第二百ニ十話 留学の前に その参
留学までの間がしつこいくらい続いておりますが、あと数話で終わりますので、どうかお付き合いください。
グローリエルの試し撃ちに付き合った、カオルとエリーとクロエの3人。
道中は色々な会話をしつつ楽しい時間を過ごした。
そして、いざ帰ろうとした時に魔境内で異変を感じる。
カオルが斥候を買って出て、単身異変の下へと向かってみると、そこには体躯5m以上はあろうかという巨大な魔物『コカトリス』の姿が。
それに対峙するのは1人の少女。
全身に漆黒のローブを纏い、目深に被ったフードからは表情を窺い知る事はできない。
背中に背負うボロボロの布地で包まれた大物が、少女の異質さを醸し出している。
コカトリスの攻撃に反撃をしない少女を不思議に思い、カオルは『雷化』の魔法を使ったまま、難なくコカトリスを屠った。
戦闘後、土煙が晴れて少女と会話を交わしたカオル。
少女は言った。
「....やっと会えた」と。
カオルは少女の存在を不思議に思いながらも、遅れてやってきたエリー達と合流し、少女を連れて一路オーレトルーナの街へと帰還する事にした。
魔獣『グリフォン』姿のファルフの背で、エリー達は『ルル』と名乗る少女に警戒を解く事はなかった。
その後、無事に宮殿へと戻ったカオル達。
汚れた身体をお風呂で清め、カオルが用意した服にエリーとグローリエルとクロエの3人は着替える。
グローリエルとクロエは、アゥストリ達が待つ迎賓館へと向かった。
今、カオルとエリーは、メイドのフランチェスカとアイナの2人が腕を奮った昼食を食べていた。
当然ルルも一緒に。
「.....このミートパイ美味しいね♪誰が作ったの?」
ナイフとフォークを巧みに使い、円形のミートパイを一口大に切り分ける。
肉汁と旨味の閉じ込められたパイ生地からは、割けた傍から美味しそうな匂いと油が溢れ出した。
「ご主人!!ん!!」
アイナが誇らしげに胸を反らせ、フランがアイナの頭を撫でた。
どうやら、このミートパイはアイナが作ったみたいだ。
むむ!!いつの間にか、アイナの料理の腕が上がってる....
このままでは、いつか追い抜かれてしまうかもしれない....
家事マスターとして、ここはボクの威厳を見せなければ!!
「....アイナ。とっても美味しいよ。だけど、夕飯はボクが作るからね!!フランとアイナはお休み!!」
負けたくなくて意地になった。
ここは、みんなが食べた事の無い料理を作って驚かせるべきだ。
幸い、食材は沢山ある。
今日獲って来た物もあるしね。
グローリエルとクロエは好きにしていいって言ってくれたし、夕食はコレで何かを作ろう。
約束したしね!!
「ご、ご主人様!?で、ですが、私達の仕事ですので....」
「フラン?ボクの料理は食べたくないって事?」
「と、とんでもございません!!ご主人様の手作りなら、どんな物でも美味しいです!!」
フランは慌てて弁解したけど、その言い方はひどいんじゃないかな?
聞き様によっては、美味しくないって....
ちょっといじめたくなった。
「....それって、ボクの料理がまずいって事?」
「ち、違います!!ご主人様の料理は、本当に美味しいんです!!信じて下さい!!」
「ご主人!!お姉ちゃんで遊んだら、メッ!!」
アイナに怒られた。
どうしよう....凄く辛い。
このまま不貞寝してしまおうか....
だめだ...気力が.....
ボクがうな垂れていると、リアの警護をグローリエル達と交代した師匠が帰ってきた。
カルアとエルミアはまだ学校に居る。
昼食は向こうで食べるのかな?
夕食はみんなでって決まってるしいいか。
「師匠。元気を分けて下さい」
いつもの様に、ボクの隣の席に腰掛けた師匠。
バラの良い香りに包まれながら、肩に頭を乗せてそう呟いた。
「いいぞ?さぁカオル。こっちを向くんだ」
ボクの顎に手を当てて、クイッと頭を擡げさせる。
師匠の綺麗な顔が目に映り、視線を絡めて軽く口付けた。
なんという男らしさ。
やっぱり師匠はカッコイイ。
「元気出たか?」
「.....はい。師匠」
「そうか。それじゃ、私も食事にするか」
何事も無かった様に食事を始める。
人形君達がお世話をしてくれ、食べ終わったお皿をそっと下げていく。
その動きは実に流麗。
研鑽を積んだ熟年のメイドの様だ。
「あ、メイドで思い出した。フラン?オレリーお義母様って今日来るんだっけ?明日?」
「明日です。それで....その.....」
何か言いたげなフラン。
ボクはなんだろう?と思い問い掛けてみるが、口を噤んで何も言わなかった。
ちょっと寂しい。
ボクに隠し事をするなんて。
『雷化』で心を読んでしまおうか?
って、家族に使っちゃダメだよね。
はぁ....今日は寝ちゃおうかな....
