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第二百三十五話 使い魔

 夕食に訪れたセシリアの家では、とても有意義な時間を過ごした。

 顔合わせの事でどうなることかと思ったけど、全て杞憂に終わってよかったと思う。

 それよりも、王城の部屋に帰って来てからの方が大変だった。


 だってさ?

 

 扉を開けたらメイド服姿のフェリスとティル王女が睨み合ってて、傍でエリーシャ女王様とエイネさんが微笑んでるんだよ?

 エメ王女はボクに抱き着いて来ていつも通りだったけど。

 聞けば、エイネさんと掃除をしていたフェリスの下へ、突然ティル王女がやって来て小言を連発したそうだ。

 やれ「掃除がなってない」だの、「主様とどういう関係なの」だの。

 本当にティル王女は何を考えているんだろうね?

 ボクがフェリスに手を出したとでも思っているのだろうか?

 そんな事、あるわけないのに。


 どうにかこうにかフェリスの事をティル王女に納得させて、フェリスはエイネさんと同室という形に落ち着いた。

 ボクの予定では、この部屋にベットを持ち込んで一緒でもよかったんだけどね。

 1人じゃ広いし。

 まぁ、離宮の改修が終わってしまえば関係ないか。

 

 深夜。

 朝日もまだ昇っていない時間に、妙な気配を感じて目を覚ました。

 ボクの隣――正確には右隣に金色の髪の小さな存在を感じる。

 首を傾げて顔を覗きこめば....案の定可愛らしいピンクに白の水玉模様のパジャマを着たエメ王女だった。


 また忍び込んで来たのかこの子は。

 小さく寝息を立てるその姿が、とても愛らしい可愛い子。

 本当にアイナにソックリで、庇護欲を誘う少女だ。

 そして、反対を見やれば、青丹(あおに)色の長い髪がベットの縁に流れていた。

 窓から差し込む月明かりを浴びて、緑の中に白色が生まれる。

 手を伸ばして梳いてみれば、細長くてしなやかな髪がサラサラと手からこぼれ落ちた。

 

 .....はい?


 これって...間違いなく....フェリスの髪だよね!?


 寝惚けていた頭がはっきり覚醒。

 ガバっと上体を起こせば、ベットに頭を乗せてしな垂れ掛かる下着1枚のフェリスの姿を捉えられた。


「....かみさま」


 なんだその寝言は。

 というか、なんでここにいるの!?

 エイネさんの部屋で一緒に寝るんじゃなかったの!?


 起きてしまったらもう仕方がない。

 エメ王女を起こさないように注意を払いながら、ベットから抜け出てフェリスを抱き抱える。

 そのまま運んでベットに横たわらせて、一先ずシーツを2人に掛けておいた。

 

 まったく、安眠妨害もいいところだよね。

 人の気も知らないで幸せそうに寝ちゃってさぁ...

 でも...そうか....

 フェリスは王国へ来てからずっと1人で居たんだろうし....

 寂しかったのかもしれないね。

 

 2人の頭を交互に撫でて、ボクは窓辺に場所を移した。

 《魔法箱(アイテムボックス)》から紅茶のセットを取り出し、お気に入りのヌワラエリヤの葉で紅茶を淹れる。

 熱い紅茶を一口飲んで、「ふぅ」と溜息を吐いた。


「あ、シルフ? 頼んでおいた物って用意できた?」

「こんな時間になんだい? 藪から棒に」

「あはは....ちょっと起きちゃってさ。ほら、シルフ達は寝ないからいいかな~なんてね」

「まったく...カオル君はいつもそうやってボクには辛辣な対応をするよね。

 まぁいいよ。それで、例の物なら用意できてるけど、こんな物いったい何に使うのさ?」

「ん~...ボクの友達を作るって感じかなぁ...」

「....よくわからないね」

「まぁ...そうだろうね」

「そんなことより、例の約束覚えてるんだろうね?」

「もちろん。ちゃんと用意して持って行くよ」

「そうかい!? いや~よかったよ。もう、早く欲しくて欲しくて」

「あはは♪」

「それじゃ、待ってるからね? なんなら、今来てくれてもいいんだよ?」

「いやいや....朝に行くから、待っててよ」

「わ、わかったよ。いや~楽しみだなぁ♪」


 シルフとの通信を終えて、通信用の魔導具を仕舞い空を見上げる。

 陰り出した月が消えて、そろそろ朝日が顔を見せるだろう。

 

 それにしても、シルフは本当に.....




















