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第二百ニ十一話 留学の前に その四


 ボクが作った夕食時に、ルルの事を紹介した。

 カルア達は驚きながらもルルを歓迎してくれて、エルミアは波長が合ったのか、本当の妹の様に可愛がった。

 グローリエルとクロエはなんだか意気投合したみたいで、ボクの作った唐揚げをムシャムシャ食べて、アブリルは魚が無くて泣いていた。

 しょうがないから1品追加して、カツオの炙り焼きを提供すると、アブリルは満面の笑みでそれに噛り付いた。

 アゥストリ夫婦も「美味しい美味しい」と料理に舌鼓を打ち、魔術学院の生徒達も嬉しそうにはしゃぎ始める。

 ボクは、終始無言だったリアが気になり、話し掛けた。


「リア?料理はどう?」


「カオル様....大変美味しくいただいてます」


「そう?なんだか元気が無いけど、大丈夫?」


「はい....あの、カオル様?どうしても、留学されるのですか?」


 リアは、ボクに留学して欲しくないみたいだ。

 

 たった三ヶ月。

 されど三ヶ月。

 

 たぶん、その間はリアとは会えないだろう。

 もちろんディアーヌとも。


 明日の朝はアーシャラ様のところへ顔を出す予定なので、その時にディアーヌと会う約束をしてる。

 

 寂しい....か。


 ボクも寂しいよ。

 だけど必要な事だから、できれば笑顔で見送って欲しいな。


「そうだね....どうしても行かなきゃいけない。ボクは、過去に決着を着けて強くならなきゃいけない.....」


 『逃げないために』と続けたかった。  

 だけど言えなかった。

 たぶん、強がったんだと思う。

 ボクの弱いところを、今はまだ見せたくない。

 リアの気持ちが、もしボクから離れてしまったら....

 悲しいと思う。


 ボクは欲張りだ。


 リアに対して愛情と呼べるものは芽生えてないのに、リアにはボクを好きでいて欲しいと思ってる。

 ずるいよね。

 わかってる。

 だけど、いつかボクがリアの事を好きになった時にリアの心がボクから離れてしまったら....

 きっと寂しいと思う。

 

 だから、まだ見せない。

 ボクの弱いところを。

 ボクのずるいところを。

 それでもきっとリアは許してくれる。

 ボクを好きでいてくれる。


「そう...ですか.....」


「三ヶ月だけだから。すぐに帰って来るよ?」


「はい....」


「それに、アーシェラ様に渡した通信用魔導具があれば、いつでも....って訳にはいかないけど、話す事はできるしね?」


「そうですね....」


 リアの気は晴れない。

 食事の手も止まり、俯いてしまっている。

 哀愁漂うそんな姿に、ボクは何をすれば良いのだろうか。

 

 手を差し伸べる?


 どうやって。


 悲しい想いをさせているのは自分だ。


 そうだね。


 男なら責任を取れ。


 うん。


 リアの手にそっと触れて、軽く握る。

 体温が元々低いのか、繋いだ手はとても冷たかった。


「リア?2人だけで散歩しない?」


「....よろしいのですか?」


「うん。師匠?少しリアと出て来ます。すぐ戻ります」


「ああ。カオル?特別だからな」


「はい。それじゃ、リア?行こうか?」


「はい!!」


 師匠の了解も得て、リアを連れて食堂から庭へと出る。

 後ろでカルア達から「特別よー!」っと念を押され、おもわずクスリと笑みを零した。

 

 庭へ出て『飛翔術』を唱えたボクがリアを抱き抱えて、砂浜へと向かう。


 あの時の再現だ。

 2人と1羽で初めてデートした場所。

 ボクの領地のこの場所。


 砂浜へ着地して、リアを降ろす。

 魔鳥サイズのファルフを召喚して、リアに告げた。


「これで、あの時と同じだね♪」


「はい!!とても嬉しいです!!」


「クワァ!!」


 ファルフも嬉しかったみたいで、翼を大きく開いて存在をアピールした。

 その勢いで砂が舞い、風に乗ってサラサラと音を立てる。

 地平線の彼方から月が顔を覗かせ、ボク達を覗き見ていた。


 リアと手を繋いで砂浜を歩く。

 時折リアが砂に足を取られ転びそうになると、ボクが力を込めて支える。

 

