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第二百十話 優しき紳士

 エルヴィント城で一夜を明かしたカオル達。

 ヴァルカンは1人カオルから離れ、エリーシャ女王が泊まる迎賓館へと赴いていた。


「それでぇ~♪ヴァルちゃんは~♪私に~♪何のご用なのかしらぁ~♪」


 あまり寝ていないはずなのに、エリーシャは相変わらずの口調だった。

 ティルとエメの2人は、隣の寝室で眠っている。

 昨日の宴はとても楽しく、夜半過ぎまで続いていたのだ。

 子供にはきつかっただろう。


「エリーシャ女王様。実は....」


 ヴァルカンはアイテム箱から愛刀『イグニス』を取り出し、エリーシャの前で掲げて見せた。

 鞘から引き抜かれた刀身は、中央部分から真っ二つに裂けていて、使い物にならない状態である。


「あらあら~♪たいへんねぇ~♪」


 表情を変えないエリーシャ。

 『イグニス』は、ヴァルカンが剣聖に任命された際に、エリーシャの手から下賜された物。

 今日、ヴァルカンがここを訪れたのは、謝罪をするためだ。


「申し訳ございません。エリーシャ女王様にいただいた刀を、私は壊してしまいました」


 今にも泣き出してしまいそうなヴァルカン。

 ずっと大切にしてきた刀を、自分が不甲斐ないせいで砕いてしまった。

 いくら謝っても戻って来ない。

 悲壮感に、押し潰されてしまいそうだ。


「.....ヴァルカン?この刀は、あなたを守ったから、壊れたのですよ?刀も本望だったと思います。だから、そんな顔をしないであげて?刀が可哀想よ」


 エリーシャの口から、優しい言葉が紡がれた。

 それは、普段のおどけた話し方ではない。

 慈愛の満ちた、母親の様な声色。


 歴代最強の策略家として、カムーン王国の主軸を担うエリーシャは、時折こうして真実の顔を垣間見せる。


 それは、作戦でもなんでもない。

 ただ1人の人間として、うちひしがれ、心弱る者と対面している。

 ヴァルカンは、そんなエリーシャを知っている。

 何年も傍で仕えて来たから。

 剣聖として。

 剣士として。

 騎士として。

 フェイと共に、カムーン王国のために尽力してきた。

 

 ただ、嫌になった事がある。

 いつまでも終わらない内乱。

 力無き者達は、いつも蹂躙されて最後を迎えていた。

 そのための剣聖。

 そのための武力。


 だが、ヴァルカンは心が弱かった。


 相次ぐ内乱で、見たくは無いものを沢山見てきた。

 我が子を盾に戦う者。

 仲間を見捨てて逃げ出す者。

 血の繋がった者達同士で殺し合う者。

 生きる事に、この世界に、辟易としていた。

 だからこそ、面倒臭いと吐き捨てて、剣聖の座を返上した。

 

 エリーシャは、何も言わなかった。 

 叱責も、叱咤も、まして、咎める事などしなかった。

 わかっていたから。

 ヴァルカンが、心優しい人間だという事を。

 

 誰だって辛い。

 来る日も来る日も咎人を追い掛け、殺し、泣く。

 どんなに心強い人間でも、けして耐えられる事ではない。

 だから、エリーシャはヴァルカンが去った後、改革を始めた。

 それは、実に効果があった。

 内乱は減り、国は豊かになった。


 何をしたのか。 


 それは、エルヴィント帝国との同盟。

 ヴァルカンの最後の仕事は、剣聖としてエルヴィント帝国に親善訪問する事だった。

 

