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第二百一話 剣騎との決闘

 円形闘技場(コロセウム)


 読んで字のごとく、円形に築かれた闘技場である。

 積み上げられた石材によって形作られ、過去には多くの剣闘士達がその力を大いに奮い、その存在を誇示してきた。

 それに伴い、円形闘技場(コロセウム)の地面には、戦いに破れた数多くの血と肉と無念な想いが埋まっている。

 

 そして、数十年振りに使用される事になった、この円形闘技場(コロセウム)に、超満員の観衆達が押し寄せていた。

 皆、一様に目を向けているのは1人の女性。

 流れる様に金色の髪に、ツンと尖った耳を持ち、鼻筋はスッと通った端整な顔立ち。

 豊満とも言える大きな胸を、真っ赤なゴスロリ服に詰めて、円形闘技場(コロセウム)の中心で仁王立ちしていた。


「フンッ!!」


 意気揚々と鼻を鳴らした女性の名は、剣騎にして公爵のグローリエル・ラ・フェルト。

 時刻はまもなく午前10時。

 グローリエルは今日、ここで婚儀を賭けた決闘をする。

 

「そろそろ.....時間じゃな.......」


「はい....」


 ボソリと、アーシェラが呟くと、隣のフロリアがそれに答える。

 今、彼女達は待っているのだ。

 救国の英雄であり、エルヴィント帝国の伯爵。

 人々からは親しみを込めて黒巫女様と呼ばれ、本日の主役を。


 そこへ、一筋の雷鳴が轟く。

 白一色に視界を奪われ、あまりの雷撃音に誰もが耳を塞ぎ、息を飲んだ。


 そして、見た。


 落雷が落ちた場所に、長い黒髪を靡かせて、桜色の短着に紅いスカート状の袴を纏った和服姿の可愛らしい少女の姿を。


 誰も気が付かなかった。

 いつの間に現れたのか。

 いったいどこからやってきたのか。

 わからなかった。


「グローリエル、お待たせ♪」


「....待ってたわ。カオル」


 2人は、お互いの名前を呼び、笑った。

 待ち合わせ。

 それはお互いの想いを、愛を語り合うためではない。

 魔術師として、己が全ての力を試すために、2人は今日ここに集まったのだ。


 「ゴーン、ゴーン」と、午前10時の鐘が鳴る。

 約束の時間通りに、2人は揃った。


「じゃぁ....始めようか?」


「そうね.....」


 観衆達は、何も言わない。

 これから、幾日も待ち焦がれていた決闘が始まるのだから。


 円形闘技場(コロセウム)は静かだった。

 収容人数20万人という大規模な物のはずなのに、誰もがジッと固まり2人の動向を窺っている。

 もし、騒ぎ出そうものなら、即座に取り押さえられるだろう。

 

 娯楽の乏しいこの帝都で、数十年ぶりに開催された決闘なのだ。

 それも貴重な魔術師同士。

 しかも、エルヴィント帝国が誇る剣騎と、救国の英雄。

 嬉しくないはずがない。

 この決闘に立ち会える事は、帝国民にとって大変な栄誉だ。


 2人は対峙し、身構える。

 カオルは左手を掲げ、グローリエルは手に持つステッキを。


 アーシェラとフロリアは手を握った。

 隣に座る聖騎士教会アブリルは、骨付き肉を片手にワインを飲んでいた。

 横に居るファノメネル枢機卿は、諦めた顔をしている。

 何を言っても言うことを聞かないアブリルに。

 辟易としているのは容易に想像できる。


 やがて、カオルとグローリエルは唱えた。

 まったく同じ呪文。

 カオルとグローリエルが選んだ開始の合図。

 それは....


