第二百九話 いたずら
夕日が落ちて、月が姿を見せた頃。
香月伯爵領の上空を、大きな魔獣が飛行していた。
ヴァルカンは、カムーン王国の剣聖が着る赤い騎士服を。
カルアは、治癒術師が着る白い法衣に青いケープを。
エリーは、カオルが贈った可愛らしい白と黒のフリルの付いたプリーツスカートに、白いシャツの上に黒のジャケットを。
エルミアも、カオルが贈った白のワンピースに、黒のベストと黒のコートを。
聖騎士教会の面々は、教皇アブリルが青と白のラインの入った豪華なダルマティカを。
ファノメネルは、枢機卿が着る青い布地に白の縁取りがされた法衣を。
そして、聖騎士を代表してルイーゼとルイーズ姉妹が、全身鉄の鎧姿でファルフの背中に乗っていた。
「いや~ん♪カオルちゃん可愛いわぁ~♪」
カルアに抱き付かれているカオル。
赤い反物に小さな花が描かれた、振袖姿だ。
「カオルきゅ~ん♪」
ヴァルカンまでもがカオルに絡み付き、両手を忙しなく動かしている。
完全にオモチャ状態のカオル。
それもそのはず、今は小さな幼女姿なのだ。
「むぅ.....」
家族に囲まれて撫で回される。
周囲は美人や可愛い女性ばかりなのだが、カオルにとっては大変おもしろくない。
カオルは早く大人になりたいのだ。
身長も、将来は180cmくらいに成長する予定だ。
髭も生えるし、身体付きも筋肉質で、誰が見てもカッコイイ大人になる予定なのだ。
「ねぇ、カオルって小さい頃こんな感じだったの?」
まるで妹の頭を撫でているかのごとく、エリーはカオルに触れていた。
確かに、年齢的にみればエリーにとって今のカオルは妹だろう。
だが、ヴァルカンやカルアの年齢を考えると、子供と言われても差し支えないほど。
今のカオルは5歳くらい。
15歳で成人になるエルヴィント帝国やカムーン王国では、27歳のカルアや、24歳のヴァルカンならば、カオルくらいの年齢の子供が居ても普通だ。
「.....髪は、こんなに長くなかったけどね」
仏頂面のカオル。
口を尖らせて不機嫌さをアピールするが、その姿はかえって可愛く見えてしまう。
案の定、過剰なスキンシップを周りから受ける結果となった。
策士、策に溺れる。
そんな状態だ。
「それにしても、カオルさんは本当に可愛らしい姿になってしまって....これでは、益々世の男性達がカオルさんの虜になってしまいますね」
ウットリとした表情でカオルを見詰めるファノメネル。
実は、カオルを我が子と勘違いしているのではないだろうか?
「そうにゃ!!今のカオルは私よりもちっこいのにゃ!!頭が高いのにゃ!!平伏すのにゃ!!にゃっはっは!!」
ネコは、ここぞとばかりにカオルで遊んでいた。
もちろん、カオルを言い包める事ができるはずもなく、即座に仕返しをされた。
「アブリルは、美味しいごはんをいらないみたいだね?
わかった。明日の朝、聖都に送り届けてあげるよ。
一生不味いごはんを食べればいいんじゃない?
もう2度と会う事も無いと思うけど、元気でね?」
「にゃにゃ!?そ、それだけは許して欲しいのにゃ!!
ごめんにゃ!!調子に乗ったのにゃ!!謝るにゃ!!だからごはんだけは!!
ごはんだけは許して欲しいのにゃ!!なんでもするにゃ!!お願いにゃ!!