 はにかんで笑うリア。

 ボクも微笑み掛けて、他愛もないおしゃべりを続ける。

 

「....それで、お母様が言われたんです。『カオルのところに泊まると、肌艶が良くなって5歳は若返ったわ』って。それはもう凄い笑顔で嬉しそうでした」

 

「あはは♪そう言ってくれるなら、食事とかに気を付けた甲斐があるね♪みんなにも好評なんだよ?料理が美味しいって♪

 あとは、お風呂だね♪アブリルもファノメネルも「聖都に帰りたくない」なんて言って、結局ここに居付いちゃったし♪」


「私も、できればずっとここに住みたいです」


「.....そうだね。そんな未来も楽しそうだね。だけど、リアは皇女だからそれができない。皇女にも役目があるから」


「わかっています。ですが、私が望んで皇女になった訳ではないのです」


「うん、そうだね。リアは、自分の意思を抑えて皇女であろうとがんばってる。母親のアーシェラ様の事を深く愛しているから、がんばれる」


「はい.....」


「だからね?たまにこうして息抜きにおいで。ずっと良い皇女を演じているのも疲れるでしょ?」


「カオル様.....」


「ボクもそうだった。香月本家の跡取りとして、良い子を演じてた。

 お父様もお母様もそれをわかってて、ボクを愛してくれた。アーシェラ様も同じだと思う。

 リアと同じくらいアーシェラ様もリアを愛してて、今のリアの気持ちを誰よりも理解してるんだと思うよ?だから2人は仲が良い。違う?」


「.....そうです。カオル様も、私と同じなのですね?」


「うぅん。正確には、同じだった。ボクが倒れたあの時に聞いていたと思うけど、ボクの大好きなお父様とお母様は殺されたんだ。

 それで、ボクは世界に絶望してた。その時にね?師匠に出会ったんだ。薄暗い闇の中で、師匠は光を浴びて輝いてた。ボクには女神に思えたよ。

 それから、師匠は救ってくれた。今、こうしてリアと手を繋いでるみたいに、師匠もボクと手を繋いでくれてね?温かかった。

 お父様とお母様を失って1年半ぶりの温もり.....違うね。ボクには、もっと長く感じた。

 一人であの家に住んで、誰とも話さなかった。いつかお父様とお母様が帰って来るんじゃないかって。そんな夢ばっかり見てた。

 ボクと師匠の関係は、リアとアーシェラ様のものと少し違うけど、それでもお互いを思っている事に代わりはないと思うよ」


 ボクが長く語ってしまっても、リアは視線を逸らすことなく聞いてくれた。

 繋いだ手に少し力が入る。

 

 リアは、わかってる。

 

 アーシェラ様の想いも、ボクの言いたい事も。

 だから目を逸らさない。

 真っ直ぐにボクを見詰め、頷いてくれた。


 慰めの言葉なんていらない。

 リアだって、産まれる前に父親を亡くしているんだから。


 ボクらは同じ。


 愛する人を失った者同士。

 きっと、リアとは長い付き合いになると思う。

 友人なのか、恋人なのか、夫婦なのかわからないけど、ボクはリアとずっと仲良くできる。

 

「戻ろうか」


「....はい」


 リアと一緒にファルフの背に跨る。

 帰りはあの時と同じ。

 ちょっと寄り道をして、長く2人の時間を過ごす。

 リアも楽しそうに笑ってくれた。

 ファルフは、いつもより速度を上げてた。

 嬉しいのかもしれない。

 だって、ボクも嬉しいから。





 

 少し長めの時間を過ごし食堂へ戻ると、まだ食事は続いていた。

 師匠達がチラリとボクとリアに視線を送り、コクンと頷いてスープを啜る。

 ボクも頷き返して席へ座ると、人形君が温かいスープを持って来てくれた。


「カオル殿?実に美味しい食事ですな」


「ええ、本当に♪」


「あなたは、何度も香月伯爵様のところでこんなに美味しい食事をしていたのですね」


「それも、私達に内緒で」


「ま、待ってくれ....わ、私は、仕事でカオル殿を訪ねて来たのであってだな....」


「言い訳なんてみっともないですよ?あなた」


「そうです。男らしくありませんよ」


「あなた?後でお話がありますからね?」


 食事の感想を言ったアゥストリ。

 奥さんのエヴリーヌさんと、アンリエトさん、マノンさんに即座に突っ込まれ、タジタジになってる。

 娘さんのナタリーもアゥストリを睨み付け、今夜は説教だか折檻だかされるみたいだ。


 大変なんだね....

