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第二百ニ十七話 女装


 登校初日に大立ち回りを演じてしまったボク。

 なんとか授業を終え、フェイさんの案内で宿舎である寮へ行こうとして、なぜかティル王女とブレンダさんに掴まった。

 

 聞けば、ボクが騒ぎを起こした事をなぜか知っていて、沢山の人が押し寄せる危険があるという事で、男性寮に入寮できなくなってしまった。

 そこで、しばらくの間は王城の一室をボクの住まいとして提供してくれるそうだ。

 なんだか、最初から決まっていた事のようで何とも言えない。

 

 夕食時にエリーシャ女王様に今日の一件を伝えると、「あらあら大変だったのねぇ~♪」の一言で済まされた。

 いやいや、全部エリーシャ女王様のせいでしょうが。

 あなたが最初からちゃんと関係各省に教育しておけば、あんな慣習は無かったはずなのに。

 何の為の『王立騎士学校』なのですか。

 とは思ったけど、さすがに1人の女王にできる事は限られていて、エリーシャ女王様を責める事はできない。

 だから、今後は定期的に査察団を派遣してもらう事になった。


 なんだか、カムーン王国の内情は随分腐敗している感じがする。


 エルヴィント帝国が恵まれすぎていたのかな?

 アーシェラ様は、皇帝としてとても優秀だろうしなぁ....


 夕食後、師匠達に騎士学校の話しをすると、大笑いで一笑に付された。

 どうやら、師匠が入学した時も同じ事があったみたいで、その時はボクと同じ様に相手をコテンパンにやっつけたそうだ。

 だから、ボクも同じ事をするだろうとわかっていたって。

 それなら、始めに一言言っておいてくれればいいのにね。

 まぁ、良い人生勉強になるのだろうって思ったのかも。

 でも、フェイさんがボクの剣の師匠って事には泣き叫んでいた。

 本当に.....可愛い人なんだから♪


 それとアブリルは、いつもの様に「ニャーニャー」言いながら「好きにすると良いにゃ」って言ってくれた。

 ボクがここへ来る時もそう言ってくれたしね。

 

 今日が水曜日だから、日曜日に帰りますって言ったら、みんな喜んでくれた。

 とっても嬉しい。

 日曜には、初めてジャンニさんが行商を連れて来てくれる事になってるからね。

 心配なんだ。

 青空市を開くんだけど、壁を抜いた建物でも造っておこうかな?

 定期的に来てくれるし、雨が降ったら困るもんね。

 ボクの学校の生徒達も楽しみにしてるから。


 深夜の寝静まった頃、不意に違和感を感じて目を覚ます。

 

 ベットのシーツがこんもり膨れていた。

 それも、ボクの股の間で。


 エメ王女かな?と思ってシーツを捲ってみると、そこにはルルが居た。

 

「....何してるの?」


「主様に会いに来ました」


「こんな夜更けに?」


「はい。何か、ご不便はありませんか?ルルは、主様が心配です」


「....エリーシャ女王様も、ティル王女も、エメ王女も本当に良くしてくれてるから、不便は無いよ?」


「そうですか....」


 何か言いたげなルル。

 

 何千年もボクの事を探していたからか、離れてしまって寂しくなったのかもしれない。

 こんなにボクの事を想ってくれるなんて嬉しい。

 だから、朝までは居ていいよって告げた。


「本当によろしいのですか!?」


「うん。来ちゃったものはしょうがないでしょ?だけど、誰かに気付かれる前に帰るんだよ?ルルも、明日は学校でしょ?」


「はい」


「みんなと仲良くしてる?何かあったら言うんだよ?」


「はい。みなさん、本当にルルと仲良くしてくれています。

 長く生きてきましたが、これほど人と触れあった事はありませんでした」


「そっか♪よかった♪ルルは、幸せになっても良いんだからね?ボクを見付けたんだから」


「はい。ルルは、主様に出会えて感謝しています」


「うん。そんなところに居ないで、こっちへおいで?一緒に寝よう」


「はい」


 ルルの表情は、とても嬉しそうだった。

 

 ずっと1人で旅をしてきたルルは、幸せになる権利があると思う。

 ボクの押し付けかもしれないけど、それでも人並みの幸せを感じて欲しい。


 その後は、涙を流して喜んだルルと抱き合って眠った。

 中々寝付けないルルの頭を何度も撫でて、流れた涙をシーツで拭う。


 明日の朝には乾いて消える。

 喜びも、悲しみも、何もかも。

 そして、また嬉しい事があれば泣けばいい。

 もう、ルルに悲しい涙はいらないから。











 翌朝、いつもの起床時間よりは少し遅いくらいに目が覚めると、既にルルの姿は無かった。

 転移で帰ったのだろう。

 ただ、ベットの上にルルの身体の跡が残っていた。


「おはようございます」


「あら~♪カオルちゃんおはよう~♪」


「お、おはようございます!!主様!!」


「(コクン)」


 昨日と同じ朝食の時間に食堂へ赴くと、エリーシャ女王様達は既に朝食を取っていた。

 

 ボクの姿を見たエメ王女が、「ここに座れ」と言わんばかりに座っていた椅子を叩き譲ってくる。

 慣れたもので、それに従い椅子に腰掛けると、エメ王女はボクの膝の上にちょこんと座った。


「カオルちゃんの膝の上はぁ~♪エメちゃんの指定席になっちゃったわねぇ~♪」


「そうですね。軽くて可愛いので、ボクは全然構わないんですけどね」


「(ニコッ)」


 エメ王女が可愛らしい笑顔を向けてくる。


 本当に軽くてアイナみたいだ。

 ホームシックに掛かるかと思っていたけど、エメ王女とフェイさんのおかげでそんな事もないなぁ...


 そして、ボクの分の朝食が運ばれる。

 

 今日の朝食は、柔らかい白パンとコーンスープ。

 ゆで卵にトマトのサラダ。

 軽食とも言える朝食だけど、小食のボクには丁度良い。


「カオル?」


「はいはい。あーん」


「あーん」


 さっきまで自分で食べていたのに、ボクが来ると『あーん』をせがまれる。


 中身はアイナじゃないだろうか?と思ってしまうけど、口の動かし方に品があってアイナとは全然違う。

 口元も汚さないし、実に上品だ。

 そして、これも恒例なのだが、ボクがエメ王女を甲斐甲斐しくお世話をしていると、エリーシャ女王様はニコニコしていて、ティル王女は鬼の形相で睨んでくる。

 

 いったい、ボクが何をしたというのだろうか?

