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閑話 一方その頃....

 

 【エルヴィント帝国】

 大陸西部に存在するかの国は、大小様々な村や街が各所に点在している。

 その中でも首都である帝都は人口50万人を有しており、一大国家の首都と呼べる人の多さだ。


 そんな帝都は、香月伯爵という英雄のおかげもあり、罪人が一掃された為に今日も平和であった。


「ふむふむ。皆、修練に励んでおるようじゃの?」


 エルヴィント城に併設する、近衛騎士団の詰め所兼訓練場へ顔を出した皇帝アーシェラ・ル・ネージュ。

 隣には気だるそうな表情をしている剣騎グローリエル・ラ・フェルトが護衛の為に着いて来ていた。


「これは陛下」


 アーシェラの登場に気付いた近衛騎士団副長アルバートが、即座に跪き臣下の礼をとる。

 アーシェラは「うむ」と頷き、礼を解かせ修練中の近衛騎士の一団に視線を移した。


 案山子(かかし)に見立てた丸太相手に、突剣(レイピア)で突きの修練に励む近衛騎士達。

 訓練場を大回りで駆ける集団達は、基礎体力の向上を図っているのだろう。


 そんな中、1人の近衛騎士が物凄い形相で曲剣(サーベル)を振るっていた。

 

 型と呼ばれる上段・中段・下段の構えから、流れる様な仕草でサーベルを縦横斜めに剣線を奔らせる。

 明らかに周囲の近衛騎士よりも力量があろう事は、安易に見て取れた。


「なんじゃ?レオンハルトは随分と気合が入っておるの?」


「.....そうですね。どうしても『武術大会』で優勝したいらしいです」


「ふむ....褒美の件かの?」


「おそらくは」


 香月伯爵とヘルマン子爵との決闘により、賭けの胴元となった帝国は、戦争で目減りした国庫が大いに潤った。

 それを好機と捉えたアーシェラは、アラン・レ・デュル外務卿の進言もあり来月の7月に『武術大会』を計画したのだ。

 もちろん決闘時と同じ様に賭けも行う予定であるし、優勝者に褒美を与えても十分元は取れるとの算段をしている。

 元々【エルヴィント帝国】には娯楽が少なく、飢えていた国民達は大いに喜びアーシェラの采配に諸手を上げて喜んだ。

 近衛騎士や兵士達。

 それに魔境・ダンジョンを多く有している【エルヴィント帝国】は、数多くの冒険者が居る為、皆の地力向上に『武術大会』は打って付けであったと言えよう。

 他にも思惑はあるのだが――全ては策士のアーシェラの掌という事だ。


「もしやとは思うが、レオンハルトは先の戦争での褒美をまだ受け取っておらんという事を忘れておるのではないかの?」


「えっと.....」


 【ババル共和国】ならびに【イシュタル公国】との戦争で褒美として騎士爵位を得たアルバート。

 自身は既に褒美を受け取っているのだが、レオンハルトは先延ばしにされていた為に未だに褒美を受け取ってはいなかった。

 

 その事をアルバートも知っているのだが、レオンハルトは「戦争に行くのは近衛騎士団長として当然の事だ!!」と言い、アーシェラに催促する事をしてはいない。

 なんともカッコイイ物言いだ。


「レオンは――辞退したつもりなのかもしれません」


「ふむ....仕方が無いの。それならば、あやつの親にでも何か贈るとするかの」


「それが良いかもしれません」


 今なお懸命にサーベルを振るうレオンハルト。

 周囲の部下達も負けじと修練に励んでおり、良い団長というイメージが益々根付く事になるだろう。


 ただ1点だけ。


 レオンハルトも残念な事がある。

 それは、この頑張りも全て香月伯爵に会う為という不純な動機なのだ。

 『武術大会』で優勝し、褒美として香月伯爵領への入領の許可を望む。

 帝都から程近い場所に存在する今の香月伯爵領は閉ざされた場所であり、領主の許可無く容易に領内へ足を踏み入れる事はできない。

 皇帝であるアーシェラから布告もされている事ではあるのだが、そもそも物理的に入領できない理由があった。

 なぜなら、今の香月伯爵領には数多くのゴーレムが闊歩(かっぽ)しており、不法侵入しようものならば一斉に襲い掛かってくるのだ。

 腕に覚えのある者は、1体か2体程度であればなんとか撃退できるかもしれないが、1体を相手にした瞬間に数十体のゴーレムが集まってくる為どうしようもない状態になってしまう。

 元々不法侵入の為に誰にも文句も言えず、怪我を負っても泣き寝入りするのが現状だ。

 それでもなぜか死者が出ていないのは、領主の温情の為か....


「楽しみじゃのぉ....」


「まったくですね....」


 アーシェラの言葉に同意するアルバート。

 

