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第二百十八話 留学の前に その壱

 大陸南部の国、『イシュタル王国』。

 砂漠地帯のど真ん中に位置するこの国は、各所から沸き出るオアシスのおかげで成り立っている。


 さらにもう1つ。


 イシュタル王国の首都アクバラナのすぐ近くには、とあるダンジョンが存在する。

 ダンジョンからは貴重な食料が産出され、王国民はそれを生きる糧としていた。

 そのダンジョンは、『オムニスの地下迷宮(ダンジョン)』と名付けられ、イシュタル王国の建国以前から存在し、実に500年以上前からその場所にあったと言う。


 しかし、それは人の歴史での話し。


 実際には数千年以前から存在し、地下奥深く。

 深遠の彼方には、巨大な何かが蠢いていた。


 ある時、偉大な冒険家が言った。


「あのダンジョンには底が無い。俺は163階層まで潜ったが、そこで仲間を失い引き返した。だが、俺は見た!!さらに下へ続く道を!!」


 この大陸には、数多くのダンジョンが存在する。

 そして、それと同じ数の魔境も存在している。

 

 163階層。


 他に類をみないほどの深さだ。

 

 ダンジョンの奥には何が居るのか。

 どんな金銀財宝が眠っているのか。

 冒険者達は、日々胸躍らせダンジョンへと潜る毎日を送っている。


 そして、そんな首都アクバラナである異変が起きている。

 以前は、大通りを埋め尽くす程の人影があったはずなのに、今は出歩く人も疎らで、開いている商店も少ない。

 人々は何かに怯え固く扉を閉ざし、滅多に出歩く事も無くなった。


 理由は、実に明白だ。


 時の国王ドゥシャン・エ・イシュタルにより、つい先日ある布告がなされたからだ。


 その内容は、考えられないものであった。

 軍部増強の為にあらゆる税収を3倍にし、歳若い男女を徴兵するというもの。

 親達は子を隠し、ある者はイシュタル王国に見切りを付け、隣国カムーン王国へ亡命を図った。


 国民達は理解した。


 また、あの凄惨な戦争が起きるのだと。


 だからこそ、子を隠し逃亡したのだ。


 しかし、王国は諦めなかった。

 人狩りという名の家捜しを始め、次々に歳若い男女を捕縛していき、逃亡者には懸賞金を掛けて捕らえ始めた。

 誰もが絶望し、活気があった首都は瞬く間に阿鼻叫喚の地獄へと変貌を遂げた。

 子を連れ攫われた親達は失望し、心神喪失した者も多い。

 税収が払えず、奴隷へと身を(やつ)した者も数知れず。

 今のイシュタル王国は、建国以来の最悪の状況へと変わってしまった。


 そんな首都アクバラナの中心に、豪華な宮殿が鎮座している。

 中では、国民の苦労や落胆などまるで無かった事の様に、今日も宴が開催されていた。


「クハハハハハ!!!!!皆飲め!!!飲んで騒ぐのだ!!!!」


 一際大きい高笑いをしているのは、暴君ドゥシャン。

 その周りには、悲しい笑みを顔に張り付け、心で涙を流す重臣達の姿が。

 誰も、ドゥシャンを止める事ができなかった。

 元々野心家ではあったドゥシャンだが、民達には名君と呼ばれ慕われていた。

 それが、ある日突然豹変してしまった。

 あの布告を出した時、全員が理解した。


 これでイシュタル王国も終わりだと。


 全てはヤツのせい。


 漆黒のフードを目深に被り、けして顔を見せない女性。

 魔物・魔獣が異常発生したおりに、ドゥシャンに近づき誑かした相手。

 女性は有能であったのだろう。

 おかげで異常発生した魔物達はその姿を消し、イシュタル王国に平和が訪れたのだから。

 だが、まさかドゥシャンが変わってしまうとは、その時誰も予想だにしていなかった。


「うふふふ....」


 妖艶な声色で、女性が笑った。

 色気を感じさせる声のはずなのに、どこか薄気味悪い。

 重臣達の誰もが彼女に恐怖している。

 そして、怨んでいる。


「クハハハ!!アスワンよ!!お主も面白いのか!!そうよの!!やっとじゃ!!やっとあの憎き女狸にやり返せるのだ!!これほど楽しい事が、他にあろうものか!!クハハハハハ!!!!」


