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第二百ニ十五話 師匠の師匠?

カムーン王国編こと、学校編の開始です。


 アドルファス伯爵との手合わせの後、剣聖ブレンダを筆頭に、赤鉄騎士団長のクラーク。

 赤樹騎士団長エーファ。

 赤石騎士団長ベート・リ・ポージュ子爵。

 赤衣騎士団長イーナの計5人がボクに手合わせを挑んできた。

 ちなみに、アドルファス伯爵は赤火騎士団長アドルファス・ラ・レムル伯爵って言う名前らしい。

 実にどうでもいい。

 正直二度と関わりたくない人達だ。


 仕方が無いので、王国騎士訓練所にあった案山子(かかし)相手に『桜花』で神速の抜刀術を見せて、最後に刀術『抜打先之先(ぬきうちせんのせん)』を放ったら黙った。

 力の差を感じたらしい。


 そりゃそうだ。


 師匠くらい強くなきゃ、ボクの攻撃は防げないもんね。

 っていう事を言ったら、ブレンダさんとフェイさんが固まってた。

 どうやら、師匠が本気になったところを見た事が無かったみたい。

 

「でも、師匠は出会った頃から強かったですよ?飲んだくれでしたけど....」

 

「ヴァルが本気を出したところなんて、私見た事無いし」


「ワシもじゃな。騎士の訓練も逃げるわ、剣士の修練もサボルわ、問題児じゃった」


「....それで、よく剣聖に任命されましたね」


「あら~♪ヴァルちゃんは~♪ちゃんと~♪頑張ってたのよぉ~♪」


 ボクが「なんで?」と首を傾げたところで、エリーシャ女王様がすぐに答えた。


 まったく、師匠はどんだけ面倒臭がりなんだろう。

 でも、任務はきちんとこなしていたそうだ。

 ちょっと安心。


 今は食堂へと場所を移し、昼食の真っ最中。

 宮廷料理は夕食に出してくれるとの事。

 昼食も中々美味しいから楽しみだ♪


 師匠の学生時代の話しを重点的に聞き出す。

 

 どうやら師匠はモテモテだったらしく、言い寄る男性が多かったそうだ。

 なんだか嫉妬してしまうけど、過去の事だ。

 それに、誰とも付き合わなかったとフェイさんから聞いた。


 よかった。

 

 師匠はやっぱり清らかな美人さんだ。

 

「ん?」


 なんて事を考えていたら、ボクの膝の上に座るエメ王女がボクの袖を引っ張った。

 何だか知らないけど懐かれてしまった。

 たぶん、クーデターが起きた時に助けたからだと思う。

 人質にされたんだもんね。

 怖かったのだろう。


「ご本」


「読んで欲しいの?」


「(フルフル)」


「くれるの?」


「(フルフル)」


「ん~?読んで感想言えばいいの?」


「(コクン)」


「そっか」


 エメ王女はあまり話さない。

 話すとしても一言くらいで、あとは身振り手振りだ。


 意思疎通はそれで十分だから、いいんだけどね。


 エメ王女に渡された本を開く。

 食事中で失礼だけど、王女からのお願いだし、誰も文句は言わない。

 中を読み進めて行くうちに、驚愕とした。


 これ、空間魔法学の本だ。


 魔力というか、変な感じがしないから魔導書(グリモア)とかじゃない。

 魔法書って言われる物だ。

 こんなものがあるんだ....


 パラパラと本を読み耽る。

 その間エメ王女は黙ってボクを見詰め、エリーシャ女王様達は談笑しつつチラチラとボクに視線を向けていた。


 やがて、本を読み終わった。


 総数700ページにもわたる壮大な内容だった。

 そのほとんどが考察だったけど、この本の作者は実に良く調べている。

 以前師匠達の前で4次元の話しをしたけど、あの仮説に近い事が書かれていた。


 ただ違う点があった。


 アイテム箱が存在するのは4次元ではなく5次元。

 まさしく未知の領域。


 0次元は点。

 1次元は線。

 2次元は縦と横。

 3次元は縦、横、奥行き。

 4次元は物体、または4次元の立方体は3次元がその面。

 そして、5次元は魂。


 この本の作者曰く、『膨大な量の物を仕舞えるアイテム箱は、我々が死後に訪れる場所を借りているだけではないだろうか』との事だ。


 それはつまり、魂の格納場所。

 なんともメルヘンチックな思考だけど、まぁ絶対にありえないとも言えないんだよね。

 ただの空間に閉じ込めただけなら、仕舞った物も時間が経過して腐敗するはずだし。

 でも、アイテム箱にはそれが無い。

 という事は、時間の経過しない場所であるという事。

 それが魂の行き付く場所であると思っても、宗教学的に見てもありえないとはさすがにね。


 人は死ぬと、魂だけが抜け落ち肉体は滅びる。


 しかし、善い行いをした者は悠久の時を過ごす天国と言う名の世界へと行く事ができる。

 そこには、沢山の幸福があり、老いる事も死ぬ事もない。

 まぁ、実際に死んだ事が無いからわからな――


 あれ?ボクって死んだんじゃなかったけ?


