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第二百ニ十九話 告白


 大陸南部に存在する砂漠地帯。

 点在するオアシスの1つを囲むように、巨大な都市が築きあげられている。

 そして、そのすぐ近くに【オムニスの地下迷宮(ダンジョン)】が存在し、その恩恵を受けて【イシュタル王国】は繁栄してきた。


 そんな王国の修練場で、数多くの人々が修練に励んでいた。

 ただ、そこは異様な光景だ。

 あまりにも歳若い男女が入り混じり、皆覇気など感じられない虚ろな瞳をしている。

 誰の目にも明らかにやる気というものが感じられない。


 そんな修練風景を見下ろす形で、隣接する建物の2階から1人の人間(ヒューム)の男性が顔を覗かせていた。

 彼の名前はマレク・ド・レイム。

 【イシュタル王国】で軍務大臣を務める老年の猛者である。


「マレク様」

 

「....ヴィートか」

 

 マレクに話し掛けたのは、部下であり【イシュタル王国】で将軍を務めるヴィート・ク・モル。

 2人の表情はとても暗く、王国の行く末を憂いているのがよくわかる。

 全ては変わってしまった暴君ドゥシャン・エ・イシュタル国王のせい。

 今眼下で修練している者達は、元々は【イシュタル王国】に住まう心善き民達であった。

 それがドゥシャンの思い付きにより尖兵として徴兵され、数週間後には【カムーン王国】へと行軍し、人殺しの道具として利用されてしまう。

 なぜこんな事になってしまったのか。

 わかっている事はただ1つ。

 あのフードを被った妖しげな女。

 かの者のせいでドゥシャンは変わってしまったのだ。


「....お前にも、損な役回りを押し付けてすまないな」


「いえ.....」


 重苦しい空気が2人の肩に圧し掛かる。

 守るべきはずの民達を使い、建国以来の最悪な所業を成さねばならない事に、2人の口数はとても少なかった。





















 夜の明けた【カムーン王国】。

 ボクは、いつもの様に王城の食堂で朝食を取っていた。

 

 今日の献立は、スクランブルエッグに豚の腸詰め焼き。

 蒸したスイートコーンとレタスのサラダに、クルミ入りの丸いパン。

 朝に食べる軽食としては、とても満足のいく品々だった。


「ああそうだ。フェイさん?お願いがあるんですけど」


 食事中に失礼だとは思ったけれど、壁際に控えるフェイさんに話しかけた。

 朝は何かと忙しいくてフェイさんを捕まえる事なんてできないし、エリーシャ女王様も食事中に会話する事を別に嫌っている訳じゃないからね。

 もっとも、公式の場ではこんなはしたない事なんてしないだろうけど。


「なんでしょうか?」


「えっと、どこかに家を借りたいんですけど良い物件はないですか?なるべく静かなところで、少しくらい音を立てても平気そうな場所がいいんですけど」


 いい加減いつまでも王城に寝泊りするのもどうかと思い、家を借りる事にした。

 最悪買ってもいいんだけどね。

 師匠とかカルア達みんなも遊びに来たいだろうし。

 それに、まがりなりにも名誉男爵だから居を構えるべきだと思った。


「あ、主様!?そ、それはどういう事でしょうか!?ここがお嫌になったのですか!?」


 何度注意しても『主様』呼びを改めてくれないティル王女。

 このまま放って置いたら、本当に結婚させられそうだ。

 周りから固めるって感じ?

 まぁ、そうはさせないけどね。


「『嫌になった』なんて事はありませんよ?ですが、他国の貴族――今は名誉貴族とはいえ、【カムーン王国】の男爵でしたね。

 それならば、尚の事居を構えるのは当然の事だと思っただけです」


「それは!!そう....なのかも.....しれませんけど....」


「ティルちゃん?カオルちゃんが言っている事はぁ~♪当たり前の事よぉ~♪」


 何か言いたげなティル王女を、エリーシャ女王様が諭してくれた。

 