 ドゥシャンが上機嫌で笑った。

 重臣達は静かに拳を握る。

 これから行われる事に苛立っている。

 けして本意ではない事。

 人としてやってはいけない事。

 これからドゥシャンが行う事は、そういう事だ。


「王様?決闘を見られなくて、落ち込んでいたのではないのかしら?」


「そんなものはどうでもよい!!まずは女狸だ!!そして、次は女狐!!そうすれば、かの者も余の物というわけだ!!!クハハハハハ!!!!」


「王様は、随分と強欲ね?でも、そこが魅力的よ」


「クハハハハ!!そうだろうそうだろう!!余は誇り高き人間(ヒューム)、ドゥシャン・エ・イシュタル国王なるぞ!!」


 アスワンの掌で、まんまと転がされるドゥシャン。

 笑みを作りながらも、アスワンを忌々しげに重臣達は睨み付け、心で涙を流していた。











 エリーと海岸の散歩を終えたボクは、食堂で昼食を取っていた。


 今日のメニューは、白い丸パンとホワイトシチュー。

 モッツァレラチーズとスライストマトにバジリコを挟んで、塩とオリーブオイルで味付けしたカプレーゼ。

 あとは師匠達のリクエストで、マグロのユッケ風サラダを作った。

 

 相変わらず師匠とエリーとエルミア。

 それにアブリルは魚が好きだ。

 ボクが居ない間に、魚のストックが切れたらどうしよう。

 やっぱり、週に1回は帰って来ないと心配だ。

 それに、ボクも寂しくなっちゃうだろうしね。


「カオル様?あーん」


「....あーん」


「美味しいですか?」


「う、うん。エルミアが食べさせてくれるから、いつもよりも美味しいよ?」


「それは良かったです♪」


 師匠達が鬼の形相でボクの事を睨んでくる。

 そのくせ魚を頬張り頬をプックリ膨らませていた。


 なぜこんなことになっているのか。


 それは、師匠とのデートが長引いたせい。

 今日は、ボクが留学するからしばらの間あまり会えなくなる。

 だから、留学する前にみんなとデートする事になったんだけど、師匠とデートしている時についつい楽しくて時間を超過してしまった。

 その結果、次のカルアとエリーとエルミアの時間が押されて、エルミアの番と昼食が重なってしまった。

 午後は、ボクとフランとアイナの3人で、お昼寝をする予定なんだけど....

 とにかく今をどうにかしないと、ボクの命が危ない。


 甲斐甲斐しくボクの世話をしてくれるエルミア。

 その姿を、口をモグモグ動かしながら涙を流して見ている師匠達。


 なんていうか....

 今更だけど、婚約者が多いのって大変なんだね。


 そういえば、エルヴィント帝国に来た頃、エリーが言ってたっけ。


「過去の剣騎なんか、何人もの奴隷をはべらせてまるで後宮のように振舞っていたらしいわ」


 後宮って、王妃様とか、お妃様が住む奥向きの宮殿だよね?

 お妾さんとか側女とか囲って、ようするにハーレム?


 あれ.....


 ボク、ハーレムじゃない?

 師匠は凛々しくてカッコイイ美人さんだし、カルアは包容力豊かで優しい美人さんだし、エリーは可愛い猫耳だし、エルミアはお淑やかな美人さんだし、フランはいじるととっても可愛いし、アイナとアーニャは守ってあげたくなる可愛さだし....

 リアも可愛いし、ディアーヌも褐色の美人さんだ。


 そうか。


 ボク、ハーレムを作ったんだ。

 やるなボク。

 全然気が付かなかったよ。

 そうだよね。

 アゥストリも、「男の甲斐性」とか言ってたもんね。


 お父様、お母様。

 ボク、ハーレムを作りました。

 男として立派でしょうか?

 あと何年かしたら、いっぱい子供を作ります。

 だから、天国から見ててくださいね?

 初孫は、やっぱり師匠に産んで欲しいです。

 一番ボクに愛情を注いでくれた人だから、一番は師匠がいいです。

 お父様とお母様が、おじぃちゃんとおばぁちゃんになるんですね?

 欲を言えば、孫を抱き上げて欲しかった。

 叶わない夢だけど、いつかボクが天国に行ったら、いっぱい話したいです。

 師匠達を紹介します。

 とっても素敵な女性なんですよ?

 優しくて、強くて、頼れる、世界一のお嫁さんなんです。

 ボクが自慢してたら、お父様もお母様の自慢をするのでしょうか?

 きっとそうですよね。

 お父様も、お母様を愛してましたもんね。

 また、3人とボクの奥さん達とで、沢山話しましょう。

 ボクは幸せですから、お父様とお母様も安心していてください。

 あ、一緒に、風竜の背中に乗せて貰うのもいいかもしれません。

 すっごく楽しいんですよ?

