第二百十三話 園遊会
香月カオル伯爵領に、新たに開拓された街がある。
街の名前は『ソーレトルーナ』。
ラテン語で太陽と月という意味だ。
命名者は語る。
「春の陽だまりの様に柔らかく、秋の月の様に優しい人が集まって欲しい」
なんともロマンチックな想いの篭った名前だ。
そんな街の、春麗らかな日和の午後。
第二外壁の中で、盛大な催しがされていた。
『園遊会』と名付けられたその催しは、新興貴族の伯爵家にしては考えられない様な高貴な身分の者達が参加していた。
エルヴィント帝国の皇帝アーシェラ・ル・ネージュ。
同国の皇女フロリア・ル・ネージュ。
同国の財務卿アラン・レ・デュル公爵。
その嫡女にして宮廷魔術師のクロエ・レ・デュル次期公爵。
同国の元法務卿エルノール・ラ・フェルト。
その嫡女にして剣騎グローリエル・ラ・フェルト公爵。
同国の外務卿ヴェストリ・ド・ラル公爵。
同国の宮廷魔術師筆頭兼魔術学院長アゥストリ。
続いて、隣国カムーン王国の女王エリーシャ・ア・カムーン。
同国の第1王女ティル・ア・カムーン。
同国の第2王女エメ・ア・カムーン。
同国の剣聖フェイ。
その他犬耳族の女性騎士2名。
続いて、聖騎士教会教皇アブリル。
同聖都のファノメネル枢機卿。
同聖都の聖騎士ルイーゼ。
同聖都の聖騎士ルイーズ。
同聖都の聖騎士ジャンヌ。
同聖都の聖騎士シャル。
同聖都の聖騎士セリーヌ。
続いて、アルバシュタイン公国の女王ディアーヌ・ド・ファム。
同国のカテリーナ・エ・ルワン子爵。
そして、領主の香月カオル伯爵。
元カムーン王国剣聖にして婚約者ヴァルカン。
聖騎士教会の治癒術師兼助祭にして婚約者カルア。
準2級冒険者にして婚約者エリー。
エルフの里の王女にして婚約者エルミア・リンド・メネル。
メイド長にして婚約者フランチェスカ。
メイドにして婚約者アイナ。
最後に、遠くイシュタル王国所属の冒険者。
第1級冒険者のオダン。
第2級冒険者のヘルナ。
準2級冒険者のアガータ。
準2級冒険者のイザベラ。
第3級冒険者のサラ。
総勢36名が、香月伯爵の招待した宴を楽しんでいた。
次々とカオルに良く似た人形達が料理を運ぶ。
白銀色の長い髪を靡かせて、赤や黒のメイド服を身に纏い、肌は血色の良い肌色。
表情はとても穏やかで、ニコリと笑えば朗らかな笑みが生まれる。
全てはカオルが作り出した物。
ヴァルカンから、「全身が白銀のままでは可哀想だ」と指摘され、カオルが髪の毛以外を変異させたのだ。
今では、どこからどう見ても可愛らしいメイドの少女。
会話する事はできないが、身振り手ぶりで一生懸命意思疎通を図る姿は、実に健気である。
そんな中、聖騎士教会が集まるテーブルでは、ネコの様な教皇アブリルが、魚を主体に貪り食べる。
それをファノメネルが注意しながら、隣では女性聖騎士の5人が護衛任務もそこそこに料理に手を伸ばす。
隣のテーブルでは、カムーン王国の面々が美味しい料理に舌鼓を打ち、女王エリーシャが近くの皇帝アーシェラと談話を繰り広げていた。
「ガハハ!!いやぁうめぇな!!こりゃぁ酒が進むわ!!」
「これ!!ヴェストリ!!それは私の肉だぞ!!」
「ガハハ!!早い者勝ちに決まってんじゃねぇか!!」
「はいはい。私の肉を分けますから、アランは落ち着いて下さい」
「うぅむ....」
「ハッハッハ!!いやぁ実に美味しいですな!!やはり、カオル殿が作る食事は美味しい!!このアゥストリ、友として嬉しく思います!!」
