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第二百四話 壊れゆくカオル

 人数が多かったため、エルヴィント城の食堂へと場所を移したカオル達。

 ファノメネルは、ずっと何も言わなかった。

 まるで、世捨て人の様に達観している。


「はい、どうぞ♪とっておきのニルギリです♪ストレートでもミルクでも、どちらでも美味しいですよ♪」


 周囲に沢山の侍女が居るというのに、カオルの手ずから紅茶を淹れて貰い、アーシェラ達はそれを啜った。

 少し濃いオレンジ色の紅茶。

 芳醇な香が口内に広がり、鼻を抜けて美味しさが膨れ上がる。

 カオルの言う通り、この紅茶は至極の一品であるだろう。


「うむ。美味いのじゃ」


「本当に♪カオル様が淹れてくださるだけで、美味しさが何倍にも感じてしまいます♪」


 皇帝・皇女の親子は平常運転であった。

 カオルが淹れた紅茶は、さぞ格別な味がしたのだろう。

 ヴァルカン達もいつもの様にカオルから紅茶を受け取り、カップを持ち上げ一口啜る。

 「美味しい」と笑顔で言われ、カオルも満足気に微笑んだ。


「ねぇヴァル。あの子、大丈夫なの?なんか物凄く怖いんだけど...」


 常識人のフェイが、ヴァルカンに耳打ちをする。

 『あの子』とは、もちろんカオルの事。

 玉座のある大広間で、カオルは大立ち回りを披露した。

 誰もが息を飲み込み恐怖するような殺気を放ち、オネスト・ル・ネーロ伯爵の悪事を暴いてみせたのだ。

 それが、今度はこうして笑顔で愛嬌を振り撒いている。

 恐れずにいられるだろうか。

 ようやく常識人が現れた。

 エルヴィント国民のような、変態でも、策士でもない、常識人が。


「ん?カオルの事か?」


「そうよ。もしかして、多重人格なんじゃないの?コロコロ表情も性格も変わって....あんた怖くないの?」


 もっともな意見を述べるフェイ。

 ヴァルカンは、少し考え、やがて笑みを浮かべた。


「それがカオルだからな。私は、心の底から怖いと思った事は無いぞ?

 フェイも、カオルと接すればわかる。

 カオルが、何を考え何を悩んでいるのか。カオルはな。優しすぎるんだ」


 ヴァルカンは微笑むカオルを見詰め、フェイにそう答えた。

 その眼差しはとても優しく、フェイが見た事も無い慈愛の満ちた表情をしていた。


「....はぁ....ヴァルがそんな顔するなんて、知らなかったよ。何?ノロケ?惚れた弱みってヤツ?」


「ハハハ....そうかもしれないな。私はカオルを愛しているからな」


「はいはい。ごちそうさま」


 親友の2人が、過去を懐かしみながら会話を続ける。

 フェイの隣に座るティルは、ジッとカオルを見詰め、溜息を繰り返していた。


「あ、そうだ。ディアーヌ?これ、頼まれてたクッキーだよ」


 アイテム箱から、小分けにされたクッキーを取り出し、ディアーヌに手渡す。

 持てない程の量だったため、テーブルの上にゴッソリ乗せると、ディアーヌは「ありがとう」とお礼を言いながら、自分のアイテム箱に仕舞い始めた。


「むむ!!カオル!!わらわも欲しいのじゃ!!」


 カオル手作りクッキーの愛好者アーシェラが、クッキーの袋を目聡く見付け、欲しい欲しいとせがみ始めた。

 そして、激しい攻防が繰り広げられる。

 第二次カオル手作りクッキー戦争の幕開けだった。


「ちょっと!?アーシェラ!!それは、カオルが私の為に焼いてくれたクッキーよ!!」


「3つくらい良いではないか!!ディアーヌは、そんなに沢山貰ったのじゃろう!?」


「これでも足りないのよ!!本を読みながらカオルのクッキーを食べると、すんなり本の内容が頭に入ってくるの!!」

 

「そうなのですか!?カオル様!!私も欲しいです!!」


「ほほう?それは凄い効果ですな。カオル殿。私にも1つ作っては下さいませんか?」


 あっという間に大人気になった、カオル手作りクッキー。

 やはり、量産して一気に売り出してみてはどうだろうか?