 目が覚めてしまってからは寝られる訳もなく、王城の人々が起き出すまでの時間をフェリスの服の作成と読書に当ててのんびりと過ごした。

 幸いにして、この部屋にはエメ王女が持ち込んだ書物が多く、時間を潰すのには最適だった。

 面白かったのは本の内容よりも、フェリスだろう。

 エメ王女よりも先に目を覚ましたフェリスは、眠い目を擦りながらベットから抜け――落ちた。

 お尻を地面に打ち付けたのか、しばらく悶絶していると、ようやく立ち上がり周囲を見回す。

 そこでボクと目が合ったのだけれど....


「か、神様!?」


 寝言そのままですか。


「ボクは神様じゃないよ? フェリス」


 否定の言葉を告げる。

 気が動転したフェリスは、びっくりする速さで見事な土下座を披露し、そこでようやく気付いた。

 自分が、下着姿だという事を。


「あわわわわ!? も、申し訳ございません神様!! こ、こんなお見苦しいものを!!」

「いや、だからボクは神様じゃないから。それに、フェリスの身体はとても綺麗なラインをしていると思うよ?

 肌は――改善の余地アリって感じだけど、そこはボクに任せてくれれば大丈夫だから」


 実際、フェリスはとても均整の取れた身体付きをしていると思う。

 出会った時は怪我をしていて全体像がわからなかったけど、《聖治癒(リブリサナティオ)》で欠損部分も修復したし、今は魅力的な姿だ。

 もっとも、ボクはもっと綺麗な人を知っているから欲情なんてしないけどね?

 フェリスが師匠を見たら.....驚くんだろうなぁ。


「お、おまかせしましゅ!!」


 ....何の話し?

 ああ、肌艶の話しか。

 師匠の事考えてたよ。

 だって、明日には会えるんだよ?

 師匠にも、カルアにも、エリーにも、エルミアにも、フランにも、アイナにも。

 それとアーニャにもね。

 あ~今から待ち遠しいなぁ。


「はい、任されました。とりあえず服を着るといいよ。それと、ボクは今日色々出かけるからあまり王城にはいないと思う。

 明日は朝早くに出掛けて夜まで不在だから、フェリスは自由に過ごしてね?

 なんだっけ...そうそう、エイネさんが王国料理だか宮廷料理だか教えてくれるんでしょ?」

「そ、そうです!!」

「じゃぁ、それを教えて貰うといいよ。城下に出るなら気をつけてね? フェリスは美人さんだから、ナンパとかされると思うよ。あ、これお小遣いね」


 《魔法箱(アイテムボックス)》から金貨を5枚取り出し、テーブルの上に置いた。

 フェリスはいそいそと脱ぎ捨てられていたメイド服に着替えながら、「そんな美人だなんて」と終始ご機嫌だ。


 いや、美人だからね? 気を付けるんだよ?

 ボクでさえ【オナイユの街】でゴミに声を掛けられたりするんだから。


「かみ――」 

「神様じゃないです」


 だから、なんでボクを神様なんて呼ぶのさ!!

 昨日までそんな素振りもなかったくせに!!


「えっと....ご主人様。こんなに沢山いただけません」


 テーブルの上の金貨を見て、フェリスが遠慮してくる。

 だけど、フェリスは下着にしろ服にしろ、身の回りの物を用意するのにお金は必要だ。

 

「支度金だと思ってくれればいいから。フェリスはもうボクのモノなんだからね?

 そりゃ、服なり下着なりはボクが用意できるけど、身の回りの細々した物を買うのにお金は必要でしょ?」

「そ、そんな....ご主人様のモノだなんて....」


 何を勘違いしているのだろうか?

 頬をそんなに赤くして、いったい何を考えているの?

 フェリスがボクのモノなのは当然じゃないか。

 だって、ボクのモノなら他からちょっかいを掛けてくる人なんていなくなるんだし。

 フェリスの安全の為、そうしてるんだよ?


「なんだかよくわからないけど、ボクは貴族だからもう渡した物を今更下げる訳にはいかないからね?

 それと、そこにある洋服はフェリスの為に作った物だから受け取るように」


 自分でもずるいなぁとは思う。

 わざわざ貴族だからなんて持ち出して、フェリスの断る退路を絶ってしまった。


 でもさ?


