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第二百五話 早期解決

 漆黒。

 

 暗い暗い闇の中。

 光源乏しく、一筋の光も射さない場所で、蠢く大きな何かが存在してる。


「グルル.....」


 何者かの鳴き声が聞こえる。

 周囲には、何が存在するのかまったくわからない。

 暗く、何も見えない空間。

 しかし、何者かの息遣いは聞こえる。


 とても大きな声。

 

 低く、聞くだけで身体が震えるほどの。


「グルル....」


 また聞こえた。

 鳴き声の様な戦慄(わなな)きの様な、そんな声が。


 ここは『狭間』。

 

 数多に広がる三千大千世界の丁度中間。

 未来でも、過去でも、現世でもない空間。

 そこに、大きな何者かが囚われていた。


(カオル.....)


 彼は、風竜王ヴイーヴルと呼ばれる者。

 とある世界の現世より存在し、心良き神々と共に堕落した神々を屠った異形の者。

 

 風竜がなぜ、ここに居るのか。

 それは、小さく幼い子供を助けたから。

 禁書や魔導書(グリモア)と呼ばれる、『ego(えご)黒書(こくしょ)』に閉じ込められ、子供は心を砕かれた。

 そして、その子供を救うために風竜は、夢神(むしん)『モルペウス』の力が宿る『オニロという宝珠(ほうじゅ)』を使い、身替りとなった。

 

 風竜に、寂しいという感情は無かった。

 いや、遠い昔、寂しいと感じた事がある。

 だがそれも、長い年月で忘れてしまった。


 今、風竜は寂しいと感じている。

 それは、家族の、子供のカオルに会えないから。


 狭間に囚われるまでの1年半。

 風竜はとても楽しかった。

 カオルの中から、外界を見て周り、数千年生きた中でも至福の時間を過ごしたと思う。

 嬉しくて笑い、楽しくて笑い、寂しくて泣き、悲しくて泣いて。

 小さな子供のカオルは、風竜にとって子供の様に可愛い者だった。


 風竜は感じている。

 今は遠いカオルが、悲しくて泣いている事を。

 傍にいる事ができないカオルが、寂しくて泣いている事を。

 

 辛い。


 慰めてあげる事ができなくて。

 声も掛ける事ができなくて。

 力になってあげる事ができなくて。


 カオルは泣いている。


「グゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」

 

 離れたカオルに届けとばかりに、風竜は大声で叫ぶ。

 泣くなと。

 がんばれと。

 心はいつも傍に居ると。


 暗闇の中に、風竜の悲痛な叫びが響き渡る。

 届かぬ思いに涙を流し、風竜は狭間に囚われる。











 涙が零れた。

 ベットに横たわるカオルの目から、一筋の涙が零れ落ちる。

 今カオルは、暗く淀んだ瞳を開き、涙を流している。

 意識は無い。

 涙を流したという自覚も無いだろう。

 それでも、泣いていた。


「カオル....」


 そっとカオルの名を呼び、涙を拭う。

 カオルは、身動ぎもせずに、ただなすがままにされていた。


 カオルが、エルヴィント城で意識をなくしてから2日。

 宮殿へと運んだヴァルカン達は、あの日の光景を思い出し、悲壮感が漂っていた。


 それは、『ego(えご)黒書(こくしょ)』に囚われた時。

 カオルはこうして自我を無くし、心を閉ざしていた。

 思い出したくも無い出来事。

 だが、思い出さずにはいられない。

 ヴァルカン達にとってカオルは、いなければならない存在なのだから。


「ヴァルカン。交代しましょう?あなた、2日も寝てないんだから」


 カルアがヴァルカンを窘める。

 カオルが倒れてから、ヴァルカンはずっとカオルの傍に付いていた。


「ああ....」


 言葉が続かない。

 カオルという存在が、ヴァルカンにとってこれほど大きいとは思ってもいなかった。

 いや、わかっていた。

 わかっていたが、これほど胸が苦しくなるなんて知らなかった。

 知りたくもなかった。

 失いたくない。

 愛しい人を。

 好きな人を。

 カオルを。

 ヴァルカンは、失いたくない。


「カオル!?」


 エリーが叫んだ。

 

