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第二百六話 奴隷購入

 アーシェラの私室を辞した後、土竜とヴァルカンとエリーの3人は、カルア達と別れ客間の一室を借りていた。

 それは、土竜の提案。

 このまま少年の姿で奴隷市場に行くのは、さすがにマズイだろうと思ったからだ。


「ふむ....『蜃気楼(シムラクルム)の丸薬』か....こんな物があるとはな....」


 感心したように土竜が話す。

 どうやら、土竜もその存在を知らなかったようだ。


「変装するのはいいが、着替えられるのか?」


「.....忘れたな」


「忘れた?どういう事だ?」


「我も、風竜も人の姿に成れるのだ。いや、成れたと言った方がいいかもしれん。どうやるのか覚えておらん」


 ヴァルカンとエリーにはわかった。

 土竜は、バカだ。

 それもどうしようもないほどに。

 願わくば、カオルの身体でこれ以上好き勝手に動いて欲しくはないものだ。

 

「まぁ良い。着替えるのを手伝え」


 土竜は、無理矢理着ていた白い騎士服を脱ぎ出すと、白のスリップ一枚の姿になり、『蜃気楼(シムラクルム)の丸薬』を1つ飲み込んだ。

 イメージするのは大人のカオル。

 中性的な容姿から、男性的なあの眉目秀麗(びもくしゅうれい)な美男子へ。

 そして、見事に身体は変化した。


「ふむ....こっちの方がしっくりくるな」


 手足を動かし具合を確かめる。

 ヴァルカンとエリーは、とある1点を見詰めてしまった。

 それは男性のシンボル。

 下着1枚では到底隠しきれない、大きな大きなアレだ。


「おい!服を着せろ!!」


 男らしい土竜。

 見られていても、まったく気にしない。

 身体がカオルなので、とても違和感がある。


「あ、ああ....」


「う、うん....」


 黒い騎士服を手渡され、白いシャツからゆっくりじっくりねっぷりと着せていく。

 掛けられるボタンのあまりにも遅い様から、アレをジッと注視しているのは容易に想像できるだろう。


「まだか?」


「い、今やってるぞ....カオルきゅん.....」


「そ、そうよ...だんな様.....」


「ん?私は土竜だが?」


「あ、ああ....わかってるぞ.....カオルきゅん....」


「だ、大丈夫よ.....だんな様.....」


「なぜ鼻血を出しているんだ?おい!服を汚すな!!カオルに怒られるのはイヤだぞ!!」


 いったい、いつになったらズボンを履かせてもらるのだろうか。

 土竜と、ヴァルカン・エリーペアの攻防はしばらく続き、業を煮やした土竜が、無理矢理着替えたのは言うまでも無い。


 部屋を貸してくれた侍女のメイドにお礼を告げて、土竜達は帝都南東へと足を運んだ。

 そこには娼館や大人のアイテムが売っている商店が多くあり、場違いな楽器屋がポツンと佇んでいた。


「土竜。もう少しフードを深く被ってくれ。その目は目立つ」


「わかっている....ちょっと、物珍しくて見ていただけだろうが....」


「田舎者?」


「なんだと!?我はただ、4百年振りにだな....」

 

