第二百ニ十四話 カムーン王国へ....
大陸の南西部では、異変が起きていた。
カムーン王国の地方領主であるエトムント・ロ・ボーデ騎士爵領で、突如として大量の魔物が出現したのだ。
魔物自体はたいした敵ではない。
ゴブリンの変異種ホブゴブリンに、ゴブリンソルジャー。
ゴブリンジェネラルに、ゴブリンプリースト。
所詮は下級の魔物であるゴブリンだ。
ただ、数が異様に多かった。
領主であるエトムントは、即座に私兵を連れて討伐に当たる。
物の数こそ多いものの、相手はゴブリン。
散発的な戦闘を繰り返し、危なげなくゴブリンを退治する事に成功する。
「ふむ....」
自身の天幕の中で、テーブルに地図を広げて満足気に頷くエトムント。
つい先ほど戦闘が終わり、私兵にもたいした被害も無かった事から、嬉しそうにワインを呷った。
そこへ、部下の犬耳族の男性がやって来た。
エトムントの前で跪く男性は、小刻みに身体を震わせている。
「エトムント様!!ヤーム村から斥候が戻りました!!」
「そうか!!それで、どうだった!?」
「はい....領民300人が....全滅したそうです.....」
「なんだと!?誠か!?」
「はい.....ヤーム村は一面焼け野原で.....息のある者は一人も居なかったとの事.....です」
「おのれっ!!!」
グラスを地面へ叩き付け、エトムントは忌々しげに拳を握る。
革の手袋が悲鳴を上げて、今にも爪が突き出そうだ。
自治領内の村が1つ消えたのだ。
エトムントが激怒するのも当然であろう。
「すぐに移動するぞ!!防衛線を張れ!!」
「ハハッ!!!」
エトムントの命令に従い、部下の男性が身を翻して天幕を出て行く。
遠くの方で男性の叫び声が聞こえ、周囲が慌しくなり始めた。
エトムントは地図を握り締め、ワナワナと震える。
領主として最悪とも言える災難が、エトムントに降り掛かった瞬間であった。
宵闇の中、切り立った崖の奥底で、ボロボロの衣服を身に纏った醜い姿の者共が蠢いていた。
手に持つ得物を打ち付けて、玉座にも似た椅子に腰掛ける人物に敬意を伝える。
そこに2つの供物が捧げられ、歓声が一際高く響き渡った。
「や、やめて!!離してっ!!!お父さん!!お父さんっ!!」
「ダーシャ!!ダーシャ!!」
供物の悲鳴が木霊する。
醜い物共は歓喜の雄叫びを上げて、崇拝する人物に視線を移した。
「グフッグフッ....」
「「「「「「フゴォオオオオ!!!」」」」」」
人語を理解しない彼ら。
彼らはゴブリンである。
そして、彼らが崇拝するのは自らの王。
それは、ゴブリンキングではない。
さらに上位の魔物。
『ゴブリンハイロード』
生まれながらに王の中の王と呼ばれ、全てのゴブリンは彼に従属する。
それが彼らの掟であり、絶対であった。
「や、やめてくれ!!娘だけは!!!娘だけは!!!」
「お父さん!!お父さん!!」
悲痛な叫びを上げる父娘。
ゴブリンハイロードはいやらしく口角を上げて、笑みを零した。
その瞬間。
父娘は首を刈られ絶命した。
断末魔など無かった。
あったのは、2人の死後に地面へ咲いた赤花だけ。
ドロリと流れ、大きさを増す赤黒い花。
「「「「「「ブォオオオオオオオオオオオオオ」」」」」」
歓喜の雄叫び。
誰もが嬉々とした表情で得物を掲げ、ゴブリンハイロードに賛辞を贈る。
そこへ、部下のゴブリンジェネラル達が息絶えた2人の身体を放り投げ、ゴブリン達は群がるように貪り喰った。
グチャグチャと、ゴリゴリと嫌な音が響く。
それは、彼らにとって当然の権利。
そして、当然の行為。
彼らにとって、人間とは食べ物。
オークとは違う。
女を拐かして子を産ませる様な行為を、ゴブリンはしない。
彼らは、自分達をオークよりも崇高な者だと思っている。
濃縮した魔素から生み出される自分達は、自らが崇める神から作り出された使徒だと思っている。
「グガァアアアアアアアアア!!!」
ゴブリンハイロードが立ち上がり、右手を高々と上げた。
それは命令。
もっと供物を。
もっと殺せ。
もっと奪えと言った。
ゴブリン達も答えた。
もっと食すを。
もっと殺す。
もっと奪うと。
世界の歯車は、少しずつ回った。
破滅へと向かい、ゆっくりと。
カオルの知らないうちに回っている。
送別会も終わり、ボクは家族仲良くベットで眠った。
これから3ヶ月は、こうして一緒に寝る事もできなくなる。
もちろん、週に1回は帰って来るつもりだけど、泊まる事はできないと思う。
騎士学校は全寮制だし、外泊なんて見付かったら、ボクの為に頑張ってくれたアーシェラ様やエリーシャ女王様に迷惑が掛かっちゃう。
だから、真面目な良い子を演じなきゃいけない。
勉強の心配はしていないけど、人付き合いは大丈夫だろうか?
