第二百六話 奴隷購入
アーシェラの私室を辞した後、土竜とヴァルカンとエリーの3人は、カルア達と別れ客間の一室を借りていた。
それは、土竜の提案。
このまま少年の姿で奴隷市場に行くのは、さすがにマズイだろうと思ったからだ。
「ふむ....『蜃気楼の丸薬』か....こんな物があるとはな....」
感心したように土竜が話す。
どうやら、土竜もその存在を知らなかったようだ。
「変装するのはいいが、着替えられるのか?」
「.....忘れたな」
「忘れた?どういう事だ?」
「我も、風竜も人の姿に成れるのだ。いや、成れたと言った方がいいかもしれん。どうやるのか覚えておらん」
ヴァルカンとエリーにはわかった。
土竜は、バカだ。
それもどうしようもないほどに。
願わくば、カオルの身体でこれ以上好き勝手に動いて欲しくはないものだ。
「まぁ良い。着替えるのを手伝え」
土竜は、無理矢理着ていた白い騎士服を脱ぎ出すと、白のスリップ一枚の姿になり、『蜃気楼の丸薬』を1つ飲み込んだ。
イメージするのは大人のカオル。
中性的な容姿から、男性的なあの眉目秀麗な美男子へ。
そして、見事に身体は変化した。
「ふむ....こっちの方がしっくりくるな」
手足を動かし具合を確かめる。
ヴァルカンとエリーは、とある1点を見詰めてしまった。
それは男性のシンボル。
下着1枚では到底隠しきれない、大きな大きなアレだ。
「おい!服を着せろ!!」
男らしい土竜。
見られていても、まったく気にしない。
身体がカオルなので、とても違和感がある。
「あ、ああ....」
「う、うん....」
黒い騎士服を手渡され、白いシャツからゆっくりじっくりねっぷりと着せていく。
掛けられるボタンのあまりにも遅い様から、アレをジッと注視しているのは容易に想像できるだろう。
「まだか?」
「い、今やってるぞ....カオルきゅん.....」
「そ、そうよ...だんな様.....」
「ん?私は土竜だが?」
「あ、ああ....わかってるぞ.....カオルきゅん....」
「だ、大丈夫よ.....だんな様.....」
「なぜ鼻血を出しているんだ?おい!服を汚すな!!カオルに怒られるのはイヤだぞ!!」
いったい、いつになったらズボンを履かせてもらるのだろうか。
土竜と、ヴァルカン・エリーペアの攻防はしばらく続き、業を煮やした土竜が、無理矢理着替えたのは言うまでも無い。
部屋を貸してくれた侍女のメイドにお礼を告げて、土竜達は帝都南東へと足を運んだ。
そこには娼館や大人のアイテムが売っている商店が多くあり、場違いな楽器屋がポツンと佇んでいた。
「土竜。もう少しフードを深く被ってくれ。その目は目立つ」
「わかっている....ちょっと、物珍しくて見ていただけだろうが....」
「田舎者?」
「なんだと!?我はただ、4百年振りにだな....」
「おじぃちゃんじゃん」
「クッ!!おじぃちゃんでは無いぞ!!竜種は長寿なのだ!!我はこう見えても.....おのれ....身体がカオルではないか....」
土竜をからかって遊ぶエリーは、ある意味凄い。
以前、風の精霊王シルフが「土竜は直情的なバカ」と貶していたが、まさにその通りだった。
「あのさ。土竜って、カオルの事好きでしょ?」
「なんだ?イカンのか?」
「べっつにぃ~....もしかして、息子とか思ってるんじゃない?」
「我は家族など持った事が無いが....そうだな。それに近い感情はあるな。だが、風竜も同じだとカオルは言っておったぞ?」
エリーは、なんだか嬉しくなった。
バカな土竜は、なぜか憎めない相手であり、傍若無人な風竜とは毛色が違う。
どちらかというと親しみ安く、将来カオルと結婚すれば、この土竜が義父代わりになるのではないだろうか。
それは、亡き実の両親と、義理の両親への憧れかもしれない。
「フ~ン....ね?手繋ごうか?」
「なんだ?別に構わぬが」
「ヴァルカンも一緒に!!」
「...わかった」