 あの家に突然現れた『白い手』の人物に、ボクは首を締められて殺されたはずだ。

 それなら、ここは天国?

 だけど、その前にあの真っ白い空間で黒い霧状の人物と出会った。

 あそこが天国?

 死後の世界?

 という事は、ボクは異世界に転生したって事?

 でも、肉体も何もかもが元のままっていうのはおかしいよね?


 う~ん....

 

 謎ばっかりだ。


「エメ王女はどう思う?」


「....魂の集まる場所。いっぱいになっちゃう」


「えっと、この本の著者の考えを肯定するなら、アイテム箱の収納先が死後の世界ならば、膨大な魂が存在する天国がいずれ溢れかえってしまうって事?」 


「(コクン)」


「確かにそう考えられるね。でも、それは物理的に考えればって事だね。

 そもそも空間魔法自体が未知の魔法なんだから、ボク達に理解できるものではないと思うんだ。

 だから、本の著者も形而上学(けいじじょうがく)的な観点から考えてたんだろうね。

 ボク達は、アイテム箱の中に物を仕舞う事ができる。でも、それはアイテム箱に入れた瞬間に別の何かに置き換えられているのかもしれない。

 たとえばだけど、剣を仕舞ったとしよう。それが、アイテム箱の中では数字に変換される。数字というのは目には見えないよね?紙に書いたりしないと無理だ。

 だけど、確かにそこに存在している。それを、ボク達はアイテム箱から取り出す事で、元の形状。つまり、剣という物体に変換し直して取り出す訳だ。

 天国が数値化された魂の集まりであれば、どんなに狭い空間でも溢れるという事はありえない。

 なぜなら、目には見えないからね。

 もっとも、これはただの推測であって正解じゃない。

 全てを知るには情報が足り無過ぎる。

 それこそ、神様でもなければわからないだろうね」


 本の内容を簡単に纏め、ボクなりの解釈をエメに伝えた。

 空間魔法の使い方を知っているだけで、ボクはその原理まではわからない。

 それは、全ての魔法に言える事。

 世界に漂うマナを集め、そこに自分の体内に存在する魔力を注ぎ込む。

 こうする事で魔法が使えるけど、マナなんて見えないし、自分の身体のどこに魔力が存在しているのかもわからない。


 魔術師が魔法を使えるのは、使い方を知っているから。

 ただそれだけ。

 原理なんて誰にもわからないし、そういう意味で言うなら、『魔力の帯』を開発したアゥストリは本当に天才だ。

 ボクには、到底考えつかない魔法理論だし、それだって原理を理解している訳じゃない。

 使い方がわかるから、応用しただけ。

 

 本当に、この世界は未知がいっぱい溢れているね。


「カオル」


「うん?」


「好き」


「あはは♪ボクも、エメ王女は人として好きだよ♪」


 ボクの胸に顔を擦り付けるエメ王女。

 アイナとまったく同じ仕草がとても可愛らしい。

 年齢も同じだし、なんだか本当にアイナと一緒に居るみたいだ。

 

 うん。

 

 こっちに居る間は、エメ王女とフェイさんに癒して貰おう。

 失礼な事だけどね。

 さっきみたいに、もうイライラしたくないし。


「あらあらぁ~♪良かったわねぇ~♪エメちゃ~ん?カオルちゃんが好きだってぇ~♪」


「あるじさ――香月伯爵!!なぜ私じゃないのですか!?エメの方が良いのですか!?」


「....ヴァルが言ってたのは、本当だったんだ」


「ふむ?フェイよ。どういう事じゃ?」


「ブレンダさん。えっと、ヴァルが言ってたんです。『カオルはすぐに女を落とす。それも、無意識だから性質が悪い。フェイも気をつけろ』って」


「なるほどのぉ....最低じゃな....」


「それが、そうでもないらしいんですよ。釣った魚には餌を与え続けるらしくて.....」


「ふむ....」


 フェイさんとブレンダさんが、なにやら不穏な事を話してる。


 まったく、師匠はとんでもない事をフェイさんに言ったみたいだ。

 それじゃぁまるで、ボクが誰彼構わず女性を誑してるみたいじゃないか。

 ボクは堅実だよ?

 ちょっとわからせてあげた方がいいね。


「フェイさんとブレンダさんには、ボクがそういう人に思えるんですね?ボクは、ちゃんと相手を選んでますよ?

 そりゃ、ティル王女もエメ王女もエリーシャ女王様に似てとても美人で可愛らしいです。

 ですが、ボクはティル王女に対して辛辣な態度をとっています。将来このカムーン王国を背負って立つティル王女に、ボクが手を出すはずがないじゃないですか。

 エメ王女とこうして仲良くしているのは、彼女の為に繋がりを作っているためです。

 ティル王女が女王として即位した時、もしもエメ王女に居場所が無ければ、ボクが引き取ろうと思っています。

 悪辣な事を考える輩がティル王女を暗殺し、王位継承権を持つエメ王女に近づかないとも限りません。

 現に、ついこの間クーデターが起きたではありませんか?

