第二百十七話 春の陽気
カオルの観察という職務を放棄したロキ。
大天使ミカエルはロキの心情を理解しつつも、主である全能神ゼウスへと報告に向かう。
以降第三者視点が終わり、主人公のカオル視点での物語り進行となります。
朝日の眩しい、早朝のソーレトルーナの街。
そこには、いつのも光景が繰り広げられていた。
小さな身体の少女と手を繋ぎ、ゆっくりとした足取りで農園の周りを散歩する。
2人はとても楽しそうに笑っていて、まるで初恋同士のデートの様だ。
たとえ、遥か遠くの宮殿の窓から眼光鋭く目を光らせている女性達が居たとしても、今の2人は実に楽しげだ。
「ずいぶん歩けるようになったね?アーニャ」
「は、はい!!カオル様が、毎日付き合ってくださいますから....」
優しく繋がれた手。
お互いに少しだけ力を込めて握ってみる。
なんだか心が温かくなった気がした。
「あの、カオル様?」
「うん?」
急に立ち止まったアーニャ。
ボクは(なんだろう?)と思ったけど、やっぱりあの話しだった。
「その....カムーン王国へ、留学されると聞きました.....何日くらい行かれるのですか?」
「三ヶ月だけ行ってくる。その間、こうして散歩できないんだ。ごめんね?」
「い、いえ!!それは......寂しいですけど、我慢します.....」
アーニャは、とても悲しそうだった。
ボクだって寂しい。
だけど、ボクは強くならなきゃいけないんだ。
家族を、愛する人を守る為に。
ボクはまだ、たったの12歳の子供なんだ。
強がったって、何したって所詮は子供だ。
「ボクも寂しいよ。だけど、行かなきゃいけないんだ。みんなと、何よりボクの為に。だから、応援してくれる?」
ボクはずるいなぁ....
アーニャが応援してくれないはず無いのに、「応援してくれる?」なんて言って。
寂しい想いをボク自身がさせてるってわかってるのに。
でも、必要なんだ。
これから先、何年も、何十年もみんなと一緒に居る為に。
留学。
それは、ボクの過去との決着。
またいじめられるかもしれない。
それでも、行って強くならなきゃ。
行って、風竜の手掛かりを見付けて来なきゃ。
そうじゃないと、ボクはずっと甘えたままだ。
もう二度と、悲しい想いをしない為に。
「....応援....します。だから、たまに顔を見せてくださいね?」
「うん。週に1回は帰るつもりだよ。ボクの魔法があれば、あっという間に帰れるからね♪それに、毎日夜に通信するから、師匠達と一緒に居るといいよ♪」
顔を覗き込むと、アーニャは目に涙を溜めていた。
失礼だけど、とっても可愛い泣き顔だった。
アイテム箱からハンカチを取り出して、アーニャの涙を拭ってあげる。
アーニャはそっとボクの手を掴み、愛おしそうに頬に当てた。
温もりを感じる。
お父様とお母様の様な、温かさが。
「怪我と、病気に気を付けてください。私はずっと、カオル様を想っています」
正直、すごく嬉しい。
こんなボクの事を想ってくれる人が居る。
昨夜あんな夢を見たから尚更だ。
だから、ボクは感謝を告げた。
「ありがとう。アーニャが居てくれて、よかった」
そっと頬に口付けた。
アーニャには、手以外に始めての口付けだ。
なんだか無性に恥ずかしい。
だけど、ボクの感謝を伝えるにはこれが一番だと思った。
8コも年上なのに、アーニャからは年上って感じない。
どちらかというと妹みたいに思ってる。
いつか、ボクはアーニャに恋をするのだろうか?
ゆっくりと待とう。
時間は沢山あるんだから。
「キュ~.....」
「アーニャ!?」
茹でダコみたいに顔を赤くして、アーニャが気を失ってしまった。
キスは早かったのかもしれない。
頬だったんだけどなぁ....
倒れてしまったアーニャをお姫様抱っこして、急いで『飛翔術』で風を纏う。
そのまま宮殿にあるアーニャの部屋へ運び入れて、ベットの上に寝かしつけた。
「う~ん....ごめんね?アーニャ」
横たわるアーニャの頭を撫でる。
振れてみるとびっくりするくらい熱くなっていた。
大丈夫かな?
回復魔法でも掛けておこうかな?
思案していたら、カルアが来てくれた。
「アーニャちゃんの事は、おねぇちゃんが看ていてあげるから、ヴァルカンのところへ行ってあげてね?」
優しいカルアにそう言われて、アーニャの事は任せた。
今日は、しばらくの間留学してみんなと一緒に居られないから、1人1人とデートの約束をしてる。
長く時間はとれないけど、みんなボクの事を想ってくれているんだ。
みんなに出会えて、本当に良かった。
この世界に来て、本当に良かった。
「ありがとうカルア。それじゃ、また後でね?」
「わかってるわぁ~♪おねぇちゃんも、楽しみにしてるからね♪」
カルアに見送られ、師匠が待っている食堂へ。
師匠の為に、お菓子を作る約束をしてる。
何を作ろうか悩んだけど、やっぱりアレだよね。
お母様から教わった、マドレーヌ。
きっと師匠も喜んでくれるはず。
師匠は、ボクが作るお菓子は何でも喜んで食べてくれるから。
「お待たせしました、師匠」
食堂に入ると、師匠は窓から外を眺めていた。
振り返ると靡く金色の髪。
ボクが贈った黒のパンツに、黒のシャツ。
白のベストに、白のロングコート姿。
美人な師匠だけど、いつもみたいに男装姿もとっても似合う。
やっぱりカッコイイなぁ....
