第二百三十一話 肥えた舌は世界を救う?
出た時と同じ様に、開け放たれていた空き教室の窓から帰還した。
《雷化》の魔法を解いて窓を閉めると、廊下をドタドタと駆ける足音が聞こえてきた。
やがて、ボクが居る空き教室の扉が力任せに開け放たれる。
そこに居たのは、息を切らせて大きく肩を上下させるララノア学長だった。
「く、黒髪!?え!?か、楓さん!?い、今の轟音はなんですか!?」
ボクの存在に驚いたのか、ララノア学長は驚愕の表情を浮かべていた。
その後ろからキティ先生をはじめ、クラスのみんなも姿を現す。
どうやら、ボクの《雷化》の魔法で発生した落雷音に驚いたみたいだ。
「ララノア学長。まずは――」
そこでチラリと時計に視線を送る。
時間は11時50分。
もうすぐ昼食の時間だろう。
それならば、食事をしながら説明した方が時間の無駄を省ける。
せっかくだから、ララノア学長も招待しようか。
うん、それがいいね。
「全てお話します。せっかくですから場所を移しましょうか?どこか、火を扱っても平気な場所はありませんか?
みなさんに昼食をご馳走しますよ♪」
満面の笑みでそう答える。
すると、ララノア学長だけでなくキティ先生達も呆気にとられて、口をあんぐり開いていた。
失礼だけど、なんて間抜けな顔なんだろうって思ってしまった。
だって、美しいエルフのララノア学長や、可愛らしい猫耳族のキティ先生までもがはしたなくも口を開けているんだもん。
面白いって思うよね?
なんとか正気を取り戻したララノア学長に連れられて、校舎裏の訓練場近くへとやって来る。
そこは芝生が生い茂り、近くには井戸も設置されていた。
うん、ここなら料理をしても大丈夫そうだ。
アイテム箱から簡素な机をいくつか取り出し、そこへ携帯用魔導コンロを4つ並べる。
2つのコンロの上には大鍋を置いて、その中へ椿油を敷き入れ火に掛けた。
「あ、あのですね....楓さん?それはいったい....」
「今からみなさんに昼食をご馳走します」
アイテム箱から羽をむしり取られ、見た目は鳥肉の塊と化したアックスビークを取り出す。
さすがに簡素なテーブルの上に置く事もできず、魔力の帯で中空に浮いた形だ。
「な、なんですか!?なんで浮いてるんですか!?」
「す、すげぇ!!」
「っていうか、何あのアイテム箱!?こんなにいっぱい入るの!?」
「....」
「カーラはよだれを拭くでちゅ!!きたないでちゅ!!」
「ズズッ....わ、悪いね....あまりに美味しそうで....」
「み、みなさん落ち着いて下さい!!か、楓さん!?あなたはいったい....」
「黙っていて申し訳ありません。ボクの名前は香月カオル。エルヴィント帝国の伯爵にして、カムーン王国の名誉男爵です」
三度ボクの正体を説明して、キティ先生やセシリア達が補足するようにララノア学長に伝えてくれた。
その間にボクはアックスビークの解体を始め、一口大に切り分けたそれらを片栗粉を塗して素揚げしていく。
周囲に香ばしい肉の香が充満すると、クンクン鼻で匂いを嗅いで、大鍋の中を凝視された。
続いてテーブルの空いているスペースに、クルミパンや、作り置きのスープなどを並べていく。
暇そうにしていたエイミートリオに手伝いをお願いして、買い置きのレタスや赤や黄色のパプリカを水洗いしてもらい、手早くシーザーサラダを作りあげた。
「て、手際が良いんですね....」
「か、カオルはすげぇんだな」
「これは....唐揚げですか?」
「バートはよく知ってたね?そうだよ」
「いえ、本で読んだ事があるのです。【東国ヤマヌイ】では、こうして油で浸した鶏肉を揚げる調理法があると」
「うん、その通りだよ。だけど、唐揚げにも色々やり方があってね。今作ってるのは、片栗粉っていう調味料を使った素揚げなんだ
表面がパリパリになるから、食感も良いんだよ?」
「それは楽しみですね」
「....美味そう」
揚がった鶏肉は特注の油きりの上に乗せる。
ジワジワと油が溢れ出て、それらを簡単に器に盛り付けた。
「唐揚げはこのまま作り続けるから、みんなで先に食べていいよ」
「ま、マジか!?」
「で、では....」
恐る恐る口に入れるアレックスとバート。
セシリア達も「いただきます」と告げて、一口大の唐揚げを口にした。
「うめぇ!!!!!」
「これは止まりませんね!!」
「....うまい」
「ナニコレナニコレ!?」
「ハフッハフッ」
「やば~い!!これは絶対太るよ~!!」
「....撃滅されました」
「あたい....涙が止まらないよ.....」
「モキュモキュモキュモキュ」
感動の言葉を上げるアレックス兄弟。
セシリア達は満面の笑顔で唐揚げを頬張り、カーラは感涙していた。
でもね?