 複数の奥さんを持つのって。

 ボクもアゥストリみたいになるのかな?


 ボクの方が悲惨か。

 

 アゥストリは奥さんが3人だけど、ボクは6人も居るんだし。

 もしかしたら増えるかもしれないし。

 やっぱり、何か必殺技を考えるべきだろう。

 『王子様スマイル』だけだと心配だ。


「....そういえば、カオル?」


「なんですか?」


「入学の準備はできているのか?」


「えっ!?」


「その様子だと、何も準備していなさそうだな」


「エリーシャ女王様からは、『変装だけすればいいのよ~』って言われてて.....何か必要な物があるんですか?」


「そうだな....私が騎士学校に入学した時には、自前の武器と防具。それと、普段着か。

 制服は、向こうで用意してくれたな」


「武器も防具も普段着もありますよ?」 


「カオル。まさかとは思うが、いつも使っている物を使うつもりか?一発でカオルだとばれるぞ?」


「で、でも、カムーン王国は白銀(ミスリル)の輸出国ですし、ボクが持っていても問題無いですよね?」


「甘いぞ。確かにカムーン王国は白銀(ミスリル)を輸出している。

 だがな?白銀(ミスリル)を持っているのは、一部の貴族や王族だけだ。

 あとは剣聖でもない限り、白銀(ミスリル)を所持してる様な人間はいないぞ?」


 師匠に指摘され、ボクは初めてそれを知った。

 ティルやフェイさん達が普通に持っていたから、当然みんな持っていると思っていた。 

 なにせ、世界で唯一の白銀(ミスリル)を生成できる国なのだから。


「ど、どうしましょう!?ボク、何も用意してないですよ!?」


「まぁ慌てるな。武器はその剣でいいだろう。家に代々伝わる、由緒正しき物だとでも言えばいい。

 向こうでは、聖騎士教会の関係者だと偽るらしいしな。

 問題は服と防具だな。カオルが普段着ている服はだめだ。平民が着る物としては、高価過ぎる。

 防具は....そうだな。私が王都に居た頃に、鍛冶を教えてくれたドワーフが居る。まだ鍛冶師を続けているはずだから、そこで買えばいいだろう」


「それって、師匠の師匠って事ですか!?」


「私は師事したつもりはないし、メリッサもそんなつもりは無いだろうな」


 師匠に鍛冶を教えてくれた人は、メリッサと言う名前のドワーフだそうだ。

 元々師匠は手先が器用だったそうで、鍛冶のスキルをすぐに覚えてメリッサの下を去った。

 今から2年前の話しらしく、剣聖を辞めてすぐの頃の話し。

 師匠は「メリッサに感謝している」と言い、色々教えてくれた。


 メリッサの鍛冶師としての腕はかなりのもので、自分では一生かかっても敵わない。

 特に革製品と金属の接合が優秀で、今のボクですら足下にも及ばない。

 

 これは、ぜひ教えて貰わなきゃいけないよね。

 そうすれば、ボクの防具だけじゃなくて、エリーやエルミアに贈った防具の性能も上がるもん。

 また1つ楽しみができた♪

 沢山の本を読む事と、人生勉強。

 それに、メリッサに会って鍛冶を教えてもらう。


「凄い人なのですね!!」


「ああ。カオルと出会った頃に言った事があるな。『いつか勉強に行くといい』と。アレは、メリッサの事だ」


「....そういえば、言ってましたね。あと、師匠が宮廷料理を勧めてくれました」


「そうだな。だが、カオルの料理の方が美味しいぞ?」


「本当ですか!?嬉しいです♪」


「まぁ、宮廷料理は、エリーシャ女王様が食べさせてくれるだろう。堪能してくるといい」


「はい♪覚えたら、こっちでも作ってみますね♪」


「そうか。楽しみにしてるぞ」


 ボクに笑い掛けて頭を撫でてくれる師匠。

 恋人としてではなく、家族として。


 子供扱いされてるみたいだけど、ボクは嫌じゃない。

 だって、師匠はいつもこうしてくれていたから。

  