「それでカオル。ネコとファノメネルは良いとして、こいつは誰だ?」
食事を続けながら師匠はルルを顎で指した。
ルルは、食堂のテーブルの端で食事をしている。
エリーはずっと監視をしていて無言だ。
ボクは、魔境であった事を簡単に説明し、なんとなくルルを連れてきた事を告げた。
実は、引っかかっていた事がある。
ルルが人に思えない。
もしかしたら、ボクに出会うべくして出会ったのではないだろうか。
あの時言われた「会いたかったよ、主様」という言葉が妙に引っかかっていた。
「そうか。魔境で出会い、カオルを『主様』と言ったのか。おい!!ルルだったな!!お前は何者だ?」
「ルルは、主様の剣。主様をずっと探していた」
食事の手を止めボクを見詰めるルル。
その表情からは嬉しさを感じる。
ボクに出会えて嬉しいのだと思う。
だけど、なぜ?
ボクを探していた。
人には思えないルルが、なんでボクを探していたのだろう。
「....剣とは、どういう意味だ?」
「ルルを使役し、ルルを振るう。それが主様」
要領を得ないルルの言葉。
だけど、その言葉が全てなのかもしれない。
あの背中の大物。
あの感じはたぶん.....
「ルル?2人だけで少し話そうか」
おもむろに椅子から立ち上がり、ルルを連れて庭へと赴く。
師匠達がボクを止めていたけど、手で制してルルとの会話を優先した。
なぜか、そうしなければいけないと思った。
もしかしたら、この感じは.....
アレと同じ?
「....ルル。質問をしてもいい?」
「はい。なんなりと」
「ルルは....人じゃないね?」
「はい。さすがは主様です」
「剣って言ってたけど、もしかしてその背中の大物がルルの本体?」
「はい。ルルは聖剣。主様に使っていただく聖なる剣です」
ルルはそう話し、背中の大物をボクに差し出した。
ボロボロの布に巻かれたそれは、大物のはずなのにまったく重量を感じさせない不思議な感触だった。
やっぱり......この感じはアレと同じだ。
風竜から贈られた『雷剣カラドボルグ』『聖剣アスカロン』『聖槍ガエボルグ』『雷槌ミョルニル』『聖盾イージス』。
それと、『天羽々斬』。
土竜は、天羽々斬の事を神刀と呼んでいた。
「これだけは特別だ」と。
そう言ってた。
異界より開現した刀。
神が人に与えた数多の聖剣や魔剣とは違い、神自身だと説明された。
ボクには意味が分からない。
だけどあの刀を振るうと、ボクの中で何かがごっそり失われる。
だから、アベール古戦場で吸血鬼の従者を倒す時に使ったら、ボクは一振りで倒れた。
あの刀は危険だ。
今のボクには使えない物。
だから、ずっと使わないでアイテム箱に仕舞ってある。
ルルから手渡されたボロ布に包まれた大物。
ゆっくりと巻き付いている布を剥がすと、その姿を露にした。
薄い露草色の曇り1つ無い剣身に、豪華な装飾の施された鍔や柄頭。
柄を握り掲げてみると、太陽の光を浴びて白く煌く。
羽の様に軽い。
いや、身体が軽く感じるんだ。
たぶんこの剣の効果なのかもしれない。
「...やはり主様でした。無事に契約も完了しました」
「そう....」
なぜか、ルルの言葉の意味がわかる。
あの時と同じだ。
『egoの黒書』と同じ、頭に知識が入ってくる。
目眩を起こす程じゃないけど、膨大な量の知識を理解する。
それと、ヴィジョンが見えた。
これは、ルルの過去?
とても大きな魔物との戦争。
それに対峙するのは....羽の生えた人....天使。
いや、天使だけじゃない。
空中に浮かぶ5人の男女。
1人見覚えがある。
大きな胸にあの容姿。
ウェヌスだ。
という事は、あの5人は神様か。
その周りには天使が数人と.....風竜!?
いや、土竜も居る....
それじゃぁ、残りの大蛇みたいなのと人型の竜が水竜王リヴァイアサンと、火竜王バハムートか。
あ、シルフが居る。
小さくて気付かなかった。
その近くにはシルフと同じ大きさの精霊。
あれがイフリートと、ウンディーネと、ノームか。
という事は、これが数千年前に行われた堕天した神々と心善き神々の戦争なんだ。
....やっぱり人か。
相対する神々の眼下で、人同士で殺し合ってる。
知ってはいたけど....