「来たか」
「はい♪それじゃ、急いで作りますから待っててくださいね♪」
「ああ....」
ボクがキッチンへと向かう。
すると、なぜか普段キッチンなんて入らない師匠が、ボクに着いて来ていた。
不思議に思ったけど、師匠はキッチンの作業台に腰掛け、ジッとボクの姿を見てた。
なんだろう?
別に、たいした事をするわけじゃないんだけどなぁ。
昼食の仕込みをしていた人形君に場所を空けてもらい、数ある調理器具の中からボールと泡だて器を取り出す。
ついでにマドレーヌの金型にバターを敷いて、小麦粉とベーキングパウダーと砂糖。
それに卵とレモンを取り出した。
「....師匠?手伝って欲しいのですが」
昨夜の夢のせいだろうか。
なんとなくそんな事を口にしてしまった。
師匠は嫌な顔ひとつしないで、ボクに協力してくれた。
なんだか懐かしい。
まるで、お父様とお母様の2人みたいだ。
「えっと、そこにある小麦粉と砂糖とベーキングパウダーをこの中へ入れてくれますか?」
「ああ、わかった」
おぼつかない手付きで、篩って計りおいた粉物を入れてくれる。
ちょっと小麦粉が零れていたけど気にしない。
本当に、お父様みたいだ。
泡だて器で混ぜながら、よく攪拌する。
なんだかわからないけど、涙が零れていた。
「カオル?大丈夫か?」
師匠が心配してくれた。
涙を流しただけなのに。
師匠は、いつも心配してくれる。
ずっと一緒で、ボクの事を守ってくれた。
あの暗闇から救ってくれた人。
こんなボクの為に色んな事を教えてくれて、色んな物を見せてくれた。
やっぱり寂しい。
師匠とずっと一緒に居たい。
傍で、ボクに笑い掛けて欲しい。
師匠やみんなが居てくれれば、ボクは他に何もいらない。
愛しいよ。
恋しいよ。
ボクは本当に弱い人間だ。
守られてばっかりだ。
「.....師匠。ボク、強くなろうって、みんなを守ろうって、そう思って留学するって決めたのに。それなのに、やっぱり離れたくなくて........師匠.....師匠」
縋り付いて咽び泣いた。
師匠は抱き留めてくれた。
いつもみたいに、ギュッてボクを抱き締めて、頭を何度も撫でてくれた。
「大丈夫だ。わかってる」って、そう言ってくれて、ボクを安心させてくれて。
師匠だって寂しいってわかってるのに。
それなのに、ボクは自分から離れるって言い出して。
またこんなに甘えて。
ボクは自分勝手で。
子供で。
ずっと師匠に迷惑掛けて。
どうしたいのかわからない。
「....いいんだカオル。全部わかってるから。だから、強くなって帰って来い。
それまで、私がこの街を守るから。カオルの帰る場所は私の下だけだ。
だから、大丈夫だ。頑張って来い。私は、カオルを応援しているぞ」
「師匠.....」
師匠は優しい。
ダメなボクを、いつも支えてくれる。
ボクは何もできないのに。
何もお返しなんてできないのに。
それなのに....
「私は、将来カオルと結婚する。夫の願いに答えない妻はいないだろう?だから、安心して行って来い。
毎日話せるし、会おうと思えばいつだって会えるんだ。今生の別れではない。
確かに寂しいが、カオルの為だと思えば我慢できる。一回りも二回りも大きくなって、もっとカオルを好きにさせてくれ」
師匠の応援が嬉しい。
だけど、期待が大き過ぎてちょっと心配だ。
でも、答えなくちゃ。
愛した人が、ボクに期待してくれているんだ。
強くならなくちゃ。
ちょっとだけでもいいから、今よりも強く。
できれば身長もちょっとだけ伸びて。
いつか師匠と同じ目線で世界を見たい。
「師匠?ボクがんばります。だから、勇気を分けてください」
「ああ。愛する夫の頼みだ。なんでもするぞ?」
顔を上げて師匠と視線を絡める。
ボクが何をするのかわかったのか、師匠は目を閉じてくれた。
そっと唇を合わせる。
今まで何度も交わしてきた口付け。
愛する者同士の情愛のキス。
合わせただけの唇から、舌を入れてお互いに絡み合う。
自分の想いを伝えるために。
何度も、何度も執拗に。
「ずっと繋がっていたい」
言葉ではなく行動で。
あなたの事を愛していると囁く。
あの日見たお父様とお母様の様に。
ボクも愛する人を見付けた。
もう二度と奪われるものか。
その為に強くなるんだ。
学校に行って勉強する。
学問を学ぶのではなく人生勉強。
ボクは沢山の人と触れ合い、様々な事を学ばなければいけない。
愛する人を守る為に。
支える為に。
お互いに酸素を求めて唇を離す。
名残惜しさから一呼吸した後、もう一度口付けた。
師匠は嫌がる素振りもない。
ボクの事を愛してくれているから。
だから、ボクの全てを受け入れてくれる。
「.....師匠?」
「はぁはぁ.....な、なんだ?」
「ベットへ....行きませんか?」
「なっ!?」
慌てる師匠。
乱れた呼吸を隠す事無く、太股を擦り合わせモジモジしていた。
可愛い。
師匠はとっても美人さんで、照れると、とっても可愛い人だ。
ちょっとだらしないところもあるけど、たまに凛々しくて、ボクはそれを見てると顔が赤くなっちゃう。
しょうがないよね?