 そりゃ、ここでの生活は何不自由なく過ごせるけど、それじゃダメだと思うんだ。

 1人で――という訳にはいかないだろうけど、なるべくなら自家でなんとかするべきだ。

 食事にしても生活環境にしても、全部エリーシャ女王様のお世話になりっぱなしだし。

 ただでさえ留学や白銀(ミスリル)・黒曜石の板とかの件で迷惑掛けてるしね。


「おかあ....さま.....」


「エメちゃんも~♪わかったかしらぁ~?」


「(コクン)」


「ありがとうございます。エリーシャ女王様」


「いいのよぉ~♪カオルちゃんは~♪貴族なんだものねぇ~♪でもぉ~♪たまにはぁ~♪顔を見せに来てねぇ~♪」


「はい。それと....またこうして食事をご一緒してもよろしいでしょうか?

 その....楽しくて....」


 自分から言い出しておいて、何言ってるんだって感じだ。

 だけど、言ってみてわかった。

 ボク自身、エリーシャ女王様やティル王女。

 それにエメ王女と食事をするひと時が、かけがえのないものになっていた。

 みんな心善い人だからかもしれない。

 あーんをするのも嫌いじゃないしね。


「それはもちろんよぉ~♪でもぉ~♪それならぁ~♪フェイちゃ~ん?」


「なんでしょうか?女王陛下」


「あのお家を~♪カオルちゃんに紹介してあげてねぇ~♪」


「っ!?よ、よろしいのですか!?」


「いいのよぉ~♪カオルちゃんだものぉ~♪」


「か、畏まりました....」


 なにやら含みのある言い方だった。

 『あのお家』ってなんだろう?

 気になるところだけど、そろそろ登校時間が....


「それじゃぁカオルちゃん~?放課後を~♪楽しみにしててねぇ~♪」


「えっ?あ、はい」


 エリーシャ女王様はそれだけ言うと、席を立ち嬉しそうにスキップしながら部屋を出て行った。

 壁側に控えたメイドの2人もそれに着いて行き、ティル王女も何の事だかわかっているのか、パァっと花を咲かせたように笑顔で後に続く。

 ボクの膝の上に座っていたエメ王女は、ボクの胸に顔を擦り着けてマーキングすると、顔を見上げて微笑みを見せた。


 何の事だかよくわからない。

 だけど、家を用意してくれるならそれに越した事はない....のかな?

 まぁいいか。

 早くボクも登校しなきゃ。










 登校3日目の今日は、お付きも無く初めて1人の登校だ。

 監視は居そうだけど...


 城門を守る衛兵さんに朝の挨拶をして、大通りへと歩みを進める。

 ボクの今の格好は――残念ながら女性用の制服だ。

 真っ赤なブレザーに、白いシャツ。

 黒のタイに茶色のコルセットと、黒いスカート。

 白い靴下ではなく、黒のニーソックスなのはまだ膝が赤いから。

 極力自分には回復魔法を使わないでいる。

 なんでもかんでも回復魔法で....なんて癖になったら嫌だからだ。


 赤茶けた石畳の上を適度な速さで歩いて行く。

 【エルヴィント帝国】の様に統一された帝都の外観ではなく、【カムーン王国】の王都は色んな色の建物が多い。

 一番多いのは、メリッサのお店と同じ赤いレンガ造りの建物に、こげ茶色に塗られた屋根の家屋だろうか?

 だけど、それも平民街までの話しだ。

 貴族街は白い壁に赤い屋根の物が非常に多い。

 国色(ナショナルカラー)が赤だからだろう。

 【エルヴィント帝国】もそうだったしね。

 

 騎士学校が近づくにつれて、大通りを歩く人波の中にボクと同じ制服姿の生徒の姿が増えてくる。

 みんな一様に元気に挨拶をしていて、なんとも平和な光景だ。


 と、そこへなんだかよくわからない集団がボク目掛けて行進してきた。

 

 先頭はくすんだ金色の髪をした、目鼻立ちのしっかりした人間(ヒューム)の青年。

 その両サイドに緑髪とオレンジ髪の同じく人間(ヒューム)の同年代らしき青年を連れている。

 後続はいっぱい居るけど――あれ?あの2人って、確か....