 ただ、エメ王女に過保護なだけなのに.....


「.....わかりました。はい、ティル王女?あーん」


「っ!?あ、あーん!!」


「美味しいですか?」


「モグモグ.....ゴクンッ!!美味しいです!!!」


「そうですか。よかったですね」


「カオルちゃ~ん♪私にもぉ~♪」


「はいはい。あーん」


「あーん♪」


 仕方なしにティル王女にも『あーん』をしてあげると、エリーシャ女王様まで強請(ねだ)ってきた。

 まったくもって女王には見えない。

 

 大体、女王と王女になんで他国の貴族であるボクが、お世話をしなければいけないのだろう。

 エメ王女は良いんだ。

 可愛いし、なんだか義妹みたいだし。

 100歩譲ってティル王女も良いとしよう。

 エリーシャ女王様は?

 ダメだよね?

 2人の母親なんでしょ?

 まったく見えないけど。


 結局ボクの分の朝食のほとんどを3人に食べられてしまい、メイドさんが追加の食事を持ってきてくれた。

 ここへ来て3日目。

 毎朝こんな状況が繰り返され、ボクの心は疲弊していく。

 早く日曜日にならないかな....

 帰って師匠達にいっぱい甘えるんだ....


 朝食後、宛がわれた部屋で身支度を整え部屋を出ると、ティル王女と剣聖ブレンダさんが待っていた。

 

 どうやら、今日は2人がボクに着いて来るみたい。

 ブレンダさんはわかるけど、ティルは王女なんだから簡単に外出なんてして良いの?


 まぁ良いか。

 剣聖のお供付きだしね。


 城門前で衛兵さんに挨拶をして、大通りを抜けて王立騎士学校へ登校する。


 なんだか、今日はやけに人が多くて騒がしい。

 ティル王女が一緒だからか。

 自由奔放な人だけど、将来女王に即位する第一王女だもんね。


 モーゼの十戒の様に人垣が割れて、ボクはティル王女とブレンダさんと共にそこを歩く。

 

 みんな「キャーキャー」はしゃいでいる。

 朝からみんな元気だね?

 ボクはもう疲れたよ。


 玄関ホールを抜けて2階へ向かう。

 そこに、ボクの教室があるんだけど、ティル王女とブレンダさんはララノア学長に挨拶に行かなくていいのかね?

 昨日はフェイさんはそうしてたよ?

 ボクの挨拶も踏まえてなのかもしれないけど。


「おはようございます」


 教室に入り、クラスメイトと挨拶を交わす。

 

 教室にはアレックス・バート・バリーの3兄弟と、コンラッド・デリックの男2人。

 カーラとアンとダイアナが居た。


「おはようございます」


「....おはよう」


「おう!!」


「よっ!」


「あ、楓おっはよー」


「おっはー」


「おは....ティル王女様!?」


「剣聖ブレンダ様まで!?」


「何々!?どういうこと!?」


 ボクの後に続く2人を見て、みんな一様に驚いた顔をしていた。

 ティル王女とブレンダさんは、自分達の人気振りに満足したみたいで、胸を反らして自慢気にボクをチラチラ見てた。

 

 いや、2人が有名人なのは知ってますから。

 何そんな「どうだ?」みたいな顔してるんですか。

 どうでもいいですよ。

 ボクはただ、穏便に学生生活を送りたいだけです。

 

 それよりも、気になった事があった。


 アレックスだ。

 なんか机に突っ伏して心ここにあらずって感じだ。

 両頬も真っ赤に腫れ上がってるし、往復ビンタでもされたのだろうか?


「ねぇ、バート?アレックスってどうしたの?喧嘩でもした?」


「いえ、兄はその.....」


「....自業自得」


 ボクの質問に、言葉を濁すバート。

 バリーは「自業自得」とだけ言い、首を左右に振った。


 う~ん....放っておけってことかね?

 まぁ、どうでもいいか。

 大方、なんかやらかして怒られたんだろう。

 お調子者なんてそんなものだよね。


 しばらくして、セシリアとエイミートリオが息を切らせてやって来た。


 まだ授業まで時間はある。

 あんなに急いでやってきて、何か用事でもあったのかな?


 それにしても、廊下が騒がしいなぁ....

 みんなそんなに学校が好きなのかね?

 まぁ、同年代の人が集まる機会なんて、学校くらいしかないもんね。

 青春を謳歌してるんだろう。

 なんか、ボクおじぃちゃんみたいだ。


「ハァハァハァ.....お、おはよう楓....」


「おはよう、セシリア。そんなに急いでどうしたの?まだキティ先生来てないよ?」


「わ、わかってるわよ.....ちょっと....その.....きょ、競争よ!!エイミー達と競争してたの!!ね!?」


「う、うん....」


「ちょっと....水.....」


「敗者はカレンです。放課後は奢る事」


「な、なんで私なのー!?お金無いよー!?」


「い、いいから黙ってて!!か、楓?その.....なんで、ティル王女様と剣聖様が一緒なの?」


 そそくさと空いてる席に座ったティル王女とブレンダさん。

 

 なぜか隣に椅子を用意して、ボクに「ここに座って」と手招きしてた。

 セシリアは、そんな様子を横目で見ながら、ボクに説明を求める。

 ボクは、簡単に王城でお世話になっている事と、聖騎士教会の伝手でティル王女と知り合った事を伝えた。


「.....知り合いなの?」


「うん。今日は、騎士学校の授業を見学したいから来たんだって。剣聖のブレンダさんはそのお供だね。

 王女だもん、護衛は必要でしょ?」


「そう.....ねぇ、楓?本当にそれだけ?それにしては、楓とティル王女様の仲が良い様な気がするの....」


「えっ!?あー....うん。良くはしていただいてるよ?年齢も近いからね。

 それに、エメ王女も仲良くしてくれてるし」


「エメ王女様も!?」


「うん、そうだよ?なんだか、義妹みたいで可愛いんだ♪ 

 いっつもボクのところにやって来て、本を渡してくるんだよ?