 そんなに遠慮する必要はないと思うんだ。

 だって、全部ボクの我が侭なんだから。


「ご主人様が作ってくださったのですか!?」

「そうだよ? 白のサマードレスと、あとはシャツとかスカートとか適当にね。

 ああ、薄手のカーディガンは帝国で前に買った出来合い物だけど、サイズは大丈夫だと思う」


 以前ロランさんのところで買ったカーディガン。


 カルアは似合ってるって言ってたけど、姿見で見たら黒髪のボクにはイマイチだった。

 きっと、青丹(あおに)色の髪のフェリスの方が似合うと思う。


「う、嬉しいです!! 家宝にして大切に仕舞っておきます!!」

「いや、服は消耗品だからちゃんと着なさい。というか、今フェリスが着ているメイド服だって、ボクが作ったんだからね?」

「そ、そうなのですか!?」


 フェリスは、いちいち大袈裟に感動するなぁ...たかが服だよ?

 そりゃ、女性にとってお洒落をする事は生き甲斐みたいなものかもしれないけど...

 それより今度『神様』呼びしたらオシオキも辞さないよ? ボクは。


 騒がしいフェリスのせいで起きてしまったエメ王女を連れて、お互い着替えを済ませて朝食を食べに食堂へ向かう。

 途中フェリスに宛がわれたエイネさんの部屋を訪ねて洋服を置き、何やら言いたげなエイネさんの視線が物凄く怖かった。

 

 ボク、無実なのに....


 いつもよりはやや早い時間でも、ボクとエメ王女が食堂で座っていると、朝食が運ばれてきた。

 そして、遅れて――というかいつもの時間にエリーシャ女王様とティル王女がやって来て、朝食を始める。

 フェリスは、壁際に控えるエイネさんの隣へ並び、食事のお世話が必要な時はボクの手助けをしてくれた。

 落ち着いた所作からわかる通り、優秀なメイドだったのだろう。

 フランと同じ技量くらいだろうか?


「それでぇ~♪ 今日のカオルちゃんのご予定はぁ~?」


 エリーシャ女王様は相変わらずの間延びした声で、そう聞いて来た。


「この後【エルフの里】へ行く予定です。状況次第ですが、夕方までには帰って来て、そこから例の作戦を決行します

 それで、ですね。衛兵さんか兵士さんを数人手配していただきたいのですが」

「っ!?」


 ボクが予定を告げると、フェリスが息を飲んだ。

 どこに対して不思議に思ったのだろうか?


「フェリスちゃ~ん? どうしたのかしらぁ~?」


 さすがはエリーシャ女王様。

 ボクより先に聞くとは。


「い、いえ....その.....」

「いいのよぉ~? 話してみてぇ~?」

「は、はい。ではその....か――ご主人様は【エルフの里】と親交がおありなのですか?」


 絶対今神様って言おうとしたでしょ?

 まったく、ボクは神様なんかじゃないっていうのに。


「そうよぉ~♪ だってぇ~♪ カオルちゃんはぁ~♪ ねぇ~?」

「フェリスは、まだボクの事をあまり知らないから仕方無いよ。エルフ王リングウェウと王妃アグラリアンは、将来ボクの義父母になる予定なんだ」

「そ、それはつまり――」

「エルフの王女エルミアは、ボクの婚約者だって事」


 まぁ、それもボクのほんの一部の情報だけどね。

 つくづくボクは良縁に恵まれてると思う。

 カルアやエリーの事だってそうだし、フランとアイナもそうだ。

 リアやディアーヌだって。

 でも、一番は師匠。

 だって、この世界で一番最初に会った異性は、師匠なんだから。


「さ、さすが神様です!!」


 とうとうエリーシャ女王様の前で神様なんて言い出しましたよこの子は!!

 ほら見てみなよ!!

 みんな呆然として――いない!?


「ん~...カオルちゃんが神様ねぇ~....私はぁ~天使ちゃんだと思ったのだけどぉ~...」

「は?」

「あ、主様が神様なのは当然です!!」

「え?」

「カオル?」

「.....なに?」

「かみさま?」

「違います」

「てんし?」

「いいえ」


 もう!! なんなのみんなして!!

 神様とか天使とか!!

 ボクはボクだよ!!


「.....フェリス」

「なんでしょうか!? 神様!!」

「今夜オシオキするから」

「え?」


 まさかの事態だった。

 よくできたメイドだと思ったら、とんだバカな子だったよ!!

 がっかりだよ!!


