第二百ニ十ニ話 留学の前に その五
イーム村。
カムーン王国の王都から、馬車で5日程の距離にその村は存在する。
主産業は農業で、小麦を作って生活している。
イーム村は、村としての農地面積とは到底思えない程の広大な農地を有していた。
街と呼ばれないのには理由がある。
イーム村を領地に持つ、地方下級領主のアバーテ・ヌ・ボローン騎士爵が、ずるをしているのだ。
村と街には大きな違いがある。
外壁の有無ではない。
耕作面積でもない。
それは人口。
イーム村に住む村民は、全て合わせても3千人もいない。
せめて1万人は居なければ、街とは呼べない。
実は、アバーテはある工作をしている。
それは、イーム村が街へと認可されると税金が上がるため、農民の次男や三男を近隣の他家の兵士として取り立てさせたり、他の領地へ婿に出すのだ。
そうすれば人口が増える事は無い。
農民達も、雇われ農家になるくらいなら兵士に成った方がマシと考えているため、アバーテの思い通りに事は運んでいた。
だが、そんなアバーテの浅はかな考えに女王エリーシャ・ア・カムーンが気付かないわけがない。
そこで、王都から左遷と言う名の都落ちした下級下士官を派遣し、『王都直轄地』として兵士訓練施設を設置した。
耕す農地の無い、農家の次男三男以降の男子を王都直属の兵士にし、国力を維持する事に努める。
村の防衛には派遣した兵士達が当たるため、アバーテには食料を提供させる事でお金を吐き出させた。
普通であればアバーテが反乱でも起こすところなのだが、私兵がいない。
全て、兵士訓練施設に居る警備兵隊に取られているのだ。
実に策略家らしいエリーシャの手だろう。
そんなイーム村は、今日も平和だった。
秋に小麦の種を撒き、今は丁度収穫時期の真っ最中。
兵士達も家の手伝いに狩り出され、足腰の修練と言う名目で家族の収穫を手伝っている。
皆額に汗を流し、中腰作業もなんのその。
慣れた手付きで鉈の様な鎌を振るい、黄金の小麦を束ねていく。
「おーい!サム!!そろそろ休憩するぞー!!」
「わかったぜおやじー!!」
農家の三男坊に生まれたサムは、例に漏れず実家を継ぐことができなかった。
次男の兄は、他領の他家に嫁ぐ事ができたが、自分には縁談なんて『え』の字も無い。
そこで、村にある警備兵隊に入隊し、兵士と成った。
知らない者に扱き使われる、雇われ農家に成る事を嫌ったのだ。
「悪いなサム。毎度毎度、手伝わせて」
「気にするなよマチュー兄貴。兄弟じゃねぇか」
「そうだぞ?お前達は兄弟なんだ。それに、隊長のアルさんが言ってただろう?『足腰の鍛錬こそ、騎士の基本だ』ってな」
「おいおい止めてくれよおやじ。せっかく帰ってきたのに、隊長の話しは聞きたくねぇぜ」
「ハッハッハ!!サムのアルさん嫌いは相当だな!!」
「うるせー!大体、隊長はおかしいんだよ。自分は馬に乗って楽してるくせによ、俺達には全身鉄鎧を着させて全力疾走させるんだぜ?」
「そういう訓練をしてくれるから、私達は安心して農作業ができるんだろう?」
「そうだぞ?サムが頑張って守ってくれるから、私達は安心して暮らせるんだ」
「よ、よせよ.....照れるだろ.....」
「「ハッハッハ!!」」
親子3人の会話。
同じ村の中にあるとは言っても、宿舎暮らしのサムにとって、やはり実家へ帰るというのは特別な事だ。
持参したお茶を飲み、しばしの休憩をする。
他愛もない会話を楽しみ再び農作業を開始すると、遠くで騎馬した人影を見付けた。
手には槍を持ち、後続に続く人影も見える。
段々と近づいて来るその人物に、サムは見覚えがあった。
「おやじ!!マチュー兄貴!!ちょっと行って来る!!」
2人に声を掛け、サムは人影に向かって走った。
向こうもサムに気が付いた様で、手に持つ槍を大きく振って合図する。
「おお!!サムではないか!!どうだ?ちゃんと作業していたか?」
「隊長。俺がさぼる訳ないじゃないですか」
「うむ!!サムは真面目だからな!!」
「何言ってんスか。サムは真面目じゃなくて、要領が良いだけッスよ」
「そうですって。隊長が知らないだけですって」