「おじぃちゃんじゃん」


「クッ!!おじぃちゃんでは無いぞ!!竜種は長寿なのだ!!我はこう見えても.....おのれ....身体がカオルではないか....」


 土竜をからかって遊ぶエリーは、ある意味凄い。

 以前、風の精霊王シルフが「土竜は直情的なバカ」と貶していたが、まさにその通りだった。


「あのさ。土竜って、カオルの事好きでしょ?」


「なんだ?イカンのか?」


「べっつにぃ~....もしかして、息子とか思ってるんじゃない?」


「我は家族など持った事が無いが....そうだな。それに近い感情はあるな。だが、風竜も同じだとカオルは言っておったぞ?」


 エリーは、なんだか嬉しくなった。

 バカな土竜は、なぜか憎めない相手であり、傍若無人な風竜とは毛色が違う。

 どちらかというと親しみ安く、将来カオルと結婚すれば、この土竜が義父代わりになるのではないだろうか。

 それは、亡き実の両親と、義理の両親への憧れかもしれない。


「フ~ン....ね?手繋ごうか?」


「なんだ?別に構わぬが」


「ヴァルカンも一緒に!!」


「...わかった」


 土竜を挟んで、3人で手を繋ぐ。

 いつもカオルとしていたはずなのに、今日はなんだか雰囲気が違った。

 カオルの傍に居ると胸が熱くなり、動悸が激しくて、頭がポッと熱くなるのだが、今はしっとりと柔らかい空気に包まれている。

 それは、愛しい人への愛情ではなく家族愛。

 エリーは、実の両親から愛情を受けた記憶が無い。

 むしろ、拾われたカルアの両親の事も、ほとんど覚えていない。

 ずっと、カルアが親代わりとなり育ててくれた。

 だが、カルアは治癒術師として忙しく、勉強を見てくれた記憶もあまりない。

 エリーは、愛に飢えていた。

 自分でも気付かない感情。

 エリーはカオルと出会い、愛を知った。

 そして、今家族愛を知ろうとしている。

 16歳の少女。

 なんと酷い話だろうか。


「ふむ....ここが奴隷市場か....」


 辿り着いた奴隷市場。

 そこは大きな倉庫を改造したもので、入り口には屈強な男が2人、門番の様に構えていた。


「おい!!奴隷を買いに来た!!案内しろ!!」


 横柄な態度の土竜。

 2人の男達も手馴れた様子で、倉庫の中へと案内した。

 

 室内は薄暗かった。

 そして部屋は無く、間仕切りで区画が分かれ、壁には老若男女が鎖に繋がれていた。

 ボロボロの着切れを纏い、手足と首に鎖が巻かれ、栄養失調なのか身体は痩せ細り、表情はとても暗く絶望の色が窺える。

 

「私も中へ入るのは初めてだが....土竜。カオルは平気なのか?」


「うん?ああ、カオルは目を瞑っているから安心しろ。今の....というか、カオルには、二度とここに来させるなよ。壊れるぞ」


 カオルの事を心配し、土竜はそう忠告した。

 確かに、心優しいカオルがこの奴隷達の姿を見たら、発狂するのは目に見えている。


「っていうか、臭いも凄いわね....」


「ああ...まるで戦場だな.....」


 剣聖として数々の任務を行った事があるヴァルカンは、カムーン王国内で起きた内乱を思い出していた。


 地方領主達を纏める辺境伯が、私腹を肥やさんと税率を上げ、それに蜂起した地方領主達と戦になった。

 戦は1年も続き、いつまで経っても解決の糸口が掴めない事に業を煮やした王家が、当時剣聖だったヴァルカンとフェイの2人を派兵した。

 その時見た光景は、凄惨なものだった。

 歳若く、10歳にも満たない子供達が、親と共に(くわ)(すき)で辺境伯側の騎士達に立ち向かった。

 当然、勝てる訳は無く、一剣の下に斬り伏せられ無残な死を遂げていた。

 

 ヴァルカンは、その時の光景を思い出し、涙が溢れそうになってしまう。


「なんだ?辛いなら外で待ってるんだな。カオルは、こんな奴隷が居なくなる様に努力しているんだぞ。お前達も理解しているのだろう?」

 