土竜を挟んで、3人で手を繋ぐ。
いつもカオルとしていたはずなのに、今日はなんだか雰囲気が違った。
カオルの傍に居ると胸が熱くなり、動悸が激しくて、頭がポッと熱くなるのだが、今はしっとりと柔らかい空気に包まれている。
それは、愛しい人への愛情ではなく家族愛。
エリーは、実の両親から愛情を受けた記憶が無い。
むしろ、拾われたカルアの両親の事も、ほとんど覚えていない。
ずっと、カルアが親代わりとなり育ててくれた。
だが、カルアは治癒術師として忙しく、勉強を見てくれた記憶もあまりない。
エリーは、愛に飢えていた。
自分でも気付かない感情。
エリーはカオルと出会い、愛を知った。
そして、今家族愛を知ろうとしている。
16歳の少女。
なんと酷い話だろうか。
「ふむ....ここが奴隷市場か....」
辿り着いた奴隷市場。
そこは大きな倉庫を改造したもので、入り口には屈強な男が2人、門番の様に構えていた。
「おい!!奴隷を買いに来た!!案内しろ!!」
横柄な態度の土竜。
2人の男達も手馴れた様子で、倉庫の中へと案内した。
室内は薄暗かった。
そして部屋は無く、間仕切りで区画が分かれ、壁には老若男女が鎖に繋がれていた。
ボロボロの着切れを纏い、手足と首に鎖が巻かれ、栄養失調なのか身体は痩せ細り、表情はとても暗く絶望の色が窺える。
「私も中へ入るのは初めてだが....土竜。カオルは平気なのか?」
「うん?ああ、カオルは目を瞑っているから安心しろ。今の....というか、カオルには、二度とここに来させるなよ。壊れるぞ」
カオルの事を心配し、土竜はそう忠告した。
確かに、心優しいカオルがこの奴隷達の姿を見たら、発狂するのは目に見えている。
「っていうか、臭いも凄いわね....」
「ああ...まるで戦場だな.....」
剣聖として数々の任務を行った事があるヴァルカンは、カムーン王国内で起きた内乱を思い出していた。
地方領主達を纏める辺境伯が、私腹を肥やさんと税率を上げ、それに蜂起した地方領主達と戦になった。
戦は1年も続き、いつまで経っても解決の糸口が掴めない事に業を煮やした王家が、当時剣聖だったヴァルカンとフェイの2人を派兵した。
その時見た光景は、凄惨なものだった。
歳若く、10歳にも満たない子供達が、親と共に鍬や鋤で辺境伯側の騎士達に立ち向かった。
当然、勝てる訳は無く、一剣の下に斬り伏せられ無残な死を遂げていた。
ヴァルカンは、その時の光景を思い出し、涙が溢れそうになってしまう。
「なんだ?辛いなら外で待ってるんだな。カオルは、こんな奴隷が居なくなる様に努力しているんだぞ。お前達も理解しているのだろう?」
土竜の言葉が、心に染み渡る。
カオルは、奴隷文化を無くす為にあの街を造り、今まさに努力しているのだ。
もちろん、1人で出来る事ではなない。
沢山協力があって、初めて達成出来る事だ。
何年も掛かるだろう。
それでも、カオルはやると言った。
全て、自己満足だ。
ヴァルカン達にもわかっている。
カオルから、「自分の考えを押し付ける」とまで聞かされている。
だが、ヴァルカン達はそれで良いと思った。
少なくとも、今カオルの領地に居る者達は幸せなのだから。
「....いや、大丈夫だ。私はカオルの師匠だからな」
「私も平気よ。カオルの妹弟子で、婚約者だもの」
「む!?私もカオルの婚約者だぞ!!」
「知ってるわよ!!なんで張り合って来るの!?」
「....すまん。なんとなくムキになった」
「ねぇ、ヴァルカン大丈夫?殊勝なヴァルカンなんて、見たく無いんだけど....」
「いや、感傷に浸っただけだ。気にするな」
普段と違うヴァルカンを労わるエリー。
師弟の仲はとても良好と見える。
そこへ、土竜達に話しかける人物が現れた。
「あのぉ....そろそろいいですか?奴隷を買われたいと聞いたのですけど....」
縮こまってボソボソと話す人間の男性。
身なりは小奇麗であり、おそらく奴隷商人なのだろう。
