第二百ニ十八話 のんびりした日々
【カムーン王国】の王都にある、王立騎士学校。
校舎の裏に建設された、訓練用施設では、剣撃の音が高らかに奏でられていた。
「「はぁああああああ!!!!」」
気合を込めた両者の呼応。
手に持つ幅広の両刃剣が、上段から振り下ろされる。
相対する少女は、小太刀である二刀を交差させて、その攻撃を受けてみせた。
「ぐぬっ....」
耳を劈く高音の後、苦悶の表情を浮かべた少女こと、剣聖ブレンダ。
土の地面に踵をめり込ませ、衝撃の強さを周囲の観衆に伝えた。
ボクは、すかさず腰後ろから黒短剣を逆手で引き抜き、ブレンダさんの胸元目掛けて放つ。
「っ!?まったくあぶないのぉ....」
ブレンダさんはバックステップで距離を取り、ボクの攻撃をなんなく躱す。
ボクの間合い外から忌々しげに視線を送り、手に持つ二刀を握り直した。
やっぱり....強い。
さすがは師匠と同じ剣聖だ。
何度も剣を振るっているのに掠りもしない。
速さだけなら師匠以上。
だけど、重さは無い。
師匠ならボクと鍔迫り合いになれば、即座に力で押し返して来るし....
「楓は速いのぉ.....じゃが、これならどうじゃ?」
口角を上げてニヤリと笑う。
次の瞬間、ブレンダさんの身体がゆらりと揺れて、残像を残して姿を消した。
....後ろ!?
殺気を感じ、身を翻して剣を構える。
力強い衝撃をその身に受けて、ボクの身体は後ろに引き摺られた。
「.....なんっちゅう反応速度なんじゃ?まさか受けられるとは思わなかったのぉ」
二刀を振り抜いた格好のまま、ブレンダさんが称賛の言葉を漏らす。
ボクが反応できたのは、今まで師匠から教えを受けていたから。
殺気を感じ、気配を感じ、相手を観察してどんな攻撃方法をしてくるか予測できただけ。
小柄なブレンダさんが、速度を活かした攻撃をしてくるなんて、数合打ち合っただけでわかる。
だって、師匠みたいに力技ではなく、細かな技術で刀を振るっているんだもん。
「今のは、技ですね?」
「そうじゃ。刀術《花影》。俊足を活かし、一気に間合いを詰めて死角から急襲するのじゃ。
知っておるじゃろうが、技として昇華するには言うは易し、行うは難しというやつじゃの」
「そうですね....」
ブレンダさんの言う通りだ。
剣技や刀技。
槍技や格闘技など。
攻撃魔法を使えない人が長い年月を掛けて研鑽を積み、ただの攻撃を華麗な技として昇華した。
もちろん、ボクや師匠みたいな魔法剣士は、技と魔力を融合させた《抜打先之先》とか使えるけどね。
それにしても....ブレンダさんは色々な技を知ってそうだなぁ.....
師匠は、技とか知らないのにあんなに強いからなぁ....
今まで技なんて1つしか使えなかったし、ここは1つ色々伝授してもらおう。
ん~....フェイさんにも教えてもらって....せっかくだから、カムーン王国に滞在中はそっち方面もやってみようかな?
なんだか、剣豪小説の主人公みたいだ。
「ブレンダさん!!」
「なんじゃ?」
「生意気な事を言ってしまい、申し訳ありませんでした。よろしければ、他にも色々技を見せていただけませんか?」
「ふむ.....殊勝な事を言うの。じゃが、ワシの授業料は高いぞ?まさか、『無料で』などと虫がいい事を言うつもりかの?」
「いいえ。もちろんお礼はします.....
そうですね.....ブレンダさんが食べた事のない、お菓子でもいかがですか?
