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第二百三十六話 我欲のままに


 無事に《使い魔生成》が成功し、ウンディーネに吹き飛ばされてようやく戻って来たシフルと共に、リングウェウお義父様とアグラリアンお義母様が待つ屋敷へと戻って来た。

 シルフとウンディーネも交えて和やかな談笑をしつつ昼食を食べ、食後のデザート時にボクの影からノワールを出してみんなに披露した。

 

「「「.....」」」


 ウンディーネはもうノワールと仲良くなったから問題無いけど、3人の啞然振りがとても面白い。

 当のノワールはボクの従者の様に足下に控え、たまに欠伸をして緊張感を解している。

 ボクが「新しい友達です♪」と紹介すると、固まって時を止めていたシルフ達はようやく動き出し、ノワールに近づいて撫で始めた。

 

「「おおお」」


 シルフとリングウェウお義父様の感動の雄叫び。

 アグラリアンお義母様はノワールを気に入ったみたいで、1度撫でて危険が無いと判断しおもむろに抱き付いていた。


「なんて可愛らしい子なんでしょう♪」


「グルル」


 ノワールも嫌じゃないみたいだ。

 尻尾は物凄いブンブン振られていて、たまにボクにビシバシ当たってくる。

 痛くはないけど、気分的にちょっと嫌だ。


「本当に婿殿には驚かされてばかりだな」


「カオル君は普通じゃないからね~」


 リングウェウお義父様は良いとして、シルフはやっぱりシルフだった。

 アイテムのお礼を言おうかと思っていたけど、言うつもりもなくなる。

 なんか増長しそうだし。


 その後は、エルフの里の開墾作業を見て回り、エルフの民と軽く談笑を続ける。

 蛇神(ラハム)がなぎ倒した木々の解体は終わっていて、気の根を掘り返す作業や既に平地となっている畑を耕す作業が始まっていた。

 手伝いを申し出たらやんわり断られた。

 なんでも、「婿殿に頼りすぎると後進が育たない」だそうだ。

 なんだかんだ言ってリングウェウお義父様は王様なんだもんね。

 素晴らしい考えだと思う。

 本当にボクは子供だなぁ....


 開墾作業の続く畑の近くに、小さな祠が建てられていた。

 なんでもボクとの戦闘の後に光の粒子と成って姿を消した蛇神(ラハム)を祀っているらしい。

 シルフの発案でそうしたらしいけど――良い事だと思う。

 蛇神(ラハム)には呪いを掛けられたりして思うところはあるけど、元々は神なんだものね。

 それに――数千年前に行われた神々の戦い。

 心善き神々と堕落した神々。

 高度に発達した魔法文明により人々は滅びに向かったって言うけど....

 どうもそれだけじゃない気がするんだよね。

 もしかしたらボクの使命に関係があるものなのかも.....

 『真実の鏡』の事もわからないままだし、もう一度ウェヌスに会えれば解決すると思うんだけどな。












「ではな、婿殿」


「またいつでも帰って来てくださいね?」


「カオル君!!お土産期待してるからね!!」


 目的も達した帰り際。

 アグラリアンお義母様の一言はとても嬉しかったけど、シルフはいつかとっちめてやろう。

 何が『お土産』なんだか....

 海魚が食べたいだけだろうに。


「....はい。また帰って来ます。だから....行って来ます!!」


 ここは――エルフの里はボクにとって、【ソーレトルーナの街】と同じ第二の故郷なんだ。

 だから、『行って来ます』。


 《雷化》の魔法を使い、一瞬で【カムーン王国】の王城へ辿り着く。

 着地と同時に発生した雷撃音に、城門前に居た人達が驚きの声をあげた。


 こればっかりは仕方がないよね。

 防ぐ方法としたら――そうか、離宮に降りればいいのか。

 あそこなら庭園の前だし、庭師くらいしか人は居ないはずだ。

 うんうん。

 今度からはそうしよう。

 王都の近くの森なんかだと、かなり遠いしね。


 師匠から贈られた外套を纏い、フードを目深に被ったボクはかなり怪しい人だろう。

 城門を守る衛兵さん達に顔を見せて、にこやかに笑顔を見せる。

 何度も顔を会わせているからすぐにボクだとわかったみたいで、見事な敬礼で迎えてくれた。

 まだ、空に西日は差していない。

 予定よりも早く帰ってきたから、エメ王女にノワールでも紹介しようかな?