 その後も神様だの天使だの論争が幕を開き、ボクは膝に座るエメ王女へ『あーん』を繰り返す事で現実逃避を決め込んだ。

 エリーシャ女王様2号とこ、エイネさんまで巻き込んだ論争は、女王権限を行使したエリーシャ女王様によって『神使(かみし)』というまったくもって訳のわからないものになっていた。

 それって、神の御使いの天使の事じゃないの?


「神使カオルちゃ~ん?」

「いえ、ただのカオルですから」

「うふふ~♪」


 くそう....エリーシャ女王様め....ボクをいじって楽しんでるな.....


「兵士ちゃんの事は任せておいてねぇ~♪ 夕方ならぁ~....ブレンダちゃんも帰って来ると思うのぉ♪」


 ん? という事は、ブレンダさんが何かに動いているって事かな?

 フェイさんの姿も見ないし、もしかして何か起きてる?


「....そうですか。わかりました」


 まぁ、何かあれば言ってくるだろう。

 なんでもかんでもボクが介入する訳にはいかないし、取り返しのつかない事態になる前に教えてくれるよね。

 ちょっと気にはなるけど。


 朝食を終えたボクは、"ダメイド"のフェリスの事をエイナさんに頼み食堂を後にした。

 ボクの事を『神使』呼びするティル王女を叱り、エメ王女には頭を撫でておいた。

 どうやらフェリスは、午前中にエイナさんのお手伝いをして、午後は2人で買い物に出掛けるようだ。

 「エイナちゃん」呼びをしていたフェリスが、なんだかとても可笑しかった。


 《雷化(グロムアラギ)》の魔法を使い、ちょっと寄り道をしてから一瞬で【エルフの里】へ辿り着く。

 ファルフに乗って来たとしても、数時間掛かる距離も、《雷化(グロムアラギ)》で文字通り雷に化ければ光速移動で一瞬だ。


「おはようございます」


 シルフが待つ屋敷へ行く前に、どうしても寄りたいところがあった。

 そこは、以前ボクが土魔法で建てた家。

 全面石造りのその家は、意匠の凝った木製の扉が付けられていた。


「はい? どなたでしょうか?」


 中から声が返って来る。

 声の主は男性。

 もちろん、ボクと面識ある人。


「お久しぶり――でもないですね。香月カオルです」

「カオル様!?」


 慌てていたのだろう。

 物凄い勢いで扉が開かれ、開いた拍子におでこをぶつけていた。


「あ痛たたたた....」

「だ、大丈夫ですか?」


 赤くなりつつあるおでこをさすりながら、エルフの男性はこちらに目を向けた。

 

「だ、大丈夫です。それより!! か、カオル様!! 来てくださったのですね!?」

「はい。名付け親、ですからね♪」


 ここへ顔を出した理由はまさにそれ。

 蛇神(ラハム)との戦闘後に治癒術師として医療行為を行っていたボクは、ひょんな事から赤ん坊を取り上げる機会に遭遇した。

 そしてこの家こそ、ボクが取り上げ、ミーリエルと名付けた赤ん坊が住んでいる場所なのだ。


「ささ!! どうぞ中へ!! 家内も喜びます!!」

「あはは♪ 失礼します♪」


 鏡面仕上げの石畳を進み、室内へと招き入れて貰う。

 自分で作っておいてなんだけど、よくこの床材は滑らないものだ。


 目的のミーリエルは、お母さんに抱き抱えられていた。

 愛くるしい表情を浮かべて、自分をあやすお母さんの動きに一喜一憂している。

 実に微笑ましい光景に、ボクの頬もついつい緩んでしまう。


「まぁ!? カオル様!!」

「おじゃまします」

「ほら? ミーリエル~? カオル様が来てくださいましたよ~?」


 大きな青い瞳が、ボクを見詰める。

 そして、笑った。


「きゃっきゃ♪」

「まぁ!? カオル様の事がわかるのかしら?」

「おお!! 賢いぞ!!」


 お父さんは....親バカっぽな。

 エルフは見た目で年齢がわからないからなぁ....

 まだ若い....のかな?


「ちょっと大きくなりましたね?」

「ええ♪ 抱っこするのも大変なんですよ♪」

「あと数ヶ月もして首がすわれば、ハイハイしだして大変ですね」

「本当に♪ もう、今でも十分お転婆なのにねぇ♪」


 なんか、いいな....こういうの。

 ボクもいつか子供を.....

