーンだけど。

 まぁ、その馬の脚でもかなり距離があるから、さぞ大変だっただろう。


「あれ?そういえば、ルルは?」


「マスター、後ろです」


 朝食の時も独り静かにしていたルルは、どうやら何度も【カムーン王国】に行っていたのが師匠達にばれて、小言を沢山言われたそうだ。

 だからじゃないけど、今日は我が侭言わずに静かにしているんだって。

 

 まぁ、ルルとはいつでも会えるんだし、そもそもルルの本体はこうしてボクの腰に帯びてるからいいか。

 どうせまたこっそり来るんだろうし。


「って、忘れてた。みんなに紹介するよ。おいで、ノワール」


 ユニコーンのせいでまったく存在を忘れてしまっていたノワール。

 昨夜は一番の功労者だったのに、まったくなんてボクはひどいのだろうか。


 ボクの影からのっそり姿を現したノワールは、いつもの黒豹姿でボクの脚に纏わり着く。

 尻尾が物凄い速さで振られているのは、喜んでいるからか、忘れないでと言っているからか.....


「ま、魔獣!?」


「カオルから離れろっ!!」


 エリーと師匠が即座に抜剣抜刀し、順番にボクと手を繋いでいたカルアとエルミアが、慌てた様子でノワールからボクを引き剥がした。

 実戦経験者組の行動の速さはさすがの一言で、ルイーゼ達が手早く生徒達を守る様に陣形を整える。


「みんな身構えないで平気だよ。この子はノワールって言って、ボクの半身なんだ」


 手を繋いでいたカルアとエルミアに、「守ってくれてありがとう」と告げて、「危険は無い」とみんなに言い含める。

 ボクに首元を撫でられたノワールが嬉しそうに「グルグル」と鳴くと、トコトコとやって来たアイナがガバッとノワールに抱き付いた。


「モフモフ.....」


 ブルータス、おまえもか。


 じゃなくて、本当にアイナはエメ王女に似ているね。

 ノワールに物怖じしないところもそうだし、ボクの胸に顔を擦り付けたり膝の上に乗ったり。

 

 アイナの行動のおかげで、ノワールに危険が無い事が伝わり、今やノワールはアイドル的な存在になってしまった。

 生徒達が物珍しそうに群がり、頭に首に胴体に尻尾にと、無数の触手()が伸びてモフモフされている。


 どうでもいいけど、ノワールよ。

 ボクがあげた鶏肉(ごはん)を食べながら撫でられる気持ちはどんな感じなんだい?

 さぞや食べ辛い事だろう。


「カオル、半身というのはどういう意味だ?アレは、カオルなのか?」 


「そうよ!!説明しなさいよね!!」


「もしもあのモフモフちゃんがカオルちゃんだったら....おねぇちゃん、獣か――」


「カルア姉様。あの獣は雌みたいですよ」


 えっと、カルアはなんて言おうとしたんだろう?

 『獣か』ってなに?

 ボクの《雷化》みたいなもの?

 ボクも黒豹に変身するのかな?

 それはそれで面白そうだけど。


「ん~....ちょっと説明が難しいから、わからなかったら聞き流してください。まず、ノワールは人工生命体なんです。

 人形君達は、ボクの擬似人格を複製して作ったという事は以前話した通りですけど、ノワールは生命体なので人形君達とは根本的に違います。

 だから、ボクの魂の半分を使って作ったんです。えっと、魂というのは一人一人量が決まっていて――」


 なるべくわかりやすいように砕いて話したんだけど、やっぱり師匠達には理解できなかった。

 『使い魔』が今日まで存在していない理由も、使う素材(アイテム)の希少性と複雑高度な魔法故なのだから。


「では、あのノワールという獣は、カオルであってカオルではないのか」


「わけわかんないわね」


「おねぇちゃんはやっぱり、こっちのカオルちゃんが良いわ~♪」


「カルア姉様に同意します」


 大きな胸を押し付けてくるカルアに、ボクの髪を愛おしそうに撫でるエルミア。

 師匠とエリーは頭を押さえ、知恵熱でも出たかの様に頭から湯気を出していた。


 それからしばらくして、念願の行商がやって来て、そちらに生徒達が殺到する。

 事前にオレリーお義母様にお願いして、1人あたり銀貨2枚をお小遣いとして配ってあるから、必要な物は買えるだろう。

 それよりも、行商と一緒にやって来た御用商人のジャンニさんとロランさんだ。

 これまた大量の書類を木箱に入れて、メルとカイに手渡していたんだけど、本当にカイは大丈夫だろうか?