「やぁ!!私の名前は――」

 

「フランクとフレッド...だったよね?どうしたの?こんな朝から大人数で」


「か、楓様!?わ、私の名前を覚えて下さったのですか!?」


「お、俺の名前まで!?」


 いやいや、名前を覚えたくらいでそんな....

 それに、一昨日の一件は印象的だったしね。

 ボクもやりすぎたと思ってるし。

 フランクなんか、手首折っちゃったもんね。


「お、おほん!!....フランク君?フレッド君?君達、ずいぶんと『白銀(しろがね)の君』に気安いんじゃないかい?」


「「ハッ!?」」


 なんだかよくわからないけど、この金髪の人がこの集団のリーダーなのかな?

 世間一般的にはカッコイイ人――なのかもしれないけど、ボク的には普通だ。

 なんたって、物凄くカッコイイ師匠が居るからね♪

 強くて優しくて美人で、問題は『残念美人』ってところだけだもん。

 離れてみるとわかるけど、アレはアレで愛嬌があって良いんじゃないかな?なんて思えてしまうくらい。


 .....ボクは、完全に師匠に落とされたんじゃないだろうか。


 まぁいいか。

 師匠の事は大好きだもんね。


「....それで、あなたはどなたでしょうか?初対面だと思うのですが?」


「これは失礼を!!私の名前はアンドルフ・エ・ロモン。王立騎士学校では生徒会長を、そして、ロモン子爵家の当主をしていま――グフッ!?」


 思わず鳩尾(みぞおち)に拳をめり込ませてしまった。

 

 だって、アンドルフ・エ・ロモン子爵って、ボクの『ファンクラブ』を作った張本人じゃないか!!


「「あ、アンドルフ様!?」」


 一瞬何が起こったのかわからなかったのか、アンドルフの両脇に控えていたお付きの2人が、崩れ落ちたアンドルフを大慌てで介抱する。

 

 ボクはその間に数歩下がり、周囲を警戒した。

 総勢――20人ちょっとか。

 これくらいならなんとでもできるかな。


「か、楓様!?い、いったい何を!?」


「だって、その人がボクの許可も取らずに『白銀の君ファンクラブ』とかいう物を作ったんでしょ?

 剣聖のフェイさんが内密にって言ったのに、ボクが聖騎士教会の治癒術師だって公言までしたし。

 当然の行為だと思うんだけど?」


 ボクの言葉に、フランクとフレッドだけではなく、その場に居た全員が唸った。

 

 大体そのアンドルフのせいで、ボクがどれだけ被害を被った事か。

 廊下を歩けばチラチラ覗かれて、トイレに行けばゾロゾロ後を着いてくるし。

 まぁブレンダさんとララノア学長のおかげで、教員用トイレを貸してもらえる事になったけどさ。

 ただでさえ女性用の制服を着てるんだから、勘弁してほしいよね?


「....さ、さすが敬愛する『白銀の君』.....良い拳でした....」

 

 両脇をガッチリ支えられ、アンドルフは立ち上がった。

 

 それほど力を込めた覚えはないから、騎士学校の生徒なら大事には至らないと思う。

 でもね?

 それは挨拶代わりだよ?

 これから.....拷問と言う名のオシオキをするんだからね.....


「アンドルフ子爵――でしたか。フランクとフレッドの一件でご存知だとは思いますが、ボクは相手が貴族だろうと容赦はしません。

 ご当主という事ですが、権力を使いたければどうぞご自由に。

 ただし――それ相応の覚悟をして挑んでください」


「フフフ....全て存じておりますとも。お父君だけではなく、『白銀の君』自身も女王陛下と懇意だという事は。なにせ、昨日も今日も王城から登校されておりますからね」


 この人....ボクの後を着けていたのだろうか?

 ということは、もしかしたら昨日メリッサのお店で働いていた事も知っているかもしれない?

 まずいなぁ....ボクが香月カオル伯爵だとばれていると思った方がいいのかも....