 頭の上はボクの特等席なので、譲りませんけどね♪


 ボクがそんな事を考えている間も、エルミアはお世話をしてくれていた。

 ボクは黙って差し出される食事を口にしていたら、いつの間にかエルミアは口移しで食べさせていたらしい。


 まったく気が付かなかった。


 師匠達の悲しい叫びが食堂に木霊して、エルミアは無表情で無視を決め込んでいた。


「かふぉるさは。あーん」


 眼前に迫るエルミアの顔。

 頬がほんのり上気して、照れているのがよくわかる。

 キラキラの銀髪に、整った顔立ち。

 濡れた唇からは、咥えたトマトが飛び出していた。


 すごく....美味しそう....


 ボクの中の欲望が、一気に加速して顔を覗かせた。

 エルミアに顔を近づけ、そのままトマトに噛り付く。


 でも止まらない。


 唇を重ねて舌を差し入れる。

 トマトとお互いの舌が絡み合い、口内に程好い酸味と甘さが充満する。


 頭がどうにかなってしまいそうだ。

  

 邪魔だとばかりにトマトを嚥下(えんげ)して、呼吸も忘れてエルミアの唇に貪り付く。

 あえて形容するならば、マシュマロの様な唇。

 柔らかくて甘い禁断の果実。

 舌の動きは師匠やカルア達とは違う。

 エルミアらしい規則正しい動き。

 ボクはそれに変化を付けて、お互いの粘膜を擦り合わせる。


 どうしよう....気持ちいい。


 目の前が白く明滅し、身体がピクピクと痙攣する。

 たぶん、感じているって事だと思う。

 ボクは今、色に溺れている。

 エルミアが欲しくて欲しくてたまらない。

 突然どうしたんだろう?

 わからない。

 早く終わりにしなきゃ。

 みんな見てるはず。

 だけど、もう少しだけ続けたい。

 しばらく会えなくなるから、今だけはいいよね?


「ぐちゅ...にゅちゅ.......」


 淫靡な音が聞こえて来る。

 感覚だけでなく、音までもが相乗効果となってボクの欲望を燃え上がらせる。

 だけど、頭はなぜか冴えていた。

 

 これが、愛し合うって事なのかな。


 気持ちが高ぶり、もうボクには抑えられない。

 エルミアの事しか考えられなくなる。


 触れたい、もっと触れ合いたい。


 自然と手が伸びエルミアの胸元へ。

 柔らかい胸の感触を感じつつ、もう片方の手をエルミアの腰に回す。

 

 エルミアの顔が蕩けてる。

 たぶん、ボクも同じ。

 この行為に酔いしれ、快感に抗えなくなってる。


 怖い。


 溺れてしまいそうだ。


 だけど、止められない。

 

 いつまでも続くかと思われた2人の淫猥な行為は、師匠達の手によって中断された。


「な、何をしているんだ!?」


「ずるいずるいずるい!!おねぇちゃんもカオルちゃんとちゅーしたい!!」


「わ、私のカオルと何してるのよ!!!」


「ご主人様!!私にもお情けを下さい!!」


「アイナも!!アイナも!!」


 髪を振り乱してボクとエルミアを引き剥がした師匠達。

 叱責の言葉が耳に痛いけど、今のボクはどこかおかしい。


 たぶん....寂しくでどうかしてしまったんだ。


 三ヶ月もの間、離れなきゃいけない。

 もちろん毎日通信するし、休みの日には帰ってくるつもりだ。

 だけど、ずっと一緒に居る訳じゃない。

 ボクが望んだ事だけど、決心した事だけど、やっぱりボクは甘えん坊の子供だ。


 留学するまでの間、今日を入れてあと3日。

 沢山甘えて、沢山キスしよう。

 甘えて、甘えて、甘えよう。


 だから、ごめんね。


「......アブリル、ファノメネル。食事中にごめん。少しだけ後ろを向いてて?」 


 ボクのお願いに、2人は顔を赤くして後ろを向いてくれた。

 耳を両手で塞いで、音まで遮断してた。


 今のボクはおかしい。

 

 気持ちが、想いが止まらない。

 今までこんな事無かったのに....