 お父さんの事親バカなんて言ったけど、ボクもそうなりそうだ。


「ああ、そうだ。お土産があるんですけど、石櫃ってどこですか?」

「そんな悪いですよ!! カオル様にはお世話になりっぱなしなんですから!!」

「そうですよ? 私達は返しきれない程の恩を受けているのですから」

「いえ、ただの海魚なので気にしないで下さい。それに、ボクは恩を売った覚えなんてありませんから♪」


 なんでこうも遠慮するのだろうか?

 そりゃ海が遠いエルフの里で海魚は貴重な物だろうけどさ。

 ボクは、ミーリエルやこの里の人と出会えて感謝しているんだけどなぁ。


「ですが....」

「あー...勝手に探しちゃいますよ? キッチンこっちですよね? 失礼しまーす」


 何を言っても受け取らない雰囲気だったので、勝手にキッチンへ行って冷蔵庫代わりの石櫃にさかなを仕舞いこんだ。

 ついでに保冷剤の氷を補充し、「またお邪魔しに来ますね♪」とその場を立ち去る。

 ボクの姿が見えなくなるまで見送ってくれて、ボクも手を振り返しておいた。


 本当に、この世界へ来てよかったなぁ....


 世界樹(ユグドラシル)を刳り抜いてというか、根元の空いた空間に建てられた屋敷へ向かう。

 道すがら通り掛るエルフの民達に挨拶をして回り、みんなボクの来訪を歓迎してくれた。

 

 それにしても、みんな服装が変わった?

 前は麻製とかの服だったのに、擦れ違う人がみんな上等な絹の服を着ていたような....

 不思議に思いつつも目的地へ。

 そこはエルフ王が住まう屋敷であり、未来の義父母の住居である。


「おはようございます」

「これはカオル様!? どうぞ中へ!! リングウェウ王も首を長くしてお待ちです!!」


 門前に構えるエルフの男性に挨拶し、屋敷内へと歩み入る。

 前はあんな人居なかったと思うけど、それはたまたまなのかな?


 やがて、謁見の間とでも言うような大広間へ辿り着き、そこには言われた通りリングウェウ王とアグラリアン王妃が椅子に腰掛け談笑していた。


「おはようございます。リングウェウお義父様、アグラリアンお義母様」

「おお!! 婿殿待っておったぞ!!」

「おかえりなさい、カオルさん」


 『おかえりなさい』だって。

 どうしよう....物凄く嬉しい...

 本当に善い人達に巡り会えて、ボクは幸せだ。


「....ただいま帰りました」

「うむ!! ここはもう婿殿にとって我が家も同然。いつでも帰って来てよいのだぞ!!」

「ええ♪ カオルさんは、私達の息子になるのですからね♪」

「ありがとうございます。とても嬉しいです....リングウェウお義父様、アグラリアンお義母様...」

「う、うむ....」

「まぁ♪ こんなに可愛い子と結婚できるなんて、エルミアは幸せ者ねぇ♪」

「いえ、ボクの方こそ幸せです。アグラリアンお義母様の様に美しいエルミアと添い遂げられるのですから」

「いやだわぁ♪ お世辞なんて♪」

「事実だと思いますよ? そうですよね? リングウェウお義父様?」

「婿殿の言う通りだな!! ところで、婿殿? 孫はいつごろ――」

「あなた?」

「ひっ!?」


 こ、こわひ.....

 一瞬の内にさっきまで温厚だったアグラリアンお義母様が般若に変わってしまった。

 お、恐ろしい....

 将来エルミアもこうなるのだろうか?

 ....エルミアだけは怒らせない様にしよう。


「え、えっと、ボクはまだ結婚できる年齢ではないので、子供ができるとしてもそれからかと.....」

「そうね♪」

「いや、だが私とアグラリアンは――」

「(ギロリッ)」

「ひぃ!?」


 本当に、リングウェウお義父様は何がしたいんだろうか?

 余計な事言わなければいいだけなのに。


 そこへ侍女さんがやってきて紅茶を淹れてくれた。

 終始アグラリアンお義母様に怯える人が1人居たけど、それだけじゃなく侍女さんの視線も物凄くきつかった。

 前にシルフがしゃべってしまった、『覗きの件』が尾を引いているみたいだ。

 健全な男性なら、女体に興味を持つものなのだろうから仕方がないと思うけど...さすがに覗きは犯罪か。

 ボクなら――自分から見たいとは思わないかな。

 むしろ、師匠とかカルアとか平気でボクがお風呂に入ってるのに見せに来るくらいだし。

 もう少し恥じらいを持って欲しいよね?