許して欲しいんだにゃ~~~!!!」
ペタンと座り込んで、ワンワン泣き始めるアブリル。
自業自得過ぎて、ファノメネルも手を差し伸べる事を止めていた。
「....許して欲しいの?」
「許して欲しいにゃ!!」
「ん~....じゃぁ、今からしばらくの間だけ、ボクはアブリルの親戚の子供って事にしておいてくれる?アーシェラ様を驚かそう♪」
イタズラを仕掛けるカオル。
アブリルは途端に泣き止み、悪辣にもにやけた笑みを浮かべた。
「にゃにゃ♪おもしろそうにゃ♪」
「でしょ♪どうせばれるだろうけど、本当のカオルはまだ宮殿に居る事にして、ボクはアブリルの親戚のヤマヌイ国の子にしよう。
聖騎士教会なら、大陸中の国家に知り合いくらいは居るでしょ?」
「居るにゃ!!みんなお金をくれるにゃ!!」
「猊下!!お金をくれるのではなく、お布施や治癒の報酬ですよ!!」
いつもの様にファノメネルに怒られ、アブリルは猫耳を垂らした。
しかし、尻尾はぴょんと立っていて、反省しているとはとても思えない。
「カオルちゃん♪それなら、親戚の子よりも、ヤマヌイ国から聖騎士教会に巡礼に来たって設定の方が良いかもしれないわぁ~♪」
ノリノリのカルア。
何も言わないヴァルカンは、ひたすらカオルの髪を撫でていた。
エルミアと同じで、髪フェチになったのだろうか。
「さすがカルア♪『教皇様直々に祝福をしてくれると聞いて、エルヴィントに来ました』とか付け加えれば完璧だね♪」
「そうよ~♪楽しそうだわ~♪」
「決まりだにゃ♪名前を考えるにゃ♪」
用意周到に遊び始めるカオル達。
ついに偽名まで考え始めた。
「う~ん....エリー何か良いのない?」
「わ、私!?そんなの.....突然言われても、思い付かないわよ....」
「カオルさん。楓なんていかがでしょうか?」
ファノメネルが付けたこの名前。
実は、十数年前に大ヒットした小説の主人公の少女の名前。
ファノメネルは、とてもその小説が好きだった。
パン屋の娘が主人公で、ある日買い物へ出掛けて偶然通り掛った道端で、怪我をした1人の青年を助けたところから始まり。
後日、パン屋のお客として青年が来店して、そこからラブロマンスが生まれる。
実は、青年はとある王国の王子であり、お忍びで主人公が居る街へ遊びに来ていたのだ。
当然周囲からは猛反対されて、王子はお城へと連れて行かれてしまう。
それから数年の後、傷心の主人公の前に、1通の招待状が来て.....
と続く、そんなありきたりの話しなのだが、乙女なファノメネルは、その小説が好きだった。
だから『楓』と、カオルに提案したのだ。
「楓....うん。とっても良い名前だね♪では、ボクは今から楓ということで♪」
「カオルちゃん?ボクじゃなくて、私でしょ?」
「あ、そうだね....うぅん。そうですね。私の名前は楓です。皆様?どうぞよろしくお願いします」
身体のラインにしなりを作り、女の子の様な動作で会釈をするカオル。
どこからどう見ても良家の子女らしく、ヴァルカン達は驚いた。
「カオル....じゃないか。楓は、どこからどう見ても可愛い女の子だな.....」
「ええ♪も~う、おねぇちゃんは楓ちゃんを食べちゃいたいわぁ~♪」
「女の私より女らしいとか.....負けた気がするわ.....」
「さすがは、カオ....楓様です。やはり神です」
女性らしいカオルの姿に、溜息を吐くヴァルカン達家族。
アブリルやファノメネルも感激し、ルイーゼ姉妹は見惚れていた。
「....そろそろエルヴィント城へ到着しますね?皆様、準備はよろしいですか?」
お淑やかなカオルは、ヴァルカン達に注意を促した。
その姿はまったく普段のカオルとは違ったもので、実に女性らしいもの。
大和撫子とは、こういう姿の女性の事を言うのだろうか。