アンの一心不乱にモキュモキュ食べている姿は、なんとも可愛らしいんだけど....
なんというか、アイナやエメ王女に通じるものがあるというか...
「ルィン?あーん」
「あーん....」
「美味しい?」
「う、うん....」
「クッ....リア充め.....」
「いっそ殺してくれ!!!」
ルィンヘンとエレンウィ夫婦は毎度の事だけど、コンラッドとデリックの2人はもう....
見た目が好青年なんだから、そのうち良い出会いがあると思うんだけどな...
「これは美味しいです」
「だねだね♪」
「先生どうしましょう!?また太っちゃいますよ~!!」
堅実なラエルノアと、明るいダイアナはまぁ良いとして、キティ先生.....
「そ、それで、香月伯爵がどうして我が学院に!?」
「ララノア学長。それは、ボクが人生勉強をする為にエリーシャ女王様とアーシェラ様に頼んだからです。
既に、2人への連絡は済ませています。
騙していた事は申し訳ありませんが、このまま約束の期日まで学校へ通わせていただけませんか?」
口元にべっとりと油を付けているララノア学長。
ボクの話しよりも、チラチラ大鍋の中へ視線を移して、おかわりの催促をしているようだ。
「そ、それは女王陛下のお許しが出ているのでしたら.....」
「ありがとうございます。それと、ボクの事はできればカオルと呼んで下さい。
キティ先生やクラスのみんなにもそうお願いしましたので」
「わ、わかりました。そ、それでですね?その....おかわりを.....」
「ええ、もちろんです。次は鳥皮ですよ?」
「トリカワですか?」
「はい。鳥の皮を揚げた物なんですが、鶏肉の唐揚げよりもパリパリしています。少し油が多いので、食べ過ぎには注意してくださいね?」
「は、はい!!」
油分の摂取しすぎに注意して、濃いウーロン茶をみんなに振舞った。
「ちょっと苦いですよ」と告げながら、「油分の分解作用があるんです」と加えると、女性陣は物凄い勢いでウーロン茶を飲み始めた。
やはり美容関係に女性は興味があるのだろう。
うちの美容術でも施してあげるべきだろうか?
その後さすがに1人では手が足りなくなったので、全て魔法で行う事にした。
鶏肉の解体も風の魔法で刃を作り出して切り刻み、空中に浮かべた片栗粉を入れたボールで粉付けをする。
そのまま大鍋へ投入し、時折鶏肉を転がして満遍なく揚げていく。
ついでに携帯用魔導オーブンをアイテム箱から取り出しクッキーを仕込んで焼き上げた。
全てが空中で行われた為に、セシリア達は啞然としていたが、ボクが必殺『王子様スマイル』で微笑んで納得させた。
実に便利な必殺技だ。
弊害があるとすれば、男女問わずみんなの顔が蕩けるくらいだろう。
やはり諸刃の剣だ。
「....食い過ぎた」
「これはまずいですね」
「....幸せ」
「お菓子は別腹よ!!」
「セシリーの言う通り!!」
「モグモグ」
「....また撃滅されました」
「エレン?あーん」
「あーん」
「....もう好きにしろ」
「まったくだ」
「モキュモキュモキュ」
「アンは、なんであんな身体がちんまいくせに食べられるんだ?」
「美味しいから良いんだよ~♪」
食後のクッキーもみんなには好評だったみたいだ。
それにしても....あの大きさのアックスビークがものの見事に完食されたなぁ....