あの時みたいに、無視とかされないといいけど。
師匠達は、代わる代わる交代してボクの隣で寝て、何度も抱き締めて頭を撫でてくれた。
すごく温かくて優しかった。
心配して応援してくれるのが嬉しかった。
だから、何回も口付けた。
「ありがとう」って感謝を伝えながら、何度も。
ボクの居場所はここにある。
大切で大好きな家族のところ。
ボクを慕って愛してくれる家族の隣。
たった3ヶ月って思ってたけど、やっぱり寂しい。
涙が止まらなくて、その度に抱き締めてくれた。
『強くなる』って約束して、それで眠った。
師匠達は眠れなかったと思う。
ボクは温かい温もりの中で、スッと眠れた。
心から安心する温もりに、ボクの気が緩んだんだと思う。
久々に熟睡して、翌朝は簡単に見送ってくれた。
いつもの様にフランとアイナが朝食を作ってくれて、「行って来い!!」って師匠達が元気に見送った。
ボクも「行って来ます」ってそれだけ答えて、宮殿を出た。
最後に人形君達に「みんなをお願いね」って言っておいた。
人形君達も成長してた。
「イエス。マイロード」って言いながら、笑顔でボクを送ってくれた。
だから、安心してボクは旅立った。
『雷化』の魔法を使い、光の速さで空を駆け抜ける。
時間にして1秒も掛からずに、エリーシャ女王様の寝所のバルコニーへ。
ここなら人目も気にしないですむし、ボクが倒れたあの時も土竜はここに降り立ってた。
ティル王女暗殺未遂事件。
あの時のボクは、呪いに掛かってた。
風の精霊王シルフが押さえ付けていた、堕天した神『大蛇』の呪い。
ボクの悪の感情を増大させて、ボクにあんな事をさせた張本人。
そのおかげでティル王女は救われた。
だけど、ボクの中にはあんな悪の感情がある事を知った。
いや、知っていたんだと思う。
アーシェラ様の命令でダンジョンに向かった時にも、ボクはストレスを爆発させて悪人を懲らしめた。
殴り付けて、魔法の矢で突き刺して、罪を白状させた。
アレがたぶんボクの本性なんだ。
『濁った目』を見て怯えていたボクが、心から憎んで行った行為。
ボクは呪いの有無にかかわらず、『濁った目』にはああするんだろう。
だって、人じゃないから。
あいつらはゴミだ。
人権なんて存在しない。
息をしているだけの単なる物だ。
だから、殺す。
いらないから。
必要無いから。
それが、ボクが望んだ世界。
深く溜息を吐いて、窓を開けた。
鍵が閉まっていたけど、魔力の帯を伸ばして開錠した。
「エリーシャ女王様」
豪華な室内へ歩み入る。
白い天幕の付いた大きなベットに、赤い絨毯。
天井からは豪奢なシャンデリアが吊り下がり、エリーシャ女王様は、椅子に腰掛け優雅なティータイムを満喫していた。
「あら~♪やっぱりカオルちゃんだったのねぇ~♪ピカピカゴローンって凄かったのぉ~♪」
年齢に似合わず、緊張間の欠片も無い間延びしたエリーシャ女王様の声。
聞いているだけで力が抜けるものだけど、ボクにはそうは感じない。
だって、ボクのお母様もたまにこういう話し方をしていたから。
お酒に酔ったお母様は、よくこうしてお父様とボクに絡んでいた。
もしかしたら、ボクがお酒を飲んで壊れるのって、お母様の遺伝なのかもしれない。
「驚かせてしまいましたか?」
「うぅん~♪大丈夫よぉ~♪それにしてもぉ~♪髪の毛の色をぉ~♪変えちゃったのねぇ~♪残念だわぁ~♪」
ぜんぜん残念そうじゃない。
というか、なんでみんな黒髪が好きなの?