 っと、その前に離宮の様子でも見てこよう。

 エリーシャ女王様からは、「改修工事に着手しているわよぉ~♪」なんて言われたけど、たった1日や2日でどうこうできる様な工事じゃないはずだしね。


 城内を抜けて庭園へ。

 

 来たのは2度目だけど、やっぱり隅々まで手入れがされていて気持ち良い場所。

 なによりもこの空気。

 王城を抜けた先には城下町とも言うべき王都の街並みが広がっているにも関わらず、この場所は得てして隔離されているかのようにしんと静まり返っている。

 呼吸をすれば草花の良い香りが口や鼻を通って肺に充満し、気の抜けた溜息がついつい零れてしまう。

 こんなに素敵な場所があったのなら、もっと早くに来るべきだった。

 それくらい、この場所は空気が澄んでいて居心地が良い。

 

 と、そこへ見覚えのある人物を見つけた。


 色とりどりの花々が咲く花壇の一画で、芝生の上を駆け回る2人の少女。

 長い金色の髪を靡かせて、追い駆けっこに興じている。

 無邪気に笑う少女達は、赤と白のドレスで着飾って、お互いに作ったであろう花冠(ハクレイ)を頭に冠していた。

 遠目でわかるその顔。

 まさに瓜二つを言える。

 幻想的な映画の一幕でも見ているような心境で、ボクはつい2人の姿に見惚れてしまった。


「主様~!!」

 

 少女がボクに気付き、大声で声を掛けた。

 もう1人の少女もボクの姿を見付けて、急ぎ足で駆け寄ってくる。


「....おかえり」


 ポフッとボクに抱き付き、いつもの様に胸は顔を擦り付ける。

 ボクは頭を撫でて身体を支え、「ただいま」と口にした。


「主様!!お戻りになられたのですね♪」


「え?あ、うん。ついさっきね」


 ついどもってしまった。

 あまりにもティル王女とエメ王女の姿が綺麗過ぎて、惚けてしまったのが恥ずかしい。

 2人は、2人だけの時はあんな笑顔で笑うんだ。

 

 見た事が無い2人の以外な一面に、ボクは胸の鼓動を速める。

 抱き付いているエメ王女にはバレバレだろうから、無性に恥ずかしさが込み上げてしまう。


 なんで突然こんな感情に.....

 もしかしたら、ボクは案外惚れっぽいのではないだろうか?


「あ、あの...主様?ど、どうでしょうか?エメと2人で作ったのですけど...」


 大き目の白やピンクの花を使った花冠(ハクレイ)を、ボクに見せて恥ずかしそうに照れるティル王女。

 いつものボクに迫って「主様」を連呼する我侭差加減は微塵も感じられない。

 今のティル王女は、とてもお淑やかで奥ゆかしさを感じる素敵な淑女(レディ)だ。


「とっても....綺麗だよ....」 


 本当にボクはどうしてしまったの?

 強いドキドキがおさまらない。

 褒められて嬉しそうなティル王女とエメ王女が、なぜかとても愛おしく感じる。

 『媚薬』でも盛られたんじゃないだろうか?


 そうじゃない....


 今の2人は、いつも見せない姿をボクに見せたから、ギャップでそう感じているんだ。

 そうじゃないとおかしいよ....

 まさか、ギャップ萌えってヤツ?

 これが計画的犯行だとしたら....2人は相当策士だよ!?


 2人に案内されて離宮へと赴く。

 近くに控えていたメイドさん達も後に着いて来て、改修途中の離宮を見上げた。

 真っ白な塀や外壁や屋根はそのままの状態。

 特に足場を組んでという事もなく、改修する必要は無い様だ。

 玄関脇に積み上げられた室内の装飾品の数々。

 ボロボロに朽ち果て煤や埃のこびり付いたそれらは、元々室内に取り付けられていた物だろう。

 何より、引き剥がされた元は真っ赤な絨毯が無造作に投げ捨てられていた。


「なんか....思ったよりも大規模なんだね?」


 門前で警戒する衛兵さん達の邪魔にならない様に脇に逸れて、ボクはティル王女とエメ王女に話しかける。

 ティル王女は「そうですね」と相槌を打ちながら、「改修が終わったら、竣工式をしましょう♪」と提案してきた。

 

 竣工式って、新しく建物を建てた時にするんじゃないの?