おそらく、このお菓子は世界で初めてブレンダさんが食べる事になると思います」
「ほほう.....じゃが、ワシはあまり甘い物が好きではないのじゃが?」
「はい、知ってます。ですから、砂糖は特製の物を使いますし、甘さは控えめでいて、後味すっきりとした爽やかなお菓子を作るつもりです。
.....きっと、ブレンダさんは気に入っていただけると思いますよ?」
「ふむふむ....女王陛下が『料理上手』と称する程の腕前を持つ楓のお菓子かの....良いじゃろう。
じゃが、そのまえにこの試合の決着を着けねばならぬの?」
「いえ、決着はもう着いています」
「....なんじゃと?」
「気付きませんか?胸元の違和感に」
ボクにそう言われ、ブレンダさんは自分の胸に視線を落とす。
そこには、赤い騎士服の間に白いハンカチが刺し入れられていた。
それは、試合開始直後にボクが入れた物。
腰に帯びた二刀を引き抜き、ボクに肉薄したブレンダさん。
ボクは手に持つ聖剣デュランダルで迎撃しながら、隙をみてハンカチを捻じ込んだのだ。
「いつの間にこんな物を....」
「あはは♪ブレンダさんがボクの小手調べをしていた時ですよ♪もっとも、ずっと小手調べをしていたみたいですけどね♪」
「まったく、呆れる程に楓は強いのじゃな。全てお見通しとは.....」
「いえ、ボクの挑発に乗ってくれたブレンダさんだからこそですよ♪」
「じゃがの?これで終わりにするには、もったいないと思わぬか?」
「そうですね....では、ここに居る生徒全員に、稽古でもしましょうか?」
「ほほぅ?それは名案じゃの。ワシは、弟子は取らぬが稽古を着けるのは好きでの」
うまく誘導できたみたいだ。
これで、ブレンダさんに技を教えてもらえる。
元々技が見たくてブレンダさんを焚き付けた訳だしね。
「それでは、キティ先生?」
「ひゃい!?」
「トーナメントを中止して、剣聖ブレンダさんとボクがみなさんに稽古をしようと思うのですが、いかがでしょうか?
こんな機会、滅多に無いと思いますよ?」
有無を言わさぬ視線を送り、必殺『王子様スマイル』をキティ先生にぶつける。
案の定キティ先生はトロ顔を晒し、呆けた顔でボクの言いなりになった。
ただ、効果ありすぎだ。
キティ先生だけじゃなく、後ろに控えていたカーラやアンまでもが破顔してボクに潤んだ瞳を向けて来る。
女性だけならまだしも、同性であるバートやバリーまでもがボクの幻惑に掛かり、顔を真っ赤に染めていた。
そこから先は、まさに試練だった。
アビーの生徒までもが入り混じり、ボクとブレンダさんに稽古を着けられる。
一合打ち合えば即座に至らぬ点を指摘して、代わる代わるボクと切り結ぶ。
特に顕著だったのは、やはり下半身。
足捌きがまったくできていないし、訓練用の刃引きされた鉄の剣をまともに振るう事すらできない人が多かった。
やはり、入学から2ヶ月の1年生はまだまだ新米冒険者以下の力しか無いのだろう。
でも、1年生はまだわかる。
アビーのクラスは1学年上なのだ。
要するに、2年生になってもまだまだ訓練不足で、これといった光る存在すら皆無だった。
カムーン王国の騎士の行く末に、一抹の不安を覚えたと言える。
「では、残り1時間は下半身の鍛錬に重点を置き、鎧を纏ったまま走り込みをしましょうか?」
「うむ!!それが良いかの!!」
ボクの提案にブレンダさんも同意してくれ、先を走る生徒達を後ろから追い掛け回す。
全身鉄鎧を纏った生徒達は、汗だくになり臭気を充満させて一生懸命走った。
男も女も関係無い。
そこにはただ強くなりたいという思いを持った、騎士を目指す生徒達の姿があった。
みんなはすごいと思う。
目標があって、それに邁進する事を躊躇しない。
力を付けて、大切な者を守る為に努力してる。
痛い思いをしても歯を食いしばってそれに耐えた。
息も絶え絶えに全身汗でびっしょりになりながらも、目には力強さを感じる。
みんなカッコイイと思うよ。
ボクだって負けていられないね。
お昼を過ぎてボクとブレンダさんの特訓も終わり、今日の授業は終了した。
アビー先生とキティ先生のクラスを合わせて、総勢70名以上の生徒達は、ブレンダさんに感謝を告げて訓練場に寝転がる。
立つ事もできず盛大に胸を上下させて呼吸をしている様から、満身創痍な状態だろう。
こっそり魔力の帯を伸ばし、一気に回復魔法を掛ける。
やっぱり一度にこれほど大勢に魔法を使うと、ごっそり魔力が減った気がする。
それでも広域殲滅魔法1回分くらいだろうか?
アゥストリの開発したこの魔法は、本当に便利だなぁ....
「ではの。メリッサによろしく言っておいてくれ」
「ブレンダさんもメリッサをご存知だったのですね?」
「うむ。メリッサは腕の良い鍛冶師じゃからの。王都に住まう、騎士や剣士は皆が知っておるじゃろう。少々性格に難があるが――楓も学ぶ事が多いじゃろう」
「あはは♪メリッサは武具の事になると、他の事を考えられなくなってしまうみたいですからね♪」
「そうじゃの」
軽くシャワーも浴びて着替えも終わり、学校の門でブレンダさんとティル王女と別れる。
「また夕食をご一緒に」とティル王女が悲しそうに告げたので、頷きながら手を握って微笑んでおいた。
気に掛けてくれるのはとても嬉しい。
ティル王女は優しい人だから。
うぅん、そうじゃないね。
エリーシャ女王様も、ティル王女も、エメ王女も、剣聖の2人も。
それにクラスのみんなもとても優しい。
街中を歩いていると好奇な視線を感じるけど、概ね善い人が多いのだろう。
一部ゴミが居るけど、それもいずれは一掃しよう。
帝都と同じように.....