そりゃ、この世界で黒髪は、純潔のヤマヌイ国民だけみたいだけど同じ髪だよ?
師匠とかカルアみたいな金髪だって多いって訳じゃないし、エルミアの銀髪なんてもっといないのに。
憧れでもあるのかね?
「変装する約束でしたからね。それに、いつでも元に戻せますから....ご心配していただいて、ありがとうございます」
一応、お礼を述べておいた。
エリーシャ女王様は一国の主である女王だしね。
全然そうは見えないけど。
むしろ、ティル王女もエメ王女もそうだけど、全然王族らしくない。
リアの方が立派だと思うよ?
ティル王女みたいに我が侭に出歩かないし、エメ王女なんか引き篭もってるらしいし。
それでいいのかね?
あの時のティル王女は、カッコ良かったんだけどなぁ....
「うふふ~♪あ~、忘れるところだったわぁ~♪そこにぃ~♪学校のぉ~♪制服をぉ~♪置いてあるからぁ~♪持って行ってねぇ~♪」
「はい」
エリーシャ女王様に目配せされて、壁際のメイドがおずおずと制服を差し出してくれた。
突然女王の寝所に現れたボクに、メイドは顔色1つ変えずに対応してくれる。
むしろ、どこか好意的だ。
前に来た時に会ったのかな?
土竜の中で見ていたけど、ボクの記憶にはメイドなんて無いんだけど....
制服を広げてみる。
国色の真っ赤なブレザーに、白いシャツ。
黒のタイに茶色のコルセット....
黒いスカート....
「エリーシャ女王様?」
「あら~?なぁにぃ~?」
「ボクは、なぜ女性物の制服を渡されたんですか?」
「だってぇ~♪カオルちゃんにはぁ~♪そっちの方が似合うと思うのぉ~♪」
何考えてるのこの人!?
師匠達がいないんだから、男装したいでしょ!?
いやいや、男装じゃないよ。
元々ボクは男なんだから!!
そりゃ、最近は女性服の方が着慣れてていいなって思ってるけどさ!!
だからって、せっかく留学してボクの事を知らない人のところに行くんだから、男の格好したいじゃん!?
「....男性服をください」
「え~!!カオルちゃんは、ぜ~ったいその服の方が似合うのにぃ~!!ね~?」
「はい。女王陛下のおっしゃる通りだと思います。それに、今お召しになられている服も女性物だと思われますが?」
メイドがエリーシャ女王様に同意し、ボクの服装を指摘してきた。
確かにボクの今の格好は女性服だ。
自分で作った、黒のワンピースドレスの上に、白のコートを羽織っている。
土竜に言われて、師匠達が気に入るであろうゴスロリ服を作ったんだけど、ボクも気に入ってしまった。
だって、可愛いんだもん。
それに、いつの間にかズボンが脚に纏わり着くのが嫌になっちゃって....
それでも!!
ボクは男性服を着るよ!!
嫌だよ!?
入学早々に、「あいつ、男なのに女装してるぜ?」「うわぁ、きもくね?」「キモイキモイ」とか言われたら!!
そんな事言われたら、留学止めて帰っちゃうよ?
「...お願いします。男性服をください」
心から懇願し、エリーシャ女王様はしぶしぶメイドに言って男性用の制服を取り出してくれた。
というか、最初からそれを出してよ!!