 

 それから、順番にキスをした。

 

 師匠と、カルアと、エリーと、フランと、アイナと。

 ボクの大切な婚約者に。

 濃厚で、濃密な口付けを。

 お互いの想いを伝える為に。

 こんな場所で、こんな時に、想いを確かめ合った。

 

 みんな答えてくれた。

 それぞれの想いを。

 舌を蠢かせて。

 ボクの愛に答えをくれた。


「....ありがとうみんな。ボクは、みんなを愛してる。これからも傍に居て?ボクも傍に居るから。ずっと変わらない愛を与え続けるから。ボクを愛して」


 泣きながら笑って告げた。

 師匠達も返してくれた。


「愛してる」って。


 それから、アブリルとファノメネルにお礼をして、食後は短い時間だけどみんなで一緒にお昼寝した。

 6人で並んで、代わる代わるボクと手を繋いで。

 幸せな時間を過ごした。


 ボクは、みんなが好き。

 みんなも、ボクが好き。


 幸せを実感した。

 この世界はボクに優しい。

 『濁った目』の大人も居るけど、心善い人は沢山居る。

 だから、がんばろう。

 それで、疲れたらみんなに甘えよう。

 みんなも甘えてくれる。

 だって、家族だから。










 ソーレトルーナの街。

 第2防壁内に存在する警護団の詰め所では、見回りに向かうヘルナ・アガータ・イザベラ・サラの4人をルイーゼ達が見送っていた


 皆一揃いの(スケイル)(アーマー)を身に纏い、手に持つ得物は当主のカオル作成の白銀(ミスリル)製の武器達。

 ヘルナが背に掲げるのは、大剣(イウルーン)

 アガータが手に持つのは、突槍(パルチザン)

 イザベラが背後ろに交差させるのは、二振りの手斧(トマホーク)

 サラが両腰に帯びるのは、格闘剣(ジャマダハル)


 アマゾネスの彼女達らしい、実に大振りな武器達だ。


「それじゃ行ってくるよ」


「気を付けてね!!」


「気を付けるも何も、見回るだけだからね....」


「そうやね。大体、あないごっついゴーレムがおるんや。滅多にうちらに仕事なんかあらへん」


「そやそや」


「ま、そうなんだけどね....それでも仕事だから。当主様の為にがんばらないと!!」


「....そうだね。こんな高待遇、中々無いし」


 軽口を言い合うヘルナとルイーゼ達。

 たった2日で随分仲良くなった。


 それは全て当主であるカオルのおかげ。

 

 最初はどうなる事かと思われた彼女達も、カオルから涙ながらに贈られた武具の前で、互いの想いを確認した。

 高価な武具に、豪華な食事と宿舎。

 これほど居心地の良い場所が、他にあるだろうか。

 

 身の回りのお世話も無口な人形達がしてくれる。

 いつでも入れるお風呂とサウナ。

 ヘルナ達も、たった1日過ごしただけで、この場所に馴染んでしまった。


「それじゃ行こうか?」


「「「おー!」」」


 ヘルナ達が見回りへと向かう。

 それをルイーゼ達5人が見送り、詰め所のテーブルを囲んで話し合った。

 