「カオル様!!カオル様!!」


 エルミアも。


「カオルちゃん!?起きたの!?」

 

 カルアも。


「ご主人様!?」


 フランチェスカも。


「ご主人!!」


 アイナも。


「カオル?」


 ヴァルカンも、カオルの下へ集まった。

 ベットに横たわり、仰向けの状態で天井を見上げるカオル。

 その濁った瞳が、ゆらりと揺れた。

 ゆらりゆらりと。

 海を漂うクラゲの様に。

 ゆっくりと、のんびりと、波に、風に身を任せ。

 やがて、瞳は黄色く輝いた。

 あの爬虫類の様な、ギョロリとした目に移り変わる。


「クックック.....」


 気持ちの悪い笑みが、カオルから聞こえた。

 口元をいやらしく吊り上げ、下卑た顔をしている。


 そして、次の瞬間。


 黄金色の残光を残し、カオルは窓を破って消えた。

 あまりにも突然の出来事に、呆気に取られたヴァルカン達。

 カオルの後を追い掛ける術も無く、喪失感から手を震わし、大粒の涙を零す。


「かお....る?」


 悲しい声が、部屋に残された。












 翌朝。

 けたたましい音で、ヴァルカン達は意識を取り戻した。

 カオルの私室では、カオルの家族全員が揃っていた。

 いや、誰もこの部屋を離れられなかった。

 突然カオルがいなくなり、言葉を発する事もできずに、ただ部屋にポツンと佇んでいたのだ。


「ヴァルカンか!!すぐに登城するのじゃ!!カオルがの!!カオルが来てるのじゃ!!」


 通信用魔導具から、アーシェラの慌てる声が聞こえて来る。

 それを聞いたヴァルカン達は、着の身着のままの格好で、大急ぎで馬に跨りエルヴィント城へと急いだ。


 馬を城門前の近衛騎士に託し、ヴァルカン達はアーシェラの私室へと駆け付ける。

 そこには、愛しいあの人の姿があった。

 

 なぜか、カムーン王国のエリーシャ・ア・カムーン女王とエメ・ア・カムーン第二王女に抱かれて。


「...かおる?」


 ヴァルカンが話し掛ける。

 すると、カオルが顔を向けた。

 そこには、両目が金色に輝いたカオルの姿があった。


「我はカオルではない。土竜王クエレブレだ」

 