なんで面倒な事してるの!?
まったく、エリーシャ女王様も『残念美人』なんじゃないだろうか?
「絶対似合うって思ったのにぃ~....」
「残念です....」
「....着ませんからね?」
名残惜しそうにエリーシャ女王様が女性用の制服を見詰め、メイドはいつまで経っても仕舞おうとすらしなかった。
やがて、ボクに押し付けるように渡してきたので、仕方が無く受け取るだけ受け取った。
だって、目が怖いんだもん。
殺気を放ってるんだよ?
もしかしたら、凄腕のメイドなのかもしれない。
エリーシャ女王様の警護も担っているのかも。
恐ろしいところだ。
カムーン王国は、『残念美人』の宝庫だ。
「それじゃぁ、カオルちゃん?行きましょうかぁ~?」
「....どこに連れて行くつもりですか?」
「うふふ~♪い・い・と・こ・ろ♪」
嫌な予感しかしない。
なんでこの人はこんなに自由人なのだろうか?
アーシェラ様とは雲泥の差だ。
だから、馬鹿な宰相にクーデターなんて起こされるんだよ。
あの時だって沢山の貴族が『濁った目』をしてたし、腐敗しきってて土竜じゃなかったらカムーン王国も滅亡してたと思うよ?
この国は、本当に師匠が居たカムーン王国なんだろうか?
どこかに、同名の国が存在するんじゃないかな?
本当に信じられないよ。
エリーシャ女王様に連れられて、やって来たのは謁見の間。
大きな扉を潜って内部に入ると、精悍な目つきの石像群が壁にびっしり並んでいる。
一直線に部屋の奥へと伸びる赤絨毯。
一段高くなった場所には3つの玉座。
真ん中はエリーシャ女王で、両サイドがティル王女とエメ王女の場所だろう。
2人の父親である、エイブラハム・ア・カムーン国王は、エメが産まれてすぐに崩御されたそうだ。
そこがアーシェラ様との共通点で、エリーシャ女王様と仲良くなった理由だって聞いた。
エリーシャ女王様が玉座に腰掛ける。
ボクは、そこから5mほど離れた絨毯の上に跪く。
そこへ、ティル王女とエメ王女が、お付きを連れて登場した。
白いドレスのエリーシャ女王様とは違い、真っ赤なドレスを身に纏った2人。
自分の玉座へ座り、お付きの人が別れる。
その中には剣聖の2人も居た。
1人は師匠の親友である、犬耳族のフェイ。
真っ赤な騎士服を着て、腰に長剣を帯び、手に持つのは白銀製の斧槍。
もう1人はホビットの女性、剣聖ブレンダ。
フェイと同じ赤い騎士服に、二刀を腰に帯びて威厳ある顔付きでボクを見ている。
あの時、ブレンダさんを転ばせてしまったから、もしかしたら怒ってるのかもしれない。
でも、しょうがないよね?
ボクに斬りかかってきたのはブレンダさんの方だし、それを撃退したら転んで膝を擦り剥いただけだもん。
ボクは悪くない。
悪いのは、馬鹿な宰相達だ。
というか、なんか変だ。
フェイさん達と一緒に入って来た人達、騎士のはずなのに武器がおかしい。
両手斧とか大鎌とか、騎士にしては似つかわしくない得物を持ってる。
それに、防具もおかしい。
板金鎧は一緒だけど、ブレストプレートにプレートメイル。
あの人はハーフアーマーだし、奥の筋骨隆々の男性なんてキュイラスだ。
鎧の見本市?