 忙殺されて過労死だけは気を付けて欲しい。


「香月伯爵様!!」


 ボクの下へ急ぎ足でやって来たジャンニさん。

 聞けば、以前ボクが考案したシャンプーやリンスが帝都で大々ヒットしていて、商業ギルド内での株も上がり、近々ロランさんのお店と合併して商店を建て替えるそうだ。


「なんとお礼を申し上げたら良いのか.....長年燻っていた私がロランと仲直りできたのも、ここまで大成できたのも、ひとえに香月伯爵様のおかげでございます」


「いえ、全てはジャンニさんが腐らず堅実に商いをしていればこそでしょう。おめでとうございます。これからも良いお付き合いをお願いしますね?」


「もちろんでございます!!」


 以前はどこか影の差した表情だったジャンニさんも、今は晴れ晴れとした表情を浮かべている。

 近くでは叔父であるロランさんと姪のアーニャが世間話をしていて、ほのぼのしていた。


 丁度良い機会なので、【カムーン王国】で商いをしているオルブライト商会を御用商にしたい旨を伝える。

 ジャンニさんは二つ返事で了承してくれて、「ぜひ一度会談を!!」と懇願されてしまった。

 なんでも、他国であるし扱っている商品が別物なので、ジャンニさん的には問題無いそうだ。

 ロランさんも合流して、「オルブライトさんの食堂の制服はぜひ私に!!」なんて商売人魂を見せてくれた。


「香月伯爵様と知り合えた事は、私にとって転機でございました」


「そうだな....ロランとこうして共に店を構えられるなんて、思ってもいなかった」


 2人だけの世界を作り出し、見詰め合うおじさん2人。

 ボクはもうこの場に居る事もできなくなり、目を背けながら師匠達を連れて生徒達の下へ向かった。


 ジャンニさんの手配で、行商として来てくれた商人達は、全て女性である。

 それは、当然ボクがお願いした事であり、生徒達の事を思ってした事。

 ここへ来るきっかけとなった人攫いの事件で、普段は身に起きた凄惨な出来事をおくびにも出さない生徒達だけど、ボク以外の男性の前ではやはりどこか距離をとっていたらしい。

 ボクはメルからの報告で、カイが近づくと生徒達がどこか緊張するような様子を見せる事を聞いていた。

 たぶん、住処を襲われた時に、家族や友人知人の類を、男性に傷付けられたのではないかと思う。

 ボクには傷を抉る様でとても聞けないけれど、こうして彼女達に少しでも何かができるなら....手を差し伸べたいと思う。


「あれ?オレリーお義母様。それはなんですか?」


 屋台に荷物を運び込み、並べ始めた行商達。

 生徒達も後を付いて回り、お手伝いをしながら何か質問を繰り返している。

 そんな中、オレリーお義母様とメイドのイルゼ達が、商人の女性――って見覚えあるな。

 ああ、ロランさんのお店で働いていた従業員の人か。

 その人からなにやらパンパンに詰まって膨らんだ袋を渡して貰っていた。


「あら、カオル様」


「こ、香月伯爵様!?こ、これは、と、当店の針子が縫製の時に余った端切れの布です!!」


 前に握手を求められた時も感じたけど、なんでボクに緊張するのだろうか。

 伯爵という地位?

 それとも、男なのに女性用の服を着ているから?

 後者ならここにいる師匠を問い詰めていただきたい!!


 国会答弁風になってしまったボクに対して、オレリーお義母様が答えてくれた。


「アナスタシアさんからの提案で、縫製の授業に使うんです。今はエプロンなどを作っているんですよ」


 なるほど、パッチワークという訳か。

 そういえばボクも前に作ったね。

 今は死蔵しているけれど。


 だけど、ロランさんのお店の服は、帝都でもかなり高価な代物だからエプロンに使うのはもったいないね。

 他に何か有効活用できないものか。


「ああ、それならコースターなんて作るといいかもしれませんね」


「コースター、ですか?」


「そうです。コップとかを置くのに使うんですよ。そうだ!!刺繍で店名を入れて、食堂で使うといいかもしれません。

 夏は、良く冷えたエールなどを飲まれる方も多いでしょう?結露した水滴でテーブルが汚れるのを防げますし、何よりおしゃれです。

 帝都ならばボクの知り合いの――レジーナの居る食堂で試してみるといいでしょう」


 ボクの思い付きで始まったコースターだけど、こっそり聞いていたジャンニさんとロランさんの作戦により、しばらくしてから実行される事になった。

 評判は上々で、特に女性達に受ける事になるのだけど、まさか派生して貴族達の間で受けに受けて【ソーレトルーナ】製の裏に(エーデル)(ワイス)を刺繍した代物が高額で買い求められるのはもう少し後の話し。





