ボクは、師匠が大好きなんだから。
「....いきましょう?」
「カオルきゅん....」
作り掛けのマドレーヌを人形君に託して、ボクは師匠を寝室へと誘った。
部屋には2人だけ。
出会った時と一緒。
あの頃は、この世界に来たばかりでとても大変だった。
でも、師匠が居てくれたから。
尊敬する師匠が居てくれたから頑張れた。
これからだって頑張る。
だから、あの時と同じ様にボクは師匠をベットに連れて行く。
「師匠?横になってください」
「あ、ああ....」
「上着、脱がしますね?」
「っ!?」
「師匠?」
「わ、わかった....」
白のロングコートとベストを脱がせて、黒シャツとパンツ姿のままベットへ横になって貰う。
師匠はなぜか緊張しているのか、赤面しながらモジモジしていた。
どうしたんだろう?
ボク、何か変な事言ってるのかなぁ?
師匠の考えが良くわからないけど、ボクは師匠の傍へ行き、頭を太股の上へ乗せた。
ボクがしたかった事。
それは、あの日の様に膝枕がしたかった。
太股から師匠の体温を感じる。
ちょっと熱い位だ。
そういえばアーニャも熱かった。
まだ6月なんだけどなぁ....
「師匠の髪は、いつ触ってもサラサラですね♪」
頭を優しく撫でながら、師匠の髪を手で梳いてみる。
細く長い煌びやかな金髪は、指の間から零れて逃げて行った。
ほんのりバラの香りがする。
もしかしてシャンプーなのだろうか?
ずっと不思議だった。
師匠の身体から、バラの良い香りがする事が。
出会った時からずっと。
匂い袋かと思っていたけど、どうも違うみたいだし。
体臭なのかな?
でも、汗の匂いもするんだよね。
そういえば、この世界の人はみんな石鹸で髪を洗っていて驚いたっけ。
ちょっと黒く汚れた石鹸。
たぶん、廃油から作ってるんだろう。
あんな物で髪を洗っていたら、逆に痛んじゃうのにね。
だから、ボクがシャンプーとリンスを作ったんだ。
今はその製法をジャンニさんに教えて量産して貰ってる。
ちょっと値段が高いけど、売れ行きが良いらしい。
英雄が作ったシャンプーなんて言って、みんな興味本位で買っているみたい。
なんだか恥ずかしいけど、石鹸で髪を洗うよりは全然いいよね?
そのおかげでメルとカイが会計書類に追われてるみたいだけど、あの2人なら大丈夫。
ボクが渡した財務系の本もすぐに読破してたし、何よりメルには才能があった。
カイは体力があるし、メルには従順だし幸せそうだ。
カイがちょっと痩せたみたいだから、それだけが心配かな?
って、シャンプーなんてどうでもいいんだ。
今は師匠のバラの香りだ。
聞いてみようかな?
「....師匠?なんで師匠は、バラの香りがするんですか?」
「......」
「師匠?」
返事が無い。
なんだかよくわからないけど、ボクの顔を見上げて、師匠は呆然としている。
どうしたんだろう?
もしかして、膝枕が嫌なのかな?
でも、前は喜んでくれたのに。
ボク、膝枕するの好きなんだけどなぁ....
しばらく無言だった師匠。
突然ボクの太股に顔を埋めて匂いを嗅ぎ始めた。
「あの....師匠?恥ずかしいですよ?」
「クンカクンカ!!カオルきゅんの匂いだ!!」
ボクにはわかった。
師匠が『残念美人』モードに突入したという事が。
でもなんで?
ボクは膝枕をしたかっただけなのに。
どうして師匠は壊れたんだろう?
「....師匠?お尻を揉まないでください。怒りますよ?」
「カオルきゅんが悪いんだ!!私に期待させておいて、こんなひどい仕打ちをするなんて!!だから、これはオシオキだ!!当然の権利だ!!」
よくわからない事を言い出した。
なんでボクがオシオキされなければいけないんだろう?
というか、師匠は本当にお尻が好きだなぁ....
あとは太股か.....
もしかして、そういう性癖なのかな?
まったく、師匠はエッチなんだから。
「師匠?膝枕は嫌いですか?もうしない方がいいですか?」
「なにを言っているんだ!!大好物に決まっているだろう!!
カオルきゅんの膝枕は、私だけの特権だ!!
だから、このまましばらくカオルきゅんは私に膝枕を続けるんだ!!
師匠命令だ!!いいな!!」
危機迫る物言いの師匠。
ボクはなぜか圧倒されて、コクンと頷いて答えた。
見えていないけど師匠にも伝わったみたい。
手を何度もグーパーに閉じて開いて、ボクのお尻を蹂躙する。
太股に舌を這わせてペロペロしていた。
やっぱり、どこかで名医を探した方がいいのかもしれない。
触られるのが嫌って訳じゃないけど、こんな師匠の姿を、誰かに見られたら....
