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第二百十四話 贈り物

 エルヴィント帝国の帝都南側にある商業区の一画。

 そこには、24時間営業の一風変わった酒場がある。

 酒類が豊富な事から、通のお店として酒好きが良く集まるこのお店に、1人の近衛騎士と1人の冒険者が今日も酒を酌み交わしていた。

 真っ青な騎士服を身に纏っているのは、近衛騎士団長のレオンハルト。

 もう1人の、簡素な街着を着ているのは第4級冒険者のロベール。

 2人は、『黒巫女様』という神を崇める同信者である。


「「はぁ.....」」


 まったく同じタイミングで溜息を吐く2人。

 好きな酒が同じだけでなく、恋する相手も同じ。

 実は血の繋がった兄弟なのではないかと錯覚する程だ。


 そこへ、レオンハルトの親友である近衛騎士団副長アルバートと、ロベールの先輩冒険者であるウドが合流した。


 別に、待ち合わせをしていた訳ではない。

 ただ、毎日酒を飲みに来ているレオンハルトとロベールを心配して、アルバートとウドは顔を出しているのだ。

 実に仲間想いの気の善いヤツだろう。


「....また飲んでるのか?レオン」


「ロベールもだぞ。飲み過ぎて、明日の仕事に差し支えてもしらねぇからな」

 

 2人の小言もなんのその。

 レオンハルトとレベールは同時におかわりを注文し、2人の前にウィスキーが差し出される。

 おもむろにグラスを呷り一気に飲み干すと、もう一度おかわりを頼んだ。


「俺様はよ。別に、黒巫女様が伝説のドラゴンの契約者だって聞かされても驚かねぇよ。だけどよ....」


「なんで、あのオダンだけが食事会に誘われるんだよ.....」


 レオンハルトに続いて、ロベールが答える。

 なんとも息の合った2人の姿に、アルバートとウドも自分の酒を注文しつつ溜息を吐いた。


「それは仕方がねぇだろ?オダンは第1級冒険者で、香月伯爵様も決闘相手だったから誘っただけじゃねぇか」


「そうだぞ?俺達冒険者にとって、第1級冒険者は雲の上の存在だ。そんなこと、ロベールだって知ってるだろ?」


 落ち込む2人を慰めようと、アルバートとウドが諭す様に話す。

 もちろん、レオンハルトとロベールにも、そんな事はわかっている。

 わかってはいるが、やはり嫉妬してしまう。

 2人にとって、黒巫女様ことカオルの存在は、神にも等しき存在なのだ。


 カウンターから店主(マスター)に追加の酒を差し出され、4人はグラスを打ち付けた。


 何に乾杯なのかもわからないが、なんとなくそうしたかった。

 そうでもしないとレオンハルトとロベールの暗い雰囲気に、アルバートとウドまで飲まれそうだった。


「俺様も冒険者に成れば、黒巫女様と食事できるんだろうか....」


「おいおい。食事したいからって、今の仕事を投げ出すのか?レオンの愛する黒巫女様は、そんな事望んでねぇだろ?」


 さらりと気弱な事を口にするレオンハルトを、アルバートが窘める。

 隣でロベールも気弱な事を言い出し、慌ててウドが諭していた。


「....はぁ。俺様は、どうしたらいいのかわからねぇよ」


「俺も.....いつかお礼を言おうと頑張ってるけどさ.....

 やっと第4級冒険者だよ.......

 俺なんかが受けられるクエストじゃ、どう足掻いたって第1級冒険者になんて成れねぇ....」


「そりゃ....国家クラスの災害でもなきゃ、第1級冒険者は無理だけどよ.....