直接見るのは初めてだ。
人同士の戦争。
アベール古戦場の物とは、比べ物にならない程の凄惨な光景。
両腕を失っても相手に喰らい付く者。
既に、人ではない何かに成っている。
たとえるならば、屍食鬼だ。
堕天した神と心善き神との決戦。
『egoの黒書』では、その理由はわからなかった。
だけど、この戦争は実際に起きた事なんだ。
この世界で。
ボクを愛してくれる人が沢山居る世界で。
もう二度と、こんな戦いを起こしてはいけない。
「主様。どうか、ルルを受け取ってください」
フードを脱ぎ捨てボクの前に跪くルル。
その顔は少女らしい童顔で、透き通る様な青く短い髪をしていた。
「....わかった。ルル。うぅん、聖剣デュランダルよ。君は今日からボクのものだ」
剣を掲げルルの両肩に当てる。
王が騎士を任命するように。
ルルは答えた。
「我が剣は、主様の御心のままに振るわれる」
「うん。それで、ルル?いくつか聞きたい事がある」
「なんなりと」
「ルルは、なぜ人の姿に成れるの?それと、水竜王リヴァイアサンと、火竜王バハムートの居場所を教えて欲しい」
「はい。ルルが人の姿なのは、『遭逢者』だからです。
ルルは、ずっと主様を探していました。
理由は、ルルの過去を見ておわかりになるかと思います」
「うん。これから数年後に、何かあるんだね?」
「そうです。おそらく、あの戦争に近い事が起きるはずです。
なぜかはわかりません。
ルルも、リヴァイアサンに言われただけなので」
「そっか....それで、水竜と火竜の居場所は?」
「バハムートの居場所は存じませんが、リヴァイアサンは海中のダンジョンにおります。
ですが、今は時のゲートが閉じられています。
次に開くのは1年後。ルルは、主様を探してリヴァイアサンの下を去りました」
「わかったよ。それじゃ、1年後に水竜に会いに行く事にするね」
「はい。全ては、主様の御心のままに」
ボクの質問に答えてくれたルル。
顔を上げてボクと視線を合わせる。
嬉しそうな笑顔だった。
唐紅色の瞳が、真っ直ぐボクを見詰めた。
ボクにはわかる。
ルルがずっと寂しい思いをしていた事が。
数千年もの間、ずっと探していたんだ。
自身の使い手を。
ボクの事を。
「ルル。出会えてよかった」
「ルルもです。主様。ずっと、ずっと探していました」
「うん。だけどね?ルル。その服はダメだ」
ボクは、ルルの服装を指摘した。
漆黒のローブの下には、水色の面積の少ない薄い布切れ1枚だけ。
肩もお腹も太股も露出してるし、胸も半分見えてる。
健康的に日焼けした肌だけど、女の子なんだからそんな姿を晒してはいけない。
跪いているから余計に見える。
見えちゃいけない部分が、見えちゃってる。
目の前に居るボクは男なんだよ?
もう少し気を使って欲しい。
たとえ人では無いとしても、もっとお淑やかな女性としてだね...
「ルルは主様のもの。主様になら、その全てをお見せできます」
「うん。その想いは嬉しいけど、ボクの大切な婚約者がこっちを睨んでるからやめようね?」
食堂から師匠の鋭い視線を感じる。
師匠だけじゃなくて、エリーやフラン・アイナの視線も感じた。
あとで怒られるかもしれない。
でも、ルルのおかげで沢山の情報を得た。
だから、怒らないでほしいな。
戦争の話しは黙っておこう。
まだ師匠達に伝えるべきじゃない。
無駄な混乱は、疲弊させる。
それに、どの程度の規模かもわからない。
大蛇みたいに、軽いものかもしれないしね。
「とりあえず、剣の大きさを変えるけどいいよね?」
「はい。主様の好きなようになさってください」
ルルの許可を得たので、デュランダルの能力『可変』を発動させる。
ルルの身長ほどの大きさから、片手剣サイズへ変更。
これで、いつでも腰に帯びる事ができる。
実に便利な剣だ。
「あとで鞘を拵えないと....普段はアイテム箱に仕舞うけどいいよね?」
「問題ありません。ルルは、いつでも主様の下へ行けますので」
「うん。転送だっけ?便利だね」
「全ては主様の為に。ルルは、本当に主様に出会えてよかった」
ルルは、そう言って立ち上がる。
ボクに近づきその身を預けた。
小さな体。
ボクとたいして変わらない少女。
嬉しそうに笑いながら、涙を流した。
「泣かないでいいんだよ。ボクも感謝してるから。
ルルは、ボクが欲しかった情報を教えてくれた」
「グスッ...これも神の思し召し。ルルが、主様に出会えたのは運命です」
泣き続けるルルに、アイテム箱からハンカチを取り出し手渡した。
ルルは大事そうにそれを受け取り、ゆったりとした動作で涙を拭う。
誰かに似てる。
エルミア....かな?
「神...ね。ボクは信心深い訳じゃないからよくわからないけど、ルルに出会えたのは運命なのかもね」
「はい。神気に導かれて、ルルは主様を見付ける事ができました。主様から神刀の波動を感じます」
「天羽々斬だね。アレは、風竜から貰ったんだ」
「風竜....ヴイーヴルですね?」
「そうだよ。ボクの大切な家族なんだ。
風竜は、ボクの為にその身を犠牲にして、次元の狭間に閉じ込められてる。
ボクは、風竜を助ける為に水竜と火竜を探してるんだ。
土竜から、水竜と火竜の協力が無いと、風竜を助け出せないって言われてね」
「そうだったのですか....ヴイーヴル....リヴァイアサンの想い人.....」
「あー....そうなんだ?土竜もそんな事言ってたんだけど....」
「はい。リヴァイアサンは、ヴイーヴルを愛しています。何千年もの間ずっと」
「それなら、風竜を助けるのを協力してくれるかな?」
「わかりません。リヴァイアサンの考える事は、ルルには理解できません」
「そっか。まぁ、会ってみればわかるか」
「はい。一年後の開門の折りにはお供します」
「うん。ありがとう」
ようやく泣き止んだルル。
ボクは頭を撫でて微笑み掛ける。
ルルは、また笑った。
嬉しそうに頬を染めて。
でも、気付かなかった。
ボクの後ろに悪鬼羅刹が居た事を。
「....それで、カオル?言い訳はあるか?」
「カオルは私のものだって言ったでしょ!!」
「ご主人様のご寵愛は、わ、私だけのものです!!」
「アイナ怒る!!ご主人、メッ!!」
口々に辛辣な言葉を吐き捨て、ボクに詰め寄る師匠達。
あっという間に取り囲まれて、ボクは逃げ場を失った。
どうしよう....