その時、不意に視線を感じた。
恐る恐る目を向けると、ちょっとだけ開いた扉から、カルアとエリーが覗いていた。
目が合う。
なんだか気まずそうに苦笑いを浮かべて、視線を師匠に落とした。
「カルア、エリー。おいで?」
師匠の真似をして、両手を開いて2人を招く。
カルアとエリーは静々と扉を開き、ベットの傍までやって来た。
師匠は、その間もボクの太股とお尻を楽しんでいる。
いいのだろうか?
元剣聖としての威厳も名誉も、何もかもが失墜している感じがする。
「師匠?カルアとエリーが来てますよ?いいんですか?見られてますよ?」
ちょっと強めに注意してみる。
だけど師匠の手は止まらない。
見られてもいいって事なんだろうか?
確かに、今まで散々みんなに見られているし、カルアとエリーも何だか普通だ。
呆れる事すらしなくなったのか。
可哀想な師匠。
でも、いい加減止めてもらおう。
ボクは師匠の両手を掴み、師匠の身体を仰向けに戻す。
師匠は悲しそうな顔をしていたから、額に口付けて微笑んでおいた。
「それで、カルアとエリーはなんで覗いてたの?」
「カオルちゃんが、いつまで経っても来てくれないからよ~。もうとっくにおねぇちゃんの番なのにぃ~」
「そうよ!!おねぇちゃんの次は、私の番なんだからね!!早くおねぇちゃんが終わらないと、私の番も遅れちゃうでしょ!!」
全然気が付かなかった。
いつの間にか、結構時間が過ぎていたんだ。
だからちょっと怒ってるのか。
でも、こんな事をしている師匠に何か言ってくれてもいいのに。
放置というか、無視というか。
まぁ、いつもの事だしね。
「気付かなくてごめんね。そうだ!お詫びにプレゼントをするよ。ちょっと待ってて」
師匠の頭をベットに下ろし、隣の研究室へと向かう。
そこには、練成釜やディアーヌに貰った沢山の本が本棚に納められている。
テーブルの上からこっそり用意していた革のブーツとサークレット。
それに、篭手を手に取り、師匠達の下へ戻った。
「このサークレットはカルアに。このブーツはエリーに。それと、この篭手は師匠に。全部、ボクが作った物だよ?着けてみて?」
ボクに言われるがままに装備する3人。
カルアのサークレットは金製で、中央に3つの赤い魔宝石が埋め込まれている。
それは、ある魔法を付与させた物。
刃物を持って戦えない治癒術師のカルアには、ピッタリの一品。
「カルアのサークレットには、ボクの持っている聖盾イージスの魔法を付与してあるよ。模倣品だから、イージスよりは効果が弱いけど、障壁を張れる。唱えてみて?『守護結界』って」
少し離れてカルアに使って貰う。
すると、カルアの周囲3mに薄い膜の様な障壁が展開された。
「す、すごいな.....」
師匠が驚きの声を出した。
治癒術師として長年活躍してきたカルアは、回復魔法以外の魔法を使えない。
がんばって何年も修練すれば、他の魔法を覚えるかもしれないけれど、どちらにしろ相手を傷付ける事ができないので、防御に特化した方がいいと思っていた。
「大抵の攻撃魔法と物理攻撃なら問題なく防げます。だけど、師匠みたいに超一流の剣撃は難しいかも。実際に試した時は、ボクの魔法でも貫けたしね」
「そ、そうなのか?しかし、本当にすごいな....」
「そうね....こんな魔導具、見た事無いわ」
師匠とエリーが褒めてくれた。
頑張った甲斐があるかな?
本当に大変だった。
前にエリーに贈った白銀製のルーフスの鎧には、右篭手の部分に火魔法を付与した。
アレと同じ原理だけど、ボクには使えない魔法だから、魔宝石に魔法文字を刻むのが大変だった。
障壁の魔力はカルアの物だし、アーティファクトとは呼べない物。
「魔力はカルアの物だから、使いすぎに気をつけてね?
それと、他の2つの魔宝石には、魔力の調整と制御の効果があるから、回復魔法を使う時にも効果があると思う。少ない魔力で、今までと同じ効果のある回復魔法が使えるはずだよ?
まぁ....杖だと思ってくれればわかりやすいと思う」
他の2つの魔宝石の説明もして、師匠達はさらに驚く。
作って良かったとボクも笑みを零して、カルアを見詰めた。
「....カオルちゃん。おねぇちゃん、とっても嬉しい.....本当にありがとう.....」
「うぅん。もっと早く作れればよかったんだけど、中々良い魔宝石が手に入らなくてね。その魔宝石は、このまえグローリエルと魔境を潰しに行った時に偶然手に入れたんだ。使ってくれる....よね?」
「もちろん♪ありがとうカオルちゃん♪」
「どういたしまして♪」
障壁を解いたカルアに、感謝を言われて抱き付かれる。
豊満なカルアの胸に顔を埋めると、やっぱり苦しい。
ある意味凶器だと思う。
「....私もあれくらい胸があればいいのに」
ボソリとエリーが呟いた。
ボクは別に気にしてないんだけど、エリーはとっても羨ましいらしい。
別に、胸の大きさでその人の全てが決まる訳じゃないのに、なんで気にするんだろう?