 それでも、準1級にはいつか成れるじゃねぇか。

 力を付けて、コツコツやればいいんだよ。

 そんな急いでると、早死にしちまうぞ?」


 ロベールの事を心配し、ウドが先輩冒険者として警告を促す。

 アルバートも同意し注意するが、ロベールは心ここに在らずといった感じで、グラスを見詰めていた。


「なぁ、アル?なんか、良いアイデアねぇのかよ?」


 他力本願なレオンハルト。

 やつれた顔から察するに、今の彼にいつもの覇気は微塵も感じられない。

 アルバートは、そんなレオンハルトの姿を直視できず、言おうか迷っていたある提案をした。


「なぁ、レオン?今日よ。お前が帰った後に、陛下からある相談をされてよ。実は....おい!!お前達も、今日だけは内緒にしておけよ!!」


 酒場の他のテーブルで聞き耳を立てていた男達に注意を促し、アルバートは告げた。


「....『定期的に、武術大会を開くのはどうじゃ?』って相談されたんだよ。

 それで、俺は良い案ですねって答えたら、『やはりそう思うかの!!ふむ....では決まりじゃな』ってな。

 それで、今後年に2回、武術大会を開く事に決まったらしいぜ?

 なんでも、ロラン財務卿からの進言があったらしい。

 大方、目減りした国庫を危惧しての事だと思うけどな」


 アルバートの言葉に、その場に居た誰もが息を飲んだ。


 武術大会。


 その言葉の響きだけで、男達の中で血湧き肉躍るものを感じる。

 だって男の子だもの。


「......それがなんだってんだよ」


「レオン!?お前わかんねぇのか!?武術大会って事はよ。優勝したら褒美が出るだろ!?」


「.....そういう事か。レオンハルトさん。アルバートさんが言っているのは、優勝して皇帝陛下に願い出れば良いって事だよ。

 香月伯爵様と食事の機会をって!!それが無理なら、香月伯爵様の領地への入領許可とか!!」


 アルバートの意を汲み取り、ウドが説明する。

 その言葉にレオンハルトとロベールが身体を震わせ、周囲の男達までもが立ち上がった。


「うぉおおおおおお!!!!俺様はやるぞ!!!絶対に優勝してやる!!」


「俺だって負けねぇ!!!!勝って、黒巫女様と食事するんだ!!!」


「褒美!!!こんな鬱屈とした生活なんておさらばだ!!!」


「今日の負けを取り戻すぞ!!!!」


「「「「「オーーーーーー!!!!」」」」」


 どうやら、周囲で飲んだくれていた男達はヘルマンに賭けた冒険者達だったようだ。

 やる気を取り戻したレオンハルトとローベルを見上げ、アルバートとウドはグラスを傾ける。

 「チンッ」と小気味良い音を立てたグラスには、薄茶色のウィスキーが揺らめいていた。











 園遊会翌朝の香月伯爵領。

 晴れやかな空の下、当主のカオルはヴァルカンと連れ立って警備団詰め所を訪れていた。


「ゴホッゴホッ....」


 初めて見るカオルの咳き込む姿に、ヴァルカンが慌てて背中を擦る。

 カオルは「ありがとうございます」とお礼を述べるが、顔色が悪い事にヴァルカンは心配になった。


「....大丈夫か?カオル」


「はい。ちょっと疲れているだけだと思います。優しい師匠が傍に居てくれますから、大丈夫ですよ♪」


 おどけてみせるカオル。

 その顔はどこか青白く、いつものキレを感じない。

 ヴァルカンが「少し休んだらどうだ?」と、窘めるが、カオルは「大丈夫です」と強がって答えた。


 しばらくして、警備団詰め所の1階のフロアにルイーゼ達を集めたカオルは、1人1人にある物を手渡した。


「みんなのために、防具を用意しました。警備団員だけが纏える防具です。気に入ってくれると、とっても嬉しい♪」


 カオルがルイーゼ達に手渡した物。

 それは、ひと揃えの防具(ユニフォーム)だった。


 折り重ねたサラマンダーの皮製の革鎧に、ワイバーンから剥ぎ取った鱗を縫い付けた、(スケイル)(アーマー)