 そして、無事に同盟は結ばれ、両国の関係は強固な物となった。

 しかし、まさか豊かになると腐敗するなど、エリーシャは思っていなかった。

 策略家が、見誤ったという訳だ。

 今回のティル王女暗殺未遂は、エリーシャの胸に深い爪跡を残す結果となる。

 もちろん、そんな姿は微塵も見せない。

 自分は女王なのだから。

 家臣に、民に、不要な心配を掛けてはいけない。


「....ありがとうございます。この刀は、常に私と共にありました。本当に、本当にありがとうございます」


 跪き、涙を流すヴァルカン。

 エリーシャは立ち上がり、刀を受け取りヴァルカンを抱き締めた。


「ヴァルカンが幸せに成れて、私はとても嬉しいわ」


「エリーシャ女王様....」


「香月カオル伯爵は、本当に素敵な人だもの。でもね?」


 ゆっくりと身体を離すエリーシャ。

 目線がぶつかり、エリーシャが告げた言葉は、とんでもないものだった。


「私もカオルちゃんが気に入っちゃった♪」











 一方その頃。

 カルアとエルミアは、アブリル達を連れて朝一で領地へと戻り、カオルはエリーと2人でエルヴィント城内を歩いていた。

 それは、お礼を言うため。

 その相手とは.....


「お邪魔します」


「よく来てくれた香月伯爵。ささ、そこに座るといい」


「はい」


 財務卿のアラン・レ・デュル公爵の執務室へと訪れたカオルとエリー。

 促されるままソファーに座り、部下の男性が淹れた紅茶を啜ったエリーが、顔を顰めた。


「.....カオル」


「うん?」


「.......」


 気まずそうにエリーは紅茶のカップを見詰めた。

 どうやら、口に合わなかったようだ。


「なんだ?まずかったのか?そんなはずはない。私は、紅茶だけはうるさいのだ。どれどれ.....」


 アランも一口飲み込んで、何度も瞬きを繰り返した。


「...なるほど。これはすまなかった。不味いな」

 

 肩を落とすアラン。

 紅茶好きとして知られるアランが、口にしたくないほど美味しくない紅茶を客に出してしまった。

 計り知れないショックを受けたのだろう。


「なるほど。これ、日にちが経ち過ぎてるみたいですね。香りも悪いですし、色もあまり....」


 即座に品評するカオル。

 アランは申し訳なさそうに謝罪し、部下の男性に紅茶を破棄するように告げた。


「あ、ちょっと待ってください。この紅茶、アールグレイですよね?」


「は、はい。そうです」


「茶葉をいただけますか?」


「わ、わかりました。少々お待ち下さい」


 慌てて備え付けの簡易キッチンへと駆け出す部下の男性。

 しばらくして、小さな缶をカオルの前に差し出した。


「ありがとうございます。このアールグレイに、これをブレンドして.....」


 アイテム箱から紅茶セットを取り出し、アランの前で調合し始める。

 やがて、調合が終わりカオルは紅茶を淹れてアランの前に差し出した。


「どうぞ」


「あ、ああ....」


 恐る恐る、カオルに差し出されたカップに口を付ける。

 すると、ほのかな甘味が口内へ広がり、柑橘系の香が鼻からスッ抜けて行った。

 