 昼食を挟み初の試みである移動販売は、生徒達に大盛況のまま幕を閉じた。

 今回気付いた事は、生徒達に必要な生活用品が足りていなかったという事。

 消耗品の類は仕方がないが、主に身嗜み関係に梃入れが必要みたいだ。


「縫製の授業をしていますから、将来的には自分達で作れると思います」


「ん~....アーニャの言う通りなんだけど、金とか銀細工の髪飾りとかブローチとかは難しいよね?」


「カオル様。そういった高価な物は、普通の平民は特別な時以外買うことなどできないのですよ?」


「オレリーお義母様。ボクは、彼女達に見る目を養って欲しいんです。立派な淑女として育てると宣言したからには、せめて物の良し悪しを見極めるくらいはできるようになって欲しいと思います」


 夕方。

 既にジャンニさんとロランさんにより行商達も帰った後で、談話室に集まったボクとアーニャとオレリーお義母様。

 それに家族のみんなとメイド達で、これからの生徒達の教育方針を話し合っていた。

 ちなみに、行商の女性達は流れの人も含めて全て商業ギルドの関係者で、「是非ここへ移住して商いをしたい!!」と申し入れをされている。

 他領に比べて領民の数が非常に少ないのだけれど、「それなら畑を耕しながらでも!!」と、ある意味懇願までされてしまった。

 ボク的には願っても無い申し入れなんだけど、それだと体力的にきついだろう。

 やっぱり、大々的に領民を募集すべきなのだろうか。

 だけど、そうなると男性も受け入れなきゃいけなくなるだろうし、ボクにとってはジレンマだ。


「カオル様の考えはとても崇高なもので、素晴らしいと思います。ですが、まずは物事を明確にすべきではないでしょうか?」


「どういう意味ですか?」


「立派な淑女というのは、見る人の視点により見方がかわるものです。たとえば、カオル様の奥様方は、皆様カオル様のおっしゃる通り立派な淑女でいらっしゃいます。

 ですけれど、人には長所と短所というものがございます。

 家事や縫製、農作業が得意な方も居れば、男勝りに武芸に優れる方もいらっしゃいます」


「....それは、私を貶しているのか?」


「滅相もございません。私が言いたい事は、人にはそれぞれ個性というものがあるという事です。

 そこで、どうでしょうか?まずは個性を伸ばしながら観察眼を養うというのは?」

 

 なるほど、オレリーお義母様の言う通りだ。

 

「カオル様。子供達の事は、私とオレリーさんに任せて下さい。必ずカオル様のご期待に沿える立派な淑女に育ててみせます!!」


 車椅子に座りながら、握り拳を作ったアーニャが、オレリーお義母様と頷き合いそう宣言した。

 ここまで言ってくれるなら、ボクは2人に任せよう。

 ボクの願いはただ1つ。

 あの生徒達が幸せになる事、それだけなのだから。


「話は纏まったな。それで、カオルはどうなんだ?学校では色々あったんだろ?」


「はい。大変でした....」


 ここ一週間の出来事を、ボクはみんなに話した。

 毎日通信用の魔導具で報告しているとは言え、それは師匠達家族にだけであって、オレリーお義母様やアブリル達には伝えていないのだから。


「やっぱり、カオルの変装はダメダメにゃ」


「ああ...私の楓ちゃんが.....」


「ファノメネル様?カオルちゃんはおねぇちゃんのものですよ?」


「えっ!?も、もちろんわかっています....」


「私のカオルを年増には渡さんぞ!!」


「そうよ!!カオルは私のものなんだからね!!」


「と、年増ッ!?」


 見た目は師匠やカルアとまったく同じファノメネルだけど、やっぱり大台40歳手前の39歳という年齢は残酷なもののようだ。

 せっかくここへ来て美容術のおかげで若々しくなったというのに、師匠に「年増」呼ばわりされてガックリと肩を落としてしまった。

 なんだか哀愁漂うその姿に、見た目の若々しさは微塵にも感じられない。

 