 土竜の言葉が、心に染み渡る。

 カオルは、奴隷文化を無くす為にあの街を造り、今まさに努力しているのだ。


 もちろん、1人で出来る事ではなない。

 沢山協力があって、初めて達成出来る事だ。

 何年も掛かるだろう。

 それでも、カオルはやると言った。

 全て、自己満足だ。

 ヴァルカン達にもわかっている。

 カオルから、「自分の考えを押し付ける」とまで聞かされている。

 だが、ヴァルカン達はそれで良いと思った。

 少なくとも、今カオルの領地に居る者達は幸せなのだから。


「....いや、大丈夫だ。私はカオルの師匠だからな」


「私も平気よ。カオルの妹弟子で、婚約者だもの」


「む!?私もカオルの婚約者だぞ!!」


「知ってるわよ!!なんで張り合って来るの!?」


「....すまん。なんとなくムキになった」


「ねぇ、ヴァルカン大丈夫?殊勝なヴァルカンなんて、見たく無いんだけど....」


「いや、感傷に浸っただけだ。気にするな」


 普段と違うヴァルカンを労わるエリー。

 師弟の仲はとても良好と見える。

  

 そこへ、土竜達に話しかける人物が現れた。


「あのぉ....そろそろいいですか?奴隷を買われたいと聞いたのですけど....」


 縮こまってボソボソと話す人間(ヒューム)の男性。

 身なりは小奇麗であり、おそらく奴隷商人なのだろう。


「ああ。奴隷を買いに来た。ん?お前は本当に奴隷商人なのか?」


「あ、はい。新米なので、成り立てですけど.....」


 オドオドした態度の男性に、土竜は首を傾げる。

 ヴァルカンが「なんだ?」と話し掛けると、土竜は耳打ちをした。


「この男。目が濁っていないぞ.....」


 なぜか、カオルだけが見分ける事が出来る『濁った目』。

 おそらく、両親を殺した親族が原因で、本能的にそう見えるのだろう。


「という事は、この男は我欲に塗れた人殺しではないという事か?」


「たぶんな。まぁどうでもいいが」


 土竜は、2度とここに来ることは無いと思っている。

 そのため、この奴隷商人の目が濁っていようが濁っていなかろうが、もう会う事は無いと言っているのだろう。


「あの.....それで、どういった奴隷をお探しでしょうか?」


「ああ。女だ。種族は問わん。なるべく若いのを見せろ」


「か、畏まりました」


 奴隷商人に案内され、倉庫の奥へと歩みを進める。

 入った時には気付かなかったが、倉庫の奥には扉があり、その先は倉庫と比べられない程の豪華な一室であった。


「では、奴隷を連れて参りますので、ソファへお座りになってお待ち下さい」


「ああ、わかった」


 奴隷商人が、ゆったりとした足取りで部屋を出て行く。

 土竜は言われた通りソファに腰掛け、ヴァルカンとエリーは警戒してか、土竜の後ろに立った。


 やがて、奴隷商人は3人の女性を連れて戻って来た。

 エリーと同じ、猫耳族の女性が2人と、犬耳族の女性が1人。

 どう見ても12歳のカオルよりも年上だ。


「なんだ?3人だけか?」


「い、いえ。お客様の年齢に合わせたのですが....」


 土竜は今、18歳くらいだろうか。

 表情こそフードで隠しているが、口元は見えていて、その様子から年齢を察したのだろう。


「そうか。おい、こっちを向いて顔を見せろ」


 土竜は立ち上がり、女性達の前へと歩み寄る。

 奴隷達は恐る恐る顔を上げ、虚ろな瞳で土竜を見詰めた。


「ふむ.....なぜ奴隷になった。お前から言ってみろ」


 右から順番に話をさせる。

 犬耳族の女性は、小さな声で途切れ途切れに語った。


「...家の税金が払えなくなり....私を売って.....それで奴隷に....」


「そうか。お前は」 


「私は.....両親が死んで.....お金が無くなって....それで....」


「次」


「....食べ物が無くて.....盗んで.....」


 ありきたりな理由だった。

 ありきたりで、悲しい理由だった。

 だれも、好き好んで奴隷になる者などいない。

 この世界では、食う物に困って、奴隷に落ちるのが一般的なのだろう。

 3人共、突き詰めればそれが理由だ。

 食べ物が無い。

 お金が無い。

 