 聖騎士の5人には以前見せた物であるが、左利きのジャンヌ用に、左ではなく右肩に肩当てが付けられている。

 一方のヘルナ達4人には、軽装を好むアマゾネス用に、一部改良されていた。

 脇腹の保護を無くし、腰当ても軽量化されている。

 所謂ビキニアーマーなのだが、それよりは防護箇所が多い物。

 そして、防具の中で一際目を引くのは、篭手(ガントレット)鉄靴(サバトン)だろう。

 白銀(ミスリル)製のとても高価な一品だった。


「これ....白銀(ミスリル)ですよね?」


「うそ!?これが白銀(ミスリル)なの!?」


「そうだよ絶対!!」


「当主様が装備してたのと同じ色だ.....」


白銀(ミスリル)って、とっても高いんでしょ!?」


「そうね....篭手と鉄靴合わせて、1千万シルド以上はするかな?」


「ホンマやね....」


「うちらやと、一生掛かっても買えへんやろうね」


「歩く白金貨だね」


 篭手と鉄靴を手に取りはしゃぎ回るルイーゼ達。

 あまりの騒がしさにヴァルカンが咳払いをすると、一斉に並んで直立不動に戻った。

 防具に喜ぶ女性というのもなんとも言えないが、どこからどうみても可愛らしい女性達だ。


「それは、ボクからみんなに下賜します。だけど、たとえその防具どれだけ高価であろうと、みんなの命の値段には換えられないからね?それだけは覚えておいて」


 慈悲深いカオルにそう言われ、ルイーゼ達は胸が熱くなる思いだった。

 人の命はお金に換えられない。

 この世界での人の命はとても安い。

 少女がたった8万シルドで買える世界。

 なんという愚かな世界だろうか。


「それと、サラの篭手(ガントレット)は少し変わってるから、慣れるまでは無茶しないでね?」


「は、はい!!」


 闘武という格闘術を使うサラの篭手は、護拳(ナックルガード)が独特の形状をしていた。

 指先は他の皆と同じ構造なのだが、拳を握ると凹凸が無くなる。

 直接肌に触れる革地は多重構造をしており、中に鉛が入っている。

 多少の威力上昇と、拳のダメージを軽減できるだろう。


「あとは、これを渡しておくね」


 アイテム箱から取り出したのは、格闘剣(ジャマダハル)と言われる短剣であった。

 刀身と垂直に、鍔とは平行に伸びた握り。

 手に装備すると、拳の先に剣身が伸びるように装着されて、斬るというより突き刺す事に重心を置いた構造をしていた。


「これも....白銀(ミスリル)だ....」


「うん。打撃が効かない魔物とか魔獣も居るからね。よかったら使って欲しい」


 二振りの格闘剣(ジャマダハル)をサラに手渡し、カオルはニコリと微笑んだ。

 またも高価な白銀(ミスリル)製の物を手渡され、サラはうろたえてヘルナに視線を移す。


「サラ。ご当主様から下賜された物なんだから、大事にするんだよ?」


 アマゾネス4人の中で、一番の年長者であるヘルナは、アガータ・イザベラ・サラの義姉のような立場であった。

 ヘルナに言われ、サラは一度ジャマダハルに視線を戻し、潤んだ瞳でカオルを見上げた。


「こ、こんな素敵な物をいただいて.....ありがとうございます。ご当主様」


「いいんだよ♪大変な仕事だけど、がんばってね♪」


 跪くサラの頭を、カオルは優しく撫でた。

 昨夜は、警備団詰め所に併設する宿舎の大きなお風呂で泡々を堪能したサラの髪は、とてもさらさらで柔らかく、どこかのネコの様であった。


「それと、みんなの分も用意してるからね♪」


 続々とアイテム箱から武器を取り出し、1人1人に手渡していく。


 ルイーゼとルイーズの姉妹には、大剣(クレイモア)曲刀(サーベル)を。

 ジャンヌには、左利き用にグリップを改良した片手剣(ブロードソード)小盾(バックラー)を。

 シャルには、片刃の矛である片刃槍(グレイブ)を。

 セリーヌには、長弓(ロングボウ)突剣(レイピア)を。

 ヘルナには、先端を膨らませて重量で斬る大剣(イウルーン)を。

 アガータには、穂先が三叉の突槍(パルチザン)を。

 イザベラには、二振りの手斧(トマホーク)を。

 