 おそらくアーシェラ達が買うだろう。

 膨大な量を。


「みんな欲しいなら、今から焼こうか?生地を捏ねて、寝かして焼くから....40分もあれば焼きあがるよ?」


 なんという優しさだろうか。

 寝かし30分。

 焼き10分。

 さすがはカオルだ。

 捏ねるのは魔法でやる気だ。

 チートだ。

 でも、カオルお手製だ。

 問題ない。


「ほ、ホントかの!?」


「はい。あ、その前に砂糖持ってきますね?宮殿にも、ボクの手持ちも無いので」


「砂糖など、いくらでもここから持って行けばよいのじゃ!!」


「あはは♪それはダメですよ♪甘えはいけませんって、師匠達にも言われてますし♪」


 アーシェラ達の視線が、ヴァルカンに集まる。

 『残念美人』のヴァルカンが、まさかそんな常識的な事を言うとは、誰も思っていない。

 おそらくは、カルアかエルミア辺りだろう。

 そう思い、ヴァルカンからエルミアに視線が移ると、エルミアは当然の様に落ち着いた仕草で、紅茶を飲んでいた。


「じゃぁ、パパッと行って来ます」


 カオルはそう告げて、ヴァルカンとエルミアにウィンクを1つした。

 ヴァルカンとエルミアも頷いて答え、カオルは食堂から外へと歩み出て、『雷化』の魔法で黄金色に輝き姿を消した。


「えっ!?」


「き、消えた!?」


 何も知らないティルとフェイ。

 犬耳族の騎士2人は、ただただ絶句して固まっていた。


 ほどなくして、カオルは戻って来た。

 時間にして5分ほど。

 なんという速度だろうか。 


「おまたせしました。それじゃぁ.....あの空いてる場所を借りますね?」


「うむ!!頼むのじゃ!!できれば、沢山欲しいのじゃ!!カオルのクッキーはとても美味しいのじゃ!!」


「あはは♪そんなに気に入っていただけると、ボクも嬉しいです♪作り方を教えましょうか?」


「いや、あの味はカオルにしか出せぬのであろう。同じ物を作らせようとしたのじゃが、どうにも上手く行かなかったのじゃ」


 カオルのクッキーの虜になったアーシェラは、料理長や菓子職人に、試行錯誤を繰り返させてカオルのクッキーを再現させようとした。

 しかし、どうしても上手くできなかった。

 今、その理由が明らかになる。


「まぁ....そうでしょうね」


 アイテム箱からテーブルと携帯用魔導オーブン2台を取り出し、テーブルの上に食材と道具を並べる。

 そして、ボールに小麦粉と砂糖を入れて混ぜ合わせ、水をゆっくり加えて捏ね始めた。


 全て、魔力の帯を使って。


「「「「「「「「「.............」」」」」」」」」


 絶句。

 いや、啞然である。

 粉物のはずなのに、小麦粉も砂糖も調理器具も、何もかものが中空に浮かんでいるのだ。

 しかも、5つのボール全てで同じ作業が行われている。

 そこへ、紅茶の葉や、作り置きのドライフルーツ。

 炒って細かく砕いたコーヒー豆など、種類事に分けて入れ始める。


「アーシェラ様?どうかしたんですか?」


 今尚中空で続けられる作業。

 カオルは、見もせずにアーシェラに振り返る。


「....なんというか、うむ。このクッキーが、カオルにしか作れん訳がわかったのじゃ」


「そうね.....ふっくらしてるのは、本当に空気を入れてるのね.....」


 何とか言葉を絞り出したアーシェラとディアーヌ。

 この魔法の開発者であるアゥストリは、ただただ関心するばかりだ。


「あとは、生地を寝かして一口大に切り揃えてから焼けば完成です」


「うむ!!楽しみじゃの!!」


「そうね!!」


 達人は、思考する事を止めると強くなるという。

 今のアーシェラとディアーヌがまさにそうだ。

 ずっと凍り付いている騎士の2人は、そろそろ誰かが助けた方がいいかもしれない。


 そこへ....