(またた)くは光の蝶!形変えるは衝撃!」


(またた)くは光の蝶!形変えるは爆撃!」


 2人の周りに、無数の光輝く蝶が姿を見せた。

 違う点はただ1つ。

 赤か緑かの違いのみ。


 2人の思考は重なった。

 同じ呪文。 

 違う属性。

 開始の合図に相応しい。

 衝撃と爆撃。


「「『フリンダラ!!!』」」  


 その瞬間。

 光の蝶が重なり合い、大爆発が巻き起こり、強い衝撃音が響き渡る。


 舞い上がる砂塵に2人の姿が遮られ、観衆達は目を剥いて姿を探す。

 

 すると、声が聞こえた。

 その場所は、遥か上空。


「赤き炎よ!紅蓮の刃よ!爆ぜな!」 


 そこで見つけた。

 グローリエルの金色の髪が、日の光を浴びて輝く様を。

 手に持つステッキの先から、赤く収束する球体を。


「『エクスハティオ!!』」」 


 爆裂魔法が、カオルが居たであろう場所の砂塵もろとも地面を吹き飛ばした。

 観衆達に降り注ぐ砂の嵐。

 誰もが顔を顰め、必死に手で砂を払い除ける。

 次に目を開いた時、円形闘技場(コロセウム)の大地には、誰もいなかった。

 

 2人の姿を探す。

 中空には相変わらずグローリエルの姿がある。

 では、カオルはどこへ?


「上じゃ!!」


 アーシェラが見付ける。

 カオルがいたのは、抉れた地面の遥か上。

 グローリエルよりもさらに上空で、カオルは魔法を唱え終わっていた。


「振り下ろされしは金色(こんじき)の刃!(うな)れ!『イカヅチ!!』」


 極太の落雷が、天空より直線を描いて無防備なグローリエルに襲い掛かる。

 だが、グローリエルの対応は速かった。

 即座に『火の障壁』を纏い、それを防ぎきった。


 カオルは、続け様に詠唱を始める。


「輝かしき金色(こんじき)閃光(せんこう)よ!」

 

 それは短文呪文。

 落雷を前方に撃ち出す魔法。

 

「『トニトルス!!!』」


 雷線が、信じられないような軌道を描き、グローリエル目掛けて光速で奔る。

 グローリエルは、展開する『火の障壁』に魔力を送り、またもそれに耐えてみせた。


 輝ける魔法の連続に、観衆達は驚嘆の息が漏れる。

 今、眼前で繰り広げられているのは、本当に現実の光景なのか。

 あの2人は、本当に同じ人間なのか。

 希少な魔術師同士の戦闘とは、これほどまでに人々を魅了し、そして畏怖されるものなのか。


 心の中で、恐怖と不安が渦を巻く。

 だが、もっと強い感情が存在した。


 それは、歓喜。


 観衆達は喜んでいる。

 なぜなら、2人は自分達と同じエルヴィント帝国民なのだ。

 あの2人の強さは、帝国の、皇帝の、自分達の強さ。 

 あの力は、刃は、魔法は、自分達を守るもの。

 これほど喜ばしい事はない。

 これから先、あの2人が健在の内は、安心して生活ができる。

 どれ程強大な相手でも、あの2人が力を合わせれば、勝てない相手はいない。

 ならば、自分達も務めを果たそう。

 帝国の、家族のために。

 

 カオルは、忌々しげに『火の障壁』を睨み付けた。

 イカヅチと、トニトルスをもってしても、グローリエルの『火の障壁』は貫けなかったのだ。


(それなら!!)


 カオルは追撃の手を休めない。

 

「巻き起こりしは風の渦!舞い上がりしは竜巻!『シュトゥルム!!』」


 矢継ぎ早に短文呪文を終え、中空のグローリエルの足下から竜巻を発生させる。

 グローリエルの周囲で風が悲鳴を上げて、気流の乱れを生じさせた。

 不安定な足場の中、グローリエルは『火の障壁』を強化して、逃げるように円形闘技場(コロセウム)へと着地した。


「カオル!!」


 口端に笑みを浮かべ、グローリエルはカオルを呼んだ。

 ここに来いと目で語る。

 カオルはコクンと頷き返した。

 カオルもグローリエルの下へと辿り着く。

 再び対峙した2人。

 

 仕切り直し。


 抉れた地面を間に挟み、カオルとグローリエルは再び顔を突き合わせる。

 カオルも、グローリエルも、心の底から楽しんでいた。

 魔力量の多いグローリエルは、かつてこれほどまでの戦闘を経験した事が無い。

 せいぜい魔境だろうか?