 そして、最後に全員へ短剣(チンクエディア)を手渡した。


「武器も防具もボクが作った物だよ。今から1つだけ、約束をして欲しい」


 全て白銀(ミスリル)製の武器達。

 防具も合わせて莫大な金額になるが、ルイーゼ達が持ち逃げするなんてカオルは考えてもいない。

 万が一盗まれても、それはそれで良いと思っていた。


 カオルはそれを手渡し、1つだけ約束をさせる。

 それは、鍛冶師としての我が侭。


「....どうかその武器の矛先を、ボクの愛する人には向けないで。家族や、生徒達。それと、ボクの知り得る心善い人達。もちろん、ここに居るみんなも....どうか、お願い....」


 悲痛な面持ちで頭を下げるカオル。

 ルイーゼ達にはしっかりと伝わった。

 カオルの想いが。


 カオルは、嫌なのだ。

 自分が作った武器で、家族や皆が傷付けられる事が。


 それは、オナイユの街で暮らす金物屋のシルの話し。


 シルは、生存する唯一のダマスカス鋼の錬鍛師だった。

 だが、ある日シルが作り出した武器で、愛する家族を殺されてしまった。

 カオルは、それを聞いてショックを受けた。

 害ある者を倒すべき武器が、自分の家族に向けられる。

 カオルには耐えられない。

 それでも、カオルは強い意思を持って、ルイーゼ達に託した。

 蒼犬のルチアとルーチェの時と同じ、ルイーゼ達は仲間なのだ。

 自分の心にそう言い聞かせ、カオルはルイーゼ達に武器を贈った。


 正直、今でも怖い。


 もし、ルイーゼ達の武器が心無い者の手に渡ってしまったら....

 もし、その武器が家族を傷付ける事に使用されたら.....

 カオルは、正気で居られる自信が無い。

 それでも、カオルは信じたい。

 そして、ルイーゼ達自身を守る為の武器が欲しい。

 だから心の葛藤を抑えて、ルイーゼ達に武器を渡す事を決めた。

 

「カオル....」


 全てを知るヴァルカンが、ルイーゼ達に頭を下げるカオルの頭を撫でた。

 思い詰めた顔で。

 それでも、どこか笑顔で。

 瞳に涙を滲ませて。


「.....ご当主様。必ず、お約束します。この刃を、けしてご当主様の愛する者へ向けはしないと」


「私も....」


「私もです....」


 ルイーゼ達も口々に約束し、涙を流すカオルに敬礼を贈った。

 冒険者であるヘルナ達の敬礼は、どこかぎこちないものの、意思はしっかりとカオルに届いた。

 

「ありがとう」


 グシャグシャの顔でカオルはお礼を告げた。

 だが、限界が来た。

 

 カオルが突然盛大な咳をし始め、その場に蹲る。

 ヴァルカンが慌てて抱き抱え背中を擦るが、カオルの咳は止まらない。


「カオル!?大丈夫か!!カオル!?」


 ヴァルカンの叫びに緊張感が高まる。

 ルイーゼ達はどうしたらいいかわからずに、アワアワとうろたえてしまった。


「ゴホッゴホッ....だ、だい....じょう.....ぶ.....です。急に咳が....ゴホッ!!」


 咳をした時に喉が切れたのか、少量の血が口から零れる。

 ルイーゼ達は益々うろたえてしまい、右往左往と慌て始めた。


「もういいから、カオルはそれ以上しゃべるな!!まったく、昨夜寝ないでこんな物を作っているからこういう事になるんだぞ!!」


「エヘヘ....でも....みんな.....喜んで....くれました....」


「しゃべるなと言っただろう!?すぐにカルアの下へ行くぞ!!お前達!!後の事は、自分達でできるな?」


「「「「「「「「「は、はい!!」」」」」」」」」


「良い返事だ。カオルの想い、無駄にするんじゃないぞ!!」


 カオルを抱き抱え、ヴァルカンは警備団詰め所を後にした。

 残されたルイーゼ達は、カオルから贈られた武器と防具を見詰め、ある決心をした。


 『心優しきカオルの為に、生涯を尽くそう』と。


 だから、今はできる事をやろう。

 