 それで、『読んで読んで』って可愛くてね♪」


「そ、そう....なんだ.....」


 セシリアの顔が青ざめていく。


 大丈夫だろうか?

 貧血かな?

 やっぱり走ったのがいけなかったのかも。

 どうしよう?


「セシリア、大丈夫?顔色悪いよ?救護室行く?一緒に行こうか?」


「一緒に!?そ、それって2人きりで!?」


「ん?2人がいいならそれでもいいけど、ボクは場所がわからないからセシリアが教えてね?」


「わ、わかったわ!!じゃ、じゃぁ連れてって!!」


「うん、いいよ。ティル王女とブレンダさん~?」


「どうしたのですか?主様」


「なんじゃ?」


「ちょっと、具合が悪いみたいなので、セシリアを救護室に連れて行きますね?

 それと、ボクは主様じゃありませんから」


「ど、どうして主様がそんな事をしなければいけないのですか!?

 他の者に行かせれば良いです!!沢山居るじゃないですか!!」


「だって、クラスメイトだから。それに、具合の悪い人を放っておけないでしょ?ボクは、治癒術師だし」


「ぐぬぬ.....」


「うむ。そういう事じゃったら、行って来ると良いわい。ティル王女様はワシが見てるでの」


「ありがとうございます、ブレンダさん。それじゃ、セシリア?行こうか?」


「う、うん!!」


 悔し涙を流すティル王女を置いて、ボクはセシリアを救護室へ連れて行く為に教室を出た。

 

 ティル王女の視線がセシリアに向いていたけど、なんなんだろうね?

 本当によくわからない王女だ。

 

 肩を貸すまでの辛さじゃないようで、セシリアは、一言二言エイミートリオに何か囁いてボクの隣へ並んだ。

 

 出しゃばっちゃったかな?

 エイミートリオの方が付き合いが長いし、気心も知れてるよね?

 でも、ボクは一応高位の治癒術師って事になってるから、怪我人や病人を放っておけないんだよね。

 

 それにしても、なんか廊下の影からこっちを見てる人多いなぁ....

 そろそろ授業始まるはずなのに、みんなそんなにおしゃべりしたいのかね?

 学生の本分は勉強だよ?

 そういうのは、休み時間とか放課後にすればいいのに。


「えっと、救護室って1階のどこにあるの?」


 階段を降りながらセシリアに聞く。


 セシリアの身長はボクよりも少し高いくらい。

 160cmは無いと思う。

 赤髪の可愛い人間(ヒューム)の女の子って印象だ。

 エリーに似てるかもね?


「セシリア?聞いてる?もしかして、辛い?おんぶしようか?」


「ふぇ!?お、おんぶ!?」


「うん。救護室の場所を聞いたんだけど返事が無かったから.....歩くのが辛いのかなって」


「だ、大丈夫よ!!あ、歩けるわ!!まだ密着は無理だから!!!」


「そう?辛かったら言ってね?いつでもおんぶするから」


「う、うん.....ありがとう.....きゅ、救護室よね?こっちだから.....」


 なぜか顔を真っ赤にしてスタスタと先を歩くセシリア。


 密着ってなんの事だろう?

 あれかな?

 おんぶすると身体が触れ合うとかそんな事?

 医療的行為だから、そんなこと気にしなくていいのに。

 人工呼吸はキスじゃないんだよ?

 まぁ、女の子だからそういう事には敏感なのかもね。

 ボクは気にしないけど。


 階段を降りて1階の玄関ホールへ。


 救護室はそのすぐ脇にあった。

 利便性を考えてここにあるのかも。

 ここなら、何かあった時にすぐ来れるしね。


「失礼します」 


 扉を叩き室内へ。

 

 具合の悪い女の子をエスコートするのは、紳士として当然だ。

 だけど、ボクは選択を間違ったみたいだ。

 扉を開けたら、女性とぶつかった。


「キャッ!?」


「え?」


 バシャっと嫌な音がして、ボクは全身ずぶ濡れになった。


 なんで?と思って見上げてみると、女性が手にしていた花瓶から水が零れ、ボクはそれを頭から被ってしまった。


 6月でよかった。

 冬にこんな目にあったら、間違いなく風邪を引くところだ。


「ご、ごめんなさいね!!急に扉が開いたものだから....」


「いえ、別に良いですよ。水が掛かっただけですから」


「か、楓!?大丈夫!?」


「うん。セシリアが濡れなくてよかったよ。具合悪いのに、水なんて掛かったら余計具合悪くなっちゃうし」


 紳士らしくセシリアの心配をする。

 

 男なら当然の行為なのに、セシリアは頬を染めてモジモジしてた。

 嬉しいのかな?

 まぁ、そういうものか。

 師匠達も、ボクがこういう事すると喜んでくれるし。


「まぁ、大変!!すぐに拭かないと!!.....あら?あなたは『白銀(しろがね)の君』ね?本当に可愛いわぁ♪」


 セシリアから花瓶の持ち主に視線を移す。


 年齢は20歳くらい。

 青紫色の髪に、青い瞳。

 白の法衣に 青いラインや金の装飾がされている。

 

 出会った頃のカルアが着ていた服に似てる。

 このエルフの女性は、治癒術師なのだろう。


 簡単に挨拶と自己紹介をする。


 名前はコリーン。

 聖騎士教会に登録している治癒術師だそうだ。

 別に年齢を聞いてないのに、「うふふ♪内緒よ♪」って人差し指を口に立てられた。

 第一印象は、オチャメなおばさんって感じがした。


 それよりも気になった事がある。

 『白銀の君』ってなんだろう?

 もしかしてボクの事?

 そりゃ、今のボクの髪はエルミアみたいに銀色だけど....


「『白銀の君』ってなんですか?」


「あら?知らないのですか?えっと、確か机の上に.....ありました♪これに書かれているんですよ♪」


 室内に招き入れられ、渡されたタオル片手に、びしょ濡れのまま1枚の羊皮紙を眺める。


 そこには驚愕の内容が。







 『白銀(しろがね)(きみ)』ファンクラブ結成記念。


 来たる先日、我が王立騎士学校に疾風のごとく現れた白銀の髪の留学生。

 その正体は、聖騎士教会に所属する高位の治癒術師で、名前を『(かえで)』と言う。

 見目麗しいお姿からは想像できない程の剣の達人で、並み居る強敵をバッタバッタと倒してきた。


 そして!!


