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第二百十ニ話 決闘

 世界には、強者と弱者。

 それと、どちらでもない者が居る。

 

 今、20万人の観衆の前で行われているのは、強者と弱者の戦い。

 舞台となる円形闘技場(コロセウム)の中央では、34人の他種族達が、相対している。

 たった1人の少年に対し、33名の冒険者と1人の貴族。

 誰の目にも明らかな戦力差に、「大人気(おとなげ)無い」と罵声が飛んだ。


「フンッ!!愚民共が!!私はヘルマン・ラ・フィン子爵だぞ!!えぇい!!黙らぬか!!」


 声を荒げるヘルマンに、観衆達の罵倒の言葉が浴びせられる。

 愚民と言われれば、誰だって怒る。

 次第に物を投げ入れる者達まで現れ、ヘルマンの周囲を固める冒険者達が、嫌そうに剣や盾などで物を払い除けていた。


 そこへ、皇帝アーシェラ・ル・ネージュが、拡声器の魔導具を使い観衆を鎮める。


「あーあー....コホン。皆、それくらいにしておくのじゃ。それでは、ただいまから香月カオル伯爵対ヘルマン・ラ・フィン子爵の決闘を執り行なうのじゃ。まずはの、決闘の方法じゃ。ほれ、アゥストリ。あとは任せるのじゃ」


 早々にアゥストリに代わるアーシェラ。

 面倒事は全てアゥストリの出番だ。

 禿げ上がらない事を祈ろう。


「....それでは、今回の決闘の経緯を簡単に説明いたします。

 ある夜会で、酒に酔ったヘルマン子爵が香月伯爵に対し、家臣の1人を侮辱発言した事が全ての始まりです。

 当然、家臣を侮辱された香月伯爵がヘルマン子爵を快く思うはずもなく、決闘という古来から伝わる貴族間での決着の手段を提案しました。

 それにヘルマン子爵が同意した為、今日の決闘が開催された訳です。

 市民のみなさんには馴染みの無い物かもしれませんが、決闘というのは本来.....」


 長々と始まったアゥストリの決闘解釈。

 話が続くにしたがって、観衆達は苛立ちを見せ始める。

 仕方が無いのだ。

 おじさんの話しはとても長い。

 老年になるとさらに長くて、最早誰の手にも負えない。

 すかさずアーシェラがアゥストリにツッコミを入れて、決闘方法の説明に入った。


「....ここからが盛り上がるところだったのですが」


「ええい!!さっさと説明せぬか!!民達が暴動を起こしたらどうするのじゃ!!」


 しっかりアーシェラの声を拾う拡声器の魔導具。

 観衆達は、親しみやすいアーシェラの姿に、喜びを感じていた。


「ゴホン。

 では、決闘方法ですが、一対一の一騎打ち形式で行っていただくのが通常です。

 ですが、今回は香月伯爵は1人。

 それに対し、ヘルマン子爵が用意された助っ人は、総勢32名。

 それは、香月伯爵が『代理を何人でも立てればいい』と発言したからです。

 なんという豪気なお方でしょうか。

 我らの英雄は、若干12歳にして実に貴族らしい立派なお方だ。

 みなさんもそうは思いませんか?」


 開始から薄々気付いていたが、アゥストリは完全にカオル贔屓をしている。

 それに乗る観衆も観衆なのだが、一番の問題は皇帝アーシェラ達だろう。

 アゥストリの言葉に相槌を打ち、カオルに向かって手を振る皇女フロリア。

 その隣で聖騎士教会の教皇アブリルや、カムーン王国の女王エリーシャ・ア・カムーン達までもが、カオルの名前を叫んでいる。

 ヘルマンにとってはアウェー状態。

 全て自分の責任なのだ。

 金で雇われた冒険者達が、実に不憫だ。


 そんな中、カオルの事をジッと見詰める人物がいた。

 頭の三角耳をツンと立たせ、毛深い尻尾が忙しなく動いている。

 周囲の冒険者達が一目もニ目も置く存在であり、数多の冒険者が憧れ怯える存在。

 第1級冒険者であり、希少種族の天狼族のオダン。

 まさかとは思うが....

 カオルは、色々な意味で大丈夫だろうか?

 

「みなさんも私と同じ思いだと感じ、涙が溢れる思いです。

 さて、これから行われる決闘は、一対多の総戦力戦。

 この戦い方について、香月伯爵も納得をされております。

 ただし、魔法の使用は一切禁止。

 魔術師として高位の香月伯爵にとって、さらに不利な状況ではございますが、香月伯爵はカムーン王国の元剣聖ヴァルカン殿の弟子。

 剣の腕も、相当な物と聞き及んでおります。

 魔法抜きでも、必ずや、私達の期待に答えた戦いを見せてくれる事でしょう」


 アゥストリが説明を終え、場を下がる。

 静まり返る円形闘技場(コロセウム)に、当事者であるカオルとヘルマンの名乗りが響き渡った。


「我、ヘルマン・ラ・フィン子爵は、香月カオル伯爵との決闘をこの場で宣言するものとする!!」


「我、香月カオル伯爵は、ヘルマン・ラ・フィン子爵との決闘をこの場で宣言するものとする!!」


「「勝負!!」」


 示し合わせた言葉。

 かつての剣闘士達は、自身の名を上げるためにこうしてお互いの名乗りをした。

 そして、お互いの全てを賭けて決闘を行う。

 地位と名誉。

 富と名声。

 その全てが、この円形闘技場(コロセウム)には存在していた。


「ヤァ!!!」


 開始の合図と共に、先制攻撃をしたのはヘルマン側の冒険者だった。

 身の丈にも匹敵するほどの長弓(ロングボウ)に3本の矢を番え、それをカオルに向けて一気に放つ。

 風切り音がカオルへと向かい一直線に伸びると、なぜか中空で弾き飛ばされた。


「なにっ!?」

 