「....鍛錬しよう」


「そうやね....」


「ご当主様の為に」


「「「「「「うん!!」」」」」」


 出会って間も無い元聖騎士と冒険者の総勢9人。

 カオルから贈られた武具を纏い、日が暮れるまで鍛錬をしていた。












 慌てたヴァルカンに抱き抱えられたカオル。

 今はカルアに回復魔法で治療をして貰い、自分の寝室のベットで寝かされていた。

 周りには家族全員が集まっている。

 カオルは恥ずかしそうにシーツを被り、目線をチラチラとヴァルカン達に送った。


「カオルは、しばらく安静にする事だ!!」


「そうよぉ~!!おねぇちゃんびっくりしちゃったんだから~!!」


「過労だなんて、ホントカオルは私が居ないとダメね!!」


「カオル様?トイレに行きたくなったら、すぐに言ってください。お連れいたします」


「あ、あのあの!!お、お腹が空いたら言ってください!!ご主人様のために、美味しいごはんをお作りします!!」


「ご主人。アイナ、添い寝する?」


 叱る年長者達に、ツンデレエリー。

 エルミアはトイレで何をするのか見え透いているが、フランチェスカはやはり良くできたメイドだ。

 アイナは言うが早く、既にカオルのベットに潜り込んでいる。

 あっという間にカオルのベットへ乗り込むヴァルカン達。

 カオルの手足や頭を我が物とし、アイナはカオルの上に跨っていた。


「....あのね。ボクが悪いのはわかったけど、そのね?ちょっと動けないというか....そのね?」


「うるさいぞ。カオルは今、オシオキをされているんだ。大人しく受け入れろ」


「そうよ~♪カオルちゃんは、黙っておねぇちゃんのものになっちゃえばいいの~♪」


「ちょ、ちょっとカオル!?む、胸に手を入れないでよ....そ、そういうのは2人きりの時に....ゴニョゴニョ」


「っ!?カオル様!!私の胸もどうぞ!!エリーより、断然柔らかくて形も良いですよ!!」


「ご、ご主人様!!わ、私にもお情けを....」


「ご主人?アイナ、腹筋がんばった。褒めて?」


 やりたい放題のヴァルカン達。

 別に、カオルが自分からエリーの胸元に手を入れた訳ではない。

 偶然入ってしまったのだ。

 無い乳は胸元がパカパカとしてしまう。

 それは自然の摂理だ。


「ちょ、ちょっとみんな!?きゅ、急に胸を押し付けなくても....ぐぅ....カルア.....ボク息ができなく.....し、死ぬぅ....」


 身体中を蹂躙され、カオルの意識が薄れて行く。

 他人から見れば幸せな光景でも、当の本人からすれば苦痛以外の何物でもない。

 特に病人に対してはやってはいけない。

 今、カオルは三途の川を渡りそうだ。


 そこへ....


「なんじゃ?倒れたと聞いて心配しておったのじゃが、楽しそうじゃの」


「あらあら~♪カオルちゃんと遊んでるのねぇ♪私も混ぜて~♪」


 皇帝アーシェラと女王エリーシャがやって来て、カオルとじゃれ付くヴァルカン達に仲間入りした。

 一緒にやって来た皇女フロリアと女王ディアーヌは羨ましそうにヴァルカン達を見詰め、ようやくカオルからヴァルカン達が離れた所へ、コッソリ第一王女ティルと第二王女エメの2人がカオルに抱き付いた。