 幼いエメ王女を利用しようとする輩は、必ず現れます。

 ボクは、今のカムーン王国を信用していません。

 悪人が多すぎます。

 先日のティル王女暗殺に、いったい何人の人が関わっていたか。

 そんな事は、みなさんが良くご存知だと思います。

 だから、ティル王女が女王として即位したあかつきには、エメ王女が望むならボクの領地に貰い受けます。

 結婚は、誰か良い人を探します。

 エメ王女が愛した人と添い遂げ、幸せになる事をボクは望みます」


 思わず、長々と語ってしまった。

 その間は、ずっとエメ王女の目を見ていた。

 エメ王女は、ジッとボクを見詰めコクンと頷き身体を預けてくれた。

 か細い声で、「ありがとう」って囁いて。

 

 ボクは、エメ王女を気に入っている。

 愛や恋ではなく、人として好きだ。

 たぶん、アブリルに対する感情と同じなんだと思う。

 ペットって言ったら怒るだろうけど、義妹って言うのだろうか?

 ある意味家族だと認識している。


「カオルちゃんは~♪そんなにエメちゃんの事を思ってくれてたのねぇ~♪私~♪感動しちゃったぁ~♪」


「香月伯爵....」


「ふむ...貴族らしいというか、男らしいというか....少々悩むところじゃの....」


 3人の賛同を得られ、ボクも満足だ。


 ただ、問題があった。

 

 エメ王女の実姉。

 ティル王女が悲しそうに目に涙を浮かべ、ボクの事をジーっと見ていた。

 

 でもね?

 無理なんだ。

 ティル王女の気持ちは嬉しいけど、ボクは他国の貴族で、ティル王女は次期女王。

 結ばれない恋なら、諦めた方がいい。

 それに、ボクには婚約者が居るんだ。

 大切で、大好きなみんなが。

 

「....ティル王女」


「うぅ....」


「あなたの好意は、とても嬉しく思います。ですが、ボクには答えられない。わかってください」


 ひどい言い方だと思う。


 だけど、そうしなければいけない。

 好意が愛情へ変わってしまったら、もっと苦しくなる。

 ボクにはわかる。

 愛している人が居るから。

 だから、きっぱりと告げた。

 ティル王女とは、一緒に居られないと。

 

 でもそこへ、爆弾が投下された。

 ティル王女とエメ王女の母君。

 エリーシャ女王様だ。


「あらぁ~♪何もぉ~♪結婚なんてぇ~♪しなければぁ~♪いいのよぉ~♪」


「はい?」


「うふふ~♪ティルちゃんがぁ~♪カオルちゃんを~♪好きならぁ~♪子供だけでもぉ~♪貰えばぁ~♪良いのぉ~♪」


「「「はぁ!?」」」


 ボクとフェイさんとブレンダさんの驚愕の声が重なる。

 事もあろうにエリーシャ女王様は、結婚もせずに子種だけあれば良いなんて言い出した。

 

 なんてこと言うんだろうね!?

 仮にも一国の女王でしょう!?

 そんな事許される訳ないじゃないか!!


「ふむ?なんじゃ?あながち、女王陛下の発言も間違っておらぬの....」


「うふふ~♪」


「ど、どういう事ですか!?」


「つまりじゃな。未婚の母と言うヤツじゃ。何代か前の女王陛下も、身分違いの恋をしての。

 結局、女王としての任期中に結婚する事は無かったのじゃが、子だけは設けておったそうじゃ。

 子が大きくなり、国を任せられるようになった時、女王は退位してその男と結婚したという訳じゃな。

 確か....本になっておったぞ?」

 

「さっすが、ブレンダちゃんは物知りねぇ~♪本の題名はぁ~♪『女王の苦悩と身分違いの恋』よぉ~♪」


「それではお母様!!私は、主様を好きでいてもいいんですね!?」


「そうよぉ~♪よかったわねぇ~♪」


「ああ!!主様!!これで晴れて夫婦です!!」

 

 ボクの手を取り感涙の涙を流すティル王女。

 エリーシャ女王様も微笑んで、なぜかボクの頭を撫でていた。


 正直、バカなんじゃないかと思う。


 それじゃぁなに?

 もしかしたら、エルミアとディアーヌとティルと結婚して、エルフの里とアルバシュタイン公国とカムーン王国の次代の王は、ボクの子供が継ぐって事?

 リアの子供は無理だとしても、孫の代かその次の代でエルヴィント帝国の皇帝に成れば、4カ国がボクの勢力圏になるの?

 ありえないでしょ?

 まったく、バカなんだから。


「はいはい。保留保留。ボクは留学に来ているんですからね?将来の事は、いずれ考えます。それでいいですね?」


「はい!!主様と添い遂げられるなら、それでいいです!!」


「うふふふ~♪カオルちゃんったら大胆ねぇ~♪」


 ボクと結婚する事が決まっているかの様なティル王女。

 爆弾を落としたエリーシャ女王様もそのつもりで、エメ王女はギュッとボクの胸元の服を掴んでた。

 

 なんだこれ。

 

 もう、ハーレムはいらないんですよ?