パンもサラダもスープもあったのに....
みんな大食漢なんだね。
「カオルさん。とても美味しい昼食をありがとうございました」
「そ、そうでしゅ!!カオルさん美味しかったでしゅ!!」
「いえ、贖罪のつもりはありませんが、みんなと食事を共にしたかっただけですので」
「それで、ですね。実はカオルさんにお願いがあったのです」
急に改まって話すララノア学長。
厄介事は勘弁してほしいけど、いったい何の話しだろうか?
「なんでしょうか?」
「その、ですね。できれば、カオルさんに剣の指導教官になっていただけたら...と」
「はい?」
なにその訳のわからない申し入れは。
ボクは一生徒であって、教員ではないんだよ?
それに、ボクはまだまだ未熟だし、師匠にだって剣の腕で勝った事すら無いんだ。
それなのにボクに剣を教えて欲しい?
そんな事できるはずないよ。
「む、ムリですよ!!」
「そこを曲げてなんとかお願いできませんか?」
「ぼ、ボクは帝国民ですし、王国の理になる事を受け入れる訳には――」
「カオルさんは名誉男爵なのですから、そういった心配は必要にゃいと思いますけど?」
「ぐぅ....で、ですが、ボクはまだ師匠に一度も勝った事はありませんし、そもそもボクは学びに来ている訳で....」
「え?ヴァルカン殿がカオルさんより強い?何かの冗談でしょうか?」
「師匠の事をご存知なのですか!?」
「当然です。私は、ヴァルカン殿やフェイ殿が騎士学校で学んでいる頃からここの学長ですから」
それって、10年以上前からここで学長をしているって事?
エルフは見た目で年齢がわからないからって、ララノア学長はいったいいくつなんだろうか。
っというか、このまま上手くいけば話しを逸らせられるかも!!
「そ、そうなのですか!?と、当時の師匠はどういう――」
「カオルさんは話しを逸らそうとしていましゅね!!先生にはわかりましゅ!!」
なんでこういう時だけ鋭いの!?
キティ先生....恐ろしい子!!
「危ないところでした。危うく乗せられるところでしたね」
「はぁ...仕方がありません。では、初歩的な事だけ口を出させていただきますけど、それ以外はしませんよ?」
「本当ですか!?」
「はい。それと、ボクは高いですけど大丈夫ですか?」
「「えっ!?」」
「何を驚いているんですか?指導教官ならば、給金が発生するのは当然です」
「それは....そう....ですけど....」
「ち、ちなみにおいくらなんでしょうか?」
「そうですね.....」
相場なんてまったくわからないけど、師匠から教えられて培った技術を教えるんだ。
それなら、それ相応に見合った金額でなければいけないだろう。
「月に1万シルド」
「「ひっ!?」」
「安すぎましたか.....では、三倍の――」
「そ、そんにゃに払えないでしゅ!!!」
「そ、そうです!!カオルさんの金銭感覚はおかしいと思いますよ!?」
何を慌てているのだろうか。
ああ、そうか。
そういえば、平民の平均年収が3~4万シルドだから、高いのか。
でも、他ならぬ師匠の技術だもんなぁ....