貴族街と平民街の中間にある王立騎士学校を出て、メリッサのお店へと歩いて行く。
途中で食材を買い込んで、無事に目的地に辿り着いた。
どうでもいいけど、なんか沢山おまけしてくれたのはなんでだろう?
店主のおじさんが終始ニコニコ笑顔でちょっと怖かった。
あれかな?
ボクを女だとでも思ったのかな?
そりゃ確かに女性物の制服を着ているけど....
まぁいいか。
「こんにちは~」
「あいよ。いらっしゃいな」
木戸を開けて店内に足を踏み入れると、チリンとドア鈴が鳴り響き、メリッサが元気に迎え入れてくれた。
整理整頓された綺麗な店内。
種類事に分かれて陳列された武具やアイテムの数々。
とてもじゃないけど、ずぼらな師匠に鍛冶を教えた人とは思えない。
だけど、メリッサの仕草は師匠にソックリだ。
厚手の革手袋を重ねてポンと置く仕草や、カウンターの椅子へ腰掛ける時に背もたれへ手を添える感じ。
見た目はまったく違うのに、見ているだけで心が落ち着く。
ボクにとって、それだけ師匠は特別な人なんだ。
「メリッサ、お昼ごはん食べた?」
「いんや、まださね。カオルが来るって聞いたからね。待ってたって訳さね」
ニヤっと笑い、カウンターの上で手を組んだメリッサ。
視線がボクの手に持っている編み篭の中へ送られ、「作ってくれるんだろう?」と言わんばかりだ。
もちろんそのつもりで買って来た。
朝メリッサのところへお邪魔すると、フェイさんに頼んで文を送ってもらったしね。
「それじゃ、すぐに作るからキッチンを借りるね?」
「お願いするさね。ところで.....カオルはなんでそんな格好をしてるのさね?」
ボクの服装を見て、メリッサは首を傾げた。
メリッサはボクが男だと知っているので、ボクが女性物の制服を着ているのが不思議なんだろう。
だから、学校であった事を伝えて説明すると、「ふむ」と頷いて頭を撫でてくれた。
もしかしたら、ボクが嫌々こんな格好をしていると思ったのかもしれない。
だけど、「そっちの方が似合っているさね」なんて訳のわからない事を言われても.....
ずっとこの格好をしろって事なのかね?
確かにこの格好の方が楽だし、かぶれた足も治ると思うけど....
まぁいいか。
とりあえず昼食を作ろう。
お店の奥にある作業場を抜けて、メリッサの居住スペースへと向かう。
作業場も綺麗に整頓されていて、メリッサの性格が良くわかった。
ちょっと小さなキッチンで、買って来た野菜や果物を水で洗う。
その間に《魔装 信頼》で黒いメイド服に着替えを済ませ、魔力の帯を多様しながら昼食を作った。
小気味良い音を奏でるダマスカスの包丁とまな板。
作る料理は白パンに簡単なホワイトシチュー。
それに海藻サラダと果物の盛り合わせ。
ちょっと量が多くなってしまったけれど、2人なら食べられるかな?
おまけしてくれた果物は石室に入れて保存しておこう。
ついでに保冷剤代わりの氷塊をを魔法で作り出し、一緒に入れておいた。
「メリッサ~?ごはんできたよー?」
「あいあい、今行くさねー」
キッチンの傍にある2人掛けのテーブルに料理を並べ、お店に出ていたメリッサに声を掛ける。
ボクが料理をしている間に、2~3人のお客さんが来ていたみたいだけど、今はそれもいないみたいだ。
正直、メリッサのお店に来たのは2回目だけど儲かっているのか不思議だ。
メリッサは、王都でも5本の指に入る名工だとフェイさんに教えてもらったけれど、そこのところはどうなんだろう?
売っている商品は間違いなく素敵な代物だし、見る人が見れば良い品だとはわかるだろう。
でも、それならなぜメリッサは1人でお店をやっているのかな?
あまりツッコンで聞くのも失礼かもしれないし、メリッサから話してくれるまでしばらく待とう。
毎日ここへ来れる訳じゃないからなぁ.....