 留学初日にして、我が校の悪しき慣習である一般クラスに対する特別クラスのシゴキに異を唱え、怒涛の勢いで見事に消し去った。


 実に爽快。

 実に愉快。


 一部始終を見ていた生徒からの情報によれば、「騎士道とは」と、立派な口上を述べたそうだ。

 聞いた者は、感動して涙を流したという。

 緘口令が敷かれ、惜しくも詳細までは聞く事ができなかったものの、我が校の風通しを良くしたのは事実。


 故に、ここにファンクラブの結成を宣言する。


 遠くから眺めるもよし!

 勇気を出して話し掛けるもよし!

 想いを伝える為に文を出してもよし!

 

 我が『白銀の君』ファンクラブに会則はただ1つ!!


 『けして、楓様の迷惑にはならない事』


 入会希望の者は、特別クラス3年、生徒会長アンドルフ・エ・ロモン子爵まで!!


 皆の熱き想い、待っているぞ!!







「.......」 


 バカなの死ぬの?

 

 なんでフェイさんが内緒にって言ったのに、高位の治癒術師だってばれてるの!?

 誰がばらしたんだ!?

 っていうか、生徒会長アンドルフ・エ・ロモン子爵って何者ですか!?

 ファンクラブって.....

 

 そんなもんいるかぁああああああああああああああ!!!!!!!!!


「あ、あのね?楓.....」


「....なに?」


「に、睨まないで!?わ、私が犯人じゃないから!!」


「....ふ~ん....犯人知ってるんだ?だれ?」


「えっと.....たぶんアレックス.....」


 よし殺そう。


 残念だよアレックス。

 とても良いクラスメイトだと思ったのに、こんな形で別れがやってくるなんて....

 そうか。だから朝あんなに頬を腫らしていたのか。


 でもね?


 ボクはそんなものじゃ許さないよ?

 そうだね.....まずは吊るそう。

 今日一日教室に吊るしておいてあげよう。

 トイレなんて行かせないよ?

 食事も抜きだ。

 フッフッフッフ.....


「あ、あのね?楓.....その服が透けて.....」


「あらまぁ!?それは大変ですね!!早く着替えませんと♪」

 

「ふぇッ!?だ、大丈夫ですよ。ボクは男ですし、そのうち乾くと思いますし」


「ダメよ楓!!風邪引いたらどうするの!?それに....その....シャツが胸に張り付いてて.....やらしいし.....」

 

「まぁ♪『白銀の君』の色気ムンムンですね♪」


 おまわりさん!!変態が居ます!!!  


 もちろんボクじゃなくてコリーンさんね?

 今日はなんだか朝からぐったりだ。


 まぁいいか。

 とりあえず、着替えを借りよう。

 風邪引いて師匠達に心配掛けたくないし。


「は~い♪これを使ってくださいね~♪」


「ありがとうございま――」


 コリーンさんに手渡された制服を見て、驚愕とした。


 赤いブレザーに白いシャツ。

 黒のタイに茶色のコルセット....

 黒いスカート....

 

 どこからどう見ても女性物の制服。

 ボクも持ってるよ。

 カムーン王国に来た時、エリーシャ女王様とメイドから渡されたからね!!!


「コリーンさん....ボク男.....」


「ごめんなさいねぇ♪男の子の制服は、洗濯に出しちゃってるの♪」


「.....だからって」


「それに『白銀の君』は、きっとこっちの方が似合うと思うの♪」


 いや、確かにボク自身も男性服に違和感はあるけどね。

 だからって、公然と女装させないでよ。

 せっかくカムーン王国に来て堂々と男性服が着れるんだから....


「か、楓?は、早く着替えないと風邪を引くわよ?」


「そうですよ♪おねぇさんが着替えさせてあげますね♪」


 ボクの服を脱がしに掛かるコリーンさん。

 

 セシリアも具合が悪いはずなのに鼻息を荒くして、ボクの事を凝視してきた。


 この2人は何考えてるの?

 変態なの?

 ボクの女装姿なんて見ても、一文の徳にもならないだろうに....


「はぁ....わかりましたから、2人は出てってください。それとも、人を呼んで無理矢理にでも連れ出してもらいましょうか?」


 ジト目で睨んだら、おずおずと2人は出て行った。

 

 本意じゃないけど服を脱いで女性服に袖を通す。

 着慣れた感触にうなだれながら、ズボンを脱いだら開放感がすごかった。


 よく見たら膝が少し赤い。

 

 たぶん履きなれない綿のズボンに擦れたのだろう。

 このまま履き続けたらかぶれるかもしれない。

 せめて材質を絹か何かにできれば....

 はぁ、なんてこった。


 着替えを終えて、2人に告げる。

 

 セシリアとコリーンさんが嬉々とした表情で扉を開けて、ボクを見て歓喜した。


「楓可愛い!!!!!」


「キャーキャー!!どうしましょう!!どうしましょう!!」


 ....コリーンさんはいくつなんだろう?

 これで30代とか40代だったら目も当てられない。

 年齢を重ねた女性は、もっとこう落ち着いていてほしいと思うのは、ボクだけだろうか?












 濡れた制服をコリーンさんに預け、ボクとセシリアは教室へと戻った。

 セシリアは「なんだか元気が出た」と言い、救護室で休む事無くボクに着いて来た。


 セシリアを先頭に教室に入ると授業は始まっていたようで、教卓のある壇上の上にキティ先生とブレンダさんが立っていた。


 どうやら、ブレンダさんの若かりし頃の活躍を話しているみたい。

 コリーンさんと同じで、ブレンダさんも年齢不詳なんだよね。

 エルヴィント帝国とは違った意味で、カムーン王国は不思議な人が多いところだ。


「セシリアさん、楓さん。戻って来――」

 

 ボクとセシリアの姿を見て、キティ先生が話し掛けてくる。

 

 最初に教室に入ったセシリアを見てからボクに視線を移すと、氷の様に固まった。

 そして、クラスメイト達の視線がボクに集中する。

 机に突っ伏したままのアレックスはどうでも良いとして、バートにバリーにコンラッド達。

 エイミートリオにカーラにアンにダイアナ達。

 一様にボクの身体を上から下まで一瞥し、「はぁ....」と溜息を吐いた。


 似合ってないのかな?