エリーの胸も柔らかくて素敵なのにね?
形だって良いし、すっぽり手に収まるからボクは好きなんだけどなぁ...
「えっと、次はエリーだね。その革のブーツは、前に贈ったグリーブの下に履くといいよ。
それには、中に2つの魔宝石を仕込んであるんだ。前に土竜が見せてくれたアーティファクトを模した物でね。履いているだけで速度があがるよ。
ちなみに、履いてるだけで魔力が溜まる優れものだから、使用時に自分の魔力の消費は無いんだ。魔力の少ないエリーには、丁度いいでしょ?」
「魔力を貯めておく事ができるのか!?」
「そうです師匠。その魔宝石は、シルフに貰った物で中々手に入らないんです。
ボクも探しているんですけど、見付ける事ができなくて....
見付けたらみんなの分も作ろうかなって思ってて....」
「そ、そんなに貴重な物を、私が使っていいの?」
「エリーだから使って欲しいんだ。エリーは、第1級冒険者に成るんでしょ?
それなら、そういう武具も必要になるよ。
オダンさんが言ってた。『運も力も必要だが、自分の命を預けられる装備が一番大事だ』って。
ボクが作った物に、エリーが命を預けてくれるなんて、とっても嬉しいよ♪」
「カオル.....」
エリーは、瞳に涙を浮かべてボクを抱き締めた。
三角耳は垂れ下がって、尻尾は忙しなく動いてる。
喜んでくれた.....のかな?
それなら、ボクも嬉しい。
エリーは強く成ってるから、本当にいつか第1級冒険者になるんじゃないかな。
「最後に、師匠にはこれを....」
「カオルちゃ~ん?なんでヴァルカンの分もあるのかしら~?」
「グスッ....そうよ!!私達にお詫びでくれたんじゃないの!?それなのに、なんでヴァルカンの分もあるのよ!!」
「これは違うんだ。これはね、師匠が大事にしてた、『イグニス』で作った物なんだ。
エリーシャ女王にも許可を取って作った物で、たまたま今渡す事になっただけで、みんなを蔑ろにした訳じゃないんだ」
「う~ん....そういう事なら、おねぇちゃんからは何も言えないわ~」
「そ、そうなの?本当に私達を蔑ろにした訳じゃないのね?」
「もちろんだよ。ボクが、大好きなみんなにそんな事するはずないでしょ?」
ボクの説得にカルアとエリーも納得してくれたみたいで、それ以上追及されなかった。
改めて師匠に篭手を渡す。
これには特別な想いを込めてある。
師匠がずっと命を預けてきた『イグニス』。
傍で師匠と共に死線を潜り抜けてきた大切な物。
だから、ボクの持て得る力。
魔工技師としての最高の力を使った。
ボクは、魔工技師の最高峰である付与師と成った。
あらゆる魔宝石に精通し、六属性の魔法だけでなく、空間魔法までもを自在に付与できる。
自身で使えない魔法も数多くあるけれど、こと攻撃魔法に関しては、この世界で一番詳しいと自負している。
全ては風竜の為に。
知識を蓄えておけば、それだけで力になる。
迎えに行くんだ。
もう1人の大切な家族を。
そのために、師匠達にも力を付けて貰う。
自分自身と、家族を守れる力を。
「師匠?装備をして、唱えて下さい。魔装【勝者】と.....」
「ああ....魔装【勝者】」
その瞬間、篭手が輝き、眩いばかりの光を放った。
産声と呼ぶに相応しい光。
指先から腕までを保護する篭手。
それが、上腕甲にまで伸びて白銀の防具が展開された。
「指と手首と肘の可動部はどうですか?きつくないですか?」
「あ、ああ.....それにしてもすごいな.....」
「部分展開しかできませんけどね。
それは、中央の魔宝石に『魔装換装』の魔法を付与したものです。
他の2つの魔宝石には、カルアと同じ魔力の調整と制御の効果が付いています。
どうですか?その.....気に入ってくれましたか?」
ちょっとだけ心配になった。
師匠は、今まで防具を纏う事なんてなかったから。
いつも剣聖の正装である赤い騎士服を着ているし、裏地は白銀の糸で防護されている。
ボクも初めて師匠からプレゼントされた防具は、革の軽装鎧だったし。
もしかしたら、板金鎧系は好きじゃないのかもしれない。
「あの....だめでしたか?」
「いや....すまない。あまりにも嬉しくて、言葉が出なかった。ありがとうカオル。大事に使わせて貰うぞ」
「師匠!!」
嬉しくて師匠に抱き付いてしまった。
あの師匠がこんなに嬉しい事を言ってくれるなんて....
作ってよかった。
カルアとエリーも嬉しそうだ。
これからも頑張って贈り物をしなきゃ。
もちろんエルミアにも。
「は~い、カオルちゃんはヴァルカンから離れてね~♪次はおねぇちゃんとデートよ~♪」
「あ、おい!?今良い所なんだぞ!?せっかく師弟の熱い抱擁をだな....」
「そんな事知らないわぁ~♪順番だものぉ~♪それじゃ、カオルちゃん?おねぇちゃんと出掛けましょうねぇ~♪」
物凄い力で師匠から離され、そのまま寝室から連れ出された。
たまにだけど、カルアに適わない時があるんだよね。
力もそうだし、なんていうか話し方とか?