「ああ。奴隷を買いに来た。ん?お前は本当に奴隷商人なのか?」
「あ、はい。新米なので、成り立てですけど.....」
オドオドした態度の男性に、土竜は首を傾げる。
ヴァルカンが「なんだ?」と話し掛けると、土竜は耳打ちをした。
「この男。目が濁っていないぞ.....」
なぜか、カオルだけが見分ける事が出来る『濁った目』。
おそらく、両親を殺した親族が原因で、本能的にそう見えるのだろう。
「という事は、この男は我欲に塗れた人殺しではないという事か?」
「たぶんな。まぁどうでもいいが」
土竜は、2度とここに来ることは無いと思っている。
そのため、この奴隷商人の目が濁っていようが濁っていなかろうが、もう会う事は無いと言っているのだろう。
「あの.....それで、どういった奴隷をお探しでしょうか?」
「ああ。女だ。種族は問わん。なるべく若いのを見せろ」
「か、畏まりました」
奴隷商人に案内され、倉庫の奥へと歩みを進める。
入った時には気付かなかったが、倉庫の奥には扉があり、その先は倉庫と比べられない程の豪華な一室であった。
「では、奴隷を連れて参りますので、ソファへお座りになってお待ち下さい」
「ああ、わかった」
奴隷商人が、ゆったりとした足取りで部屋を出て行く。
土竜は言われた通りソファに腰掛け、ヴァルカンとエリーは警戒してか、土竜の後ろに立った。
やがて、奴隷商人は3人の女性を連れて戻って来た。
エリーと同じ、猫耳族の女性が2人と、犬耳族の女性が1人。
どう見ても12歳のカオルよりも年上だ。
「なんだ?3人だけか?」
「い、いえ。お客様の年齢に合わせたのですが....」
土竜は今、18歳くらいだろうか。
表情こそフードで隠しているが、口元は見えていて、その様子から年齢を察したのだろう。
「そうか。おい、こっちを向いて顔を見せろ」
土竜は立ち上がり、女性達の前へと歩み寄る。
奴隷達は恐る恐る顔を上げ、虚ろな瞳で土竜を見詰めた。
「ふむ.....なぜ奴隷になった。お前から言ってみろ」
右から順番に話をさせる。
犬耳族の女性は、小さな声で途切れ途切れに語った。
「...家の税金が払えなくなり....私を売って.....それで奴隷に....」
「そうか。お前は」
「私は.....両親が死んで.....お金が無くなって....それで....」
「次」
「....食べ物が無くて.....盗んで.....」
ありきたりな理由だった。
ありきたりで、悲しい理由だった。
だれも、好き好んで奴隷になる者などいない。
この世界では、食う物に困って、奴隷に落ちるのが一般的なのだろう。
3人共、突き詰めればそれが理由だ。
食べ物が無い。
お金が無い。
それに比べれば、今香月伯爵領に居る子供達のなんと不憫な事か。
親を殺され、行くあても無いのだから。
「お客様。この3人はお買い得なのです。もちろん生娘ですし、纏めてお買い上げ下さればお安くしますよ?」
人を、まるで物の様に説明する奴隷商人の男性。
これが、この世界の現実。
奴隷は人ではない。
商品と言う名の物なのだ。
「そうか。それでいくらだ」
「はい。3人纏めて30万シルドでいかがでしょうか?」
以前、カオルはアイナを7万シルドで買った。
たった7万シルドだ。
この世界では、人の価値が安すぎる。
平民の平均年収を約2年分。
それだけで奴隷が買えるのだ。
なんという世界だろうか。
なんと愚かで浅はかで、無情な世界だろうか。
「そうか。では、3人は今日から我のものだ。おい、他の女も見せろ」
「ありがとうございます。では、連れて参りま....」
「いや、見に行く。案内しろ」
「は、はい!!」
奴隷の3人をエリーに任せ、土竜はヴァルカンと2人で先ほどの倉庫へと戻った。
奴隷商人に案内されるまま、鎖で繋がれた奴隷達と対面する。
「....目は、大丈夫そうだな。おまえはなぜ奴隷に落ちた」