 ボクには大切な婚約者が居るんですからね?

 なんですか?

 限界に挑めと、そういう事ですか?

 嫌ですよ?

 板ばさみの生活なんて、真っ平ごめんです。


「はぁ、フェイさん?ちょっと隣に来て下さい」


「え!?わ、私ですか!?」


「そうです。ほら、早く」


 フェイさんを呼び寄せ、頭も擡げて貰う。

 突然の事でよくわからないのか、フェイさんは首を傾げつつもボクの言い付けに従ってくれた。


 何をするのか。

 

 それは、当然犬耳を堪能するのだ。

 ついでにエメ王女も抱き締めて、荒んだ心を癒して貰う。

 ボクには権利がある。

 エリーシャ女王様とティル王女のせいで、ボクの心は病んでしまった。

 だから、当然の権利だ。


「はぁ....フェイさんの犬耳は最高ですね....エメ王女も抱き心地が良いです...」


「あ、あの!!そんなに耳を!!ひゃっ!?だ、ダメです....」


「なんですか?ボクには、こうする権利があります。

 文句があるなら、エリーシャ女王様とティル王女に言ってください。

 そうだよね~?エメ~?」


「(コクン)」


 王女呼びを止めたのに、エメ王女は特に気にした様子もない。

 ボクの胸元の匂いをクンクン嗅いで、幸せそうに口元を緩めている。


 出会った頃のアイナみたいだ。


 本当に可愛い。

 それに、フェイさんの犬耳は最高だ。

 軟骨みたいにコリコリしてて、フサフサの毛がとっても柔らかい。

 やっぱり、自作の犬耳は失敗だね。

 こんなに触り心地良くないし。

 改良の余地ありと見た。


「なるほどの。ヴァルカンの言う通りじゃな。あんな可愛い顔して、中々やりおるわい」


「あらあら~♪エメちゃん幸せそうねぇ~♪良かったわぁ~♪」


「主様!!エメばっかりずるいです!!わ、私だって!!しょ、将来の妻も抱き締めて下さい!!」


 なんだか外野がうるさい。

 無視しよう。

 

 ボクは今癒されてるんだ。

 本当なら、今すぐ師匠達の下へ帰りたいんだ。

 だけどこんなに早く戻ったら、師匠達に幻滅されてしまう。

 だから、フェイさんとエメには悪いけど、僕の癒しになってもらう。

 それくらい、いいでしょ?

 結局、勲章と名誉貴族の爵位は貰ったけど、褒美は辞退したんだから。

 これくらいのご褒美はください。

 いや、待てよ?

 やっぱり、フェイさんを貰おうか。

 剣聖を辞めた後でいいから。

 そうすれば師匠も喜ぶだろうし、言うだけ言ってみよう。


「エリーシャ女王様」


「あらあら~♪なにかしらぁ~♪うふふ~♪私もギュッてしてくれるのぉ~?」


「いえ、褒美の件です。やっぱり下さい。フェイさんを」


「ふぇ!?」


「うふふふ~♪それはダメよぉ~♪フェイちゃんはぁ~♪剣聖のお仕事があるものぉ~♪」


「はい。なので、剣聖の職を辞してからでいいです。フェイさんは師匠の親友なので、師匠が喜ぶと思います。

 もちろん、フェイさんさえ良ければですけどね?」


「わ、私ですか!?」


「あらあら~♪それならぁ~♪私はぁ~♪いいわよぉ~♪」


「じょ、女王陛下まで!?」


「それで、どうですか?フェイさん?剣聖として何かをやり遂げ、職を辞した後ボクの領地へ来てくれませんか?

 無理にとは言いません。フェイさんにも、家族が居るでしょうしね」


「わ、私はその....」


 フェイさんは押し黙り、思案を巡らしている。

 エリーシャ女王様はニコニコ笑い、楽しそうにフェイさんを見ていた。


 どうだろう?

 

 ボクはフェイさんに来て欲しい。

 善い人だし、からかうと楽しい。

 犬耳も最高からね。


「本当に私が行ってもいいんでしょうか?」


「はい。ボクは、フェイさんが欲しいです。可愛らしく素敵な女性です。

 何より....怒るかもしれませんが、この犬耳が最高です」


「み、耳ですか?」


「はい。このクニクニと動く感触....フサフサの毛....尻尾もこんなに触り心地が良くて、病み付きになってしまいます....」


「そ、そんなに!?」


「ああ....フェイさんは魔性の女性です....ダメですか?」


 潤んだ瞳で上目遣いにフェイさんを見上げる。

 今のボクは、犬耳と尻尾に取り憑かれている。


 なんて至高の品なのだろうか。

 麻薬の類ではないだろうか。

 ボクはたぶん、犬耳フェチなのかもしれない。


 ごめんなさい師匠。

 

 ボクには抗えません。

 だって、こんなに触り心地が良いんですもん。


「はわぁ....可愛い.....わ、わかりました。剣聖としてやり遂げた後、香月伯爵の下へ参ります」 


「そうですか!!よかったぁ♪」


「あらあら~♪フェイちゃんもカオルちゃんが好きなのねぇ~♪」


「あ、主様ぁ....」


「求婚の現場を見てしまったのぉ....ヴァルカンに言い付けるかの?」


「ブリンダさん?ボクは、あなたも素敵だと思っていますよ?」


「な、なんじゃと!?」


「だって、そんなに可愛らしい姿で、しっかりした考えを持っているではありませんか。

 よろしければ、一度ボクの宮殿へご招待しますよ?