これでもだいぶ安く見積もってるんだけど。
「では、無償で良いですよ。ただし、色々便宜を図っていただきますので、そのつもりでお願いします」
「べ、便宜ですか?」
「はい」
「それはたとえばどんなものなのでしょうか?」
「別にたいした事ではありません。急用で不在にする事もあるでしょうし....後は.....騒音などでしょうか?」
《雷化》の魔法で移動すると、着地の瞬間に落雷音が凄まじい。
それにファルフを呼び出してここへ来る事もあるかもしれないしね。
「それくらいなら問題無いかと....」
「ではそういう事で。ああ、それと」
「ま、まだ何か!?」
「ええ。ボクのファンクラブができているらしいので、それの撤廃及びボクの尾行などを止める様に周知してください」
「尾行なんてしてるんですか!?」
「そうみたいですね。アンドルフ子爵の手の者みたいですが....」
「あの子ですか.....」
「その言い様ですと、アンドルフ子爵の事はご存知だと思います。今後ボクに対する迷惑行為には、断罪を持って接すると周知していただければそれでいいので」
「か、カオルさんは随分と過激なお人のようですね....」
ボクの断罪の言葉に言い得ぬ恐怖を感じたのか、ララノア学長やキティ先生がゴクリと生唾を飲み込んだ。
セシリア達は相変わらずクッキーを貪っており、満腹になったアレックス達は睡魔と格闘を始めていた。
和やかな昼食も終わり、他の生徒達からかなりの注目を浴びたボクのクラス。
校舎の窓からボク達を見下ろす者や、話の輪に加わろうと強硬手段に出る者達も居た。
だけど、その全てを《結界》で遮り、不可視の壁に阻まれて間に入る事すら許さなかった。
近くの茂みに隠れて聞き耳を立てている者達も居たが、広域に張った《結界》から漏れ出る音は極僅かであり、内容を聞き取れる訳もなく。
「いつの間にこんなものを....」
「魔法....ですか?」
「はい。《守護結界》と呼ばれる物です。各属性の《障壁》とは違い、広域に張り巡らす事ができるので便利なんですよ」
「そう...ですか....」
ボソッと「カオルさんが何をしても驚きません」と言い放ったララノア学長の言葉。
しっかりボクの耳にも聞こえた。
そして午後の授業だけど――
「アレックス君!!寝ないでください!!みなさんも、聞いてましゅか!?」
当然のごとく満腹になったみんなは眠っていた。
男性陣は当然のごとく、セシリア達も眠そうで何度も欠伸を掻いては頬を叩く。
そんな中でも、幼女のアンは可愛らしくスピースピーと寝息を立てていて可愛かった。
もしかしたら――いやいや、まさかボクがロリコンだなんてはずは無いよね。
大体ボクは12歳だし、みんなから見れば子供なんだから、ロリとかなんとか関係無いはず。
可愛い者は可愛い。
それでいいよね?
キティ先生の注意を受けてもまったく起きない面々を前に、とうとうキティ先生も瞼が重くなってきて、ウトウトしはじめてしまった。
もしかして、ボクのせいなんだろうか?
でもさ、ボクはただ昼食をご馳走しただけで悪意なんてこれっぽっちもなかったし。
きっと授業内容のせいだと思うんだ。
なにせ、頭を使う算術の授業だからだよね。
というか、掛け算なり割り算なりを浸透させれば、ある意味改革になるんじゃないだろうか?
それか算盤的な物を作るとか....