「ニャハハ!!ファノメネルは年増にゃ!!」


「猊下だって私と5つしか違わないでしょう!?」


「にゃ、にゃんだその言い方!!それじゃ、私も年増だって事なのかにゃ!?」


「当然だろう?34歳」


「うにゃーーー!!!!」


 本当に騒がしい人達だ。

 年齢なんて、年を重ねただけで意味なんて無いのに。

 だいたい老練という言葉がある通り、経験を積み重ねると同時に年齢を重ねる事で、人は自分の力を昇華させているのにね。


「ご主人様。夕食後のデザートにアップルパイを焼いたんです」


「アイナも手伝った!!」


「それは楽しみだね♪2人が作るお菓子は、とっても美味しいから♪」


 アブリルとファノメネルの暴走なんてものともせずに、フランとアイナが紅茶のおかわりを淹れながら、歓談の輪に加わってくる。

 少しはこの2人を見習って欲しいと思いつつ、そろそろエルミアに釘を刺しておこう。


「エルミア」


 ボクの真後ろを陣取り黒髪を撫で回していたエルミア。

 時折顔が近づいていたから、もしかしたらまた髪を舐めていたのかもしれない。


「.....そろそろ止めておこうか?みんなの前だし」


「.....はい」


 チラリと視線を送り、エルミアの顔を覗き見る。

 物凄く残念そうな顔をしたエルミアは、やっぱり『残念美人』へと変わってしまったみたいだ。


 夕食の時間まで自室隣の研究室へ篭る。

 理由は、枯れ木のごとく疲れ果てていたカイの為にハイポーションを作り、ついでにルイーゼ達警護団員の為に予備の(スケイル)(アーマー)と補修用の部材(パーツ)を量産するため。

 ポーションの素材はたいした物でもないし、『光苔』は放っておいても生えてくるから問題ないけど、ワイバーンの素材はこれで尽きてしまった。

 【アベール古戦場】近くの山脈にワイバーンの住処があったから、そこで調達するか違う素材で防具を作るか検討しなきゃいけないかもしれない。

 まぁそれでもしばらくは問題ないと思うし、優先順位は低いだろう。

 

 やっぱり宮殿(ここ)は落ち着くなぁ。

 心許せる家族みんなが居るって素敵な事だ。


 けれど、ボクはまだ何も達成していない。

 なぜボクが家族の下を離れ【カムーン王国】へ行ったのか。

 それは、心の強さを手に入れる為。

 悪しき者から大切な者を守る為。

 その為の機会はあった。

 成長するための機会が。

 だけど――ボクにはできなかった。

 無残にも殺された彼女達。

 ボクは、仇を取ってあげることすらできない。

 人を殺す事が、ボクにはできない。


 偽善者なんだってわかってる。


 魔物へと姿を変えた吸血鬼(ヴァンパイア)従者(サーヴィター)を、ボクはこの手で葬った。

 それは事実で、ボクは人殺しだ。

 そして、魔物達だって人であったもう1つの可能性。

 ボク達人の目線から見れば、魔物は害悪で異形の怪物だ。

 だけど、ボクが魔物だとしたら....人は異形の化物。

 そんな事を考える事自体、現実逃避なのかもしれない。


 でも、考えずにはいられない。

 

 ボクは沢山の――本当に沢山の魔物を倒してきた。

 それはこれからも変わらないだろう。

 それなのに、ボクは同じ形をした人を殺せないでいる。

 同胞を虐げ、自らの欲求を満たすために蹂躙したゴミ達を、ボクは殺せない。



 .....弱い。


 ボクは弱い。



 英雄と持て囃され、家族を守るなんて言っていても、ボクは弱くて醜い子供だ。

 このままでは、ずっと変われない。

 前へ、1歩前へ踏み出す勇気が、ボクには――


(勇気....か.....)


 不意に聞こえた声に、ボクは慌てて顔を上げた。

 気付かぬうちに流していた涙を袖で拭い、周囲を見回しても異常はない。

 今はポーションや防具を作る為に、1人研究室に篭って居るのだから当然――なんだけど、確かに聞こえた。

 アレはいったい....


(何を慌ててんだ?俺はここだここ)


 また聞こえた!?

 いったいどこから聞こえるのだろう?


 もう一度声の発生源に耳を澄ます。

 だけど、脳内に響くこの声は、どこから聞こえているのかわからない。

 やや視界を逡巡して、ボクはようやく異変に気が付いた。


「魔宝石?」


 風竜に贈られた銀の腕輪。

 そこに填められた青い魔宝石が明滅している。

 いったいなぜ?と思う間もなく《アイテム箱》が突然開き、それは姿を現した。

 

 禍々しい黒刃の片手剣。

 剣芯に奔る黄金の羅列が、その剣が只者では無いと確信させる。

 作り込まれた造形。

 鍔無しの剣。

 それは大切な家族――今は遠い風竜が、ボクに贈ってくれた1本の剣。


(やっと話せたな!!俺はカラドボルグ!!雷剣カラドボルグだぜ!!)


 突然現れたカラドボルグ。

 ルルと同じ様に話せる事にも驚きつつ、カラドボルグの自我の強さに、ボクはただただ啞然とするのだった。


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