 美味しい食事に、広いお風呂。サウナも砂風呂もあります。

 なんでしたら、全身美容パックもされて行きますか?

 スベスベのお肌に、理想的な体型。

 そうですね.....2週間で、体重が3~5キロ減量をお約束しますよ?」


「す、スベスベの肌じゃと!?」


「ええ。日頃、厳しい修練を積まれているのでしょう。可愛らしい容姿とは違い、ブリンダさんの手は少しがさついているようです。

 どうですか?ボクの宮殿で美容術を施せば、こんなに綺麗な肌艶になるのですよ?」


 せっかくなので、この機会にブリンダさんとの仲も向上させる。

 

 ボクの手をテーブルの上に出して、よく見える様に表裏とゆっくり翳す。

 

 自慢じゃないけど、肌艶には自信がある。

 だって、美人で綺麗なお母様の子供だからね。

 ボクの容姿や身体は、遺伝だ。


「た、確かに綺麗じゃの....それに引き代えワシの手は.....」


「どうですか?ボクが留学を終えた時に、一緒に宮殿へ行きますか?」


「よ、良いのかの!?」


「ええ。もちろんです。なんでしたら、新しい美容術をお試しになりますか?

 今、当家で行っている美容術は海藻や貝類を使った物ですが、新しくオイルを使った物を考えています。

 詳しくは、話せませんけどね?」


 ボクが考えているのは、植物性と動物性の油を掛け合わせ、香油を混ぜた保湿に優れた物だ。

 ガサガサ肌で、(あかぎれ)などを起こしている乾燥肌の人には良く効くだろう。

 実は、『ポーション』を混ぜている。

 それも、ポーションを抽出し濃縮させた『ハイポーション』と言われるもの。

 この製法はコストが掛かり過ぎる為、聖騎士教会には教えていない。

 手足くらいは千切れても、くっついてしまうからだ。

 そうなれば、治癒術師の必要性が無くなってしまう。

 それは非常に危険だ。

 だから、内緒にしている。


「い、行くのじゃ!!今まですまんかった!!この通りじゃ!!」


「いえいえ♪ブリンダさんは、可愛らしいですからね♪いつまでもその可愛らしさを止めておく為には、美容術が必要だと思っただけですよ♪

 もちろん、フェイさんもね?」


「は、はい!!」


「それじゃぁ~♪私も行こうかしらぁ~♪」


「わ、私も行きます!!」


「(コクン)」


「ええ、もちろん良いですよ♪では、留学が終わる3ヶ月後。みなさんを招待しますね♪」


 ボクの口車に乗った5人。

 壁に控えるメイド達も、話しを聞いただけでうずうずとしていて行きたそうだ。


 エリーシャ女王様の許可があれば、みんなを招待しよう。

 

 師匠達も喜ぶだろうしね♪


 というか、みんなチョロイな.... 

 さすがは女性だね。

 美容と聞くと、我慢できないんだろう。

 まぁ、女性がいつまでも若々しいのは良い事だと思うけどね。


 









 その後、長々と昼食をしてしまったものの、ボクは当初の予定通り師匠に鍛冶を教えてくれたメリッサさんを訪ねる事にした。

 カムーン王国の王都は初めて来たので、道案内をフェイさんが買って出てくれた。

 ティル王女とエメ王女も着いて行きたそうにしていたけれど、エリーシャ女王様が一喝して嗜めてくれた。

 普段とは違う声色に、迂闊にも(カッコイイな)なんて思ってしまった。

 いつもああしていればいいのにね?

 なんであんな間延びした声で話すんだろう。

 その方が楽なのかな?


 フェイさんの道案内で、王城を後にする。

 山沿いにある王都は、なだらかな大通りを中心に周囲に家並みが聳えていた。

 王都の周りは樹木が多く、深緑の城と言われる所以はそこから来ているそうだ。

 メリッサさんの居る工房兼商店は、王城・貴族街・平民街・商店街を抜けた先にあり、とても遠かった。

 ボクが通う王都騎士学校は、貴族街と平民街の中間にあり、沢山の生徒が通っているとフェイさんが教えてくれた。

 

「見えて来ましたよ。香月はくしゃ――(かえで)さん」


「...メリッサさんの前で、言い間違えないでくださいね?変装しているんですから」


「はい。ですが、その....髪の色が違うだけで、見た目が....」


「まぁそうなんですけどね....それに、せっかく着替えたんですから...」


 今ボクが着ている服は、綿製のごく一般的は服装だ。


 茶色い革のブーツに黒いズボン。

 白のシャツに茶色い革のベスト。

 上には師匠から貰った外套を羽織っている。

 馴染ませる為に、腰には聖剣デュランダルを帯剣してる。


 久々に絹以外のズボンを履いたけど、実に不快だ。

 脚に纏わり付くし、擦れて痒いし、最悪。

 ボク、男なのに.....