 地下迷宮(ダンジョン)では、狭すぎて爆裂魔法(エクスハティオ)は使えない。

 かといって、魔境も周囲の木々が燃えてしまうため、大規模な魔法が使えないでいた。

 グローリエルに魔法の才能はない。

 あるのは生まれ持っての膨大な魔力量。

 それを、数少ない魔法に合わせて使用量を加減しているのだ。

 ヴァルカンと同じように。


 そこへ....


「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」


 拍手喝采の大歓声。


 手に汗握る魔法の応酬を、固唾を飲んで見守っていた観衆達が、ヤンヤヤンヤと2人に賛辞を贈る。

 希少な魔術師同士の決闘。

 滅多に見られない派手なパフォーマンスに、観衆達は大興奮しているのだ。


「グローリエル!!」


「なんだい?」


「....本気で、行くよ」


「あたいもね....」


 たったそれだけの会話。

 2人の纏う雰囲気が、ガラリと変わり、観衆達はまたも息を飲む。

 いったい何が起きるのか、胸の鼓動が高まり、手にはジットリと汗を掻いていた。


 先に動いたのはカオルだった。


「『雷化』」


 カオルの身体が黄金色に輝き、左目に竜眼が現れる。

 あまりにも異質な存在。

 流れる様な黒髪が、雷気を帯びて周囲を漂う。

 カオルの周りにはパリパリと雷放電現象が発生し、近づきがたい雰囲気をより一層強く認識させていた。

 

 グローリエルは、カオルの変貌に驚き目を大きく見開く。


 次の瞬間。


 雷の残光を残し、カオルは、グローリエルの真後ろに移動していた。


「っ!?」

 

 慌てて振り返るグローリエル。

 だが、もう遅い。

 カオルの右手は、グローリエルに触れていたのだから。


「『テッラハスタ』」


 無詠唱魔法。


 カオルの言葉と共に、地面は大きく波打ち、2人を取り囲む様に土槍が地面から現れる。

 グローリエルは、即座に『火の障壁』を展開しようとするが、遅かった。

 瞬く間にグローリエルの眼前1cmに、鋭利な土槍が何本も突き付けられていた。


「....参った」


 剣騎グローリエルの敗北。

 それと同時に、割れんばかりの歓声が2人の耳に聞こえてきた。


「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」」


「「「「すげぇええええ!!!」」」」


「なんだよあれ!?」


「は、速すぎて見えなかったぜ.....」


「「「キャーーーー!!!」」」


「剣騎グローリエル様~~!!」


「黒巫女様~~~!!」


「2人共すごかったぞーーー!!!」


 2人の健闘を称える言葉。

 沢山の花が投げ入れられ、周囲が綺麗に咲き誇る。

 円形闘技場(コロセウム)は地響きにも似た揺れを起こし、割れんばかりの拍手喝采が、2人の為に贈られた。

 そして、負けたはずのグローリエルは胸を反らし、カオルは少し照れ臭く頬を掻く。


「グローリエル・ラ・フェルト公爵」


「.....香月カオル伯爵」


 三度の沈黙。

 観衆達は、カオルとグローリエルの話しを聞き入った。

 遠く、耳を澄ましても聞こえない声。

 2人の近くに居る者達が、2人の会話を遠くの者へと伝達し始める。


「ボクはまだ子供で、グローリエルの気持ちに答えられるかどうかわからない。でも、1つだけ。ボクは、グローリエルを友だと思ってる。グローリエルの気持ちを、教えてくれる?」


 それは、カオルの本音。

 カオルは、グローリエルを心良き友人と思っている。 

 『残念美人』で、馬に乗りながら器用に寝るグローリエル。

 真面目な話しの中でも、ぐっすり静かに眠れるグローリエル。

 時々、剣騎らしく振る舞い、カオルの愛するヴァルカンの面影を見せるグローリエル。

 同じ剣騎のセストとレイチェルに、姐御と慕われるグローリエル。

 性根は優しく面倒見が良い事など、カオルは知っている。


 だから、友と呼んだ。


「あたいも同じさ!!カオルは友だと思ってるよ!!

 まぁ、本音を言えば、カオルとなら結婚してもいい思ってはいるけどね!!

 でも、いいさ!!