どうもチグハグなんだよね、この世界の文化は。
これで火薬でもあれば、みんな鎧を脱ぐんだろうけど。
鉄砲の前では、鉄だか鋼鉄だか軟鉄製の鎧なんて、紙切れみたいな物だしね。
「それじゃぁ、カオルちゃ~ん?今から略式的だけどぉ~♪叙勲式を執り行なうからねぇ~♪」
いつの間にかそういう流れだったみたいだ。
前に一度辞退してるんだけどなぁ。
まぁいいか。
師匠からも、「貰える物は貰っておけ」って言われてるし。
あ、でもアーシェラ様が「領地だけは貰うな!!」って釘を刺されていたっけ。
気を付けよう。
「コホン。我、第46代カムーン王国女王エリーシャ・ア・カムーンの名において、かの者『香月カオル』に名誉貴族である男爵位及び、紅花勲章を授けるものとする」
「....謹んでお受けいたします」
「....あるじさ――香月伯爵?それだけ?」
ボクが正式な受け答えをしなかったからか、ティル王女が慌てて聞いてきた
それには理由がある。
この場合の本来の形式だと、「我が剣、我が力は、女王陛下、国民の為に振るわれる」とでも言うべきなのだ。
だけど、ボクにそのつもりは無い。
ボクはエルヴィント帝国民であり、ボクの力をカムーン王国で使うつもりはないからだ。
たった1人だけで、2国も救う事などできない。
そもそも、エルヴィント帝国だけでいっぱいいっぱいなんだ。
ディアーヌの、アルバシュタイン公国の事だってあるしね。
この上カムーン王国まで守れなんて言われても無理。
それに、ありえないとは思うけど、エルヴィント帝国とカムーン王国がもし戦争なんて起こしたら、ボクはカムーン王国を切り捨てる。
だって、師匠達が暮らしているのはエルヴィント帝国の領地だから。
どこかへ亡命したっていいけど、アーシェラ様達は善い人だからね。
それなら、まだ良く知らないエリーシャ女王様に尽くすつもりは、今のところ無い。
「....はい。ボクは、エルヴィント帝国の伯爵です。それに、これは名誉貴族の叙勲式なのでしょう?
ボクがカムーン王国の為に何かをする必要は無いと思いますが?」
「貴様!!何様のつもりだ!!」
フェイさん達と共に並んでいた、1人の騎士が声を荒げた。
手に持つ両手斧をわなわなと震わし、ズカズカと他の騎士を掻き分けボクの前へ。
近くで見ると凄く大きい。
ドワーフらしいガッシリとした体格。
胸部と背面を重厚な厚さの鋼鉄製の板金鎧で保護し、何より驚くのはその身長。
小柄なずんぐりとしたドワーフしか見たことが無かったけど、この人の身長は2mを越えている。
ボクとの差は50cm以上。
跪いてるから余計に高さが.....
むぅ.....
牛乳いっぱい飲もう。
「止めなさいアドルファス伯爵。カオルちゃんの言う事はもっともよ。
名誉貴族に強制力はありません。カオルちゃんは、エルヴィント帝国民なのですから」
「ですが、暗黙のルールというものがあります!!たとえ他国の人間とて、貴族ならば貴族としての務めがあります!!」
「....では、ボクは名誉貴族としての爵位を返上します。元々いらないと言っていましたしね」
「なんだその態度は!!子供だからとて、容赦はせぬぞ!!」
「そうですか。容赦はしないとは、どういう意味ですか?武に訴えるつもりなら、止めておいた方が懸命でしょう。
この場に居る全員を相手にしても、ボクが負ける事はありえません。そうですよね?フェイさん?」
段々とイライラしてきた。
なんなんだ?このおじさんは。
言うに事欠いて、容赦しないってどういうことだよ。
だから、いらないって言ったんだ。
なんでエリーシャ女王様はボクに名誉貴族の位なんて寄越したんだろう。
「それは....その.....」
「フェイが言えぬのならば、ワシが言うとするかの?そこの香月伯爵の言う通りじゃ。
剣聖のワシやフェイ。それに、この場におる各騎士団長が束になって掛かっても、香月伯爵には毛程の傷も付けられんじゃろう。
それでもやると言うならば、ワシは止めん。血気盛んで実に良いとワシは思うがの」
師匠がロリババァと呼んでた剣騎ブレンダ。
なるほど、見た目がホビットの可愛らしい女性なのに、しゃべり方がおばぁちゃんだ。
年齢はいくつくらいなんだろうか?