「それで、偽名も考えたのか?」


「はい。ファノメネルが考えてくれた、(かえで)と名乗るつもりです。元ヤマヌイ国の側用人の息子で、今は聖騎士教会に身を寄せてる設定です。ね?ファノメネル」


「ええ。カオルさんから相談されて、以前エルヴィント城で演じた人物を取り入れました。髪も銀色の髪に変装されましたし、ヤマヌイ国の者よりそちらの方が良いかと思いましたから」


「そうか。楓か.....そうだな、良い名前だ」


「はい♪」

 

 ファノメネルは本当に頼りになる。

 色んな事を相談してるし、アイデアもくれる。

 シャンプーを作る時に、材料も一緒に悩んでくれたしね。


「あとは服だな」


「そうですね.....素材はどんな物が良いでしょうか?」


「革以外だと....綿に麻、高くて絹くらいだろうな。カオルの様に、べるべっとだったか?こんな上等な物は中々無いな。それと、あの伸縮する布は無い。一発で貴族だとばれるぞ?」


「う~ん....あれは縫製の仕方で伸縮するので、ゴムじゃないんですけど」


「ごむ?」


「はい。ゴムの木という物があってですね....ラテックスという、加工するとゴム質を得る事ができる樹液が取れるんですけど.....って、わからないですよね?」


「ああ、まったくわからん」


「そうですよね....」


 ボクの説明に、まったく理解できないといった様子で首を傾げる師匠。

 カルア達もボクの話しを聞いているけど、よくわからないらしい。


 どこかにゴムの木があればいんだけどなぁ...

 魔法があれば、ゴムを作れると思うんだけど。


「まぁ、なんだ。私が前に、カオルに贈った外套があっただろう?アレを着るといいぞ?傍目からは、白銀(ミスリル)の糸が使われているとはわからないだろう」


「はい!!師匠がくれた大切な物なので、大事に使ってます♪」


 たまに着ている外套。

 ドラゴンゴーレムとの戦闘で裂けてしまったけれど、師匠はオナイユの街の商業ギルドでわざわざ直してくれた。


 とても高かったはずなのに。


 師匠はヘソクリを使ったって言ってたけど、そんなに沢山のお金を持っていたのかな?

 もしかしたら、あの時聖騎士の訓練を引き受けたのって、ボクの外套を直す為じゃないのかな?

 教えてくれないけど、そうだとしたら嬉しいな。


「師匠?どうしたんですか?」


 ボクが考え事をしていたら、師匠はなにやらカルア達と視線を合わせて会話をしていた。


 勝ち誇った顔の師匠に、悔しそうなカルア達。

 

 よくわからないけど、師匠は満足気に笑顔を見せて、ボクの頭を撫でてくれた。


「フッフッフ.....(勝ったな)」


「「「「「ぐぬぬ....(く、悔しい!!)」」」」」


 本当にどうしたんだろう?

 まぁいいか。

 放っておこう。


「グローリエル、クロエ?料理は美味しい?」 


「ああ、からあげって言うの?凄く美味いね!!」

 

「はい!!表面はサクッとしているのに、噛むと肉汁が溢れてきて、とっても美味しいです!!」


「それはよかった♪今日獲ったヤツだから臭味があるかと思ったけど、大丈夫そうだね♪」


 唐揚げは今日グローリエルとクロエと一緒に、ファルフが狩った怪鳥(ルフ)が材料だ。

 以前エルフの里でも作ったけど、獲れたての鶏肉は血抜きをしてしばらく置かないと美味しくない。

 そこで、ぬめりを取る為によく水洗いをして、香草と一緒に漬け込んだ。


 時間を置けば、もっと美味しくなると思う。

 

 だけど、グローリエルは今日食べたいって言ってたから、もうひと工夫しておいた。

 それは....