「はぁはぁ......たすかっブフ....」


 カオルの安寧の地はここではなかった。

 ここは魑魅魍魎共が集まる住処だったようだ。


 遠ざかる意識の中、カオルが最後に耳にした言葉は、ティルとエメの2人を叱るヴァルカン達家族の言葉だった。
















 BADEND















 とは、もちろんならない。

 ようやく意識を取り戻したカオル。

 「ベットの上でごめんなさい」と謝罪をすると、アーシェラ達は特に気にした様子も無く、備え付けの椅子に腰掛けフランチェスカとアイナが淹れた紅茶を飲み始めた。


「それにしても、良いところじゃな。来る度に建物が増え、居心地が実に良いのじゃ。ここへ帝都を移そうかの?」


「あらぁ~♪それは名案ねぇ~♪いっその事、ここを独立国家にして、私も一緒に住んじゃおうかしらぁ~♪」


「うむ。それも良いの。3つの防壁を持つ程の堅固な街じゃ。わらわも亡命でもするかの」


 とんでもない事を言い出すアーシェラとエリーシャ。

 冗談なのか面白半分なのかわからないが、この2人なら本当にやりそうで怖い。

 もしこの場に公爵達やアゥストリが居たら、卒倒してしまうのではないだろうか。


 当然、ヴァルカン達に戦慄が奔り、ディアーヌ達は戦々恐々としている。

 嫡女であるフロリアやティル、エメ達はなぜか満更でもない表情をしており、将来カオルが本当に国王にでもなったらと夢を描いている様だ。


「う~ん...ボクにその気が無いので、たとえ冗談でもそんな事はありえないですよ。

 それに、ボクが王様に成ったら家族みんなは王妃様になってしまいます。

 確かに可愛くて綺麗な家族ですけど、ボクは独占欲が強いですから、国民達に家族の姿を見られただけで嫉妬してしまいます。

 独裁政治しますよ?誰も幸せに成らない未来しか、想像できません」


 真面目に答えるカオル。

 カオルに容姿を褒められて、ヴァルカン達は頬を赤く染めてモジモジと照れている。

 そして、カオルの口から嫉妬という言葉が出て、フロリアとディアーヌは驚きつつも、嬉しそうに口元を歪めていた。

 将来カオルと添い遂げる未来があれば、愛しのカオルが嫉妬してくれるのだ。

 嬉しくないはずが無いだろう。

 女性とは、そういう生き物なのだから。


「ふむ....カオルがその気ならば、ありえない話しでもないのじゃがの」


「そうねぇ~♪カオルちゃんには力があるものねぇ~♪」


「ボクに力があったとしても、ボクの子供達に受け継がれる力なんてありませんから。

 それに、ボクはここが気に入っています。希代の皇帝と言われるアーシェラ様が治めるエルヴィント帝国は、とても良いところです。

 気の良い人も多いですし、何より、アーシェラ様自身が素敵な女性です。

 だから、リアも素敵なんでしょうけどね?」


 アーシェラの隣で椅子に座るフロリアへ向けてカオルは微笑む。

 ちょっと意地悪な顔をしていたが、フロリアは耳を赤く染め上げて、モジモジと両手を何度も組み替えていた。


 それがカオルの手口だ。

 

 衆人観衆の下相手を褒め称え、自分に好意がある事を知りながら相手の心を擽る。

 なんという策士に育ってしまったのだろうか。

 この場に居る女性達に、カオルを否定する事はできない。

 なぜなら、カオルはだれかれ構わず篭絡してしまう美少女(びしょうねん)なのだから。


「か、カオル様!!あ、あの.....」


 何か言おうと立ち上がったフロリア。

 ヴァルカン達の視線が集まる中、カオルはおもむろにアイテム箱から服を取り出す。

 それは、以前アーシェラ達から依頼された服。

 決闘後だというのに昨夜眠らなかったのは、ルイーゼ達の武器や防具だけではなく、アーシェラ達の服も作っていたからだ。

 これにはさすがのヴァルカン達も怒り出し、カオルを取り囲んで叱責を始める。


「...カオル。どういう事か説明してもらおうか。事と次第によっては、私は怒るからな」


「カオルちゃ~ん?おねぇちゃんは、怒ってるからねぇ~?」


「カオルのバカ!!」


「.....オシオキだけでは許しません。カオル様は、何を考えているのですか?」


「ご主人様は、私達が心配するなんて考えていらっしゃらないのですか!?」


「ご主人!!メッ!!」


 当然の結果にカオルは苦笑いをしつつも、「ありがとう」と感謝を述べた。

 自分の心配をしてくれる人が居るという事は、単純に嬉しい。

 カオルはできる子だ。 

 だから、ヴァルカン達にも赤いバラを模したコサージュを贈り、事なきを得た。

 それで許すヴァルカン達もどうかと思うが、既にカオルに篭絡されており、それ以上の叱責は無かった。


「アーシェラ様。エルノール様達のジャケットも作っておきましたから、渡しておいてください」


「....うむ。カオルの心使いは感謝するがの....じゃが、身体には気を付けるのじゃぞ?」


「はい。2~3日も療養していれば、身体は元に戻るとカルアからも言われています。それと、しばらくの間、ボクはカムーン王国へ行って来ます。例の件、よろしくお願いしますね?」