 メリッサさんのお店に着く。

 周囲の建物と同じ、赤いレンガ造りの建物に、屋根はこげ茶色に塗られている。

 ドッシリとした重厚な建物という印象だ。

 そこに、『武器・防具・万屋(よろずや)』と書かれた看板が掲げられていて、ここが武具屋だという事がやっとわかる。

 

 看板が無ければただの民家だ。

 周りもそうだけどね。


「ごめんくださーい」


 しっかりとした造りの扉を開けて、店内を見回す。

 鉄や革製の武具の他に、天幕やカンテラなどの冒険者ならば持っていそうなアイテムが綺麗に整頓されて並んでいた。


 なんというか、小奇麗だ。

 

 とても師匠に鍛冶を教えた人のお店とは思えない。


「あいよ。いらっしゃいな」


 ボクの声が聞こえたのか、店の奥から革のエプロンを着けたドワーフの女性が元気良く現れた。


 瑠璃(るり)色の短い髪に、ダボダボな麻のチュニックとズボン。

 填めていた手袋を外し、木製のカウンターの上に無造作に置く。


 一瞬その姿が師匠と重なって見えた。

 

 髪の色も種族も顔も違うのに、その仕草と服装が師匠とソックリ。

 やっぱり、この人が師匠に鍛冶を教えてくれた人なんだ。

 鍛冶師のメリッサさんなんだ。


「おや?剣聖様じゃないさね。久しぶり。もうヴァルはいないよ?」


「メリッサさん。ご無沙汰しています。本日は、この子を紹介したくて連れてきたのです。さ?楓さん?」


 ボク達の前にやってきたメリッサさんは、フェイさんと軽く挨拶を交わしボクを紹介してくれた。


 お互いに名前を名乗り、握手を交わす。


 メリッサさんの、ドワーフ特有のゴツゴツした手。

 硬いけど温かい。

 師匠の手も硬かったけど、メリッサさんのはもっと硬い。

 でも、痛くはない。

 力強さと、鍛錬を積み重ねてきた年月を感じる。

 ボクなんかよりも全然凄い人だ。

 手だけでわかる。

 この人は、尊敬できる素晴らしい人だ。


「楓ちゃんね?あたしゃメリッサってんだ。見ての通りしがない鍛冶師さ」


「ご謙遜を。メリッサさんは、王都でも5本の指に入る鍛冶師ではございませんか」


「アッハッハ!!そんな事、あたしゃ思ってないさね!!誰かが勝手に風潮してるだけさね!!」


 大音量の笑い声。

 ドワーフらしい快活な人。

 ボクのメリッサさんに抱いた第一印象は、凄腕の鍛冶師で快活なドワーフという印象だ。


「それで、今日はどうしたんだい?剣聖様は、紹介って言ってたみたいだけど」


「あ、あの。防具を売っていただきたくて来ました。ボクは、明日から王都の騎士学校に入学するのです」


「そうかいそうかい。そりゃ立派な事さね。どれ、何が欲しいんだい?

 見ての通り、うちにゃ、鉄から鋼鉄。革はトロールからオーガまで、なんでも揃ってるさね!!」


「できれば軽い物をお願いします。ボクはまだ子供なので、重い防具は装備できません」


「そうさねぇ...それなら、革さね。どれどれ、その上着脱いでみな」


 メリッサさんに言われて、羽織っていた外套を脱ぐ。

 帯剣していたデュランダルを見て、メリッサさんが凍り付いた。


 まぁ、当然の反応だろうね。

 だけど、言い訳は師匠から教えられてる。

 ヤマヌイ国の側用人をしていた架空の父が、聖騎士教会に亡命してそこでボクは生まれた。

 家に代々伝わる、由緒正しき物がこのデュランダルで、ボクが騎士学校に入学するからと父から渡された。

 