「あれま....今度はメイド服さね。カオルはやっぱりそういう服の方が似合うさね」
「あはは....まぁ.....師匠もそう言ってましたけど.....」
「なんだい?ヴァルの趣味なのかい?」
「そうですね....帝国に居た時も、ずっと女性物の服を着ていましたね....」
「そうかいそうかい。それなら、うちに居る時はそっちを着てればいいさね。その方がカオルも楽なんだろう?」
「まぁ....」
オモチャでも見るようなあどけない目でボクを見てメリッサは嬉しそうに笑い、またボクの頭を撫でてくれた。
最近はどうも頭を撫でる人が多い気がする。
ボクが子供だからだろうか?
そのせいで、ボクも人の頭を撫でる事が癖になってしまっているんだけど....
ボクの作った昼食を食べ、メリッサは終始ニコニコしていた。
「美味いじゃないのさ!!」なんて興奮していたけど、作った身としてはとても嬉しい。
料理には自信があるしね。
だけど、アイナに料理の腕を抜かれそうだから安心してもいられない。
もっとも、ボクの料理のレパートリーはまだまだ沢山あるから、アドバンテージはボクの勝ちだと思うけどね。
「そうそう、悪いんだけど、わたしゃこのあと鍛冶ギルドに顔を出さなきゃいけなくてね。少しの間店番頼むさね」
「わかりました。商品の売値は書いてある通りで良いんですよね?」
「そうさね....カオルなら原価もわかるだろうけど.....ま、そのまま売ってくれさね」
「わかりました」
リンゴをシャリシャリ食べながら、メリッサは嬉しそうに破顔してた。
ボクの事を信用してくれているみたいだ。
そりゃそうか。
鍛冶を教えた師匠の弟子なんだもん。
変な事をしないなんて、わかりきってるよね。
まぁ、万が一なんて事があっても、ボクは貴族でお金もあるから賠償なりなんなりできるしね。
昼食を終えて片付けを済ませメリッサを見送る。
どうでもいいけど、そのダボダボのチュニックとズボン姿のまま出掛けるのはどうなのだろうか?
店内や作業場などあんなに整理整頓ができて素敵な人なのに、身だしなみが適当って....
もしかして、職業A型ってヤツですか?
私生活が適当で、仕事だけ几帳面とかいう.....
はぁ....やっぱり師匠の師匠だ。
暇つぶしって理由じゃないけど、せっかくなので店内を掃除しながら商品を一つ一つ手に取って見る。
メリッサのこだわりというか、やっぱり革と革や、鉄と鉄の間に使われる帯革の使い方が秀逸だ。
縫製も部材事に変えているし、なんと言っても丁寧だ。
師匠はこういうところが大雑把だし、オナイユの街に住んでるレギン親方は豪快だからなぁ。
個人的にはメリッサの防具みたいに丁寧な方がボクには合ってると思う。
それにしても暇だなぁ....
経営は大丈夫なんだろうか?
しばらくボーっと店内の掃除をしていると、扉が開いて鈴の音が鳴った。
待望のお客さんだと思ったら、見知った顔がそこにはあった。
「いらっしゃ――あれ?エーファさんとイーナさん?どうしたんですか?」
「「えっ!?」」
ボクが呼び掛けると2人はキョトンとした目でボクを見て、お互いに顔を見合わせた。
ハーフアーマーにサーベルを帯剣した人間の女性がエーファさんで、ブレストプレートにトライデントを持った猫耳族の女性がイーナさんだ。
うん、一昨日会ってるし見間違いではないはず。
物覚えは良い方だしね。
「こ、香月伯爵がなんでこんなところに!?」
「メリッサのお店だよ....ね?」
「そうですよ?ああ、ボクがここに居るのは、カムーン王国に滞在中はここで色々教わる為です。
知らないかもしれませんが、ボクの師匠――元剣聖のヴァルカンに鍛冶の技術を教えてくれたのがメリッサなんです
その縁で修行と言うかなんというか....所謂勉強の為ですね
それで、お二人はどうしてここへ?」
「わ、私達は武器の手入れをお願いしに.....」
「う、うん....」
なんだか知らないけど、オドオドした2人。
一昨日会った時は快活というか、もっと口数が多くて元気なイメージだったんだけど....
もしかして、アレかな?
神速の抜刀術と、《抜打先之先》を披露したから?
それでなんとなくボクに近寄りがたい感じになってしまったのだろうか?