 これはある意味リフォームだから、ちょっと違う気がするんだけど....

 まぁ、いいのか。

 長い間リッチのせいで使う事ができなかった建物だしね。

 派手に――は遠慮したいけど、みんなでワイワイ騒ぐのは嫌いじゃないよ。


 ひと通り改修作業を眺め、庭園へと戻る。

 2人にノワールを紹介すると、とても驚き、次の瞬間にはエメ王女がノワールに抱き付いていた。


「え、エメ!?」

 

 あまりの行動にティル王女が叫ぶ。

 エメ王女は安全も確認する事なくノワールの首筋や顎を何度も撫でて、モフモフし続けた。


 ノワールも――全然嫌そうじゃない。

 というか、何かシンパシーでも感じているのか、安心して身を委ねている。

 誇り高い黒豹(ブラックパンサー)がそれで良いのか?

 まぁ、元々ノワールはスライムだし、姿なんて偽りだけどさ。


 エメ王女の姿で危険がないと判断したティル王女が、おずおずとノワールに触れる。

 ノワールは目を閉じてティル王女を受け入れ、王女2人の大モフモフ大会が開催された。


「はぁ....素晴らしい毛並みです....」


「モフモフモフモフ」


 ノワールの触り心地にウットリするティル王女。

 エメ王女は一心不乱に「モフモフ」言いながらノワールの毛並みを堪能していた。


 もしかして....王女だから今まで動物とか身近に居なかったのかな?

 ボクもあまり魔獣以外の獣って見た事ないけど....

 ああ、以前にギルド前で猟犬は見た事あるな。

 それも犬耳族の男の人が連れてて「同族?」なんて失礼にも思ったっけ。

 

 場所を王城内へと移し、まだブレンダさんが帰還していないとの事だったので、3人とメイドさん達を引き連れて談話室へ。

 ティル王女とエメ王女はノワールを大変気に入り、ボクの影に戻す事無くそのまま連れ歩いた。

 当然、すれ違う人達は驚愕の表情を浮かべ、何人かの貴族は素っ頓狂な声を上げて走り去ったりした。

 もっとも、他ならぬティル王女とエメ王女だから別に問題にはならないだろう。

 むしろ、ボク1人でも何か言われるような事は無いと思う。

 なにせ、あらゆる意味でボクの存在は広まってしまっているからね。


「エメ王女?ノワールは、フィナンシェなんて食べないと思うよ?」


 お茶請けに出された焼き菓子をノワールに与えようとするエメ王女。

 人工生命体のノワールは、確か雑食だと本には書かれていたけど、さすがにお菓子を食べさせるわけには....


「(パクッ)」


 食べたー!?

 食べちゃったよこの子!?

 本当に雑食なの!?

 あとでお腹痛いって言っても知らないからね!?

 焼き菓子なんて、ほとんどバターで作るから油が多いのに....


「(ニコ)」

 

「....食べるみたいだね」


 ああもう!!

 ノワールがお菓子なんて食べるから、エメ王女が調子に乗ってどんどんお菓子を与え始めちゃったじゃん!!

 夕食を食べられなくなっても知らないからね!!


「あ、あの主様?」


 エメ王女にだけ構っていたからティル王女を放置してしまっていた。

 笑顔でノワールと戯れるエメ王女は一先ず置いておいて、ティル王女は何の用だろうか?


「ごめん、どうしたの?」


「その....私もノワール?が欲しいです.....」


 まぁ....そう思うだろうね。

 なんたって使い魔だし、護衛もできるから便利だよね。

 ボクも欲しくてシルフに無理言って材料集めてもらった訳だし。

 だけど.....


「無理かなぁ....」


 なんたって材料が材料だもんね。

 世界樹の新芽なんて、蛇神(ラハム)の影響で今まで手に入れられなかったもん。

 ボクが蛇神(ラハム)を倒したからようやく手に入れられるようになった訳で....