「そういえば、だいぶエルフの里は変わったみたいですね? ここへ来るまでにすれ違った人の服装とか、以前に比べて高価になったというかなんというか....」

「う、うむ。実はの?」


 リングウェウお義父様はそう言い教えてくれた。


 なんでも、周辺各国と交易を始めたそうだ。

 とは言っても【エルヴィント帝国】と【カムーン王国】の2カ国なのだが。

 シルフ提案の食文化改善に加え、大規模な小麦の栽培を始めた。

 場所は蛇神(ラハム)になぎ倒された森林の一部を開墾して行われ、上手くいけば来年の春には収穫できるらしい。

 もっとも、手先の器用なドワーフとは違い、造形美に拘るエルフが作る調度品が高値で売れる為、それだけで食料は賄えるくらい。

 既に貴族などの顧客も何人か着いていて、御用商人達が定期的にエルフの森まで買い付けに来ている。

 シルフが張った結界があるため、商人達は中に入る事ができないみたいだけど、安全の為にそのままがいいよね。

 

「なんだか、どんどんエルフの里も発展しているんですね」

「そうだな。今では、エルフの里を出たいと申す者もいなくなった。全て婿殿のおかげだな」

「いえ、ボクは何もしていないですよ。それを言うならシルフのおか――」

「でっしょ~? ボクに感謝するといいよ~」


 テーブルの上でボクに出されたお茶菓子を貪り食う、緑色の淡い発行体。

 背中から透明な羽が生えて、両手に持ったお菓子をペロリと平らげ、次にボクのカップで紅茶を飲んだ。


「さてと、シルフ? 遺言はあるかな?」


 さすがにこの悪行を許せるほど、ボクは大人じゃない。

 元々子供だしね。


「ちょ、ちょっと待ってくれないかな!? これは違うんだよ!! カオル君がいつまで経っても来ないから、お腹が空いてしまってね!?」

「ふ~ん? お腹が空いたら人の食べ物を食べていいんだ? しかも、ボクのカップで紅茶まで飲んで」

「い、いやぁ~....あ、あはははは.....」

有罪(ギルティ)!!」 

「あべしっ!?」


 折檻終了。

 まったく、なんで行儀良くできないのかね?

 言えばお菓子くらいあげるのに。

 こんなんだから、シルフにはボクも辛辣に接するんだよ。


「うむ。なぜだかわからないが、胸がスッとしたな」

「シルフ様は良く飛びましたねぇ~」


 リングウェウお義父様はシルフに思うところでもあるのだろうか?

 過去の悪さをばらされたから?

 全部自分が悪いんじゃないかと思うんだけど。


「ああ、シルフに言われて海魚を獲って来たのですが、どこに出せばいいですか?」

「おお!! さすがは婿殿だ!!」

「本当に♪ 海魚はなかなか食べられないものね♪」

「エルフの里は海が遠いですからね。運搬しようにも、衛生面で難しいでしょう。魔術師でも居れば違うのですけど」

「うむ。エルフの里にも《魔法箱(アイテムボックス)》を持つ魔術師は居るが、わざわざ里を出ようとは思わぬからな」


 そういう環境で育ったのだから仕方がないだろう。

 少なくともボクが生きている間なら、こうして運んでくればいいし。

 漁なんて海に《渦雷轟(テスラ)》を撃つだけでいいんだからね。


 侍女さんに案内されてキッチンへと場所を移す。

 そこで【エルフの里】へ来る前に立ち寄った、海で獲った大量の海魚を《魔法箱(アイテムボックス)》から取り出した。

 種類豊富な魚達。

 重量的にみると....数十トンはあるんじゃないかね?

 