あの時手合わせしたアドルファス伯爵に比べれば、全然2人を嫌ったりはしていないんだけどなぁ。
「そうですか。メリッサは今出掛けていて席を外していますけど、よければボクが手入れをしますよ?」
「よ、よろしいんですか?」
「い、いいの!?」
「はい。とは言っても手入れの値段がわからないので、あとでメリッサと相談してください。では、こちらへどうぞ」
お店の隅にあるテーブルに2人を案内し、せっかくなので紅茶を淹れて2人へ差し出した。
お茶請けも必要かと思い、アイテム箱から焼き菓子のクッキーを取り出し、お皿に乗せて2人へ。
2人は恐縮していたけれど、紅茶を一口啜り安堵の溜息を吐き、クッキーを齧って満面の笑みを浮かべた。
なんだか百面相みたいで忙しい人だ。
「口に合ってよかったです」と告げて、2人から武器を受け取った。
持ってみてわかる。
白銀製の名品。
刃幅はそれほど広くないけれど、細部にまで作りこまれた金と銀の装飾がとても綺麗なサーベル。
国色である、赤の飾り布が口金部分に巻かれた三叉のトライデント。
聞けば、どちらもメリッサが作ったらしい。
なるほど。
名工と言われるだけはあると思う。
重量バランスも考えられているし、白銀だから見た目のわりにとても軽い。
「素晴らしい品ですね」
「はい、命を預けるに足る武器だと思います」
「でしょでしょ♪高かったんだから~♪」
真面目なエーファさんに比べ、イーナさんは無邪気というかいい加減と言うか....
それにしても、クッキーぐらいで随分ボクと打ち解けたものだ。
ある意味チョロイのかな?
滑り止め用の持ち手の布を外し、サーベルとトライデントに《浄化》の魔法を掛ける。
それだけで武器は本来の輝きを取り戻し、くすみが取れて綺麗になった。
あとは本来であれば錆び止め用に油を塗るんだけど、白銀は錆びる事が無いのでこのまま。
新しい布地を柄に巻いて、2人に具合を見てもらった。
「す、すごいですね....魔法....ですか?」
「ほわぁ....ピカピカだぁ.....」
《浄化》の魔法を初めて見たのか、2人はそんな感想を口にした。
そういえば、《浄化》の魔法を使っている人を見た事が無いなぁ....
ボクは簡単に覚えて使っているけど、もしかしたら凄い魔法なのかも。
今度調べてみよう。
そうこうしている間にメリッサが戻って来てエーファとイーナに挨拶を交わす。
2人の武器の手入れをした事を話し合格点をもらえた。
「やっぱりカオルは優秀さね」
「まったくですね。香月伯爵は、とても有能だと思います」
「だねだね♪それに、めっちゃ強いし♪」
「そうなのかい?」
「おや?メリッサは知らなかったのですか?おそらく、香月伯爵はブレンダ殿よりも強いかもしれませんよ?」
「だよだよ!!私達じゃ相手になんないもん!!こ~んなちっこくて可愛いのに強いなんて、反則だよ!!」
.....ちっこいは余計だと思うんだけど。
むぅ....牛乳いっぱい飲まなきゃ。
「そうかいそうかい。さすがヴァルの弟子さね」
「ヴァル....元剣聖ヴァルカン殿ですか.....」
「ん~....私達はその人の事詳しく知らないんだよね~....」
ん?どういうことだろう?
師匠の話しなら興味があるよ?
「そうさねぇ....あんた達騎士団長が代替わりする前の話しさねぇ....」
「あの、メリッサ?よければ師匠の事教えてくれない?」
「なんだい?カオルはヴァルの傍に居たんじゃないのかい?」
「えっと、ボクが師匠と出会ったのは、2年くらい前の話しだから....」
「そりゃ、うちを出てすぐの話しじゃないのさ。そうかいそうかい、そうだったのかい」
それから、メリッサは昔を懐かしむように話してくれた。
剣聖の職を辞した師匠は、何もやる気が起きずにしばらくの間酒場を彷徨っていたらしい。
そこでメリッサと出会い、行き場が無いならばと鍛冶の仕事を教えたそうだ。
元々剣聖として長年研鑽を積み武器の扱いに優れていた師匠は、才能もあったのかメリッサの下でメキメキと鍛冶のスキルを身に付け、半年を過ごしてイーム村に引っ込んだとの事。
なぜイーム村なのかと言うと、「訓練場もあり争いごとに無縁そうだから」とメリッサに答えた。
その後ボクに出会い今に至るという訳だ。
「それが今じゃ、将来の伯爵婦人だってんだから、人生ってのはわからないものさね」
「....そうだね。ボクが師匠に出会えたのも、メリッサが居たからかもしれないね」
「なんだい?わたしゃ、カオルに感謝されるような事をしたつもりはないさね」
「うぅん。メリッサが師匠に鍛冶を教えなければ、もしかしたら師匠はイーム村に行かなかったかもしれない。だから、ボクはメリッサに感謝する。ありがとう」
「よ、よしてくれさね.....わたしゃ、ヴァルに鍛冶を教えただけさね....」
メリッサはそう言って頬を掻いた。
恥ずかしさを誤魔化す為か、ボクが淹れた紅茶を啜り視線を逸らす。
だけど、本当に感謝してる。
だって、ボクは師匠に出会えたから今こうしていられる訳だし、もし師匠に出会えなければどうなっていたかもわからない。
もしかしたらゴミに掴まり売られていたかもしれない。
この世界は人の命がとても軽い。
それこそ奴隷があんな安値で売買されているんだ。
想像しただけで身震いがするよ。
「香月伯爵は、ヴァルカン殿と婚約されている訳ですよね?」
「そうです。将来は、師匠にボクの子供を産んでもらいます。きっと師匠に良く似た綺麗な子供が産まれますよ」
ニッコリ微笑んでそう答えた。
師匠は美人さんだからね。
きっと、物凄い美人が産まれると思う。
男の子だったら、美形だろうね。
師匠はエルフだから、人間のボクとの間に産まれる子供はハーフエルフかな?