 貴重な品を寄越せって言ったボクもボクだけど、それをくれるシルフもシルフだよね。

 昔の人は、よく使い魔なんて作れたもんだよ。

 シルフが蛇神(ラハム)を押さえつけている間に、こっそり持ち去ったりでもしたんだろうか?

 商売根性凄まじいと言うべきかなんと言うか....


「そう...ですか....」


「ごめんね。材料が本当に特殊なんだ。それに、もう手に入らないような物を使っているから....」


「い、いえ!!良いのです!!無理を言って申し訳ありません!!」


 なんだか、今日は随分しおらしいなぁ....

 ティル王女は何かあったのかね?

 それともイメージチェンジとか?

 そんな事をする出来事なんかあったかなぁ...


 空気を読んだノワールのおかげで、ティル王女を交えて終始モフモフ祭りを開催して事なきを得た。

 なんというか、飼い主の自分が言うのもなんだけど、ノワールは良くできた子だ。

 人形君もそうだけど、ボクの半身達はかなり優秀だなぁ...


 しばらくノワールをモフモフしていると、出先から帰ってきたブレンダさんと公務を終えたエリーシャ女王様がやって来た。

 そこでももちろん、ノワールが大人気と成り、驚きから一変して和やかな雰囲気に包まれる。

 やはりみんな毛並みの良さに感動を覚え、駄々っ子エリーシャ女王様から「欲しい欲しい」と何度も迫られる結果となった。

 本当に、母娘(おやこ)揃って似た者同士なんだから。


「....ブレンダさん?どうかしたんですか?なんていうか、思い詰めた表情をしていますけど」


 この部屋へやって来てからずっと気になっていたのだ。

 いつもは快活というか飄々としている事が多いブレンダさんが、口数も少なくいつもより紅茶を飲むペースが速い。

 朝もエリーシャ女王様が何か隠していたみたいだし、ボクはあくまで受けの姿勢を貫くつもりだけど....

 