「おい!!ギーにナタン!!お前ら後で覚えてろよ!!」
「うお!?サムが怒ったぞ!!」
「やべぇやべぇ」
同僚の2人にからかわれ、サムは怒ってみせる。
アルは仲の良い3人に笑い掛け、「わかったわかった」と答えた。
そこで、サムが気付く。
3人が跨る馬の背に、息絶えた魔物が括り付けられている事に。
「....隊長。またゴブリンですか?」
「うむ。最近この辺りに多く出没しているな」
「そッスね。でも所詮ゴブリンッスから」
「俺達なら余裕余裕」
「コラッ!!たとえゴブリンとて、油断していればいつ命を落とすかわからないのだぞ!!気を緩めるな!!」
「「へーい」」
アルに怒られ、ギーとナタンが謝罪する。
言葉がかなり軽いものの、アルはそれ以上叱責しなかった。
2人には、長い間アル自身が手ほどきをしている。
だから、2人の性格をよくわかっていた。
「では、我らは訓練所へ戻るぞ。サム?しっかり手伝いをするのだぞ?」
「はい。任務ご苦労様です」
お互いに敬礼し、アル達を見送る。
ギーとナタンがサムに軽口を言い、またアルに怒られる。
最近この辺りに出没するゴブリン。
以前よりも頻度が高く、アル達は警戒を強めていた。
翌朝のソーレトルーナの街。
日が昇り始めた早朝に、ボクはいつもの様にアーニャと2人で宮殿を出て散歩をしようとしたところで、リアとクロエの2人に出会った。
待っていたみたいだ。
そういえば、前回リアがボクのところを訪れた時に、早朝散歩をしていたから覚えていたのかもしれない。
「おはよう」
「おはようございます。カオル様」
「おはようございます。カオルさん」
「おはようございます」
簡単に挨拶を交わして、いつのもルートを連れ立って歩く。
6月だというのに少し肌寒い朝。
ボクはアイテム箱からカーディガンを取り出し、3人の肩に掛けた。
リア達は喜んでそれを受け取り、アーニャの歩幅に合わせてのんびり歩いた。
10年間も歩く事ができなかったアーニャは、まだまだ覚束無い足取りだ。
ボクが優しく手を引いて、色んな話しをお互いに話す。
最近の帝都では、こんな物が流行っているとか。
好きな料理は何だとか。
特に目玉焼きには塩かソースかで激論を繰り広げ、ボクは醤油の存在を伝えた。
「しょうゆですか?」
「うん。ヤマヌイ国で作られた物なんだけどね?醤油は、麹って言って、大豆と小麦とこうじ菌を混ぜて発酵させるんだ。菌って言うのは、目に見えないんだけど....」
ボクも少々熱く語ってしまい、リア達は黙って聞いてくれた。
だけど、あまり理解できなかったみたいで、さっそく朝食で試す事になった。
でも、醤油を掛けた目玉焼きは不人気だった。
ボクもそれほど好きじゃないからいいんだけどね。
代わりにケチャップを使ったら、塩派とソース派がケチャップ派になった。
みんな舌が子供なんじゃないだろうか?
朝食後、ボクはカイの下を訪ねた。
カイの家はそこそこ大きい。
石造りの3階建てで、調度品から何から全てボクが揃えた。
行く行くは新婚さんになるカイとメルの為にね。
本当は自分達で家具は揃えたかったんだろうけど、今はまだ結婚資金を貯めている最中だし、結婚後に改めて買い集めればいいという事になってる。
「カイ~?いる~?」
扉をノックして声を掛ける。
すると、メルが出て来て室内へ招き入れてくれた。
石畳の廊下を連れ立って進む。
やがて木製の扉を開けると、朝だというのに疲れた顔をしたカイが、机に頭を乗せてもがいていた。
「カイ大丈夫?」
「ああ....カオルか.....大丈夫だぜ.....」
「カ~イ~?わざわざカオル様が訪ねて下さったのに、そういう態度と言い方をしないでくれる~?」
「止めてよメル。今はボク達しかいないんだから、様付けしないでよ。ボクは、カイとメルを親友だと思ってるんだから」
「カオル.....」
「だから、ね?お願い」
「わかったわ。ほら、カイもいい加減起きなさいよ!!カオルが来てるんだから!!」
「ああ、わかったよ」
メルに肩を掴まれて起き上がるカイ。
やっぱり疲れているようで、フラフラしてる。
仕事のさせ過ぎなのかもしれない。
どこかで1日休みを与えるべきかな?