 まぁ、「いずればれるだろう」ってアーシェラ様もエリーシャ女王様も言ってたしなぁ。


「....そうですか。では、それを承知で『ファンクラブ』なんてものを立ち上げたのですか?」


「それはまぁ....ですが、私が立ち上げずとも、いずれはできていたでしょう。なにせ、楓さんはとても魅力的です。


 そう!!魅力的なのです!!


 流れる様な銀色の髪!!

 スラリと伸びた長い手足!!

 肌理(きめ)細やかな白い肌!!

 均整のとれたスタイル!!

 愛らしい顔に、吸い込まれるほど美しい黒い瞳!!

 そして何より、男性だというのに女性服がとても良くお似合いだ!!

 まさしく芸術!!

 至高とも呼べる素晴らしきお人だ!!


 ああ....神よ.....私はこの出会いに感謝いたします.....」


 大げさに両手を開いて天を仰ぐアンドルフ。

 まるで歌劇の様な一幕を見せられ、なぜかフランク達は歓喜の雄叫びを上げた。


 だけど、よ~くわかった。

 アンドルフは『変態』だ。

 それも超ド級の。

 さて、どうしたものか....

 あそこの憲兵さんにでも連れて行ってもらおうか?


「....なるほど。よくわかりました。では、名誉毀損という事でエリーシャ女王様に進言させていただきます。

 最悪ロモン子爵家ならびに、ここに居る貴族みなさんの家が改易される事になると思いますが、それでも構わないという事ですね?」


「「「「「えっ!?」」」」」


 事の重大さがやっとわかったのか、アンドルフやフランク達が驚愕の表情を浮かべる。

 楽しそうだからと参加した者も居るかもしれないけれど、ボクは一切手を抜くつもりはない。

 何が『白銀の君ファンクラブ』だ。

 ボクは元々黒髪だっていうの!!


「なんですか?不服ですか?それなら、今すぐ『ファンクラブ』の解散を宣言してください。

 今なら――アンドルフ子爵1人に罰を与えるだけで許しましょう」


 団結力を試す為に、おかしな提案をしてみる。

 さて、どう出るだろうか?


「ふ、ふっふっふ....か、楓さんはどうやら、私達の事を勘違いされていらっしゃるご様子ですね」


 うろたえながらもアンドルフはそう告げた。


 勘違い?

 どういう意味だろうか?


「あ、あの...楓様?実は――」


「フランク君?今はボクが話しているのですよ?」


「す、すみません....」


「いやいや。わかれば良いのですよ。わかれば」


 上下関係がしっかりしているのか、アンドルフに注意されてフランクは引き下がった。

 アンドルフのお付きの2人も恭しくアンドルフに従い、フランクとフレッド達を目で制している。

 

 なんというか一体感とかは素晴らしいと思うけど、それを勉学に向けて欲しいと思うのはボクだけだろうか?


「おほん!!それでですね?私達の理念について、先日こういった物を配らせていただきました」


 懐から羊皮紙を取り出し、ボクに差し出してくる。

 それは先日ボクも目にした代物であり、ファンクラブ結成を謳った物だ。


「ですが、それはあまりにも浅慮過ぎました。そのせいで楓さんには多大な迷惑を掛けてしまった。

 そこで、私達はその内容を一部改訂する事にしました!!


 遠くから眺めるもよし!

 勇気を出して話し掛けるもよし!

 想いを伝える為に文を出してもよし!


 この部分を大幅に改訂し、


 必要以上に眺めない事!

 話し掛けるのは、時と場所を選ぶ事!

 想いを伝える為に文を出す場合は、事前にファンクラブに届出を出す事!と直しました!!」


 訳のわからないドヤ顔をされた。

 フランク達もどうでしょうか?目で訴え掛けてきている。

 

 そもそも、ボクがさっき言った注意はなんだったのだろうか?

 聞いていなかったの?

 むしろ、無かった事にするつもり?

 いい加減腹が立ってきたよ?