 それに比べれば、今香月伯爵領に居る子供達のなんと不憫な事か。

 親を殺され、行くあても無いのだから。


「お客様。この3人はお買い得なのです。もちろん生娘ですし、纏めてお買い上げ下さればお安くしますよ?」


 人を、まるで物の様に説明する奴隷商人の男性。

 これが、この世界の現実。

 奴隷は人ではない。

 商品と言う名の物なのだ。

 

「そうか。それでいくらだ」


「はい。3人纏めて30万シルドでいかがでしょうか?」


 以前、カオルはアイナを7万シルドで買った。

 たった7万シルドだ。

 この世界では、人の価値が安すぎる。

 平民の平均年収を約2年分。

 それだけで奴隷が買えるのだ。

 なんという世界だろうか。

 なんと愚かで浅はかで、無情な世界だろうか。


「そうか。では、3人は今日から我のものだ。おい、他の女も見せろ」


「ありがとうございます。では、連れて参りま....」


「いや、見に行く。案内しろ」


「は、はい!!」


 奴隷の3人をエリーに任せ、土竜はヴァルカンと2人で先ほどの倉庫へと戻った。

 奴隷商人に案内されるまま、鎖で繋がれた奴隷達と対面する。


「....目は、大丈夫そうだな。おまえはなぜ奴隷に落ちた」


「あたいは......親を.....魔物に殺されて.....逃げて.....気付いたらここに......」


「そうか。隣のおまえは」


「...ダンジョンで仲間が死んで....償いたくて....自分を売ったお金をそいつの親に.....」


「ということは、元冒険者か」


「....ああ」


「おい!!この2人はいくらだ!!」


「は、はい。この2人は希少なエルフですので、纏めてでしたら、56万シルドでいかがでしょうか?もちろん生娘なのは確認済みです」


「ん?エルフは高いのか?」


「それはもちろん!!エルフは見た目が衰えません。それに、魔法が使える場合があります。お、お連れの方ならご存知だと思いますが...」


 チラリとヴァルカンに視線を送る奴隷商人。

 ヴァルカンは眉間に皺を寄せ、睨み返した。


「あわわわ!?も、申し訳ございません!?」


「....別に」


 ヴァルカンは、内心怒り狂っていた。

 高潔なエルフが売買されている。

 もしこの場にエルミアを連れて来ていたら、大暴れするかもしれない。


「では、この2人も買う。あとは隣か」


「い、いえ!!隣は、既に売約済みでございまして....」


「なんだと?」


「ひぃ!?」


 隣の間仕切りから中を覗き込む。

 そこには、鎖に繋がれた幼い人間(ヒューム)の少女が3人身を寄せ合って固まっていた。


「どこの誰が買ったんだ」


「こ、顧客情報を言う訳には.....」


「そうか。ヴァルカン。身分を明かしていいぞ」


「わかった。私は、カムーン王国の元剣聖ヴァルカンだ。今は、香月カオル伯爵の婚約者だがな。これが証拠だ」


 アイテム箱を出現させ、カオルから渡されていた、真っ青な布地に、白銀(ミスリル)の糸で幾重にも縫い込まれた(エーデル)(ワイス)の紋章を取り出す。

 それを見た奴隷商人は、慌てて何度もヴァルカンと紋章に目を送りうろたえ始めた。


「こ、香月伯爵様のこ、婚約者様ですか!?しかも剣聖様!?こ、こここ、これは失礼いたしました」


 平伏する奴隷商人。

 ヴァルカンは満足気に頷き、土竜に合図をした。


「で、どこの誰が買ったんだ」


「は、はい!!ブリュノ・セイ・オーブリー子爵様です!!」


「....ヴァルカン知っているか?」


「さぁ?」


「まぁそうだろうな...カオルの記憶にも、そんな名前は一切無いからな。どれ....」


 懐から通信用魔導具を取り出し、ブリュノを知っていそうな人物に通信を繋げる。

 それは....