「....いつも思うが、婿殿アイテム箱は物凄いものだな」

「そうですねぇ♪」


 確かに。

 ボクもこのアイテム箱は唯一無二の代物だと思う。

 死に掛けて手に入れた物だから余計にね。


 ボクに折檻という名の吹き飛ばしを喰らったシルフは、かなり遠くまで飛ばされたらしく、ボロボロになりながら帰って来た。

 そこで昼食までリングウェウお義父様とアグラリアンお義母様との話しを打ち切り、当初の目的を果たす事にした。


 今は世界樹の木の上。


 青々とした緑樹の上は不思議なもので、芝生の上に寝転がれるような素敵な空間がある。


「はい。カオル君に頼まれていた物だよ」

「ありがとう。あ、海魚はさっき渡しておいたからね?」

「ヒャッホー!! さすがカオル君!!」


 魚1つでこの喜びよう。

 食事の必要の無い『エーテル体』のはずなのに、本当にシルフは食べる事が好きだなぁ。

 だからって、人の食べ物を奪っちゃダメだからね。


「あれ? ほかのみんなは?」

「ん? ああ、ノームとイフリートはまだ寝てるんじゃないかな?」

「え!? 精霊って寝ないんじゃないの?」

「あの2人は変わり者だから」

「ふ~ん....」


 随分人間臭い精霊なんだね。

 四精霊なんて大げさな名前だから、もっと尊大な感じかと思ってたよ。

 ん? もう1人はどこ?


「.....なんか、背中が冷たいんだけど」

「ウンディーネがくっ付いてるからね」

「そんな事だろうと思った」


 振り返って見ればそこには水色にたゆたう精霊が居た。

 シルフのような童顔で、幼女と言える人型の精霊。

 背中から生えた羽が、まるで妖精の様に見える。


「初めましてだね。カオルだよ」 

「そう....知ってる....」

「どこかで会った事ある?」

「....ずっと視てたから」


 ん? どういう意味だろう?

 少なくともボクは初対面だし、普通の精霊より大きな姿をしているから、見た事があればすぐにわかると思うんだけど。


「そうなんだ?」

「そう....」

「そっか」


 よくわからないから突っ込むのを止めよう。

 話したくなったら自分から話すだろうし。

 どことなくアイナやエメ王女と同じ感じがするしね。


「ちょ、ちょっとちょっと!? なんでボクとウンディーネで対応が違うのさ!! もしかしてアレかい? カオル君はロリコ――」

「うるさいおしゃべり!!」


 おおう...

 ウンディーネは怒ると怖いな。

 調子に乗って失言したシルフが悪いとは思うけど、さすがに水球を当てるのはやりすぎじゃ....

 またシルフ吹き飛んでっちゃったし。


「今のはシルフが悪いと思うけど、やりすぎじゃないかな?」

「そう....」

「ほら、おいで? 撫でてあげるから」

「....そう」


 ロリなんて言われて傷付いてるかと思ったけど、ボクに撫でられて嬉しそうに羽を伸ばしているからそこまでじゃなかったのかな?

 それにしても、ウンディーネはひんやりしてて気持ち良いな。

 これから熱くなるし、夏には重宝しそうだ。

 見た目も可愛いしね。


 って待てよ?

 

 アイナといいエメ王女といい、ボクの周りに幼女キャラが増えてきてないか?

 学校に行けばアンも居るし.....

 バカナ....ナゼコウナッタ.....


「さてと、ウンディーネ? ちょっと離れていてくれる?」

「そう....」


 名残惜しそうにボクから離れるウンディーネ。

 もっと頭を撫でて欲しかったのかもしれない。

 それは後でもできるし、今は待っていてもらおう。

 

 アイテム箱から縦横1mほどの長さのある皮製のシートを取り出す。

 そこには前もって魔術文字で魔法陣を描いてある。

 そして、シルフに用意してもらった品物を配置する。

 聖水・霊薬『エリクシール』・マンドラゴラの根・世界樹の新芽・氷塊石・魔核(マームルコア)などなど....

 今から何を作るのか。

 それは――


「使い魔」

「ウンディーネは知ってるんだ?」

「視てたから」

「そっか」


 本当に、ウンディーネはどこで見ていたんだろうか?

 何か便利な物でもあるのかな?