今日の師匠達はものすごく怒ってる。
何か良い言い訳は無いものか....
「み、みんな?愛してるよ?」
「いつまでもそんな言葉に騙されると思うな」
「う、嬉しいけど、今はダメよ!!」
「わ、私もご主人様を愛しています!!」
「アイナは、お姉ちゃんの十倍ご主人様を愛してる」
「わ、私だって、アイナに負けないくらいご主人様を愛してるもの!!」
「アイナはその百倍」
「なんでアイナは私と張り合うの!?」
「お姉ちゃんには負けない」
「むーー!!私だってアイナには負けないからね!!」
突然勃発したフラン対アイナの戦争。
師匠とエリーが間に入り、2人を窘め始めた。
ボクは、アイナの言葉使いに驚いた。
もう立派に言葉を覚えている。
いつもの可愛らしいカタコトではない。
なんだか嬉しい。
ずっと気になっていたから。
「ルル?これがボクの婚約者だよ。あと、カルアとエルミアが居るんだ」
「さすがは主様です。素敵な関係だと思います」
「でしょ?みんな優しくて可愛くて綺麗で、大好きなんだ♪」
ボクの褒め言葉が聞こえたのか、師匠達は争いを止めて照れ始めた。
こういうところが可愛いよね♪
だから大好きなんだ♪
いつもは凛々しい師匠も、恥ずかしそうにモジモジしてて。
ギャップがまた可愛らしい。
「それで、ルル?ボクは、明後日にはここを離れてカムーン王国に留学しなきゃいけないんだ。
自分を磨くために三ヶ月だけ。
連れてはいけないけど、その間ルルは....うちの学校にでも行く?」
「はい。ルルは主様の命に従います」
「別に命令じゃないけど.....女の子ばっかりだから楽しいと思うよ?だから、ルルはそこで学んでくれる?」
「わかりました。ですが、主様?」
「なに?」
「ルルは、いつでも主様の下へ転送できます。お困りの事があれば、なんなりとお命じください」
「あー....うん。わかった」
ボクの手を取り力強く握る。
約束ですよと言わんばかりに、ボクの目を射抜かれた。
何も言い返せない。
ルルから凄味を感じた。
まぁ、呼び出す事は無いと思うけど、ルルのしたいようにさせてあげよう。
花嫁修業も何かの役に立つだろうしね。
「....カオル。転送とはなんだ?さっきからいったい何の話しをしている?それに、その剣は?」
「えっと...夕飯の時に説明します。とりあえず、ルルはボクのものになりました。今日からここで暮らします。反対意見は受け付けません。以上!!!」
ボクはそう言い切って食堂へと向かった。
食事を続けるアブリルの頭をひと撫でして、ファノメネルに席を立った事を謝罪した。
ファノメネルは特に気にした様子もなく、「お気になさらず」とだけ答えてくれた。
善い人だよね。
相談にも乗ってくれるし、聖騎士教会でも高位な枢機卿だ。
ちょっとアブリルの世話に手を焼いてるみたいだけど、2人のやり取りは微笑ましい。
自分の席に戻り食事を続ける。
師匠達も戻って来て、ボクに何度か小言を言ってたけど、必殺『王子様スマイル』で撃退した。
最後の手札だ。
これが効かなくなったら.....ボクは、師匠達に勝つ事ができなくなるだろう.....
恐ろしい。
実に恐ろしい。
何か作戦を考えるべきだ。
むしろ、新しい必殺技を考案すべきか。
キスじゃだめかな?
神聖な物だもんね。
昼食を終えたボクは、ルルと師匠とエリーの4人で、ボクの研究室へと向かった。
研究室の奥には、工房がある。
帝都の屋敷にあるような、炉や金床などは一切無い。
全て土魔法でできるからだ。
「師匠とエリーはそこの椅子へどうぞ。あ、紅茶も淹れますね?」
「.....ああ」
「.....」
まだ何か文句を言いたげな師匠。
エリーは、ムッスーと形容したらいいほどに、膨れっ面でボクとルルを交互に見てた。
別に、ボクがルルに手を出した訳じゃないのに、実に不愉快だ。
ボクが何をしたっていうのさ。
ルルはボクを探していた。
何千年もの間。
それがやっと巡り会えたんだ。
そんなルルの心情を察してくれたっていいじゃんね?