そのうち「この子と結婚します!!」とか言われて彼女とか連れてくるんだろうか。
それはそれで楽しみだ。
ボク自信はまだ子供だからわからないけど、師匠は泣くんだろうなぁ。
「子供....ですか....」
「ひゃわぁ....いいなぁ.....」
「そうさねぇ....カオルは12だったから....あと3、4年先の話しさね」
「さ、さすがに結婚してすぐ子供が産まれるなんて事は.....」
「何言ってるさね!?カオルは貴族なんだから、早く世継ぎを作る義務があるさね!!」
「そ、そうですよ!!我がカムーン王国でも、世継ぎ問題で改易される貴族は少なくないんですからね!!」
「そうそう。あのベートですら子供が居るんだもんね~」
ベートって言うと....
ああ、あのベート・リ・ポージュ子爵の事か。
騎士学校時代の成績がどうのこうのって自慢してたあの人がねぇ....
世の中はよくわからないものだ。
その後、エーファとイーナは紅茶とクッキーのお礼を言ってお店を出て行った。
少なくないお金を手入れ代金として置いていったけど、良いのかね?
メリッサは、「騎士団長は高給取りだからいいんだよ」なんて言ってたけど、そういえばあの2人は赤樹・赤衣騎士団の長だったっけ。
全然そうは見えないけどなぁ。
メリッサの指導の下、帯革の使い方を教わりその日はそのまま王城へ帰った。
帰り際メリッサのところへ隣に住む住人が挨拶に来ていたけど、チラリと聞こえたのはそこから出て行く話だった。
どうやら隣も商家で、帝都へ行って一旗上げるらしい。
上手くいくといいね。
今日も今日とて王城の食堂でエリーシャ女王様とティル王女、エメ王女と夕食を共にする。
ボクの寮行きは完全に頓挫したらしい。
それも仕方がないんだけれど、いつまでも王城で厄介になるのはどうなのだろう?
エリーシャ女王様は「ずっと居ていいのよぉ~♪」なんておどけていたけど、ただでさえお世話になりっぱなしなので、これ以上甘えるのは....
う~ん....フェイさんあたりに相談して、どこかに家を借りようかな?
毎日宮殿から《雷化》で通おうと思ったけど、それじゃボクの成長にならないし....
難しいところだ。
「カオル?」
「え?ああ、ごめんね。エメ王女」
あーんをさぼっていたからか、ボクの膝の上でエメ王女が首を傾げて食事の催促をしてきた。
ちょっと考え事をしていただけなんだけどね。
「はい、あーん」
「あーん」
「美味しい?」
「(コクン)」
本当に愛らしいエメ王女。
段々アイナにソックリになってきた。
過保護かな?と思うけど、ボク自信の平穏の為にこれは止められない。
どこかに家を借りても、たまにこうして食事をしに来ようかな。
「あ、主様!!え、エメばっかりずるいです!!わ、私にもしてください!!」
「あらあらぁ~♪私もしてもらいたいわぁ~♪」
毎回毎回なんでこの2人は子供っぽい事を言ってくるのだろうか?
まぁ、それに負けてあーんをするボクもボクなんだけど。
いいのかね?一国の女王と王女がこんな感じで。
傍に控えるメイド達も、微笑ましそうに見ているし。
はぁ....なんだかなぁ.....