って、便利だからってなんでも取り入れていたら文化が破綻してしまうよね。
気を付けないと。
「今日はここまでにしましゅ~....みなさん、また明日ぁ~.....」
眠い目を擦りながら、キティ先生は教室を出て行った。
無事にというかなんというか、波乱の一日はこうして終わ――
「か、楓様!!お話があります!!!」
らなかった。
授業が終わるや否や、ボクの嫌いなアンドルフ・エ・ロモン子爵がお付きの2人を連れて教室を訪れた。
アレックス達は限界だったのか完全に眠っており、アンドルフの存在に気付いたセシリアがボクを庇う様に前に歩み出てくれた。
「なんの用ですか!!」
「君に用はありません!!楓さんとお話がしたいだけです!!」
「楓ではありません!!カオルです!!」
「っ!?やはり噂は本当だったのですか!?」
アンドルフの一言でなんとなくわかった。
今日はずっとクラスのみんなと一緒に居たんだから、この中の誰かがボクの素性を告げ口する機会なんて無かったはずだ。
それなのにアンドルフは知っていた。
昼食時にボクの黒髪を見て気付いた人が居るのか、はたまた追跡者が居たのか。
どちらにしても、今となってはどうでもいいことだ。
エリーシャ女王様にも連絡をしてあるし、ボクの素性が明かされてもなんの問題もなくなっている。
「ボクは香月カオル伯爵ですが、それが何か?」
「ひ、開き直るつもりですか!?あなたは――あなたは私達を謀っていたのですよ!!」
「何を言っているんですか?ボクは、カムーン王国のエリーシャ女王様と、エルヴィント帝国の皇帝アーシェラ様の許可を得て、この王立騎士学校へ入学しました。
本来の身分や名前を明かさなかった事は、無用な騒ぎを起こさない為です。
それを....どこかの子爵が尾行などの追跡をさせるもので台無しになってしまいました。
エリーシャ女王様へ既に連絡している事ですが、犯人にはきつく沙汰がおりるでしょうね?」
ボクが謝るべき相手は、クラスメイトやキティ先生だけだ。
ここへ来てたった数日だけど、みんな本当に良くしてくれた。
学園の案内だって買って出てくれたし、ボクに沢山気を使ってくれた。
だから、目の前に居るこんなヤツに礼儀を重んじる気はまったく無い。
「そ、そんな.....」
「やはりここへ来ていましたか。楓さん――いえ、香月カオル伯爵。後の事は私に任せてください」
ガックリ肩を落としたアンドルフ。
そこへやって来たのは、まさかのアボットだった。
「アボット....先生?」
「いえ、アボットで結構です。私は、香月伯爵のおかげで目が覚めました。今、こうして初心に帰り教育者としていられるのも、他でもない香月伯爵のおかげですから」
数日前に見たアボットの姿と、今のアボットでは雲泥の差があった。
生気のある顔に、目には力強い意思を感じられる。
何よりも姿勢が正しく、頼れる教師という感じがひしひしと伝わってくる。
「さぁ行きますよ!!」
「は、離せ!!私はアンドルフ子爵だぞ!!」
「だからなんですか!!私は教師!!あなたは生徒!!この学校へ通う間は、貴族も平民もありません!!」
首根っこを掴み上げてアンドルフを連れ去るアボット。
なんかボクと同じ様な事を口にしていたけど....まぁいいか。
「それで、お付きの2人はどうしますか?」
「「ひっ!?」」
「はぁ....お二人とアンドルフ子爵との関係はわかりませんが、後を追ってあげたらどうですか?
きっと、アンドルフ子爵は喜ぶと思いますよ」
「「は、はい!!」」
ドタドタと駆け足でアンドルフとアボットの後を追った2人。
一連の会話を聞いていたエイミー達は拍手をし、ボクを庇ってくれたセシリアには「ありがとう」と感謝を告げた。
放課後は真っ直ぐ帰るつもりだったけど、せっかくなのでセシリアとエイミー・カレン・ハンナと帰路を共にする。
ボクは遠回りになるけれど、実はずっとやってみたかった事があるんだ。
「ここ!!ここ!!」
「この屋台が美味しいの?」
「そうだよぉ~♪」
「今度はカオルが撃滅される番」
「いや、そこまで美味しい訳じゃ....」
セシリア達に連れられてやって来たのは、1軒の屋台。
そこで売られているお菓子をみんなで食べたかったのだ。
要するに、学校帰りに買い食いをしてみたかったという事。
「おう!!嬢ちゃん達!!」
「「こんちゃ~♪」」
「えっと...5つください」
「毎度ー!!」
店主のおじさんから5つのお菓子を受け取り、代金を払う。
それをみんなに1つづつ手渡して、まじまじとお菓子を見詰めた。
表面が茶色いスポンジ状のナニカ。
匂いを嗅ぐとほんのりとアルコールの匂いを感じ、後から紅茶の様な香が鼻孔を擽る。
「「いっただきまーす♪」」
エイミーとカレンは唱和の様にそう言って、一口齧ると笑みを浮かべる。
セシリアとハンナは「奢ってくれてありがとう」と口にしてから、お菓子を食べ始めた。
ボクも食べてみる。
.....不味かった。
スポンジがもっさりしていて、バターを使っているのだろうけど油が凄い。
何よりもあまり甘さを感じず、なんというか....失敗したマドレーヌというかパウンドケーキと言うか.....