 慌てる弓手。

 自らの放つ矢が、いったい何に防がれたのかわからない。

 カオルは口端に笑みを零し、右手を前に突き出していた。


「ほぅ....カオルちゃんは、ワシの技を使えるのかの....」


 貴族席の一画でカオルの決闘を見ていた元剣騎シブリアン・ル・ロワルド。

 一子相伝(いっしそうでん)である『徒手空拳(としゅくうけん)』をカオルが使えた事に驚きながら、視線はカオルのお尻をロックオンしていた。


「今度は、ボクから行きます!!」


 カオルはそう言い白い騎士服を靡かせて、刀も抜かずに拳を突き出す。

 無手(むて)から繰り出される見えない拳は、音も出さずに冒険者達に攻まる。

 盾持ちの冒険者達が、慌てて防御陣を敷く。

 しかし時既に遅く、肩や胸・顎を打ち抜かれ、後方の壁へと吹き飛んで行った。


「な、ななな、なんだそりゃぁあああああああああ!?」


 瞬く間に5人の味方が戦闘不可能に陥り、慌ててカオルから距離を取り始める。

 ヘルマンはオダンの後ろに隠れ、ジッと息を殺して震えていた。


「残り28人ですね....先に、男性から倒してしまいましょうか....」


 今、カオルは楽しんでいる。

 決闘・対戦・始めての冒険者との戦い。

 何もかもが新鮮なのだ。

 たとえ、武器が全て実剣で、魔法も使えず気を抜けば死ぬような環境だとしても。

 男の子はそういうものだ。

 生温い環境なんて、温室なんて、そんなものはいらない。

 ここで負けるような事があれば、どちらにしろ愛する家族を守り続けるなんて事はできない。

 絶対に負けられない。

 負けたくない。

 

 カオルは、もう腹を括っている。 

 愛する者の為ならば、泥水だろうが啜って生きる。

 家族を守る為なら、何にだって成ってやる。

 人々から畏怖される存在だろうが関係ない。

 たとえ他者を殺してでも、カオルは家族を守ってみせる。


「はぁああああああああああああ!!!!!」


 腰の『桜花(カタナ)』に手を添えて、一足飛びに冒険者に肉薄する。

 鞘を奔らせ抜き放たれた銀線は、迷う事無く冒険者の革鎧を切り裂いた。


「ひぃいいい!?」


 胸元の革鎧を切り裂かれて、慌てる冒険者。

 うろたえながら手に持つ槍を闇雲にカオルへ向けて突き出す。

 そこへ、すかさずカオルは槍の柄を一刀両断し、回転蹴りを相手の肩目掛けて炸裂させた。

  

 盛大に吹き飛ぶ冒険者。

 地面を何度も転がり、身体を地面に擦り着けて動かなくなった。


 カオルは止まらない。

 次の獲物に肉薄し、左手の拳で相手の鳩尾(みぞおち)を打ち抜き戦闘不能に追い込む。

 

 あっという間に2人。


 残り26人。


 今度は遠く離れた弓手の3人の下へと駆け抜け、飛び迫る矢の軌道を刀で乱す。

 三度矢を番えたところで、1人はカオルの蹴りで、もう1人はカオルの左拳で、最後の1人は桜花の柄で顔面を殴られ吹き飛ばされた。


 まさに、電光石火。


 魔法を一切使用していないカオルの猛攻に、ただの1人も着いて来れない。

 残り23人となった冒険者達は、負けられないとばかりに連携を始め、大剣を手にする3人の大男が、三方からカオルを取り囲んで攻撃を繰り出してきた。


「シッ!!」

 

 カオルの小さな気合の声。

 上段から振り下ろされた大剣を、寸でのところで華麗に交わし、笑みを浮かべてお返しとばかりに、3人の顔に拳と蹴りをお見舞いする。


「「「がぁああああああああ......」」」


 吹き飛びながら雄叫びをあげる大男達。

 蹴り打ち上げられた1人は、背中から地面に叩き付けられ泡を吹き出した。


「あと20人」


 残りの冒険者達を一瞥し、カオルがボソリと呟く。

 あまりの早業に息を飲んで固まる冒険者達は、自分に活を入れるごとく雄叫びを上げて、勇猛果敢にカオルに斬りかかった。


「くらえっ!!」


 鉄剣での刺突。

 カオルの喉元目掛け、銀線が奔る。


 しかし、直線の軌道はカオルの直前数十cmの距離で跳ね上げられ、冒険者の手から鉄剣が吹き飛ばされた。


「はぁ!?」


 何が起きたかわからない。

 見るとカオルの右足が跳ね上げられており、そのまま冒険者の頭に振り下ろされた。


「グフッ!!」


 地面にめり込む程の衝撃。

 冒険者はそのまま仰向けに倒れ、意識を失った。


「チッ....」


 舌打ちをしたのはオダン。

 オダンは、黙ってカオルの動きを目で追っていた。


 カオルが鉄剣の剣身を蹴り上げ、そのまま冒険者に踵落としをした事を、オダンには見えていた。


「次は、あなた達の番です」


 カオルは次の目標を定め、地面を蹴り上げ疾駆する。

 そのあまりの速度に身構えた冒険者の3人は、横一列に並んでカオルの迎撃を開始した。


 長柄の槍で突きカオルの速度を落とし、鉄剣でカオルの刀を受け止め、大上段から大鎚を振り下ろす。

 実に良くできた連携だった。

 だが、カオルの方が一枚上手だ。


 大鎚を半身捻って回避し、長柄の槍の柄を左手で掴み取りそのまま引き寄せる。

 槍と共に冒険者の1人がバランスを崩したところへ、カオルの頭突きが見事に顎に決まる。

 そのまま意識を失い崩れた冒険者の肩に足を掛け、上空高く舞い上がりみね打ちで2人の冒険者の意識を刈り取る。


「あと16人」


 カオルの足下で気絶する3人。

 気付けば半数もカオルに倒されていた現状に、残りの冒険者達が震え上がる。


「....それじゃぁここから、速度を上げます」 


 カオルの言葉で、恐怖が伝播する。

 いままでの速さだけでも驚愕としていたのに、これ以上の速さなど存在するのだろうか。

 