「「モグモグ....」」
なんだかんだで仲良さげな公爵達。
なぜか自慢げなアゥストリと、黙々と食事を続けるグローリエルとクロエ。
フロリアはずっとカオルを気にしていて、食事もそこそこにカオルの姿を目で追っている。
「クッ....エリー!!あのネコだけには負ける訳にはいかないぞ!!」
「わかってるわ!!今日こそ.....勝つ!!」
アブリルに対抗意識を燃やすヴァルカンとエリー。
物凄い勢いで魚が消えて行くが、すぐに人形達が追加を運んでくる。
「あらあら♪エリーちゃんったら♪」
「まったく、はしたないです。カオル様の婚約者という自覚が無いのでしょうか」
ヴァルカンとエリーの姿に苦言を漏らすエルミア。
カルアはエリーの口元を何度も拭い、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「アイナ....」
「お姉ちゃん....」
どこか落ち着かない様子のフランチェスカとアイナの2人。
それもそのはず、カオルが人形達と調理をしているのに、メイドの2人はここに座らされている。
カオルの命令なので仕方が無いのだが、居場所なさげな2人はとても可哀想だ。
「.....」
寡黙なオダンは、ゆったりとした滑らかな動作で食事を口に運び、アマゾネスの4人がいくら騒がしくても注意する事はない。
鬱陶しいと思っているのかすらわからないオダンに対して、アマゾネス達は無視をする事に決めていた。
余計な気を使う事を嫌ったのだ。
「やばい!!何この料理!!超美味しいんだけど!!」
「うちも初めて食べるわぁ....」
「ホンマやね.....ここに住んどったら、毎日こない料理が出てくるらしいで?」
「.....太るね」
「「「.....」」」
無い乳サラの一言で、ヘルナと、アガータと、イザベラの3人も黙る。
そこへ、人形がテーブルの上へたった今運んだタラの香草焼きから、食欲を誘う良い匂いが。
香草特有の良い匂い。
見た目は程好く焦げ色が付いて、魚の旨味が油と共にジワッと溢れている。
付け合わせのグリーンリーフが彩り良く、見ているだけで涎が出てきた。
4人は無言で手を伸ばし、食事を続けた。
食事の手を休めないところをみると、後でダイエット兼修練をする事は明白だろう。
そんな中。
とても静かなテーブルがあった。
「.....」
「.....」
褐色の肌に尖った耳のダークエルフと、エルフの女性の計2人。
アルバシュタイン公国の女王ディアーヌと、同国の子爵カテリーナだ。
カテリーナは、先の戦争で真っ先にアルバシュタイン公国から逃げ出した貴族の1人。
自領の領民達を引き連れて、エルヴィント帝国に保護を願い出た。
それをアーシェラは快く受け入れ、戦争が落ち着くまで匿っていた。
無事に戦争は終結し、今後アルバシュタイン公国復興の際には、女王ディアーヌと協力してなければならない。
その初顔合わせが、なんとこの園遊会であった。
アーシェラにとっては、物のついで。
特に深い意味は無かったのだが、当のカテリーナにとっては大変面白く無い。
なにせ、大公家の人間が生きていたのだ。
それも、誰もが嫌うダークエルフ。
エルフの自分と違い、ダークエルフは年老いていく。
『精霊の加護』を受けているはずなのに、なんと気味の悪い種族だろうか。
カテリーナにとって、ディアーヌの存在そのものが気にくわない。
そこへ.....