「言いたいことはわかりました。では、『ファンクラブ』は即時解散とします」


「な、なぜですか!?わ、私達は影ながら楓さんをサポートすると言っているのですよ!?」


「必要ありません。大体、王立騎士学校へ通う生徒達の本分は勉学です。将来立派な騎士、あるいは役職に着く為に日々切磋琢磨しなければいけないのです。

 留学生1人の為に時間を割ける暇があるのならば、修練の時間を増やすべきです。

 もっとも、放課後や休日ならばその制約外の話しになるでしょうが」


「で、ですが!?」


「まだ足りませんか?では活動内容について言及しましょう。

 この理念について、多分に危険を孕んでいます。

 細かい事も色々ありますが――1番は『ファンクラブ』を通す事でしょう。

 これでは、生徒を生徒が管理すると受け取られてしまいます。

 なぜ自らの想いを伝える為に、他者の介入――許可が必要なのでしょうか?

 自分の想いは自分だけの物です。誰かにとやかく言われる必要はありません。

 それに、先日明言した通り、ボクには大切な婚約者がいます。

 それも1人や2人ではありません。

 正直、これ以上増える事を危惧しているのが現状です。

 ですから、ボクに好意を寄せてくれる事は嬉しいですが、受け入れる事はできません」


 尚も何か言いたげなアンドルフに、トドメとばかりにそう言い切った。

 

 身分を明かしてしまうのが一番早いような気もしたけど、どうやらボクが香月カオル伯爵だとはばれていないようだ。

 完全なる拒絶の言葉で、この先どうなるのか予想もつかないけれど、自分が発した言葉の責任くらいは取ろう。


「な、何人も婚約者がおられるのです....か?」


「はい。愛人予定の者もいます。これだけ言えば、貴族の方なら理解できるのではありませんか?

 あなた達の中にも、婚約者の類はいらっしゃるはずです」


 世継ぎ問題はどこの貴族家でも常に気をつけているものだ。

 

 おそらくフランクやフレッドにも親同士が決めた婚約者が居るだろう。

 アーシェラ様が改革を進めた【エルヴィント帝国】ですら、貴族家の人は幼い頃から婚約者が居ると聞いた。

 『御五家(ごごけ)』――今は四家か。

 公爵家のグローリエルやリア。

 それにクロエですら幼い頃にそういった話しが持ち上がったと、アーシェラ様達も言っていたし。


「....愛人....か、楓さんは、やはり貴族の方なのですか?考え方といい、物言いといい、その堂々とした態度....」


 これ以上の会話は自分のボロが出そうなので、ボクはそれ以上言葉を話さずその場から立ち去った。


 アンドルフはボクに追い縋ろうと手を伸ばすが、足早に進んだボクにそれ以上近づく事はなかった。

 フランク達も同様だけど、何より大通りの真ん中で大立ち回りを演じてしまい、周囲の視線がとても痛い。

 それに、多大な時間を使ってしまい遅刻しそうだし。










 騎士学校の敷地に入っても好奇な視線を向けられ、あの時の様ないたたまれなさを如実に感じた。

 クラスメイトや教師からの畏怖の視線。

 これで、もしかしたらボクは無視されるかもしれない。

 またあの時の様な孤独感を感じるのだろうか?


 でも――ボクはもう逃げない。

 

 だって、強くなる為にここへ来たんだから。

 師匠達を。

 大好きな人と共に歩く為に強くなる。

 大切な家族を、守り、支え、愛し続ける為に留学したんだ。

 だから――逃げない。










 1階の玄関ホール脇に存在する救護室に寄り、預けていた制服を返してもらおうとしたら、カギが閉まっていて不在だった。

 仕方なく2階の教室へと向かい、途中でクラスメイトのカーラに出会う。

 ボクは顔色が悪かったらしく、カーラが物凄く心配してくれた。

 外が騒がしかった事はカーラも知っていたみたいだけど、ボクには何も言わずに肩を支えてくれて教室まで一緒に歩く。

 

「....ありがとう、カーラ」


「い、いいよ!!と、友達だろ?」


 照れているのか、そっぽを向いてそう言うカーラ。


 初めは教師の床を凹ませたりして豪快なイメージだったけど、友達想いの善い人なのかもしれない。

 そういえば、セシリアが訓練施設でいじめられた時も、「仇を取る」って言っていたっけ。


 善い人.....なんだよね。

 

 ボクの事も『友達』って呼んでくれたし。

 それなのに....ボクは嘘を吐いてるんだ。

 名前も、身分も、何もかも。


 どうしたら良いんだろう....