「....うむ。少し...の」


 お茶を濁すブレンダさん。

 その後も歯切れの悪い物言いが多く、笑顔を貼り付けたエリーシャ女王様もなんとなく心ここにあらずといった感じ。

 こうあからさまに何か隠されると、気になってしまう。

 知りすぎるのはよくないっていう事は理解しているけど、ボクにできる事なら力になりたい。

 だって、エリーシャ女王様やブレンダさんには色々お世話になりっぱなしだし。


「カオルちゃ~ん?」


「え?あ、なんでしょうか?」


「兵士ちゃん達はぁ~♪いつでも準備できてるわよぉ~♪」


 アレか。

 そうだね。

 セシリアの為にも、ゴミを片付けに行かないとね。


「わかりました。支度してきますね」


 そう言い椅子から立ち上がり、ボクは自分の部屋へ向かった。

 ティル王女とエメ王女に構っていてもらったノワールも着いて来て、2人は寂しそうに「あっ!?」と声を上げる。

 ちょっと申し訳ないけど、ノワールはボクの護衛だからね。

 ボクが命令しない限り、ボクに付き従うのは当然だ。

 使い魔ってそういう者だし。


 部屋へ戻り室内へ。

 フェリスとエイネさんはまだ戻って来ていないみたいで、誰も居なかった。

 ボクはさっそく支度をするべくアイテム箱から小瓶を2つと服を取り出す。

 それは、『蜃気楼(シムラクルム)の丸薬』と『毛髪(レクトゥス)の丸薬』。

 丸薬を2つ飲み込んで、イメージするのは大人の姿。

 そして、敬愛する師匠の髪色。


 金よりも尚美しい、日の光を浴びると琥珀のような光沢を放つ金色(ブロンド)の髪。

 ボクがこの世界へ来て師匠と初めて出会った時、その姿があまりにも美しくて女神だとさえ思った。

 口を開いたら『残念美人』のおっさんだったけど。

 だけど、こうして離れてみるとわかる。

 アレも一種の個性で、愛おしささえ感じる。

 頭ではわかってるけど、ボクはやっぱり師匠が大好きだ。


 淡い光に包まれて、やがて姿を現したのはイメージ通りの男性的な青年。

 髪色も想像通り金色で、師匠より長いけどそこは仕方がない。

 用意していた衣服に着替える。

 それは、アーニャが作った黒い騎士服。

 絹製で肌触りが良く、黒い布地に襟や袖口が金糸で縁取られたカッコイイ物。

 ズボンも黒だけど、シャツは白だし、騎士服にもアーニャに金の刺繍を入れてもらったからちょっと豪華だ。

 大人用だから普段は着れないけど、かなり気に入っている。

 まぁ、《魔装 騎士(エクウェス)》で同じ白い騎士服があるからいいんだけどね。


 無事に着付けも済んだら、もう1つ。

 アイテム箱から『桜花』を取り出し、紅漆(あかうるし)打刀(うちがたな)(こしら)えの(さや)から刀を引き抜き、柄から目釘を抜いて刀身を露にする。

 そこへ、用意しておいた柄巻が黒い柄糸で結われた柄を付け直し、黒漆(くろうるし)石目(いしもくめ)塗り打刀拵えの鞘へ仕舞った。

 (かしら)(つば)(こじり)には、銀の地金(じがね)で細工がされて、実に落ち着きのある代物。

 【カムーン王国】へ来る前に作ったものだけど、今までの刀とは決定的に違う物がある。

 それは、『喰出鍔(はみだしつば)』。

 簡単に言えば小さな鍔だけど、柄や鞘の周縁から少しだけはみ出す程度の鍔の事。

 実はちょっと憧れてた。

 時代劇なんかだと、上杉謙信が持っていたりするんだよね。

 『姫鶴一文字』なんて銘があったはずだけど、あれは太刀だから打刀の『桜花』とは長さも反りも何もかもが全然違うけど。

 でも、こうして見ると一本の黒い刀みたいでカッコイイよね。

 紅鞘の『桜花』が華やかというか、派手と表現するなら、今は....地味?

 いやいや、シックなんだよ。

 うんうん、きっとそう。

 

 姿見で帯刀した姿を一瞥し、ノワールの前でクルリとターンを決める。

 「似合う?」なんて言ってみたら、ノワールが飛び着いてきて顔中舐められた。


 ....似合うという意味だろうか?

 今更だけど、ノワールは(メス)だったんだね....

 人工生命体だから、どうでもいいっちゃいいんだけど。

 最近言葉使いが乱暴になってきたなぁ...

 知り合いが増えたからだろうけど、気を付けなきゃ。


 脱いだお気に入りの白いポンチョを丁寧に畳んで、紅鞘と柄をアイテム箱に仕舞う。

 ついでに《浄化》の魔法を掛けておけば、洗濯しなくてもまた使えるね。


 支度も完了し、エリーシャ女王様達の下へと戻る。

 ボクのこの姿は初めて見るだろうし、みんなビックリするだろうなぁ。

 そして、予想通りの結果となった。

 談話室に足を踏み入れたボクを、みんなは目を剥いて驚き凝視した。

 フェイさんも来ていてみんな勢ぞろい。

 傍にノワールが居なかったら、ボクだって気付かなかったかもしれない。

 

「カオルちゃんカッコイイわぁ~♪」


「あ、主様素敵です!!!」


「こりゃ....たまげたの.....」


「え!?か、カオルさんなんですか!?」


「.....」


 三者三様の驚き様で、エメ王女は匂いでボクとすぐ気付き、ボクの胸へ盛大にダイブする。

 慌てて抱き留め身体を支えると、いつもの様に顔を擦りつけてマーキングを繰り返した。

 何度も思うけど、本当にアイナソックリだ。

 可愛すぎてお持ち帰り――いやいやまてまて。

 持ち帰りしてどうするつもりだ?

 婚約者にでもするつもり?