「わかっておるのじゃ」


 カオルから大量の服を受け取り、アーシェラが頷く。

 なにも聞かされていないヴァルカン達が慌ててカオルに詰め寄り、どういう事か説明を求めた。


「...実は三ヶ月の間だけ、ボクはカムーン王国の王都にある騎士学校に通わせていただく事になりました。

 全寮制なので、しばらくの間みんなの傍に居られません。

 師匠が学んだ学び舎で、ボクも師匠と同じ勉強をするのです。

 ボクに足りないものは経験と知識。

 同年代の多く集まるかの場所で、一回りも二回りも成長して帰って来るつもりです。どうか、ボクの我が侭を許して下さい」


 カオルがずっと考えていた事。

 それは、家族を守れる心の強さを手に入れる事。

 戦闘能力だけではいけないのだ。

 カオルは、既に1度失敗している。

 自分のせいで風竜を失ってしまった。

 あの時、『ego(えご)黒書(こくしょ)』に囚われてさえいなければ、カオルは傷付く事も無かったし、風竜を身替りにする事も無かっただろう。

 ずっと後悔していた。

 今だって後悔している。

 あの時、もっと気をつけてさえいれば安易に魔導書(グリモア)なんて危険な物に触れなかっただろう。

 単に経験不足。

 危機感不足。

 それは己が未熟だという証拠。

 これから先、家族を守る為に必要なものは戦闘能力だけではない。

 だから、エリーシャとアーシェラに頼み、同年代の集まるカムーン王国の騎士学校へ留学するのだ。

 

「....風竜の件か?」


「はい。もちろんそれもあります。

 カムーン王国に貯蔵される数多の本から、ボクは『水竜王リヴァイアサン』と『火竜王バハムート』の情報を探したいと思います。

 カムーン王国には、考古学者が居ると聞きました。もしかしたら、何かの手掛かりが聞けるかもしれません。

 それに....ボクが弱い理由を、師匠ならご存知だと思います。

 だから.....行かせてください....」


 ヴァルカンは知っている。

 カオルが優し過ぎる事を。

 そして、甘い事を。


 決闘でもそうだった。


 真剣試合だというのに、カオルは誰の命も奪ってはいない。

 当然それは良い事だと思っている。

 だが、今後はそんな甘い事を常にできるという保証は無い。

 もしカオルの家族が人質に取られる様な事態になったら?

 殺すことを躊躇して、誰かの命が奪われれば、カオルは自分を責めるだろう。

 最悪、自ら命を絶つ事だってありえる。


 それに知っている。

 カオルがずっと後悔している事を。

 夜空に浮かぶ月を眺め、夜な夜なカオルが泣いている事を。

 ならば、カオルを信頼する自分ができる事をしなければいけない。

 心を鬼にして、カオルを送り出そう。


 たった三ヶ月だ。


 これから先何年も一緒に居るのだから、三ヶ月くらい我慢しようじゃないか。

 カオルがいない間に、自分達も強くなろう。

 守るだけではなく、守られる存在に。

 2人で並んで歩けるように。

 庇護者ではなく対等に。

 親子ではなく、夫婦に。

 カオルが安心して学べる環境を、自分達で作ろう。

 それが、自分達が今できる全て。

 だから.....