「う、美味いな....」


「お口に合ったようでよかったです♪はいエリーの分と、あなたもよかったらどうぞ♪」


 部下の男性を気遣って、カオルは紅茶の入ったカップを差し出した。

 エリーは満足そうに紅茶を口にし、部下の男性は一口飲んで、顔に花を咲かせていた。


「アールグレイは、元々後からベルガモットで柑橘系の香りをつけた紅茶なんです。

 なので、そこにダージリンをブレンドしました。

 香りは...うん。こんなものでしょうか。

 味がちょっと落ちてるかもしれませんが、紅茶好きと名高いアラン財務卿が美味しいと評価してくださるならば、問題ありませんね♪」


 カオルが、朗らかな笑顔で説明した。

 確かに、味は落ちてしまっているかもしれないが、カオルが淹れた紅茶は、先ほどの物と比べ格段に美味しい。

 アランは、ウンウン頷いて、カオルにお礼を告げた。


「香月伯爵。ありがとう。とても美味しい紅茶を飲ませてもらった」


「いえ♪捨てちゃうのは、もったいないと思っただけなので♪」


「ハハハ!!貴族としてはなんとも言えんが、人としては素晴らしい考えだ!!」


「そうですね♪アラン財務卿の言葉を借りると、『新しい物を買って経済を回せ』といったところですね♪」


「ああ、その通りだ!!だが、この紅茶は素晴らしい!!香月伯爵の心遣いを感じる、実に良い物だ!!」


 笑い合う2人。

 今まであまり接点が無かったはずなのに、まるで旧知の仲の様に感じてしまう。

 エリーは早々に紅茶を飲み終え、カオルにおかわりを要求していた。


「あ、これブレンドした茶葉です。よかったら飲んでください」


「は、はい。ありがとうございます....」


 部下の男性に茶葉を手渡し、カオルは本題を切り出した。


「まずは、アラン財務卿に感謝を。先日、当家にピアノを運んでくださったそうで....お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」


 カオルがここへ来た理由のひとつが、これであった。

 アーシェラから頼まれたアランは、カオルがいない間に帝都にあるカオルの屋敷にピアノを運んでいた。

 その事を後から聞かされたカオルは、お礼を言いに来たのだ。

 なんと律儀な事だろうか。


「わざわざお礼を言うとは.....香月伯爵は、義理堅いのだな....」


「いえ。お忙しい中、時間を割いていただいたのは事実ですので」


「そうか....」


 ズズッと紅茶を啜る音が部屋に響く。

 次にお礼を言ったのはアランの方であった。


「香月伯爵。この度は、娘のクロエの為に茶会を引き受けてくれてありがとう。感謝する」


「いえいえ♪他の魔術師の方とお会いする機会があまり無かったので、ボクも嬉しいです♪」


「親の私が言うのもなんだが、クロエは宮廷魔術師としては中々に優秀でな。

 ただ、次期デュル公爵家を継ぐ者として、少々過保護に育ててしまった。

 それゆえに、あまり外の世界というもの知らん。

 香月伯爵と剣騎グローリエルとの会談で、少しでも何かを得てくれると期待している」


 我が子の話しをとても嬉しそうに話すアラン。

 子煩悩(こぼんのう)なのだろうか?