 ボクにはもう大切な人が居るんだから、そういう不誠実な真似をしちゃいけないよね。

 一緒に寝てて今更な気もするけど。


「えっと、この姿は一種の変装です。以前、子供――って、元々子供なんですけど。もっと小さい子供の姿を帝国でお見せしたと思います。

 これはその逆ですね。ボクの本意ではないですけど、ボクの存在は有名になってしまったので、気軽に出掛けられるようにしている訳です。

 みなさんも、この姿は秘密にしてくださいね?」


 釘を刺すつもりはないけど、説明しながらお願いしておいた。

 何のための変装なのかわからなくなっちゃうし。

 

「わかったわぁ~♪でもぉ~♪本当にカオルちゃんはカッコイイわぁ~♪ときめいちゃう~♪」


「お、お母様!?主様は渡しませんよ!!」


 ....いつボクがティル王女のものになったのさ。

 それにエリーシャ女王様も冗談がきついよ。

 なにが『ときめいちゃう~♪』なんだか....


「ふむ...しかし、見れば見る程男前じゃの....年甲斐もなくワシも高揚したの....」


 はい?

 年甲斐もなくって....

 ブレンダさんは、見た目若々しいじゃないですか。

 ホビットだからだろうけど、普段の子供の姿のボクとたいして変わらないくせに。


「.....どうしたんですか?フェイさん?」


 エメ王女を抱き抱えるボクの事を、ジッと見詰めていたフェイさん。

 心なしか瞳も潤んでいて、頬もほんのり赤い。

 それに内股でモジモジしているし、具合でも悪いのだろうか?


「はぁ....」


「大丈夫ですか?具合悪いなら回復魔法でも掛けましょうか?」


「え?あ!?な、なんでもありません!!」


 そっぽを向いてしまった。

 本当にどうしたのだろうか?

 ボク、何か気に障る事でもしたかなぁ....


「ところで....」


 ボクは部屋の隅に目を向けた。

 違和感を感じる。

 先ほどまではなかったものが、どうもそこにある気がするんだ。


「ノワール」


「ガゥ!!」


 エリーシャ女王様とティル王女とエメ王女を、薄い膜状に変化させたノワールで囲う。

 壁に控えるメイドさん達に視線を送り、距離を確認してから部屋の隅に視線を移した。


 そして、殺気を放つ。


 違和感の正体。

 それはたぶん――


「っ....」


 小さな呻き声が聞こえた。

 部屋の隅の光景が歪み、現れたのは頭まですっぽりと黒ずくめの衣を纏った1人の人物。

 おそらく水魔法で膜を張り、認識を阻害ないし模写していたのだろう。

 なんとも器用な魔法を使うものだけど、違和感を消せないところはまだまだかな。

 

「いいよ、ノワール」


 ノワールを元の姿に戻し、頭を撫でる。

 嬉しそうに目を細めて、「もっと褒めて」と言わんばかりに尻尾を振った。


「うむ。実に良い殺気じゃの。ひさびさに肝が冷えるかと思ったのじゃ」


「....そうですね。突然で驚きました」


「いえ、ボクなんて師匠に比べればまだまだですよ。師匠はもっとすごいですから」


「ヴァルがのぉ....」


「信じられませんね。私自身ヴァルの事は良く知っているつもりですが、いったいカオルさんはどんな修練を積んだのか....」


「修練ですか?そうですね....初めて師匠に稽古をつけてもらった時は――猪に追われて2日間山を駆けずりまわされましたね。

 その後は、ナイフ片手に魔獣と格闘戦でしょうか?今にして思えば、結構過酷だったと思います」


 あの時はきつかったなぁ...

 ずっと引き篭もってたから体力無くて、何回も倒れたっけ。

 でも、師匠が「やればできる!!」なんて元気付けてくれたんだよね。

 あんな美人さんに励まされて、頑張らない紳士はいないよね。


「....カオルが強い理由がわかった気がするの」


「....ですね。ヴァルは本当に....何を考えているんだか.....」


 ちょっとひどい言い方じゃないですか?

 師匠の悪口なんて許しませんよ?

 

 まぁ、そんな事はひとまず置いておいて、今はこの人だ。

 見るからに怪しい格好をしているけど、みんなの態度でわかる通り危険人物じゃなさそうだ。

 それに、部屋に隠れていたけれど敵意は感じなかったし。

 王国民なのかな?


「はぁ....はぁ....はぁ.....」


 ボクの殺気に当てられて、何度も深呼吸を繰り返す黒ずくめの人物。

 吐息から察するに、女性....かな?