夕食を終えた後は、ささっとお風呂に入り図書室へ。
王立図書館も王都には存在するみたいだけど、禁書などの重要な図書はここで保管しているそうだ。
他国の人間であるボクがなぜここへ入れるのかと言うと、ティル王女暗殺計画を未然に防いだご褒美だ。
元々はティル王女との約束ではあったけど、エリーシャ女王様もそれを反故にすることなく守ってくれた。
むしろ名誉貴族の男爵位なんていらないから、これだけでよかったのにね。
王城の西側の地下に建設された、陰湿と言う言葉がぴったりの場所。
鉄製の重い扉を開ければ、天井高くまでびっしりと納められた本の山。
牢屋と見間違うほどに鉄格子が何本もかけられて、扉を開けた拍子に埃が舞い、カビ臭い匂いが辺りに充満していた。
なるほど。
禁書と言われる重要文化財なだけはあるね。
物凄く厳重に保管されているし、何年、何十年も誰も触れなかったのだろう。
そりゃ、魔導書なんかが混じっていたら、いつぞやのボクみたいに取り込まれてしまうかもしれないもんね。
「香月伯爵様。では明日の朝に」
「はい。道案内ありがとうございました」
ここまで案内してくれた衛兵の男性に感謝を告げる。
約束通り重い鉄扉を閉めて鍵を掛けてくれた。
それは安全の為。
禁書と呼ばれる本には、どんな魔法が掛かっているかわからない。
もし魔物が封じ込められたりしていたら、本の中から飛び出す可能性もあるのだ。
その為に厳重な警備もされているし、鉄格子や鉄扉が存在している。
だから、ボクがここへ立ち入るにあたり、エリーシャ女王様と約束した。
『ボクの身に何があっても、カムーン王国はその責任を一切負わない』
もちろんアーシェラ様にも同意を得ている。
「カオルなら大丈夫じゃろう!!」なんて笑っていた。
まぁ、こんなところで死ぬつもりもないし、あの時とは違うんだ。
今のボクなら、たとえ再び『egoの黒書』に囚われても生還できる自信がある。
そうじゃなきゃ師匠達も許してくれないしね。
周囲を見回し本以外の不審な物がないか確認する。
壁にはびっしりと本棚が設置されていて、地下ということもあり窓などは一切存在しない。
かろうじて開いているのは鉄扉の上に空気口が2つだけ。
かび臭さが抜けていない事から察するに、あまり機能していないと思われる。
とりあえず、全ての本を魔力の帯で覆い《風の障壁》を展開する。
続いて部屋一面に《浄化》の魔法を使い清めれば、舞い上がっていた埃は全て消えうせかび臭い匂いも緩和された。
あとは全ての本を一度出して自身の左側に寄せて置き、読み終わった物から整理していこう。
アイテム箱から簡素なテーブルと椅子を取り出し、紅茶のセットで紅茶を淹れる。
渋めの紅茶で一息入れて、妖しげな魔力を感じる本を避けて普通の本から次々に読み始めた。
魔力の帯を伸ばして本を目の前に持ってくる。
あとはその場でパラパラと捲れば、あっという間に1冊読み終える。
うん。今の本は魔力考察の本か。
人体のどこに魔力があり、また使用すると減る魔力はいつ回復するのか。
様々な学者の意見をまとめ、導き出したのは血液だった。
体内に存在する血液量が魔力であり、使用する事で魔力と共に血液が減る。
限界まで使用すると目眩がするのは、血液が減った為に脳内に行き渡るはずの血液が減るから。
そこで無尽蔵に魔法を使うために編み出したのが、血と成りやすい食べ物を摂取しながら魔法を使う方法だ。
生肉や赤身の魚。
それにほうれん草や小松菜などを混ぜ合わせ、細かく砕いてゲル状にして飲み込むといったもの。
試験の結果は――見事に惨敗。
被験者である魔術師達は嘔吐を繰り返し、最後には気絶したそうだ。
これにより血液=魔力という仮説は成り立たなかった。
バカなんじゃないだろうか?
いくら血肉に成りやすい食べ物を食べたからといって、すぐに血になるわけじゃないのに....
というか、よくやろうと思ったね?
嘔吐したのだって、そんなゲル状の食べ物を食べれば誰だって吐くにきまってるじゃないか。
実行した気概は称賛に値するだろうけど....
はぁ....