ボクの目は当てにならないから、よくわかんないや。
「....ブレンダ殿が認める程なのですか?こんな子供が」
「そうじゃ。ワシでもまったく歯が立たんかった。それも、本気ではないようじゃしの。恐ろしい子供じゃ」
先日の一件は、ブレンダさんの不評を買ったみたいだ。
そんな恐ろしいとか言わないで欲しいよね。
アレは事故みたいなものだし。
それに、ボクじゃなくて土竜がやった事でしょ?
まぁ、ボクならあんな怪我じゃ済まなかったと思うけど。
「それで、この茶番はいつまで続けるんですか?ボク、忙しいんですけど」
「グッ....グゥ.....」
忌々しげにボクを見下ろす、アドルファスとかいう伯爵。
フェイさんの近くに居る騎士達もボクを眺め、成り行きを見守っている。
それにしても、この人達が騎士団長なんだ。
各とか言ってたから、えーっと....
5人だから5つの騎士団?
見た目は強そうだけど、実力は謎だ。
それに、女性が2人も混じってる。
ボクが知る人は、女性の方が強いんだけどね。
犬耳族は男性だから、食指が動かない。
やっぱりフェイさんだよね♪
いいなぁ....あの犬耳....
可愛いしフサフサだし言う事無いよね♪
名誉爵位なんていらないから、フェイさんくれないかな?
師匠も喜ぶだろうし。
「困ったわねぇ~♪みんなが納得しないから、困っちゃった~♪」
まったく困ったように見えないエリーシャ女王様。
むしろ楽しそうだ。
こうなる事をわかっていて、名誉貴族なんて言ってるんじゃないかな?
纏める気も無さそうだし。
別に、ボクもこうなるってわかってたけどね。
エルヴィント帝国に初めて行った時も、アゥストリがボクに突っ掛かってきたし。
ボクは、こういう運命なんだ。
「はぁ。えっと、アドルファス伯爵でしたね?」
「なんだ!!」
「力を見せれば納得しますか?それで終わりにしてくれますか?」
「フンッ!!ブレンダ殿はああ言っていたが、私は実際に見なければ信用しない!!言っておくが、私は強い!!他の軟弱な騎士とは違うからな!!」
「うわぁ....出たよ...デカドワの自分語りが」
「ホント自意識過剰」
「まぁまぁ、アドルの力は確かに強いですから」
「ベートってば、同じ貴族だからいつもアドルの肩を持つよね?」
「そんな事はありませんよ?私は、公平にですね....」
「はいはーい。ベートの話しは長いから、これでおしまーい」
「イーナさんから話しを振って来たんじゃありませんか!?」
「で、クラークはどう思う?」
「そうだな.....ブレンダ殿が言う様にあんな子供が強いとは、俺は思えねぇな....」
「だよねぇ....あ~んな可愛い子が、私達より強いなんて信じらんないよねぇ~....」
言いたい放題の騎士達。
エリーシャ女王様達が止めないところを見るに、いつもあんな感じなんだろう。
なんというか、騎士道精神なんて微塵も感じない。
やっぱり師匠は偉大な人なんだ。
カッコイイし、強いし、優しいし、美人だし。
ああ、師匠に会いたくなってきちゃった。
帰ろうかな?
「って言うか、本当にこんな子供がオルランド宰相達を捕まえたのかよ?」
「そうみたいだよ~?」
「信じらんねぇな」
「ま、私達は居なかったしね~」
「そうですね。私達が居れば、同じ事ができたでしょう」
「ベートも、随分と自分を高く評価してるよね」
「うんうん!!頭良いフリをするよね~!!」
「わ、私は本当に頭が良いんです!!知らないんですか!?私の騎士学校時代の成績を!!」
「うわ、出たぜ?自分は昔頭良かったんです~が」
「....クラーク、あとでお話があります。逃がしませんよ....」
「おお、こえぇこえぇ。これだから貴族ってヤツは....」
ああ、すっごいイライラしてきた。
なんなの?こいつら。
師匠の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
それに引き換え、師匠はなんて素敵なんだろう。
温かくて優しくて、すっごい良い匂いがするんだ。
ああ....抱き付きたいなぁ....