師匠は、『おねぇちゃんパワー』とか言ってたけど、もしかしてカルアって物凄く強いんじゃないだろうか。
ボクや師匠よりも.....
まさかね?
「ね、ねぇカルア?どこに行くの?」
「うふふ~♪い・い・と・こ・ろ♪」
なんだかよくわからないけど、そのまま宮殿から連れて行かれた。
向かう先は第2防壁の中。
ボクは、この街に3つの防壁を作った。
宮殿と学校や宿舎があるのが第1防壁内。
冒険者ギルドや警護団詰め所。
それに、聖堂があるのが第2防壁内。
第3防壁内は今は無人だけど、各所にゴーレム君達を配置して警戒してる。
もちろん街の外もだけど。
いまや、警邏のゴーレムはおよそ3000体以上。
ボクそっくりのメイド人形君達に比べたら、できる事は本当に少ないけど、そこに居てくれるだけで安心感がある。
まだ家族と家臣と領民合わせても、3桁も人が居ないんだけどね。
いつかここも人で溢れるのかな?
自分の子供達の為に、他にも街を造らないとだし、のんびり開拓しようと思う。
ボクがそんな事考えている間に、カルアの目的地に到着したみたいだ。
そこは、ボクが造った大きな聖堂。
外壁は灰色の石造り。
屋根も同じ灰色で、窓はステンドガラスで扉は木製の茶色だ。
拝廊と身廊を大きくしたら、建物が巨大になってしまった。
3階建てなのに、3階が無い。
吹き抜けだからだ。
そのかわり、窓のステンドグラスに太陽の光が当たると、聖堂内がとても綺麗に輝くようにできた。
ファノメネルには「管理が面倒です」って小言を言われたけど、アブリルとカルアはとっても気に入ってくれたみたい。
ボク、本当にセンスが無いから、褒められると嬉しい。
カルアもここでファノメネルから司祭の勉強をするって決まったし、ボクと一緒である意味学生だね。
ただ....アブリルは完全にネコになった。
年末の感謝祭の時だけ聖都アスティエールに帰るけど、後はずっとここに住むそうだ。
本当に教皇なんだろうか。
最近は日向ぼっこばっかりしてる。
しかも、ボクが自慢にしてる白虎の毛皮の敷物の上で。
談話室の中央に飾っておいたのに、わざわざ窓際に場所を移して。
あれはボクの物なのに.....
毛づくろいを始めたら、ネコって呼んでやる。
「さぁカオルちゃん?おねぇちゃんの膝の上に座るのよ~♪」
聖堂の椅子に座り、カルアが手招きしてきた。
ちょっと恥ずかしいけど、カルアは柔らかくて気持ちいいんだよね。
だ、誰も居ないし、いいかな?
「もう♪カオルちゃんったら恥ずかしがっちゃって♪」
「だ、だって....」
「も~♪可愛いんだから♪」
煮え切らない態度のボクを、カルアが強引に手を引いた。
びっくりするくらいの力で、ボクはカルアの膝の上に座らされた。
間近のカルアの顔。
綺麗で柔らかい微笑み。
カルアと居ると、凄く安心する。
怒るかも知れないけど、母性が強いっていうのかな?
まるでお母様みたいだ。
「カルアは温かいね」
「あらあら♪カオルちゃんだって、と~っても温かいわよ~♪」
ギュッと抱き締めてくれるカルア。
おっきな胸に顔を挟まれ、一瞬息ができなくなる。
だけど、エッチな意味じゃなくて嬉しい。
温かくて柔らかくて、心地良い。
お母様も、良くボクの事を膝の上に乗せてくれたなぁ...
それで本を読んでくれるんだ。
童話だったり、短い小説だったり。
幸せな時間だった。
今も....幸せ.....
「....カルアは、ボクでいいの?」
「何の話かしら~?」
「結婚相手が、ボクみたいな子供でもいいの?カルアは綺麗だし、治癒術師だから、他にもその....素敵な男とか.....」
突然何を言ってるんだろう。
自分で言ってて悲しくなってきた。
カルアはボクを選んでくれたのに、なんで心配なんてしてるのかわかんないや。
でも....ずっと聞きたかったんだ。
カルアには聞いた事が無かったし、出会った時からグイグイボクにアプローチしてたから。
こんな風に真剣に話す機会なんてなかった。
だから....弱気になったのかも。
しばらく頻繁に会えなくなるし、この機会に話し合っておきたかった。
「おねぇちゃんはね?カオルちゃんの事が好きなの。
出会った時は、可愛い女の子みたいな男の子だなぁって思ったの.....
覚えてるかしら?
カオルちゃんが、悪い男の人に話し掛けられて怯えていた事。
あの時にね?この子は、おねぇちゃんが守らなきゃ!!って思ったのよ。
可愛いとかそういうのじゃないの。あの時に、一目惚れしたんだと思うの。
それから、ず~っとカオルちゃんを見てたの。
一生懸命で、優しくて。でも、一番はカオルちゃんがエリーちゃんを助けた事かしら?
治癒術師の先輩として言うなら、『なんてバカな事を』って注意しなきゃいけないのだけど....