 あたいも、ヴァルカンみたいに、カオルの様な強いヤツを探すよ!!」


 グローリエルも答えた。

 心からの本音で。

 グローリエルもカオルを良く思っている。

 子供のくせにすぐ無理をして、周囲に助けられて、それでも諦めないカオルの事を。

 誰よりも家族を心配し、見ず知らずの人間のために命を張れるカオルの事を。


 グローリエルはわかっていた。

 けして、カオルと結ばれる事など無い事を。

 ヴァルカンへの嫉妬から、ついこんな決闘へと発展してしまったけれど、自身は公爵であり、伯爵のカオルと結婚などできないのだ。

 家は、存続させなければいけない。

 口うるさいおやじの、ずっとずっと前の先祖から、代々受け継がれてきたフェルト家を、グローリエルの代で潰す事などできないから。


「グローリエル。ボクの良き友に、これを贈らせてほしい」 


 アイテム箱から、真っ青な薄手のコートを取り出す。

 それはベルベット。

 表面に毛羽(けば)を出した、滑らかで光沢のある織物。

 そして、カオル特性のこのベルベットは、織り方が独特でとても軽く、この先の温かい季節でも着る事が出来る優れものであった。


「ありがとうカオル。大事に使わせてもらうよ」


「うん♪裏地に、白銀(ミスリル)の糸を編み込んでおいたから、実戦にも使えるよ♪」


「へぇ~....ものすごく高いのに、いいのかい?」


「何言ってるの?ボクの友。なんでしょ?遠慮されるのはイヤだよ?」


「ハハハ!!そうだね!!ありがとうカオル。お礼だけは言うよ」


 なんとも睦まじい2人の会話。

 商人の1人が白銀(ミスリル)の糸の試算を告げると、聞いた者達は絶句していた。

 それもそのはず、カオルがグローリエルに贈ったコートはとても長く、全身をすっぽり隠せるほど。

 ということは、少なくとも数百万シルドはくだらないだろう。


「あのさ、グローリエル。ボク、もう少し遊びたいんだけど、付き合わない?」


「....いいね。何するんだい?」


「ボクの領地に、5つの魔境があるんだけど。こんなにいらないんだよね?1つ.....やっちゃわない?」


 とんでもない提案をするカオル。

 確かに領主という観点から見れば、あまり魔物が這い出る事の無い地下迷宮(ダンジョン)に比べ、地続きの魔境は脅威だろう。 

 だからと言って、そんな軽々しく「やっちゃわない」などと口にするのはどうなのだろうか?


「いいね!!あたい、そういうのは得意だよ!!」


「よかった♪それじゃ.....」


 カオルは口端を歪めて、観客席に居るアーシェラを見上げた。

 その顔は、とても子供らしい無邪気なもの。

 イタズラを思い付いた、子供の顔。


「ということで、アーシェラ様!!師匠達がそろそろ来るので、相手をお願いしますね?ボクは、グローリエルと魔境を潰しに出掛けますので♪」


 案の定、カオルはアーシェラにイタズラを開始した。

 驚いたのはその場に居た全員。

 20万人がポカンと口を開き、カオルを見詰めた。


「な、何を言っておるのじゃカオル!!これから、わらわがありがた~い祝辞をじゃな!!」


「あはは♪それは、次回の決闘でお願いします♪アブリル~、先に帰ってて♪お土産期待しててね♪」


「わかったにゃ♪美味しい物がいいのにゃ♪」


「りょうか~い♪それじゃ、ファルフ!!」


 カオルの呼び声と共に、巨大な魔獣『グリフォン』姿のファルフが召喚された。

 観衆達はまたも度肝を抜かれ、開いた口が塞がらない。

 もしかしたら、顎が外れてしまっているのかもしれない。


 カオルは、グローリエルとファルフの背に飛び移ると、ファルフは嬉しそうに羽ばたき大空へと舞い上がる。


「エルヴィント国民のみなさん!!

 今日は、お集まりいただき、ありがとうございました!!また、次回。

 10日後の決闘も、どうか応援してくださいね♪それでは、今日は失礼します♪」


 なんとも締まらない結末。

 飛び去るファルフを目で追いながら、誰もが言葉を忘れていた。


 そこへ...