 とても低い声だった。

 カオルのものでも、風竜のものでもない。

 初めて聞く声。


 ヴァルカン達の頭の中は、グチャグチャに掻き回された。


「早かったの!!待っておったのじゃ!!順を追って説明するからの。とりあえず座ると良いのじゃ」


 アーシェラに促され、ヴァルカン達は長テーブルを囲んで座る。

 カオルはずっとエリーシャとエメに両脇を抱えられ、近くにはしかめっ面のティルとフェイの姿もあった。


「土竜よ。もう一度話してはくれぬかの?」


「なんだ?まさか我の話しを記憶できんのか?まったく、これだから小さき者は....カオルはどんな話も1度で覚えたぞ?」


 アーシェラに対し、悪態を吐く土竜。

 しかし、そう言いながらも説明を始めた。


「まず、ヴァルカンだったな」


「あ、ああ....」


「お前達は、カオルの家族なのだろう?ずっと見ておったから知っている。

 それがなんだ?カオルの異変に気付かぬとは....それでもカオルの家族と言う気か?」


 何の事を言っているのかわからない。

 ヴァルカン達は今、酷く混乱している。


「悪いが、意味がわからない。どういう事だ?」


「はぁ......カオルが、最近おかしかったという自覚はあるか?」


「ああ。それは薄々気付いていた。攻撃的になったり、喜怒哀楽の感情が激しかったからな」


「そうだ。それはいつからだ?」


「前からそうだが....そうだな。特に激しくなったのは、エルミアと共にエルフの里に行ってから...だな」


「そう言われると確かにそうです。カオル様は、エルフの里に参られてから性格が激しく成られた様な気がします」


 カオルの最近の行動を思い出しながら、ヴァルカンとエルミアが答える。

 2人の言う通り、カオルの言動と物言いが、確かにあの時点からおかしくなっていた。


「それは呪いだ」


「「「「呪い!?」」」」


「そうだ。カオルは呪いを受けたのだ。堕落した神である大蛇(ラハム)からな」


 ヴァルカン達は、カオルから聞かされ知っていた。

 エルフの里をカオルとエルミアが訪れた際に、風の精霊王シルフのせいで、大蛇(ラハム)と戦闘になった事を。

 まさか、その時カオルが呪いを受けていたとは思いもしなかった。


「まぁ、治療薬は小虫のシルフに作らせてる最中だ。そのうちできるだろう」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 アーシェラ達も安心した顔をしているが、ここで問題が。

 なぜカムーン王国の王族一同がここにいるのか?


「カオルは治るんだな?」


「当たり前だろう?神などと、あんな物は過去の存在だ。もっとも、心良き神はまだ存命らしいがな」


 土竜は、ウェヌスの事を言っているのだろう。

 カオルがあのダンジョンで出会った、愛と美の女神の事を。


「それで、なぜエリーシャ女王様が、エルヴィント帝国にいらっしゃるのですか?」


「あらぁ~♪いちゃいけないのかしらぁ~♪ヴァルちゃんったら、ちょっと見なかっただけでぇ~、随分私に冷たいのねぇ~♪」


 場にそぐわない、エリーシャの間延びした声。

 なんともやる気を削ぐ声に、緊張の糸が緩んでいく。


「いえ、とんでもありません。ただ、申し訳ございません。私達は、カオルの事が心配でずっと眠っていないもので....」


「うふふ~♪そうなのねぇ~♪カオルちゃんはぁ~♪きゅ~に私の寝室に入って来てねぇ~♪も~う、凄かったのよぉ~♪」


「「「「なっ!?」」」」


 目で人が射抜けたら、間違い無くエリーシャは蜂の巣になっていただろう。

 

「これこれ、冗談を言うでない。今のヴァルカン達に、余裕は無いのじゃぞ。それと、そろそろ土竜から離れぬか。身体はカオルなのじゃからな!!」


「え~...イヤよぉ~♪カオルちゃんにはぁ~♪と~っても感謝してるのぉ~♪」


 アーシェラに窘められても、まったく土竜から離れないエリーシャ。

 第二王女のエメも、土竜の左腕をガッチリと抱え込んでいる。

 何があったというのだろうか。


「もう良い!!わらわが説明するのじゃ!!まったく、エリーシャの声を聞いていると眠くなるの!!エリーシャ達がここに居るのは、土竜が此度の一件に決着を着けたためじゃ」


「陛下。どういうことでしょうか?」


「うむ。昨日の夜にの、土竜がカムーン王国に単身乗り込んで、オルランド宰相以下それに組みする者を全て捕らえたそうじゃ。それで、エリーシャとエメがお礼を言いに来たそうじゃぞ」


 端的に話すアーシェラ。

 ヴァルカンは、そこに至るまでの過程が聞きたい。


「申し訳ございません。もう少し詳しく....」


「じゃから.....ええい面倒臭いの!!わらわもいっぱいいっぱいなのじゃ!!フェイ!!答えるのじゃ!!」


 フェイにブン投げるアーシェラ。

 先に報告を受けいていたフェイは、丁寧に語った。


 夜遅くにエリーシャの寝所に現れた土竜は、エルヴィント帝国でティルが狙われた事を話し、オルランド宰相を糾弾しに行った。

 そこで、運良く悪巧みをしていたオルランド宰相とその取り巻き達を一網打尽にし、事の次第を吐かせた。


 しかし、腐っても宰相。


 取り巻きの1人が外と連絡を取り、こともあろうに第二王女のエメを人質に、クーデターを起こした。

 激高した土竜は、その膨大な力で猛威を奮い、あっという間にエメを助け、悪党達を一人残らず取り抑えた。

 それはひとえにカオルの力。

 『濁った目』の人物を見分ける事ができるカオルがいるからこそ、できた偉業と言えるだろう。

 どこぞの桜吹雪の金さんみたいだ。


「...という事があったそうです。若干1名怪我をしたそうですが....」


「そうなのぉ~♪ブレンダちゃんがぁ~♪カオルちゃんに挑んで~♪足を擦り剥いちゃってぇ~♪うふふ~♪」


 剣聖ブレンダ。

 ヴァルカンにロリババァと呼ばれる妙齢のホビットは、土竜に挑んで返り討ちにあった。

 なんとも悲しいお話だ。


「....では、ティル王女に危険はなくなったという事ですね?」


「そうよ!!まさか、たった一晩で片付けるなんて.....さすがはドラゴンの契約者ね....」


「今は、そのドラゴンだがな」


「は、はい!!」

 