ボクは当主で、カイとメルは家臣なんだから、家臣の心配もしないとね。
「カイとメルは、明日お休みにしよう。ゆっくり休んで英気を養ってよ」
「だめよ!!カイは、すぐにだらけるんだから!!」
「1日だけでいいから....ね?カイ辛そうだし」
「カオル....すまねぇ....」
「も~....明日だけだからね?」
「ああ!!よし!!今日1日がんばるぜ!!」
「ホント、調子良いんだから!!」
「あはは♪あ、それでね、ちょっとカイと2人だけにしてくれるかな?」
「....なんで?」
「男同士で話したい事があるんだ。すぐに終わるから」
「う~.....カイ!!カオルに変な事したら、許さないからね!!」
「し、しねぇよ!!」
「カオル?カイに変な事されたら、すぐに言ってね?私がオシオキするから!!」
「うん。わかった」
メルが立ち去る際に、もう一度カイに念を押して部屋を出ていく。
カイはガックリうな垂れて、またテーブルに頭を乗せた。
かなり疲れているみたいだ。
でも、そんな2人はやっぱり仲が良いなって思った。
「さてと、それじゃ用事を済ませちゃおうか。メルに怒られたくないしね」
「ああ.....で、なんだ?男同士で話したいって」
「何言ってるの?カイが頼んだんでしょ?はい、これ。例のアレだよ?」
アイテム箱から小さな小箱を取り出し、カイの前に置く。
それは、この前カイに土下座されて頼まれた物。
料金は前借した給料から天引きする約束で、カイはメルにどうしてもこれを贈りたかったそうだ。
「か、カオル!?本当に作ってくれたのか!?」
「うん。約束したからね♪だけど、石は小ぶりだよ?さすがに師匠達と同じ大きさだと、ボクが気まずいから」
「全然いいよ!!どれどれ....うぉ!?超綺麗じゃねぇか!!ありがとうカオル!!」
「あはは♪カイは、本当にメルが好きなんだね♪」
「当たり前じゃねぇか!!結婚するんだぞ?好きじゃなきゃしねぇって!!」
「そうだね♪」
「しっかし、わりぃな....」
「何が?」
「いや、これの代金だよ。材料費だけで、しかも月々の給料からなんてよ....
情けねぇけど、今は結婚資金貯めてるから....」
「全然いいよ?無料であげたいけど、それだとボクが贈った事になっちゃうもんね♪
2人には、早く結婚してもらいたいし♪子供だって早く欲しいんでしょ?」
「ああ!!メルと俺の子だからな!!ぜってぇ可愛いぞ!!」
「だねぇ....カイに似なきゃいいけど.....」
「どういう意味だよ!?」
「あはは♪冗談だよ♪」
気を使わないでいられる、男同士の会話。
アゥストリとは違う、同年代の男性。
ボクは、カイとこんなやりとりができてとても嬉しい。
カイから相談された時、なんで?と思ったけど、どうやらメルは、師匠達の指輪を見て欲しくなったみたいだ。
でも、カイも偉いよね?
メルの為に頭まで下げてお願いするんだから。
「....それじゃ、ボクは行くね?」
「どうしたんだよ?もう行くのか?」
「うん。扉の向こうから、誰かさんの気配がするからね♪」
「え!?それって....」
椅子から立ち上がり扉を開く。
そこには案の定メルが立ち尽くしていた。
ボクとカイが2人きりで心配だったのかもしれない。
本当にカイはメルに愛されてる。
カイもメルを愛してるし、お似合いの夫婦だ。
「それじゃ、またね?」
メルに笑い掛けて、カイに手を振る。
玄関を出てしばらくすると、メルの泣き声が聞こえて来た。
今頃、カイはメルに指輪を贈ってるんだろう。
メルの誕生石であるダイヤモンドの指輪を。
次に向かったのは、アーシェラ様のところ。
『雷化』の魔法を使い光の速さで駆け抜ける。
あっという間にエルヴィント城の門前へ。
落雷が落ちたかのような閃光が奔り、雷撃音と共にボクが現れると、門番をしていた近衛騎士と衛兵が驚いてボクに目を向けた。
「ご苦労様です♪」
「「えっ!?」」
2人はお互いに顔を見合わせ、首を傾げた。
どうやら、髪の色が違うから、ボクだとわからなかったみたいだ。
「伯爵の香月カオルです。アーシェラ様に会いに来ました」
「こ、これは香月伯爵様!!も、申し訳ございません!!」
慌てて姿勢を正し、見事な敬礼をしてくれた。
髪の色が違うだけで、そんなにわからないものなのかね?