 明かしてしまえば楽になる。

 だけど、今更そんな事を言ってみんなはどう思うんだろうか?

 もしかしたら、クラスのみんなからも無視されてしまうんだろうか?

 それは....怖い....


 だけど、後になって知ったら?

 

 みんなはもっとボクに幻滅するんじゃないだろうか?

 「なんで教えてくれなかったの」って。

 そう、ボクを非難するかもしれない。

 耐えられるのだろうか。

 嘘を吐き続ける事を。

 正体を明かして、みんなを傷付ける事を。

 

 最初は【エルヴィント帝国】と【カムーン王国】の問題だった。


 帝国貴族のボクが留学する事になれば、親善訪問という形になってしまう。

 そうでなければ侵略とみなし、声高々に非難する貴族が出る可能性があるからだ。

 だから、アーシェラ様とエリーシャ女王様にお願いして、身分を偽り留学した。

 だけど....もうボク自身の化けの皮が剥がれかかっている。

 力も見せたし、治癒術師だという事も明かしている。

 既に、王城の人には全員ばれているんだ。

 この際【カムーン王国】側の貴族にばれたからって....


 突然黙り、黙考するボクを連れて教室まで運んでくれたカーラ。

 そんなボクの姿を見て、登校していたセシリア達は慌ててボクの元へ駆け寄って来てくれた。

 身体の心配をしてくれる優しい声。

 熱があるんじゃないかとおでこに手を当て、自分の体温と比べている。


 何も言えなかった。

 ボクは嘘吐きだから。

 みんなを謀り、騙しているから。

 

 苦しい。

 

 こんなに苦しいなんて思わなかった。

 さっきまで平気だったのに。

 ここへ来て怖くて声が出せない。

 一歩が、踏み出せない。

 

「か、楓!?大丈夫!?具合悪いの!?」


「あ、あわわわ!!ど、どうしよう!?」


「カーラ!!何かしたんでしょう!?」


「あ、あたしは何もしてないよ!?」


「....撃滅?」


「本当だって!!さっきそこで楓と会って――」


 ボクが何も言わずに涙を見せたからか、カーラがセシリアやエイミー・カレン・ハンナの4人に咎められた。

 

 違うんだ。

 カーラはボクを心配してここまで連れて来てくれたんだ。

 そう言いたいのに、声が出ない。

 ごめんね、カーラ。

 ボクのせいで....


 やっぱりダメだ。

 

 これ以上、ボクは嘘を吐けないよ。

 ごめんなさい。

 師匠、カルア、エリー、エルミア、フラン、アイナ....

 ボクは、本当に弱い人間だ。

 こんな嘘も吐く事ができないよ。


「み、みなさーん?じゅ、授業を始めたいんですけど~?」


 キティ先生がやって来て、教室の後ろで固まっていたボク達に声を掛ける。

 セシリア達はそれをわかっていても、尚もボクの心配をしてくれた。


 だから、真実を話そう。

 

 もう、これ以上耐えられない。

 みんなに嘘を吐いていたくないから。


「.....みんなに.....話しがあります.....」


 やっと絞り出した声は震えていた。


 どうしようもなく怖い。


 真実を告げてみんながなんと言うのか。

 辛辣な言葉を浴びせられて嘘吐きと言われたら....

 ボクは....どうしたらいいんだろう....

 だけど、これ以上は....

 ボクには耐えられないから.....