 カオルは刀を鞘に収め、初めて腰を落とす。

 それは臨戦態勢。

 今日、初めてカオルが構えた。

 そして、1人の冒険者は知っている。

 アレは、アルバシュタイン公国での戦闘で、カオルが1万5千の魔物の群れを屠った神速の抜刀術だという事を。


「はぁああああああああ!!!!!」


 先ほどとは比べ物にならない速さで疾走するカオル。

 あっという間に冒険者の間合いに入り、剣線すらも見せずに倒し始めた。


 だれもが啞然とした。

 20万人の観衆達は、言葉も発せずにただただ傍観する。

 開いた口が塞がらない。

 先日の、剣騎グローリエルとの魔法による決闘は、とても華やかなものだった。


 だが、今は違う。


 武の心得の無い者に、今のカオルの姿は捉えきれない。

 いや、並の冒険者や腕の覚えのある騎士などでも、カオルの姿は見えていないかもしれない。

 少なくとも剣聖や剣騎。

 それかエリートと言われる近衛騎士や聖騎士でなければ、カオルの姿を目で追う事すらできないだろう。


 みるみるうちに残存する冒険者は減っていき、残りの冒険者はオダンとヘルマンを含めて6人。

 カオルの一方的な蹂躙に、称賛の言葉すら忘れている。


 あれが香月カオル伯爵。

 黒巫女と慕われ、救国の英雄と持て(はや)される存在。

 そして、元剣聖ヴァルカンの弟子。

 なんという強さ。

 なんという速さ。

 そして、なんと慈悲深い。


 カオルが倒した冒険者達は、誰の1人も死んではいない。

 円形闘技場(コロセウム)を囲むように配置されている、宮廷魔術師や近衛騎士・兵士達が、意識を失った冒険者を即座に片付けている。

 皆、息をしている。

 治癒術師によって回復魔法で手当てされ、苦痛に歪む顔が安堵の表情へと変わっていく。

 観衆達は、カオルの優しさに涙を流した。

 相手は大人数。

 カオルは1人。

 手に持つ武器は全て真剣。

 危機的状況のはずなのに、カオルは相手を殺める事をしていない。

 なんて慈悲深い。

 強くて優しい子供。

 我が子の手を握り、涙を流す親達は、子供の頭を撫でこう言った。


「香月伯爵の様な、立派な子供になりなさい」


 子供にはわからない。

 ただ、目の前で戦う強者。

 カオルを憧れた。

 強く、勇ましく、可愛い。

 今、カオルの人気は最高潮に高まっている。


 観衆の中で、ヘルマンに賭けた冒険者達が、賭け札を力強く握り締める。

 なけなしのお金を賭けている者が多い。

 冒険者は、宵越しのお金など持たない。

 などと強がっているだけだが、彼らは本当に全財産をヘルマンに賭けている。

 なぜなら、あの第1級冒険者のオダンが助っ人なのだ。

 自分達が憧れ目指す存在に、期待しない訳がない。

 たとえ相手が、伝説のドラゴンスレイヤーだとしても。


「....残り6人。どうしますか?ボクは、女性を傷付けたく無いのですが」


 刀を肩で担ぎ、息切れすらせずに、カオルは冒険者の女性4人に話し掛ける。

 (できれば降参)を。

 言外にそう言っているのだ。


「....わ、私達は冒険者よ!!一度引き受けた依頼を、そう簡単に投げ出せる訳無いでしょ!!」


「そ、そうや!!うちらは冒険者なんやで!!」


「ちょっと強いから言うて、アマゾネスを舐めたらあかんよ!!」


「そうよ!!私の『闘武』を受けてからものを言いなさい!!」


 勝ち気な女性冒険者達。

 オダンは何も言わず、寡黙を貫いていた。

 背中でヘルマンが失禁しそうだが、黙っておこう。

 さすがに20万人の前で、粗相(そそう)をする訳にはいかない。

 腐っても貴族。

 それも、元公爵家の人間だ。

 

「....みなさんアマゾネスなんですか?」


 カオルは興味を持った。

 初めて出会う種族。

 