まだ説明してないだけだけど。
「詳しくは夕飯の時に話しますけど、まず、ルルは人間ではありません。この聖剣デュランダルの化身です。ずっとボクを探していたそうです」
紅茶を淹れながら簡単に説明した。
神刀『天羽々斬』の事も踏まえて。
なぜボクが選ばれたのか。
過去にもドラゴンの契約者は居たらしい。
だが、それはボクの様に『音素文字』を刻まれた訳ではない。
武器を与えられたり、絶大なドラゴンの力を借りたりしたもの。
過去の書物にはこう書かれていた。
『国に災い起こりし時、力授かりし勇者現れ、魔王を倒すだろう』
ドラゴンや神から力を授かり、人に仇なす者を魔王と呼んだ。
魔王。
それは、人や魔族であったと言う。
今のこの世界に魔王はいない。
何百年も何千年も前の話しだ。
今は童話の中のお話。
でも、実際にあった話。
堕天した神々と、心善き神々との決戦以降にそういった事があっただけだ。
ボクは、その話しをルルから教えられた。
『egoの黒書』で知り得た知識は、原初の事だけ。
だから、ルルの記憶でそれ以降の事を大まかに理解した。
人々の歴史。
そのほとんどが同胞同士の戦争だった。
人は争い続けた。
土地を名誉を金を求めて。
心善き神々が人間以外の種族を作り、世界をより良く繁栄させようとした。
古代魔法文明は崩壊し、新たに今の文明が作り上げられた。
それでも、人は争い続けた。
変わらない。
今も世界には戦争が続いている。
この数十年間は平和だった。
それは、長い年月の上ではほんの一瞬の出来事。
現に、ディアーヌの故郷であるアルバシュタイン公国は、たった1人の魔族によって崩壊し、周辺各国は再び戦争を起こした。
ボクは、たまたまその渦中に居ただけ。
なんとか治める事ができたけど、アルバシュタイン公国の民達は、その多くが犠牲になった。
たった1人の魔族によって。
今、魔王認定するのならば、あいつこそが魔王だ。
魔族アスワン。
多くのアルバシュタイ公国民を虐殺し、ボクの大切な家族を傷付け、取り逃がしてしまった相手。
この先必ずボクの前に立ちはだかる。
今度こそ逃がさない。
ボクのこの手でトドメを刺してやる。
もしかしたら、ルルが水竜から聞いた戦争とは、アスワンとの戦いなのかもしれない。
それなら殺ってやる。
ボクは逃げない。
人は、あいつのオモチャじゃない。
ゴミと一緒に葬ってやる。
それが、ボクにできる事。
その為にボクは強くなる。
あいつを倒して、水竜と火竜と契約して、家族の風竜を迎えに行くんだ。
それが、ボクの願い。
ルルの事を説明しながら、ボクはそんな事を考えていた。
強く握った拳には、爪が食い込み血が滲む。
師匠とエリーはそんなボクを心配し、それ以上聞いてこなかった。
「.....大体わかった。それならば、私はルルを認める。ただし、ルル?カオルに手を出したら許さないからな!!」
「そうよ!!カオルは、私のものなんだからね!!」
ルルに釘を刺す師匠達。
ボクは嫉妬が嬉しかったけど、胸の中に怒りの感情が渦巻いていて、それどころではなかった。
どうしたらいいのか思案して、ルルの本体である聖剣デュランダルを見詰めた。
幅広の薄い露草色の剣身。
金と銀の豪華な装飾の施された鍔や柄頭。
羽の様に軽く、柄を手に持つと、まるで身体の一部の様に感じる。
これが契約するという事。
もしかしたら、ボクが持つ他の聖剣や聖槍達は、契約できていないのではないだろうか?
力の開放もできるし、アゥストリから教えて貰った魔法があれば自在に扱う事ができる。
ただ、重くて手に持って振るう事ができない。
聞いてみよう。
ルルなら知っているはずだ。
アイテム箱から、雷剣カラドボルグ・聖剣アスカロン・聖槍ガエボルグ・雷槌ミョルニル・聖盾イージスを取り出しルルの前に並べる。
ルルはそれに少し驚き、マジマジと見詰め答えた。
「全て本物です。さすがは主様。ですが、未だ契約は成されておりません。この子達が主様を認めなければ、真の力を発揮できないでしょう」
「力を認める?」
「そうです。主様は偉大なお方ですが、この子達には以前の持ち主との契約が残っています。
ルルは、主様としか契約した事がありません。
この子達の契約内容はわかりませんが、次代の契約を成すには、何かきっかけが必要なのかもしれません」
「....難しくてわかんないや」
「そうですね....たとえば、以前の持ち主が心から願った事を成し遂げる、と言えばわかりますか?」
「願い?」
「はい。金銭欲、名誉欲、権力欲、色欲、物欲など、そういったものではないかと思われます。以前の持ち主も人ですから。人とは強欲なものです」
随分な言い方だけど、ルルの説明になんとなく納得した。
要するに、今のボクはこの剣達認められていないという事か。
風竜から贈られた武器なんだ。
たぶん、ボクが成長する上で必要なものがきっかけなのだろう。
でも、ボクの欲って?
物欲?
師匠達が欲しい。
ずっと手放したくない。
でも、これじゃダメなんだ。
だって、現に今この剣達はボクを認めていないんだからね。
ボクが悩んでいる間、師匠達はルルに色々説明をしていた。
いや、注意かな?
「カオルと必要以上に触れ合うな」とか。
「たとえ人ではないとしても、見た目は女なんだから服装に気を使え」とか。
姉が妹に教えるみたいに話してた。
「う~ん....なんとなくだけどわかったよ。ルル?ありがとう」
「いいえ。ルルの全ては主様のものです。知識も肉体も、どうぞ主様のご自由になさってください」
「....わかった。じゃぁ、師匠の言う通り服装をどうにかしようか。これを着て来て。エリー?着替えを手伝ってあげてくれる?」
「ええ!!まかせなさい!!ほら、行くわよ!!」
アイテム箱から学校の制服を取り出し、エリーはそれを引っ掴んでルルを連れて隣の寝室へと向かった。
部屋に残った師匠と2人で見送り、ボクはデュランダル以外の武具をアイテム箱に仕舞い込み、師匠と鞘について話し合った。
形状はこうで、材質はアレで、せっかく豪華な鍔や柄頭なんだから鞘もそれに合わせようと。
やっぱり師匠は頼りになる。
剣だけではなくて、ボクの鍛冶の師匠だもんね。
それに、師匠と密着してるとバラの良い匂いがするんだ。
っていうか、顔が近い。
1枚の羊皮紙に下書きをしてアイデアを出し合ってるんだけど、ボクの肩に師匠の頭が乗ってて、エルフの尖った耳がボクの後頭部をツンツン突くんだ。
誘ってるのかな?