「あたいは......親を.....魔物に殺されて.....逃げて.....気付いたらここに......」
「そうか。隣のおまえは」
「...ダンジョンで仲間が死んで....償いたくて....自分を売ったお金をそいつの親に.....」
「ということは、元冒険者か」
「....ああ」
「おい!!この2人はいくらだ!!」
「は、はい。この2人は希少なエルフですので、纏めてでしたら、56万シルドでいかがでしょうか?もちろん生娘なのは確認済みです」
「ん?エルフは高いのか?」
「それはもちろん!!エルフは見た目が衰えません。それに、魔法が使える場合があります。お、お連れの方ならご存知だと思いますが...」
チラリとヴァルカンに視線を送る奴隷商人。
ヴァルカンは眉間に皺を寄せ、睨み返した。
「あわわわ!?も、申し訳ございません!?」
「....別に」
ヴァルカンは、内心怒り狂っていた。
高潔なエルフが売買されている。
もしこの場にエルミアを連れて来ていたら、大暴れするかもしれない。
「では、この2人も買う。あとは隣か」
「い、いえ!!隣は、既に売約済みでございまして....」
「なんだと?」
「ひぃ!?」
隣の間仕切りから中を覗き込む。
そこには、鎖に繋がれた幼い人間の少女が3人身を寄せ合って固まっていた。
「どこの誰が買ったんだ」
「こ、顧客情報を言う訳には.....」
「そうか。ヴァルカン。身分を明かしていいぞ」
「わかった。私は、カムーン王国の元剣聖ヴァルカンだ。今は、香月カオル伯爵の婚約者だがな。これが証拠だ」
アイテム箱を出現させ、カオルから渡されていた、真っ青な布地に、白銀の糸で幾重にも縫い込まれた雪の花の紋章を取り出す。
それを見た奴隷商人は、慌てて何度もヴァルカンと紋章に目を送りうろたえ始めた。
「こ、香月伯爵様のこ、婚約者様ですか!?しかも剣聖様!?こ、こここ、これは失礼いたしました」
平伏する奴隷商人。
ヴァルカンは満足気に頷き、土竜に合図をした。
「で、どこの誰が買ったんだ」
「は、はい!!ブリュノ・セイ・オーブリー子爵様です!!」
「....ヴァルカン知っているか?」
「さぁ?」
「まぁそうだろうな...カオルの記憶にも、そんな名前は一切無いからな。どれ....」
懐から通信用魔導具を取り出し、ブリュノを知っていそうな人物に通信を繋げる。
それは....
「なんじゃ?これ以上厄介事を押し付けるつもりかの?」
案の定皇帝アーシェラだった。
「おい。お前皇帝だったな」
「なんじゃその物言いは!!皇帝アーシェラ・ル・ネージュを侮辱するつもりかの!!許さぬぞ!!」
「こ、こここ、皇帝陛下ぁあああああああ!?」
突然アーシェラの声が聞こえて来たため、奴隷商人はその場に蹲り、頭を地面に擦り付ける。
ガタガタと身体を震わし、大量の汗を掻き始めた。
「なんじゃ今の声は?」
「ああ、奴隷商人だ」
「なるほどの。奴隷を買いに行った訳じゃな。それで、何用じゃ?わらわは今、どこかのドラゴンのせいで、ものすご~く忙しいのじゃがの?」
「まぁそう怒るな。カオルが戻って来たら、何かしてもらえばいいだろう」
「本当じゃな!?良いのじゃな!?」
「ああ。そういえば、まだ試していない美容術が沢山あるみたいだぞ?肌艶が良くなり、歳も若くなるはずだと、カオルは認識しているヤツがな」
「なんじゃとーー!?」
「だからな、もう1つ頼まれてくれ。なんという名前だったか.....」
「はぁ....陛下。ブリュノ・セイ・オーブリー子爵をご存知ですか?」
「うむ?ヴァルカンか。ご存知も何も、皇帝であるわらわが知らぬ訳が無いじゃろう?」
「おお、そうか。それでな、そのなんとか子爵が奴隷を3人買ったらしいのだが、それを我に譲る様に....いや寄越せと言っておいてくれ。
難癖つけてくるならば、我の本体で殲滅してくれよう。なに、帝都は崩壊するが、カオルの領地は無事だ。問題ない」
「問題しか無いわ!!やめい!!まったく、お主はバカじゃの!!