「ディアーヌ♪風邪治ったんだね♪よかった♪心配したんだよ?」
まったく空気を読まないカオルが登場した。
黒巫女の正装であるメイド服を着て、楽しそうに笑うカオル。
ディアーヌと手を繋ぎ、「よかった♪よかった♪」と何度も繰り返した。
「....ありがとう。カオルのおかげで、風邪も治ったわ。それと、今日はカッコ良かったわよ」
「ホント!?ボク、カッコ良かった?」
「もちろん。みんな、そう思ってるはずよ」
ディアーヌがアーシェラ達に視線を送ると、カオルと目が合った誰もが頷いてみせた。
盛大なガハハ笑いや、ニャーニャー言うネコが嬉しそうに手を振り、若干1名物凄い目ヂカラでカオルを見詰める皇女がいたが。
「エヘヘ♪なんか照れるよぉ♪」
照れてデレデレの顔を見せるカオル。
頬を染めて俯く姿に、周囲の好感度は益々上がる。
そして、そんなカオルとディアーヌの仲睦まじい姿を間近で見ていたカテリーヌは、凍り付いた。
まさか、カオルとディアーヌがこれほどまでに近しい関係だなんて、思ってもいなかった。
「それで、ディアーヌ?こちらの方は?」
目聡くカテリーヌを見付け、カオルがディアーヌに尋ねる。
カテリーヌの視線が泳ぎ、カオルからディアーヌへと注がれた。
ディアーヌは、「コホン」と1つ咳払いをしてカオルに紹介した。
「こちらは、アルバシュタイン公国のカテリーナ・エ・ルワン子爵よ。
カテリーナ子爵?こちらが、我がアルバシュタイン公国を救い、復興に尽力してくれるエルヴィント帝国の香月カオル伯爵です」
誇らしげに語るディアーヌ。
コッソリカオルとの距離を縮めて、カテリーヌにアピールをしていた。
「初めまして、カテリーナ子爵。ボクは香月カオルと言います。どうか、これからもディアーヌに力を貸してくださいね?」
カテリーナに握手を求めるカオル。
名乗り返しカオルと握手を交わしたカテリーナには、もう逃げ道が無かった。
ディアーヌは、カオルと良い関係を築いている。
救国の英雄で、伝説のドラゴンとの契約者。
他国ではあるが、民からも慕われ、帝国の高位貴族とも太いパイプを持っている。
何より、カムーン王国と聖騎士教会にも認められており、瓦解寸前のアルバシュタイン公国の貴族であるカテリーヌにとって、カオルはとてもじゃないが話しすらできない様な存在。
ならば、自身が取れる手段は1つだけ。
カオルの言う通り女王であるディアーヌに力を貸し、アルバシュタイン公国の復興に努めるべきだろう。
もうそれしか自分の生き残る手段は残されていない。
「....は、はい。ディアーヌ女王陛下に、忠誠を誓います」
屈服した。
それが全て。
カテリーナには、自国から連れてきた領民や家臣や陪臣が居る。
その全てを、ダークエルフが嫌いだという自分の我が侭のために蔑ろにする事はできない。
自分は子爵という貴族なのだ。
どちらにしろ、アルバシュタイン公国以外にカテリーナに行く当てなどないのだから。
「カテリーナ子爵.....」
カテリーナが「忠誠を誓う」と発言して、ディアーヌは驚いた。
ちょっとカオルと仲良しなところをアピールするつもりだったのに、まさかこんな事になるなんて。
しかし、驚いているのはディアーヌだけで、エルヴィント帝国皇帝も、カムーン王国女王も、さも当然の様に笑みを零していた。
実は、全てアーシェラの作戦によるもの。
裏では、既にアーシェラとエリーシャ。
そして、アブリルまでもが結託しているのだ。
アルバシュタイン公国の復興は、エルヴィント帝国・ババル共和国・カムーン王国・聖騎士教会の4つの外部勢力の助けを得て成される予定だ。
本当は、影でカオルが動いていたのだが、今はまだ内緒にしておこう。
「よかったね♪カテリーナ子爵?これからも、良いお付き合いをお願いしますね♪」
思わぬ幸運が舞い込んだディアーヌ。
思わず感動して瞳を潤ませた姿を見て、カオルは嬉しそうに微笑んだ。
間近でカオルの微笑みを見てしまったカテリーヌは、そのあまりにも可愛い顔に見惚れる。
カオルの微笑みは、見る者全てを魅了する。
なんていけない子なんでしょうか。
後で、ヴァルカン達にオシオキして貰うしかない。
ディアーヌがカテリーナと話し始めた事を見計らって、カオルはオダンのテーブルへと近づいた。
そこでは、4人のアマゾネスが思い詰めた様子で一心不乱に食事をしていた。
(どうしたんだろう?)