「陛下。罪人を地下牢へ移送致しました」


 真っ青な騎士服を纏った、近衛騎士団長のレオンハルトが登場した。

 その顔は、とてもやつれていて、疲労困憊としている。

 先日の一件がずっと尾を引いているのだろう。

 仕方が無い。

 娼館に入るところを、愛しのカオルに見られたのだから。


「うむ。ご苦労じゃの」


 返答を済ませ、レオンハルトが場を下がる。

 チラリをカオルに視線を送り、何か言いたげに表情を曇らせた。


「...あの、レオンハルトさん」


 カオルは声を掛けた。

 それは、哀れんだためではない。

 ずっと聞きたかった事があるのだ。


「なんでしょうか!?黒巫女様!!」


 嬉々とした表情のレオンハルト。

 顔にパァと花咲き、先ほどまでの重い表情なんて微塵も見受けられない。

 どれだけカオルの事が好きなんだ。


「先日、あのお店に入られましたよね?」


 それは娼館。

 多くの奴隷が働く場所。

 カオルは知りたいのだ。

 あの場所で働く奴隷達は、蔑まれ、虐げられているのだろうか。

 それとも、たとえ奴隷の身分に落ちようとも、僅かながらの幸せを感じているか。


「わ、私は入っておりません!!あの後すぐに帰ったのです!!本当です!!信じて下さい!!」


 捲くし立てるように否定するレオンハルト。

 全てを知るエルミアが、こっそりアーシェラに耳打ちしている。

 汚物でも見るような目で。


「入らなかったんですか?」


「そうです!!私が、あんな店に入る訳ないではないですか!!」


「そうだったんですか....聞きたい事があったんですけど....それならいいです。呼び止めてすみません」


 話しを打ち切るカオル。

 レオンハルトが何も知らないならば、特に聞く必要もない。

 カオルが知りたいのは、奴隷の現状なのだから。


「えっ!?あの!!その....は、入りました!!私は入りました!!娼館に!!」


 言ってしまった。

 事もあろうに、アーシェラや、フロリアや、ディアーヌや、ヴァルカン達の前で。

 この場に居る男性は、レオンハルトとアゥストリとカオルだけ。

 擁護してくれる者など、居るはずも無く....


「....汚らしい」


 フロリアの一言が、レオンハルトの胸に突き刺さる。

 アーシェラ達も頷いた。

 もし、この場に冒険者が居たならば、レオンハルトを擁護してくれるだろう。

 だが、ここに居るのは高貴な身分の者達だ。

 誰も助けてはくれない。

 唯一、アゥストリが慈愛の満ちた顔をしているくらいだ。

 

「入られたんですね!?」


 そんな中、カオルは興味津々にレオンハルトに聞き始める。

 本当は、あの時レオンハルトは娼館になど入っていない。

 むしろ、入る気分どころではなかった。

 愛するカオルに見られ、逃げるようにその場から姿を消され、あれからずっとカオルに会いたくても会えなかったのだ。

 酒場で毎日気の良いヤツラと飲み明かし、現実逃避をしていたなんて、カオルは知らない。


「.....申し訳ございません。入っていません」


 レオンハルトはその場を去った。

 もう限界だった。

 冷たい視線に晒され、愛しい人はなぜか嬉しそうで、レオンハルトの心は深く傷付いた。

 誰かに癒しを求め、レオンハルトは彷徨う。

 こっそり元彼女(モトカノ)の侍女のベルが、そんなレオンハルトの後をつけていた。


「....レオンハルトも疲れておるのかの?」


「お母様。左遷するのは、いかがでしょうか?」


 フロリアはレオンハルトが嫌いだ。

 カオルが男とわかっていても、変わらずカオルに好意を寄せているレオンハルト。

 嫌いだからこそ、イライザとレーダにお願いして、『陰湿(いんしつ)な騎士と黒髪の少年』という本まで書いてもらった。

 しかし、さすがに左遷はいきすぎではないだろうか?


「そうね。左遷は無理だけど、長期休暇は検討しておこうかしら....」


 母親口調のアーシェラ。

 フロリアの頭をそっと撫でて、嗜めていた。


「....それでの。カオルはなぜ娼館の事を調べておるのじゃ?行きたいのかの?」

 

 アーシェラの言葉に、フロリア達が震え始める。

 まさか、カオルが娼館へ遊びに行くのではないかと思っているのだろう。

 当然そういう意味で娼館に行くつもりなど、カオルにはない。


「行きたい....ですね。行って見てみたいです。

 あの場所で働く奴隷達が、何を思い何を考えているのか。今、幸せなのか。

 前にアゥストリにも相談したのですが、ボクの周りで娼館に行った事がある人が居なかったもので。それで、先日娼館の前でレオンハルトさんを見掛けたので聞いてみたんです。結局、何も得られませんでしたけど.....」