ちゅーしてもいいのかな?
しちゃおうか。
しばらく会えなくなるんだし、いいよね?
「ここに金の飾り細工をして、ここはカオルの紋章である雪の花を.....」
「師匠?」
「ん?なんだ?」
「大好き」
不意打ち気味に師匠の唇を奪った。
ほんの一瞬。
師匠が瞬きをしている間に、柔らかい感触を堪能した。
「エヘヘ♪」
「.....まったく、カオルは可愛いな」
「それって褒めてるんですか?ボク、男ですよ?」
「わかってるぞ?カオルには、可愛いが褒め言葉だ。ずっと可愛くいてくれ」
「う~ん.....師匠がそう言うなら....可愛くいます」
ほんのり頬を赤くした師匠が、優しくボクの頭を撫でてくれた。
今まで何度もそうしてくれた。
ボクが辛かった時や悲しい時にも。
嬉しかった時や楽しい時にも。
師匠は、ずっとそうしてくれる。
ボクの事を心配して、ボクの事を愛して、ボクの事を守って、ボクの事を支えてくれる。
ボクも強くならなきゃ。
大好きな師匠達の為に。
だから、よくわからないけど可愛くいよう。
師匠が、ずっと好きでいてくれるように。
「.....よし、カオル?これでどうだ?」
「さすが師匠です♪とってもカッコイイですね♪」
「そうだろう、そうだろう!!なんたって、私はカオルの師匠だからな!!」
「はい♪ボクは、師匠を尊敬しています♪カッコ良くて、強くて、優しくて、美人です♪ボクは、ずっと師匠の弟子です♪」
師匠も嬉しかったのか、ボクの後ろから抱き締めてくれた。
師匠の髪がボクの頬を撫でる。
眼前で揺れる金色の髪は、日の光を浴びてキラキラと煌く。
とても幻想的な光景に、ボクの目は釘付けになった。
やっぱり師匠は美人さんだ。
金色の髪と、驚くほどに透き通った青い瞳。
宝石のサファイアが、ボクを見てる。
優しい笑みを浮かべて。
「....師匠?もう一度キスしていいですか?」
我慢できなかった。
そうしたかった。
ついさっきしたばかりなのに、こんなに師匠と密着してるとキスしたくなる。
恥ずかしい。
自分で言っておいて、ボクも照れてる。
「カオル」
「師匠」
お互いの目を閉じて、ゆっくりと近づく。
あと5cm。
あと3cm。
あと....
「何してるのよ!!!」
ようやく触れ合えると思った時、戻って来たエリーに止められた。
頭に衝撃が奔る。
その結果。
ボクの希望とは違った形で、師匠の唇に一瞬触れた。
痛む頭を押さえて見上げると、エリーの手刀がボクと師匠の頭に炸裂していた。
「....痛いよ。エリー」
「そうだぞ!!せっかくカオルきゅんとキスできるとこだったんだぞ!!」
「うるさいわよ!!私がいない間に2人だけで世界作っちゃって!!カオルは、私のものなんだからね!!」
師匠と2人で怒られた。
ガミガミと口やかましく罵られる。
別にいいじゃん。
エリーとだってしてるし、婚約者なんだから。
「いいから離れなさいっよ!!」
無理矢理師匠と離された。
無駄な抵抗だけど、お互いに手を伸ばすが空を切って掴めなかった。
ちょっと寂しい。
ここは文句を言うべきだ。
もうちょっとで師匠とキスできたんだもん。
あとでエリーにもするからいいでしょ?
「あのね、エリー」
「なによ!!大体、鞘を作るんじゃなかったの!?」
文句を言おうとしたら、またエリーにきつく言われた。
これ以上は止めておこう。
あとでこっそりすればいいや。
「...そうだね。ルル?鞘のデザインなんだけど、こんな感じで―――」
師匠が描いてくれた羊皮紙を手に、ルルに意見を求めようとしたら、ルルの姿に驚いた。
透き通る様な青く短い髪に、唐紅色の瞳。
膝丈のチェックのスカートに、白いシャツ。
可愛らしい赤いリボンを首に巻き、上着は紺色のブレザー。
アリエル達生徒も似合っていたが、ルルはもっと似合っていた。
「....ルル?とっても似合ってて可愛いよ」
「ありがとうございます、主様」
ついつい見惚れてしまう。
さっきまで師匠にときめいていたのに、ボクはなんて浮気性なのだろう。
「カオル。今夜はお説教だな」
「そうね!!鼻の下伸ばして、いやらしいわ!!」
「えっ!?ち、違うよ!?ルルに制服が似合ってたから、見惚れてただけだよ!?」
言ってて『しまった』と思った。
けどもう遅い。
師匠とエリーの背後に、ゴゴゴゴと擬音が鳴り響く。
次の瞬間には、師匠とエリーに頬を摘まれて力いっぱい引っ張られた。
痛い。
物凄く痛い。
「.....どうだカオル?痛いだろう?」
「オシオキよ!!カオルのバカ!!」
「すふぃませんでふぃた(すみませんでした)」
涙目になりながら謝罪をする。
師匠とエリーは手を離してくれたけど、まだ怒ってた。
今のはボクが悪い。
気をつけないといけない。
婚約者が6人も居るんだ。
それに、リアとディアーヌとアーニャも居るしね。
ハーレムは大変だ。
夢物語は想い描くだけでいい。
実際はこんなに大変なんだから。
「うぅ....それでじゃルル。鞘はこのデザインでどうかな?」
「はい。とても良いと思います」
「そう?じゃぁこれにするね♪」
無事にルルの了解も得られたので、早速作成を開始する。
アイテム箱から材料をいくつか取り出して、設計図と照らし合わせる。
一言に鞘と言っても色々ある。
基本的に、形状そのものは剣に合わせたものだけど、材質が沢山ある。
革、木、獣の角、布、金属など。
今回は師匠がデザインしてくれたから、それに合わせよう。
主材は白銀で、鐺の部分も同質。
そこに金や銀の細工を施し、豪華な装飾の施された鍔や柄頭と合わせる。
剣本体が物凄く軽いから、鞘の方が重いかも。
ま、いいか。
鉄に比べれば、白銀なんて軽いもんだし。
それに、白銀じゃないと、たぶんデュランダルの鞘は務まらないよね。
あー....