「はぁ...カオルきゅん....」
「カオルちゃん....いいわぁ....」
「私、いけない何かに目覚めそう....」
「お淑やかなカオル様も....素敵です....」
目にしっかりハートマークを浮かべる4人。
カオルの以外な一面に、惚れ直したのは言うまでもなく。
やがて、エルヴィント城の門前へと舞い降りたファルフ。
門番の衛兵と近衛騎士達が慌しく迎える中、カオル達はゆったりとした動作で地面へと降り立った。
「お足下に、お気を付けくださいね?」
ファルフを腕輪へと戻し、指輪を外してチェーンに結び付けて首から下げる。
そのまま和服の胸元に仕舞い入れれば、傍から見たらカオルとは気付かれないだろう。
「では、ここから先は、ヴァルカン様にエスコートをお願いしてもよろしいですか?」
「あ、ああ....ゴホン。お任せ下さい、楓様。不肖ながら、このヴァルカンが貴女様のエスコートをさせていただきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね?」
「はい」
恭しくヴァルカンがカオルの手を取り、エルヴィント城内へと足を踏み入れる。
隣を教皇アブリルが並んで歩き、後からカルアやファノメネル達が連れ立って歩いた。
なんと言うか、今のカオルはヤマヌイ国の王族の様だ。
エルヴィント城の大広間では、既にカムーン王国のエリーシャ女王ならびに、ティル王女とエメ王女の歓迎の宴が始まっていた。
何時ぞやに見た、貴族らしい振る舞いをしていない貴族達。
飲めや歌えの大騒ぎの中、突如として現れたカオル達に、誰もがシーンと静まり返った。
「教皇アブリル様。お先にどうぞ?」
「...そうね。ファノメネル枢機卿?案内しなさい」
「畏まりました」
ファノメネルに連れられて、聖騎士教会の面々が、皇帝アーシェラのテーブルへと歩みを進める。
その後に続いて、カオル達は歩き出した。
ジッと見詰める貴族達。
その中には、もちろん公爵のエルノールやアラン財務卿。
ヴェストリ外務卿の姿もある。
剣騎グローリエルは、まったく気にも留めずに料理をムシャムシャと食べていて、思わずカオルが笑いそうになるほど。
「....遅かったの?アブリル」
「支度に手間取ったのよ。それより....ご無沙汰していますね?エリーシャ」
「あらぁ~♪アブリルちゃんじゃな~い♪お・ひ・さ・し・ぶ・り♪」
誰に対しても対応を変えないエリーシャ。
アーシェラもアブリルも、まったく気にせず話しを続ける。
「これで、我がエルヴィント帝国と、カムーン王国。そして、聖騎士教会のトップが一同に会した訳じゃの!!」
「そうねぇ~♪こんなことぉ~♪初めてねぇ~♪」
「...ババル共和国にも、使者を送ったと聞いたけど?」
「うむ。使者は送るには送ったのじゃがの....デュドネは来れんようじゃ....むしろ、来なくても良いのじゃ。面倒じゃからの」
とても面倒そうに話すアーシェラ。
これ以上デュドネの話しを膨らませまいと、アブリル達を席に座るように促した。
「ところで.....ヴァルカンよ。カオルはどうしたのじゃ?」
カオルの事をチラリと横目で見ながら、アーシェラはヴァルカンに目を向ける。
ヴァルカンは表情ひとつ変える事なく、「カオルは宮殿で休んでおります」と答えた。
「ふむ、そうなのか。それで、その子は誰じゃ?」
「はい。こちらのお方は、遠くヤマヌイ国より参られた、楓様です。以前より、教皇アブリル様とご友好があり、この度祝福を受けにはるばるエルヴィント帝国まで足を運ばれたそうです」
嘘八百を並べ立てるヴァルカン。
なんという演技力だろうか。
もしかしたら、女優になれるかもしれない。
男装で女優。
宝○歌劇団か?