 アマゾネスは、遠くイシュタル王国で主に生活している女性だけの種族だ。

 アマゾネスから男性は生まれない。

 健康的に日焼けした肌に、力強さを体現する等身大の得物(ぶき)の数々。

 勝ち気な性格と、派手な服を好み、強い男性にしか靡かないと言われている。

 現に、カオルの前に居る4人は、冒険者にしては少々露出過多な服装をしており、俗に言うビキニアーマーなるものを装備していた。

 急所だけを守る防具。

 カオルから見るに、(女性なのだからもう少し恥じらいを....)と思ってしまうのも無理はない。


「そうよ!!い、今更怖がったって許さないんだから!!」


「なんや?子供がうちらにメロメロかいな?」


「そりゃ、うちらはナイスバディやからな!!」


「私はそうでもないけど....」


「なんや?サラ?気にしとったんかいな?」


「大丈夫よ!!好きな男ができれば、大きくなるわ!!」


「も~!!何よそのいい加減な慰め方!!」


「うひゃぁ!?サラが怒ったで!!」


「はよ、逃げんとあかん!!」


 緊張感の無い4人のアマゾネス。

 観衆達は何度も瞬きを繰り返し、オダンは何も話さない。

 そんな4人のうら若きアマゾネスに、カオルは笑い始めてしまった。


「あははは♪面白い方達ですね♪うん.......どうでしょうか?ボクがあなた達に勝ったら、4人全員ボクのものに成ると言うのは?」


 とんでもない事を言い始めるカオル。

 貴族席で聞いていたアーシェラ達は呆れてしまい、口をあんぐり開いている。

 しかし、そんな事よりも問題は、ヴァルカン達婚約者だ。

 アブリルの近くに座っていた6人は、カオルの提案に戦々恐々としている。

 まさかカオルは、愛人の勧誘をしているのではないだろうか。

 あのカオルならば、ありえない話しではない。

 なにせ、学校の生徒全員から好かれ、少なくともヴァルカン達以外に3人は愛人やら婚約者やらが増える予定なのだ。

 これはやばい。

 早く決闘を止めて、カオルに注意しなければいけない。


「わ、私達をですか!?」


「4人全員とか、ホンマ豪気やねぇ」


「うちら、これでもイシュタルじゃぁ『暁の女豹』って言われて恐れられてるんよ?オダンほどやないけど」


「む、胸が薄くてもいいですか?」


 若干一名胸に固執しているが、当然カオルは愛人が欲しい訳ではない。

 カオルが欲しいのは、女性としての戦力。

 それも、魔物や魔獣と戦える(つわもの)だ。


「胸の大きさに貴賎(きせん)はありませんよ?その人の性格。つまり人格が全てです。4人にお願いしたいのは、ボクの街の警備団に入っていただきたいのです。女性だけの街なので、貴女達の様に、強く勇ましく美しい女性にお願いしたいです♪」


 必殺『王子様スマイル』を浮かべるカオル。

 カオルの微笑みは、見る者全てを魅了する。

 案の定アマゾネスの4人は頬を赤く染めて、カオルに篭絡された。

 チョロイ。

 実にチョロイ。

 いいのかそれで。


「はわぁ.....可愛い.....」


「ど、どないする?美人やて....うちはその.....ええよ?」


「う、うちかて....あない素敵な笑顔で誘われたら....」


「.....胸の大きさに貴賎はないのね.....性格だけ.....うんうん.....」


 サラは何かを悟った様だ。

 巨乳貧乳数知れど、胸の大きさに貴賎はない。

 それはこの世の正義(ジャスティス)

 異議は聞き入れよう。


「それで、どうでしょうか?ボクの誘い、受けてくださいますか?」


 微笑み続けるカオル。

 アマゾネスの4人は話し合い、そして決断した。


「「「「お受けします(しょ)」」」」


「よかった♪ですが、今は決闘の最中。あなた達は、誇り高き冒険者。先に、決着を着けなければいけませんね?」


 満足のいく結果にカオルは喜んだ。

 だが、今は決闘の最中である。

 4人の誇りのためにも、終止符を打たなければいけない。


「そう...ね!」


「そやね!!」


「ほんなら....」


「...いきます!!」


 改めて対峙したカオルとアマゾネスの4人。

 ずっと動かないオダンは、いったいどういうつもりなのだろうか。

 ヘルマンは腰を抜かしている。

 なんという腰抜け。

 

「.....ところで、気付きませんか?」


 不意に、カオルは話し始めた。

 威勢を上げて、戦闘態勢をとっていたアマゾネス達。

 カオルが、何を言っているのか理解できない。


「なんのこと?」


 カオルは、クスリと笑いアマゾネスの胸元を指差した。


「胸に、何かありませんか?」


 カオルに言われて自分の胸に視線を落とす。

 そこには、いつの間にか白いハンカチが差し込まれていた。


「なんやこれ!?」


「気付かんかったで....」


「私の胸にまで.....ハンカチ挟めた....」


「ボクが、お渡ししたんです。どうしますか?このまま戦闘を開始しても良いですけど、気付かないうちに倒される事になりますよ?」


 カオルは、降参しろと迫った。

 女性を傷付ける事をしたくないのだ。

 ただの我が侭。

 戦場では、こんな甘い事を言うヤツが真っ先に死んでいく。

 誰もが知っている事。

 それでも、カオルは嫌なのだ。


「....だめですか?」


 悲しそうに瞳を潤ませて、4人を見上げるカオル。

 庇護欲をそそるカオルの姿に、アマゾネスの4人は陥落した。

 口から涎を垂れ流し、目尻は下がり、頬はにやける。

 可愛らしいカオルの虜になった。

 

 アマゾネスの4人。

 第2級冒険者 ヘルナ22歳。

 準2級冒険者 アガータ19歳。

 準2級冒険者 イザベラ19歳。

 第3級冒険者 サラ16歳。

 

 南国イシュタル王国で、『暁の女豹』として恐れられていた4人。

 後に彼女達は、カオルの街の警備団員となる。

 