「あらあら~♪ヘザーちゃん大丈夫かしらぁ~?」


「...はっ!?も、申し訳ございません!!女王陛下!!」


 エリーシャ女王様に声を掛けられて慌てて跪き、臣下の礼を取るヘザーなる人物。

 身形がもうなんというか.....忍者だ。

 黒頭巾に和装の黒装束。

 着物の中に鎖帷子を着込み、手甲や鉢がねを身に纏っている。

 腰後ろには忍者刀を帯びているし、はっきり言ってカッコイイ。

 これで手裏剣とか苦無(クナイ)の暗器を隠し持っていたら完璧だ。

 

 というか、忍者よりも物凄く気になる物体があるんだけど....


「エリーシャ女王様?その女性はどなたですか?」


「カオルちゃんは初めて会うのよねぇ~♪この子はぁ~♪ヘザーちゃんよぉ~♪」


 名前は聞いたよ!!

 そんなことより早く話しを進めてよ!!

 気になる物があるんだって!!


「....女王陛下。それでは伝わらないかと」


「え~?ちゃんと紹介したのにぃ~!!」


「はぁ...カオルさん。彼女は王国が誇るとある部隊『暗部(あんぶ)』に所属する、隊長のヘザーです。

 活動内容は――内緒ですね」


 いやいや、内緒になってないから。

 暗部って、情報収集をする人達の事でしょ?

 どうもフェイさんの様子がおかしいなぁ...

 やっぱり具合悪いのかな?

 やせ我慢?


「そうですか。ヘザーさん、初めまして。ボクの名前は香月カオルです。聞いていた通り今のこの身体は変装していますので、本来は12歳の子供の姿ですよ」


 跪くヘザーさんにゆっくりと近づく。

 顔を上げる事無くプルプル震えているのは、たぶんさっきの事が原因だろう。

 だけど、ボクはどうしても確認しなければいけない。

 もしかしたらヘザーさんは――


「ぞ、存じ上げております。香月伯爵様」


「そうですか。それで、なぜ隠れていたんですか?もしかして、誰かに言われてボクの情報を調べる為?」


「め、めめ、滅相もございません!!そんな命令は一切受けていません!!」


「本当ですか?」


「ほ、本当です!!」


「では、真実だと証明する為にその頭巾を脱いでくれませんか?」


「そ、それは――」


「職務柄できないという事ですか。では、確認させていただきます」


「えっ!?確認とは――」


 ようやく顔を上げたヘザーさん。

 ボクは躊躇なく頭巾に手を入れ頭を探った。

 

 頭巾の隙間から零れ落ちた灰色の前髪。

 そして、ボクの予想というか希望通りフニフニとした感触。

 だけどこれって.....


「垂れ耳だ!!」


 そう!!ヘザーさんの頭には垂れ耳が乗っていったのだ。

 三角耳じゃない、この世界に来て初めて出会った垂れ耳様。

 たとえて言うなら――お刺身のマグロ?

 いやいや!!食べ物じゃないから!!

 なんだろう....この、耳の片側だけ生えた産毛の様な柔らかい毛は....

 ボクは今日1日で、ノワールとヘザーさんという至高の毛並みを持った愛玩動物に出会ってしまった。

 いや、ノワールはともかくヘザーさんを動物と言ったら失礼だけど、生き物という観点からなら....


 どうでもいいよね!!


 左手をノワールに、右手をヘザーさんに、フェイさんは――咥えるか!!

 うんうん!!それがいいよね♪

 さすがは【カムーン王国】だ....

 伊達に【エルヴィント帝国】よりも歴史が古いわけじゃないんだね。

 まさかこんな至宝を持っていようとは....

 変な神しかいないと思っていたけど、改めようじゃないか!!


「あ、あのあの香月伯爵様....そろそろ手を離していただけると....」


 恥ずかしそうに俯くヘザーさん。

 身を捩っているのは感じているから?

 それでも臣下の礼を崩さないのは、さすがの忠誠心だろう。


 だけどね?

 

 その態度は、ボクにとって嗜虐心(しぎゃくしん)を掻き立てるものなんだよ?