「なんじゃ?これ以上厄介事を押し付けるつもりかの?」


 案の定皇帝アーシェラだった。


「おい。お前皇帝だったな」


「なんじゃその物言いは!!皇帝アーシェラ・ル・ネージュを侮辱するつもりかの!!許さぬぞ!!」


「こ、こここ、皇帝陛下ぁあああああああ!?」


 突然アーシェラの声が聞こえて来たため、奴隷商人はその場に蹲り、頭を地面に擦り付ける。

 ガタガタと身体を震わし、大量の汗を掻き始めた。


「なんじゃ今の声は?」


「ああ、奴隷商人だ」


「なるほどの。奴隷を買いに行った訳じゃな。それで、何用じゃ?わらわは今、どこかのドラゴンのせいで、ものすご~く忙しいのじゃがの?」


「まぁそう怒るな。カオルが戻って来たら、何かしてもらえばいいだろう」


「本当じゃな!?良いのじゃな!?」


「ああ。そういえば、まだ試していない美容術が沢山あるみたいだぞ?肌艶が良くなり、歳も若くなるはずだと、カオルは認識しているヤツがな」


「なんじゃとーー!?」


「だからな、もう1つ頼まれてくれ。なんという名前だったか.....」


「はぁ....陛下。ブリュノ・セイ・オーブリー子爵をご存知ですか?」


「うむ?ヴァルカンか。ご存知も何も、皇帝であるわらわが知らぬ訳が無いじゃろう?」


「おお、そうか。それでな、そのなんとか子爵が奴隷を3人買ったらしいのだが、それを我に譲る様に....いや寄越せと言っておいてくれ。

 難癖つけてくるならば、我の本体で殲滅してくれよう。なに、帝都は崩壊するが、カオルの領地は無事だ。問題ない」


「問題しか無いわ!!やめい!!まったく、お主はバカじゃの!!