 

 自慢じゃないけど、着替えてすぐに姿見で確認して個人的には満点なんだけど。

 髪もポニーテールにしてきたし、白い靴下はこっそりアイテム箱から黒のニーソックスを取り出して着替えてある。

 赤くなった膝を見せたくなかったしね。

 「治癒術師のくせに、自分の身体の管理もできないのか!!」って言われたら嫌だし。


「....なに?似合ってない?」


「主様!!とても似合ってらっしゃいます!!」


 唯一ボクに反応したティル王女。

 

 教室の後ろに座って居たから、後ろの扉から入ったボクに飛び掛って抱き付いた。


「....ティル王女。みんなの前で止めてください。それと、何度も言いますけど、ボクは主様ではありません。

 一国の王女なのですから、もう少し考えて発言と行動をしてください」


「主様は、私の事を心配してくださるのですね!?嬉しいです!!」


 なんというポジティブ思考。

 

 カムーン王国に来てからキャラまで変わってるし、何時ぞやのダンジョンで会った時とは大違いだ。

 あの時は、仰々しい物言いでフェイさんを疲れさせていたのに。

 今はボクが疲れさせられてるよ。

 まぁ、エルヴィント城であんな事を言ったボクが悪いのかもしれないけど、せめて普通に接してくれないかな?

 これじゃ、目立って仕方がないよ。


「ティル王女様!!ここは教室です!!ふ、風紀を乱すような事はしないでください!!か、楓だって嫌がっているじゃないですか!!」


「....なんですかあなたは?私と主様の邪魔をしないで!!」


「じゃ、邪魔じゃありません!!か、楓は私の友達です!!友達が嫌がってるのを見過ごせません!!」


「セシリア.....」


 ボクは感動した。

 

 セシリアが、ボクを守ってくれた。

 まだ出会って間もないボクの事を、友達と言ってくれた。


 どうしよう....


 嬉し過ぎて踊り出してしまいそうだ。


「「ぐぬぬ.....」」


 修羅と化した2人は睨み合う。

  

 どちらの種族も人間(ヒューム)のはずなのに、竜虎相搏(りゅうこあいう)つと言うよりは、リスとハムスターな感じだ。


「それでの?楓よ。なにゆえそんな格好をしておるのじゃ?」


「え?ああ、セシリアを救護室に連れて行ったら、治癒術師のコリーンさんに花瓶の水を掛けられてしまったんです。それで着替え様としたんですけど、生憎(あいにく)この服しか無かったもので」


「ふむ。そうじゃったか.....よく似合っておるの....」


「そ、そうでしゅね!!か、楓さんはそちらの方が似合ってましゅ!!」


 会話の流れを変えようと、ブレンダさんがボクの服装を指摘してきた。

 キティ先生は相変わらず噛み噛みで可愛らしい。


 だけど、失敗だった。

 

 火に油を注ぐとは、こういう事を言うのだろう。

 ブレンダさんの発言により氷の溶けたみんなが、口を開き出す。


「....なぜでしょうか?楓さんを見ていると、こう.....胸が熱くなってきました」


「....恋」


「なんだか俺も熱くなってきた」


「同性なのに.....」


「え、エレン.....」


「ルインもなの?」


「う、うん.....」


「実は、私も....」


「ひょわぁ....可愛い.....」


「で、でも、スカートの下にはアレがあるんだよね?」


「と、当然でしょ?楓は男なんだから.....」


「なんでだろう....それはそれでアリな気がしてきた.....」


「あたし....惚れた」


「カーラも!?」


「なんだい?ダイアナもかい?」


「そう....みたい.....」


「楓は魔性の男」


「ハンナの言う通りかも....」


「わたちとおなじ歳にゅわおもえないでちゅ」


「アンは、ほら.....幼女だし」


「失礼でちゅ!!わたちは、りっぱなしゅくじょでちゅ!!」


「はいはい。わかったわかった。アンは立派でちゅね~?」


「ムキャァ!!!おこったでちゅ!!カーラなんておばしゃんでちゅー!!!」


「あんだって!?あたしはまだ14だよ!!アンと2つしか違わないじゃないのさ!!」


「ふたちゅもおばしゃんでちゅ!!」


 言い争うカーラとアン。

 

 見た目が本当に幼女然としているアンは、しゃべり方が赤子そのもの。

 カーラはボクより背が高く、さっぱりとした性格から師匠や、メリッサさんっぽい印象だ。


 ところで、『恋』ってなんですか?

 

 いつもは無口な、バリーの熱い眼差しがとても嫌だ。

 っていうか、みんな見ないで。

 やっぱり女性服を着て来たのは失敗だったか。


「.....はいはい。ボクの事はどうでもいいから、ブレンダさんのありがたーいお話の続きを聞こうね?ボクも聞きたいし」


「うむうむ!!楓の言う通りじゃの!!ワシのありがた~い話しを聞くのじゃ!!」


 わざとらしいボクの発言を好意的に取ってくれたブレンダさん。

 しぶしぶみんなも従って、名残惜しそうにボクから視線を移す。

 ボクは、まだ睨み合っていたティル王女とセシリアの手を引いて、自分の席へと着席した。

 

 ある意味両手に花状態。


 ティル王女もセシリアも、一般的には可愛らしい部類の人だ。

 若干将来かなり有望なティル王女の方に軍配が上がると思うけど、ボクにはまったく関係無い。

 だって、ボクには大好きな婚約者が居るからね。

 早く日曜日にならないかなぁ.....


 









 ブレンダさんの、ありがたーい人生体験談を聞きつつ授業を進める。

 キティ先生は深い感銘を受けたようで、感涙しながらハンカチを握り締めていた。


 ボクはというと.....


「「(ジーーー)」」


 ボクを挟んでティル王女とセシリアの睨み合いが続いており、まったく話しが頭に入って来ない。

 なんとか聞き取れたのは、ブレンダさんが剣聖に成ってから一度も負けた事が無かったって事くらい。

 それでも、ついこの間不覚にも土を付けられたと、拳を握り締めながら喚いてた。


 それって、ボクの事だよね?


 物凄く睨んでるし....