それか、黒髪が珍しいから、みんなの中でボク=黒髪なのかもしれない。
城内を歩くボクの靴音。
カツンカツンと鳴り響き、やがて真っ赤な絨毯の上でそれは消える。
靴音は止み、城内を清掃していたメイドと視線が合う。
ボクがニッコリ微笑むと、メイドは手にした箒をカランと落とし、目に涙を浮かべて会釈した。
悪い事をしたかも。
ただ微笑んだだけなんだけどなぁ...
すぐに何事かと同僚のメイドが駆け付けて来て、涙ながらに話していた。
どうやら全てを理解した様で、同僚のメイドもボクに会釈を始める。
ボクも会釈を返してアーシェラ様の私室へと向かうと、最後に2人のメイドが手を振っていた。
「アーシェラ様。カオルです」
「おお!!よく来たのじゃ!!」
扉を叩き声を掛ける。
返事がすぐに返って来て、いつもの侍女のメイドが扉を開けてくれた。
「失礼します」
赤絨毯の上を進んでいく。
室内には小さなシャンデリアと長いテーブル。
壁には豪華なチェストが並び、部屋の主は執務机に向かって書類を眺めていた。
「うむうむ。紅茶を淹れてくれぬか?」
「かしこまりました」
アーシェラ様はメイドにそう伝え、ボクを長テーブルへ案内する。
テーブルを挟んで腰掛けると、あっという間に紅茶を差し出された。
さすがは本業のメイドだ。
フランとアイナもそうだけど、こんなに手際良く紅茶は淹れられない。
いつも紅茶を淹れる人数が多いだけかもしれないけど。
「カオル。明日行くのじゃな?」
「はい。3ヶ月の間ですが、勉強しに行って来ます」
アーシェラ様には、留学に関してお世話になった。
自国の貴族が他国に行くのだ。
色々と手続きが必要で、ボクは表向きは偽名を使い留学する。
だけど、裏では皇帝と女王の双方の了解を得ている。
何も問題は無いのだが、貴族としての立場で行くと、ティル王女と同じ様に親善訪問という形式になってしまう。
それではだめなのだ。
ボクは、騎士学校で過去の自分と戦わなければいけない。
逃げ癖の付いたボクは、少しでも、今よりも一歩前へ歩み出て、心の強さを手に入れなけれないけない。
そのための留学。
そのための措置。
アーシェラ様もエリーシャ女王様もそれを理解して、ボクの提案を受け入れてくれた。
ボクの為に骨を折ってくれた2人の為にも、ボクは強くならなきゃ。
「寂しくなるの....」
「いつでも帰って来れるんですけどね?」
「わかってはおるのじゃがな....カオルが近くにおらぬと思うと、どうもの...」
嬉しかった。
将来ボクのお義母様になるかもしれないアーシェラ様にそう言われて、ボクは嬉しくて泣きそうになった。
だから、感謝を伝えた。
「ありがとう」って。
「....それと、これを受け取って下さい」
アイテム箱から箱を取り出し、アーシェラ様の前に差し出した。
それは、ボクが作った物。
中にはアーシェラ様が欲しい物が入ってる。
「なんじゃこれは?」
「この前、リアがアーシェラ様の大事なカップを割ってしまったのですよね?
それは、ボクが作ったカップです。一緒に、ある物が入ってますよ?」
アーシェラ様はボクの言葉を聞いて、いそいそと箱を開ける。
中から真っ白なカップとソーサーを取り出し、嬉しそうに口角を上げた。
それは白磁のカップとソーサー。
ソーサーには、裏に魔宝石を取り付けてある。
所謂魔導具だ。
「なんと白いカップなのじゃ....それに、ソーサーに魔宝石が付いておる....」
「はい。それは二対で1つの魔導具です。カップをその上に置いておけば、紅茶が冷める事はありません。特別製の品ですよ?」
「なんじゃと!?さ、冷めぬのか!?」
「はい♪ずっと温かく美味しい紅茶のままです♪紅茶用に、ちょっと温めの設定ですけどね♪」
飛び上がって喜んでくれた。
「家宝にする」とまで言って。
こんなに喜んでくれるなら、贈ったボクも嬉しい。
アーシェラ様には、いっぱいお世話になってるしね。
「さ、さっそくコレで飲むのじゃ!!頼む!!」
「かしこまりました」
壁際に控えていたメイドにカップとソーサーを手渡し、紅茶を淹れて貰う。
メイドが戻って来て紅茶を一口啜り、「熱々じゃ!!」と子供の様に喜ぶアーシェラ様。
さすがに、そんなに早く紅茶は冷めないと思うんだけど....