 ブリュノ子爵の事は、わらわに任せるのじゃ。執り成しておくからの。

 じゃが、奴隷の代金は払っておくのじゃぞ!!他の貴族に付け入る隙を与えるのはだめじゃ!!カオルが怒るからの!!」


「わかった。すまんな」


「お主ではない!!カオルのためじゃ!!まったく、やはり厄介事じゃったか....」


「陛下。ありがとうございます」


「良いのじゃ。言ったじゃろう?全てはカオルのためじゃ。そうそう、夜にエリーシャの歓迎式典を行うからの。アブリルと顔を出すのじゃぞ?ではの!!」


 通信を終えた土竜達。

 奴隷商人は怯え、土下座したまま固まっていた。

 無理もない。

 突然皇帝の声が聞こえ、眼前でこんなやり取りをされたのだから。 


「おい。話しは着いたぞ。あの3人も買っていく。全部でいくらだ」


 絶対的立場から、蹲る奴隷商人に言葉を吐き捨てる。

 奴隷商人は顔を上げ、フードの中で黄色く輝く土竜の瞳を見てさらに凍り付いた。


「ひぃ!?」


「面倒臭いな....殺すか?」


「まてまて!!土竜は何を考えているんだ!?カオルに迷惑が掛かるんだぞ!?」


 ヴァルカンに窘められ、土竜は考えを改めた。

 この世界の現世より存在し、数千年を生きる土竜王クエレブレにとって、人間などは取るに足らない存在なのだ。

 いちいち対応するのが面倒臭いのだろう。

 それでも努めてこうしているのは、カオルのため。

 風竜と同じ様に、一生懸命生きるカオルは、土竜にとって輝いて見える。

 まるで、実の子供の様に。


「....わかった。おい、会計をしろ」


「は、はひぃ!!」


 飛び上がって清算しに行く奴隷商人。

 なんと不憫な状況だろうか。


「おい!エリー!!聞こえていたか!!」


「聞こえてるに決まってるでしょ!?あんな大声で何してるのよ!!ホントバカなんだから!!」


「うるさい!!バカバカ言うな!!我に、お前達の常識など無いのだ!!」


「知ってるわよ!!知ってて言ってるんでしょ!!バカ!!」


 伝説のドラゴンに対し、臆することなくバカと言えるエリー。

 なんと豪気なネコ耳なのだろうか。

 ヴァルカンは笑っている。

 笑うしかないというのが、実情だが。


「お、お待たせしました!!奴隷8人で、合計113万シルドでございます」


「ああ、わかった」


 アイテム箱から白金貨1枚と金貨13枚を取り出し、奴隷商人に手渡す。

 奴隷商人の手は震えていて、手の中で硬貨がチャリチャリと音を立てていた。


「鎖を外せ」


「た、ただいま!!」


 門番の2人を呼び付け、手分けしてエルフ2人と人間(ヒューム)の少女の3人の鎖を解き放つ。

 奴隷達は怯えながら土竜を見詰め、身を寄せ合って固まっていた。


「エリー。さっきの3人も....」


「もう連れてきたわよ!!」


「早いな」


「あんたの考える事なんて、わかりやすいのよ!!」


「そうなのか?」


 土竜は、不思議そうな顔をしていた。

 短絡的なバカは、考えが読まれやすい。

 ヴァルカンは、まだ笑っている。

 笑いすぎだと思うが。


「それでは行くか」


「待ちなさいよ!!この子達を、こんな格好のまま外を歩かせる気!?」


「ダメなのか?」


「ダメに決まってるでしょ!!ホントバカなんだから!!」


「ええい!!バカバカ言うなと言っただろうが!!おい!!あの部屋を借りるぞ!!」


「ど、どうぞ好きなだけお使いくださいぃいいい」


 奴隷商人に当り散らす土竜。

 とてもドラゴンには見えない。

 エリーに言い負けて悔しいのだろう。

 しょうがない。

 バカなんだから。

 