 和国のヤマヌイで剣っておかしいと思うけど、師匠は不思議に思わなかったみたい。

 みんなも変に思わなかったから、ありえない話しじゃないみたいだ。


「あ、あんた....その剣どうしたんだい.....」


「この剣はボクの家に代々伝わる物で、この度父が騎士学校に入学するからとボクにくれた物です」


「んな馬鹿な事あるかい!?そりゃ聖剣じゃないのさ!!神々しいまでの存在感....あたしゃ間違えるはずもないさね!!」


 一目でデュランダルを見抜かれた。


 やっぱり師匠の策はダメダメだ。

 別に、メリッサさんにはばれても良いと思っていたしね。

 だから、全てを明かした。


 ボクが、元剣聖ヴァルカンの弟子で婚約者だという事。

 エルヴィント帝国の伯爵だという事。

 カムーン王国には、自分を磨くために来たという事。

 この聖剣は、ドラゴンの契約者であるボクの下へ、自分からやって来た事。

 それと、他の聖剣や聖槍も見せた。


 メリッサさんはずっと驚いた表情をしていたけど、師匠の弟子だと聞いて感心していた。

 それよりも、フェイさんの驚き様が凄かった。

 特に、聖槍ガエボルグを見る目がキラキラと輝いていてちょっと怖い。

 槍使いとして、憧れたのかもしれない。


「こりゃたまげたね....ヴァルの弟子が、ドラゴンの契約者なんて.....しかもなんだい?ヴァルと婚約してるのかい?」


「はい。師匠は、とても素敵な女性ですから。優しくて強くて美しい。掛け替えの無い女性だと思っています」


「そうかいそうかい....いやぁ、あたしゃ嬉しいねぇ....ヴァルの事を、よ~くわかってるさね....」


 感激したのか、メリッサさんは涙を流して喜んでくれた。


 こんなに喜んでくれて、ボクも嬉しい。


 だって、師匠の為に涙を流してくれたんだもん。

 メリッサさんは善い人だ。

 他人の為に涙を流せる人に、悪い人がいるはずがないもん。


「それで、ですね。ボクは、身分を偽り変装をしなければいけません。

 そのために偽名を使い髪の色も変えて来ました。

 先ほど見ていただいた通り、武器は一介の学生が持つには過ぎた代物です。

 なので、せめて簡素な防具を自分で作ろうかと思ったのですが、それならメリッサさんのお店で買うと良いと師匠が教えてくれました」


「ヴァルが頼ってくれたのかい。嬉しいねぇ....よし!!そういうことなら、任せときな!!自慢の一品を用意しようじゃないのさ!!」


「本当ですか!?ありがとうございます!!メリッサさん!!」


「メリッサでいいさね!!ヴァルの弟子なら、私の子供みたいなもんさ!!ちょっと待ってな!!」


 涙を服の袖で拭い、ドカドカと店の奥へ消えて行くメリッサ。

 フェイさんはジッとボクの二の腕にある腕輪を見詰め、物欲しそうに眺めていた。


 そんなに見ても聖槍はあげませんよ?

 アレは、風竜がボクに贈ってくれた物なんですからね?


 やがてメリッサが戻って来ると、手に持っていた物に驚愕とする。

 それは、ボクには装備できない物。

 軽い物をとお願いしたはずなのに。


「どうさね!!鎖帷子(チェインメイル)さね!!軟鉄製で、編み込みに拘った一品さね!!」


「あの....メリッサ?ボクには重くて使えないですよ?」


「何言ってんだい!!男がだらしない事言うんじゃないよ!!」


 ボクの意見をまったく聞かないメリッサ。

 

 背中をバンバン叩かれ、あれよあれよと言う間に着替えさせられた。

 

「....重くて動けません」


「なんだい!?そんな軟弱なヤツに、ヴァルはやれないね!!」


 カチーンと来た。

 

 なんでこんな事言われなきゃいけないの!?

 善い人だと思ったのに!!

 というか、この人も『残念美人』なの!?

 こういうところは、ホント師匠ソックリだよ!!


「メリッサ。鉄製品は間に合ってるので、革製の防具を下さい」


「ハッ!!武器だけがいっちょ前のくせに、何言ってんだい!!

 いいかい?その鎖帷子(チェインメイル)ですら、あんたの持ってる聖剣には遥かに劣るってもんなんだよ?

 それより軽い防具なんて、うちにゃ売ってないさね!!」


「そうですか。では....」


 鎖帷子(チェインメイル)を脱ぎメリッサに手渡す。


 ズシリとした重さが消えて、身が軽くなった。

 たぶん、20~25キロくらいあったんだと思う。

 ボクの体重の半分からそれ以上だ。

 無理に決まってる。

 おかげで、肩が痛いよ。


「『魔装』【騎士(エクウェス)】」


 魔装換装を唱え、白い騎士服と白銀(ミスリル)の鎧に着替える。


 バカにされて頭にきたからだ。

 大体、革製の防具だって売ってるんだ。

 何が「それより軽い防具なんて、うちにゃ売ってない」だよ。

 ホント、いい加減にしてよね!!