恐る恐るカオルが声を掛ける。
なんとなく話しかけずらい雰囲気だった。
「....料理、いかがですか?」
オダンが顔を見上げる。
アマゾネスの4人はどこか1点を見詰め、食事を続けていた。
「....カオルヮゥ」
「はい♪カオルですよ♪」
「料理美味しいヮゥ....」
「それはよかった♪ボクは、イシュタル王国の料理を知らないので、オダンさん達のお口に合うか心配だったんです♪」
「イシュタルは、こんなに上品な味付けはしないヮゥ。素材その物の味ヮゥ」
「そうなんですか.....薄味という訳ではないんですね?」
「ああヮゥ.....今度、作ってやるヮゥ.....」
「本当ですか!?それは楽しみです♪」
語尾がオチャメなオダン。
カオルに「楽しみ」と言われ、満更でもない顔をしていた。
そこで、ようやくカオルの存在に気付いた暴食鬼こと、アマゾネスの4人。
カオルのメイド姿に見惚れ、またも子供に見せてはいけない顔を晒していた。
「ほわぁ....」
「かわええなぁ....」
「こんなメイド、欲っしぃわぁ....」
「胸無し仲間......」
無い乳サラは、カオルを同性だと思っているのだろうか?
ポニーテールに結われた黒く長い髪。
華奢で柔らかな身体のライン。
鮮明な赤い唇。
大きくパッチリとした黒水晶の瞳。
黒のロングドレスに真っ白なエプロン。
頭には、黒の布地にレースをあしらったカチューシャの様なヘッドドレス。
確かに、サラがカオルを女性として認識するのは当然だろう。
男性にしては、可愛すぎる。
「みんなも料理美味しい?」
「私、こんな美味しい料理初めて!!」
「そや!!こない美味いもん食ぅたの初めてや!!」
「見てみぃ...こない溢れる肉汁....ひと噛み事に、ぎょうさん旨味が広がりよって....」
「.....そして、お腹の肉となる」
「「「.......」」」
いったい、サラは何をしたいのだろうか?
まるで漫才の様な4人の会話。
オダンは黙って料理を口にし、ヘルナ・アガータ・イザベラの3人は、サラに向けて殺気を放つ。
その様子があまりにもおかしくて、カオルはつい笑い泣きをしてしまった。
「あははは♪大丈夫だよ♪うちに来て、太った人なんていないから♪」
「「「「どういうこと(や)!?」」」」
カオルの言葉に説明を求める4人。
しっかりカムーン王国の女性一団も耳を澄まし、その隣でアーシェラとフロリアの狐耳がピコンと立った。
女性というものはそういうもの。
美に対しては敏感なのだ。
たとえ、『残念美人』だとしても。
「そうだね....聖騎士教会のみんなを見てくれる?」
カオルに促されて、アブリル達に視線を向ける。
焼き魚を両手にガツガツ食べるネコを、ファノメネルが叱り付け、聖騎士5人は黙々と食事を続けていた。
なんというか、教会職員というよりは、何日もダンジョンに篭って帰還したばかりの冒険者に見えてしまう。
「あそこに居る7人は、2週間くらい前からうちの領地で暮らしてるんだけど、見てわかる通り体重なんて気にせず好きに食べてるでしょ?だけど、全員ここへ来てから3~5キロの減量に成功してるし、肌艶も良くなって顔の血色も実に健康的だよね?」
「....たしかに」
「あないぎょうさん食うてるっちゅうのに、3~5キロ減量やて.....」
「ホンマに?」
「肌艶もそうだけど、髪がすごい綺麗だよね....」
「でしょ?実は、食事療法の他に美容術を施してるんだ♪疲れた体に栄養満点の食事と、体内の不要な老廃物の除去。ストレスも解消して、最後に全身にミネラルたっぷりの施術をすれば、誰でも元の美しさを取り戻せるんだ♪」
なんということでしょう。
匠カオルの美容術で、生まれ変わったではありませんか。
といった感じだろうか。