「あはは♪喜んでいただけてよかったです♪」
「うむ!!実に良い物じゃ!!ありがとうカオル!!」
「いえ♪あ、もう1セットあるので、アラン財務卿に渡していただけますか?この後、ディアーヌのところへ顔を出さないといけないので」
「....わかったのじゃ」
あれ?アーシェラ様に不思議な間が....
大丈夫だよね?
ちゃんと渡してくれるよね?
もしかしたら、アラン財務卿に渡さないで自分の物にしたりして....
まぁ、それもでいいんだけどね。
「それで、リアの事でお願いがあるんですけど」
「うむ?なんじゃ?」
「はい。たまにでいいので、外出の許可をしてあげてください。
護衛は、グローリエルが引き受けてくれるそうです。
たまの息抜きでいいのですけど」
「う~む....それは、カオルの領地に行くためかの?」
「そうです。護衛が足りなければ、クロエも一緒でも良いと言ってました」
「....即答はできぬが、わかったのじゃ。前向きに検討して、リアに伝えるとするかの」
「ありがとうございます。無理を言ってすみません」
「わらわにもわかっておる事じゃ。カオルが謝罪する必要も無いの」
「そう...ですね....」
リアは皇女だ。
だから、身の安全の為に中々外出する事ができない。
今回の様に、屈強な護衛でも居なければ無理だろう。
最悪、グローリエルが抱えて『飛翔術』でボクの領地まで来ればいい。
なにしろ、近いからね。
「では、これで失礼します」
「うむ。何かあれば、すぐに言うのじゃぞ?」
「はい。通信用の魔導具もありますしね」
「そうじゃの」
アーシェラ様としばしの別れを告げて、執務室を辞する。
最後にもう一度アーシェラ様にお礼を言い、アーシェラ様は笑って見送ってくれた。
3ヶ月なんてあっという間だろう。
だけど、こうして温かく見送ってくれるのは嬉しい。
再び城内を歩く。
向かう先はディアーヌの部屋。
今日も頑張って勉強しているのかな?
アルバシュタイン公国の復興のため、ディアーヌは努力している。
「ディアーヌ?カオルだけど」
「カオル!?入って!!」
扉を叩いたら、即座に扉が開いた。
ちょっと驚いたけど、ディアーヌが満面の笑みで迎え入れてくれた。
室内へ入ると、天高く積まれた本の山に圧倒される。
机の上も本だらけで、ベットの周りも本が沢山ある。
そう言えば、初めてディアーヌと会った時もこうやって本が詰まれていた。
あの古城の隠し部屋で、ひっそりと隠れ住んでいたディアーヌ。
女王だと知って驚いたっけ。
「ちょ、ちょっと散らかってるけど.....」
ディアーヌは、恥ずかしそうに頬を染める。
可愛らしい姿に、ボクはつい笑ってしまった。
ディアーヌは頑張ってる。
だから、ボクも負けない様に頑張る。
いつかアルバシュタイン公国を復興させる時は、ボクが力になってあげなきゃ。
こんなに頑張ってるんだもん。
ディアーヌには、立派な女王になって国民を導いて欲しい。
「そ、そこに座って」
「うん♪」
座る場所などどこにも無く、2人でベットの上へ移動した。
靴を脱いで2人で対面すると、なんだか内緒話をしている気分だ。
こういうのも楽しい。
ディアーヌとの付き合いは1ヶ月くらいだけど、ボクはディアーヌの事をいっぱい知ってる。
頑張り屋さんで、涙もろくて、寂しがり屋。
ボクと似てる。
両親を亡くして、たった1人のお兄さんも失ってしまって天蓋孤独の身。
ボクもそうだったから。
今のボクには家族が居るけど、ディアーヌは1人で頑張ってる。
ボクが心の支えになれればいいな。
「あ、先に渡しておくね?これ、クッキーだよ」
「ありがとう!!足りなくなってたとこなの!!」
アイテム箱から膨大な量のクッキーを取り出し、ディアーヌに手渡す。
ディアーヌもアイテム箱を取り出し、次々とクッキーを仕舞っていった。
沢山作ったけど、足りるかな?
この前もいっぱいあげたんだけど....