「か、楓?大丈夫なの?」


「話しとはなんでしょうか?」


 カーラにもう一度「ありがとう」と伝え、教壇の前まで歩き出す。

 

 手も足も自分の物ではない様に震え、感覚が無かった。


「.....ボクは、みなさんに嘘を吐いていました」


 涙を拭う事も忘れ、そう切り出した。

 

 1人1人の顔を見詰め、何度も「ごめんなさい」と呟きながら。

 何が始まるのかわからないセシリア達は、ポカンと口を開けてボクに視線を送り、机に突っ伏していたアレックスは眠たげな顔を上げた。

 仲良しのルィンヘンとエレンウィは同じ角度で首を傾げ、本を読んでいたバートはパタンと本を閉じて視線を上げる。


 ボクはそんな彼らに正体を明かした。


「ボクの本当の名前は、香月カオル。エルヴィント帝国の伯爵にして、カムーン王国の名誉男爵です。

 フェイさんはボクの師匠ではなく、本当の師匠は元剣聖のヴァルカン。

 治癒術師というのは本当の事で、黒巫女と呼ばれる事もあります。

 それと、ドラゴンスレイヤー又は、ドラゴンの契約者とも呼ばれます」


 真実を告げたボクに、セシリア達は大きく目を見開いた。

 信じられないと言いたげにボクを見て、息をする事も忘れている。


 .....これで、よかったんだ。


 この後みんながなんと言うか。

 ボクを非難して蔑んでも、それを受け入れよう。

 だって、ボクはこんなに優しい人達を騙したんだから。


「ほ、本当なの?」


「はい。真実です」


「だ、だって、香月伯爵って長い黒髪なんでしょ!?わ、私、前に帝国から送られてきた羊皮紙で見たよ!?」


「これは――」


 そうだった。

 

 今のボクはエルミアと同じ銀色の髪をしていたんだった。

 この世界では髪を染めるという事をしない。

 だからみんな気付かなかったんだ。


 眼前にアイテム箱を出現させて、その中から小瓶を取り出す。

 それは髪を染める為に使った錬金術で作り出した丸薬を納めた物。

 中に入っているのは『毛髪(レクトゥス)の丸薬』。

 イメージした通りの髪に染める事ができる代物。


 ボクは小瓶から丸薬を1つ摘み出し、それを飲み込んだ。

 

 目の前で移り変わる髪色に、セシリア達は度肝を抜かれ驚いた。

 みるみるうちに銀色から黒髪へと戻る頭髪。

 やがてうっすらと輝いていた光が消え失せると、そこにはボク本来の黒髪が現れた。


「....これがボクの元々の髪色です」


「く、黒髪.....」


「あっ!!羊皮紙に書いてあったのと同じ顔!!」


「そ、それじゃ、本当に....楓は香月伯爵様....なの?」


「そうです。みなさんに嘘を吐いていてすみませんでした」


 謝意を伝える為に深く頭を下げた。

 みんなの顔が見えない程に深く、長い長い時間を掛けて。


 やがてゆっくりと顔を起こすと、セシリア達はお互いの顔を見合わせ盛大に笑い声を上げた。


「あははは♪やっぱりそうだったんだね♪おかしいと思ったのよ♪」


「うんうん♪」


「通りであんなに強い訳ですね」


「....ああ」


「って言うかよ、なんで『巫女』なんだ?」


「そりゃ、見た目が女性だからだろ?」


「ああ、なるほどなぁ」


「....そんなことよりも、私達は気軽に楓――香月伯爵様に接していましたけど、大事なのではないでしょうか?」


「にゃ!?そ、そうでしゅよ!?せ、先生どうしましょ!?く、クビでしょうか.....」


 ボクの予想していなかった光景に、息を飲んだ。

 

 なんでみんな楽しそうに笑っているの?

 ボクは、みんなに嘘を吐いたのに。

 それなのに.....

 みんなは.....

 そんな事まったく気にも留めずにいつも通り騒がしくて....

 本当に.....

 善い人達なんだから.....


「....ありがとうございます。みんなに出会えて良かった」


 涙を流してごちゃ混ぜの感情のままみんなと笑い合った。

 

 みんなは騙していた事なんて気にも留めずに、逆に恐縮しながら話し掛けてくれた。

 今まで通り接して欲しいとお願いして事なきを得たけど、この数奇な出会いに感謝したのは言うまでもなく....


 本当に、【カムーン王国】へ留学して良かったと思えた。

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