黒曜石でもいいのか。
ガラスの様に透けて剣身が見えるものいいかも。
でも、まだ作れないんだよね。
カムーン王国に行って覚えなきゃだし。
いつか暇を見てそれは作ろう。
「それじゃ、作りますけど.....見て驚かないでくださいね?」
師匠達に、一応忠告しておいた。
初めて見せるから、驚くと思う。
炉も金槌も金床も使わない鍛錬。
金属がグニャグニャ動くのは、見ててちょっと気持ち悪いし。
「....ああ」
「わ、わかったわ...」
「楽しみです」
「では―――我が願い。我が希望。形と成りて叶えたまえ『フォルマクピディタース』」
両手を材料に掲げ、羊皮紙のデザインをイメージした。
白銀色の鞘に、金銀の細工を施された姿。
師匠が描いて、ボクが一目で気に入った鞘。
白銀と金と銀の塊がテーブルの上でグニャグニャと蠢き、中央に集まる。
真っ白な球体が現れ、その中へ吸い込まれる様に各部の塊が収まると、次の瞬間には長物が生まれた。
それは、ボクのイメージした通りの代物だった。
師匠の絵そのまま。
幅広の剣であるデュランダルを収める鞘。
見た目から、とても高価であると理解できる。
「ふぅ....完成です♪」
「おお!!」
「す、すごいわね....」
「さすがは主様です。とても素敵な鞘に、ルルは感動しました」
「エヘヘ♪師匠がデザインしてくれたんだよ♪」
鞘を手に取り、立て掛けてあったデュランダルを収める。
カチンと小気味良い音を立てて無事に収められた。
よかった♪
サイズもぴったりで完成だ♪
「かんせーい♪」
「すごいな!!どれ、私にも持たせてくれ!!」
「いいですよ?どうぞ」
「っ!?お、重いな!?」
「えっ!?だって、カオルはあんなに軽々持ってたじゃない....」
「それは、主様がルルと契約されたから持てるのです。主様以外に、ルルを振るう事はできません」
あまりの重さに、師匠がデュランダルを落としそうになる。
なんとか力で堪えるが、脂汗をびっしょり掻いて震えていた。
やっぱりそうなんだ。
ルルの記憶でも、他の人がデュランダルを持とうとして持てなかったしね。
これが契約か。
聖剣って凄いんだね。
軽く扱っててごめんなさい。
「か、カオル。悪いが返すぞ....そろそろきつい....」
「ああ、すみません」
師匠からデュランダルを受け取り、軽々持ち上げてみる。
やっぱりボクには重さを感じない。
せいぜい鞘の重さくらいだ。
とても軽いし手に馴染む。
師匠が、ボクの為に打ってくれたファルシオンみたいだ。
「それじゃ、ホルスターを作って終わりだね。
そうだ!!エリー?ルーフスの鎧の革って、そろそろ草臥れてきたんじゃない?よかったら、そこの棚になめした革が沢山あるから使っていいよ?」
「ホント!?ちょ、ちょっと待ってて!!鎧持ってくるから!!」
駆け足で自室へと向かうエリー。
ボクは棚の扉を開いて、ベルト様に細く刻んだ革を数本取り出した。
「....なぁカオル?」
「なんですか?あ、師匠も使うならどうぞ?いっぱいあるので」
「いや、それは嬉しいんだが....これはもしかして全部サラマンダーの革か?」
「はい。この前土竜のところに行った時に手に入ったので、なめしておいたんです。
すごいんですよ?火種程度の火魔法と風魔法。
それに土魔法を掛け合わせると、あっという間になめし革が作れるんです。便利ですよね♪」
「そうなのか?それは便利だな.....ところで、これは何体分のサラマンダーなんだ?」
「さぁ?50体くらいは居たような....あ、まだ手付かずのサラマンダーもありますよ?」
「ご、50か.....」
師匠は、驚愕の表情を浮かべて棚を覗き込んだ。
なめした革を手に持ち、表裏と検分を始める。
ボクはその間に細い革を皮ポンチなどの穴あけ工具を使い、前に師匠に贈った様なホルスターを作り出した。
一度作った事がある物だから、簡単にできる。
鞘にグルリと一周巻いて、留め具で固定する。
うん、しっくりくるね♪
これで本当に完成♪
さっそく腰に帯びて身体を動かしてみる。
幅広な片手剣はファルシオン以来だから、ちょっと違和感を感じた。
それにファルシオンは片刃だったから、早く両刃のデュランダルに慣れないと。
せっかくルルがくれたんだもんね♪
「どうかな?ルル。似合う?」
「はい。ルルは、主様に使っていただけて光栄です」
「あはは♪ボクこそ光栄だよ♪他にも風竜が贈ってくれた武器があるけど、しばらくはこのデュランダルを使わせてもらうね♪」