「ほほう?ヤマヌイ国からのぉ?かの国は、他国と交友など無かったはずじゃが?」
カオルの事を疑っているアーシェラ。
エルヴィント帝国で、黒髪は珍しく、カオルの変装ではないかと見破っているのかもしれない。
「それについては、私からご説明してもよろしいでしょうか?」
間に割って入ったカオル。
その所作はとても洗練されていて、優雅であった。
アーシェラは一瞬目を見開き、疑いの眼差しを送る。
「良いじゃろう。話してみるがよいのじゃ」
「では、おそれながら....
皇帝陛下様の仰られる通り、ヤマヌイ国では他国とのやり取りはございません。
ですが、物の流通は行っています。
この事は、皇帝陛下様もご存知かと存じます。
このエルヴィント帝国でも、ヤマヌイ国産の反物などを販売させていただいております。
そういった経緯もありまして、私は兼ねてより教皇アブリル様と手紙のやり取りをさせて頂いて参りました。
そして、この度教皇アブリル様が、お忍びでエルヴィント帝国を訪れると耳にしました。
私は一大決心をしてヤマヌイ国を離れ、同郷である香月カオル伯爵様を頼ったのでございます」
言いよどむ事なくゆったりとした口調で、カオルは語った。
小さな幼女のしっかりとした物言いは、とても好意的に聞こえたようだ。
周囲で聞き入ってた他の貴族達は、ここまでの長い陸路を命懸けで踏破したであろう幼女を思い、涙を流して感激しているほど。
後でばらすのだが、大丈夫だろうか?
怒られるとしたら、みんなで一緒にだろう。
「.....それはなんと....大変じゃったの.....何か困った事があれば、いつでもわらわを頼ると良いのじゃ」
薄っすらと涙を流すアーシェラ。
なんというお人好しなのだろうか。
そんなにカオルの演技が素晴らしかったのだろうか。
まったく理解できない。
「ありがとうございます。皇帝陛下様に、これほど嬉しい事を言っていただけるなんて.....私は、来て良かったと、心から思います」
「うむ....うむ....今宵は、たっぷりと楽しんで行くのじゃぞ?」
「はい。香月伯爵様も、『楽しんで来るように』と見送ってくださいました。
本当にお優しい方達ばかりで....楓は、とても嬉しいです」
そっと流れる涙をハンカチで拭い、会心の演技を見せるカオル。
全てを知るはずのヴァルカン達も涙を流し、貴族達は大号泣しながら酒を呷っていた。
そんな中。
カムーン王国第二王女のエメが、トコトコとカオルの傍に歩み寄り、ギュッと抱き付いた。
呆気に取られるヴァルカン達。
カオルはエメの手を握り、微笑んだ。
「勇気付けてくださるのですか?」
「コクン」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
心が和む様な光景。
しかし、それはいつまでも続かなかった。
「あらぁ~♪エメちゃんが抱き付くなんてぇ~♪ふ~ん.....その子、カオルちゃんなのねぇ~♪」
エリーシャの一言。
カムーン王国随一の才女であるエメは、目の前の楓と名乗る人物が、カオルだという事を見抜いていたのだ。
「....なんだ。もうばれたんですか?う~ん...思わぬ伏兵でしたね。さすがはエメ王女。なぜわかったんですか?」
「クンクン」
「ボク、変な臭いする?」
「フルフル」
「でもわかったんでしょ?」
「コクン」
可愛らしい仕草のエメ。
言葉を発さないだけで、これほど可愛く見えるとは。
なんという萌え体質なのだろうか。
「...師匠。ボク、臭いますか?」
「いや。カオルは、良い匂いだぞ?私が保証する」
「はいは~い♪おねぇちゃんも保証しちゃう~♪」
「大丈夫よ!!カオルから、変な臭いなんてする訳無いでしょ!!むしろ....その....良い匂いだから....」
「カオル様は、毎日嗅ぎたい程のとても良い匂いです」
いつの間にか、匂い談議に花を咲かせるカオル達。
呆気に取られていた一同は、ガタガタと立ち上がった。
「「「「「「「「「「だましとったんかーーーい!!!」」」」」」」」」」
大絶叫。
一言一句変わらず、的確なツッコミを入れた。
なんというチームワークだろうか。
このままお笑いの道に進むのも良いかもしれない。
むしろ劇団か?