「....女王陛下。いかがなさいますか?」
シビレを切らしたフェイさんが、この場を打開すべくエリーシャ女王様に問い掛けた。
視線がエリーシャ女王様に集まる。
エリーシャ女王様は笑みを浮かべ、楽しそうにこう言った。
「それじゃぁ~♪みんなが納得する様にぃ~♪手合わせをしたらどうかしらぁ~♪」
こうして、またもボクは決闘する事になった。
どうでもいいけど、物凄くイライラしてる。
早く師匠に抱き付きたい。
だけど、こんなに早く帰ったら師匠に幻滅されるかもしれない。
それだけは回避しなきゃ。
う~ん....フェイさんの犬耳で我慢しよう。
それくらいの権利はあるよね?
王城の隣に併設している、王国騎士隊の訓練施設へとやって来たボク達。
突然のエリーシャ女王様以下重鎮達の来訪に、訓練中だった王国騎士が慌てて敬礼を送る。
気が良くなったアドルフェス伯爵や、各騎士団長達がガハハ笑いを始め、ボクのイライラが頂点に達した。
目立つ事をしたくなかったけど、王国の騎士なら別にいいか。
下級の兵士じゃないし、そうそう会う事も無いよね。
「それで、武器は何を?」
訓練中の騎士達の刃引きされた武器を見詰める。
だが、アドルフェス伯爵は自慢の両手斧を掲げ、ボクに言った。
「真剣に決まっているだろう?貴族とは、そういうものだ」
よくわからない定義を出された。
というか、今更だけど、各騎士団長が持ってる武器って全部が白銀だ。
まぁ、唯一の白銀輸出国だしね。
持ってても不思議じゃないか。
ん?それなら、なんで防具が鉄とか鋼鉄なんだろう?
足りないのかな?
白銀製の防具の方が、軽くて便利なのに。
「そうですか。では、『魔装【騎士】』」
魔装換装を唱え、白い騎士服に白銀の防具を身に纏う。
剣はずっと腰に下げてる聖剣デュランダルだ。
早くホルスターに馴染むように装備していた。
「それで、ルールは?」
「ぜ、全身、白銀製だと!?」
「すごーい!!お金持ちだー!!」
「なんと....我々でも武器がやっとだと言うのに....」
「ワシも女王陛下より下賜された、この二刀だけじゃの」
一々反応するのが面倒臭い。
ボクが白銀を作れる事を知っているエリーシャ女王様も、何も説明せずに「うふふ」笑いをずっとしている。
隣のティル王女はボクが負けない事を知っているからか、特に動じた様子も無い。
エメ王女なんて、ずっと本読んでるし。
さっさと終わらそう。
今日は、師匠に鍛冶を教えてくれた、鍛冶師のメリッサさんのところに行く予定だしね。
どんな人なのか楽しみだ♪
師匠は、「善い人だぞ?」って言ってたし♪
「ルールが無いなら、降参及び気絶したら負けでいいですか?」
「あ、ああ!!それでいい!!」
「死んでも恨みっこなしで」
「当たり前だ!!私は貴族だからな!!」
まただよ。
訳のわからない持論。
この世界の人は、なんでそんなに死にたがるの?
真剣なんて、本当に危ないのに。
人の命が軽すぎる。
「では、エリーシャ女王様?開始の合図をお願いします」
「わかったわぁ~♪それじゃ~♪はじめぇ~♪」
開始役にまったく相応しくないエリーシャ女王様。
それでも一応は女王なので、敬意を払わないといけない。
実に面倒臭い。
だから、アドルファス伯爵でうさ晴らしをしよう。
『雷化』を使い、残光を残してアドルファス伯爵の背後へ。
そのまま剣を引き抜き、背中に押し付ける。
誰にも見えない速度に、周囲が沈黙する。
アドルファス伯爵は見失ったボクを探しているのか、右に左にキョロキョロと視線を送っていた。
「後ろですよ。ちなみに、動いたら突き刺さりますからね?」
「はふぉっ!?」
アドルファス伯爵の素っ頓狂な声。
首だけでグギギとこちらに顔を向けて、剣先を見て驚愕とした。
余程驚いたのか、手にしていた両手斧をカランと落とし、目を見開いて冷や汗を流す。
だから言ったのに。
『雷化』中は斬られても死なないし、速度だって物凄く速くなるから、常人じゃ付いて来れないんだよ。
それに、なんなら相手の思考を読めばいいし。
人の忠告は聞くもんだよ?