「「「「負けでいいです(ええわ)♪」」」」


 蕩けきった4人は、人前で見せてはいけない顔をしていた。

 近くに居た宮廷魔術師の女性達が駆けつけて来て、慌てて4人の顔を隠す。

 子供にはまだ早い。

 そして、彼女達の名誉のためにも。

 カオルには、見慣れた顔である。

 カオルの周りには、トロ顔を晒す者が実に多いのだから。


「.....さて、お待たせしました。オダンさん、でよかったですか?」


 改まったカオルに、オダンは頷いて答える。

 視線がぶつかり、カオルは口端に笑みを零した。


 それは、強者との出会い。

 今、カオルはワクワクしている。

 オダンが纏う力強い雰囲気は、カオルが尊敬するヴァルカンと同じ物に感じる。

 それは、強者だけが纏える物。


 カオルは以前、剣聖のフェイからもこの雰囲気を感じた事がある。

 そして、羨ましく思った。

 あのヴァルカンとフェイは、共に並び立てる存在なのだ。

 同時に、剣騎グローリエルからも感じた。

 帝国と王国の剣は、皆強者であった。


 カオルは、自分が弱い事を知っている。

 力ではなく、心が。

 今から始まる戦いで、少しでもカオルは強くなりたい。

 家族を守れる程の強さ。

 みんなから支えられるだけではなく、自分も支えたい。

 そのための強さを、カオルは学ぶ。


「勉強させていただきます」


 姿勢を正し、カオルは頭を下げた。

 オダンは強者であり、自分は学ぶ者。

 そう思い、オダンに敬意を払った。


 一方のオダンは、三角耳と尻尾をピコンと立たせ、時折尻尾が左右に振れていた。

 オダンの背に隠れるヘルマンの顔を何度も叩いているが、気にしない。

 むしろ、ヘルマンなど既に眼中になかった。

 今はカオルと。

 この可愛らしい美少女(びだんし)と、1分でも長く共に居たい。


 オダンは、カオルが気に入ってしまった。

 一目見た時からカオルが気になって仕方が無い。

 見た目も可愛く、そして何よりも強い。

 自分と同じ魔術師と聞いていたが、剣の腕も一級品だ。

 益々気に入った。

 なぜなら、オダンは魔法剣士なのだから。


「カオルヮゥ.....」


 可愛らしい語尾が聞こえた。

 とても掠れて、意識を集中していないと聞こえない程のか細い声。

 なぜ語尾が可愛いのか?

 それは、オダンがオチャメさんだから。


「...なんですか?」


「魔法使うヮゥ.....」


「う~ん.....アーシェラ様?ここから魔法ありでもいいですか?」


 オダンの語尾はカオルに聞こえていたが、特に変には思わなかった。

 とっくにネコみたいな教皇が居るのだ。

 むしろネコの方がおかしい。

 魚好きでニャーニャー言うし、ごはんを食べるとすぐに寝る。

 日向ぼっこも好きだし、本当にネコなんじゃないかと思ってしまう。


「うむ.....良いじゃろう!!宮廷魔術師よ!!観衆達に害が及ばぬように、しっかり務めを果たすのじゃ!!」


「「「「「はい!!」」」」


 円形闘技場(コロセウム)の要所要所に配置された宮廷魔術師達。

 手に持つ杖を掲げ、アーシェラに答えた。

 万が一、観衆達にカオルとオダンの魔法の余波が来ても、全力で障壁を張るのだ。


 グローリエルの時になぜやらなかったのか?

 実はやっていた。

 やってはいたが、2人はエルヴィント帝国民。

 国民を進んで傷付けるような魔法を、カオルとグローリエルが使うはずもなかった。


「オダンさん。魔法を使っても良いそうです。ボクも、全力でお相手させていただきますね?」


「わかったヮゥ。。。。」


 話し合いも着き、2人は距離を取って対峙した。

 ヘルマンは慌ててオダンから離れ、円形闘技場(コロセウム)に立つ石柱の影に隠れた。

 なんという情けなさ。

 貴族の誇りなど、当の昔に失っている。

 観衆達の視線も冷ややかで、アーシェラの中では決闘終了後は改易(かいへき)する事が決まっている。

 全て、アーシェラの思惑通りだ。

 なんという策士。


「魔装【契約(コントラクトゥス)】」


 カオルは、宣言した通り本気でオダンに立ち向かう。

 魔装換装(まそうかんそう)を唱え、黒曜石の軽装鎧に漆黒のゴスロリ服へと変身する。

 それは、土竜の提案で作り出したカオルの戦闘服。

 この服を着る時は、本気を出す時と決めている。


 そして、カオルの姿を見て、貴族席の一画が慌しく騒ぎ始めた。

 古代魔法の魔装換装(まそうかんそう)に驚いたという事も、もちろんあるのだが、何より驚いたのはカオルが纏う黒い鎧。

 錬金術で作り出した『黒曜石の鉄板』。

 それは、カムーン王国で作られたもの。

 

「あらぁ~♪さすがカオルちゃんねぇ~♪アレ、黒曜石よぉ~♪」


 緊張感の無い女王エリーシャの声。

 第二王女のエメはコクコクと頷き、エリーの黒大剣の存在をダンジョンで知っている第一王女のティルとフェイは、カオルの姿を注視していた。


「まさか、鎧まで.....」


「そうですね......ですが、当然かと思います。剣が作れて、鎧が作れないはずがありませんから」


 達観した様子のティルとフェイ。

 エリーシャはいやらしく目を細め、カオルの姿に微笑んだ。


「エリーシャ女王様」


 そこへ、アブリルの近くで観戦していたヴァルカンがやってきた。

 ヴァルカンはエリーシャの前で跪き、「剣聖フェイを貸していただきたい」と進言した。


「あらら~♪どういう事かしらぁ~♪」


「はい。カオルは、『全力でオダンを相手にする』と言いました。ここに居る宮廷魔術師だけでは、荷が重すぎます。そこで、私とフェイ。それに、剣騎グローリエルの3人で、カオルの魔法の余波を受け止めたいと思います」


「あれほどの数の宮廷魔術師でも、主様の魔法に耐えられないと言うの?」


「ティル王女。カオルは、主様ではございません。お間違いの無い様に」


 勝手にカオルと結婚する事を決めているティル。

 即座にヴァルカンに釘を刺され、ムスっとした表情を浮かべている。

 本当にカオルは罪深い。

 この場合は、カオルが悪い訳では無いのだが。


「う~ん....フェイちゃ~ん♪お願いできるかしらぁ~♪」


「畏まりました。ヴァルカンと共に、任務に就きます」


「お願いねぇ~♪」


 フェイと連れ立って円形闘技場(コロセウム)の舞台へ降りるヴァルカン。

 グローリエルと三方向に別れ、カオルとオダンを取り囲んだ。


「すまんの!!エリーシャ!!」


「いいのよぉ~♪と~っても楽しみだわぁ~♪」


 隣の貴族席から顔を覗かせたアーシェラ。

 エリーシャが手を振り、頷き合う。

 剣騎セストとレイチェルの2人がフェイとグローリエルが抜けた穴を塞ぎ、貴族席の警戒を始める。

 暗殺を目論む輩は、いつ、どこで襲ってくるのかわからない。

 