 あの時は土竜がボクの身体を使っていたし、エリーシャ女王様と一緒に廊下を歩いていたボクを、ブレンダさんが勝手に侵入者だと勘違いして斬りかかって来たんじゃないか。

 それに、ちょっと『雷化』で足を引っ掛けて転ばせただけで、土竜は刀すら抜いてないよ?

 それなのに.....

 そんなに敵対しなくたっていいじゃんね?


「....とても良いお話をありがとうごひゃいます!!みなさん、剣聖殿に拍手!!」

 

「「「「「わー!!!」」」」」


 いつの間にか終わってた。


 それにしても、みんなちゃんと聞いていたのかね?

 チラチラこっちを見てたし、拍手も疎らだ。

 16人+3人しか居ないんだから、すぐにわかるんだよ?


「でひゃみなさん。今日は午前授業でしゅからね。この後は実技訓練をして、今日の授業はおひゃりです」


 キティ先生は噛み噛みだ。


 ああ、そう言えば今日は午前授業だって言ってたね。

 実技訓練かぁ....

 昨日みたいなことが無ければいいなぁ....

 あの後大変だったし。

 ララノア学長なんか超低姿勢になっちゃって、特別クラスの人達なんか、ボクの事「楓様!!!」なんて呼んでてさ。

 なんとかフェイさんが居たから治める事ができたけど、今日はティル王女とブレンダさんなんだよね。

 大丈夫かな?

 

 キティ先生にうながされ、教室の後ろのクローゼットへ。


 みんなも自分の防具を取り出し、身に付けて行く。

 昨日ボロボロにされたセシリアの鉄鎧や、アレックスの革鎧は、特別クラスの生徒が新しい物を用意して取り替えてくれた。

 そこでも何度も謝罪をして、2人は「次ぎは無いぞ(からね)」と許してた。


 なんという男気なんだろう。


 なんて思ったけど、顔がニヤニヤしてて落胆した。


 そんな事よりも!!

 アレックスだよ!!

 さっきからボクに見えない様にバートとバリーの影に隠れてコソコソしてる。

 これは間違い無く『有罪(ギルティ)』だ!!


「....さてと、アレックス?遺言はある?」 


「ひぃいいいいいいい!?」


「あ!!逃げるなぁ!!!」


 詰問しようと声を掛けたら、脱兎のごとく素早さで逃げられた。

 

 本気で追い掛ければ全然追い付けるけど、無駄な労力を使いたくない。

 放課後は、メリッサのところにお邪魔する予定だしね。


 仕方が無いので、バートとバリーに事情を聞く。

 2人はなぜか頬を赤く染めていたけど、ボクの質問には答えてくれた。

 やっぱり、ボクが高位の治癒術師だという事をばらしたのはアレックスだった。

 インタビューの途中でキティ先生とアボットが気付き、止めてくれたそうだ。

 その時にアボットからオシオキをされて、両頬があんなに腫れたらしい。


 アボットは、案外良い人なのかもしれないね? 


 だけど、セシリア達に行った数々の悪行は、そんな簡単に許せないけどね。


「....なんでティル王女まで防具纏ってるの?」


「主様に修練していただく為です!!」


「ちなみにワシもじゃ」


 アレックスに気を取られていたから、全然気が付かなかった。

 

 ティル王女とブレンダさんは、自前のアイテム箱から装備を取り出し、既に着替え終わっていた。

 ティル王女の方は、以前ダンジョンで見た鎧姿。

 白銀(ミスリル)の板金鎧を纏い、金の細工を(ほどこ)した豪華な片手剣(ブロードソード)騎士盾(カイトシールド)

 ブレンダさんはいつもの赤い騎士服姿に、革製の指先が出た穴開きグローブを着けただけ。

 

 なんなのこの2人?


 なんでこんなにやる気がみなぎってるの?

 正直怖いんだけど。


 なんて事を考えてたら、肩を叩かれた。


 振り向いて見ると、セシリア達の用意が完了してたみたいで、瞳に炎を燃やしていた。

 だから、なんでみんなそんなにやる気になってるの!?

 いや、授業なんだからやる気を出すのは全然良いんだ。

 だけどさ、なんか殺気を感じるんだよね?

 魔物とか強敵と対峙した時のものとは違う、感じたことのない殺気を。


 恐ろしい.....

 みんな怪我をしなきゃいいけど.....











 みんなと一緒に校舎を出て訓練施設へ。


 なぜかボクが先頭にされて、後ろでボソボソ話していた。

 首後(うなじ)ろがどうのこうの言ってたけど、もしかしてボクの事?

 別に男の首後(うなじ)ろなんて見ても楽しくないだろうにね?


 訓練施設へ入ると、バート達が柔軟体操してた。


 ボロ雑巾の様に地面に転がるアレックスを見て、「どうしたの?」って聞いたら、「代わりにオシオキしておきました」だってさ。

 実にありがたい。

 だけど、ボクが直接手を下したかった。

 次にまた何かボクに迷惑を掛けたら、命は無いぞと囁いておいた。


「ところで、アレは何?」


 ここへ来てから気になっていた事がある。

 

 それは、ボク達一般クラス1年の集まりとは違う、奥の集団だ。

 ざっと見積もっても60人近く居る。

 様々な防具や剣を帯剣し、チラチラとボク達の事を見て来るのだ。

 明らかにおかしい。

 昨日みたいに他のクラスと合同で授業でもするのだろうか?


「あのね?楓さん....実は.....」


 コソコソしていたキティ先生が、ボクに耳打ちをしてくる。


 話を聞いているうちに段々と疲労が蓄積されていった。


 聞けば、1日にして有名人と成ってしまったボクを一目見たくて、他のクラスが合同実技訓練を申し出たそうだ。

 それも他学年の特別クラスからの申し出で、中には有力貴族の子弟が多く混じっている。

 ララノア学長もさすがに無碍(むげ)にできなくて、渋々受け入れざるを得なかった。

 事後承諾になってしまったが、どうかボクにも受け入れて欲しいと、そう言われた。


「....理由はわかりました。ですが、この広さでこんな大人数だと同時に実技訓練なんてできないですよね?」

 

「そ、そうなんですけどね。今日はその.....」


「トーナメントをするのよ!!」

 

 キティ先生とボクの会話を遮り、なんだかよくわからない人間(ヒューム)の女性に声を掛けられた。

 

 真っ赤な法衣を着飾って、金銀煌びやかな装飾の付いた装飾品(アクセサリー)を着けている。

 お手入れをマメにしているのであろう、茶色く長い髪を後ろで束ね、厚化粧が物凄い。

 

 見た目の年齢は....25歳くらいかな?