「あのね....」
「あれ?おかしいわね....あまり美味しく感じない.....」
「セシリーの言う通りだと思う」
「そうかなぁ?」
「私は美味しいと思うよ~?」
セシリアとハンナも首を傾げ、エイミーとカレンは「美味しい」と言う。
多分というか、もしかしてだけど....
「ボクのクッキーを食べたからじゃないかな?」
思い当たるのはそれだった。
ボクのクッキーに比べて、これは美味しくない。
そりゃ、アーシェラ様やディアーヌが嵌る程の美味しさがあるものだし、アレを食べたあとにこれじゃ....
「おいおい!!嬢ちゃん達!!酷い事言うなよ!!この店はこれでもな!!」
「いえ、貶している訳ではないんです。これは美味しい物なのだとは思います。
ただ、もっと美味しい物を知ってしまうと、物足りないと言うか舌が肥えると言うか....」
「ほう?そこまで言うなら、その美味しい物ってのを食わせてもらわねぇとな!!」
さすがに作ってくれた人の前で言うのは失礼だっただろうか。
でも、申し訳ないけどボクの口にはまったく合わない。
これならまだ硬い『スールマカロン』を食べた方が全然マシだ。
「では、調理台をお借りしてもよろしいですか?」
「おう!!作ってもらおうか!!」
「ちょ、ちょっとカオル....」
「それはさすがに...」
セシリアとハンナもなにやら不穏な空気を察したのだろう。
だけど大丈夫。
ボクは別に喧嘩をする訳ではないし、この店主のおじさんに対して何か暴言を吐くつもりもないから。
ただ、知って欲しい。
もっと美味しい食べ物が存在している事を。
たとえ屋台と言えど、世界には美味しい沢山の食べ物があるんだ。
店主のおじさんに促され、屋体内へと歩み入る。
レンガ造りの窯の上に鉄板を敷かれた石室があり、そこがオーブン代わりに使われているのだろう。
そして材料だけど――
なるほど。
小麦粉に砂糖に卵にバター。
紅茶はセイロンか。
それとお酒は....なんで白ワイン?
舐めてみると甘めだった。
これなら、お酒なんて入れなくてもいいのに.....
まぁいいか。
お店独自のテイストなんだろう。
さてと、同じ物を作っても仕方が無いよね。
ありきたりにクッキーを作ってもいいけど、それじゃ芸が無いし....