「お母様」


「うむ。始まるようじゃの」


 フロリアと簡単な会話を交わし、アーシェラはカオルとオダンを見守る。

 今から始まるのは壮絶な戦い。

 先ほどまでは前座だ。

 これからが本番。

 今日一番の大歓声が、カオルとオダンの2人に贈られた。

 

「オダンさん!!行きます!!」


「いつでもヮゥ....」


 準備が完了し、戦闘態勢に入った2人。

 決戦が始まった。

 

 先に動いたのはカオル。

 先の先を取るのは、いつものカオルの戦い方。

 ヴァルカンの様に後の先ではない。

 それは、ある意味性格なのかもしれない。

 実に子供らしい戦い方だ。


「はぁあああああああああああああ!!!!!!!!!」


 『飛翔術』で全身に風を纏い、疾風のごとき素早さで、カオルは刀を抜き放つ。

 棚引かれる銀線が弧を描き、美しい曲線を作り上げる。

 すかさずオダンは両手に持った片手剣を重ね合わせ、十字の構えで受け止めた。

  

 赤い火花が散る。


 そしてカオルは気付いた。

 オダンが手にする二振りの片手剣は、白銀(ミスリル)だという事に。


「ウゥウウウウウウウウウウウ!!!」 


 オダンの低い呻り声。

 気合を溜めてカオルを押し返し、そのまま胴回し蹴りをカオルの横腹目掛けて繰り出す。

 負けじとカオルも身体を捻り、両者の足が交差した。

 

 鈍い衝撃音。


 2人はお互いの威力が相殺され、後方に吹き飛んだ。

 即座に姿勢制御し、身構える。

 カオルもオダンも笑みを浮かべ、同時に地面を走り出した。

 眼前へと迫る両者。

 剣身を自分の背後に回して、変幻自在の剣撃を見せるオダン。

 カオルは刀を鞘に戻し、神速の抜刀術で全ての斬撃を凌いでみせた。


 拮抗(きっこう)する両者の力。

 

 観衆達は、固唾を飲んで見守りながら手に汗握る戦闘に興奮していた。

 なんという戦い。

 なんという力のぶつけ合い。

 決闘とは、これほど胸踊るものなのだろうか。

 今の観衆達は、平凡な現実から隔離されている。

 ここは別世界。

 打ち付け合う度に舞い散る花火が、あまりにも幻想的過ぎる。

 これは決闘。

 とても崇高なもの。

 決闘の理由はとても浅はかでくだらない物であったが、そんな事はどうでもいい。

 今はただ、少しでも長くこの戦いを見ていたい。

 素晴らしい。

 誰の目にもそう映る。

 商人も、住人も、冒険者も、兵士も、近衛騎士も、宮廷魔術師も、剣騎も、剣聖も、貴族も、王女も、皇女も、女王も、皇帝も。

 今は、今だけは身分など関係無く、カオルとオダンの猛攻に、見惚れていた。


「オダンさん!!」


「うぅううう!!」

 

 お互いの繰り出した強い斬撃の後、一度離れて距離を取る。

 そして、ニヤリと笑い呪文を唱えた。


「輝かしき金色(こんじき)閃光(せんこう)よ!『トニトルス』」


「燃え盛りし火球よ!!『ファイアーボール』」


 カオルが撃ち出したのは雷線。

 オダンが撃ち出したのは火球。


 火魔法の中でも初級に分類される『ファイアーボール』のはずなのに、オダンの火球はとても大きく、また速度も異常に速かった。


 だが、カオルの雷線はそれの比ではない。

 とてつもない熱線に晒され、『ファイアーボール』は消え去った。

 オダンは慌てて雷線から身を遠ざけるが、呪文を詠唱した事により僅かに回避が遅れて左足に軽微な火傷を負う。


 そして、撃ち出された雷線の先には、カオルの師匠であるヴァルカンが居た。


「うぉおおおおおおおお!!!!!!」


 深く腰を落とし剣気を溜めて、迫り来る雷先に刀を抜き放つ。

 刀と雷線が接触した瞬間に大爆音が鳴り響き、観衆達の耳を大音が叩いた。

 

 それは、刀術『抜打先之先(ぬきうちせんのせん)』。

 ヴァルカンがもっとも得意とする技であり、抜刀の瞬間に火魔法を刀に送り、剣気と魔力が混ざり合うと紅蓮の炎を発生させる物。


 周囲にパラパラと飛び散る(つぶて)

 

 近くに居た宮廷魔術師が慌てて障壁を展開し、観衆達に降り注ぐ礫からその身を守った。


「....行きます」


 ヴァルカンの様子をチラリと横目で確認し、カオルは続けて魔法を唱える。


「振り下ろされしは金色(こんじき)の刃!(うな)れ!」


 それは短文呪文。

 紡がれし言葉は、マナと魔力の回路。

 狙うはオダン。

 上空より大熱量の雷を落とす。


「『イカヅチ!!』」


 その瞬間。

 空が鳴いた。


 『トニトルス』よりも眩しい落雷が、オダンの頭上から撃ち下ろされる。

 慌てて回避を試みるが、あまりの速さに対応できない。

 仕方なく『火の障壁』を張り巡らし、カオルの『イカヅチ』を迎え撃った。


 一瞬の静寂。

 

 オダンの周りの地面は焼け焦げ、オダン自身からも煙が上がっている。

 それは、オダンが展開した『火の障壁』では、カオルの『イカヅチ』に対抗できなかった事を意味していた。


「グゥウウウウ.....」


 ジッとカオルを見詰めるオダン。

 しかし、その目の輝きは失われていない。

 まだいける。

 そう告げていた。


「オダンさん。本気でいきます」


 カオルがそう言うと、周囲に殺気が放たれる。

 誰もがカオルの雰囲気が変わった事に気が付いた。


 それは恐怖。


 今のカオルが纏う空気は、人のそれとはまったく違う。

 子供達は親に泣き付き、大人達はカオルから目を背ける事ができない。

 カオルの一挙手一投足から、目を離す事ができないのだ。


「聖盾イージス、『守護結界!!』」


 カオルの呼び声に答え、虚空から聖盾イージスが飛び出し輝いた。 

 やがて、円形闘技場(コロセウム)の舞台全体を薄い膜が覆い尽くした。

 