 グローリエルの父親であるエルノールもそうだが、公爵家というものはなんとも親バカである。


「アラン財務卿は、クロエさんの事をとても愛していらっしゃるのですね♪素敵だと思います♪」


 王子様スマイルのカオル。

 アランは、飲んでいた紅茶を噴き出し、部下の男性が慌ててハンカチを差し出していた。


「ゴホッゴホッ...香月伯爵は、突然なんて話しをするのだ!!」


「ですが、事実ですよね?アラン財務卿がクロエさんの話しをする時に、言葉の端々から優しさを感じました♪」


「グゥ.....」


 カオルに全てを見透かされ、まさにグゥの音もでないアラン。

 そこへ、もう1人の部下の男性が、羊皮紙の束を持って現れた。


「お話中失礼します。アラン財務卿?今年度の予算案と、先日の街灯補修工事費の見積りをお持ちしました」


「ああ。そこに置いておいてくれ」


「はい。それと、商業ギルドからの街道整備の依頼書です」


「わかったわかった。あとで目を通しておく。下がって良いぞ」


「では。失礼します」


 部下の男性が恭しく会釈をして立ち去る。

 アランは羊皮紙の束に目を向けて、深く溜息を吐いた。


「本当にお忙しいみたいですね?」


「あ?ああ....人手が足りなくてな.....この帝都には、50万人もの国民が住んでいるのだ。愚痴ばかり零している訳にはいかないがな....」


「う~ん.....よかったら、後学の為に、その羊皮紙を見せていただいてもいいですか?」


「うん?予算案は無理だが、補修工事費なら別に構わんぞ?」


「ありがとうございます」


 アランから街灯補修工事費の記載された羊皮紙の束を受け取り、カオルは物凄い速さで目を通した。

 本当にそれで読めているのか、アランが不思議そうな顔で覗き込む。

 エリーは未だに紅茶を啜って、羊皮紙からは顔を背けていた。

 嫌いなのだ。

 数字を見ると、エリーは頭が沸騰してしまう。

 先日、親善訪問団を受け入れる為に頭を使い、倒れたことは記憶に浅い。


「アラン財務卿?」


「なんだ?」


「ここと、ここ。数字が間違ってます。水増し請求されてますよ?」


「なんだと!?」


 カオルに指摘された箇所にアランが目を通す。

 すると、確かに過剰な金額が請求されており、人足(にんそく)費が多く計算されていた。


「.....本当だな」


「はい。それと、交換用の魔宝石がとても高価なんですけど、ボクが知る魔工技師のお店の方がもう2割は安いですよ?」


 それは、以前カオルが壷を買ったお店。

 当時カオルが拳大の魔宝石を買った時は、百万シルドだったのに比べて、この見積書に記載されている魔宝石は、同じ大きさなのに百二十万シルドもするのだ。

 明らかに高価であり、相手が帝国なのをいい事に、過剰な請求をしているようだ。


「ほ、本当か!?」


「はい。ボクが知るそのお店は、アーシェラ様がご存知なので、聞いてみるといいかもしれません。

 国家事業なので、言い方は悪いですが『吹っ掛けて』きているのではないですか?」


「うぅむ....おい!!さっそく陛下に店を聞いてくれ!!香月伯爵の言う事が誠なら、工事業者に会わねばならん!!」


「た、ただいま!!」


 部下の男性が、急ぎ足でその場を立ち去る。

 アランは紅茶を啜り自身を落ち着かせると、もう一度羊皮紙に目を通した。


「....香月伯爵は中々に優秀だと思っていたが、まさかここまでとは....

 どうだろうか?財務卿である、私の手伝いをしてはくれぬか?」 


 カオルの有能さを目の当たりにして、勧誘し始めるアラン。

 しかしカオルは首を振って答えた。


「お気持ちは嬉しいですが、ボクには領地を開拓するという仕事があります。

 着手したばかりのこの時期に、領地を離れる訳にはいかないのです」


「うむ....そうだったな....では、どうだろうか?たまに遊びに来て、こうして紅茶を飲むのは。その時に少しだけ力を貸してくれればいい。

 こ、今度は良い紅茶を用意しておくぞ?」


 有能なカオルと、少しでも縁を繋いでおきたいアラン。

 焦っているのが目に見えて、エリーは必死で笑いを噛み殺していた。


「それでしたら.....はい。わかりました」


「ほ、本当か!?いや、良かった!!アハハハハ!!!」


 カオルに提案を受け入れて貰え、一安心のアラン。

 そこへ、部下の男性が帰ってきて、先日のカオルが購入した壷の値段を知らされた。


「....なるほど。香月伯爵の言う通りだったな。すぐに、工事業者と魔工技師のところへ行くぞ!!

 慌しくてすまんが、香月伯爵。先ほどの件とクロエの事は、どうかよろしく頼む」


「はい♪アラン財務卿?たまには、ゆっくりと身体を休めてくださいね?」


「.....ああ。そうする。香月伯爵がエルヴィント帝国民で良かったと、私は心からそう思うぞ!!」


 部下の男性を連れて、いそいそと部屋を出て行くアラン。

 カオルは、アイテム箱に紅茶のセットを仕舞い、エリーと共にその部屋を後にした。


 次にカオルが向かったのは、ディアーヌの下。

 昨日一日顔を見せなかったのには、ある理由が。

 それは....