 高潔な意思ほど崩したいと思うじゃないか。

 登山家がなぜ山に登るのか。

 それは、目の前に大きな山があるから。

 それと同じだよ。

 全てを思うがままに蹂躙したい。

 それは欲深き人の根底にあるものだ。

 誰もそれには逆らえない。

 それが自然の摂理であり、真実だ。

 人はただ理性でそれを押さえ込んでいるだけ。

 だから、ボクはボクの理性でそれを懐柔してみせよう!!

 嫌がる事なんてしないさ!!

 ただ少しだけ....快楽を与えてあげるよ.....


「フフ....気持ち良いのかい?ヘザー....ほら、快楽に身を委ねてごらん?」


「えっ!?あ、あのあの....や、やめて....ください....」


「口では嫌がっているようだけど、身体は正直だね?そんなに身を捩って....いけない子だ.....」


「はぅぅ.....ゆ、許してください....」


「フフフ.....強情な君も可愛いね....さ、頭巾を外して素顔を見せるんだ.....」


「は、はぃぃ....」


 ボクの言いなりになったヘザーさん。

 言われるがままに頭巾を外し、布で覆っていた頭や口元を露に見せた。


 頭巾から現れる灰色の髪。

 肩口まで届かない長さは、ショートカットゆえ。

 雌黄(しおう)色の瞳が恥ずかしそうに揺れて、ボクの視線とぶつかった。


 なかなか整った顔立ちだ。

 少し中性的な感じもするけど、丸みを帯びた輪郭は女性のそれ。

 なによりも、怯えながらボクを受け入れた姿勢には称賛を贈るよ。

 それに――頭に乗ったその垂れ耳は、フェイさんの三角耳をも凌駕する至高の品だ。


「想像通り、可愛らしい顔をしているんだね?ヘザー....」


「そ、そんな可愛いだなんて...ああ....香月伯爵さまぁ....」


 落ちた、か。

 

 公衆の面前で、はしたなくトロ顔を晒して。

 まったくいけない子だ。

 

 ん?公衆の面前?

 まてよ....

 そういえばここって....


 慎重に後ろを振り返って見れば、怒りの表情を浮かべた人の群れ。

 眉間に皺を寄せて美しい相貌を崩し、ボクをロックオンして睨んでいる。

 忘れてはいけないここは談話室。

 ボクが着替えて戻って来た時には、エリーシャ女王様を始め、ティル王女にエメ王女。

 それだけではなく、ブレンダさんにフェイさんが居た。

 今はいつの間にかメイドさん達まで壁に控えて、ボクを呆然と見詰めている。

 どうやらボクは、またもや仕出かしてしまったらしい。

 

 だけどさ?

 

 聞いて欲しいんだ。

 そもそもは隠れていたヘザーさんが悪いと思わない?

 暗部+忍者=隠密でしょ?

 許可なく隠れて覗いていたんだから、オシオキするのは当然だ。

 たとえボクの我欲が混じっていても、これはオシオキ。

 ボクは垂れ耳に満足して、ヘザーは快楽を覚えた。

 Win(ウィン) - Win(ウィン)の関係だと思うよね?

 ボクは間違っていない!!

 けして垂れ耳に誘惑された訳じゃないんだ!!


「ふむ....それでカオルよ?何か言い残す事はあるのかの?」


「なにを言っているんですか?ブレンダさん。ボクはオシオキをしただけです。隠れていたのですから、当然でしょう?」


「ほぅ?オシオキ、のう....」


「そうです。それに、ヘザーさんも嫌がっていないじゃないですか。そうだよね?ヘザー?」


「香月伯爵さまぁ....もっとぉ....」


 やばい!?効き目がありすぎた!?

 耳触ってるだけなのに!?


「言い逃れはできぬようじゃの」


「ですね。ヴァルには、私から連絡をしておきましょう。カオルさんは王国で女性を誑している、と」


 フェイさんの裏切り者ーー!!

 誑してなんかないやい!!


「あらあらぁ~♪カオルちゃんったら、エッチなのねぇ~♪」


「あ、主様!!そういう事は私にしてください!!」


有罪(ギルティ)


 エリーシャ女王様にティル王女まで!?

 エメ王女!!それはボクの真似だよね!?


「えっと....ごめんなさい....」


 言い逃れできない状況で、ボクは頭を下げて謝罪するのだった。


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