ブリュノ子爵の事は、わらわに任せるのじゃ。執り成しておくからの。
じゃが、奴隷の代金は払っておくのじゃぞ!!他の貴族に付け入る隙を与えるのはだめじゃ!!カオルが怒るからの!!」
「わかった。すまんな」
「お主ではない!!カオルのためじゃ!!まったく、やはり厄介事じゃったか....」
「陛下。ありがとうございます」
「良いのじゃ。言ったじゃろう?全てはカオルのためじゃ。そうそう、夜にエリーシャの歓迎式典を行うからの。アブリルと顔を出すのじゃぞ?ではの!!」
通信を終えた土竜達。
奴隷商人は怯え、土下座したまま固まっていた。
無理もない。
突然皇帝の声が聞こえ、眼前でこんなやり取りをされたのだから。
「おい。話しは着いたぞ。あの3人も買っていく。全部でいくらだ」
絶対的立場から、蹲る奴隷商人に言葉を吐き捨てる。
奴隷商人は顔を上げ、フードの中で黄色く輝く土竜の瞳を見てさらに凍り付いた。
「ひぃ!?」
「面倒臭いな....殺すか?」
「まてまて!!土竜は何を考えているんだ!?カオルに迷惑が掛かるんだぞ!?」
ヴァルカンに窘められ、土竜は考えを改めた。
この世界の現世より存在し、数千年を生きる土竜王クエレブレにとって、人間などは取るに足らない存在なのだ。
いちいち対応するのが面倒臭いのだろう。
それでも努めてこうしているのは、カオルのため。
風竜と同じ様に、一生懸命生きるカオルは、土竜にとって輝いて見える。
まるで、実の子供の様に。
「....わかった。おい、会計をしろ」
「は、はひぃ!!」
飛び上がって清算しに行く奴隷商人。
なんと不憫な状況だろうか。
「おい!エリー!!聞こえていたか!!」
「聞こえてるに決まってるでしょ!?あんな大声で何してるのよ!!ホントバカなんだから!!」
「うるさい!!バカバカ言うな!!我に、お前達の常識など無いのだ!!」
「知ってるわよ!!知ってて言ってるんでしょ!!バカ!!」
伝説のドラゴンに対し、臆することなくバカと言えるエリー。
なんと豪気なネコ耳なのだろうか。
ヴァルカンは笑っている。
笑うしかないというのが、実情だが。
「お、お待たせしました!!奴隷8人で、合計113万シルドでございます」
「ああ、わかった」
アイテム箱から白金貨1枚と金貨13枚を取り出し、奴隷商人に手渡す。
奴隷商人の手は震えていて、手の中で硬貨がチャリチャリと音を立てていた。
「鎖を外せ」
「た、ただいま!!」
門番の2人を呼び付け、手分けしてエルフ2人と人間の少女の3人の鎖を解き放つ。
奴隷達は怯えながら土竜を見詰め、身を寄せ合って固まっていた。
「エリー。さっきの3人も....」
「もう連れてきたわよ!!」
「早いな」
「あんたの考える事なんて、わかりやすいのよ!!」
「そうなのか?」
土竜は、不思議そうな顔をしていた。
短絡的なバカは、考えが読まれやすい。
ヴァルカンは、まだ笑っている。
笑いすぎだと思うが。
「それでは行くか」
「待ちなさいよ!!この子達を、こんな格好のまま外を歩かせる気!?」
「ダメなのか?」
「ダメに決まってるでしょ!!ホントバカなんだから!!」
「ええい!!バカバカ言うなと言っただろうが!!おい!!あの部屋を借りるぞ!!」
「ど、どうぞ好きなだけお使いくださいぃいいい」
奴隷商人に当り散らす土竜。
とてもドラゴンには見えない。
エリーに言い負けて悔しいのだろう。
しょうがない。
バカなんだから。
「お前達着いて来い」
怯える奴隷達を連れて、土竜は奥の部屋へと歩み入る。
扉を閉めさせ、奴隷達に『浄化』の魔法を唱えた。
「これを着ろ!!カオルが用意していた物だ!!」
アイテム箱から制服と下着を取り出し、奴隷達に着替えさせる。
着方がわからない奴隷達に、ヴァルカンとエリーは着方を教え、手伝った。
その様子をジッと見詰める土竜。
またもエリーに怒られた。
「なんで見てるのよ!!」
「なんだ!?いけないのか!?」
「当たり前でしょ!?女性の着替えを、堂々と見るんじゃないわよ!!」
「カオルの前で、お前達は着替えていただろうが!!」
「カオルはいいのよ!!」
「意味がわからん!!」
憤慨する土竜。
今の土竜の顔は、なんと言うかいやらしい。
顔は端整なカオルのはずなのに、目尻は下がっているし、どことなくニヤケている。
「カオルは私のだんな様だもの!!それに、子供でしょ!!」