きっと喜劇だろう。
「おもしろくなかったですか?」
「面白いわけあるかーー!!」
「ガハハハ!!!英雄殿は面白いな!!!!まぁ飲め!!!」
「ヴェストリ公爵。カオルさんは子供なんですから、お酒を勧めないでください」
「まったく、エルノールはわかってねぇな!!面白いから飲む!!それだけだ!!」
公爵の面々が、面白おかしく笑い始める。
他の貴族達も楓の正体がカオルとわかり、してやられたとばかりに笑みを見せた。
「ええい!!じじぃ達は向こうで飲んでおれ!!わらわはカオルに用があるのじゃ!!」
「なんだと!?私がじじぃなら、女狐はババァではないか!!」
「そうだそうだ!!ババァめ!!」
「なんじゃとぉ!?わらわはまだ四十前じゃ!!ババァではないわ!!」
「陛下。その理屈でいきますと、40歳を越えるとババァになりますよ?」
「アゥストリは黙っておれ!!」
「まぁまぁ、アゥストリに八つ当たりしなくても」
「ええぃ!!良いから向こうに行っておれと言っておるのじゃ!!おい!!」
「はい。例の物....ですね?」
「うむ!!」
「では、公爵様方。あちらのテーブルで、極上のワインをご用意しておりますので....」
「な、なんだと!?ま、まさかそれは!!」
「ネージュ公爵領でも、年に数本しか獲れないという、例のアレですか!?」
「なにぃ!?それは飲まねぇと、ドワーフの名が廃るってもんだな!!ガハハ!!!」
策士アーシェラにより、公爵達はいそいそとその場から離れた。
どうやら、前回のカオルの独壇場は、アーシェラの逆鱗に触れていたようだ。
「ふむ。これで落ち着いて話せるの。それで、カオル!!元に戻ったのじゃな!?」
「はい。皆様には大変ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした。
楓は、謝罪すると共に、感謝を述べさせていただきます」
あくまでも楓という人物を演じ切るカオル。
アーシェラは注意しようとして、言い詰まった。
それは、あまりにもカオルの姿が可愛らしかったから。
隣に座るフロリアなんて、恋する乙女の視線をずっとカオルに送っている。
やはり、腐り始めていたか。
腐女子の道は近い。
「あらあら♪これが本当のカオルちゃんなのねぇ~♪
う~ん....私はこっちの方が好きかもぉ~♪」
ウットリとカオルを見詰めるエリーシャ。
その目は狩人のそれに近く、隣のティルは涎を垂らしてカオルを見ている。
慌ててフェイがハンカチで拭っていたが。
「またエリーシャの悪い癖が始まったのじゃ....
良いか!!カオルは、我がエルヴィント帝国民じゃからの!!渡さぬぞ!!」
「でもぉ~♪カオルちゃんにはぁ~♪名誉貴族としてぇ~♪爵位をあげようと考えてるのぉ~♪ティルちゃんとエメちゃんを助けて貰ったしぃ~♪ねぇ~♪」
緊張感の欠片も無いエリーシャの声。
聞いているだけで眠くなる。
なんという魔法だろうか。
どこぞの教師の様だ。
そして、エリーシャの言葉を聞いて、凍り付く人物が1人。
それは剣聖フェイ。
もしもカオルがカムーン王国で名誉貴族などに成ろうものなら、ヴァルカンが羨ましくて仕方が無い。
ただでさえヴァルカンは伯爵のカオルと婚約していて羨ましいのに、さらに自国であるカムーン王国の貴族にでも成ってしまったら....
発狂するかもしれない。
「カオルが、カムーン王国の名誉貴族か.....いいな.....」
強欲ヴァルカンが登場した。
もちろんフェイを見ている。
親友の2人は、会話をする事なく視線だけでお互いの意思疎通ができる。
2人は今、視線の応酬をしている。
羨ましいだろう?