「それで、降参してくれますか?できないなら、気絶させますけど」
「グッ.....ググググ.......」
どうしよう....
おじさんが泣いちゃいそうだ....
「カオルちゃ~ん♪魔法無しでお願いねぇ~♪」
「え?ああ、わかりました」
エリーシャ女王様から物言いが付いて、再び対峙する。
おじさんこと、アドルファス伯爵も両手斧を拾い上げ、ボクを忌々しげに睨み付けてきた。
ボクは『雷化』を解いて剣の柄を握り締める。
相変わらず羽の様に軽い聖剣デュランダル。
持っているだけで身体の負荷も軽減される。
うん。このままだとずるしたって言われそうだ。
しょうがないから剣を収め、アイテム箱に仕舞う。
そして『桜花』を取り出し、身構えた。
ずっしりとした重さを感じる。
使い慣れた重さだ。
ボクが憧れる師匠と同じ打刀。
赤い鞘に赤い巻糸。
風竜がボクに贈ってくれた大切な刃。
「ではもう一度」
「始め~♪」
「ふんぬっ!!!!」
アドルファス伯爵が先手を取った。
ドカドカと身体を揺らし、両手斧を天高々に掲げ、大上段から振り下ろす。
遅れてやって来た風切り音が、その速度をもの語っていた。
ボクは刀を引き抜き両手斧に合わせる。
力の流れを左へ逃がし、紙一重でそれを避けた。
地面にめり込む両手斧が、土煙を周囲に撒き散らす。
ボクはその瞬間に身体を回転させ、アドルファス伯爵の顎に目掛けて回転後ろ回し蹴りをお見舞いした。
「グハッ!?」
アドルファス伯爵の顔が苦痛に歪む。
だけど、倒れない。
脳を揺らしたはずなのに、アドルファス伯爵はそれに耐えてみせた。
どんな身体をしてるんだろう?
身体が丈夫過ぎじゃないかな?
両手斧の刃が横を向く。
そのままボクの胴へ目掛け左薙ぎに振り抜かれた。
あぶなっ!!
寸でのところでバックステップで上手く躱す。
アドルファス伯爵はそのまま身体を回転させ、2撃目を繰り出そうと身体を捻っている。
でも、そうはさせない。
左拳を腰で握り、そのまま前に突き出す。
『徒手空拳』
おじぃちゃんこと、元剣騎シブリアン・ル・ロワルドが編み出した無手から繰り出す拳圧で再びアドルファス伯爵の顎を打ち抜く。
さらに、刀を持ち替えアドルファス伯爵の肩を袈裟切りにする。
強い衝撃に軸線がずれたアドルファス伯爵は、意識を刈り取られたまま盛大に横転した。
ボクの背後で転がる両手斧。
カランカランと音を立てて、それが終撃の合図となった。
晴れた土煙の中に立つのはボクだけ。
アドルファス伯爵は白目を向いて横になり、顎は赤を通り越して紫色に変色していた。
たぶん大丈夫。
あんなに頑丈なんだもん。
「勝者、カオルちゃ~ん♪」
エリーシャ女王が纏めてくれたけど、誰も賛辞を贈る者はいなかった。
ティル王女は「あたり前」と言わんばかりに頷き、エメ王女は本から視線をボクに移して小さくガッツポーズを見せる。
フェイさんは頭を抱えて左右に振り、ブレンダさんは「やはりだめじゃったか」と呟く。
その後ろで各騎士団長達は口をあんぐり開き、遠くから覗き見ていた騎士達は、目をパチパチ瞬かせていた。
こんなはずじゃなかったんだけどなぁ....
カムーン王国へ来て早々、注目を浴びてしまったボク。
この先3ヶ月も無事に過ごせるのだろうか?
そろそろ太陽は真上に射し掛かる。
お昼ごはん、何かなぁ.....
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