「.....わかった。ただし、3つ約束してもらう。

 1つ、毎日夜に連絡する事。

 1つ、週末の休みには、できるだけ顔を見せに来る事。

 1つ、必ず無事に戻る事。それだけ約束しろ」


「ちょっとヴァルカン!?だめよ!!おねぇちゃんはぜ~~ったいだめだからね!!」


「嫌よ!!カオルの傍に居られないなんて!!」


「カオル様にもしもの事があったら、どうするつもりですか!?」


「ご、ご主人様のお世話ができないなんて嫌です!!」


「アイナも一緒に行く!!!」


「....お前達にもわかるだろう?カオルは既に決めたんだ。

 だったら、それに従うのも妻の役目。

 カオルがいない間、この領地を守り、栄えさせる。

 そして、カオルが帰って来たら温かく迎える。

 それができないならば、婚約者なんて無理だ。指輪を外してカオルに返すんだな」


 自分が一番辛いはずなのに、ヴァルカンの声は力強いものだった。

 カルア達にだってわかっている。

 それでも、カオルと離れたくはない。

 毎日愛を囁かれたいし、スキンシップもしてほしい。

 カオルという存在は、ヴァルカン達にとっても無くてはならない存在なのだから。


「....ごめんね、みんな。もう決めたんだ。

 だから、待ってて欲しい。

 みんながもっと愛してくれるような、強い男になって帰って来るから。だから、これはけじめ」


 アイテム箱から黒短剣(バゼラード)を取り出し、自らの長い髪の毛をバッサリ切り捨てる。

 ヴァルカン達の小さな悲鳴が聞こえるが、その時には髪は切られた後だった。

 

 アーシェラやエリーシャは黙って見守る。

 昨夜カオルから相談された時に、こうなる事は予想していた。

 だが、まさか髪を切るとは思っていなかった。


 腰まであった黒髪が、肩口の辺りで切り分けられた。

 パラパラとベットの上に流れ落ちる黒髪は、舞い散る初雪の様に幻想的だった。


「カオルちゃん.....」


 ポトリと涙が零れ落ちる。

 カルア達にも伝わった。

 カオルが、どんな想いで留学を言い出したのか。

 ヴァルカンに師匠命令と言われ、ずっと切らずにいた長い黒髪。

 時にエルミアに蹂躙され続けた髪は、今やベットの上とカオルの手の中にある。

 カオルの意思の強さが、それに現れていた。


「師匠、お約束します。だから、待っていてくださいね?」


「ああ。だが、金輪際髪を切る事は禁止だ。わかったな?」


「.....はい」


 やはり、ヴァルカンはカオルの長い髪が好きなようだ。

 師匠命令に背いてしまったカオルに、否定などはできなかった。

 たかが髪。

 されど髪。

 カオルは、両親と同じ黒髪に誇りを持っているが、別に長く無くてもいいんじゃないかと常々思っていた。

 容姿も男らしくなく、長い黒髪のせいで女性に間違われてきた。

 とは言っても、髪を切ったくらいで男らしくなるはずもなく。

 肩までの長さの今のカオルは、どこからどう見ても女の子だ。


「カオルちゃん。おねぇちゃんは、やっぱり離れたく無いけど....でも、カオルちゃんの思いに答えたいの....だからね?この髪はおねぇちゃんが大事にあずか....」


「私も!!」


「私もです!!カルア姉様だけには渡しません!!」


「わ、私もご主人様の髪が欲しいです!!」


「アイナも!!アイナも!!」


「カオル様!!私もです!!」


「私も!!」


「主様の髪....」


「コクン」


 いつの間にかカオルの髪争奪戦が始まり、ヴァルカン達家族とフロリアやディアーヌ。

 ティルとエメまで参戦し、熾烈な戦いが繰り広げられる。

 結局等分に分配し、各々が大事そうにカオルの髪を占有した。

 男の髪を貰って何に使うのか。

 それは腐女子にしかわからない。


「なんだかよくわからぬが、カオルの髪の毛にはご利益でもあるのかの?」


「きっとぉ~♪持ってるだけでぇ~♪可愛く成れるのよぉ~♪」


 微笑ましそうに争奪戦を見ていたアーシェラとエリーシャ。

 カオルの髪を手にした者達が、嬉しそうに破顔している様に、くだらないご利益を当て嵌めて見ているのだった。










 そんな中、影でこっそりカオルの髪を手に入れた2人の姿が。

 犬耳と尻尾をピコンと立たせた剣聖フェイと、エルフ特有の尖った耳を赤く染めた剣騎グローリエル。

 本当にカオルは罪作りな男だと、教皇アブリルの代理で来ていたファノメネルは思っていた。


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