カオルの言う通り効果が出た者達が居るのだから、それが真実なのだろう。
どうでもいいが、エルミアさん。
フォークを逆手に持ってはいけません。
それは危険が危ないです。
「それと、今日からはヘルナと、アガータと、イザベラと、サラの4人にも施術するつもりだからね?元々美人さんだから、結果がとっても楽しみだね♪」
カオルの背後に後光が射した。
今、カオルは神のごとく気高く美しく慈悲に満ちていている。
ヘルナ達4人は、思わずカオルの前に跪き、両手を組んで祈った。
そこへ、すかさず聖騎士5人も参加する。
「慈悲深き香月カオル様。
私達の様な女らしくない者に、斯様な寛大な処置をしていただき、誠に感謝いたします。
どうか、私達をカオル様の剣としてお使いください。
この命尽きるまで、カオル様のために尽くします」
「私達は、香月伯爵様のものです。当主様の命令なら、どんな事でも従います。どうか、使って下さい」
聖騎士を代表してルイーゼが話し、冒険者を代表してヘルナが話した。
アブリルとファノメネルは呆れた顔をしていたが、カルアはウンウンと頷いていた。
どうやら、先日の話し合いの結果は、旨く伝わっていたようだ。
それでいいのかとも思ってしまうが、カオルも悪い気はしない。
それに、アブリルとファノメネルの今後の事も話し合っているし、聖騎士5人はとても善い人だ。
本人達に自覚は無いが、歳相応に可愛らしいし、何より警備団員が一気に9人。
街の周囲を警戒しているゴーレム達は、会話ができなくて困っていたのだから、なんという幸運。
カオル神は、どこかの同属神に感謝を捧げ、ニッコリと微笑んだ。
「ルイーゼ、ルイーズ、ジャンヌ、シャル、セリーヌ」
聖騎士の5人に、肩を叩きながら顔を上げさせる。
カオルと視線を合わせたルイーゼ達は、瞳にハートを浮かべた。
「ヘルナ、アガータ、イザベラ、サラ」
次にアマゾネスの4人の肩を叩く。
ルイーゼ達と同じ様に顔を見上げ、カオルと視線が絡まると、瞳にハートが浮かび上がる。
その様子をヴァルカン達婚約者とフロリア・ディアーヌ・ティルの各国の皇女・王女・女王が鬼の形相で見詰め、アーシェラとエリーシャは感慨深そうに頷いていた。
「今日から、この街の警備団員として就いて貰う。
仕事内容の詳細は明日伝えるけど、まずは3つ絶対に守って欲しい事がある。
1つ目は、喧嘩してもいいけど、殴り合いはダメ。
2つ目は、イジメはダメ。
3つ目は.....ボクの許可なく死なないで」
3つの約束事を提示し、最後に一筋の涙を流す。
それは、学校の生徒達と初めて交わした約束と同じ物。
両親を失い、表面上は不安を見せていなかった生徒達。
カオルには、そんな事はお見通しだった。
なぜなら、カオルも生徒達と同じだから。
両親を殺され、ずっと寂しい思いをしているから。
だから、つい先日生徒達と大お泊り会を開き、話し合った。
カオルに言い寄る生徒達を、ヴァルカン達婚約者が必死で近づけさせなかったのはとても微笑ましい光景だった。
そこで、カオルが約束させた事が、この3つ。
喧嘩はしてもいいが、殴り合いはダメ。
イジメはダメ。
許可なく死ぬな。
最後の約束は、カオルの我が侭だ。
人の生を、カオルに縛る事などできない。
天寿や運命など、カオルには変えられない。
それでも、カオルは抗いたい。
少しでも長く心善い人と共に居たい。
自分を慕ってくれる人と話したい。
1分でも1秒でもいいから、幸せな時間を過ごして欲しい。
カオルは子供だ。
我が侭を言う子供。
大人ぶっていても、どれほど知識を集めても、どれだけ強くなろうとも、12歳の子供にかわりはない。
「「「「「「「「「ううぅ.....」」」」」」」」」
カオルの約束に感動し、涙を流す9人。
皆の手には、カオルが渡した白いハンカチが握られていた。