 カオルは、とても遠い目をしていた。

 ここではないどこかを見据えている。

 そんな雰囲気に、アーシェラ達は溜息を吐いた。

 

 カオルが考えている事の意味を、アーシェラ達は知っている。

 なんの為にカオルが街を造ったのか。

 なんの為に学校を造ったのか。

 アーシェラ達は、カオルから聞いている。

 遊びや、気まぐれではないのだ。

 

 奴隷を救うために、カオルは街を造ったのだ。

 今はその第一段階。

 最初の1歩。


 カオルは、心を砕かなければいけない。

 間違い無く、『濁った目』の持ち主が居る奴隷商の下へ、行かなければならないのだから。


「カオルは....いや、なんでもないのじゃ。何かあれば、いつでも言うのじゃぞ?カオルは、わらわの寄子じゃ。親を頼らぬ子はおらぬ」


「ありがとうございます。アーシェラ様には、沢山の力をお借りして.....

 いつか、恩返しをさせてくださいね?」


「うむ!!まずはクッキーじゃの!!」


「はい♪出来立ては、とっても美味しいんですよ♪」


「それは楽しみなのじゃ!!」


 いつもの様におどけるカオルの姿。

 それを見て、ティルとフェイは理解した。

 カオルは、強くて弱くて優しい人物だという事を。


 カオルが、クッキーを切り分けオーブンで仕上げに掛かる。

 その間に、アーシェラは今後ティルがどうするか話し合った。


「さて、ティルの件じゃが困ったのぉ」


「はい.....」


「このまま帰れば、第2の刺客が現れ、命を狙われるのは目に見えておる」


「私が命に代えてもお守りします....と言いたいのですが、私が死んだところで、その後が....」


「私が剣聖に復帰しても、状況は変わらないでしょうし....」


「うむぅ。わがエルヴィント帝国が介入すれば、国家間の問題になるしの」


「あの。宰相のオルランド・ベ・ニタールとは、どのような人物なのでしょうか?」


「オルランド宰相は、エリーシャ女王様の片腕として、実直に国務を切り盛りされる素晴らしいお人です」


「その宰相が、同盟を快く思っておらぬ。という訳じゃな」


「はい。どうやらそのようで....」


「切れ者が相手となると、搦め手は通用しなさそうじゃのぉ...」


 堂々巡りが続く。

 既に、ティル王女を放逐するという考えは無い。

 それは、カオルとティルが交わした会話のため。

 ティルは「美しい女性に成る」と言った。

 それは、将来女王として、カムーン王国を治めると宣言した事と同意だ。


「....オルランド宰相を消すか?」


「オルランド宰相を亡き者にしても、代わりの者が現れるでしょうね」


「っていうか、ヴァルは相変わらず短絡的ね!!」


「なんだと!?じゃぁ他に良い手があるのか!?」


「無いから話し合ってるんでしょ!?」


「これこれ、喧嘩をしておる場合ではないじゃろうが」


 アーシェラに諭され、ヴァルカンとフェイは落ち着きを取り戻す。

 当事者のティルは、悲痛な面持ちのまま固まり、思案を巡らせていた。


「陛下。まずは、立場をはっきりとさせておきませんか?」


「そうじゃの」


「では、僭越ながら私が。まず、ティル王女を次期カムーン王国の女王として、陛下はお認めになる。というこでよろしいでしょうか?」


「うむ。ティルには器があると、わらわは思っておる。さすがはエリーシャの娘じゃな。我が侭なところもソックリじゃ」


 ティルを褒めて笑うアーシェラ。

 懐かしき友を見ている様なその姿は、とても微笑ましいものであった。


「では次に、ティル王女は、将来エリーシャ女王の後を継ぎ、次期女王に即位される。お間違いないですか?」


「はい。お母様の後を継ぎ、妹のエメと共にカムーン王国の民の為に尽力するつもりです」


「立派な心掛けです。ですが、そのティル王女を利用しようと画策した者が、宰相のオルランドですな。

 親善訪問中のティル王女の身に万が一の事があれば、両国の同盟は決裂し、数十年前と同じ戦争になるでしょう。

 ですが、その計画もカオル殿のおかげで潰えた。

 いやはや、さすがはカオル殿ですな。友人として、鼻が高い」


 我が事の様に自慢げに話すアゥストリ。

 ヴァルカン達には、なぜアゥストリが自慢しているのか意味がわからない。


