間話 愛の重さ
ここは、香月伯爵領にある新しい街。
肥沃な大地の続く、とてものどかな場所に、突如として出現した巨大な外壁。
そして、その内部には、大小様々な建物が建てられていた。
石造りの家屋に、細かな意匠の扉や窓。
そのどれもが美しく、領主のセンスが窺える。
そんな街に、新興貴族である伯爵家の家令の家がある。
内部は鏡面仕上げの石畳で、置かれた家具はどれもが美しく、また、高価であった。
「....あのさ。俺は別にいやらしい目で見てたんじゃねぇんだよ。
ただ、その....みんなホビットだろ?
だから、ちいせぇから俺とメルの子供はこんな感じかなぁとか思ってよ....」
家の地下に造られた、『とある器具』の上で、縄に縛られた家令補佐のカイは、必死に言い訳をしている。
その相手は家令のメル。
自身の婚約者であり、結婚資金が貯まり次第、正式に結婚式を行おうと思っている。
だが、今の2人はそんなイチャラブできる状況ではない。
それは、カイが、新しく領民となった歳若い少女達に、いやらしい視線を送ったためだ。
「ねぇカイ?私達、ずっと一緒だったよね?」
「あ、ああ。幼馴染だからな.....」
「うん。家も近くて、両親も同じ冒険者ギルドに勤めてて、小さい時からずっと一緒だった。一緒に冒険者に成ろうって言って、その夢も叶えてくれた。
だからね?私わかるの。カイが、あの子達に欲情したって事」
メイは、おもむろにバラ鞭を手に持ち、三角木馬に跨るカイの背中を叩き始めた。
それはオシオキである。
一種のプレイとも言う。
カオルがカイとメルの家の地下に用意したのは、様々拷問器具であった。
カオルの真意はわからない。
もしかしたら、ヴァルカン達に使おうと思ったのかもしれない。
なぜなら、カオルはドSなのだから。
「ちょ!?い、いてぇよ!?め、メル!!ホントなんだって!!!
ホントに子供の事を考えて!!」
必死に釈明するカイ。
メルの手は止まらない。
どことなく息が荒い。
もしかしたら、興奮が快感に変わりつつあるのかもしれない。
「....ねぇカイ?まだそんな嘘を吐くの?言ったでしょ?
私、わかるの....
カイが、本当はあの子達のお尻に欲情したって事は....」
「いてぇ!?ま、マジなんだって!!俺は、メルの尻しか興味ねぇよ!!」
「嘘ばっかり....知ってるんだよ?カイが、カオルのお尻をたまに見てるの.....
カオルは男なんだよ?ねぇ....わかってるの?」
けして手を休めないメル。
カイの背中は赤く腫れ上がり、バラ鞭の痕が痛々しい。
しかし、実はこのバラ鞭。
穂先の材質がとても柔らかく、あまり痛くないのだ。
ただ赤くなる。
それだけだ。
以前カイの背中に引っ掻き傷が付いていたのは、ベットの上でメルが付けたもの。
結婚前なのに、カイがメルに肉体関係を迫ったためだ。
「ちっちがうんだって!!カオルの尻を見てたんじゃねぇよ!!
ふ、服を見てたんだよ!!良い作りだから、メルが着ても似合うだろうなって!!ほ、ホントだよ!!マジだって!!」
「本当に?」
「ああ!!もちろんだぜ!!」
「私だけが好き?」
「当たり前だろ!!」
「じゃぁ....私にも指輪を贈ってくれる?エリーみたいなの....」
「そ、それは.....」
カイは知っている。
エリーがカオルから贈られた指輪はとても高価で、おそらく一生掛かっても買える様な代物ではない事を。
しかし、メルは欲しいのだ。
大粒のダイヤモンドが石台に収められた、あの高価な指輪を。
女性は欲深である。
そして、何年時を経ても、女性はずっと女性なのだ。
おばぁちゃんになったとしても、愛する人から愛を囁かれたいし、その証が欲しい。
仕方が無いのだ。
女性なのだから。
「....やっぱりカイは、私の事を愛してないのね.....」
なんというヤンデレだろうか。
折檻だけではなく、身体も心も、物欲も満たせと言ってくる。
だが、カイも男だ。
男には、やらなければならない時がある。
愛する者の為ならば、なおさらだ。
「わ、わかった!!あんなたけぇのは買えねぇけど....メルのために、俺が用意するぜ!!」
カイは男気を見せた。
三角木馬に跨り、上半身裸の姿で。
メルの為に、指輪を用意すると言い切った。
情けない姿だが、カッコイイだろう。
そうだよね?
「ホント!?」
「あ、ああ.....男に二言はねぇよ.....」
冷や汗が流れる。
三角木馬に染み渡る程の、大量の汗が。
「じゃぁね、じゃぁね♪私の誕生月の宝石が良いな♪」
「お、おう......」
「もちろん、私の誕生日知ってるよね?」
「あ、当たり前だろ?」
「本当に?今まで一度もお祝いなんてした事無かったのに?」
「そ、そりゃ、アレだ。そういう文化がねぇからな.....」
「でも、カオルから聞いたけど、カオルが住んでいた所は誕生日は盛大にお祝いするらしいよ?カイも、私の為にお祝いしてくれるよね?」
「わ、わかってるって....だから、そろそろ下ろしてくれねぇか?尻が割れそうなんだ....」
かれこれ1時間。
カイはずっと三角木馬に跨っている。
もちろん、この三角木馬も正規品ではない。
カオル特製なので、あまり痛くは無い。
尖ってもいないし、柔らかいクッションが取り付けられている。
だが、跨ればそれなりに股間を圧迫されるし、なにより、精神的にやばい。
そろそろ、カイが目覚めてしまう。
SMの世界に。
「何言ってるの?先に、私の誕生日を言わなきゃでしょ?」
「お、おう.....」
「ねぇ....カイ?もしかして、私の誕生日知らないなんて事無いよね?」
「.....」
カイは知らない。
メルの誕生日が、先月だった事を。
そして、誕生石が、エリー達が持っているダイヤモンドだという事を。
仕方が無いのだ。
この世界は、生誕の祝い以外に、誕生日を祝う事など無いのだから。
せいぜい、10歳のお祝いに、両親から「元気に育ってくれて、ありがとう」と言われるくらいだろう。
それすらも廃れた文化なのだ。
カイがメルの誕生日を知らなくても、問題は無いのだ。
カオルと出会うまでは。
「....カイ。このまま、朝まで放置するね」
とても冷ややかな声だった。
明らかに落胆したメルの声。
もう無理だろう。
カイに弁明も弁解の余地も無い。
朝まで両手を縛られ、三角木馬の上だ。
寝れないだろう。
1分1秒がとても長く感じるだろう。
それが、メルのオシオキだ。
「....カイ。私はカイが好き。だから....これは私の愛。受け取ってね.....」
カイの両手に重りを持たせ、メルは地下室を出て行った。
メルの愛は重かった。
両手合わせて10キロほどに。
「俺....死ぬかもしれねぇな.....」
天井を見上げ、カイは呟いた。
2人の愛の絆はとても重い。
物理的にも精神的にも。
翌朝、カイが目覚めたのはベットの上だった。
隣には、寄り添う様に静かに寝息を立てる、メルの姿があった。
メルは、カイを許した。
いや、元々許していた。
ただ1つだけ。
目覚めたメルがカイに言った。
「....ダイヤの指輪。楽しみにしてるからね?」
「.....ああ」
後日、カイがカオルに土下座をしている光景を、メイドのフランチェスカとアイナが目撃するのだが、メルには黙っておく事にした。
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