香月伯爵家の紋章『雪の花』が刺繍されている。
カオルが、心善い人だけに贈った特別な物。
家族は全員持っている。
生徒達も全員持っている。
アーシェラやフロリアも、エルノールやグローリエルも、アゥストリまでもが持っている。
そして、アブリルもファノメネルも。
この場に居て、持っていないのは、エルヴィント帝国の公爵達と、カムーン王国の面々とオダンとクロエだけだ。
それも、近いうちに渡す事になるだろう。
なぜなら、この場に居るのはとても善い人ばかりだから。
「....約束.....だよ?」
「「「「「「「「「ばい゛」」」」」」」」」
こうして、カオルは9人の警備団員を得た。
騎士の叙勲ではない。
ただの街を警備する者達。
それでも、彼女達は立派な香月伯爵家の家臣である。
主を守り、領民を守る。
気高く美しい仕事に、彼女達は誇りを持たねばいけない。
ならば、任命式をするのが当然だろう。
だが、カオルにはやり方などわからない。
騎士の叙勲の様に、左右の肩に剣でも当てれば良いのだろうか?
それとも、名乗りをさせて誓わせれば良いのだろうか?
知らないならば、作ればいい。
カオルだけの作法で。
家臣ができましたと、帝国に書類を提出するだけではつまらない。
当然カオルらしいやり方が好ましい。
それは....
「ルイーゼ。これからは、ボクの剣と成り『強者には常に勇ましく』『弱者には優しい』『誰からも尊敬される美しい女性』として、ボクに力を貸してくれるね?」
「はい!!」
跪くルイーゼの両頬に手を添えて、額に口付ける。
そっと唇が触れた場所が熱を持ち、全身に言い得も知れぬ何かが流れた。
それは、たぶんカオルの想い。
感謝と友愛の感情。
ルイーゼはポトリと涙を零し、カオルを見上げた。
カオルは微笑んでいた。
嬉しそうに目を細めて、コクリと頷く。
今日から頑張って。
でも、怪我をしないでね。
ルイーゼには、カオルの瞳がそう言っている様に思えた。
涙が溢れる。
拭っても、拭っても、止まらない。
成人後、すぐに聖騎士を目指して騎士見習いとなったルイーゼは、実に6年もの歳月を騎士として過ごして来た。
1年遅れで妹のルイーズが同門を叩き、姉妹仲良く一生懸命に切磋琢磨し、ようやく2年前に憧れの聖騎士と成った。
それからが、さらに大変だった。
周りは男ばかりの環境で、たとえ任務中でもからかわれたり、お風呂を覗く上司が居たりと、気の抜けない生活を送っていた。
少ないながら、友人は居た。
同じ境遇のジャンヌ、シャル、セリーヌの3人だ。
女性聖騎士の中で、一番の年長者であったルイーゼには、知らずと女性が集まるようになった。
正直楽しかった。
毎日剣の稽古をして、警邏や聖都周辺の魔物狩り。
異性との混成部隊よりも、気心知れた同性の方が動きやすい。
5人は、いつも一緒だった。
気を利かせたファノメネルが、そう仕組んでいたからだ。
全て知っていた。
聖都で頑張っていた事も、香月伯爵領に来て、ここへ転職したい事も。
なぜなら、ファノメネルもそうだから。
だから、つい先日カオルとアブリルとファノメネルとカルアの4人で、話し合った。
ルイーゼ達から「ここで働きたい」と相談を受けたカルアが、カオルとアブリル達に相談したのだ。
そこで、ルイーゼ達を受け入れると同時に、この領地に新しく教会を建てる事にした。
そこの管理をしばらくの間ファノメネルが受け持ち、宣教師の職を辞した助祭のカルアが、行く行くは司祭として受け継ぐ予定だ。
なぜか1匹のネコ教皇も居座る事になったのだが、本人の強い希望により、他の枢機卿からも文句は出なかった。
むしろ、なぜか好意的であった。
アブリルは聖都で、今まで散々怠惰な生活を送っていたらしい。
その手が掛からなくなり、喜んでいるという訳だ。