 可愛くもなければ美人でもない平凡な印象だけど、何より化粧が濃い。

 そんなに厚塗りしていると肌も痛むしお金も掛かるし良い事無いのにね?


「あ、アビー先生!?」


「まったく、キティは何生徒に遠慮してるのよ!!いい?私達は教師!!相手は生徒!!侮られない様にしなきゃだめなんだからね!!」


「だ、だってぇ.....」


「だってじゃないの!!いい?聖騎士教会だかなんだか知らないけど、うちの生徒に変わりはないんだから全員等しく平等に接しなさい!!それが教育者って者よ!!」


 乱暴な物言いだけど、正しいと思う。


 ただ、残念な事にその化粧がマイナスだ。

 それさえなければ....あれ?なくてもかわらないか。

 要は言い方か。

 なんだ。

 

「あの、それでトーナメントってどういう事ですか?」


「それはね――ヤダッ!?何この子可愛い!!」


 前言撤回。

 

 何も正しくない。

 ダメな教師だった。


「そうなんでしゅよ!!楓さんは、と~っても可愛くて教師の私もキュンキュンしちゃうんでしゅよぉ~!!」 


「ちょ、ちょっと、うちのクラスに編入しない?学年が上だけど、特別クラスよ?」


「あ、アビー先生!?だめでしゅよ!?楓さんは、私のクラスの生徒なんでしゅからね!?」


「いいじゃないのよ!!ケチ!!か、楓さん?ど、どうかしら?お、おねぇさんに任せてくれればいいの!!い、痛い事なんてしないわ!!き、気持ち良い事だから!!ハァハァハァ」


 瞳孔が開き、涎を垂れ流すアビー。

 キティ先生はなんとか押しのけようと試みるが、体格差があり、余裕で跳ね除けられてしまう。


 へ、変態だ。


 変態が居るよ!!

 おまわりさーん、こいつです!!! 


「....それ以上主様に近づく事は、カムーン王国第一王女ティル・ア・カムーンの名において許しません!!」


 アビーがボクの眼前へと迫り、あわやというところで救世主が登場した。


 白銀(ミスリル)の板金鎧を身に纏い、左手に騎士盾(カイトシールド)を腰に片手剣(ブロードソード)を下げたティルだ。

 

 なんというタイミング。

 なんというカッコ良さ。

 ボクが女性なら好きになってしまったかもしれない。

 生憎、ボクはもっとカッコ良い師匠が居るので、そこまでじゃなかったけど。


「てぃ、ティル王女様!?な、なんでここに!?」 


「妻である私が、将来結婚する主様の傍に居るのは当然です!!」


「「「「「えっ!?」」」」」


 言うに事欠いて、妻なんて発言された。

 ボクにはまったくそのつもりはない。

 そりゃ、ティル王女は目鼻立ちも整っていて将来は美人さんになるだろうけど、ボクには婚約者が居るんだからね。


「ティル王女。ボクは、あなたと結婚するなど一言も言っていませんけど?」


「どうしてですか!?あの夜に誓ってくれたではありませんか!!」


「あの夜っていつの話しですか?エルヴィント城の時は、はっきりとお断りをしたはずです。

 先日――、一昨日でしたか。それも保留したはずです。

 それに、ボクにはちゃんと婚約者が居るんですからね?ティル王女もご存知でしょう?」


「「「「「えっ!?」」」」」


「ですが....」


「まだ納得されないのですか?大体、将来はわからないとお伝えしました。

 もしかしたら、ここに居る誰かと結婚する未来もあるかもしれないんですよ?」


「「「「「えっ!?」」」」」


「で、では、私もその中に含まれるという事ですよね!?」


「広義に解釈するならばそうですね。ですが、それはあくまで可能性の話しです。

 ボクは男で、結婚相手は女性を選びますからね」


「それなら....それなら今はいいです!!だけど.....もし、もし将来主様が私の事を想ってくださるのでしたら!!

 その時は私を受け入れて下さい.....」


 ようやく納得してくれたのか、ティル王女は俯いてそう呟いた。


 今のボクはティル王女に好意を抱いている訳ではない。

 もちろん、好意を寄せてくれる事はとても嬉しい。

 だけど、ボクには師匠達婚約者が居るんだ。


 軽はずみな行動を取ってはいけない。

 

 気を持たせるような事を言って、将来ティル王女を傷付けるなんて、ボクにはしたくないんだ。

 だから、手厳しいかもしれないけど今は辛辣な態度を取らせてもらう。

 全てはティル王女の為。

 そう言って、ボクは逃げているのかもしれない。

 だけど....今は許して....


「ティル王女様も楓も、それくらいにしておいたらどうじゃ?皆が困っておるようじゃぞ?」


 ブレンダさんに注意され、一同を見回す。


 みんなは困っていると言うより、呆れているような驚愕としているようなそんな感じだ。


 あー.....つい色々しゃべっちゃったかも.....

 まぁ、いいよね?

 全部事実だし、高位の治癒術師が婚約してたって不思議じゃないもん。

 それに、クラスにはルィンヘンとエレンウィという許婚も居るんだし普通だよ、普通。


「....あ、あのね?楓....今の話しって....本当?」


 おずおずと口を開いたセシリア。

 

 顔面蒼白としていて、生気が無い。

 やっぱり、具合悪いんじゃないだろうか?

 救護室で休むべきだったと思う。


「全部本当の事だよ?そんな事よりも、セシリアは顔色悪いから、救護室で休んだ方が良いんじゃないかな?」


「そ、そう.....」


 ボクの答えを聞かずして、セシリアはエイミートリオを連れて訓練施設を出て行った。

 

 キティ先生が「一緒に」と言っていたが、それを断り肩を落とす。


 本当に大丈夫だろうか?

 怪我なら回復魔法で治せるけど、病気は無理だからなぁ....

 せめて癌とか、病巣があるものならいけるんだけど....