「さて、ここからが本題ですな。

 このままティル王女が帰国されるとどうなるのか。

 オルランド宰相の手駒である、オネスト伯爵は既に捕らえられている。

 という事は、オルランド宰相は気付くでしょう。

 ティル王女が、暗殺計画を知っている事に。

 そこで、次の手は全てを知るティル王女を抹殺する事に切り替えるはずです。

 ですが、そうはしたくない。

 なんとかオルランド宰相の悪行を明るみにし、ティル王女を守らなければいけません。

 では、どうするか?

 オネスト伯爵を連れてカムーン王国に戻り、オルランド宰相を糾弾する。

 おそらくこの手は通用しないでしょうな。

 王女暗殺を目論むからには、オルランド宰相は用心深く、そして知謀家のはずだ。

 エルヴィント帝国も、立場上介入する事もできません。

 アーシェラ様が内密に使者を送り、旧友であるエリーシャ女王と連絡を取る。

 それも決定打にはなりませんな。さて、困りましたな、カオル殿?」


 状況を全て整理してみせ、調理の終わったカオルに視線を投げる。

 要するに、アゥストリはカオルに解決して貰おうと思っているのだ。

 カオルにはそれができると、アゥストリにはわかっている。

 

 カオルは、ドラゴンの契約者なのだから。


「....はぁ。まぁ、あのゴミを見た時に、なんとなくそんな気はしてたけどね。

 だけど、ボクが手を貸す理由が無いよ?

 ボクは、カムーン王国に何かをして貰った覚えもないし恩も無い。

 それでもやれって言うのかな?」


「いやいや。カオル殿には縁がございますよ?」


「....師匠の事?」


「そうです。ヴァルカン殿は、カムーン王国の元剣聖にして、カムーン王国の国民です。将来の妻の為に、夫が一肌脱ぐのは当たり前の事ではございませんか?


「アゥストリってさ。たま~にそうやって色々押し付けるよね?リアに会いに行って~とか。まぁわかったよ。師匠?」


「....なんだ?」


「師匠は、どうしてほしいですか?」


 ヴァルカンは悩んだ。

 確かに、ヴァルカンはエリーシャ女王に恩義を感じている。

 若くして剣聖に取り立ててもらえたし、自分の我が侭で剣聖の職を辞する時も、エリーシャ女王は文句の1つも言わなかった。

 今は亡き愛刀『イグニス』を下賜された時。

 エリーシャ女王は、とても優しく接してくれた。

 恩を、仇で返す訳にはいかない。


 ヴァルカンは、カオルの師匠なのだから。


「私は、カムーン王国に危機が迫っているというのならば、手を貸したい。

 それに、ティル王女様がエリーシャ女王様の後を継ぐ事は良い事だと思う。

 きっと、エリーシャ女王様もそう望んでいるだろう」


 ヴァルカンの本音は、カオルに届いた。

 カオルは、当たり前の答えが返って来て嬉しかった。

 師匠ならば、必ずそう言うとわかっていた。


「わかりました。ボクの師匠は、やっぱり素敵な人でした。だけど、全てが終わったらご褒美を貰いますからね?」


「ああ!!なんでもするぞ!!」


「では、またドレスを着て、一緒に踊って下さい。あの時みたいに」


 それは、夜会での出来事。

 真っ赤なマーメイドドレスを着たヴァルカンが、カオルと2人で踊ってみせた。

 あの時のヴァルカンはとても美しく、女性らしかった。

 カオルは、もう一度見たいのだ。

 誰よりも美しいヴァルカンの姿を。


「わ、わかった。ドレスだな....がんばろう.....」


「え!?ヴァルがドレス着るの!?私も見たい!!」


「見せる訳が無いだろう!?カオルだけだ!!」


 フェイは、ヴァルカンがドレスを着た姿など1度も見た事がない。

 普段から男装やダボダボのチュニックを着ていて、女性らしい服装などした事がないのだ。


「次に、ティル王女....うぅん。ティル。報酬を貰います」


「....報酬....ですか?」


「はい。カムーン王国に貯蔵されている、全ての書物を読ませて下さい。

 あ、収入とか財務関係は要りません。知識に関する全ての書物です」


「それくらいでしたら....ね?」


「は、はい。ですが、対した物は無いと思いますが....」


 せいぜい歴史や錬金術関係の本だろうか。

 だが、2人は知らない。

 カオルが、最高位の錬金術師だという事を。


「では、具体案を出しますね?