 傍に居たグローリエルは、ずっと船を漕いでいた。





















 そして、当の香月伯爵領に存在する【ソーレトルーナの街】では、当主不在を守るべく婚約者達が一生懸命働いてい――なかった。


「....平和、だな」


「そうね」


「あ、フランちゃん~?アイナちゃん~?おねぇちゃん、トロピカルジュースおかわり~♪」


「カルア姉様?ご自分で作られてはいかがですか?」


「い、いえ!!わ、私達の本分はメイドですから!!」


「ん!!」


 宮殿の屋上に設置された、ビーチサイドよろしくのビーチチェアに寝そべり水着の様な薄着を纏ったヴァルカン、エリー、カルア、エルミアの4人。

 メイドのフランチェスカとアイナも薄着を着ており、可愛らしいフリルの付いたエプロンだけがかろうじてメイドとしての体裁を守っていた。


「まだ6月だが、随分と温かいんだな?」


「そりゃ、ヴァルカンは南西のカムーン王国に居たんだから知らないだろうけど、帝国はあまり雪も降らないしね」


「そうよ~♪と~っても住みやすいの~♪」


「....6月でこの熱さですからね。夏になれば、私には住みにくい環境かもしれません」


 四方を木々に囲まれた【エルフの里】で暮らしてきたエルミアは、熱さに少々弱いところがあるかもしれない。

 だが、そんな事は杞憂に終わるのだがこの時の彼女達には知る由もない。


「ところで、今日は警護団の修練はいいの?」


「ん?ああ、今日は休みにしてある。あいつらも身体を休めないといけないからな。何事も根を詰めすぎてはいけないものだ。怪我をしてからじゃ遅いからな」


 警護団とは、元聖騎士のルイーゼ・ルイーズ・ジャンヌ・シャル・セリーヌに加え、【イシュタル王国】で『暁の女豹』として名を馳せた、冒険者のヘルナ・アガータ・イザベラ・サラ達の事である。

 皆、カオルに好意を寄せ、快く警護団として香月伯爵の臣下になっていた。

 

 カオル作成の『ミキサー』なる魔導具を使い、メイドのフランとアイナが手際良くトロピカルジュースを作り上げる。

 細かく刻んだマンゴーやキウイなどの果物をベースに、『ミキサー』を使い固形から液体へと作り変える。

 それをグラスへ注ぎトレーに乗せてカルアの元へアイナが運んだ。


「ん~♪本当に美味しいわぁ~♪」


「ヴァルカン様もいかがですか?グラスが空の様ですが」


「ああ、頼む」


「畏まりました」


「というか、フランチェスカはいつまで私達に様を付けて呼ぶのよ。同じカオルの婚約者なんだから、様付けなんてしなくていいのに」


「そ、そうでしょうか?」


「そうだぞ?私達は等しくカオルの婚約者なんだ。メイドとしてという気概も良いが、呼び方くらい同じにしたらどうだ?」


 メイドとして母親のオレリーから幼い頃より英才教育を受けてきたフランチェスカは、中々気安くヴァルカン達を呼ぶ事ができなかった。

 それはアイナも同様で、ヴァルカン達4人に対しては特に顕著だった。


「で、では....なるべく様付けをしないように心掛けます....」


「ああ、そうしてくれ。いや、この際だ。皆もヴァルと呼んでくれ」


「そうね。私もこれからはそう呼ぶわ」


「おねぇちゃんもわかったわ~♪」


「わかりました」


「ん!」


 宮殿の屋上で日光浴を続けるヴァルカン達。

 和やかな雰囲気に包まれ、和気藹々と会話を繰り広げていた。





















「ねぇレーダ~?」


「何よ?」


「ヒマだねぇ....」


「そうね」


 【ソーレトルーナの街】第二防壁内に存在する冒険者ギルドソーレトルーナ支部の一室で、買取官を勤めるイライザとレーダはボーっとカウンターに両肘を突いて時間を過ごしていた。


「というかさ」


「うん?」


「私達って必要なのかね?」


「当たり前でしょ?帝都のギルド長エドアルドさんからも、『くれぐれもよろしく』って言われてるんだから」


「それはわかるんだけど~」


「それに、夜になれば仕事あるじゃない」


「えー....アレってば、酒場のマスターじゃない」


「それも仕事でしょ」


「そうだけどさぁ....来る人決まってるから、つまんないんだよ~」


「イライザは出会いでも求めてるの?ムリだよ?今この香月伯爵様の領地には、男なんて1人しか居ないんだから」


「そんなつもりは無いけど~....」


「まぁ...イライザの言いたい事もわかるけどね...」


 本来の仕事がまったくの皆無と言っていい2人。

 せいぜい夜になると警護団の面々がお酒を飲みに来るしか仕事が無いのだ。

 それは冒険者ギルドの職員が片手間にやる程度の仕事であり、退屈を嫌うイライザは現状に辟易していた。


「でも、考えようによっては良い職場だよね」


「あー、それは確かにそうかもね~」


「口うるさいヤームも居ないし」


「うんうん」


 ヤームとは、2人の元上司であり今も【オナイユの街】で孤軍奮闘している買取官である。

 一気に2人の部下を失い馬車馬の様に働いている事など、当のイライザとレーダは知らない事であった。


「って言うかさ。メルがあんなに怖いなんて思わなかったよね」


「ホントそうだよね....私、アレを初めて見た時怖かったよ....」


 それはつい先日の話し。

 

 イライザとレーダがここへ着任した際に、【オナイユの街】で共に働き良く知る相手であったメルとカイの2人へ挨拶に行ったのだ。

 そこでは今まさにカイがメルに折檻されている現場であって、上半身裸のカイはメルから手痛い鞭の洗礼を受けていた。

 カイの顔がどこか恍惚とした表情をしており、一種のプレイなのではないかと勘繰ってしまう程で、イライザとレーダの存在に気付いたメルの慌て振りはとんでもないものであった。


「....あのさ」


「うん?」


「ちょっと、小説のアイデアが浮かんだんだけど....」


「....いいね」


「あのね――」


 メルとカイの行為にインスピレーションが沸いたのか、アイデアマンのレーダが次々にアイデアを出して行く。

 イライザがそれを羊皮紙にメモを取り、ニヤリを笑みを浮かべた。


 それからしばらくして、皇女フロリアと連絡を取った2人はまたもカオルに内緒で1冊の本を出版する事になる。

 『赤い鎖と恍惚(こうこつ)の少年』と銘を打たれた本なのだが――

 それはまた別の機会に。


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