「ところで、トーナメントってなんですか?」


「ああ....ホント可愛いわぁ.....女装男子.....食べちゃいたい.....ジュルリ」


 質問したのに無視された。

 

 というか、怖い。


 目は血走ってるし、なんなんだろうこのアビーとかいう教師は...

 『女装男子』って、ボクの事だよね?

 そりゃ、確かに男なのに女性用の制服を着ているよ?

 だけど、これには理由があって.....


 アレ?普段のボクは好んで女性服を着ているよね。

 

 そうか....

 全ては師匠のせいなんだ。

 この世界に来てから、なぜか師匠はボクに女性用の服を着させた。

 「カオルの為だ!!」なんて力説してたけど、たぶん違うと思う。

 ただ単に、師匠がそういう性癖なんじゃないかな?

 師匠が騎士学校に通っていた時、多くの男性から告白されてたってフェイさんが言ってたし、たぶん師匠はアビーの言う通り『女装男子』が好きなんだ。

 これからもずっと女性物の服を着なきゃいけないのかな?


 今はいいよ?


 ボクはまだ12歳の子供で、自分で見ても女性服が似合うと思うから。

 だけど、大人になったら無理だよ?

 『蜃気楼(シムラクルム)の丸薬』で大人の姿になったボクは、男らしい顔付きをしてた。

 雰囲気はお父様っぽかったから、もしお父様が女装したら.....

 

 あれ?案外似合うかも?


 いやいや!!

 お母様くらいしか喜ばないって!!

 危ない危ない。

 大人になっても女装しなきゃいけないのかと思ったよ。

 ふぅ....セーフ.....


 って、今はそんな事どうでもいいんだよ。


 トーナメントってまさか試合をしろと?

 こんな大人数で?

 何時間掛かるのさ。

 もうすぐ10時半だよ?

 せっかく午前授業なんだから、午後の予定は空けさせてよね。


「キティ先生?」


「ひゃわい!?」


「....話し掛けただけで驚かないでください」


「ご、ごめんなひゃい....」


「いや、怒ってる訳じゃないので。えっと、今からトーナメントをするんですか?全部で――80人近くいますけど」


「そ、そういう話しににゃってしまって....」


「申し訳無いのですが、ボクは辞退させていただいていいですか?」


「ひょえ!?だ、ダメですよ!?じゅ、授業なんでしゅからね!?」


「だって、時間掛かりますよね?それに、ボクが出たら勝つってわかってますよね?」


「ほぉ?自信満々じゃのぉ?」


 キティ先生と会話をしていると、ブレンダさんが意味あり気な笑みを見せた。


 なんて言うんだっけ?

 挑発的な視線って感じ?

 

 ボクと同じくらいの身長しかないホビットの少女なのに、随分と高圧的な目をするよね。

 一応尊敬もしてるんだけどなぁ....


 ああ、そうか。


 うんうん、そうだね。

 そうしよう。

 一度試してみたかったし。

                       ・・・・・・

「そうですね。自信はありますよ?なにせ、ボクは剣聖ブレンダよりも強いですからね?」


 喧嘩を売った。


 どちらかというと、ずっとブレンダさんがボクに売っていたような気もするけど。

 ずっと試したかったんだよね。

 あの時は『雷化』の魔法でズルをしていたし、師匠直伝の剣の腕で、現役の剣聖と試合がしてみたかった。


「なんじゃ....と?」


「あれ?聞こえませんでしたか?ボクは、ブレンダさんより強いって言ったんですよ?」


「うきぃいいいいいいいいい!?もう許さぬ!!!許さぬぞ!!!その鼻圧し折ってくれるわぁああああ!!!!!」


 ボクの挑発にまんまと乗り、ブレンダさんは激昂した。


 「うきぃ」って、おサルさんみたいだね。

 

「折れるものなら折ってください。という訳で、キティ先生?」


「ひょわい!?」


「ボクはトーナメントに参加はしません。代わりに、誉れ高き剣聖のブレンダさんと模範試合(エキシビジョン)をします。

 カムーン王国最強の剣聖との試合なんて、滅多に見る事ができませんよ?

 生徒の皆さんにも良い刺激、良い勉強になると思います。ダメでしょうか?」


 ボクの提案に、キティ先生は「決められない」とオロオロうろたえる。

 アビーはボクに熱い視線を送りまったく役に立たないので、ティル王女に決めてもらった。


「あ、主様とブレンダの戦いですか」


「そうです。ですが、あくまで試合ですので」


「....わかりました。特別に許可します。ですが、武器は刃引きされた訓練用の物を使って下さい」


「それは無理だと思います」


「なぜですか!?真剣なんて危険すぎます!!」


「ワシから説明するとしようかの。なに簡単な理由じゃ。ワシと楓の力量に、訓練用の剣では役不足という訳じゃ」


「そうですね。たぶん、一撃で折れると思います。

 それに、大丈夫ですよ。ブレンダさんとボクなら、万が一という事もありません。

 これはあくまで試合です。殺し合い――死合いではないですから」


 ブレンダさんとボクの説明に、ティル王女は黙って黙考した。


 しばらくした後口を開き、一言「許可します」とだけ答えた。


 これで、ようやくブレンダさんと試合ができる。

 師匠と同じ剣聖。

 カムーン王国で一番強い者にだけ与えられる、栄誉ある称号と役職。

 正直魔法無しでどこまで戦えるかわからない。

 エルヴィント帝国の剣騎、セストとレイチェルは魔法無しでもかなり強かった。

 おそらく、赤火騎士団長のアドルファスよりも断然強いだろう。


 怖さなんてまったくない。

 心はウキウキ躍っていた。


 師匠が居たら、なんて言うかな?

 「がんばれ」の一言だろうか?

 それとも笑いながら「手加減なんていらん。全力で叩きのめせ」とでも言うかもしれない。

 師匠は、ボクが負けるなんて思っていないだろうしね。


 生徒達を壁際に退避させ、訓練施設の中央で対峙する。


 腰から下げるのは聖剣デュランダル。

 腰後ろには黒短剣バゼラードを装備してある。


 今から行われるのは、ただの試合。


 カムーン王国の刃『剣聖 ブレンダ』と、聖騎士教会所属の『治癒術師 楓』。

 大勢の生徒や教師が見守る中、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

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