 まず、今回ボクが行う全ての事は、エルヴィント帝国民の香月カオル伯爵ではなく、個人のカオルが行う事です。

 なので、ボクが行う事でエルヴィント帝国が非難されるような事にならないよう、ティルとアーシェラ様に一筆書いていただきます。よろしいですか?」


「うむ。わらわからは特に文句は無いのじゃ。最悪の場合、香月伯爵領は、寄り親であるわらわが管理しよう」


「私も問題ありません。手を貸してくださるだけで、嬉しいですから......」


「ありがとうございます。さて、ボクが用意できるのは3つ。まず1つ目は、カムーン王国の消滅」


「「「「「「えっ!?」」」」」」


 事もあろうにカオルが提示した1つ目は、誰もが予想していなかった物だった。


「話しの途中で止めないで下さいね?」


「う、うむ」


「は、はい...」


「一度カムーン王国自体を無くし、新たに建国するのです。

 言わば、新生カムーン王国ですね。

 王都だけなら、1日もあれば陥落できますから」


 目が点になる。

 カオルの言葉の真意が、まったく理解できない。


「王都には、エルヴィント帝国の帝都と同じ、50万もの国民が住んでいるのですが....屈強な憲兵団も、騎士団も居ますし....剣聖ブレンダも....」


「あのロリババァ、まだ現役なのか....」


「当たり前でしょ!?ヴァルが剣聖辞めて、後任がいないんだからね!!大変なんだよ!?」


「そ、それはすまん....」


 いたたまれなくなり、謝罪するヴァルカン。

 ロリババァは気になったが、カオルは話しを続けた。


「......50万人だろうが、100万人だろうが、今のボクなら消し炭にできます。アーシェラ様も、師匠も、わかっているはずです。ボクは今、この世界を滅ぼす事もできるという事を」


 カオルの目が濁っていく。

 畏怖し、嫌う、あの目に。

 

 声は低くなり、周囲の気温がドンドン下がる。

 凍えるほどの冷たさに、アーシェラ達が身震いを起こし、ヴァルカンがカオルに手を伸ばす。


「カオル....」


 そっと触れた2人の手。

 カオルの手は氷の様に冷たく、とても同じ人間のものとは思えない。


 その時、オーブンが調理完了を告げた。


「あ、クッキーできたみたいですね♪」


 ガラリとカオルの纏う雰囲気が変わり、魔力の帯で熱々のクッキーをお皿に盛り分ける。

 それをアーシェラ達の前に差し置いて、話を続けた。


「食べながらでいいですよ♪そうですね。ティルとフェイに、話しておきましょう。ボクは香月カオル。『風竜王ヴイーヴル』『土竜王クエレブレ』2匹のドラゴンの契約者です」


 恐怖に怯えていたティルとフェイ。

 逃げるようにクッキーを貪っていたところへ、とんでもない爆弾を落とされた。


「けっけいやくしゃ!?」


「伝説の!?実在したのですか!?」


「はい。その証は....今度にしましょう。食事中ですし」


 胸の『音素文字(ルーン)』を見せる事なく、カオルは話しを続ける。

 ヴァルカンやエルミア。

 アーシェラやフロリアが、カオルの胸が見れると嬉々とした表情をしていたのを、カオルは気付いていた。


「ですから、王都を1つ吹き飛ばすくらいはできるのです。

 ですが、もちろんこの案はダメですね。

 50万人と、ティルの家族が消えてしまいますから。

 次の案は、ボクのゴーレム達で王都を取り囲み威圧でもしましょうか?