 仲良く成ればそのうち話してくれると嬉しいな。


 描かれた魔法陣の中心にそれらを集め、腰後ろに帯剣していた黒短剣(バゼラード)を引き抜き掌を斬り付ける。

 ボクの血をアイテムに垂らして準備は完了だ。


 回復魔法で傷を塞ぎ、深呼吸をして意識を集中。

 両手を魔法陣へ翳してゆっくりと呪文を紡いだ。


「我ここに盟約を交わさん。我が名は香月カオル。森羅万象に存在せしマナよ。ここに命の息吹を与えたまえ。《使(ファミュ)魔生成(ルスジェネレイション)》」


 魔法陣に詠唱という、二重の魔力回路を必要とし、さらに集めるのが大変なアイテムの数々が必要な《使(ファミュ)魔生成(ルスジェネレイション)》。

 たまたまアイテムはシルフが持っていたり存在する場所を知っていたから容易に集められたけど、ボクが自分で探していたら数日は掛かっていたかもしれない。

 シルフには感謝しなきゃいけないかもね。


 詠唱が終わり魔法が発動する。


 魔法陣に描かれた魔術文字から小さな青い炎が吹き上がり、消費された魔力がボクとウンディーネの身体を赤く照らす。

 やがて魔法陣の中心に配置されたアイテム達が魔法陣へと消えて行き、眩いばかりの閃光が奔った。


「...っ」


 ウンディーネがボクの背中へ姿を隠す。

 使い魔の事は知っていたようだけど、何が起きるかはわからなかったみたいだ。


 閃光はまさに一瞬の事で、顰めていた目を見開くと、そこには黒く波打つ湖面の様な物――液状生命体(スライム)が居た。


「....初めまして。ボクはカオル。今日から君の名前は――ノワールだよ」


 かなり適当に名前を付けてしまった。

 黒スライムだからって、フランス語で黒って....

 本当にボクはネーミングセンスが無いなぁ...


 ノワールは静かに身体を震わせてボクの傍までやってきた。

 そっと手を伸ばして触れてみれば、ノワールがボクの手に触手を伸ばして巻き付いてくる。

 ウンディーネの様にひんやりと冷たい身体。

 表面はツルツルだけど濡れている訳ではない。

 艶やかとでも言うのだろうか?


「これからよろしくね? ノワール」


 ノワールに言葉が伝わったようで、なめらかな身体を震わせさらにボクに巻き付いて来た。

 なんとも可愛い使い魔だ。


「そのままじゃ不便だよね.....あ、そうだ!!」


 人工生命体であるノワール。

 ボクの半身とも言える存在。

 さすがにこのままスライムの形でいるのは色々と不便だろう。

 そこで思い付いたのが教皇アブリルことネコに取られた敷物だ。

 ホワイトタイガーのそれを、ノワールに形作らせる。

 まったく同じじゃ芸が無いので、そうだなぁ....


 ノワールの思考と自分を同期(リンク)させる。

 

 思考だけではなく、視覚や聴覚までもがボクに同期(リンク)させる事ができ、それが半身と言われる所以だ。

 

「....うん♪ 立派な黒豹(ブラックパンサー)になったね♪」


 イメージした通りの姿に変化したノワール。

 物理法則なんて完全に無視して、元のスライムからは想像できない体積を持ったブラックパンサーへと変身を遂げた。


 アイテム箱の魔宝石や、敬愛する師匠と同じサファイア色の青い瞳。

 毛の一本一本まで艶やかな体毛。

 口を開けば凶悪な牙が垣間見え、しなやかな身体は見ているだけで足が速いとよくわかる。

 何より、肌触りがものすごく良い。

 試しにノワールを背もたれにして寄り掛かると、最高の居心地の良さを演出してくれた。

 これは....くせになる柔らかさだ。


「ノワール、重くない?」

「グルル」


 喉を鳴らして答えるノワール。

 母が子を守る様に身体を丸め、時折長い尻尾がボクの足を擦った。


 やばい....ノワールやばい....

 人をダメにする子だ!!

 例えるなら――アレだ!!ビーズクッション!!

 化学繊維の結集体である、もちもちっとした肌触りで、身体を沈みこませるとあまりの気持ち良さに離れられなくなるアレだ!!


「ふえぇ.....」


 変な声まで出てるし....

 ノワールは、禁断の使い魔だったのか.....


「ウンディーネもおいで」


 置き去りにされて離れて見ていたウンディーネ。

 ボクに呼ばれておっかなびっくり羽ばたきながら近づき、恐る恐るノワールに触れた。


「っ!?」


 ビクッと身体を震わせた。

 

 わかる!!わかるよ!!

 ノワールの毛触りはヤバイもんね!!


「大丈夫だよ? ノワールは襲ったりしないから。ね?」

「グルル」


 ノワールは肯定するかのようにコクンと頷き、それを見たウンディーネは幼女然としたその相貌にパッと花咲く笑顔を見せる。


 そこからはもう遠慮なんてしなかった。

 

 ノワールの首元目掛けて突貫し、全身全霊を賭けてもふりまくる。

 当のノワールも気持ち良いのか、目を細めて首や尻尾を振って答え、あっという間にウンディーネとノワールは仲良しになってしまった。


 ボクはというと....


「あー.....気持ち良い......」

 

 公衆浴場の湯船に浸かる、おじさんに成っていた。


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