 萎縮するフェイに、土竜は自慢気に微笑む。

 カオルの顔のはずなのに、なぜかとてもいやらしい。


「という訳だ。これで、カオルの気苦労も無くなったな。

 ヴァルカン。それと、カルアにエリーにエルミアにフランにアイナ.......

 多いな.....まぁどうでもいい。

 お前達はカオルの家族を自認するならば、もっとしっかりカオルの事を見ろ!!

 たとえ呪いが溶けたとて、カオルは今もしっかりお前達を見ているからな?」


 土竜が最後に纏め、ヴァルカン達は頭を下げた。

 自覚が足りなかったのかもしれない。

 浮かれていたのも事実だ。

 カオルと婚約して、忙しい毎日に追われていた。

 もっと、しっかりカオルの事を考える余裕を持たなければならない。

 カオルは、家族の事をずっと考えているのだから。


「わかった。すまなかった、カオル。これからも、どうか傍に居させてくれ」


「カオルちゃん?おねぇちゃん、これからももっとカオルちゃんの事を大事にするからね?」


「私、カオルに甘えてた。でも、これからは気を付ける。だから、早く帰ってきて?」


「カオル様。もう2度と離れたりしません。心はずっとカオル様だけを見ています」


「ご、ご主人様のためなら、たとえ全てを失ってもいいです。だから、その、は、早く帰ってきてください」


「アイナは、ご主人のもの。ご主人も、アイナのもの。まってる?」


「クックック....なんだ、良い家族ではないか。まぁ....カオルが泣いておるが、今は良しとするか。それで、どうする?今すぐカオルに代われるが、また動かないままだぞ?薬はそのうちできると思うが」