「このソースが美味しいです!!」


「そうね。ゴロゴロした、野菜の入ったホワイトソースが美味いね」


「それは、タルタルソースって言うんだよ?」


「たるたるソース?」


「うん。卵黄にヤマヌイ国産の酢って言う調味料と油を加えて、塩コショウで味を調えるんだ。

 それを良く攪拌して混ぜ合わせると、マヨネーズって言う調味料ができる。

 あとはそこに、パセリと水にさらして辛味を抜いた玉ねぎとキュウリを漬けた物。ピクルスって言うんだけど、それを刻んで混ぜれば、そのタルタルソースの出来上がり。

 火に掛けたりするんだけど、そこは内緒」


「....聞いただけで、うんざりしたよ。あたいに料理は無理だね」


「私もです....ソースを作るだけでそんなに大変だなんて....」


「料理はね?手間隙掛ければ掛けただけ美味しくできるんだよ?

 うちでは、フランとアイナと人形君達が仕込みをがんばってくれるから、毎日美味しい料理が食べられるんだ。

 いつもありがとうね?」


「と、とんでもございません!!ご主人様の為ですから!!」


「ご主人のごはんが一番美味しい」


「イエス。マイロード」


 ボクが感謝を告げると、フランとアイナは喜んで答え、人形君は自慢気に背を反らせた。

 そのまま放っておいたら、人形君は後ろへ倒れるのではないだろうか?


 なんか、いつの間にか人形君は人間臭くなったなぁ...

 

 そのうちしゃべり出すんじゃないかな?

 それはそれで嬉しいような....

 でも、擬似人格だからそれはボクなのでは?


 まぁいいか。


 人形君は人形君だ。

 ボクじゃない。

 ボクに近い何かだ。

 そう思っておこう。

 

「えっと、ナタリーさん達もどうかな?」


「っ!?お、美味しいです!!(私の名前を!!)」


「魚も美味しい♪」


「だねだね♪」


「脂っこくない」


 急遽用意した焼き魚も好評みたいだ。


 師匠達魚好きも勢い良く食べてるし、特にアブリルはやばい。

 自分の体重の倍は食べてるんじゃないかな?

 食べた物がどこに消えているのか不思議だ。

 無限のネコ胃袋。

 四次元ポ○ットみたいだ。


「それはね、カツオの炙り焼きって言って、炭火で焼くんだ。遠火で焼かないと旨味が油と一緒に流れちゃうから、結構大変なんだよ?」


「そうなのですか!!」


「うましうまし」


「なにその表現?」


「ヤマヌイ国では、美味しい物をそう言うんだって。『いとうまし』って」


「へ~.....」


「まーた、行商のおじさんから訳のわからない事教わってきて....」


「いいでしょ!!香月伯爵様は、ヤマヌイ国の出身だって聞いたから勉強してきたんだもん!!」


「ぬ、抜け駆けする気だったのね!?」


「なにそれ!?ずるいよ!!」


「へへ~ん♪」


「あ、あの、香月伯爵様?よかったらこれ、受け取って下さい....」


 アゥストリの生徒である兎耳族の少女が、おずおずとボクに小包を渡してきた。

 ちょっと重い四角形の小包。

 たぶん、本かな?


「えっと、いいの?」


「は、はい!!今、帝都で大人気の小説なんです!!」


「本は高いのに.....ありがとう.....」


「え、エヘ♪」


 お礼を告げて包みを開く。

 幻想的な表紙絵には、影ある男性騎士と、長い黒髪の女の子が描かれていた。


 まさか.....


 背表紙を確認する。

 そこには、『陰湿(いんしつ)な騎士と黒髪の少年』と書かれている。

 ボクは慌てて本の巻末を開き、作者名を探す。

 案の定イライザ・レーダの名前があった。


「....リア?何か、言う事があるんじゃないかな?」


「ち、違うんですカオル様!!ドルテ!!なんであの本を持っているのですか!?」


「なんでって、この前発売されたから?」


「私も買ったよ~♪」


「私も私も~!!」


「いいよねぇ~♪陰湿な騎士ハルトを倒すフロリア様♪」


「それで、囚われのカロルを助け出して恋に落ちるの♪」


「「「「憧れるよね~♪」」」」


 うら若き乙女4人の大重唱。

 リアは「やめてー」と言いながら耳を塞ぎ、テーブルに突っ伏した。

 

 うん。間違い無く、リアがあの2人に頼んで書かせた物だね。

 ハルトって、レオンハルトさんしか考えられない。

 まったく、リアはそんなに外に出たいのかな? 