それじゃパウンドケーキでも作りますか。
「おいおい?どうしたんだ?降参するなら今のうちだぞ?」
「いえ、大丈夫です。パウンドケーキを作りますね」
「お、おう....」
手早く小麦粉をボールへ移し、別のボールで砂糖と溶かしたバターをクリーム状になるまで混ぜ合わせる。
そこへ卵を4つ割り入れてかき混ぜて置き、小麦粉にベーキングパウダーを混ぜたボールと掛け合わせる。
十分混ざり合ったところへ紅茶の葉を加えて、しばらく置いてから焼き器に流し込み、表面にある細工をしてオーブンの中でじっくり焼く。
途中で何度か器を回転させて火加減を調節し、焦げないように注意をして焼き上げれば完成。
時間にすると40分くらい。
その間にエイミーにお使いを頼み、紅茶の代わりにバナナで作ったパウンドケーキも用意した。
「どうぞ?」
「お、おう!!」
「「いっただっきまーす♪」」
恐る恐る口にする店主のおじさんとは違い、エイミーとカレンは怯える様子もなく齧り付いた。
その瞬間。
「うめぇええええええええええええ!!!!!!」
大絶叫。
「「おいしーーい!!!」」
「これ美味しいよ!!」
「....撃滅された」
「おいおいおいおいおいおい!!!うめぇぞこんちくしょー!!!」
「あはは♪喜んでいただけたようですね♪」
あまりの大声に通りのアチコチから視線を送られる。
隣の屋台のおばさんが、「一口食わせな!」とかっさらっていった。
「これ....塩?」
「そうだよ。焼き上げる時に表面に一振りしておいたんだ。結構合うでしょ?」
「うん。甘いんだけど、あっさりしてて.....私はこれ好き....」
「そう?よかった♪」
セシリアはかなり気に入ったようで、作り方を何度も聞いてメモをとっていた。
続いてバナナのパウンドケーキも焼きあがり、それの試食を始める。
「あ、甘くて美味いな....」
「「おいしーい!!」」
「....悔しい。でもやめられない止まらない」
「それはよかったです♪ちなみに、バナナの方はあまり砂糖を使っていません。
元々バナナが甘いですからね。砂糖が貴重なカムーン王国では、こちらの方が材料費が安く済むと思いますよ」
無事にこれも大絶賛されて、かなりの量があったはずなのにあっという間に完食されてしまった。
隣の屋台のおばさんは、紅茶のパウンドケーキが気に入ったらしく「あんたこれを商品にしたら?」なんて店主のおじさんに提案してた。
「な、なぁ嬢ちゃん?これ、うちで出しても構わねぇか?」
「いいですよ?作り方は見ていたので大丈夫ですよね?」
「あ、ああ....でもいいのかよ?バナナを焼くなんて、俺初めてみたぜ?」
「そうですか?バナナのお菓子なんて、結構主流だと思うんですけど....」
「それは、カオルがお菓子の本場帝国の人間だからじゃないの?砂糖の輸出国だし、王国は砂糖が貴重だもの」
「あー....そうなのかも?でも、それこそバナナを活用した方がいいと思うよ。糖度が高いし」
「あ、あのね?カオル。その....私のお父様に会ってくれないかな?」
「どういうこと?」
突然セシリアが不思議な提案をしてきた。
なぜバナナの話しからそこへ飛んだのか。
「セシリーのお家はね~」
「食堂とかやっててね~」
「貴族のサロンにも食べ物を卸しているのです」
エイミートリオがよくわからない連携をしてきた。
なんですか?三つ子ですか?
本当に元気な子達だ。
「要するに、ボクの食の知識が欲しいと?」
「そ、それだけじゃないんだけどね....その顔合わせの事もあるし....」
ああ、例のお見合いというかアレか。
そうだね。
セシリアが望まないのならば、少しくらい手助けしようかな。
善い人だし、ボクもお世話になってるしね。
「いいよ。だけど、土日は予定が入っているから、急だけど....明日の夜とかならどうかな?」
「ホントに!?お、お父様に聞いてみる!!」
「うん。無理だったら来週になっちゃうけど....そうなるとセシリアの顔合わせがどう動くかわかんないよね....」
「そ、そうね....でも、ありがとうカオル」
嬉しそうに破顔したセシリアを、エイミートリオが茶化していた。
店主のおじさんはお代はいらないという事と、いつでも好きな時に食べに来てくれて構わないというアイデア料をくれる事になった。
毎日通わないようにエイミー達に言い含めて、4人を家の近くまで送り、ボクは王城へと帰ってきた。
城門の衛兵さんに挨拶をする。
元気よく「おかえりなさい」と返してくれて、ちょっと嬉しかった。
だけど、まさかあんな事になるとは思わなかった。
まったく、エリーシャ女王様にも困っちゃうよね――