「おじゃまするね?」


「カオル!?」


 扉をノックし、室内へと歩みを進める。

 侍女のメイドが壁側に控えていたので、軽く会釈を交わした。


「ディアーヌ、大丈夫?」


「平気よ。もうだいぶ良くなったし」


「だめだよ?風邪は、ぶり返したりするんだから」


 ディアーヌが、エリーシャ達に顔を見せられなかった理由が風邪であった。

 集中して勉強をしていたディアーヌは、ついつい夜更かしをしてしまい体調を崩した。

 弱った身体には、風邪のウィルスに対抗できるだけの力は無く、簡単に風邪に掛かった訳だ。


「とりあえず、『浄化』」


 部屋全体に『浄化』の魔法を掛けて、カオルはアイテム箱からポットとカップを取り出す。

 そして、ポットの中身をカップに注ぎ入れ、ポットをサイドテーブルの上に置いた。


「これは、生姜湯っていう飲み物だよ。飲みやすいように、ハチミツとレモンを入れておいたから、飲んでみて?」


 優しきカオルは、ディアーヌが風邪で臥せっていると聞いて、すぐにこれを用意していた。

 なんという慈愛の神。

 料理洗濯掃除に看病。

 そして、戦えば剣に魔法になんでもござれ。

 一家に一台カオルを。

 引き篭もり生活が、捗ります。


「....美味しい」


「よかった♪おかわりは、そこのポットの中にあるからね♪味覚が平気そうなら、すぐに治りそうだね♪」


 ディアーヌのカップを持つ手をそっと支え、頭を撫でるカオル。

 柔らかい笑顔は、ディアーヌの心を温かくした。


「ありがとう、カオル」


「どういたしまして♪でもね?あまり根を詰めていると、もっと大きな病気になったりするんだからね?気を付けなきゃだめだよ?」


「うん....」


「ディアーヌが、早くアルバシュタイン公国の復興をしたいのはわかるんだ。

 だけど、ディアーヌがこうやって倒れたら、復興どころじゃなくなっちゃうんだからね?」


「わかってる....」


「うん。じゃぁ小言は終わり」


「えっ!?」


「だって、ディアーヌが一番悔しいのはわかってるから。

 だから、小言はお終い。実はね?ジャーン!!お粥を作ってきたんだ♪」


 カオルが次にアイテム箱から取り出したのは、お膳に乗せられた土鍋とレンゲ。

 それは、今朝カオルが生姜湯と共に作ったお粥。

 風邪をひいた時には、やはりお粥だ。

 カオルの両親も、カオルが風邪をひくと作ってくれた。


 土鍋に水を入れて火にかける。

 昆布でしっかり出汁を取り、そこに少し硬めのお米を入れて、沸々と煮だったら火を止める。

 しばらく置いて、最後に生卵を割り入れ塩を少々。

 それが、香月家で出されるお粥だ。

 

「熱いから、よく冷まして食べるんだよ?」


「うん....うん.....」


 カオルの優しさが身に染みて、ディアーヌは涙を流した。

 カオルはそっとハンカチで涙を拭い取り、レンゲで一匙お粥を掬い、フーフー息を吹き掛け冷ましてあげた。


「はい。あーん....」


「あーん」


 カオルの手ずからお粥を口に運び入れてもらう。

 初めて食べるお粥は、薄味のはずなのに、少し塩気が強く感じた。

 それは、涙の味。

 カオルは優しい。

 優しくで、思い遣りのある、気遣いのできる子だ。


「早く元気になってね?」


「うん....」


 甲斐甲斐しくカオルに介抱されるディアーヌ。

 エリーは眉間に皺を寄せ、頬を引き攣らせて眺めていた。

 だが、注意はしなかった。

 ディアーヌが、病床に臥しているから。

 エリーにとって、カオルにあーんをしてもらうのはとても羨ましいが、今だけは許そう。

 帰ったら、自分もカオルにしてもらえばいいのだ。

 カオルは、エリーの婚約者なのだから。


「....よかった♪全部食べられたね♪」


「とっても美味しかった。ありがとう、カオル」


「あはは♪いいんだよ♪誰だって、病気になるんだから♪お互い様でしょ♪」


 おどけて笑うカオル。

 ディアーヌの手に口付けをして、「またね♪」と部屋を後にした。


「ありがとう....カオル.....」


 カオルとエリーが出て行った扉を見詰め、再度涙を零すディアーヌ。

 メイドが近づき、そっとハンカチでディアーヌの涙を拭った。


「素敵なお方ですね」


 メイドがディアーヌにそう投げかけると、ディアーヌはコクンと頷きハンカチを握り締める。

 香月カオルは、実に罪作りな優しい紳士だった。


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