「た、たまげたね....一瞬で着替えちまった....それになんだい....総白銀(そうミスリル)かい?」


「はい。ちゃんとした防具はあるんです。

 ボクは最初に来た時に言った通り、騎士学校に通うために防具が欲しいんです。

 こんな装備で学校に行けば、身分がばれてしまいますから」


「そ、そうかい....そりゃ悪い事をしたね....それにしても....こりゃ誰が作ったんだい?」


「師匠に教えてもらい、ボクが作りました」


「ヴァルがねぇ....なんだい?ここの繋ぎが甘いじゃないのさ!!せっかくの白銀(ミスリル)鎧が泣いてるさね!!」


「やっぱりそうですか....メリッサ、ボクにあなたの技術を教えて下さい。その為にここへ来た意味もあるんです」


「そうかいそうかい!!いくらでも勉強していき!!あんたみたいな将来有望な子は、ヴァル以来さね!!腕が鳴るねぇ!!」


「本当ですか!?ありがとうございます!!」


「アッハッハッハ!!こんな歳に成って、可愛い弟子ができたもんさね!!」


 快くボクのお願いをメリッサは聞いてくれた。

 どうやら、1つのことに夢中になると周りが見えなくなるらしい。

 

 本当に師匠にソックリだ。

 それに、さすがだと思う。

 ボクの鎧の接合部に使っている、革製のベルトの甘さを指摘された。

 観察眼が鋭い。

 きっと沢山の事を教えてくれるだろう。


「あ、鎧はもう1つあるんです。見ていただけますか?」


「どんなもんさね?」


「はい。着替えますね?『魔装【契約(コントラクトゥス)】』」


 今度は、黒曜石の軽装鎧に漆黒のゴスロリ服へと変身する。

 

 それは、ボクが本気モードの時にだけ着る服だ。

 特に【騎士(エクウェス)】との違いは無い。

 しいて言えば、男性服か女性服かの違いだろう。


「なんだいこりゃ....透けてるけど.....黒鉄かい?」


「黒曜石です。白銀(ミスリル)と同じ、錬金術で作り出した物ですね」


「そうなのかい?こりゃ、見た目も良いさね...ん?こりゃ、なんだか不思議な力を感じるさね....」


「それはたぶん、精霊の力だと思います。黒曜石の鉄板を扱うには、人の力だけではできませんので」


「そりゃ....また.....神秘的な話しさね.....」


 メリッサは、そっとボクの胸当てに触れて材質を確かめた。

 その様子は不思議な物を触るというよりも、長い間離れ離れになっていた我が子を触るよう。

 目に涙を浮かべ、慈しむ様に優しく触れる。

 しばらく触れていると恥ずかしかったのか、プイッと後ろを向いて、又もボク至らぬ点を指摘された。


 革のベルトは、材質により縫い合わせ方もそれぞれ違う。

 ただ頑丈に作れば良いという訳ではないそうだ。


「あんた、どこに住む予定なんだい?」


「えっと、学校の寮に住む....んだよね?」


「そうだと思います。女王陛下もそのつもりかと」


「は~....本当に貴族様なんさねぇ....」


「はい。エルヴィント帝国の伯爵で、カムーン王国の名誉男爵になりました」


「こりゃ、軽々しく口利いてたら、怒られちまうかね?」


「いえ、先ほどまでと同じ話し方にしてください。その方が、親しみが持てます。メリッサは善い人です。どうか、末永くお付き合いをお願いします」


 本心を告げてペコリとお辞儀をする。


 貴族は、頭を下げる事を普通はしない。


 侮られない為とも、色々言われているけど、ボクにはどうでもいいこと。

 感謝を伝え、謝罪を伝えるのに頭を下げるのは当然だ。

 元々日本人だしね。


「そうかいそうかい!!ホント可愛い子やないさね!!ヴァルも善い子を見つけたもんさ!!」 


「そうですね。香月はくしゃ――楓さんは、とても真面目で優しい善い子です」


 また言い間違えたから睨んでおいた。

 

 今のボクは楓だ。

 ファノメネルが付けてくれた可愛い名前。

 気に入ってるから、カムーン王国に居る時はこっちで呼んで欲しい。

 

 結局色々言われたけど、灰色に染められたトロールのなめし革の軽装鎧と腕当てに脛当てを売ってもらった。

 何層にも重ねられ、メリッサお手製の一品で成り立ての中級冒険者に人気の物なのだそうだ。

 銀貨10枚。

 1000シルド。

 安すぎないかと思ったけど、そんなものらしい。

 よくわからない。

 普段着の方が高くて驚いた。


 家というか、今夜泊まる王城の借り住まいで、白銀(ミスリル)の糸を裏に仕込もうと思う。

 その方が安全だしね。


 メリッサにまた来ますと約束して、その日は王城で一泊。

 夕食は約束通り宮廷料理を振舞ってくれたけど、あまり美味しくなかった。

 やっぱり、自分の家の食事の方が口に合ってる。

 自分で作った味だからかな?

 フランとアイナの料理も美味しいんだけどね。

 

 明日はいよいよ学校だ。

 どんな人が居るのか楽しみだけど、ちょっと怖くもある。

 やっぱり、過去に無視された経験があるからかもしれない。


 同級生達の冷たい視線。

 妬ましい視線。


 あの目は正直怖い。

 向こうも怖かったんだと思う。

 なんでもすぐに覚えてしまうボクが。

 だから、気を付けよう。

 せっかくの機会なんだ。

 なるべく穏便に人付き合いを勉強しよう。

 そうじゃないと、笑顔で送り出してくれた師匠達に申し訳ないから。


 中々寝付けない夜に、通信用魔導具を使い、師匠達の励ましの声を聞きながら安心して目を閉じた。


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