 ですが、籠城戦の末路は集団自殺と決まっていますからね。

 これもダメでしょう。となると....シンプルにいきますか?」


「....シンプルとは何だ?」


「簡単です。このままあのゴミを連れて、カムーン王国に乗り込むんですよ。

 衆人観衆の下、エリーシャ女王と宰相のゴミの前で全てを白日の下に晒すだけです。

 言い逃れできないでしょ?口を割らなければ、拷問をします。手足を切り落とし、内臓をぶち撒ければ誰だって口を割るでしょ?」


 クッキーへと伸びる手が止まる。

 カオルのあまりにも残虐な物言いに、誰もが顔を顰め、カオルの真意を見抜こうと必死に思考を巡らせる。

 

 だが、当のカオルは本気だった。

 本気で、オルランド宰相に拷問をしようと思っている。

 快楽でもドS心が疼いた訳でもない。

 ただ、ゴミ屑を消し去ろうとしているのだ。


「あのな?カオル。さすがにそれは....」


「他に何か良い案がありますか?今のティルに、協力者がいるとは思えません。

 暗殺を目論む様な輩が、周囲を抱き込まないはずは無いと思います。

 大体、こうなる事を予見できなかったエリーシャ女王に、今のティルを救う事ができるのですか?」


 正論。

 至極真っ当な。

 だが、手段がいただけない。

 それではまるで子供ではないか。

 確かにカオルは子供だが、今のカオルは何かがおかしい。

 もしかしたら.....


「....エリーシャ女王様は、おそらく今回の一件を気付いているはずだ。だからこそ、お供に剣聖のフェイを付けている」


「それで、ティルにもしもの事があったら、どうするつもりなんですか?家族なのでしょう?」


「たとえ家族でも、困難な状況に立ち向かう術を身に付ける為に、わざと送り出す事もするんだ」


「そんなはずはないでしょう?家族は、かけがえのないものなのですよ?」


「ティル王女様は、エリーシャ女王様の家族であると同時に、王族なのだ。将来、1国を背負う立場の人間が、守られてばかりでは成長しないだろう?」


「そのために、死んでも良いと言うんですか!?」


「そうだ。カオル?それが王族だ。民の、沢山の国民の命を背負うのが、王の勤めだ」


「...ボクにはわかりません。わかりたくもありません」


「だが、それが真実だ。地位ある者は、常に狙われる。カオルだってそうだ」


「ボクは違います.....ボクには、そんな事はできない.....」


「わかってくれ....一生守る事なんて、できないんだ....」


「.....師匠が....師匠にだけは、そんな事言って欲しくなかった」


「カオル....」


「だって、師匠はずっとボクの傍に居てくれたじゃないですか!!傍で、ずっとボクを守ってくれていたじゃないですか!!」


「ああ、そうだ。ずっと傍に居た。守っていた。だが、カオルもわかっているだろう?私が傍にいても、困難な状況がいくらでもあっただろう?」


「....それでも、ボクは師匠と繋がっていると思っていました。繋がっているから、師匠がボクを想っていてくれるから、ボクは必死に生きてこれたんです」


「今でも、これからも繋がっている。私はカオルの傍にずっと居る。

 身体も、心もずっとだ。

 それは、エリーシャとティルの2人も同じではないのか?

 家族だから相手を心配し、思い遣り、信用するものではないのか?

 カオルは違うのか?カオルは、私を信用してくれてはいないのか?」


「....信用しているに決まってるじゃないですか」


「ならば、わかるだろう?私と、カオルと同じ様に。エリーシャもティルも繋がっている。家族なのだから」


「....師匠の言いたい事はわかりました。それでも、ボクには納得できません。

 信用しているからって、死ぬかもしれない場所に家族を行かせるなんて....」


「カオルも、私達を戦地に連れて行っただろう?同じ事だ」


「....そうですね。ボクは最低だ。家族を危険な目に合わせて。

 あの時だって、師匠もエリーもエルミアも。みんなが怪我をした。

 ボクの軽率な行動で、家族が傷付いた。

 ボクは愚かだ。浅はかで、浅慮で、情けなくて、泣き虫で、弱くて、迷惑ばっかり掛けて、ボクがこんなだから、お父様も、お母様も、あいつらに殺されたんだ!!

 なんでわからなかったんだ!!ずっと、あいつらは傍に居たのに!!

 なんで!!なんで!!なんで!!

 お父様とお母様が殺されなきゃいけなかったんだ!!

 かえせ!!返してよ!!ボクの....大事なお父様とお母様を!!

 返してよ....おねがい....だか....ら....かえし.....て」


 糸の切れた人形の様に、カオルはフッと力が抜けた。


「カオル?おい!!カオル!?」


「カオル様!?」


 泣き叫び、意識を失ったカオルを、ヴァルカンとエルミアは慌てて抱き留めた。

 カオルの目は見開かれたまま、とても淀み、あの『濁った目』をしていた。


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