「なんだその理由は!!大体、体型がわからねば、服が作れんだろうが!!カオルも見ているぞ!!」
「カオルも見ているのか!?」
土竜の発言に喰い付いたヴァルカン。
他の女性の裸体を、カオルに見せまいとしたのだ。
「ああ!!この者達に、似合いそうな服を考えておる!!」
「グッ....ダメだと言いたいが、理由がそれならば....仕方がないか....」
カオルは優しい。
とくに女性に対しては。
仕方がないのだ。
カオルは、小さな紳士なのだから。
「ん?そのシャツは小さかったか。ではこれだ」
アイテム箱から別の白シャツを取り出し、猫耳族の2人に手渡す。
先ほどのシャツが小さいというよりは、2人の胸が大き過ぎるのだ。
無い乳エリーさんと同じ、猫耳族とは思えないほどに。
「...はい」
「...ありがとうございます」
怯えた2人。
2人だけではなく、奴隷全員が怯えている。
奴隷として売られたのだ。
怯えるのも無理はないだろう。
「よし!着替え終わったな。着ていた服を寄越せ」
奴隷達からボロボロの布切れを受け取り、アイテム箱に仕舞った。
まさか後で匂いを!?などという事ではなく、今香月伯爵領に居るあの子達と同じ事をするのだ。
土竜達が部屋を出ると、奴隷商人は小さくなっていた。
怖くて目を合わせられない。
余程、あの土竜の瞳が怖かったのだろう。
「ま、またのお越しをお待ちしております....」
掠れた声で見送る奴隷商人。
門番の2人は、なぜか抱き合って震えていた。
筋骨隆々な男同士で。
もしかして....いや、見なかった事にしよう。
あの闇は深いのだ。
覗いてはいけない。
帝都南東に走る大通りへ出た土竜達。
いざ宮殿へ帰ろうとして、召喚魔法のファルフの名を呼んだところで、ヴァルカンとエリーに怒られた。
「こんなところでファルフを呼ぶな!!」
「何考えてるの!?人がいっぱい居るでしょ!?」
土竜に、人間の常識など無い。
当然だ。
人間ではなくドラゴンなのだから。
「歩いて帰るのか!?そろそろ眠いんだが....」
「馬車でも借りるか買うかすればいいだろう?カオルの領地は、近いんだぞ?」
「そうよ!!それか、南の外壁部まで行って、そこでファルフを呼べばいいでしょ!?」
いたって正論。
だが、土竜には通じない。
もう眠いのだ。
自身の本体を『フムスの地下迷宮』に残したままの状態で、無理矢理契約者の力を行使している。
長くは保てない。
風竜の様に、肉体を失った訳ではないのだから。
「むぅ....おい!!お前達は手を繋げ!!」
怯える奴隷達に命令を下す。
カオルならば、こんな言い方はしない。
「みんな一緒に手を繋いで?ボクと一緒に♪」くらい言うだろう。
なんという王子様。
その毒牙にかかった女性が、物凄く多い事が難点だ。
土竜に、言われるがまま手を繋ぐ奴隷8人。
ヴァルカンとエリーも土竜と手を繋ぎ、何をするのかと首を傾げたところで、フワリと身体が浮いた。
「なっ!?ちょっ!?」
「な、なになに!?なんなのぉぉぉ!?」
慌てる2人。
奴隷達は、目をギュッと瞑って耐えていた。
何をしたのか。
実に簡単だ。
土竜は、奴隷達を魔力の帯で包み込み、空へと舞い上がったのだ。
擬似『飛翔術』とでも言うのだろうか。
道行く者達が啞然とする中、総勢11人は空を飛んだ。
高所恐怖症のヴァルカンはうろたえ、エリーは初飛行を楽しんでいた。
「『ファルフ!!』」
上空で魔獣『グリフォン』姿のファルフを呼び出し、土竜は話し掛けた。
「悪いが、我はカオルではない。それでも、乗せてくれるか?」
「クワァ!」
「そうか。すまんな」
ファルフの了解を得て、奴隷達を背中へと誘う。
震えるヴァルカンは、ファルフの背中にしっかりと掴まり、エリーと手を繋いでいた。
「ファルフの言葉がわかるの!?」
エリーは驚いていた。
土竜が、ファルフと会話をしていた事に。
「ん?当たり前だろう?我は偉大なる土竜王だぞ?」
別に、エリーは土竜の事を失念していた訳ではない。
ただ、土竜をバカだと思っていた。
非常識で、直情的なバカだと。
「よし!頼むぞ!!ファルフ!!」
「クワァ!!」
ファルフは、翼を羽ばたかせて大空を駆けた。
物凄いスピードで。
怯えるヴァルカンと奴隷達を乗せて。
香月伯爵領で待つ、カルア達の下へと。
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