もう無いのか。
しょうがないから、金平糖も渡しておこう。
「なにこれ?」
「金平糖だよ♪甘い砂糖菓子♪」
「ふ~ん....」
ボクが渡した金平糖を訝しげに見て、包みを開いて口に放り込む。
ふんわりとした甘さが口に広がり、清涼感のある味に口の中がさっぱりとする。
頭を使って疲れた時の甘い物は、至高と呼ぶに相応しい一品。
「美味しい!!」
「でしょ♪」
「でも、これは太る....」
「どんだけ食べる気なの....」
「カオルのお菓子は美味しいから、ついつい食べすぎちゃうのよ」
「あはは♪褒め言葉だと受け取っておくよ♪」
余程美味しかったのか、2個3個と口にする。
あっという間に1包み食べてしまい、ディアーヌは「あっ」と声を上げた。
どうやら、本当に止まらなかったみたいだ。
作った身としては嬉しいけど、食べ過ぎないかちょっと心配。
大丈夫だと思うけど、やっぱりたまに見に来よう。
クッキーが無くなっちゃうのも怖いしね。
「あのね、カオル....」
「うん?」
「カオルは、勉強しに行くんでしょ?」
「うん。ボクも、ディアーヌと同じ様に勉強しに行くよ」
「なんでか聞いていい?」
「....ボクはね、弱いんだ」
「カオルが!?」
「うん。戦う力はあるよ?だけど、ボクには足りないものがあるんだ.....心の強さ。
ディアーヌは、それを持ってるんだと思う。だって、今こうして頑張ってるもん」
「私は.....強くないよ....」
「うぅん。強くなければ、こうして頑張れないよ。お兄さんが亡くなった時、ディアーヌは立ち上がったでしょ?
そりゃ、ボクやアーシェラ様が手伝うからっていうのもあるんだろうけど、それでもディアーヌは自分の意思で選んだよね。一番辛い道を」
ディアーヌは選んだんだ。
王族としての身分を捨てるのではなく、最後の女王として民を導く事を。
その為に今頑張ってる。
ずっとダークエルフだからと身分を隠して生きてきたディアーヌが、人前に出る事を選んだ。
とても辛かったと思う。
ただでさえお兄さんをあんな形で亡くして辛かったのに、それでもディアーヌは険しい道を選んだ。
後ろ盾はあるけど、それだけでどうにかできるほど復興は優しくない。
国民を導く為には、自分の姿を見せなきゃいけない。
王族という血だけで、民は着いて来ないんだから。
「....私には、それしか道が無かったから」
「そう思えるディアーヌは、やっぱり強いんだよ。ボクなら、逃げてたと思う。
残った民を見捨てて、国土も他国に渡して、誰もいない場所に引き篭もって、一人静かに死んでたと思う」
「カオル....」
「ボクも強くなりたい。今より少しでも。ディアーヌみたいに、誰かを救う為に立ちあがれる人になりたい。だから、行くんだ」
ボクは伝えた。
言わないでおこうとした、逃げ癖がある事を告げて。
ボクの弱い部分を曝け出して。
だって、ディアーヌは一人だから。
一人でがんばってるから。
本音を言い合える関係でいたいから、ボクは話した。
「カオル....頑張ろ....」
「うん。お互いにね」
手を繋いで誓った。
お互いの夢を。
アルバシュタイン公国の復興。
心の強さを手に入れる。
天秤に掛ければ、ボクの願いなんて軽いものだ。
だけど、ボクにとっては重いもの。
家族を守る為。
家族を支える為。
家族と対等になる為。
その為に、ボクは留学するんだ。
「....ディアーヌ?目を閉じて」
「.....」
ディアーヌは、何も言わずにボクの言葉に従った。
だから、ボクは頬に口付けた。
愛してるからじゃなくて、好きだから。
ボクは、ディアーヌという人が好きだ。
尊敬もしてる。
だから、伝えたかった。
言葉じゃなくて行動で。
「....それじゃ、行って来るね」
「気を付けてね?」
「うん。ディアーヌも、身体に気を付けるんだよ?風邪とか引かないでね?」
「わかってるわ」
「あと、クッキー足りなくなったら言うんだよ?」
「ええ。カオルに持って来て貰うわ!!」
「うん♪」
ディアーヌは、涙を流して笑い、おどけてみせた。
ボクは、もう一度頬に口付けその場を後にする。
ディアーヌは、笑顔で送り出してくれた。
亜麻色の長い髪を揺らして、元気良く手を振ってくれて。
ボクは「ありがとう」って伝えた。
ご意見・ご感想をいただけると嬉しいです。