昔の学者さんは何を考えているんだろうか。
持参した羊皮紙に本の題名と内容を書き綴り、右側の空いた本棚に納める。
今後二度と開くことは無いだろう。
そうして次々に本を読み進め、羊皮紙に目録を作っていく。
これもエリーシャ女王様に頼まれた事だ。
以前は存在していたらしいけど、いつの頃からかこの禁書達の目録も失われてしまい、誰も触れる事がなかったそうだ。
なんとももったいないと思う。
しばらくそうして本を読んでいると、ボクの興味を引き付けられる本に出会った。
それは、『魔法使い』と銘を打たれた一冊の本。
この世界で魔法を主に使う人は『魔術師』と呼ばれる。
それなのに、この本に登場するのは『魔法使い』だ。
何が違うのかさっぱりわからないけど、なんとも興味をそそられる。
本の内容は大まかに分けて5つ。
魔法陣について。
使い魔について。
箒及び杖について。
魔術、妖術、幻術、呪術について。
賢者について。
なんというか.....
童話みたいな内容だった。
特に『魔法使い』と銘を打っているにも関わらず、登場人物は女性。
本の中では『魔女』と呼ばれていたけど、男はいないんですか?
まぁいいか。
まずは魔法陣。
これはボクも知ってる。
土竜を召喚した時に現れたのが魔法陣だ。
空中や地面に浮かぶ光輝く魔術文字。
魔宝石に描く物と同じ文字で、魔法を強化するもの。
普段ボク達魔術師が使う魔法は、呪文詠唱をする事でこれを省略しているけど、本来魔法を使う時は魔法陣が必要だ。
まぁ、無詠唱が存在する現代では廃れたと言っていいかもしれない。
用途が変わったと言うべきかな?
次に使い魔。
これは面白そうだ。
召喚魔法で呼び出すのは、かつて、又は現在存在している者を呼び出す物。
使い魔はまったく違うもので、魔法生物と呼ばれる自身で作り出した半身を使役するそうだ。
やり方とかも細かく書いてあるけど.....
普通の人は、材料を集めるだけで一生掛かるんじゃないだろうか?
術式も難解だし、作れる人いるの?
まぁ、後で試してみよう。
《雷化》の使えるボクなら、移動も光速で行えるし材料集めに苦労する事はない。
上手くいけばできるかもしれない。
箒と杖は.....どうでもいいね。
魔力の制御か消費減衰とか今でも伝わってる技術だし、空を飛ぶのに箒なんて必要ないし。
魔術は普通の魔法か。
妖術は種族事に使える物が違う?
化術で身体を変化させ、文字通り獣となって力を振るう。
中でも狐耳族に伝わる秘術は《変化の術》と言われ、自身の身体を他者に似せる事ができ、又それの逆もしかり。
アーシェラ様が使っていたのはこれかぁ...
ふ~ん....面白そうだ。
幻術は化術の使えない者があみ出した物であり、効果は様々。
あれ?なんかそれしか書いてないぞ....
幻惑魔法って事なのかな?
あまり詳しく書いてないのは、あまりにも危険だからかもしれないけど.....
う~ん、気になる。
呪術は読んで字のごとく呪いか。
とは言っても、人を不幸にする事だけじゃなくて、祈祷とかも含まれる。と。
陰陽師的な人達の事かな?
色々あるんだね。
で、最後に――賢者か。
真理に至る徒。
え?それだけ?
どういう意味だろうか.....
結局意味もわからないまま本を棚に納めた。
使い魔と数々の魔法は気になったので、そのうち時間を見つけて調べてみよう。
後は全ての本に目を通し目録を仕上げる。
ここに納められていた本のほとんどは、古の学者による考察などの研究を纏めた物だった。
中には有益な魔法に関する情報も記載されていたので、今度試してみよう。
そんな中、1冊だけ魔導書らしき物があったけど、堅固に閉ざされていて開く事もなく題名だけ記する事にした。
題名は『暴食(gluttony)の白書』。
おそらく、七つの死に至る罪を模した物なのかもしれない。
という事は、他に『傲慢(pride)』『嫉妬(envy)』『憤怒(wrath)』『怠惰(sloth)』『強欲(greed)』『色欲(lust)』が存在するという事だ。
聖騎士教会に行けば、何かわかるかもしれない。
全ての本を読み終え、紅茶を飲みながらボーっと熟考していると、ガチャリと鉄扉が開かれた。
集中していたからか、いつの間にか日が昇っていたらしい。
やってきたのは道案内をしてくれた衛兵の男性と、剣聖のフェイさん。
それにエメ王女だった。
「おはようございます。香月伯爵」
「おはようございます。フェイさん、エメ王女」
「(コクン)」
嬉しそうにボクに抱き付き、エメ王女は笑顔を向けてくれた。
衛兵の男性にも感謝を告げて、テーブルや椅子をアイテム箱に仕舞い堅く鉄扉に鍵を掛ける。
今度この場へ来る時は、あの魔導書を調べる時だろう。