ぐぬぬ....
ハッハッハ!!私は勝ち組みだ!!
ぐぬぬぬぬ.....
負け組みの気分はどうだ?
ぐぬぬぬぬぬぬ.....
段々と、フェイの周囲の気温があがる。
もうすぐだ。
もうすぐフェイが爆発する。
なんと見物だろうか。
「私は、今とても幸せです。皇帝陛下様はとてもお優しく、皇女様も大変素晴らしい方です。心良き家族達にも恵まれました。この上、カムーン王国の爵位までいただく訳には参りません」
楓を続けるカオル。
アーシェラとフロリアは益々感動し、エリーシャ達は羨ましそうな顔をしていた。
「....カオル。もらえるものは貰っておけ。名誉爵位に面倒な事な何も無いぞ?
毎年お金だけ貰えばいいんだ。それにな?私達の子供に、少しでも多くの貯えを残しておくのは、親として当然だろう?」
子供の話しを持ち出すヴァルカン。
ただフェイに悔しい思いをさせたいだけなのは、実に明白だ。
なんと酷い親友だろうか。
草葉の影で、フェイさんが泣いているぞ。
「子供の為に....そう言えば、ボクの子供ってどうなるんですかね?」
カオルは、突然現実に戻って来た。
子供と聞いて、正気に戻ったと言った方がいいだろう。
「どうなるとはなんだ?」
「えっと、エルミアとボクの子供はエルフ王になるんでしょ?」
「はい。お父様もお母様も、そのつもりです」
「カルアとボクの子は、治癒術師だよね?」
「そうよ~♪カオルちゃんとおねぇちゃんの子供は、間違いなく回復魔法が使えるはずなの~♪」
「フランとアイナは平民だから.....将来は、うちの分家とかに収まるのですよね?」
「まぁ.....そうだな。家令はメルのところが良いだろうしな。
メルは中々才能があるから、将来は安泰だろう。
フランチェスカとアイナの2人は、メイドとしては一級品だ。学校を任せるか、領地に別の街か村を造ってそこを任せるか.....」
「じゃぁ、ボクの後は、誰の子が継ぐんですか?」
一瞬の沈黙。
カオルの後を継ぐという事は、つまりはあの街を継ぐという事。
学校や宮殿。
何もかも.....
「ヴァルカンかエリーじゃの。もっとも、エリーは第1級冒険者に成らねば、メイドと同じじゃがの」
アーシェラが答えた。
エリーは宣言している。
『第1級冒険者に成る』と。
「わ、私は必ず成るわよ!!第1級冒険者に!!」
自分に視線が集まり、うろたえるエリー。
エリーに、高貴な者達の視線に耐えるだけの胆力は無い。
自然とヴァルカンに目が移った。
「....じゃぁ、このまま行くと、師匠のこのお腹に宿るボクとの愛の結晶が、ボクの後を継いでくれるんですね」
慈しむ様に、そっとヴァルカンのお腹に触れる幼女。
なんとも言えない光景に、アーシェラ達は息を飲んだ。
「....そ、そうだな!!わ、私がカオルきゅんの子供を産めばいいんだな!!
そ、そうと決まれば、さっそく.....」
カオルを連れ去ろうとするヴァルカン。
即座にカルア達に囲まれ叱責された。
「ヴァルカンは、何を考えてるの!!」
「ま、まだ決着は着いてないわよ!!私は、第1級冒険者に成るって言ってるでしょうが!!」
「カオル様の初めては、私のものです!!エルフの王女として厳命します!!」
カオルを抱え上げたヴァルカンに、カルア達の罵声が浴びせられる。
ヴァルカンは、「すまん」と謝りながら、カオルをゆっくりと降ろした。
「....とりあえず、わかった事があります。もう2つ3つ街を造らないといけませんね。という事で、アーシェラ様。領地をください」
支離滅裂な事を言い出すカオル。
もちろんそうは問屋が卸さない。
「カオル。そうポンポン領地を下賜できる訳が無いじゃろう?