 土竜に質問され、ヴァルカン達は悩む。

 だが、すぐに答えは出た。

 とりあえず、エリーシャとエメの2人を排除しなければいけない。

 カオルの婚約者は、ヴァルカン達なのだから。


「とにかく、エリーシャ女王様はカオルから離れて下さい。エメ王女様もです」


「えぇ~いやよぉ~」


「フルフル」


「駄々を捏ねる子供ですか!?」


「子供でいいも~ん♪ねぇ?エメちゃん♪」


「コクン」


 土竜から離れないエリーシャとエメの2人。

 そんな姿にティルは呆れ、アイナはエメを敵視していた。

 何か、自分と近いものを感じている。

 あざといのか天然なのか。

 エメはアイナと同じ10歳。

 もしかしたら、カオルの庇護欲をそそる対象かもしれない。

 これはやばい。

 第二のアイナとして、婚約者などと言い出してしまいそうだ。


「まぁいい。風竜とは違い、我はまだ肉体が朽ちてはおらんからな。

 どうせ長くこの状態ではいられん。眠る必要がある。だが、寝る前にやる事はやっておくとしよう。おい、ヴァルカン」


「なんだ?」


「娼館に行くぞ。奴隷を買う」


「なっ!?」


「なんだ?カオルは元々そのつもりだぞ?」


 この時初めてカオルが奴隷を買いに行くと知らされたヴァルカン達。

 3日前のやりとりはいったいなんだったのか。


「ど、どういう事だ!?私は聞いてないぞ!!」


「何を言っている?そのためにあの街を造ったのだろう?奴隷の見方を変えるのではないのか?」


 そこで、ようやく意味が通じた。

 娼婦を買いに行くのではなく、単純に奴隷を買いに行くのだという事に。


「....奴隷商のところへ行くのか?」


「そうだと言っているだろう?」


「娼館は、娼婦や男娼を買いに行く場所だ。奴隷商が居るのは奴隷市場だ」


「......」


 ここで、ようやく全ての謎が解けた。

 カオルは知らなかった。

 奴隷がどこで売っているかなんて。

 どうりで娼館について調べていた訳だ。

 そこは、奴隷が販売された場所の1つであり、そこで買えるのは娼婦や男娼だ。

 なんという話しだろう。


「それはなんというか....」


「まぁ....詳しくカオルに話した事がなかったからな....」


「そうじゃの....どうりでおかしいと思っていたのじゃ....やけに娼館について調べていたからの....」


「カオルはまだ子供だし.....」


「あんな汚いところに、カオル様が行くはずがありません」


「ご主人様って....」


「ご主人、うぶ」


 哀れみの声が聞こえて来る。

 もちろん、土竜の中でカオルも聞いている。

 たとえ無意識だとしても。


「....そういう訳で、奴隷市場に行くぞ?」


「誤魔化したな....」


「そうね....」


「土竜に、奴隷なんて必要無いだろうしね....」


「そうですね....」


「つちりゅう。うぶ」


「う、うるさいぞ!!ヴァルカンが案内しないならば、1人で行くからな!!いいんだな!!カオルの身体だぞ!!我は知らぬからな!!」


 癇癪(かんしゃく)を起こす土竜。

 ヴァルカン達は、慈愛の満ちた顔で、そっと頭を撫でた。

 

「わ、我が悪い訳では無いのだ....カオルが....カオルが知らなかっただけで.....」


 ついにいじけてしまう土竜。

 本当に偉大なドラゴンなのだろうか?

 実は、カオルの演技なのではないだろうか?

 本人でなければ、わからないが。


「まぁ....連れてくか。エリーは付き合え。皆は、先に宮殿に帰って休んでくれ。カオルの身体は、必ずエリーと私で宮殿まで運ぶ」


「....そうね♪もしかしたら、領民が増えるかもしれないものね♪」


「わかりました。ヴァルカン、エリー。カオル様が、愛人など作らないようにしっかり見張っておいてください」


「ま、また子供が増えるのですね....いいえ。がんばります!!」


「アイナもがんばる!!」


 土竜が、奴隷を買う事が既に決定しているかの様な発言。

 この流れならば当然だろうか。


「ああ、それと、アーシェラだったな」


「なんじゃ?」


「ここの帝都に住む薄汚いゴミ共は、一掃しておいたからな。後は頼む」


「ど、どういう意味じゃ!?」


 そこへ、コンコンと扉を叩かれ、大勢の近衛騎士が羊皮紙を片手にやって来た。


「な、なんじゃ!?」


「陛下。取り急ぎ、処理していただきたい案件がございます」


 そう報告し、アーシェラの前に羊皮紙を積み上げる。

 それは、報告書と嘆願書の束だった。


 昨夜、激しい雷光の後に、バタバタと人が倒れていた。

 駆け付けた憲兵達によると、その人物達は指名手配される程の悪人達で、名を変えて潜伏していたという。

 おそらく、数十年振りに開催される決闘のドサクサに紛れて、一仕事しようと思っていたのだろう。

 だが、恐れるべきはその人数だ。

 帝都の東西南北に跨り、実に120人強。

 全て別々の盗賊団であり、なぜ倒れていたのかも定かではない。

 間違い無く、先ほど言った土竜の仕業だろうが。


「こ、こんなに一度には無理じゃぞ!?な、内務局の者はどうしたのじゃ!?」


「それが、既に手いっぱいなのです。先任のアベラルド内務卿が職を辞されてから、人手が足りない状況でして...我々も憲兵隊の手伝いがあるので....おっと、時間が....陛下。それでは我々も失礼します」


 報告だけして姿を消す近衛騎士達。

 アーシェラは真っ青な顔をして、声にならない叫びを上げていた。


「では、行くかヴァルカン、エリー」


「ああ」


「そうね」


 アーシェラを無視し、ヴァルカン達は部屋を後にした。

 残されたカムーン王国の一団に、「カオルが目が覚めたら、礼を言うんだぞ」と土竜が告げていたが、アーシェラを見て笑っていて、聞こえたかどうかは定かではない。


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