 それは、聖盾イージスの効果。


 薄い膜は障壁(バリア)であり、外からのいかなる攻撃も防ぐ事ができる。

 そして、内部からは絶対に出る事ができなくなり、また攻撃の類も漏れる事は無い。

 

 カオルは閉じ込めたのだ。

 オダンと、石柱の影に隠れるヘルマンを。


「....やばいな」


 ヴァルカンがボソリと呟いた。

 カオルがこれから何をするのか。

 それを想像したのだろう。


 手に持つ刀を鞘に戻し、顔を顰める。

 隣で佇んでいた、ホビットの女性宮廷魔術師は、ガタガタと震えている。

 先ほどのカオルの魔法に、衝撃を受けたのだろう。

 ヴァルカンがもし居なければ。

 ホビットの宮廷魔術師。

 クロエ・レ・デュル次期公爵が、その身を犠牲にしてでも、観衆を守らなければいけない。

 

「あ、あの....」


 震えるクロエに、ヴァルカンは頭を撫でた。

 落ち着かせるために。


「ん?ああ、さっきのカオルの魔法か?

 あれは全力で撃ってないから大丈夫だぞ?現に、私でも防げたからな。

 カオルが本気で撃てば、もっと長時間熱線に晒されたはずだ。

 カオルは、わざと私が居る場所にあの強さで放ったんだろうな。

 まったく、カオルは優しいヤツだ」


 カオルに信用されて、嬉しそうに笑うヴァルカン。

 クロエは(ヴァルカンの頭がおかしいのではないか)と思っていた。


 そして、聞きたかった事はそれではない。

 あの障壁が何なのかという事だ。


「ち、違うんです....あの障壁はいったい....」


「さぁ?私も初めて見るが....もう、私達に仕事は無さそうだって事はわかるな....」


 障壁を見詰め、ヴァルカンがそう語る。

 クロエもヴァルカンの視線を追い、障壁とカオル達の姿を見詰めた。


「オダンさん....動かないでくださいね.....死にますよ....」


 静かなカオルの声に、オダンは耳と尻尾を逆立てる。

 ようやく身体から立ち昇っていた煙が落ち着き、片膝を地面に突いていた。


「幾千幾万の(いかづち)よ!天よりの裁きを雷轟(らいごう)となりて、その力を我が前に示せ!」


 それは、『広域殲滅魔法』。

 夥しい数の魔物・魔獣を一撃の下に葬り去り続けてきた、カオルの持つ最大の魔法。

 最近では、海に向かって放ち魚を獲るという、あり得ない事に使っている。

 なんという常識知らず。

 本人はいたって真面目だ。

 恩恵を受けている者達が非常に多く、誰も文句を言っていない。

 魚好きが多いのだ。


「『テスラ!!!』」


 その瞬間。

 障壁の中で、幾千幾万の雷鳴が轟いた。

 耳を劈く空の悲鳴。

 数え切れない幾つもの雷が舞台を貫き、土煙を巻き上げる。


 目の前で繰り広げられた信じられない光景に、観衆達は目を剥いた。

 鼓膜を叩く轟雷に、瞼に焼き付く雷光。

 もし自分があの中に居たら、間違い無く死ぬだろう。


 カオルが、聖盾イージスの『守護結界』を解く。

 しばらくして土煙が晴れると、そこには地面に片膝を突いた格好のまま固まるオダンと、雷に打ち砕かれて粉々になった石柱の近くで、失禁しているヘルマンがいた。


「オダンさん。降参してくださいますか?」


「.....」


 オダンは、カオルを見上げて頷いた。

 自分は、カオルに勝てない。

 第1級冒険者として持て(はや)されていたオダン。

 数々のクエストをこなし、死に物狂いで今の地位を築いた。

 同じ冒険者からも怖がられてきた自分は、いつも1人だった。


 何度も死に掛けた。


 それでも、(負けるもんか)と自分を奮い立たせて生き抜いてきた。

 それが、これほど呆気なく子供に負けた。

 慢心していた訳ではない。

 気が緩んでいた訳でもない。

 この可愛い子供が、自分よりも強かっただけだ。


 カオルは、オダンに近づき回復魔法を使う。

 全身に軽度の火傷。

 特に左足は念入りに。

 全てカオルが付けた傷。

 カオルは小さく「ごめんなさい」と呟いた。


「.....」


 オダンが泣いた。

 情けなくて、哀れんでカオルが謝った訳ではない。

 顔を見ればわかる。

 傷付けてしまって、申し訳無さそうに表情に影を落としているのだ。

 なんと優しい。

 負けたはずなのに、オダンの心は実に晴れやかだった。


 やがて、吹いていた風が止み、オダンの身体から淡い緑色の輝きが消えると、火傷など無くなっていた。

 

「オダンさん。あとで、一緒に食事でもどうですか?今日戦ったみなさんと、ボクは食事がしたいです♪」


 朗らかな笑顔で、カオルはオダンを食事に誘った。

 意図せず戦う事になったものの、別にカオルは冒険者達を嫌っている訳ではない。

 ただ少しでも見識を広めたい。

 遠くイシュタルからやってきたオダン達の話しをカオルは聞きたいのだ。


「わかったヮゥ.....」


「よかった♪でも、その前に決着を着けなければいけない事があります。少し待ってていただけますか?」


「うんヮゥ....」

 

 どこか嬉しそうなオダン。

 可愛らしい語尾など気にせずに、カオルに答えた。

 