確かに、カオルは我がエルヴィント帝国のために、多大な貢献をしてくれておる。
じゃがの?帝国にも面子があるのじゃぞ?他の貴族連中になんと言われるか....」
もっともな意見のアーシェラ。
そこへすかさずエリーシャが割って入った。
「あらぁ~♪それならぁ~♪カムーン王国で、領地を用意するわぁ~♪
カオルちゃんのおかげでぇ~♪悪い人み~んな掴まっちゃったからぁ~♪
い~っぱい土地が余るはずなのぉ~♪」
「なんじゃと!?りょ、領地を下賜などしたら、名誉爵位ではなくなってしまうじゃろうが!!」
「だぁってぇ~♪アーシェラちゃんは用意できないってぇ~♪言ったじゃな~い?」
「ぐぬぬ.....べ、別に用意できぬ訳ではないのじゃ....それなりの功績が必要じゃと、言っているだけじゃ....」
血の涙でも流しそうなアーシェラ。
なぜこんな話しの流れになってしまったのか。
全てはヴァルカンのせいだ。
フェイに自慢しようとするから、罰が当たったのだ。
「功績ですか....カムーン王国を救ったとは言っても、それはカムーン王国から感謝される事ですしね....
いくら同盟国でも、あの理由じゃ....
う~ん....
今回の決闘での収入で.....難しいですよねぇ....
聖騎士教会と良好な関係を....それは元々ですし.....何か無いかなぁ.....」
思案しながらブツブツ呟くカオル。
どうでもいいが、エメはいつまでカオルに引っ付いている気だろうか?
誰も咎めないのは、幼女と少女があまりにも自然だからだろう。
「....カオル殿が冒険者と成り、魔境やダンジョンを踏破すればよろしいのではないですかな?」
ボソリとアゥストリが提案した。
カオルがもし冒険者に成ったら.....
間違い無く第1級冒険者だろう。
実力も名声もあり、人格者なのだから。
「そんな事でいいの?」
「そうですな。過去に、男爵家の者が冒険者として名を馳せ、領地を下賜された前例があったはずです」
「....そういえば、そんなものもあったの。まったく忘れておったが」
「でも、ボクはまだ12歳で、冒険者に成れませんよ?」
「何も、急ぐ事は無いのでは?そもそも、まだ1人も子供がおりませんし。
カオル殿?人生の先輩である1人の男として苦言を言わせていただければ、『急いては事を仕損じる』ですぞ?
カオル殿は、少々生き急いでおられる。
もっと、ドッシリと構えていれば良いのです」
カオルに助言を告げるアゥストリ。
ハゲてさえいなければ、おそらくモテモテだっただろう。
既に3人も娶っているが。
「そう....だね。アゥストリの言う通りだよ。いつもありがとう、アゥストリ」
「いやいや。カオル殿のためならば、このアゥストリはいつでもお力になりますとも」
「あはは♪そうだ。今度、奥さん達を連れてうちに来てよ♪歓迎するよ♪」
「本当ですか!?いやぁありがたい。実は、家内達もカオル殿に会いたいと申してましてな。ぜひ、お伺いさせていただきます」
「うん♪いつでもどうぞ♪」
男2人が仲良く会話をしている中、ヴァルカンとフェイは牽制し合っていた。
剣聖が牽制。
駄洒落か?
「うむ。先の事は、これからじっくり話せば良いじゃろう。今宵は宴じゃ!!皆も、存分に楽しむのじゃぞ!!」
いつの間にかアーシェラに仕切られ、カオル達は席へと促された。
終始エリーシャとエメがカオルに引っ付き、ヴァルカン達が嫌そうな顔をしていた。
宴はしばらく続く。
誰も、帰ろうとは思わなかった。
楽しくて。
歌い、踊り、語り合い。
一際大きなドワーフの笑い声が、大広間に響き渡る。
実に楽しい一夜だった。
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