もっとも、今は『ポーション』製作の為に、目の回るような忙しさだとファノメネル宛ての手紙には書いてあった。
それでいいのか?と首を傾げてしまうが、カオル的にはアブリルを気に入っており、何の問題もない。
「ペットだし♪」
そうカオルから笑顔で言われては、ヴァルカン達にも文句は言えなくなってしまう。
当のネコことアブリルも、それでいいらしいのでこの件は一応の幕引きとなった。
その後、ルイーズと、ジャンヌと、シャルと、セリーヌに同じ様に額に口付け、聖騎士5人は香月伯爵家の従士としてカオルに仕える。
そして、ヘルナと、アガータと、イザベラと、サラの4人にも額に口付け、家令のメルの家臣として、4人は仕える事に成る。
それは所謂陪臣。
建前上、香月伯爵領は広大な領地が存在するわりに家臣が少ないので、こういった処置を取る事になっていた。
それはアーシェラの提案によるもの。
貴族とは、実に面倒臭いものである。
「....みんなは今日からボクのもの。誰にも渡さないからね?」
悪戯っぽく笑みを浮かべる。
その顔はとても嬉しそうで、ドSの面影なんてまったく見えない。
心善き人が増える事は、カオルにとってとても好ましい事。
家族とは違うけれど、両親を失い1人だったカオルには、友人が増える事が何よりも嬉しかった。
「カオル様....いいえ、生涯を当主様のお傍で過ごしたいです....」
「わ、私もです!!ご当主様の為なら、この命惜しくはありません!!」
「出来る事なら、なんだってやります!!だから、ずっとお傍に居させて下さい!!」
「当主様に近づく不貞の輩は、斬って斬って斬りまくります!!」
「ご当主様!!こ、今度一緒にお風呂に入り....グフッ!?」
ルイーズ達がカオルに忠誠を誓い、セリーヌが我欲を出した所で、ヴァルカンに鉄拳制裁される。
気付けばルイーズ達の周りには、婚約者達が集まり取り囲んでいた。
当然だろう。
ルイーズ達はカオルの手や足に縋り付き、頬擦りをしていたのだから。
「私のカオルに触るな....」
「おねぇちゃんのおかげでここに居られるって事を~♪忘れちゃダメよ~♪」
「死なす....」
「やはり毒殺でしょうか....」
「ご、ご主人様からお情けをいただけるのは、私だけです!!」
「ご主人はアイナの!!」
哀れルイーズ達。
ヴァルカン達のチョップが頭部に炸裂し、そのまま倒れた。
それを見ていたヘルナ達4人。
気が強いアマゾネスのはずなのにヴァルカン達の迫力に押されて、各々抱き合い、言葉を飲み込んだ。
ヴァルカン達を怒らせてはいけない。
なにせ、元剣聖から聖騎士教会の治癒術師兼助祭に、将来有望な冒険者と王女なのだ。
メイドの2人に戦闘能力は無いが、怒らせれば食事を貰えなくなるかもしれない。
それはとても恐ろしい事。
衣食住無くして、人間は生きられないのだ。
「あはは♪みんな仲良しで良かった♪ボクは本当に幸せだよ♪」
全てを知りながらカオルは笑った。
心からの笑みを浮かべ、ヴァルカン達に抱き付く。
謝罪なんてするつもりはない。
カオルは何も悪くない。
ただ、嬉しい。
家族と、心善い人達が集まり、これからずっと一緒に居られる。
求めていたものが、手に入った。
もう2度とこんな幸せな思いなんてできないと思っていた。
両親をあのゴミの親族に殺され、カオルはずっと1人だった。
それでも、ヴァルカンや、カルア。
エリーやエルミア。
フランチェスカやアイナと出会い、家族を得た。
それだけでも幸せなのに、その上心善い人達まで得る事ができた。
心の支えを得た今ならば、なんでもできる。
だから、早くもう1人の家族を迎えに行かなければいけない。
そのためには、残りの2人を探さなければいけない。
『水竜王リヴァイアサン』
『火竜王バハムート』