 まずは警護団の見回りローテーション。

 朝昼夜は交代性で見回り、空いた時間で修練を行う。

 あの元剣聖ヴァルカン直々に指導してくれる事になり、ルイーゼ達は喜んだ。

 なにせ、英雄と謳われるカオルの師匠なのだ。

 自分達もどれだけ強く成れるのか期待せずにはいられない。


「っていうか、ジャンヌとシャルは武器を仕舞いなさい。いつまで磨いてるの?」


 ルイーゼの言う通り、テーブルを囲んで座っているにもかかわらず、ジャンヌは片手剣(ブロードソード)を、シャルは片刃槍(グレイブ)を懸命に磨いている。

 余程嬉しかったのだろう。

 満面の笑みを浮かべ、宝物でも見ている様に目がキラキラと輝いていた。


「だって、嬉しくて....ねぇ?」


「そうだよー!!白銀(ミスリル)だよ?私、こんな高価な武器初めて持ったから嬉しくて♪」


「まぁ....気持ちはわかるよね。軽くて丈夫で、こ~んなに綺麗なんだもん」


「でしょでしょ!?しかも、左利きの私用に誂えてあるんだよ!?もう、一生大事にするんだ~♪」


「それに、ルイーゼとルイーズだって人の事言えないでしょ?知ってるんだからね?昨夜、大剣(クレイモア)を抱き締めながらベットの上でエッチな事――」


「「わーーーーー!?」」


 シャルは、2人の姉妹の性行為を覗き見ていた。

 大剣(クレイモア)を股に挟み、卑猥な水音をさせていたのを。

 まるで大剣(クレイモア)が恋人の様。

 それでいいのかと小一時間問い詰めたいが、ルイーゼとルイーズの悲痛な懇願に、シャルはそれ以上詳しく話さない。

 女同士が揃うと、男からは考えられない様な会話がなされるものだ。


「....ご当主様には、婚約者が居るんだからね?」


 真面目なセリーヌが釘を刺す。

 だが、ルイーゼ達も知っている。

 自分だけでなく、この場に居る全員がカオルに好意を持っている事を。

 あれほど優しく頼れる人だ。

 多くの女性が恋してしまうのも無理は無い。


「でもさ、聞いた?当主様には、愛人候補が沢山居るんだって」


「聞いた聞いた!!アナスタシアさんでしょ?」


「それだけじゃないみたいよ。あの学校に居る生徒全員そうなんだって」


「うそ!?何人居るのよ!!」


「えっと.....29人だったかな?」


「はわぁ.....」


「まぁ、お金もあるし問題無いんじゃない?」


「だねぇ....こんなお~っきい領地があるんだもんね」


「っていう事は、あの学校って、愛人を育てる為の物なの?」


「うわぁ.....それはちょっとイヤかも.....」


「でもさでもさ、あそこで習うのって、掃除洗濯炊事とかの家事全般に、裁縫とか農業なんでしょ?」


「うん。花嫁修業って言ってた」


「変な事何もされてないじゃん....むしろ、なんの問題も無くない?」


「確かに....」


「というか、私達こそ入学するべきじゃない?」


「「「「.......」」」」


 ルイーゼ達にはわかっている。

 自分達が女らしく無い事を。

 聖騎士に成るべく、武芸を嗜んできたのだ。

 家事なんて適当だ。

 料理だって、最低限食べられる物が作れる程度。

 裁縫よりも、武具のメンテナンスの方が得意だ。

 女子力0と言ってもいい。

 

 それに引き換えカオルはどうだろう。

 家事は言うに及ばず、武具の作成に領地の開拓。

 高位の治癒術師であり、あらゆる知識を持ち、誉れ高き剣騎と第1級冒険者を倒せる力を持っている。


 『万能の黒巫女』


 数ヶ月前に、突如としてあわられた神の如き才能の持ち主。

 聖都でも噂になった。

 長い黒髪に黒水晶の瞳を持つ、天才的な美少女(びしょうねん)治癒術師。

 その正体は、伝説のドラゴンスレイヤーにして貴族。

 数十年ぶりの戦争を治め、1万5千の魔物の群れをたった1人で退けた。

 それが、あの香月カオル。

 

「でもさ?私達には、ここを守って欲しいって....そう言ってたじゃない?」


「うん....」


「私達はご当主様のものってね」


「それに、この武器を贈られた時.....当主様泣いてたね....」


「そうだね.....」


「一字一句忘れてないよ」


「「「「「『どうかその武器の矛先を、ボクの愛する人には向けないで。家族や、生徒達。それと、ボクの知り得る心善い人達。もちろん、ここに居るみんなも....どうか、お願い....』」」」」」


 重なる5人の声。

 誰も忘れてはいない。

 カオルが心から願った想いを。

 深く胸に刻み込み、繰り返し何度も口にした。

 

「あれが、愛なんだなって思った」


「うん....」


「見返りを求めない、無償の愛」


「私さ、ファノメネル様から聞いたんだけど....ご当主様の両親は、親族に殺されたんだって....」


「そうなんだ.....」


「もしかしたら、当主様は家族が欲しいのかもね」


「たぶんそうかも....」


「私達の事も、家族だと思ってくれてるから、あんな事言ってくれたのかな....」


「....もしそうだとしたら、嬉しいね」


「うん....」


 騒がしさが失われ、静けさが訪れる。

 何か言おうと口を開くが、口から出るのは溜息ばかり。

 カオルの言葉とあの泣き顔が、脳裏に焼きついて離れない。

 言葉の真意はわからない。

 ただ伝わった事がある。

 

 あれが、カオルの心からの言葉だという事が。


「....いいところだね、ここは」


「そうだね」


「私達が守らなきゃ」


「うん」


「当主様の居場所で、私達の居場所だもんね」


「さぁてと、修練でもしようか?」


「「「「うん!!」」」」


 椅子から立ち上がり、自室へと向かう。

 カオルから贈られた防具を身に纏い、今日も修練を開始した。

 全てはカオルの為。

 ひいては自分の為。

 ルイーゼ達は警護団員であり、この街を守る任務がある。

 その為に強くなろう。

 想いを寄せるカオルの為に。


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