「主様....」
「ルル、泣かないで。ボクのところへ来てくれて、本当にありがとう」
涙を流すルル。
頬を伝う涙をハンカチで拭い、頭を撫でてあげた。
師匠達がボクの頭を撫でてくれるから、ボクも癖になったみたい。
でも、頭を撫でられるのって気持ちいいんだよね。
けして子供扱いしてる訳じゃないし。
「おまたせ!!って、どうしたの?」
「うぅん、なんでもないよ。それじゃ、鎧の調整しようか?」
「そうね!!」
戻って来たエリーは、ルルの顔を見てちょっと首を傾げてた。
師匠はまだ棚を覗き込んで、何かブツブツ言ってる。
何か作るつもりなのかもしれない。
好きに使ってくれていいから、別に問題ないしね。
ボクが以前エリーに贈ったルーフスの鎧。
頭部以外を白銀のプレートで覆ったそれは、各所の接合部に革を使っている。
これを作った時は、サラマンダーの革が無くて普通の牛革を使用していた。
せっかくだから、この機会に全部入れ替えてしまおう。
白銀自体が魔法霊銀だから各種耐性があるけど、サラマンダーの革ならさらに火耐性も上がるし、一石二鳥だね♪
「.....ねぇエリー?」
「なによ?」
「ボク、前に言ったよね?『ちゃんと手入れしてね』って」
エリーの顔が青ざめる。
今ボクが持っているのは、調整用の革のベルト。
エリーの防具に付いていた、薄汚れて無残にも千切れ掛けている代物。
防具は大事だ。
戦闘時において、万が一防具が外れるような事になれば生死に係わる。
エリーに贈ったこの防具は、総白銀製で耐久力と言ったら、現状これ以上の代物は中々無い。
だからこそエリーに贈ったのに、こんな扱いをしているなんて思わなかった。
確かに革は消耗品だし、こうしてボロボロになるのも当然だ。
だけど、普段からマメに油を塗ったり磨くとかの手入れをしていれば、こんなに早く磨耗するはずない。
それを、エリーはわかってない。
これは一言怒るべきだ。
エリーが怪我をしたらボクは泣く。
それは、絶対に嫌だ
「あのね?カオル....それは、その.....」
「エリー。お願いだから、二度とこういう事しないで。
戦闘中に外れたら、無防備になるんだよ?怪我をしたらどうするの?もし命を落とすような事があったら....
ボクはどうしらいいのかわからないよ....」
怒るつもりが情けなく泣いていた。
想像したら怖くなった。
この世界には魔物や魔獣が居る。
それもすぐ近くに居て、いつ襲ってくるのかもわからない。
それに、エリーは冒険者で自ら進んでそれらと戦うんだ。
防壁の中で安全に暮らしてる訳じゃない。
ボクのゴーレム達にだって勝てない魔物が居る。
いつ戦闘が起きるかわからないから、普段から気を使っていてほしい。
ボクは、それをエリーに伝えた。
「ごめんなさい。これからは気を付けるから....だから、カオル?泣かないで?」
「グスッ....うん.....」
「カオル。エリーには私からも言っておく。だから、泣くな。カオルの気持ちは、エリーに十分伝わったぞ」
「はい....師匠.....」
師匠がフォローしてくれて、エリーはオロオロとうろたえた。
ルルは自分のハンカチでボクの涙を拭い「主様とみなさんは素敵な関係です」と囁いてくれた。
ボクは、本当に嫌なんだ。
家族が傷付くのが。
怖くて怖くてたまらない。
「よし!!エリー!!補修の仕方を教えてやるから、覚えろ!!」
「わかったわ!!お願い!!」
師匠とエリーは椅子に座り、テーブルに向かって作業を始めた。
エリーはわからない事があると師匠に聞いて、師匠はそれを説明する。
この世界に来たばかりの時の、ボクと師匠の姿。
師匠は、持てる全ての技術と知識を教えてくれた。
たまに酔ってて何言ってるかわからない時もあったけど、それはそれで楽しかった。
間違えた事を教えて、次の日に「そんな事言ったか?」なんて惚けてた。
あの頃も幸せだったけど、今はもっと幸せだ。
ずっと続けばいいな。
そんな過去の光景を2人に写し、ボクは窓の外を見ていた。
綺麗な青空はどこまでも澄んでいて、家族と離れて留学する不安を、一つ一つ溶かしてくれる。
明後日には、カムーン王国へ。
師匠が学び、剣聖と成ったかの地。
ボクは、そこで何を学ぶのか。
期待と不安と悲しさを胸に、ボクは1歩前へ歩き出そう。
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