「お前達着いて来い」


 怯える奴隷達を連れて、土竜は奥の部屋へと歩み入る。

 扉を閉めさせ、奴隷達に『浄化』の魔法を唱えた。


「これを着ろ!!カオルが用意していた物だ!!」


 アイテム箱から制服と下着を取り出し、奴隷達に着替えさせる。

 着方がわからない奴隷達に、ヴァルカンとエリーは着方を教え、手伝った。


 その様子をジッと見詰める土竜。

 またもエリーに怒られた。


「なんで見てるのよ!!」


「なんだ!?いけないのか!?」


「当たり前でしょ!?女性の着替えを、堂々と見るんじゃないわよ!!」


「カオルの前で、お前達は着替えていただろうが!!」


「カオルはいいのよ!!」


「意味がわからん!!」


 憤慨する土竜。

 今の土竜の顔は、なんと言うかいやらしい。

 顔は端整なカオルのはずなのに、目尻は下がっているし、どことなくニヤケている。


「カオルは私のだんな様だもの!!それに、子供でしょ!!」


「なんだその理由は!!大体、体型がわからねば、服が作れんだろうが!!カオルも見ているぞ!!」


「カオルも見ているのか!?」


 土竜の発言に喰い付いたヴァルカン。 

 他の女性の裸体を、カオルに見せまいとしたのだ。


「ああ!!この者達に、似合いそうな服を考えておる!!」


「グッ....ダメだと言いたいが、理由がそれならば....仕方がないか....」


 カオルは優しい。

 とくに女性に対しては。

 仕方がないのだ。

 カオルは、小さな紳士なのだから。


「ん?そのシャツは小さかったか。ではこれだ」


 アイテム箱から別の白シャツを取り出し、猫耳族の2人に手渡す。

 先ほどのシャツが小さいというよりは、2人の胸が大き過ぎるのだ。

 無い乳エリーさんと同じ、猫耳族とは思えないほどに。


「...はい」


「...ありがとうございます」


 怯えた2人。

 2人だけではなく、奴隷全員が怯えている。

 奴隷として売られたのだ。

 怯えるのも無理はないだろう。


「よし!着替え終わったな。着ていた服を寄越せ」


 奴隷達からボロボロの布切れを受け取り、アイテム箱に仕舞った。

 まさか後で匂いを!?などという事ではなく、今香月伯爵領に居るあの子達と同じ事をするのだ。


 土竜達が部屋を出ると、奴隷商人は小さくなっていた。

 怖くて目を合わせられない。

 余程、あの土竜の瞳が怖かったのだろう。


「ま、またのお越しをお待ちしております....」


 掠れた声で見送る奴隷商人。

 門番の2人は、なぜか抱き合って震えていた。

 筋骨隆々な男同士で。

 もしかして....いや、見なかった事にしよう。

 あの闇は深いのだ。

 覗いてはいけない。


 帝都南東に走る大通りへ出た土竜達。

 いざ宮殿へ帰ろうとして、召喚魔法のファルフの名を呼んだところで、ヴァルカンとエリーに怒られた。


「こんなところでファルフを呼ぶな!!」


「何考えてるの!?人がいっぱい居るでしょ!?」


 土竜に、人間の常識など無い。

 当然だ。

 人間ではなくドラゴンなのだから。


「歩いて帰るのか!?そろそろ眠いんだが....」


「馬車でも借りるか買うかすればいいだろう?カオルの領地は、近いんだぞ?」


「そうよ!!それか、南の外壁部まで行って、そこでファルフを呼べばいいでしょ!?」


 いたって正論。

 だが、土竜には通じない。

 もう眠いのだ。

 自身の本体を『フムスの地下迷宮(ダンジョン)』に残したままの状態で、無理矢理契約者の力を行使している。

 長くは保てない。

 風竜の様に、肉体を失った訳ではないのだから。


「むぅ....おい!!お前達は手を繋げ!!」


 怯える奴隷達に命令を下す。

 カオルならば、こんな言い方はしない。

 「みんな一緒に手を繋いで?ボクと一緒に♪」くらい言うだろう。

 なんという王子様。

 その毒牙にかかった女性が、物凄く多い事が難点だ。


 土竜に、言われるがまま手を繋ぐ奴隷8人。

 ヴァルカンとエリーも土竜と手を繋ぎ、何をするのかと首を傾げたところで、フワリと身体が浮いた。


「なっ!?ちょっ!?」


「な、なになに!?なんなのぉぉぉ!?」


 慌てる2人。

 奴隷達は、目をギュッと瞑って耐えていた。

 

 何をしたのか。

 実に簡単だ。

 土竜は、奴隷達を魔力の帯で包み込み、空へと舞い上がったのだ。

 擬似『飛翔術』とでも言うのだろうか。

 道行く者達が啞然とする中、総勢11人は空を飛んだ。

 

 高所恐怖症のヴァルカンはうろたえ、エリーは初飛行を楽しんでいた。


「『ファルフ!!』」


 上空で魔獣『グリフォン』姿のファルフを呼び出し、土竜は話し掛けた。


「悪いが、我はカオルではない。それでも、乗せてくれるか?」


「クワァ!」


「そうか。すまんな」


 ファルフの了解を得て、奴隷達を背中へと誘う。

 震えるヴァルカンは、ファルフの背中にしっかりと掴まり、エリーと手を繋いでいた。


「ファルフの言葉がわかるの!?」


 エリーは驚いていた。

 土竜が、ファルフと会話をしていた事に。


「ん?当たり前だろう?我は偉大なる土竜王だぞ?」


 別に、エリーは土竜の事を失念していた訳ではない。

 ただ、土竜をバカだと思っていた。

 非常識で、直情的なバカだと。


「よし!頼むぞ!!ファルフ!!」


「クワァ!!」


 ファルフは、翼を羽ばたかせて大空を駆けた。

 物凄いスピードで。

 怯えるヴァルカンと奴隷達を乗せて。

 香月伯爵領で待つ、カルア達の下へと。

 

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