 オダンは、カオルの優しさが嬉しかった。

 誰もがオダンを見ると恐れていたはずなのに、カオルは一切臆した様子を見せない。

 カオルにとってオダンは、第1級冒険者ではなく、ただのオダンなのだ。

 珍しい天狼族の1人。

 カオルはオダンをそういう認識で見ていた。


「ヘルマン子爵」


 失禁し茫然自失状態のヘルマンに、カオルは歩み寄る。

 ヘルマンはうろたえ、懐からナイフを取り出し、近づくカオルを威嚇していた。


「よ、寄るな化物め!!なんだ貴様は!!なんなんだ!!こ、この人の皮を被った化物め!!」


 口汚い言葉でカオルを罵るヘルマン。

 観衆達はジッと黙ってその様子を見ている。

 カオルの家族や、カオルを良く知る人物は、そんなヘルマンに殺意を込めた視線を送り、アイナが飛び出そうとしたのをフランチェスカが慌てて止めていた。


「....確かに、ボクの力は化物なのかもしれません。

 それに、ボクは魔物へと姿を変えられた人を殺しています。最低ですね。

 ですが、あなたはそれ以上に最低です。

 ボクの家族に失礼な物言いをし、他者の影に隠れるなど、貴族としての振る舞いにも問題があります。

 あなたは言いましたね?ボクの愛しい人に対し『奴隷じゃないか』と。

 たとえ奴隷に身を落とそうとも、同じ人間に対し蔑んだ言い方をするあなたは、人間以下です。ゴミはゴミらしく、消し去らなければいけません」


 カオルの瞳に怒りが篭る。

 左目が明滅し、やがて黄色い竜眼に変わった。

 

 明らかな怒り。


 ヘルマンは、ナイフをカオルに投げ付け、逃げ出そうともがき出した。


「....まだ理解していないようですね。わかりました。あなたの性根を、叩き直してあげます」


 ナイフを避けて、カオルは魔法を唱えた。

 それは、土魔法。

 相手を威嚇し、怯えさせ、屈服させるため。


「我が愛しき(さなぎ)達!血となり肉となり!我に力を示せ!『クリサリディーズ』」


 矢継ぎ早に紡がれた呪文。

 魔法の発動と共に、地面がボコボコと波打ち、現れたのは土塊。

 100体にも達する量の『ゴーレム』が出現し、逃げるヘルマンの周囲を取り囲んだ。


 逃げ場を失い目を回すヘルマン。

 ゴーレム達は身を屈め、逃げる隙間を作らない様に壁となった。


「我が血、我が力、我が魂の契約により、時の(ゲート)よりかの者を召喚する」


 それは、召喚魔法。

 ファルフの様なエーテル体ではなく、実体のある者。

 原初より存在し、カオルと契約を交わした『かの者』を、カオルは召喚する。 


「『土竜王クエレブレ』」


 カオルの呪文により、中空に五芒星の魔法陣が描かれた。

 時の門が、開かれたのである。


「グルル.....」


 太く、低い声が響き渡る。

 聞く者は、誰もがその身を震わせ恐怖した。

 やがて五芒星から姿を現したのは、 大きな爬虫類を思わせる黄色い瞳に、50mはあろう体躯(からだ)

 魚の鱗を思わせる皮膚に、大きな翼が羽ばたくと、辺り一面に突風が巻き起こった。


 その姿はまさにドラゴン。


 伝説とまで言われた上級竜種が、今そこに居るのだ。


「ヘルマン子爵。全ての罪を謝罪しなければ、土竜があなたを食べるそうです。どうしますか?」


 脅迫。

 いや、調教かもしれない。

 

 土竜は低い呻り声を上げて地面に着地すると、大地が震える程の地響きが発生する。

 誰もが絶句し、言葉を発せずに居る。

 ある者は息をする事も忘れ、ついに倒れてしまった。


「グルル......」


 ヘルマンの頭上で唸り声を上げる。

 ものすごい威嚇に、ヘルマンはまたも漏らし、震えながら見事な土下座を披露した。


「わ、悪かった!!わ、私が全て悪い!!だ、だから、どうか許してほぢい!!だ、だのむ!!」


「反省していませんね。手足のどちらかを、食い千切ってもらいましょうか?」


「ひぃ!?」


 白目を剥いて失神したヘルマン。

 ヴァルカンはガッツポーズをして喜び、カルア達は微笑んだ。


 カオルは、ニコリと笑ってゴーレムにお礼を告げて土に返す。


「土竜。わざわざありがとうね?」


「なんだ。もう終わりか?」


「うん♪さすがは土竜だね♪ヘルマン子爵、すっごく怯えてたよ♪」


「ふむ。カオルの役に立ったのならば良いだろう」


「あはは♪そうそう、これお礼ね?」


 アイテム箱から巨大な肉塊を取り出し、土竜の口に放り込む。

 それは、牛丸々1頭を調理した、香草焼きだ。


「ふむ.....少々味が薄いのではないか?」


「むー!!香草焼きは味が薄い物なんだよ!!じゃぁ....これならどう?」


 土竜に不満を言われ、カオルは意地になった。

 今度は牛のステーキを取り出し、小さいからか次々に土竜の口に放った。


「ふむ!!これは美味いな!!ありがとうカオル!!」


「よかった♪どういたしまして♪」


「では、我は帰るぞ。しばらくは眠る。また何かあれば言うがいい」


 カオルに別れを告げて、中空の魔法陣の中へと姿を消した。

 呆気に取られる観衆達。

 アーシェラ達も気絶しそうになるが、なんとか耐えてみせた。


「....それで、アーシェラ様?決着着きましたけど、どうしますか?」


「う、うむ....しょ、勝者、香月カオル伯爵!!!」


 無音。


 どうしたら良いのかわからず、観衆達は隣同士で顔を見合わせる。

 やがて、パラパラと拍手が聞こえ、最後には激闘を称え大歓声がカオルに贈られた。


 こうして、香月伯爵対ヘルマン子爵の決闘は幕を閉じた。

 後にヘルマン子爵は改易されて、平民へと落ちる。

 全ての責任を取り、10年間の強制奉仕をさせられるのだが、誰も興味は無かった。


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