 まぁそうだよね。

 

 ずっと籠の鳥なんだもん。

 外で遊びたいに決まってる。

 ボクだって、たまにこっそり抜け出してるし。


「リア?怒ってないから顔を上げて。そうだ!!グローリエル?たまにでいいから、リアをここに連れて来てくれる?アーシェラ様にはボクからもお願いしておくから」


「カオル様!!」


「ん?あたいは別に構わないよ」


「ありがとうございます!!カオル様!!グローリエル!!」


「よかったね♪もちろん、みんなもいつでもおいで?だけど、護衛と来る事。街の中は安全だけど、街道には魔物とかも出るからね?」


「「「「やったー♪」」」」


「それと、アゥストリも、いつでも奥さん達を連れて来ていいからね?」


「いやはや、カオル殿にはお世話になりっぱなしですな」


「本当にそうですね、あなた」


「香月伯爵様は、とてもお優しいですわ」


「これは、何かお礼をしませんと」


 不公平の無い様に全員を誘った。

 もちろんクロエにもそう言って師匠達に目配せすると、笑顔で頷いてくれた。


 よかった。

 

 やっぱりここには善い人が多い。

 『濁った目』のゴミを排除すれば、住み良い国になるんだ。

 

「明日は、うちの学校を見学するんでしょ?」


「そうですな。メルさんが案内してくれるそうです」


「そっか♪うちの生徒達も善い子だから、すぐにみんなと仲良くなれると思うよ♪」


「そうですかそうですか!!それはまた、良い刺激になりますな!!」


「うん♪あ、あと....これ、前に頼まれてたのができたから、渡しておくね?」


 アイテム箱から小さな小瓶を取り出し、アゥストリに手渡す。

 それは、以前アゥストリと話していて話題に上がった物。

 

 アゥストリは、薄い髪を気にしていたらしい。

 

 だから、植物性の育毛剤を作ってみた。

 効果はわからないけど、アゥストリは試してくれるみたい。

 ついでに、適度な運動をするように告げて、育毛に良い食事を教えておいた。

 ワカメとかの海藻類だけでなく、オリーブオイルとかゴマ油をね。


「か、カオル殿.....ありがとうございます。このアゥストリ、けしてこのご恩は忘れませぬぞ」


「あはは♪大げさだよ♪それと、頭皮に異常があったら使うのは止めてね?効果が実証されてないから、万が一爛れたりしたら治癒術師にみせるんだよ?」


「わかっております、わかっております」


 感涙の涙を流すアゥストリ。

 

 ボクはそこまで気にしていないけど、アゥストリは相当気にしていたみたい。

 アゥストリは顔の作りが端整だし、髪が生えたらハゲメンからイケメンになっちゃうね♪

 奥さん達も若々しいし、お似合いの夫婦だ。


 まぁ、ボクと師匠達には敵わないけどね!!

 師匠達は美人さんだから♪












 和気藹々とした雰囲気で夕食を終え、アゥストリ達は迎賓館へと向かって行った。

 今頃は、大きなお風呂とサウナを満喫している事だろう。

 その後は、人形君達が美容術を施してくれる。

 みんな、肌がスベスベになるに違いない。


 女性用のサロンでも開くべきだろうか?

 貴族の奥さん達に受けると思う。

 むしろ、一般用に値段を下げたプランを導入すればいいのかな?


 ああ、そうか。


 帝都にお店を出せばいいんだ。

 それで、学校を卒業した子にそこを任せれば、収入もあるし将来も安泰だね。


 うんうん。この方向で考えておこう。


 ベットの中で、師匠達と一緒に横になり、ボクはそんな事を考えていた。

 家族の温かさに包まれて、ボクは幸せのひと時を過ごすのだった。


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