どこに居るかなんてわからない。
だから、カオルはこれから手掛かりを探すために奔走する。
まずは、各国で秘蔵されている古書の解読だろう。
そのために、聖騎士教会とカムーン王国の教皇と女王には了解を得ている。
やる事は山済みだ。
領地の開拓や開墾。
生徒達の教育。
街の設備に、ルール作り。
新しく得た、従士や警備団の仕事内容も決めなければいけない。
全ては風竜のため。
カオルの代わりにその身を犠牲にした、もう1人の家族。
早く見せたい。
風竜はきっと褒めてくれる。
「よく頑張った。とても良い街だ」
きっと、風竜はそう言ってカオルを褒めるだろう。
なぜなら、カオルにとって風竜は、もう1人の父親なのだから。
でも、とりあえず今は、楽しもう。
せっかく各国の代表を招いているのだ。
ホストのカオルが楽しければ、招待されたアーシェラ達だって楽しいはずだ。
だから、今だけは楽しもう。
「....さ!!せっかく作った料理が冷めちゃうから、みんなで食事の続きをしよう?実は、とっておきの物を用意してあるんだ♪」
「とっておきの物?」
「はい♪師匠?ちょっとだけなら飲んでもいいですよ?」
そう言い、アイテム箱からガラス製の大瓶を取り出し、皆のテーブルに置いて行く。
人形達に指示を出し、人数分のグラスを持ってこさせた。
「フロリアとアイナ。それと、エメは舐めるだけね?これはお酒だから」
グラスに並々と注がれた無色透明の液体。
これは、東国『ヤマヌイ国』でヤマヌイ酒と呼ばれる物であり、カオルにとっては馴染み深い物。
とある縁で酒蔵の杜氏から譲り受けた麹で、カオルが作ったお酒。
日本酒だ。
「....どうぞ。ボクが作った物なので、ボク自身で名付けました。『月の香』です」
「ああ....」
カオルに勧められてヴァルカンが一口飲んだ。
太陽の光を照り返す、冴えのある透明度。
仄かに香る花の匂い。
サラサラとした飲み口の後に、なめらかな甘さが残り、喉を通って胃に流れ込むと強いアルコールを感じる。
数多くのお酒を飲み比べてきたヴァルカンでもわかる。
このお酒は、とても美味しいという事が。
「...上手いな」
つい口端に笑みを零し、ヴァルカンが答えた。
カオルは満足そうに頷き、「良かった♪」と口にした。
「うむ!!これは美味しいの!!」
「あらあら♪カオルちゃんは、私を酔わせてどうするつもりなのかしらぁ♪」
「...すっごく美味しい」
アーシェラとエリーシャ。
フェイも顔を綻ばせ、盛大なガハハ笑いをしながらヴェストリが一気にお酒を飲み干す。
やはりドワーフはお酒に強いのだろう。
さっきからずっと浴びるほどの量を口にしている。
「ああ、これは美味いな」
「そうですね。グローリエル?そんなに飲んではいけませんよ?」
「...おやじはいちいちうるさいんだよ。あたいが、これくらいで酔うとでも思ってるのかい?」
「そういう事を言っているのではありません。もっと淑女らしくしなさいと....」
「ああ、わかったわかった」
アランが品評を始め、エルノールとグローリエル親子が仲睦まじく会話を始める。
クロエはお酒に弱いのか、頬を赤く染めてお酒をグイグイ飲んでいた。
それに続けとばかりに皆も飲み始め、口々に「美味しい」と評価を下す。
カオルが作った日本酒は、あっという間に完飲し、カオルは嬉しそうに微笑んだ。
園遊会は成功したと言えるだろう。
何もかもが上手く行った。
ディアーヌは協力者を得て、カオルは家臣を得た。
皆は繋がりと言う名の縁を持ち、寡黙なオダンもどこか嬉しそうだ。
このまま、愛する家族と心善い人の集まりが、いつまでも続けばいいなと、カオルは思っていた。
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