 「ぜぇはぁ」と息を切らせて4人の女性が姿を見せた。


「な、なんだ!?もう終わったのか!?」


「ヴァルカンのせいで、カオルちゃんの勇姿を見れなかったわ~!!」


「だ、大体、普通こんな日に寝坊なんてしないわよ!!」


「カオル様の可憐な姿を見られなかったのは、全てヴァルカンのせいです.....死んで償いなさい....」


 寝坊したヴァルカンを叱責するカルア、エリー、エルミアの3人。

 静まり返る円形闘技場(コロセウム)には、4人の声がとても良く響いた。


 集中する視線。

 なんとも言えないイヤな視線に、ヴァルカン達はコソコソと貴族の集まる席に逃げ込む。


「まぁ....その.....なんじゃ......大変良い余興であったの!!次回10日後が本番じゃ!!!皆楽しみにしておるのじゃぞ!!!」


 アーシェラは頑張った。

 この状況下で、必死に纏めようとした。


 だが、無理だった。


 誰もが沈黙したまま、動こうとはしない。

 それは、先ほどの戦闘に魅入られたからではない。

 自由気ままなカオルとグローリエルに、呆れているのだ。


「あ、アゥストリ。後は任せるからの....わらわは先に帰るのじゃ....」


「へ、へへへ、陛下!?む、むむ無理でございます!!」


「泣き言は聞きたくないのじゃ!!リア?帰るわよ?」


「....はい。お母様」


 続々と近衛騎士を伴って逃げ出すアーシェラ達。

 それに続く様にアブリルやディアーヌも席を立ち、なぜか1人のハゲメンが大注目された。


 一世一代の、アゥストリの戦いが始まる。

 一介の教師として。

 魔術師筆頭として。

 魔術学院長として。

 ここは、なんとか収めなければならないだろう。


「ご、ごほん。ご存知の方もいるかもしれませんが、私は、アゥストリと申します。魔術師筆頭及び、魔術学院長をしております。実は、剣騎グローリエルは私の教え子であり、カオル殿は私の友人です。先ほど2人が使った魔法は........」


 延々と説明が始まり、観衆達は、席を立ち始めた。


 皆帰るのだ。


 ハゲメンの長話など、聞きたくない。

 眠くなるのだ。

 一種の魔法だ。

 授業中は眠くなる。

 それは、教師の魔法だ。

 安眠魔法。

 恐ろしい魔法だ。

 

 そんな中、香月伯爵家の御用商人を勤めるラメル商会代表ジャンニは、驚愕の表情を浮かべていた。

 それは、アゥストリの正体を初めて知ったから。

 ずっと、ただの教師だと思っていたのだ。

 何年も何年も付き合いがある、あのアゥストリが、実は魔術師筆頭兼魔術学院長だった。

 驚かない訳が無いだろう。

 隣でジャンニと手を繋ぐ、衣料品店店主ロランは、そんなジャンニを不思議そうに見詰めていた。











 そして、もう1人。

 円形闘技場(コロセウム)の周囲を取り囲む様に配置されていた、1人の魔術師の少女が、その身を振るわせて感動していた。

 その少女の名前は、クロエ・レ・デュル。

 父親が財務卿のアラン・レ・デュル公爵であり、クロエは唯一の嫡女。

 魔術学院でアゥストリの教え子だったクロエは、魔法の才能を開花させ、才女として良好な成績を修めて卒業しエルヴィント帝国の魔術師となった。

 先の戦争では、次期公爵としての立場上参戦できなかったため、この時初めてカオルとグローリエルの魔法を目の当たりにした。

 

「すごい.....」


 感動の言葉。


 クロエは優秀だ。

 だが、それは学院での話し。

 カオルやグローリエルの様に、実戦の経験は無い。

 それに、魔法訓練場以外で魔法を使った事も無い。

 次期公爵家当主とは、それほど大事にされるものなのだ。


「話してみたい.....」


 それは渇望。

 そして欲求。

 自身の知らない世界を知る、カオルとグローリエルに会いたいのだ。

 

「うぅん.....会いに行かなきゃ.....」


 クロエは即座に決行した。

 父親であるアランの下へ向かい、懇願する。

 「カオルと、グローリエルに会う機会を作って欲しい」と。


 この日。

 香月伯爵領の魔境が1つ、その姿を消した。

 そして、1人の少女が淡い夢を持つ。


 カオルも、グローリエルも、誰も知らないところで。


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