おねぇちゃんは感謝してるの。
カオルちゃんが居なかったら、エリーちゃんは死んでしまっていたわ」
カルアは、話しながら泣いていた。
悲しいんじゃなくて、嬉しくて。
涙をハンカチで拭って笑ってた。
あの時は、ボクも夢中だったからよく覚えていない。
ただ助けなきゃってそれだけだった。
自分の代わりにエリーが助かるならそれでいいやって。
師匠の事も忘れて、本当に恩知らずだよね。
「だからね、カオルちゃん。おねぇちゃんは、ちゃ~んとカオルちゃんの事が大好きだから、心配しないでいいのよ?
「.....うん.....うん」
「も~♪おねぇちゃんが泣いてるのに、カオルちゃんまで泣いてたら、みんなが心配しちゃうでしょ~♪」
ボクの涙も構わずに、カルアは抱き締めてくれた。
頭を撫でて、「よしよし♪」ってまるで赤ちゃんをあやす母親みたいに。
普段は、子供扱いされると嫌だけど、今は嫌じゃない。
カルアの包容力は、やっぱり凄いと思う。
抱き締めてくれるだけで、心が落ち着く。
他の男なんて言って嫉妬してたのがバカみたいだ。
やっぱり、ボクは子供なんだ。
独占欲が強くて、我が侭で、嫉妬深くて、甘えん坊で。
そのくせ弱くて、情けなくて、ずるくて。
でも....
みんなはそれで良いって言ってくれる。
いつでも甘えて良いって。
守ってあげるって。
支えてあげるって。
知らないんだ。
みんなはボクの本性を。
ボクは、この世界に来るまで嫌な事から逃げてた。
学校でも無視されて逃げて。
あの両親を殺したゴミ達からも逃げて。
訪ねて来た人からも逃げて。
1人であの家に閉じ篭った。
ずっと孤独だった。
孤独を紛らわせる為にいっぱい勉強して、お父様とお母様が帰って来るんじゃないかって夢まで見て。
そんな事、あるはずないのに。
みんなは知らない。
ボクのこんな情けない姿を。
もし知られたら....
幻滅されるのかな....
ボクから離れて行ってしまうのかな....
怖いよ....
みんなと離れるのが怖い。
ボクは、みんなが居ないとダメなんだ。
1人だと、生きていけないんだ。
「....カオルちゃん。いいのよ?泣きたい時は泣けばいいの。
大丈夫。おねぇちゃんもみんなも、ずっと傍に居るから。1人じゃないの。
カオルちゃんには、おねぇちゃんも、ヴァルカンも、エリーちゃんも、エルミアちゃんも、フランチェスカちゃんも、アイナちゃんも居るの。
それに、他にも沢山の友達が居るでしょ?だから、大丈夫。
今は泣きなさい。
おねぇちゃんが抱き締めていてあげるから。泣きたい時はいつでもこうしてあげるから」
カルアには、わかったのかもしれない。
ボクが泣き虫で逃げ癖がある事を。
それでも良いって言ってくれた。
良かった。
傍に居てもいいんだ。
こんなボクでも、カルアは良いって。
お礼をしなきゃ。
受け入れてくれてありがとうって。
傍に居てくれてありがとうって。
「....カルア?」
「なぁに?」
「愛してる」
唇を重ねた。
感謝を伝えたくて。
親愛のキスを。
カルアはわかってくれる。
ボクの気持ちを。
ボクの、カルアに対する想いを。
柔らかい唇。
師匠よりもずっと。
家族の誰よりも柔らかいと思う。
「もう、カオルちゃんったら♪突然なんだから♪」
「エヘヘ♪ごめんね?なんだか、気持ちが溢れちゃって....」
「そんな嬉しい事言って~♪それじゃぁ~....もう一回チューしちゃうんだから.....」
「そんな事させるわけないでしょ!!」
カルアが顔を寄せてきた時、いつの間にかやって来てたエリーが割って入った。
全然気が付かなかった。
そして、ボクを強引にカルアから引き剥がし、そのまま聖堂から連れ出される。
カルアの哀しげな悲鳴が聞こえるが、振り返る暇もなくドカドカと手を引いて歩かされた。
ちょっと強引なエリー。
連れて来させられたのは、海岸だった。
特に何もする訳じゃないけど、2人で散歩した。
手を繋いで、並んでゆっくり歩く。
そういえば、エリーと2人でこんなにゆったりとした時間を過ごすのは初めてかもしれない。
いつもエリーは一生懸命鍛錬してたから。
ボクは知ってるよ?
エリーが人一倍頑張り屋さんだって事。
夜もこっそり抜け出して素振りをしているし、本当に第1級冒険者を目指している事を。
それで、ボクと師匠に劣等感を感じている事。
エリーは、自分が弱いと思ってるんだろうね。
そんな事無いのに。
ボクだって、香月家嫡子としての能力が無ければ小さい子供なんだ。
でも、ボクにはたまたま力があったし、風竜や土竜が力をくれたから今の強さがあるんだ。
恵まれてるって知ってる。
師匠からも指導を受けたし、今まで出会った人から様々な事を学ばせて貰った。
だから、ボクもエリーにいっぱい教えたんだ。
強くなりたいって願うエリーに、大剣の使い方を、魔導具の使い方を教えた。
エリーは喜んでくれた。
それに、強さも手に入れた。
まだまだ発展途上で力は足りないだろうけど、16歳って年齢を考えれば、歳相応だと思う。
だって、ルイーゼ達やヘルナ達と比べれば、エリーの強さは見劣りしないもん。
剣騎のセストとレイチェルは22歳だって言うし、経験が違うんだから比べ様もないよね。
エリーなら大丈夫。
間違った事に力を使わないだろうし、何より正義感が強いもん。
ボクと一緒で、師匠を尊敬しているから。
だから大丈夫だよ。
2人で並んで歩く。
時折ボクが砂に足を取られて転びそうになると、エリーが優しく支えてくれた。
まだ、身体が本調子じゃない事を、エリーは知ってる。
領地の開拓と決闘に次ぐ決闘で、身体に負担を掛けすぎてしまった。
一番の理由は、たぶん血を流しすぎた事だと思う。
でも、『ポーション』の効果を説明するのに、実演した方がわかりやすかったから。
そのおかげでファノメネルにもすぐに理解して貰えたし、パテントの交渉もスムーズにできた。
聖騎士教会では、既に大量生産が始まっていて、近々販売も開始するそうだ。
まずは、聖都アスティエールとエルヴィント帝国とカムーン王国の3箇所の教会で販売する。
ババル共和国は、書類手続きに時間が掛かってるみたい。
戦後間もないから、仕方ないのかもね。
ある意味敗戦国だし。
アーシェラ様が、自慢気に言ってたっけ。
「たんまりと賠償金をせしめたのじゃ!!全部カオルのおかげじゃ!!よくやったの!!」って。
ボクはただ、誰も死なせたくなかったからああしただけで、深い意味はなかったんだけどね。
ボクは弱虫だから、誰かを殺す強さが無かっただけだ。
でも、これからはそれじゃいけない。
あのゴミ達を殺せるくらいの心の強さを手に入れなきゃ、大事な人を守れない。
がんばろう。
ボクはとっくに人殺しなんだ。
あの魔物に姿を変えられてしまった人達を、ボクは殺したんだ。
だって、そうしないともっと沢山の人が死んでしまうから。
偽善だ。
わかってる。
ボクが最低な人間だって事は。
自分勝手だ。
そうだよ。
ボクは、大事な人以外がどうなろうと気にしない。
心善い人達の為に、人を殺したんだ。
それしか手段が無かったから。
そうやって、ボクは逃げたんだ。
嫌な事から全部。
見たくないものから目を背けて。
師匠やカルア達の背中に隠れて、ボクは逃げ続けてきたんだ。
でも、これからはそれじゃいけない。
いつまでも逃げて、師匠達の背に隠れて、守られて、支えられているだけじゃダメなんだ。
一緒に歩きたい。
隣を、今こうしてエリーと歩いているみたいに、人生を歩んでいきたい。
だから、もう逃げない。
立ち向かって、歯を食いしばって、我慢しなきゃ。
それで、どんな事が起きても家族を守るんだ。
辛くなったら甘えて、また立ち上がらなきゃ。
だって、ボクは師匠達と結婚するんだから。
情けなくたっていい。
泣いたって構わない。
ただ、2人並んで前を向いて生きていきたい。
いつまでも永遠に。
死が2人を分かつ時まで。
並んで、歩いて、笑おう。
ボクが黙っていたからか、エリーが心配して顔を覗き込んできた。
ニコっと微笑んで、エリーの唇に軽くキスをした。
「か、かか、カオル!?と、突然何するのよ!!」
「エリーが可愛くて、キスしちゃった♪嫌だった?」
「い、嫌な訳無いじゃない....ちょっと、心の準備ができてなかっただけよ....」
恥ずかしそうに俯くエリー。
最後の方の言葉は、小さくて聞き取り辛かった。
でも、ちゃんと聞こえたよ?
エリーはツンデレさんだからね♪
恥ずかしい時とかわざと怒ってみせて、後でモジモジしてるんだ。
本当に可愛い。
見た目もだけど、中身も本当に可愛いんだ。
「ねぇエリー?」
「な、なによ!!」
「....今度は、エリーからしてくれる?」
「えっ!?そ、それって.....き、キス....のこと?」
「うん。ダメかな?」
ちょっとイジワルだったかな?
でも、エリーならしてくれる。
だって、ボクの婚約者さんだもん。
ゆっくりとエリーに近づき、目を閉じる。
エリーが何回か深呼吸している音が聞こえ、やがて震えながら唇に柔らかい物が触れた。
ボクにはわかる。
これはエリーの唇だって事が。
今まで、何度もしてきたんだもん。
お酒を飲んだ時もいっぱいしてたらしいけど、覚えてないんだよね。
でも、わかるよ。
エリーの事だから。
「こ、これでいいでしょ!!」
「.....うん♪ありがとうエリー♪とっても嬉しいよ♪」
「こ、光栄に思いなさいよね!!この私がキスしてあげたんだから!!」
「うん。光栄だよ。エリーの伴侶に成れて、ボクは幸せだよ」
顔を真っ赤にして、エリーは踵を返してずんずん歩いて行く。
ボクは慌てて後を追い、また手を繋いで砂浜を歩いた。
太陽は真上。
あと2ヶ月もすれば、日差しのきつい季節だろう。
また2人で並んで歩きたいな。
そんな事を思う、春麗らかな陽気だった。
ご意見・ご感想をいただけると嬉しいです。
 




